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「がんですね」と言われたときに思いのほか冷静だったのは、身近に乳がんサバイバーが2人いたことが大きいです。ふたりとも、もちろん治療していた時は大変だったと思いますが、今、めちゃくちゃ元気に海外に行ったり、酒を飲んだくれたりしているので、私の中で「乳がんは治る病気だ」という意識が刷り込まれていたんだと思います。あとは別のがんですが、仲の良かった伯母も寛解とはいかないものの長年共存した状態で過ごしていたのもあり、「がん=死ではない」と自然に思えたのが良かったです。もちろん、初期であること、内臓の腫瘍ではないので自覚症状がほぼなく、体調も良いままだったことも恐怖感が少ない理由ではあると思います。あとは推し活の影響(笑)推しの信念に洗脳されていることもあり、「なんでこうなった」「昔に戻りたい」なんていうのは時間の無駄、「今、何をやるのがベストなのか」「こういう状況だからこそ、今しかできないことはないか」考えよう、と思えたのが大きいですね。良い影響を与えてくれたすべての人に感謝です。
2026年06月30日
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そんなこんなで生検結果を聞く日。独身で、母も高齢なので、姉に同行を依頼しました。これ、いまだに東京で一人暮らししてたらどうなっていたんだろう…って思いました。その後手術までのスケジュールを渡されることになるんですが、「家族同席」が結構多いんですよね。この時の気持ちは大丈夫だろうという気持ちと、やばいかもしれんという気持ちの五分五分。結構待たされたので、待ってる時間がしんどくて「もうどっちでもいいから早く楽にして…」という気持ちになりましたね。姉と二人で診察室に入ると、先生は「あんまりよくないお知らせ」と話し始め、現時点で分かっているガンチャンの「2cmないくらい。ステージとしては1。比較的おとなしめ。ルミナールっていうタイプ」というざっくりしたプロフィールを教えてくれました。で、手術日を抑えてあること、温存手術も可能で、全摘と生存率等は変わらないが、放射線治療が必要になること、局所再発のリスクが多少あることなどの説明を聞きました。初期で根治も見込めるとの話だったためか、意外に冷静に、これからすべきこと、その時点で気になったことなどを先生に聞くことができました。で、その日のうちに術前検査をすることになり、朝から昼過ぎまで姉に付き合ってもらい、遅いランチへ。時間も時間で昼食難民になりかけながら入ったカフェで食べたオムライス。大丈夫、味するわ
2026年06月29日
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そういうわけで、人生三度目の「要精密検査」に若干の慣れを感じ始めていた私は、初回とは違ってあまり気に病むことなく、のびのびと検査までの1ヶ月を過ごしていました。が、いざ検査に行ってみると先生が超音波の映像を見ながら「これ見て?このキラキラしてるの血流なんだけどさ、この中に腫瘤があるんだよね」と説明してくれたんですが、確かに不気味に光る物体がそこにありました。「まあ、いいものか悪いものかは検査してみないと分からないので、生検してみるね」とエコーガイド下生検。麻酔が効いていて検査中もその後もそれほどの痛みはなく。そしてこの時点で少し不安にはなりましたが、「まあ、前も生検やって異常なしだったし。なんかあるけど良性の可能性もあるし」ということでまだのんきに構えていました。でも言われたんですよね。「次回はご家族と一緒に結果を聞きに来てくださいね」って。えーーーーーー????
2026年06月28日
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思い返せば初めて乳がん検診にひっかかったのは20代後半。当時はまだ触診と、エコーがあったかな…?くらいのおぼろげな記憶。その時は経過観察のみで、その後もエコーと触診のみで年1で検査。本格的にマンモグラフィー&エコーの検査を受けるようになったのは30代半ばだったと思います。当時勤めていた会社ではいわゆる女性向け検診は全額補助があったので、それまでも良性のしこりを指摘されていた私は迷いなくフルコースの検査を受けていました。検査の結果はだいたいB。所見はあるけど良性と思われる、というのが毎年の事。そしてマンモを受けるようになって分かったのは、どうやら私は「デンスブレスト(不均一高濃度)」というマンモで病変を見つけづらいタイプのようでした。そして今からちょうど10年くらい前、はじめての「要精密検査」の健診結果が返ってきます。もう血の気が引きましたね。毎日不安で、この不安で病気になるんじゃないかってくらい。また乳がんの精密検査って全然予約が取れなくて、こっちは焦って不安でしょうがないのに、どこに訊いても1か月後って言われるんですよね。まあ、どこも検査日は大差ないので、どこにするか考えたとき、私は市内にあるがんセンターを選びました。それはその数年前に亡くなった父の苦い思い出があったからです。肺がんの疑いのあった父は、まず地元の基幹病院で再検査を受けたのですが、そこで治療をすることができず、たらい回しとは言わないまでも治療開始までかなり時間がかかったのを覚えています。なので、「がんセンターで検査すれば、もし万が一がんが見つかってもすぐに治療に入れるだろう」という発想で二次検査の申し込みをしました。その時は「エコー画像にわずかに血流が見られる腫瘤らしきものがある」とのことで、画像を見た医師は「よくこんなの見つけたね!俺ならスルーするかも」と言いつつ念のため針生検。結果は異常なし。その後転職して乳がん検診は自己負担になりましたが、自分は乳がんのリスクが高いのかもしれないという自覚があったので、マンモは毎年、マンモの補助が出る年はプラスで超音波検査も受けていました。結果はなんかしら所見はあるけど良性っしょ、みたいなB判定が続きました。そして3年前にも再び精密検査となった時もがんセンターで二次検査。この時はマンモとエコーのみで異常なし。そこからは毎年健診でもマンモとエコーを必ず受けるようにしていました。そして今年、マンモは異常なしの一方で、超音波で要精密検査。いつになく物々しい所見が並んでいました。でもこの時点では「またか~~~まあ大丈夫っしょ」くらいの気持ちで二次検査を申し込んだのですが…
2026年06月27日
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最後に日記を書いたのは5年前…。結局、翌1月の半ばにネコチャンとはお別れ、その後はひどいペットロスで立ち直るまでかなりの時間がかかりましたが、もう5年も経っていたとはね。そうこうしているうちになんと乳がんが発覚!簡単な経過をまとめると2026年2月 健康診断2026年2月下旬 要精密検査の知らせ2026年3月下旬 精密検査・生検2026年4月半ば 告知 ステージ1、ホルモン受容体陽性、HER2陰性の診断2026年6月頭 右乳房全摘手術現在 退院して職場復帰。病理結果待ちという状況。ここに至るまで、やはり知りたかったのは「実際に同じ病を経験をした人の生の声」で、私もいろんなブログやnoteなどを読み漁って情報を得てきたので、自分の経験も可能な範囲で残していこうかなと思った次第です。退院までは結構忙しくて、今ようやく日常に戻りつつあるので、少しずつ振り返っていきたいと思います。
2026年06月26日
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