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昼下がり、三鷹芸術文化センターに出かける。1週間ぶりの外出である。エムズクルーの『ファインデイ』にも出演、この1年表方さんのとしてもサポートを続けてくれている、江口ヒロミさんのリーディング公演をみにいく為だ。タイトルは『ポエティック・シンフォニー ラブレター~セント・バレンタイン・デー~』。短い薄い物語を、ピアノ演奏やなにかに乗せて、1時間かける。自分とこの芝居が、「わかんねえよ」って苦情が出るくらい、複雑にぎっしり情報量を詰め込んでいるので、こんなにゆったり何の努力もしないで舞台を楽しめるということが、目から鱗の感じなのだ。いろんなところにいろんな技術がある。椅子に座ったまま、声だけで表現するのはある種技だけれど、技を使うために、技で進行させていく台本っという感じもあって、でもそういう客層だし、声優さんだし、それはそれでいいのかもしれない。ただパルコ劇場でレパートリーになっている『ラブレター』を見てるものとしては、そういう期待をしたらがっかりするとは言えます。三鷹と言えば、いつも芸術文化センターの帰りにもう10年くらい行っているお店があって、夫を初めてそこに連れていった。広島風お好み焼きの店。なんかすごくまっとうにおいしい。冗談みたいだけど、トマト入りが意外にすごくおいしい。一応広島だけに、シーズンだけに、好物だけに牡蠣入りをオーダー。久しぶりに外食をした。夫も喜ぶ。で、早い時間に出来上がって帰宅したので、ビデオ上映会。黒川琉壱くんから借りたままになっている『楓牙(ふうが)』を観る。黒川さん、ごめんなさい。これをずっと観ずにあなたとお付き合いしていたなんてウカツなわたしでございました。天正彩さんのところの劇団「外連(けれん)」の活劇と世界と味を映画にしてしまったような感じ。とにかく若い黒川さんが、いいのだわ。もともとのワイルドさと、ストイックな感じに、ちょっと知的な匂いもあって、ぎゅっと凝縮して集中したいい芝居だし、存在感だ。こういう映画が好きかと言われれば好きじゃないんだけど、(『くの一忍法帖』特に田口トモロヲさんの出ている「大江戸花地獄」とか「会津雪地獄」とか好きだけど)けっこう本気でじいっと見入ってしまう面白さがあって、黒川さんいい映画に出会えてよかったなと思いました。黒川琉壱さんの次の作品は新井澄司監督の『呪蔵地帯』。にわかに期待が膨らんできました。義理で観に行く舞台も映画も多いけれど、時々こうやって嬉しい思いができると、いいなと思いつつ。何より励みになりました。
2004.01.31
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次の舞台は松田正隆作『夢の女』である。来週の稽古、戯曲の冒頭に引用されている内田百間(門構えに月という文字が出ないので、日で代用させていただきます。そういうサイトやインデックスもあるので)の『道連』という短編の朗読をするように頼まれているので、本日も練習。そして百間漬けの日々。大正の終わり、昭和の始め。岸田國士の『温室の前』もそうだったけれど、この時代の言葉の格好良さには。女のわたしが読むより、男の人の方が面白いんではないかしら。目に見えないモノへのもっとしっかりとした感覚と共通意識がある上での、この感覚的な言葉と大胆な切り上げ方。ものすごくモダンも知っていて、細かい生活も知っていて、色をまぜない潔さ。わたしは本当にこのへんのブンガクが好きみたいだ。「夜鳥」の読み方が分からない。「やちょう」か「よるどり」か、それとも「ぬえ」とか。自分では「よどり」と読んでみたくなる。声も大分戻ってきた。自分の気忙しい読みと格闘しつつ。あ、そんなバイトもしています。ご希望のものを声にだして読み上げて録音して差し上げます。ご希望とあればいつでもご連絡ください。
2004.01.30
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最近PCに不審なメールが多くて、(劇団用アドレスが自分のところに転送されてくることもあって)げんなりしていたところ、「式ね」のタイトルのメールが・・。うわ「死ね系」?とおどおどしながらよく見ると、妹からのメールだった。(わたしと違い妹のメールは極力字数が少ない)突然「結婚式」の相談である。この前本番直前に「婚約したことを今夜両親に話す」と言い出してから2週間ちょっと。婚約会議の結果すら聞いてないのに。現在ロンドン在住求職中の妹の彼氏、日本で求職中の妹。メールにはロンドンに行く前に、とか、向こうの両親は神社で着物来て、とか具体的な日にちまで打診されてる。大丈夫かな?だいたいその日にちは、10月公演の初日で出演がまだ決まっていないわたしならともかく、演出・代表の夫は出席できないだろう。妹は先日の公演に来てそれくらいの情報は分かるだろうに。夜中にウチの夫婦も混乱を来す。それにメールで一番問題にされているのが、「あちらの両親がくるっていうのにウチの親、着物着てくれないっていうんだよ」だ。大丈夫か妹!一応どういう事情で結婚式を10月に日本でやることになったのか、説明を求めるメールを送る。そりゃできることは協力するけど、とにかく唐突すぎるよ~。以前舞台で、主演の女優さんが「本当は今日妹の結婚式だったんだ・・」と楽屋でぽっつり言っていたことを思いだした。小劇場の舞台で結婚式や葬式に行けないって、なんだかすごく微妙だなと、まだ学生気分の残っていた当時のわたしは思っていたのでした。「一日5億や10億の金を動かしている」と胸をはって息巻いていた(入社当時)妹にも、世間一般にもやっぱり微妙だろうと思う。そんなことを夫に言うと、夫は元は500人や1000人を相手の大きな舞台の売れっ子劇団にいた人なので、全く同情がない。こんな姉が何を出来るわけではないのですが、ちょっと明日実家に帰ってみようかと思います。
2004.01.29
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インフルエンザから少しずつ復活。新携帯でメールのやりとりもし始める。本当に怒濤のように夢を見る。一番腑に落ちなかったのは「謎の楽器サトエリ」の夢。なんだよサトエリって?ウッドベースみたいな形してて、普段分解しておく。使用する度にすっごい高い使用料を払わなきゃならない。でももう4回は芝居中で使ったと舞監さんが言う。どこに?誰が?どうやって弾くの?「あっボク弾けます」と唐突にマツバラさんが出てきて言う。自分の俗っぽさに呆れる。きっと芝居見に来た人の中に、感受性のよいみたいなことを「いい楽器をしている」みたいな言い回しで言う人がいて、あんまり好きじゃなかったのだ。だからってサトエリかぁ・・。本当に陰惨なジャパニーズホラーみたいな夢も、風景だけの夢も、誰かと一緒に何ヶ月かを過ごした夢まで見た。そんな腑抜けな自分を、先日の夫婦喧嘩から強迫観念が襲い、ふらふらしながら寝間着やシーツ、布団カバー、リビングに敷いてあったラグマットまで洗う。洗濯機は大反発、爆音を立てて暴れる(重量がありすぎるのだ)。パジャマに水浸しになりながら洗濯機と格闘する。働かないと憎まれる。「夫はわたしを憎んでいる」そんなわたしに呆れて物言わずまた夫は出ていった(仕事にだけど)。働けば「お前のはただの気分だ」と言われる。こんな時だから気分じゃないとわかって欲しかったのに。テレビの前でひとしきり泣いていると、昨年一度放送が終わったと思った長谷川京子の保険のCMが流れている。「あっ、オイラだ」とオイラはオイラで泣きやむ。事務所は落ちる、体調はなかなかよくならない、仕事もない、夫婦仲ぎくしゃく、芝居は攻撃される、だけど元気な自分がテレビの画面の中にいる。なんか不思議な感じ。よく「あんたに必要なのは根拠のない自信」とは言われるけれど、自信までじゃなくても「根拠のない明るさ」くらいは湧いてくる。「とりあえず大丈夫かも」と思ってみたりする。深夜まで付けっぱなしでいたら本当に何度も何度も流れた。インフルエンザで寝てる間に復活してたんだ。ちょっと照れくさく嬉しく、「これ去年とまたギャラ別なのかなあ」と淡い期待を寄せたりするのでした。
2004.01.28
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みながウチにお泊まりした翌日、10時頃起床。誰かいるかもしれないので、セーターとジーンズに着替えリビングに行き(もうみんな帰ったあとだったのだけれど)、そこへ座った途端猛烈なふるえがきた。自分が寒いからふるえているのか、ふるえているから寒いと思うのか判らないくらい冗談みたいにふるえている。布団に逆戻りし、数時間休むけれど、依然ふるえが止まらない。休日当番医を探して、即検査。昨年同居人に大笑いされたあの鼻の穴に有無を言わさず綿棒を突っ込む検査でめでたくインフルエンザ発覚。2年連続罹患である、恥ずかしいったらない。とにかく早めに判ったのでインフルエンザの薬を飲む。昨日の騒ぎの中、誰から貰ったのだろう。そして誰かにウツしていないか心配しつつ。
2004.01.25
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新宿で精算会。夫は多分お金の話しをしてないぞ!具体的な数字も期限も支配方法も提示しなくて、誰も払うはずはない。うわー、とにかく打ち上げの不発を晴らすかのように!みなを最後はタクシーでウチに搬送。何をしたのか覚えてないぞ!
2004.01.24
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舞台楽日に携帯を故障させて一週間経とうとしている。これはまずい。見に来てくれた方にお礼や何かができなくて、とてもいけない。お金の整理もついたので、近所のドコモに行く。(すみません。いつもは馴染みのケータイ屋さんなのですが、今回急ぎですみません!)今度こそカメラ付き、HPに写真も付けたいし、ネコに不意に出会っても大丈夫だし、と期待大。支払いを済ませて、お勧めになっている一番シンプルで、慣れているメーカーで、安い機種の実物を見せてもらうと、えらく形や様々なシェイプが可愛らしい。ごてごてとしてしかも、丸々とした可愛らしさ。どうもしっくりこない。おまけに二つ折りを未だ持ったことのない自分としては、その可愛らしさが二つ折りへの抵抗感をさらに増幅させる。電話に出る度に「カチャ」をやる自分にめげてしまいそうになり、「もうストレートタイプってありませんか?」と聞いてしまう。あったけど今のより大きい、もしかしたら古い。カメラ付きに夢は持ったが、ロモユーザーにはロモがある。とかなんとか無理矢理自分に言い聞かせて、ストレートタイプを購入。故障した携帯は電池パックを変えればなんとかなるそう。未登録のアドレスは実家の予備を使うまで、見れないことに。ちょっとご無沙汰してしまう方がいるかもしれませんが、もうちょっとお待ちください。新しい携帯を同居人に爆笑されたのは言うまでもありません。
2004.01.23
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事務所を変えるための面接の結果がきた。「今回は残念ながら」だった。俳優にマネージャーが二人三脚でケアするところで、5人しかいないマネージャー担当が、わたしを誰か引き受けようと言えば採用ということだったのだ。話しに言ったら共通も知り合いもいて、映画製作の際には声をかけますということだったけれども、八方ふさがりである。そして舞台の精算作業をする。まず領収書をひっぱりだして支出の計算。舞監さんと美術さんにものすごく工夫と配慮をいただいて、最小限の支出。計算しながらありがたくて涙が出そうになる。スタッフ費も仕込みやプランと、オペを別にしてもらったりして通常より押さえてある。ただ削れないのは劇場費、稽古場代、スタジオ使用料、そしてチラシの印刷と代行料である。(劇団じゃないので、自分たちで折り込みに行けない。行けるのはウチの夫婦だが二人に仕事が全部偏っているし、わたしは重いモノを運ぶことができないので、多少なりとも代行業に頼む事になる)ぴあの登録料・手数料、封筒印刷費、DMの発送代金などはわたしのポケットマネー、稽古場代とスタジオ使用料、劇場費の前金は夫婦の家計から負担している。そして売り上げの計算。ものすごく絶望的な気持ちになる。キャスティングの時「でもあの人チケット売れるかなぁ?」というのは必ず心配するところではあるけれど、一応のラインまでチケットを売ってもらえた。感謝である。しかし、一人ずば抜けて売っていないのがわたしである。人間辞めたいくらい。仕事を離れて随分たつし、立て続けに3本、しかも再演。こんなに不利な条件が揃っていることをもうちょっとシビアに考えられなかったんだろうか?いや、考えたのである。考えて『温室』を見に来たことのない人にターゲットを向けたのだ。エムズクルー公演のアンケートを遡り300通近くの案内を送った。収集した名刺にの住所にも送ったし、あまり親交のない人から順に案内を送った。シアターガイドにチケットプレゼントも出したし。だけど思ったような効果は上がらなかった。認知されること、そして知り合いが一人も関わっていなくても見に来て貰える作品だと焦りすぎたのかもしれない。アンケートから、「再びエムズクルーの舞台に足を運んでいただきたくて」と題して割り引き鑑賞券を入れた案内を送ったら、「なんで知り合いもいない芝居なんか見に行かなきゃいけないのよ」という怒鳴り込みのようなメールもいただいた。まるまる突き返して来た人もいた。どうして知り合いがいなきゃ見に行かないのか?という意見も一度ゆっくり聞いてみたい気がする。わたしは面白そうだったら行ってみるし。本当に素人芝居だと思われているのだろう。でももうそんなパッケージにはしてないつもりだけれど。まあ、慣れるまでは自分の家によく知らない劇団のDMが届くのが不可解で脅威に思えた時期が自分にもあったから、そこらへんも忘れてはいけないことだと思う。もう一人チケットを売っていないのが、やっぱり前回前々回公演に出演していた人である。やっぱり3本4本と続けることは難しいのかもしれない。これまでだって人の入れ替わりというのは、そういう個人の疲弊が、元になって起こるものだった。そして劇団ではないという難しさ。お金のなさを、人力や工夫で賄えない。金銭的にもううちの夫婦は限界である。打ち上げ後、わたしは舞台関係の法律の勉強を始めた。契約書を作るためである。なんとかもっと強く、自覚と責任をもった集団になれるように。仕事もない、客は来ない、事務所には落ちる、アンケートで芝居は集中攻撃される(楽日声出なかったし、当たり前だ)、家は火の車。へんに持ってるより、このくらい最低な方が落ち着きはするけれど。映画への道が本当に閉ざされてしまった気がする絶望感。舞台の興業もうまくいかない。1月も終わりに近いけれど、今年は絶対にこの2つを克服することを目標にする。映画に復帰すること、興業を成功させること、それができる自分になること。
2004.01.22
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西新宿、十二杜あたりを昼食をとりがてらブラブラと歩く。西新宿の昔からある有名な台湾料理屋さんで昼食。すごくおいしい。歩きながら面白そうな店、安いお店を見つけていく。通りから一歩入ると、混沌とした不思議な町並みに突入。本日は猫との遭遇率高し。さっすが新宿の猫は面構えがいいよ。不思議なものをたくさん見つける。十月桜は今咲いてるし。夕方から寒気。肘と背筋にきた。芝居終わりにいつもガタッとくるので要注意なのだ。2月から次の舞台の稽古も始まるし。夫に作って貰ったシチューを食べて早寝。ってここからが大変なのだ。何もしていないと容易に、芝居の方に頭も空想も飛んでしまうから。たいてい芝居中は書かれている場面とセリフ以上のことは考えない。(もちろん考えはするけれどいたずらに考えないようにしている)夫の芝居は唐突に切り取られた時間として始まり、すっぱりと終わるので、どうしても前後に考えが及ぶけれど、わたしは公演が終わってからでないとそれを考えることができない。前回の『ファインデイ』という舞台は「死んでいる人」の役で劇中で昇華されてしまうので全く考えなかったけれど。それでも自分の役ではない「カイ」や「ナパチャット」のその後は気になるし、「カイ」をやったセイコちゃんはなかなか「カイ」から離れがたかったみたいだった。もともと同居人の芝居は当て書きだけれど、今回は仕事を辞めて半年、本当に自分が世間から離れてしまうような焦りがあってなおさら、芝居の中のことにシンクロしてしまう。関係ないけれど、2~3日前にみた夢が、「自分の家、もしくは自分に縁のある僻地の平屋に数人で足を踏み入れると、3匹の大きな蛇と、3匹の小さな蛇が上がり込んでいて、ホウキや板きれでなんとか追い払うと、今度は6匹のいろいろな種類の亀が転がっている。念のため直接手で触れないようにやっぱりホウキで転がしたり、追い立てたりして家の外に出すけれど、ホウキに乗せて出そうとした最後の一匹を落としそうになって手で支えたところ甲羅と体の間に指を挟まれて、なんとか外れたときには右の人差し指の先がなくなっている」というもので。同居人に話すと「フロイト的にやばくないかそれは?」と大爆笑される。「まずいぞ、蛇と亀の頭は」って、甲羅に入ってるんだってば。やっぱりまだアタマ疲れてるのかしら?
2004.01.21
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芝居が終わって体調も元に戻らずボケボケの同居人。前の晩話し合って、本日は精算も部屋の片づけも後回しにして、それぞれの時間を過ごすことに決める。昼から外出。久々の銀座。シネ・スイッチで『女はみんな生きている』を見る。想像したほど陽気な映画じゃなかった。映画館には年配の女性が多くて。先日同居人に朝まで「お前は自分自分、自分を満たすことに一生懸命過ぎる、オレをかえりみろ」と説教され、2年間の同居生活の鬱憤を全て吐き出された。それから一週間ずっと距離をおいている。わたしの持論というか、さんざんの結果心臓まで壊した自分が辿り着いたのは「まず自分がいっぱいに満ちていなければ、自分にわがままでなければ結局人に迷惑がかかる」ということで、生き方としてはまるっきり噛み合っていなかった訳だ。映画は「自分が幸せになる道を選ぶ」女の話で、結局女を馬鹿にして軽く見ている男ほど、案外簡単に女にカモにされたり・・・というのをユーモラスに見せていた。ちょっと散漫な感じで、もっと真面目に取り扱ってもいいし、どうにもならないおばあちゃんや、お母さんの切なさの方をもっとクローズアップしてもよかったと思えるような感じ。前半ほとんど重病人で口もきけない娼婦の女の子を、もっと生き抜く強さの象徴として過去を語らせずにばーんと君臨させちゃてもよかったかもという印象。映画館を出てもまだ明るかったので、ほっとプラザ晴海に移動。温浴三昧。久々に渡る勝鬨橋の懐かしさに涙が出そうになる。(大げさか)劇場に籠もりっきりの日々のあとに、晴海の空の広いこと。快晴の空、暮れていくベイブリッジの夜景をジャグジーから楽しむ。ジャグジーで居合わせた、地元のオジサンと話し込む。よく聞いたら築地のオヤジさんの店の常連さんでありました。帰り道はお台場、晴海、汐留、月島とぐるっと久々の夜景を堪能しながら。オジサンの別に持ち家があっても、借家住まいして銀座を離れられないってなんかわかるような気がしたりしないでもない、まだ銀座歴6年だけど。優しいものを食べ、飲む。酔った同居人は再び、相容れない人になった。3回連続赤字公演が相当にこたえているし、それをまあわたしのせいにしたくてもできないようなジレンマがあるらしい。未だもって仕事が決まらないわたしは頭を低くするしかなくて。楽しかった一日も台無し。風俗で働くことも考える夜です。
2004.01.20
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打ち上げてきました。千秋楽の開演前は、寂しさと感慨で涙目だった気持ちはどこへやら。打ち上げは別の寂しさでいっぱいでした。こんなものなのかなぁ、プロデュース形態の公演って。夫と新装開店でエムズクルーを立ち上げてから、一番あっさりした打ち上げでした。やっぱり楽日の芝居がよくなかったのかなあ。それとも役者さんやスタッフさんが、それぞれこれを仕事の一つという感じが強いのかなあ。前回『温室』も『ファインディ』も、本当に苦労して、駆けずり回って、悩んで、ぶつかって作り上げた感じがして、「おつかれさま」や「ありがとう」「終われてよかった」という気持ちがいっぱい飛び交ったし、離れがたく感じていたんだけど。初日の前に朝まで、夫に説教されたんだけど、自分の態度・体勢の不安定もよくなかったんだなと思う。全然信用されないのは当たり前かも。さよならも言わず、芝居の話しもできず帰られ帰ってきてしまいました。無力感。最後まで息合わなかったな。色々な人に本当に相談に乗ってもらったんだけど、結局自分で解決できなくて。うまい方法ではないけれど、芝居で相手に触れられればきっと何かになると信じていたけれど、そうもいかなかった。苦いモノがいっぱい残ります。とはいえ楽しいチームだったし、よい経験でした。興業をうつ、という面では一番近年楽だったような気がする。(そのぶん、夫やスタッフにサポートしてもらってしまいましたが)下北沢で芝居をするっていうのも初めてだけれど、ふらっと入ってくれるお客さんがいる環境ってすごく励まされました。次の芝居は麻布だけれど、絶対ここに戻ってこようと思いました。言いたいことはいっぱいある、言っときゃよかったかな。小屋入りしてから、あの「生意気な自分」が出てきたのが久々に楽しかった。言えなくもなかったんだな。負けず嫌いだから、心残りは次に繋げます。おつかれさま。ありがとう。さようなら。
2004.01.19
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もうすっごい騒ぎ。打ち上げかこれは。満面の笑みのスタッフたち。やった。
2004.01.17
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今日の入りはのんびり。喉んぼ調子は相変わらずよくならず。下北沢というのはやっぱり楽しい。仕込みの二日間、制作仕事でほとんど劇場ロビーにいたのだけれど、通りすがりにチラシをもっていってくれる人の多いこと。本日も開演ぎりぎりに劇場の前で躊躇している人がおり。聞けば10時の夜行バスで、料金も割引してあげて、ぎりぎりまでみてもらう。無事帰れたかなその人。本日の入りはあまりよくない。このままでいけば(もう現時点で)確実に赤字。明日は予約だけで70人(キャパは76人なので桟敷を作り86人くらいは入れます)だけれど、天気予報で雪というのが怖い。芝居の内容はどんどん成熟してきてまさに見頃。加えてエムズクルーの自信作とくれば、もうちょっと人に観て欲しいところだけれど。本日前回『温室』公演の兄役が来場。個人的にはめちゃめちゃ悔しい内容だったので、楽屋から出て彼がいるのがわかってもう脱力。あーあ。本番より疲れた。本日は飲みも小規模。明日からまたぶっ飛ばすから。
2004.01.16
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朝、そういえばラスト直前にいつも抜けているセリフがあることを唐突に思い出して目が覚める。昨日、終演後声をかけてきてくれた方から出演依頼のメールが来ていた。ちょっと不思議。とても苦手なジャンルなので少し微妙。でも本番期間中に誉めてもらえるのは嬉しいことだ。喉と腰の具合は悪くもならないかわりに、良くもならない。本番前の稽古でセットの温室のドアに親指を挟んで負傷、流血。念の為飲んだ薬のせいか、出が全部半拍ずつ遅れる。出はほとんど「運動神経の女優」セイコちゃんとの絡みなので、なんとか問題なく。でも反省。本日のラストシーン、抜けてたフレーズを楽屋でみんなが揶揄するので、やっぱり抜けた。明日は言うよ。立ち位置のせいか、何かが定着してしまったのか、本日も自らダイブしてエンディング。声はかすれるわ、ひっくり返るわ、絶叫するわでした。(よくそんな発声なので素人と言われる)でも意外にそんな時の方がリアクションがよくて・・。デン子も交えて、お疲れ会。本日もお疲れさまでした。
2004.01.15
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無事あきました。お客様33名からスタートです。音響のシナちゃんが、思いがけず昼間も来られるということで急遽2度目のゲネを敢行。個々に気の済むまでチェックをしたりする。で、ヒデさんがみんなにプレゼントしてくれていた、下北沢にある「CUNE」というお店のキャラクターグッズが、今回公演のスタッフバッヂとして採用。出演者もスタッフも受付の子もみんなつけてる。「コロス」のバッヂがにわかに大流行。楽しい。ヒデさんなんかそこのツナギ着てるし。お店の人も見に来てくれるそう。早々と「から騒ぎ」の先輩、島田律子さんからのお花が届けられる。(わたし宛てではなくもう一人の出演者宛だけど)誰が見に来てくれるのか緊張。本番中、音ネタでアクシデント発生。特に支障なく先に進む。ナマで携帯を使うと必ずアクシデントはあるんだと思う。対処を考えなきゃ。今日はなんとか終わりました。ずっと少人数の出演者と稽古だったので、お客さんというものが(大勢の目線というものが)やっぱり異質に感じられてしまうところがあって、気がつくと説明に走りそうになる。先日深夜の井筒監督の「自腹」のコーナーで、『息子のまなざし』という映画が取り上げられて、全くなんの説明もなしに事実だけが進行する構成で、最初の30分どんな話しなのかさっぱりわからない、不親切!、面白いとか面白いじゃない!とかいろいろ言われていたけれど、夫の書く芝居は全部そんなんなので、そんなことで話しが盛り上がる事自体が不思議だった。でもそういうものを、おおっぴらにいいという人がいたり、実際に観に行く人、公開する人がいるということは、夫の芝居にも希望が持てるということかもしれない。お客さんも関係者も交えての初日打ち上げ。小屋入り3日目なので、初日とは思えないリラックス感。劇場だけでなく、こちらにも遊びに来てくれる方大歓迎です。
2004.01.14
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本日小屋入り。夕べから体調が思わしくない夫を寝かせたまま、人に貸す衣装や靴、制作用品一式、仕込み道具一揃いを鞄に詰めて、あんまり重いのでタクシーで劇場へ。(あんまり因果関係がなさそうに見えるが、心臓悪い人にとって重いモノって、直に体に響くのだ)そんなわたしだから仕込みの作業はほとんどできない。パンチを貼ったら後はひたすら事務作業や買い出しだ。折り込みもあるので、一日を一人ほとんど劇場のロビーで過ごす。体が何かに変わってきていることをとても感じる。恋愛の真っ最中という感じに近い。一人でいても全く寂しくないし、いつもなら身を刺すような皆の仲の良さそうな笑い声も全く苦にならない。とても幸せを感じる。一人で600枚のパンフレットを折り、思いがけず安く蘭を提供してくれた花屋さんからスタンプを借りて急遽協賛に付け加える。だけど全然苦にならない、気がつくと笑っている。美術がすごくいい。再演なのにいろいろなことが後手後手に回りがちだったけれど、美術だけは時間をかけてじっくり練り上げた。多分入場料の3分の1くらいの価値はあるかも。音も劇場でちゃんとしたスピーカーから流れてくるとまた切なさがひとしおで、いいなぁ・・。照明も裸電球というコンセプトが美術と一緒に生きてるいい感じです。実はあんまり宣伝してないし、自分の知り合いにも案内をほとんど出してない。自分が出てないとしてもちょっと勧めたい芝居になっていきそうでちょっともったない気がする。何よりもう怖くないのだ。相手役が。とても澱のない流れが、自分に開けたような気分なのだ。(とはいえチェックの時に急にそこだけやれって言われるとやっぱり怖くて顔も見られなかったけど)こんな気持ちが1週間続いたら本当にいいのだろうなと考えたりした。でもやっぱりそんな期待を込めて、みんなと飲みに行ったらやっぱりそういう気持ちは続かなかった。2日仕込みの1日目は役者の暇な時間が多い。今日も楽屋でわたし以外の出演者はみなで談笑しながら過ごしたのだ。ふいにそういう過ごした時間の溝を感じてしまい、今日は夫も一緒だったこともあって、自分がその場にいるという気持ちをうまく持てなかった。夫がいると何もかもみな夫越しな感じがする。誰も自分のことなんか見ていないし、気がつかないようい感じてしまう。十分みんなとうち解けた気持ちになったのは早合点だった、そう思い知らされる。わたしがその場にいて皆が楽しいハズはないと思ってしまう。皆を不快にさせる前に早く自分が消えなければと思ってしまう。昨夜はあんなに自分の言葉で話し、聞き、楽しんだのに、夫がいるとやっぱり自分の必要を疑ってしまう。言葉もなくその場から立ち去ってきた。こんな行動自体はすでに人の和を乱しているのだけれど。ぷっつり一人で家に帰り、一人稽古開始である。この感じを忘れないウチに、外に何かが出ていきそうな気持ちを言葉にのせて、その感じを体に覚え込ませる。でももしかしたら、こんな時間も幸せなのか。昼も夜も本当はわたしはとても幸せなのかもしれない。何かをしたいから、ただ一人で自分の中を満たすこと、自分が何かをすることを自分が選んでいるだけなのかもしれない。現れ方は違うけれど。だから本当にそんな体でいるのだ。不思議な仕事、素敵な仕事だと思う。
2004.01.12
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スタジオでの稽古最終日。昨日随分肩の荷が降りたし、少しずつ、色々な人と話したり励まされたり、和解したりして、余計な力が抜けていったのがわかる。いいっすよ。演出昨日ラストシーンで泣いてたらしいし。今までの悪戦苦闘がウソのように、素でやっております。搬出作業のあと、ちょっと飲む。夫は体調が悪く早退け。夫がいないところで飲むのも初めて。もう恒例となってはいるけれど、やっぱり最後の最後舞監のまーさんに「行けるよ」と言って貰わないと始まらないのだ。今回もちゃんとOKが出た。絶対に大丈夫。時間がとれなくてこの一週間にあったたくさんの人とのこと、日々変わっていった心境が書けなくて残念。明日は小屋入り。
2004.01.11
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初めてちゃんと、滞りなく通し稽古できました。懸案のラストシーンのなんとか、最後まで行きました。ほっとしました。明日からまたさらに精進して初日をむかえます。みんなありがとう。
2004.01.10
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落ち着いたところで、着物に着替える。ついでに妹にも着物を着付けてあげる。ウエスト50センチの妹はやはり着物が似合わない、というかめちゃくちゃ気付けにくい。しかしここはイギリスから1週間だけ妹に会いにやってきたジョーの為、妹もわたしも面倒くささを乗り越えた。大宮で生まれ育ったけれども、元日に氷川神社に行ったことはなかった。氷川神社に通じる道路から大渋滞。もちろん車を停める場所も無法地帯。お参りまで2時間列に並ぶ。列まできてギブアップ。こんなに混むなんて知らなかった。元日は昼にご馳走を食べるので、夕御飯の支度や義務がない。(食事というのは家族の多いウチでは強制的、強迫的な意味合いもある)だから安心して夕方という時間をゆっくり過ごすことができる。わたしはもちろん着物が好き、着物を来た自分の振る舞いを面白がる、楽しむのが好きであるけれど、実はお正月のこの着物を畳む時間がすごく好きであることに今年気づいてしまった。多分中学生くらいから着物を畳むという行為がすごく好ましかった、と自覚している。それもただ一人畳むのではなく、誰かの側、例えば年賀状を書いていたり本を読んでいたりする人の傍らで、自分は先刻まで着ていた着物を畳んでいる、という情景がとても好ましかった。今までそれはなんとなく感じていたことだったのが、今年はヘンにドキドキする。好ましいというか理想に近い。いや、恋愛というか性欲の、理想というか求める構図なんじゃないだろうかと思えてきた。自分の考えるエロスを感じるもの、というものに今まであんまりこだわりも偏りもなくて、漠然と一般的にMとSとかの構図を自分の夢想のように考えていた。(Mから出発したのだけれど、結局どうもSを志向するようになってはきたが)よくテレビで男性タレントが理想のシチュエーションなんかを熱く語るのを見て不思議だったけれど、自分にも確実にそういうものがあったことを発見した訳だ。わたしは着物を畳む時間が好きだ。そしてその時間には先ほどまでの着物を着ているハレの時間、そして節度ある立ち振る舞いやある種の従順さが色濃く残っている。楽な服装に着替えこそすれ、わたしは正座をして広げた着物を畳むという形の中にいる。その傍らでゆっくりとした時間を過ごす異性がいる。できれば年上であってほしい、テレビを寝ながら見てるのではなくて、年賀状の返事を書くなりなんらかの作業をしていて欲しい。そしてもう夕飯の心配をしなくてもいいのだ。なんだか顔から火が出そうなくらい興奮してきた。不思議なのは元旦やっぱり、年上の夫がいるのに全然そんなシチュエーションを期待していないところ。すごく理想。自分の空想の中にさえあればいいのだ。なんかこれって恋愛とかセックスというものの現役というか最盛期を通り過ぎたってことなのだろうか?オヤジ化し始めているのだろうか。こんなに普段だらしない自分が節度や形を求めているなんて、やっぱりエロといのはある程度の形が少し崩れるところからしか始まらないのだろうか。自分の年上好きにも呆れるけれど。どうして今年そこまで考えが及んだかというと、多分芝居のことをずっと考えていたからだと思う。どうして血の繋がった家族を好きになる瞬間が生まれてくるのか?演技がどうしても家族のようにしか見えない、と言われたからずっと考えていたのだ。多分一番自分に共通するエロスの構図というのを、探していたのかもしれない。従順さや節度のあるリラックス感。そしてぽかんとあいた時間。夕餉の支度や食事に席を立つこともなく、夜のような時間が早くから長く長く続く。岸田國士の『温室の前』は兄と妹が「なにもすることがない」状態で深夜ただただ起きていて風の音を聞きながら終わる。今回の『温室』は多分そこから出発したのだ。半分酔っぱらいながら、役のことについて好きなだけ考えをめぐらせる。これ以上楽しい一人遊びがあるだろうか、そんな正月一日でした。
2004.01.01
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