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東海 団地めぐり 今回は三重県四日市市にある昭和20年代の団地 曙町市営住宅。建設年度は1953年度~1954年度(昭和28年~29年)四日市市の、関西本線や貨物線と国道23号線に囲まれた昭和の市営住宅は、工業都市四日市のイメージ。この団地の住棟は基本的には公営住宅の標準設計が採用されているようです。はじめに、標準設計51C型とみられる住棟。2号棟、3号棟、6号棟、7号棟の4棟が51C型のようです。特に普通の51C型とみられますが・・・階段室踊り場の窓はサッシが嵌っているのが特徴。6号棟のみ、大胆な耐震補強工事が施されています。これはこれでかっこいい。手前の空地にはすでに解体された1号棟が建っていました。51C型(推定)の側面には四日市市の市章(手前の住棟)が付けられていました。奥の住棟(2と書いてあるが6号棟)に付いているマークは個人的にかっこいいと思うデザイン。四日市市の市章ではないようですが、何でしょう? 未だに不明です。4号棟と5号棟はこのような2階建て。外観から、標準設計52FCと推定されます。52FCはコンクリートブロック造の簡易耐火2階建て住棟ですが、テラスハウスではなく各階に住戸を持つフラットタイプ。記号の「F」が「フラット」の意味らしいです。3階建ての8号棟。この住棟は短い共用廊下が4戸をつなぐ独特のつくりで、標準設計55E型と推定されます。間取りは1DK。側面には例のマークが付いています。このタイプ、初めて見ましたがなかなかインパクトがあります。55E型(推定)は北面が特徴的でしたが、それとは対照的に南面は極めてシンプルな印象。本来は窓ひとつが1戸なのですが、バルコニーの仕切りから推定すると窓二つ分を1戸に改造しているかもしれません。その隣の9号棟はこの団地唯一のテラスハウス。標準設計かどうかは不明です。以上、昭和20年代の公営住宅標準設計の見本のような曙町市営住宅でした。
2010.09.13
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最近、バスがアツい。バスの趣味もけっこうメジャーになってきたようで、バス関係の雑誌や模型も充実してきた。バス関係に限らず、マーナーな趣味はインターネットの発達によって、昔と比べて色々と情報交換が可能になったのではないかと思う。さて、中京圏で最も規模の大きい公営バス事業者である名古屋市交通局。ここは他では見られない様々な試みがあり、おもしろい。そんなバスを紹介する。市営バスの一般的な路線車両の一例。日野ブルーリボン。一見普通のバスですが、よく見ると扉が3カ所あります。3つ扉のバスは、全国的に見ると名古屋市営バスだけではありませんが(東京の関東バスや京王バス、東急や東武等に見られました)、3扉車を採用したほとんどの事業者は、その目的が主に利用者の多い路線に大型車を投入し、乗降時間短縮のために一部の車両を3扉化した例が多く、ほぼ全ての車両に3扉車を導入した事業者は関東バスとこの名古屋市営バスくらいでしょう。後面。後ろの扉は折戸。前払いのため、出口が2箇所になります。降りる時は出口を選べます。3扉車が多く採用された名古屋市営バスも、近年では普通の前中扉車が導入されるようになりました。今では3扉車はその数を減らしています。写真はノンステップバス、日野ブルーリボンシティ。ノンステップバスの後面。この車両は天然ガスで走ります。また、名古屋市営バスのもう一つの特徴は、テールランプの配置が独特なこと。この車両はオーソドックスな2灯式ですが・・・この車両も日野のノンステップバスですが、テールランプが縦に配置されています。このテールランプ配置はバスメーカーに左右されるものではなく、名古屋市営バス独特の仕様です。今回はここまで、続きはまた今度。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.05.26
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うちのC100スーパーカブのレストア記。以前、うちのC100のレストア前とレストア後の話を書いたが、そのレストア記を書く。実は、私のHPで途中まで記してあるので、この記事はその続きになる。途中までの記事は以下を参照してください。ホンダスーパーカブ C100型 レストア記さて、エンジンを載せ変えるところまで行ったが、点火プラグがないのでエンジンの始動ができない。点火プラグは、NGKのC7HSAをひとまず手に入れることにした。その前に、点火系の確認。プラグを付けていなくても、プラグコードの先をシリンダーブロックに近づけてキックをすると火花が飛ぶかどうか確認できるのだ。・・・案の定、火花が飛ばないので、ポイントの交換を行った。そうそう、この時点ではまだバッテリーが死んだままなのだが、この頃のカブはバッテリーがなくてもエンジンが動くのだ。フライホイールには磁石が組み込まれており、プライホイールが回ると、ジェネレーターが発電され、エンジンに点火する為の電気が供給される仕組みで、フライホイールマグネトー方式と呼ぶ。ポイント等の購入は、某ネットショップを利用した。購入したポイント。実はC100型用ではなく、一世代新しいC50用。ポイントの比較。右がもともと付いていたもの。左が今回購入した新品だが、取り付け穴の寸法が異なるのでそのままでは付かない。そこで・・・取り付け穴が関係するベースの部分を旧品のものを再利用し、それ以外の部分を新品から流用してしまいましょう・・・ばらして・・・組み立てる。完成!・・・ここで気づいた。ポイントの電極部分が新品と旧品で位置が異なるため、電極がずれて接触する。結局、この改造ポイントは使用しないまま終わりました。ちなみに、エンジンのジェネレータープレート側のポイント取り付け位置の拡大。こんな感じのところにポイントを取り付けます。その他、購入した部品。ウィンカーリレー。6Vカブ用だが、バッテリーがまだ付いていないので動作確認していません。続きはまた今度。
2007.10.31
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東海 団地めぐり 今回は東亞合成荒尾社宅。一般の企業の社宅です。2005年7月 撮影愛知県は東海市荒尾地区、この近辺には色々な企業の社宅や雇用促進住宅、県営住宅が多く、この東亞合成荒尾社宅もそのひとつです。住棟が2棟残っていましたが、住棟番号が2と3です・・・2棟の住棟はいずれも4階建て、2DKタイプと思われる住棟でした。公団の2DK住棟とも外観がそっくりです。ツタの葉が3階部分まで上がってきています。住人はすでに退去した模様。北面です。小窓が2つ並んでいる所やダストシュートや踊り場の塗り分けも公団型に準じています。昭和40年前後の建築でしょうか。また、屋上には高架水槽が載っています。敷地内はすでに立ち入り禁止となっており、住棟に近づく事さえ難しい状態でした。住人が退去してからけっこうな時間が経過しているようです。訪問当時は住棟が2棟でしたが、過去の航空写真を見ると、もともとは3棟あったようです。こちらは東亞合成社宅の並びにある別会社(関連企業?)の社宅。A号棟とB号棟の2棟あり、写真のB号棟は3DKの間取りと思われます。外観を見る限り、住棟自体も公団の3DKに準じた仕様のようです。B号棟の南面部分。まだまだ現役でした。以上、東亞合成荒尾社宅でした。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.06.29
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愛知県の犬山市に、昭和37年開業のモノレールがあるのをご存知だろうか。名鉄の犬山遊園駅から動物園駅(日本モンキーパーク)までを結ぶこの名鉄犬山モノレール。正式名称は「名鉄モンキーパークモノレール線」と呼ばれる。先日、モンキーパークに家族サービスに行くという口実を作り、乗ってきました。犬山遊園駅のモノレール乗り場。名鉄犬山線とは改札が別となっており、自動改札ではないのがまたいい!犬山遊園駅にて。開業当初から使用されている車両。昭和30年代における「未来的なデザイン」とはこのような感じだったのだろうか。日立アルウェーグ式と呼ばれるこの方式のモノレールは、コンクリート製の軌道上を股がり、ゴムタイヤで走ることが特徴。また、このモノレール線は、のちに開業した浜松町-羽田空港間の東京モノレールの実験線としての性格もあるとのこと。実際に名鉄は、東京モノレールの経営に参加していたという。運転台はこのように乗務員室の仕切りもなく開放的なタイプで、最前部では前方の眺望も楽しめます。右下の線路は名鉄犬山線。また、このモノレールはワンマン運転のため、最後尾は乗務員室が空になり、まるで展望車のようです。犬山遊園のホームから。発車するモノレールはしばらくは名鉄犬山線と平行に走ります。なお、このモノレールは今年2008年の12月27日を最後に、廃止となります。国内では各地でモノレールが廃止されていますが、東京モノレールの基礎となったこのモノレールが地味に廃止されるということは何だかもの悲しいですね。外部リンク名古屋鉄道 犬山モノレール(パンフレットの紹介) ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.10.13
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橋めぐり、今回は立川市内の中央線に架かる跨線橋について。立川駅から高尾方面へ少し走ると掘割状の線路の上に旧い跨線橋が架かっています。2008年5月撮影。地元では「めがね橋」と呼ばれているこの橋、以前は違う名前だったとの事ですが、立川市に管理が移管されてからはかつての通称「眼鏡橋」がこの橋の名前になっています。写真は立川寄り。下を走る電車はすでに新型のE233系が主力になっていました。中央線複線化工事後の昭和10年(1935年)に開通とのこと。橋梁形式は中路固定アーチ。反対側は橋桁と同じレベルに水道管が渡っています。橋脚がまた味のある鉄骨組み。橋の鉄骨は古レールを再利用したものです。昭和10年の時点で古くなっていたレールなので、かなり古いレールが使われているようです。古レールを使用した橋梁の例は鉄道の跨線橋に良く見られますが、その他には駅のホーム上屋の骨組み等にも古いレールが使われている事が良くあります。稀に刻印が打ってあることもあり、19世紀のレールの刻印が見つかることもあるようです。上を走る道路は狭く、片側交互通行になります。なお、眼鏡橋は2008年8月現在、架け替え工事中です。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.08.17
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前回の続きで、バラシ途中の風景。エンジンとフロントホイール、フロントフェンダーを外します。エンジンはこの前に載せ変えたばかりでしたが、また降ろす事に・・・エンジンを降ろすととたんに車体が軽くなりました。この重量物であるエンジンを残しておいたまま前輪を外すと、車体が前のめりになってフェンダーが地面に付いてしまい壊す恐れがありました。降ろしたエンジン。ヘッドを開けた時に古いパッキンが残ってしまい、なかなか取れないのでそのままです。始動するとオイルが漏れてきてしまい危険です。それと、エンジンを降ろすときは必ずオイルを抜いておきましょう。今回もヘッド部分の切れたパッキンからオイルが漏れてしまいました。そして、小物の塗装。ハンドルとリアキャリアは、メタルレディを吹いた後に下塗りとしてジノライト社製のラストマスターを直接吹いています。これは錆の上から簡単に直接塗装できるエアゾールスプレーです。今回のレストアでは防錆仕様をパーツによって変えて、塗装を行った後の錆試験もかねています。自家塗装レベルでどんな仕様で防錆塗装を行えば錆びにくくなるかを検証する目的で行っています。本当はどこも錆びてほしくないのですが。様々なパーツがフレームから取り去られていきました。スタンドとその周辺のパーツはフレームを立たせておくために最後に取ります。そして今回、素人にはちょっと難しい部分の分解が待っていました。フロントフォークの分離をやらなければいけませんが、この部分は操縦性にもかかわる部分なので素人なら二の足を踏むところでしょう。単なる色変えの塗装であれば外さなくても良いのですが、今回は徹底的に防錆を行いたいため、素人ですが分解します。まずは中央のステムナットを外しますが、ここで専用工具が必要になってきます。ステムナットとトップブリッジを外しました。このステムナットを緩めるために使用したのが中央に見えるフックスパナ。本来ならホンダ純正の専用工具であるステム回しを使って外すべきなのですが、このフックスパナは専用工具なしでも確実に外せます。また、昔はステムナットを緩めるためにマイナスドライバーをナットの切り欠きに当てて叩いて回したという荒技も一般的だったようですが、お奨めできません。フロントフォークの裏側もかなり錆が出ています。フレームとフロントフォークは旧塗膜を剥離してからメタルレディ処理の後にPOR15で錆止め塗装を行います。今回のレストアの中では最も重防錆仕様となっています。ステム部分を分解するとこのようなスチールボールが並んで入っています。ステムナットの締め付け具合でこのボールにかかる力が変わり、操縦性に影響が出るようで、このあたりが素人にはお奨めできない理由なのだろう。これらのボールはグリスまみれだが、フォークを抜くときに落とさないように注意、フレームの上側と下側にそれぞれ21個あります。グリスは完全に取り除いて組み立て前に新しいグリスを塗ります。さて、今回はここまで。続きはまた今度。 ←他のバイク関係のブログはこちらから
2008.03.17
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団地めぐり、今回は埼玉県営長山団地。鉄道博物館の向かい側に広がる団地でした。2008年4月 撮影全体図です。南面平行配置の住棟の中にスターハウスが2つ。簡易平屋もあるようですが今回は見ませんでした。資料によると建築年度は1954年~とあります。昭和20年代からある旧い団地のようです。団地内の様子。住棟間はこんな感じです。北入り住棟が並んでいます。ほとんどの住棟が建て増しを行っていました。4階建て住棟は基本的には51C型を踏襲しているような雰囲気です。この住棟は北側が建て増しされていますが、4階部分は建て増しされていません。同住棟の南面。こちらはオリジナルを留めていました。バルコニーは連続型ですが、窓割りは51Cに準じています。台所窓が出窓風になっている所あたりも51Cに似た部分。どちらかというと峰の沢鉱山住宅を平地に建てたらこのようになるのかもしれません。こちらは南面が建て増しされた住棟。オリジナルな状態は上の写真で想像してください。当然ながら南面が建て増しされている住棟は北面がオリジナルな状態。51C型に準じていると書きましたが、色々な種類があるようです。この住棟は4階部分のみ窓が多いのが気になります。3階までは小窓さえありません。(2008年8月19日追記)51C-N型には、最上階が1階段室あたり3住戸の51C-N(変)という設計があったようです。最上階の部分のみ階段室の両脇の小窓部分が横長の中くらいの窓になり、南面はバルコニーが省略されていたようで、この住棟も同類の変形設計と推測されますが確信はできません。テラスハウスもあります。シンプルなデザインです。窓2つ分が1戸になっているようで、少し横に広い感じがします。テラスハウス北面。若干小さな窓が並んでいるのが印象的。また玄関ドアのピッチが広めです。連続したヒサシが横基調なデザイン。団地内ではすでに建替えが行われており、スターハウスが建っていた場所には高層棟が建築中でした。残念。以上、埼玉県営長山団地でした。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.05.21
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東海 団地めぐり、今回は愛知県営鳴海住宅。名古屋市緑区にあります。鳴海と言えば旧公団鳴海団地が有名なのですが、今回は愛知県営住宅の鳴海住宅をめぐっています。撮影時期:2006年7月全体図です。全体的な街区が0街区~2街区まで3つあります。おそらくは0街区が一番旧いと思われます。配置は典型的な南面配置。早速ですが0街区で特徴的なのがこれ、南階段室型住棟。愛知県営住宅では南階段室型住棟はそれほど珍しいものではなく、他に依佐美団地や松ヶ丘住宅、平針団地に同型の住棟が見られます。しかし、この鳴海住宅で特筆されるべきはこの南階段室型住棟が一番南に配置されている事でしょう。たいていの南階段室型住棟は、北階段室型住棟の北側に配置され、北向きと南向きの住棟の入口を向かい合わせる「NSペア」と呼ばれる配置に使われるが一般的でした。しかし、この団地では一番南側に南入り住棟を配置する事で、道路から直接のアプローチを可能にしています。南階段室型住棟の銘板です。この団地ではかなりの住棟に銘板が付いていました。竣工は1967年(昭和42年)で、この頃の公団住宅ではすでに南階段室型の採用はほとんどなくなっている時期でした。愛知県営住宅ではかなり後年まで南階段室型住棟を建設する事になります。南階段室型住棟は北側が寂しくなります。窓割りは昭和20年代の51C型の南入りバージョン「51CS」に似ています。北入り住棟は南側が増築タイプ。一番南側の住棟を除いてNSペアを形成しています。北入り住棟にも銘板が付いていました。0街区の北側のエリアは、共用廊下型住棟が並んでいます。こちらの住棟も依佐美団地の片廊下型住棟に類似しています。つづく。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.07.24
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先日から進めている千里竹見台団地の高層スターハウスの模型化、今回は南側のウィングの図面化を検討します。住棟遠景(画像は使い回し)です。左側の住棟が高層スターハウス。南側のウィングはこの住棟の左側部分。こちらの間取りは1DKです。壁面のディテールです。これを模型で再現したいのですが、その前にまず間取り図を手に入れます。千里竹見台団地の間取り図は、幸いにもネット上で詳細図が手に入りました。リンクはこちら。賃貸 大阪 不動産jp 賃貸はアパマンショップ大阪中津店吹田市のUR賃貸住宅千里竹見台団地の図面こちらにある図面は資料的にも膨大で模型製作以外でも一見の価値があります。竹見台団地の全ての住棟の間取りパターンと、個々の住棟、住戸がどの間取なのかがわかる貴重な資料です。高層スターであるC26,C27,C28の3棟は2DK部分がスキップフロアのため間取りの配置が複雑なパターンになっているのが良くわかります。この間取り図より、南ウィングの1フロア分の平面図と立面図を作成しました。南ウィングの1DKは中央の廊下を挟んで両側に住戸が4戸ずつ並んでいます。外階段の部分は今回は省略しました。さて、これをもとに1階から14階まで縦に並べると1つのファサードができるのですが、これらをどのように形にしてゆくか、考え中です。また、東西のウィング、スキップフロアの2DK部分やエレベーターホールも図面化しないといけません。まだまだ先は長いです。つづく。
2009.04.16
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千里竹見台団地の高層スターハウスの図面作成、今回は東西のウィングを形成する2DKエリアの追加。間取り図からとりあえずの平面図を起こしました。新たに作成した2DKの東西ウィングと先日作成した1DKの南ウィングを、それぞれ120度の角度で接合します。ここで厄介なのが、各ウィングの間の間隔。この部分にはエレベーターホールの明かり窓があるのですが、間取り図では寸法が不明でした。南ウィングと東西ウィングは厚みが異なるので、この明かり窓の隙間は北側とその他で寸法が異なるのが厄介で、実測しておけば良かった部分です。この部分は、手持ちの以下の文献よりだいたいの寸法を推定しました。「高層集合住宅の設計計画」 日本建築学会編 彰国社刊いよいよ雰囲気が出てきました。つづく。
2009.04.17
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先日、日本昭和村に行ってきた。ここは、昭和の里山を再現したテーマパークで、懐かしい昭和時代の遊びや工芸が楽しめる。しかし、mishizawa的には、この村内の建築物に特に興味がある。そう、昭和時代を再現するレイアウトのストラクチャに使えるようなヒントがたくさんあるのだ。その中で特に目を引いたのが、木造校舎。この村には、2つの木造校舎が存在する。まず目を引くのがこの木造校舎。やまびこ学校と呼ばれるこのL字型の木造校舎は、村内の建物の中でも巨大だ。岐阜県大野郡宮村の、旧宮小学校を移築したもの。明治31年建築とのこと。失礼ながら、この小奇麗さから、新たに建てたイミテーションかと思ってしまいました。そのくらい状態が良い。宮小学校のエントランス。微妙にわん曲した屋根が印象的。校長先生の車、RS20クラウン、昭和33年式とのこと。昭和30年にデビューした観音開きで知られるこのクラウンの中でも、初期型グリル、中央ピラーのあるフロントスクリーンは今となっては稀少。この時代の校長先生がこのようなクラウンを所有できたかは疑問が残る。この昭和村の村内にもう一つ存在するのが、この双六小学校。昭和6年落成。平成16年10月まで現役で使用された校舎を移築したとのこと。こちらの校舎はトタン屋根なのが珍しい。北海道地区のような豪雪地帯では瓦屋根が使用できないためトタン葺きの木造校舎が存在したとのことだが、ここは岐阜県内。こちらも最初は新築のイミテーションかと思ってしまいました。双六小学校の昇降口。木造校舎の昇降口って、このような暗いイメージが・・・Mishizawaも、小学校低学年と高校は木造校舎だったので、懐かしいです。さて、以上を踏まえて模型の木造校舎を見てみることとする。写真はジオラマに使用中の木造校舎。グリーンマックス製を組み立てたもの。なお、私が高校時代に作ったもので、15年程前の旧作。このキットの特徴は、プロトタイプとして1校舎8教室の、比較的大規模な学校の校舎を再現しているところ。また、校舎の途中に入る防火壁や破風屋根が、見たこともなく新鮮に感じる。階段室が校舎内にあるので、上から見ると校舎全体は単純な長方形になっている。このキット、教室側と廊下側で異なった表情になっている。こちらは廊下側、窓の面積が狭い。こちら側がグラウンドに面した設定で、入り口の近くに水道を設置。さて、昭和村の木造校舎を初めとする建造物が、これから先も存続することを願いたい。ちょっと前まで、テーマパークがどんどん閉鎖されて来たので、これらの校舎が廃墟となるのだけは避けてほしいと思う。
2007.11.24
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写真を整理していて、見つけたもの。三菱ふそうの大型トラック2種類。2006年10月 愛知県蒲郡市内にて撮影。2台のふそう製大型トラックが停まっていました。どちらもある程度の旧車ですが、手前のトラックが特に懐かしい。右側の白いトラックは、三菱ふそうの「ザ・グレート」シリーズ。このシリーズは1983年にモデルチェンジでデビュー。「ザ・グレート」の愛称名で親しまれた。この車両はフロントマスクから平成6年排ガス規制適合車と思われる。そして手前の緑色のトラックが、「ザ・グレート」以前のふそうの大型車。映画「トラック野郎」でもおなじみのふそうのトラックシリーズの4軸車。フロントマスクがマイナーチェンジ後のタイプだが、最終型でも現在25年目になる。2台の並び。トラックはモデルサイクルが長いので、モデルチェンジでは劇的に変化する。特に1983年前後は大型車にとってもデザインが大幅に変わった時期で、大型4社のトラックがこぞって直線的なスタイルに変わった。実際に写真で比べてみると全体的にすっきりとした造形、広い窓ガラス、屋根上の速度標識灯の処理等、劇的な変化がうかがえる。そんなトラックが当たり前になった今だからこそ、1983年頃以前のトラックがちょこんと残っていたりすると、妙に懐かしい感じがする。
2008.01.18
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東海 橋めぐり、今回は揖斐川橋。揖斐川に架かる人道橋です。揖斐川橋の全景。手前のクリーム色のトラス橋が揖斐川橋。奥の緑色の鉄橋は東海道線の揖斐川橋梁。人道橋なので奥の鉄道橋と比べるとやはり小さいなと思いますが・・・鉄材の組み方はダブルワーレントラス。しかも接合はピン接合。鉄橋の中ではかなり旧い部類になります。それもそのはず。この橋は1886年(明治19年)、東海道線全通時に鉄道橋として架けられたものを人道橋に転用した橋なのです。1886年(明治19年) 東海道線揖斐川橋梁として架けられる。1913年(大正2年) 道路橋に転用。1997年(平成9年) 自動車通行止めとなる。100年以上前に架けられた鉄道橋が、道路に転用されたとはいえ当時の場所で現存している事は実に運が良く、近代の産業文化財としても貴重な存在です。この形のダブルワーレントラスは、東海道線全通時に架けられた鉄橋の標準的な形式だそうです。同じ形式の鉄道橋は他には箱根登山鉄道の早川橋梁(1888年製造 旧東海道線天竜川橋梁を転用)、山形鉄道の最上川橋梁(1886年製造 旧東海道線木曽川橋梁を短縮のうえ転用)、JR左沢線の最上川橋梁(旧東海道線大井川橋梁を転用)が現存するものとして有名のようです。橋の入口には自動車の通行を禁止するための杭が立っています。それにしても低い橋です。道路のコンクリート部分がかさ上げされたとしても、当時ここを鉄道が走っていたとは想像できません。実際に同型の箱根登山鉄道早川橋梁では、架線に地下鉄等で使用される剛体架線を採用した上で電車がパンタグラフをほとんど折り畳んだ状態で通過するという事なので、現代の電車にとってはかなり窮屈な鉄橋です。銘板です。英国パテントシャフト製。トラスは細かい鉄材を組んだ構造ですが意外とすっきりとした印象。斜めのトラスが交差する部分が独特。鋼板1枚分ずらして交差しています。かつてはここを陸蒸気が走った事でしょう。橋脚の上部を撮影。橋桁の間隔が広いのが気になりました。なお、橋脚の上側は後年コンクリートで補強されています。トラスのピン接合部分。下弦の鉄材の上が開いたコの字型断面になっているので、色々なものが溜まりそうです。橋脚部分は下部がレンガのオリジナル。上部がコンクリート補強。東海道線全通当時の面影を残す明治時代の鉄橋が今でも見られるおすすめの鉄橋です。また、隣りに架かる樽見鉄道揖斐川橋梁も明治時代の橋桁を使用していることで有名。この付近は鉄橋好きには「聖地」となり得る場所でしょう。以上、揖斐川橋でした。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.06.13
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東海 団地めぐり、名古屋市営住宅森の里荘のつづき。片廊下型の高層棟。このような高層棟が平行に並んでいました。特にスキップフロアとかではなく、全ての階に共用廊下があります。片廊下型の住棟には保育園が入っている所もあります。奥に見えるのはツインコリダー型住棟。片廊下型住棟が南面配置であるのに対し、ツインコリダー型は東西に面しているため、位置関係は直交しています。木々の向こう側にツインコリダー型住棟が見えます。森の里団地という名前だけに、緑が多いようです。ツインコリダー内部の吹き抜け。ツインコリダーは共用廊下型の住棟が廊下側で背面連結されています。そのため、吹き抜けの両側には廊下が見えます。正面には二つの廊下をつなぐ通路と階段があります。小窓の高さが左右で異なる部分が階段室。今回はここまで、つづく。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.07.07
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東海団地めぐり、依佐美団地の続き。前回紹介したエリア(5街区)より少し古い住棟が残っていたエリアです。こちらのエリアの住棟は基本的に階段室タイプでした。写真は南入りの住棟。この住棟も5街区の住棟と同じく、退去が進んでいました。退去済みの住戸には窓にベニア板が張り付けられていますが、上の階まで行う必要があるのでしょうか。徹底的に塞いでいます。この南入りの住棟は2棟並んでおり、道路を挟んで向かい側(南側)の住棟とNSペアを作っていました。この依佐美団地は昭和42年に完成とのことで、その頃は公団等の団地ではすでに南入り住棟はあまり採用されていなかった時期ですが、愛知県営住宅では40年代の住棟でも南入りプランの採用例が多いです。しかし、この2棟が南入りを採用したもう一つの理由が推測されます。上の住棟の北面です。すぐ北側に川の土手が迫り、一階部分はつるが上がってきています。このように北側に用地が充分確保されていない立地条件により、南入りを採用したものと思われます。その他の住棟2棟は階段室が北側にある団地住棟でした。北入りの住棟側面に取り付けられた銘板です。黒御影の重厚なもので、67年設計の北入り4階建て、3Kの間取りである事がわかります。しゅん工は昭和43年。このような銘板は当時の愛知県営住宅ではたまに見られます。つづく。
2008.02.23
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Nゲージサイズの光る街灯の製作、今回はこばるのキットを流用した駐車場灯の製作。真鍮パイプにチップLEDを付けて自作した2タイプの前作は、灯器シェードの表現や遮光の面で色々と課題がありました。これについては、こばるの道路照明灯キットを入手し、解決のメドが立ちました。そして、同社がリリースしている0.1mmのポリウレタン銅線を入手できたため、製作可能な街灯タイプが広がります。110314-02 posted by (C)Mishizawaメイン極細のポリウレタン銅線です。色が2種類あるため、プラスとマイナスの区別ができます。という訳で今回は道路照明灯よりちょっと小振りな、駐車場等に良く見かける照明灯を製作しました。110314-05 posted by (C)Mishizawaメイン0.1mmのポリウレタン銅線を、外径0.6mm、内径0.2mmの真鍮パイプに通す試験です。物理的には2本通るはずですが、真鍮パイプを切断した時のバリや、ポリウレタン銅線の曲がりによる抵抗があり、1本を通すのがやっとでした。110314-06 posted by (C)Mishizawaメイン今回製作する街路灯のポール部分は、3種類の真鍮パイプを使用しています。外径1.0mm、内径0.6mmのパイプをメインに、根元となる部分に外径1.4mm、内径1.0mmを、先の部分に外径0.6mm、内径0.2mmのパイプをハンダ付けします。これに0.1mmのポリウレタン銅線を通します。110314-09 posted by (C)MishizawaメインチップLEDは1608サイズ、カソード側(マイナス)をポールの先に直接ハンダ付けし、アノード側(プラス)に先ほど通したポリウレタン銅線をハンダ付けします。110314-07 posted by (C)Mishizawaメイン灯器のシェード部分は、先日入手したこばるの道路照明灯キットのシェード部分を流用します。ポールが入る部分は、左右のパーツを仮組みしてから0.6mmのドリルで穴径を拡大しました。110315-14 posted by (C)Mishizawaメインポールの先端の0.6mm径の部分のみを曲げます。シェードの内部を黒く塗り(今回はガンダムマーカーで手を抜きました)、チップLEDを収めるように接着。さらに全体をシルバーで塗装し、それらしく見えるようになりました。サイズは実物に換算するとポール直線部分が高さ4.5m、そこから上が曲線になり、約1.5m張り出したタイプになりました。ちなみに実物では、ポールの直線部分は汎用の段付きポールを使用し、その上に曲線の細いポールと灯器部分を付けるようになっており、汎用ポールと曲線部分+灯器部分を別メーカーのもので組み合わせることもできるようです。110315-10 posted by (C)Mishizawaメイン点灯試験。この写真では、今回製作した街灯以外の光源は使用していません。9Vで点灯させており、かなり明るいです。実物だったらこの下で本が読めるはず。道路わきよりは工場構内や駐車場、団地の一角なんかにあっても似合うかも。ところで、バックの団地模型、気になりませんか?こちらについてはまた今度。
2011.04.15
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大阪で会社員の男性が車にはねられ、3キロにわたって引きずられて死亡したひき逃げ事件から2週間、やっと容疑者を逮捕したようです。以下。Yahoo!ニュースより引用(元記事)-----------大阪ひき逃げ 22歳ホスト逮捕「無免許で飲酒していた」11月5日11時27分配信 毎日新聞 大阪市北区のJR大阪駅前の交差点で、堺市の会社員、鈴木源太郎さん(30)が車にはねられ、約3キロ引きずられて死亡したひき逃げ事件で、大阪府警曽根崎署捜査本部は5日、住所不定、建築会社元従業員でホストの吉田圭吾容疑者(22)を殺人と自動車運転過失傷害、道交法違反(無免許運転)容疑で逮捕した。事件当時、無免許で酒を飲んでおり、「人を引きずったまま逃げれば、死ぬことはわかっていた。とにかくその場から逃げたかった」と供述していることから、殺人容疑を適用した。 捜査本部は5日未明、吉田容疑者が友人と大阪・ミナミのラーメン店から出てきたところを任意同行し、逮捕した。 調べでは、吉田容疑者は10月21日午前4時20分ごろ、大阪市北区梅田1の国道176号交差点付近でワゴン車を無免許で運転中、横断歩道のない場所を歩いて渡っていた鈴木さんをはねた後、車両の下に巻き込み、福島区吉野4の市道まで約3キロを引きずって走行し、殺害した疑い。 捜査本部は1日、同市此花区内の駐車場で、底部に事故によるとみられる傷があり、黒いステーションワゴン車のトヨタ製「イプサム」を発見、血痕の付着も確認した。所有する近くの建築会社の社長らから事情を聴いたところ、勤務していた吉田容疑者が事件後に「辞めます」という手紙を残し、此花区西九条3の住居からも行方をくらませていた。車は主に吉田容疑者が使用していたという。(後略)-------------(引用ここまで)------------さて、事件直後から、ひき逃げ車両は「ホンダのオデッセイ」という情報があり、警察の調べでも「ホンダのオデッセイタイプのミニバン」ということであったと思う。事件直後のニュースを見てみると・・・以下。Yahoo!ニュースより引用(元記事)-----------大阪のひき逃げ死亡 車は黒のミニバンか10月23日8時6分配信 産経新聞 大阪市北区梅田の交差点で男性が車にはねられ、約3キロ引きずられて死亡したひき逃げ事件で、逃走した車が黒のホンダ車のオデッセイタイプだったとみられることが22日、曽根崎署捜査本部の調べでわかった。(後略)-------------(引用ここまで)------------本来なら、画像解析を進めて「ひき逃げ車両はトヨタ製のイプサムの可能性が高い」というところまで車種を特定して、情報等を収集すべきではなかったかと思う。このへんはビデオの画像解析の限界もあるので仕方がない所だと思うが。それではなぜ「ホンダのオデッセイ」とほぼ特定した形で間違った情報を流したのかが疑問として残る。目撃者証言からか?ともあれ、ひき逃げ車種の濡れ衣を着せられたホンダのオデッセイは、フルモデルチェンジによりちょうど新型が出たばかりであった。この事件の間違った情報のせいで販売台数が落ちなければ良いが・・・
2008.11.06
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団地模型ジオラマ、今回は団地にも使える既製品ジオラマ小物のうち、トミーテックの情景コレクション。トミーテックより発売されているジオコレ「情景コレクションシリーズ」より、団地の公園に使用できる情景小物を入手しました。「情景コレクションシリーズ 情景小物014 駅前・公園C」です。トミーテックからリリースされているこのシリーズは、バスコレクションから始まり色々な車輌、町並み、樹木と、このシリーズだけでジオラマが作れてしまうほどの充実ぶり。近年では、かゆいところに手が届く、ちょっとした小物が製品化され始めました。その中で、団地のプレイロットに是非欲しいアイテムが入ったのが、この「駅前・公園C」です。内容は東屋、パーゴラ、コンクリート製すべり台、花壇2種です。東屋は最近の公園にあるようなイメージなのですが、その他のアイテムは昭和30年代の団地にあってもおかしくない雰囲気のものです。実はこの中のうち、団地のプレイロットに良く見かけるパーゴラが欲しかったのでした。早速、団地ジオラマに置いてみます。プレイロットに置かれたパーゴラとすべり台。こんな感じのプレイロット、団地には良くあるイメージです。敷地が狭いのでちょっとせせこましい気がします。パーゴラはパッケージの写真に比べ、ちょっと線が太い気がしますが・・・ちなみに、何とこのパーゴラ、プラスチックの一体成形で、組み立て不要なのです。良くこんなパーツを一体成形でできるような金型を作ったものだと感心してしまいます。団地内のパーゴラはプレイロット以外の場所でも良く見かけます。スターハウスの南側にパーゴラを配置している例もありますので、写真のような配置もアリでしょう。花壇はどこに置こうか考え中です。あなたの団地模型にも、おひとつ如何? ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.01.29
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バスコレ改造の名古屋市営バス、いすゞキュービックの製作の続きです。前回は3扉化まで行いましたが、今回はいよいよ塗装です。その前に・・・・・・その前にって、もう帯まで塗装済みだし、あとはフロント部分の縞模様を塗装すれば終わりじゃん!と思ったあなた、良く見てください。これは名古屋市営バスの塗装をするための先行試作として、第4弾の三菱ふそうエアロスターを名古屋市営バスの色に塗る途中の画像です。バスホビーガイド VOL.4にも書きましたが、車体全体にグリーンマックスの鉄道カラー28西武アイボリーを下地に21小田急アイボリーを塗り重ね、青帯には18近鉄ダークブルーを使用し、エアブラシで塗装しました。塗装順は画像のとおり帯の部分を先に塗装した後、フロントの縞模様を塗装します。今度は本番のキュービックの車体です。3扉化後にベンチレーターを3個載せ、テールランプの形状を縦長タイプに修正しています。アイボリーを塗装した後にマスキングを施している様子です。塗装が終わった後の様子。前面の縞模様のマスキングは、アイボリーを塗装した後、細いマスキングテープを等間隔に並べて青を吹くと簡単なのですが、このマスキングに合う細いテープがなかったため、はじめに中央の帯のみ残してマスキングを行い、青色を吹いたのち、残りの2本の帯を残してマスキングを行い、青を吹いています。なので、前面の青色の間にある細いアイボリーの帯は太さが揃わないのが難点です。車体の塗装が終わった後に窓の外周をMr.カラー92セミグロスブラックで塗装します。今回はここまで、続きはまた今度。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.12.15
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名古屋市交通局の市電・地下鉄保存館「レトロでんしゃ館」には、模型のコーナーがあります。最近完成した鉄道模型ジオラマ。Nゲージサイズの壮大なレイアウトです。一見市販品をまとめたようにも見えますが、名古屋城や市役所など随所にオリジナルなストラクチャーもあり、必見です。線路は新幹線が2本、在来線が4本の合計6本がエンドレスになっており、それぞれがコントローラーで運転可能です。(ダイヤルを回すタイプの市販のNゲージ用コントローラー使用)車輌は新幹線がN700系と800系つばめ、在来線はミュースカイと東海道線E231系、それに名古屋市営地下鉄東山線300形が走っていました。東山線は鉄コレ限定版の6連かと思いましたが、鉄コレにはない中間車もちゃんと作られていることと、動力車の台車にもちゃんと集電シューが取り付けられているタイプであり、鉄コレそのままでは成り立たない編成で、どこの製品かは謎でした。その他、16番(HOゲージ・・・)の模型が展示されています。東山線や名城線でかつて活躍した黄電3種類と、東山線のアルミ車5000形、鶴舞線のステンレス車3000形、それに市電が数両模型化され展示されていました。個人の方の寄贈作品で、おそらくはペーパー製。以上、レトロでんしゃ館の模型でした。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.11.21
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先日、三重県の長島温泉へ行く機会があり、時間があったため、木曽川の橋を廻ってみた。そこで新シリーズ「東海 橋めぐり」今回は木曽川にかかる国道1号線の尾張大橋。Wikipediaによると、データは以下の通り。供用開始:昭和8年(1933年)橋梁形式:下路ランガートラス鋼橋この下路ランガートラス鋼橋は、トラスを上弦のアーチで吊り下げる構造で、当時の最新技術とのこと。写真を見ると、確かに下側の低い平行トラス桁を上部のアーチで吊り下げているように見える。アーチは全部で13連あり、桑名側にアーチのない短いトラスが1連ある。アーチのない短い部分は川の上ではなく、河川敷の上のため、スパンが短い。ちなみにこの鉄橋の存在を知ったのは、約15年前、私が某予備校(名古屋市千種区)に通っていたとき。(予備校時代は良く出歩いていた・・・)橋の入り口。細い鋼材や無骨なリベットなどは戦前の鉄橋の魅力ではないだろうか。橋を渡るとまた違った雰囲気。左右のアーチを繋ぐ鋼材も優美な曲線を描いている。そして、これが13連も続いている。実は、この尾張大橋の近辺には、近鉄木曽川橋梁やJR関西本線の木曽川橋梁が平行しており、3本の鉄橋が並ぶ姿は見応えがある。アクセス近鉄名古屋本線・JR関西本線・名鉄弥富線 弥富駅から徒歩。次回は近鉄木曽川橋梁の予定。
2008.01.21
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公団稲沢団地の2回目です。この団地の名物といえば何と言ってもL字型住棟でしょう。聞く所によると、このL字型は東海地方限定で、しかも現在はここのみ現存とのこと。L字というよりは南から見ると逆ヘの字型と言った方が良いかも。への字が北から見ると左右対称となっており、両ウィングに均等に日が当たるようになっている。北側から見たL字型住棟。壁が谷折りになった部分に階段室の踊り場が一部外に出た構造。南東側より。南の角に一世帯、両ウィングに一世帯ずつ、1フロアに3世帯入っているもよう。収容力は普通のスターハウス並みだが、角部屋は一日中日が当たるので得した気分。東側より見たアングル。への字が良くわかると思うが如何?南西側も南東側に準じた構造。階段室の踊り場は、手すりにRが付いた形でオシャレな感じ。ダストシュートも壁から浮かせて設置されていて、こだわりを感じる。続きはまた今度。
2007.10.29
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Nゲージ用ミニカーで、セドリック230を作りました。実は旧作で、1990年頃の作品です。230型セドリックをNゲージサイズ、1/150で作りました。ベースはトミックスのセドリックですが、色々な所をしこしこ削って、一世代前の230型セドリックらしさを出しています。フロントグリルはカトーのクラウンから移植して、下側をヤスリで削ってそれらしく仕上げました。黒の塗装は油性マジックで、今にも横転爆発炎上しそうなスタント仕様に仕上げました。(単なる手抜きです)
2007.11.01
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先日、蒲郡へ行く機会があった。国道23号線を蒲郡から三谷温泉方面に走ると、三河三谷駅の近くに3階建ての集合住宅が姿を現す。国道23号線の蒲郡市内。ここを車で通るたびに気になっていたエリアです。国道を挟んで両側に鉄筋コンクリート3階建ての集合住宅が建っています。1階部分は店舗。このエリアは一般的には三谷商店街と呼ばれているらしいです。2階と3階が住宅部分になっているようです。階段室や屋上に出る部分まであるみたいで、店舗付きの下駄履きアパートで間違いないようですが、詳細は不明。今回は車からの車窓見学のため、調査が必要です。国道の両側に建つ住棟はほとんど切れ目がなく、所々にピロティがあり、裏手へ抜ける事ができるようになっているようです。見た目には昭和30年代の雰囲気がありますが、実際はどうなんでしょう?以上、三谷商店街でした。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2008.06.25
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前々から書いていた、団地住棟の模型化について、進めたいと思っている。現在、団地を趣味にしている人口はまだまだ少ない。そのためか、鉄道模型ストラクチャとしての模型を含めて、既製品で団地を模型化したものは私の知る限りでは一つしかない。グリーンマックスから発売されている公団住宅キット。プラスチック製、未塗装で未組み立て。いわゆるプラモデルで、鉄道模型用ストラクチャとしても唯一のものだろう。縮尺は1/150。この団地模型の存在は10年以上前からわかっていたし、実際に組み立てたこともある(たぶん実家にある)。ただ、団地マニア界がディープになっている昨今、このモデルでは納得がいかない部分も出てきた。そこで、自作を試みようと思う。模型化対象のプロトタイプは、以下紹介する51C型。昭和26年(1951年)に設計された公営住宅の標準設計51C型(推定)。51C型はダイニングキッチンの提唱等、戦後日本人の生活スタイルに大きな影響を与えたエポックメイキングな設計ということで、現在でも色々な資料が手に入る。少し専門的になるが、「五一C白書」という本に、この設計の詳細が書かれているので、興味のある方にはおすすめしたい。写真は愛知県名古屋市に現存する県営仲道住宅。51C型の知名度は上がっているが、当然ながら実際の住棟は減っており、現存数は数えるくらい。51C型の平面図は間取りとして色々な所で見かけるが、立面図はほとんど手に入らない。模型化する意味もあり、より模型的な寸法にする為、図面を引き直した。まだバルコニー面しかできていないが、順次作成予定。図面はCADソフト「ドラフティングCAD」を使用。模型図面の作成では、単純に線が引けて、寸法線と実寸が表示されるだけのCADで充分。さて、まだまだ2次元の段階だが、完成を見るのはいつの日か。続きはまた今度。
2007.11.23
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平針団地の続きです。運転免許試験場へ続く道沿いに、案内板がありました。111204-38 posted by (C)Mishizawaメイン団地内には主要な道路がX字型に走っています。県営住宅の部分は黄色部分のみ。緑色の分譲エリアは団地住棟ではなく、一戸建て形式でした。県営住宅は現在はすでに北側のエリアが建替え済みまたは建替え中で、残っているのは南側のエリアでした。信号機の影がかかってしまいましたが、影の部分は建替え済み。スターハウスは北側の1街区に4棟と4街区に1棟、それに南側の9街区に4棟ありましたが、現存するのは9街区のみ。特に1街区のスターハウスは特徴があり、板状住棟が並ぶ南と北の端にそれぞれ2棟ずつ並べる配置で、特に南側は、南入り板状住棟とNSペアを組むような配置でした。普通なら板状住棟を建てると思いますが、敢えてスターを2棟並べている所に、試験的な意図を感じます。keneihirabari3 posted by (C)Mishizawaメインありし日の1街区のスターハウス 2006年7月撮影(この写真のみ)階段室が北側の南入り住棟と向かい合っている所がNSペアを彷彿させる。111204-56 posted by (C)Mishizawaメイン板状住棟は、殆どの住棟が増築されていました。(名古屋市営住宅とは異なり、スターハウスは増築なし)111204-55 posted by (C)Mishizawaメイン板状住棟は南入りが多いのが特徴。増築部分の谷間に階段室への通路があります。道路から直接アクセスできるので便利です。111204-60 posted by (C)Mishizawaメイン団地は全体的に南側に向かって上る斜面に建っています。けっこうな高低差があります。各住棟に高置水槽が設置されています。ということは、給水塔は・・・111204-57 posted by (C)Mishizawaメインありました、給水塔。団地内には小高い山があり、そこに立っていました。111204-59 posted by (C)Mishizawaメイン給水塔は四角いコンクリート製。111204-72 posted by (C)Mishizawaメインスターハウスには銘板がありました。昭和40年に竣工しています。公団では昭和39年を最後にスターハウスの建設が終了していますが、愛知県営住宅では昭和40年代の中頃まで建てられていたようで、コダワリが感じられます。以上、愛知県営住宅平針団地でした。
2011.12.08
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名古屋の「レトロでんしゃ館」には、地下鉄だけでなく市電も展示されています。名古屋市内にはかつて路面電車が走っていたが、昭和49年3月に廃止された。名古屋市電の歴史は古い。名古屋は明治31年(1898年)に、京都に次いで日本で2番目に電気鉄道が走った都市である。当初は名古屋電気鉄道による開業であったが、大正11年(1922年)に名古屋市に買収され、名古屋市電が誕生した。名古屋に限らず、東京の都電も元々は民間の鉄道会社であったが東京都に買収されたという経緯があるが、大正時代、不況下で市街電車の運賃が高い事に不満を持った市民が 暴徒化して電車を焼き討ちする事件が相次いだり、東京ではいくつかあった民間の市街電車が運賃を談合によりつり上げたことが問題になったりしたため、自治体がこれらの電車を買収し公営化したという歴史がある。大正時代の米騒動がきっかけで名古屋市は公設市場を設けたが、これの電車版といった感じか。さて、この「レトロでんしゃ館」には、3輌(連接車があるので正確には4輌?)の市電が保存されています。2000型車輌 2017号。昭和31年から昭和33年にかけて29両が製造され、昭和47年まで活躍したとのこと。無音電車と呼ばれ、走行音が静かなところが特長でした。無音電車は車輪にゴムを挟み込んだ弾性車輪により騒音を抑えていました。この弾性車輪はのちに地下鉄東山線の100形電車や、それに続く小型車に広く採用されました。なお、弾性車輪そのものは名古屋市電だけでなく、横浜や大阪でも採用されていましたが、地下鉄車輌も含めここまで大々的に普及した都市は名古屋くらいでしょう。博物館内にあった電停(停留所)のプレート。よく見るとスタンドの台座部分に、弾性車輪の一部と思われる円盤状の部品が再利用されています。さて、この車両は車内に入ることができます。早速乗り込みます。当時の電車はステップの段差が高く、ちびっこにとっては大変です。また、この車両は床下部分をスカートで覆ったすっきりとした外観でもあります。床下にあるごちゃごちゃとした台車や電気機器を覆ってすっきりと見せる設計は、地下鉄東山線の100形に共通する思想でもあるように思えますが、路面電車に関しては、同時期に登場した東京都電8000型も同じような処理を施している部分もあり、名古屋市電独自の特徴とは一概には言えません。車内で気づいたすごいところ。この車両は窓が2段構造となっており、上段固定、下段が開閉式なのですが、上段がサッシュレスですっきりしています。昭和30年代前半にこのようなサッシュレスガラスが当たり前のように使用されていた事に驚きを隠せませんでした。どこまで先進的だったのか、名古屋市交通局。ちなみに窓構造は国鉄モハ71形を参考にしたという説があるようです。同車の運転台。これも至ってシンプル。今回はここまで、つづく。「レトロでんしゃ館」アクセス地下鉄鶴舞線「赤池」駅下車(2番出入口)徒歩約7分
2008.11.13
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