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作家の赤江瀑先生がお亡くなりになられていたことが、先日わかりました。先生らしい、葬儀をせずに極秘に荼毘にふされるという、お別れのしかたでした。僕は豊浦高校の後輩として、とても可愛がっていただいていたので、知らなかった自分が悔しくてなりません。もっとお話ししたかったし、もっと教えていただきたかった。個展にお見えになられて、よくご指導くださいました。下関市芸術文化振興奨励賞にも何度も僕を推挙していただいて、残念ながら、僕の努力と精進が足りないがため、受賞することができず、先生に恥をかかせた形になりました。僕は赤江先生の作品も大好きでしたが、なにより若者を愛し、若者の中に溶け込もうとなさる、先生の飾らないお心が大好きで、そのくせにどこに住んでいるのかさえ、編集者も知らない謎の存在の先生が大好きでした。先生のご自宅からは、お舟手といわれる、櫛崎城に船をよせた静かな入り江に直接下りられます。その階段で何枚もスケッチしました。そこからは、満珠干珠の二島が見えます。油絵にもしました。僕の実家の襖には、僕が墨で描いたその景色があります。下商の美術室には、先生の書が2作あります。ひとつは僕が先生に直接書いていただいたもの。僕へ向けた言葉です。「珠の緒よ」と書かれています。もうひとつはチャリティで購入したもの。「心 形 静か」と書かれています。先生の形見になります。先生のご冥福を心からお祈りします。
Jun 20, 2012
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最近、とっても疑問に思うことがあります。僕が高校教師になったころ、高校の美術の先生は、ほとんどが画家か彫刻家か工芸家で、飲むと教育談義と芸術談義になるのがあたりまえでした。最近は制作しない先生のほうが多いんです。20年前に東京の有名芸術大学を出たとしても、そんなの数百人のひとりじゃあないですか。制作しないなら、成長どころか退化するでしょう。それに対して、高校卒業後、美大にも行かず、ただただ制作している弟子がいます。ストウ君っていうんですが、今日作品を持ってきてくれました。デッサン力は美大にいった諸君とは、比較できないでしょうが、哲学的で狙いのあるいい作品でした。僕の弟子たちは高校3年間、定期考査や検定に追いまくられながら、死ぬほどの絵を描きます。3年生になって卒業するころには、おそらく「制作しない高校教師」程度の能力は、身についているでしょう。僕の弟子だけじゃなく、制作する先生に心から鍛えられている諸君はそうでしょう。一流の彫刻家だった、山口高校を最後に退職された、濱野先生。先生はよくご自宅のアトリエに生徒を招いて遅くまで制作させてました。先生は一流だから、芸術の能力はあらゆる方向に向いておられる。だから、絵画の指導もデザインの指導も一流でした。山口中央高校を最後にご退職なさった、柴崎先生。先生も毎年銀座で個展を開催される、一流の画家でした。他の先生が気付かないような、生徒のよさを発見しては、高文連の大会会場で褒めてくださっていました。僕の師匠、豊浦→長府の新谷先生も、やはりいろいろな団体を渡り歩いた画家でした。僕は美術の指導者は、制作するのがあたりまえだと思っていました。若い美術教師はどんどん制作してください。弟子たちはどんどん制作して己が師を越えてください。日本の現代芸術が行き詰っているのは、藝大の藤枝先生やなんかが、10年以上前から指摘しているところです。こうした教師の状態も、影響を与えているかもしれないですね。
Jun 14, 2012
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タイトルの展覧会が開催されます。東京のサントリー美術館です。岡田三郎助がコレクションしていたものが中心だそうです。詳しくはこちらから岡田三郎助もそうですが、琉球文化はヤマトの絵画に大きく影響しています。岡本太郎の原色もそうだと思います。こちらの本は、文化人類学者としての岡本太郎が、沖縄の文化について解説したものです。琉球文化をこころから理解するためには、必読の一冊です。【送料無料】沖縄文化論価格:720円(税込、送料別)私事ですが、僕の長女は、色彩感覚が優れています。生まれてからずっと沖縄に毎年連れて行ったことと、幼児期から安い画材を与えなかったことが、その理由でしょう。僕の作品はよく「空気遠近法を無視している」といわれますが、沖縄の自然をみたら、「遠くほど彩度が落ちる」ことがないんですもん。ゴーギャンがタヒチで原色に目覚めたように、沖縄に触れることは、画家の目をかならず変化させるでしょう。まずは東京のみなさん、紅型に触れてくださいね。
Jun 13, 2012
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