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今季のフィギュアスケート、グランプリシリーズ女子シングルは坂本花織のための舞台といってもいい。素晴らしい流れと幅と、高さと、跳びあがってからの細い軸と速い回転と――加点要素をふんだんに備えた力強いジャンプに加えて、年々磨かれてくる女性らしい表現力。疑惑のロシア女子に対抗すべく高難度ジャンプに挑戦して、怪我に見舞われた他の才能ある女子選手を尻目に、トリプルアクセルも4回転も持たない坂本選手がタイトルを総なめにしている。「エビ1本食べてもお腹いっぱいなる」ほど食が細く、体も限界ギリギリと言えるほど細いのに、リンクに入れば驚異的なスタミナを発揮し、4回転ジャンプを次々決める。バレエ大国の整ったレッスンシステムにのっとって幼少期から表現力にも磨きをかけるから、ローティーン、ミドルティーンで大人並みの所作を見せる。だが、どこか、おかしい――なぜ彼女たちはあれほどまでに短命なのか。大きな大会で頂点を極めると、おはらい箱のアイドルのように、あっという間に跳べなくなり(それもみな同じパターンで、着氷で力なくヨロけるようになる)、次の女王がとってかわる。しかも、同じコーチのもとで同じパターンが繰り返される。こんな奇妙な女王量産システムに支配されては、フィギュアスケートそのものがダメになる。元来、フィギュアスケートでその人のもつ「味」が出てくるには、長い長い年月がかかるのだ。たとえば、宇野昌磨選手が20歳で引退していたら、今の宝石のようなパフォーマンスはなかった。今世界を魅了する彼の表現力も長い時間をかけたのちに出来上がったもの。もっと若いころの坂本選手は、かならずしも表現力で高い評価を得る選手ではなかった。だが、ジャンプでの高得点をテコに世界トップにのぼりつめると、少しずつすべての要素に磨きをかけ、歩んできた人生を想うとこちらも感無量になる演技を見せるまでになった。ショートカットの今の坂本選手の演技を見ながら、ポニーテールで一所懸命頑張っている「あのころ」の坂本選手の姿がダブる。それがまたこちらの胸をあつくする。女子の運動能力…というかジャンプ力が、ミドルティーンもしくはハイティーンで絶頂を迎えるにせよ、そこにフィギュアスケート選手としての演技力もピークを置くような、ロシアの「あるコーチの作り上げたシステム」は間違っている。さらに、それに追随するような採点運用も間違っている。時間をかけて選手が作り上げてきた世界、それも重視していかないと。ジャンプの回転数を追求し、追求し、追求したあげく、道々には才能ある選手の亡骸が累々、そしてやがては競技自体が高い崖から真っ逆さまに落ちる運命だ。そのアンチテーゼとして、坂本花織という選手がいると思う。「健康」を具現化したようなそのパフォーマンスは、見る人を幸せにする。彼女が今積み重ねている勝利は、これまでの狂った女子シングルへの警告だと、Mizumizuには映る。その意味で彼女は「フィギュアスケートの神の使い」にも等しい。ただ、ルッツがねぇ…今は気前よく加点も付けてるが、このままでは、いつか足をすくわれるでしょ…
2023.12.12
いやはや、いやはや…もはや誰も勝てない。グランプリファイナルのイリア・マリニンの演技を見て、ほぼすべての観客はそう思ったのではないだろうか。謎の加点で勝つわけでもなく、多分に主観的なプログラムコンポーネンツの爆盛りで勝つわけでもない。ジャンプの難易度に沿った、極めて分かりやすい勝利。フィギュアは基本的に基礎点重視の採点でいくべきだというのが持論のMizumizuにとって、今回のマリニンの勝利は、プルシェンコ独走時代の幕開けとダブる。時代が違うから、ジャンプの難度は当時とは雲泥の差があるのだが、世界中の一流選手を集めたワールドの場でも、「頭ひとつ抜けた確かなジャンプ力」のある選手。それがプルシェンコであり、マリニンだという印象。ほとんど誰も跳べない超高難度ジャンプである4Aの基礎点を下げるという、暴挙に等しいルール改正を受けて、「4Aは入れないかも」と言っていたマリニンだが、シーズンの幕があくと、このハイリスクジャンプをきちんと入れて、さらに、4ルッツ、4ループ、4サルコウ、4トゥループまで入れる。さらにさらに、3ルッツからの3アクセルという、すんげ~~シーケンスまで決めてみせた。あえてケチをつけるとすれば、フリップがないのが不満。4回転時代になってからのジャンプの偏りはずっと気になっているのだが、やはりここはルール改正が必要かなと思う。ボーナスポイントによる加点ではなく、アクセル、ルッツ、フリップ、ループ、サルコウ、トゥループをまんべんなく「入れなかった」場合に全体のポイントから減点をする、というのはどうだろうか。これならば多回転を競うだけではなく、ルッツとフリップの踏み分けができるか、高難度とされるジャンプは跳べても実は苦手とするジャンプがあるのではないか、という点が明らかになり、ジャンプの技術を見るうえで非常に有意義だと思う。ループを避け続ける加点爆盛り女王とか、アクセルが苦手なスケート技術絶対王者とか、要はMizumizuは個人的に、そ~いうのが嫌いなのだ(読者は分かってると思うが)。フィギュアスケートは世界レベルになればなるほど、莫大なカネが絡む。だからこそ非常に政治的意味合いが強くなる。タイムを競うような競技ではないから意図的な操作も可能だ。だからといって、「誰か」を五輪で勝たせるために、理不尽かつ無茶苦茶なルールをまかり通すなど、あってはならないことだし、いつまでもそれは言い続けると思う。ルッツとフリップの踏み分けと言えば、忘れられないエピソードがある。不正エッジによる減点という明確なルールができるずっと前、マリニン選手の母、タチアナ・マリニナ選手がNHK杯で優勝したことがある。表彰台の中央で喜びを全身で表すマリニナ選手。彼女に対する解説の佐藤有香の賛辞の言葉が忘れられないのだ。「トリプルジャンプ、トリプルジャンプと追い立てられて、ルッツとフリップを正しく跳べる選手がほとんどいない。マリニナ選手はきっちりアウトとインにのってルッツとフリップを跳べる選手」。記憶ベースなので表現は多分違うだろうけれど、そういった意味のことを言っていた。慧眼だと思う。話をマリニン選手に戻して、彼が「皇帝」の名にふさわしいと思う、もう1つの理由は表現力の格段の進歩だ。宇野昌磨選手の洗練を極めた表現とは比ぶべくもないが、マリニン個人としては昨シーズンに比べてぐっと「魅せる」プログラムになってきた。昨季までは、「あ~あ~、スタイルいいのに。やっぱりそれだけじゃないのね、フィギュアの表現力って」という感想だった。1年でこれほどブラッシュアップしてくるとは、素晴らしいの一言。回転力は神がかり的なので、もう少しスケートが伸びればよいし、ジャンプ以外の表現を磨いてほしいところだが、この1年での進歩を見れば黙っていてもやってくれるだろう。凄い選手が現れた。羽生選手が去り、ネイサン・チェンが去り、宇野選手も次のステージへ行く時期が来ている。それでも、次の輝かしいスターが生まれた。願わくば、怪我なく五輪まで行ってほしい。そしてその稀有な才能で、他の選手のレベルも引き上げてほしい。
2023.12.10
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