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結婚式の準備で、都内に出てきた妹と母が家に来た。母には引越の手伝いをしてもらったものの、新居へは初めての訪問。感想は「これくらいの広さなら充分ネコ飼えるじゃない」だった。飼いたいよぉ。妹の友人のネコが子供を産んだそうで、でも条件は兄弟を引き離さないよう2匹とも引き取って欲しいそう。二匹はちょっと難しいなあ。ネコ探しはもう2年近く続けているんだけれど、知り合いのネコ達はご高齢だったり、避妊手術を受けていたりして、なかなか機会がない。ノラの子だって、本当にノラか、ノラだとしても家の軒先で暮らしているのでなければ、可愛がっている人がいるのではないかと心配になって連れて来れない。だから朝と夕の「ネコ時」に夫婦で散歩して、路傍のにゃんこに癒される日々なのだ。妹は「大丈夫、親友だし、話聞いてみる」と言っていたが、覚えてろよちゃんと。あんたあと5日でイギリスに発つんじゃないのさ!母は初めての娘の新居にはしゃぎまくり。「うわあ、都庁よ!」「夜景よ!」「トイレからも夜景が見えたわよ!」喜んでいただけて何より。山手通りの工事と前後のマンション工事の喧噪があっても、風通しのいい天気のいい夕方、おもちゃのような暮らしみたいに見えるんだろう。まあ、マンションというよりは映画『第七天国』に出てくるような縦に積んだ長屋みたいなものですけど。「ここでお酒なんか飲んだら、みな帰らないでしょう」その通り。そうしたくてここに決めたのです。だからあとはにゃんこが欲しいの。ネコ好きの、セックスレス夫婦にネコをくださいまし。
2004.05.29
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バイトの面接に行く。って今の仕事を5月から始めたばかりなのだが、条件に叶うところがあると登録先から連絡が来たので応募してみることにしたのだ。表参道、バリバリ246沿いの店。大理石と間接照明と胡蝶蘭の階段を降りて地下へ。ガラスの引き戸を引くと、黒とオレンジを基調にしたおしゃれ空間が広がる。オープン前の和食の店ときいてきたのだが・・・。面接に現れたのは「マネーの虎」のお金を貸す方(虎の方)の席に座っていそうな、スタンドカラーのダークスーツの年齢がよくわからない感じの人。「アッパーな店を目指します」だって。わたしと言えば、一応和食屋には強いそれなりの経験と経歴を持っているので、あちらとしては採用らしい。時給は同じで、時間も今の仕事よりは短いし(朝と夕が一時間ずつ短い)、交通費も出て(今のところは無い)、まかないもつく。板前さんもいるし、バイトは少数精鋭、休みもそれなりにとれそうだ(ただしシフトなし、曜日決め)。今の仕事があるので急には働けないが、月末に合わせて調整すると言ってしまう。どうしよう?今の仕事、ちょっとは慣れて情も出てきて、急に辞めますと言いずらい。つい数日前、学生が試験期間に入る7月の予定をきかれて頑張って入りますと答えたばかり。朝起きて、弁当を作り、水筒と一緒に持って仕事に行くという生活も少し気に入っている(夫もとても協力的である)。そして少し無理して頑張って働けば働いただけの収入がある。10月のイギリス行きのことも考える。決められた曜日、決められた額では少し収入は下がる。でも、ひとたび仕事が入ればわたしの本業はモデルであり役者なのだ。休んでも仕事を続けられるか、が一番の問題なんだけど。30歳を超えてする仕事に、今のファーストフードまがいの肉体労働はきついし、精神的にもそろそろ卒業していいころだと思う。今までの経験をちゃんと生かせるのは新しい仕事の方だろう。でも青山、アッパーを目指す店。全く得体が知れない。客層もわからないし、忙しいのか、ヒマなのかもわからない。老舗であったり、名店街や組合や町会などで何重にも括りのある銀座に比べたら、本当につかみ所がない怖さ。ここに通い続けることができるのだろうか?(潰れないかどうかということも含めて)それに結局わたしは、激しい人見知りの裏返しで、仕事として(仕事を介して)人に接することがとても好きなのだ。たぶんそうしていないと上手くバランスがとれないんだと思う。いじめられても、おぼつかなくても、お客さんの前では仕事としては平等になれるのが支えになるし。オープン前だからかもしれないが新しいこの店に「人の流れ」を感じることができないのだ。幸田文の文章に「さらさらと浅いところ流れる水は淀みがない」というのがあって、深く考えこんだり、根に持ったりせずに、働くおかみさん達の淀みなさや蓮っ葉さみたいなものになりたいとあったけれど、わたしもすごくそういう状態に惹かれる。ほとんどが淀みっぱなしの人生だったし。さらさらと流れる状態は、いろいろな人との交換が前提である。そしてもちろん自分も流れの一部であるという実感も。そういう点では、体を使って、弁当持参で、せっせかせっせかカレーまみれで働く今は結構楽しい。全体なんか見なくてもいいアリみたいな働き方であっても。そういう働き方って案外楽しい。どうしよう。絶対どちらかに辞めますっていわなきゃいけないんだな。迷う!迷ってます。どうしたらいいと思いますか?
2004.05.28
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先週、中野新橋でふらっと入ったイタリアンのお店で、ポークソテーのゴルゴンゾーラソースがとてもおいしく、夫婦共々もともと好きなメニューだったのですが、夫は家で作ると宣言、仕事帰り日本橋高島屋に寄ることになったのでした。日本橋高島屋リニューアルして一月たって、初めて行ったのですが、あの吹き抜けの天井が低くなってる。こんなの高島屋じゃない!日本橋に来た甲斐がない!と軽い衝撃。それから高島屋に入ると「高島屋の匂い」ってしませんか?新宿はしないけれど、大宮と日本橋はした。柏も微妙にした。昔のデパートの入口からこぼれる化粧品の匂いというか、非日常の匂いみたいな。わたしが高校の制服を作りに行ったのも、この日本橋高島屋。ギリギリまで二次募集やら何やらの試験を受けて、入学のための手続きを全部個別にしなくてはいけなかった・・あれは何年前?ゴルゴンゾーラチーズを購入したものの、体調がすぐれず、歩けなくなる。顔面蒼白で帰り着くと、夫はレシピをチェックして買い物へ。オリーブオイル、生クリーム、白ワインとそれっぽい買い物。でもわたしが頼んだ買い物をみんな忘れて帰ってくる。いつものことだけど(それがいいところでもあるんだけど)。出来上がった料理は、分量の割にはチーズの風味がしなかったでした。肉と肉をつけ込んだ調味料の味が強くて、肉とソースを別に作って最後に盛り合わせろというのが今後の教訓でした。それより最近のお役立ち調味料はジェノベーゼペースト。これも先日の店でドレッシングがおいしくて真似てみました。パスタにも、温野菜にも、マリネにもなるし、便利。一瓶買うのにちょっと勇気が入りましたが、コストパフォーマンスめちゃめちゃいいです。オリーブオイルとレモン汁とハーブソルトを足して使っております。実はわたしが今までで一番おいしいと思うゴルゴンゾーラソースのお店は岩槻にあります。大宮よりもそっと外側には、腕がいいけど、大きなお金がない、忙しくもしたくない人のやってる素敵なびっくりするようなお店が点在してます。ああ、お店で食べる幸せにも思いを馳せた夜でした。
2004.05.27
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夫が晴れやかな顔をしている。新作の構想が決まったらしい。もう執筆に入れるかもしれないと言う。舞台装置はこんなつくりで、こんな風な世界で、『みずうみ』の続編でもあるらしい。フォークナーなひと山読んで、何か収穫があったのだろうか?夫なんだけれど、毎日同じモノを食べ、同じ布団で眠っているのだけれど、芝居を書き始める前の集中力と、芝居を書き上げた後、共に暮らしながらいつ・頭のどんな部分を使えばこんなことを考えながら暮らせるのかが不思議なのである。
2004.05.26
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本日はオーディションの為(先週の教訓を生かし)バイトは休み。午後からクライアントの本社のある秋葉原へ。秋葉原へ行くということで、夫からミッションがあり、気分的には目的はそちらでした。短時間で面接と写真撮りを終えると、初めてのアキハバラ。実は乗り換え以外に利用したことがなかったのでした。とにかく「アキハバラにはいろいろなジャンルを扱うCD売場のある電気屋がある」と行ったことがないけれど、昔からインプットされていたので。そして本日のミッション「前川清のベスト版CDを買う」だ!ありましたよ、前川清。二枚組は曲数が多いけれど最近の知らない曲が入りすぎ、手形ハンカチ・キーホルダー入りボックスなんていうのもある・・いらない、やはりクールファイブの棚で探すべきか、、と思案しながらようやく一枚を選ぶ。「任務ほぼ完了」と思ったそのとき、隣にフォークのコーナーを発見。先日からはまってしまった高田渡のCDを続々発見する。どうしても聴きたくってたまらなかった「生活の柄」の入ったものを探して「詩人・山之口貘をうたう」というアルバムを買った。夫も許してくれるだろう。それから何故か「アキハバラデパート」に迷い込んでしまう。なんだここは?でもこの雰囲気、すごく大宮の中央デパートに通じるニオイがある。ちょっと懐かしくて嬉しい。でも安すぎるエキストラバージンオリーブオイル怖くて買えず。帰宅後、散歩がてら商店街でゆるゆると買い物をして、おいしい夕餉を用意して、ちょっぴりお酒も入って、早速鑑賞会。高田渡のCDには大工哲弘の歌も入っていた。沖縄録音で、たっぷり沖縄テイストが入っている。夫によいCDを買ったねと喜ばれる。「生活の柄」は大工さんの歌で始まり、高田さんのコーラスが入る。おじさん二人が歌うと、また違う乾いたような、ふっきれたような、ユーモラスさがあっておかしい。そして前川マエストロ清。利根川の河川敷(スーパー堤防)をドライブするとき前川清を聴きながらとばすとはまるのだ。このいやらしい歌い方といったら、嬉しくなってしまう。ほろ酔いで、バカ夫婦二人熱唱。ただ新録音で、昔のような無謀なまでの力の入りが無く。今度は昔のやつね。
2004.05.25
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本日はレッスン。先週からテキストを一度も開いてなかった!大野一雄Tシャツで気合いを入れる。受講生の一人の男の子が「本番3日後なんですけど、マジ喉やばいんですけど」と訴える。ストレッチ、マッサージ、休息、冷やさない、マスクの着用。それから稽古の前と後に「声を落とす」ことだそう。緊張や慌ただしさで、毎日毎日声は上擦っていく。それを下の方に落ち着かせる習慣をつけないと本番中声が出なくなる原因となるそう。「あと自覚があるんだから飲みに行っちゃダメよ」と講師。耳が痛いです。こうして人の様子をみていると、自分がいかにダメな役者であるのか、すごく分かってきた。(飲む飲まないのことではなくてね)メインなのに声を潰す、それも一度や二度じゃない。こんな恥ずかしいことってあるだろうか?絶対これを克服して、舞台に戻ります。そして続けていきます。夜は雨の降り出す中、西荻の「戎」に出かけた。もっと近いところにオペラシティーの戎もあるというのに、「恵比寿とか初台のオシャレなところは高いらしいぜ」と夫。だからって稽古中嫌というほど通う西荻に、電車を乗り継いでまで行かなくったって。でも月経前のウツというか精神的不安定が一番激しい今日なので、ごはんを作らなくていいようにという夫なりの配慮なのだ。「12月から来てないよな。禁断症状が出るはずだ」と夫。何に禁断症状なんだか?串焼き?それともこの雰囲気?本日は黒糖焼酎の「三年寝太郎」をゆるゆるとロックでいただきました。
2004.05.24
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髪を切りに表参道へ。この店はもう来月でなくなる。隣のカメラマンも向かいのネイリストさんも引越をした。この店の移転先はまだ決まっていない。そんな美容師さんは「ラスト・サムライ」のDVDを買ったそうだ。「絶対買った方がいいっすよ」と勧められる。メイキングとインタビューがお勧めなのだそうだ。「ハリウッドの人がどういう視点や評価で日本人俳優を選んでいるのかがよくわかりますって、将来の参考に是非!」ってねえ・・。移転したら、もう少しソファーなんかもおいて、来たついでに勝手なことをやっていられるスペースを作りたいそう。わたしもここで、いろいろな職業の人とお知り合いになった。彼女は「規格外」という言葉を使う。まあ、40歳すぎて自営とか自由業なんかをやっていたらたいてい規格外だ。わたしだってそうだと思う。「アシスタント雇ってもいいけど、理容学校で一番落ちこぼれた子とかの方がいい。優秀な子はどこででもやっていけそうだし、何もウチじゃなくても」という考え方、夫が自分の芝居に役者を起用する基準にも似ている。わたしはここにいるとすごく楽で、たくさん喋る。移転したら大人のたまり場を作るという彼女のもくろみが上手く行くことを願う。そんな「規格外」の話をしながら、今バイトしているところの話をすると、彼女は顔をしかめた。わたしがそんなところで長続きしないと。仕事のあてをあれこれ思案し始める彼女。「ここらへん帰りぐるぐる歩いてみなさいよ。募集の張り紙出してる小さい食べ物屋さん探しなさいよ。ここらへんなら大丈夫でしょうよ」と。表参道の信用金庫に行くと、その感じはよくわかる。(オシャレや奇抜な外見のお兄ちゃんお姉ちゃんが入金したりしている様子)店に託されていたピアニストのHくんの新作CDを受け取り、店探し。あいにく張り紙には行き当たらなかったけれど、久々に青山近辺の一人歩きを楽しむ。ここでアラーキーに3回ほど遭ったナディフで松永信の小説を買ってしまう。新しくできた和の雑貨屋でイギリスに行く妹に持たせるお土産を物色する。松永信の『アクロバット前夜』は、読み方に気づくのに20分ほどかかりました。ものを食いながらと、寝転がったままではものすごく読みにくい本です。人前で読むとちょっと驚かれます。
2004.05.23
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本日は厨房係を任された。ランチタイム初めての厨房。慌てることこの上ない。米を炊き、オーブンで野菜を焼き、次々と店頭に出す寸胴をあたため、ドレッシングを作り、サラダを盛り、ドリンクの補充もする。下げた寸胴は洗わなければいけないし、食材は手袋の着用なしに触れてはいけない。道具はアルコール消毒なしに使ってはいけない。要領が悪くて、はねるは、こぼすわ、かぶるわ。テプラの打ち方がわからなくて、小さい「つ」が大きいラベルを作ってしまう。おまけに精密な機械量りを洗い場の汚水の中に落としてしまう。(完全に壊れました)まあ、昨日と違いそんなヘマが緊張ではなく、リラックスの方へ行ったのがせめてもの救い。で、普段わたしのような新人でもできる係を店長がやっている。まあもちろん慣れた手つきではあるんだけれど、熟練というのともまた違うような気がする。この人はただこの作業に慣れているだけで、職人ではないのだ。技術を磨いたり、新しいものを作るのが目的ではなくて、自分じゃなくて、最終的には会社の方を向いている社員なのだとふと思う。より保証されて、より拘束されているバイトみたいな感じか?言い方は悪いけど。職人さんのいない仕事場はさびしい。舞台監督さんや、美術さんや、そういう人の心意気はすごく舞台を支えてくれるし、長年働いた店の板前さんの「銀座のまん中でもの作ってんだ」という気概に鍛えられたり励まされたりしたし、昔の恋人も職人気質であった(だから小劇場の役者が大嫌いだった)。もちろん納得のいく仕事のできた満足感にはどちらも変わりないとは思うけれど、午後に本社から抜き打ちで査察が入ったのだ。鍋の中の温度や、冷蔵庫のフィルターの汚れ、キッチンの壁のハネ、ものの置き位置、細かくチェックされる。新人のわたしが散らかした午後で、本当に申し訳ない。けれど、同じクォリティーを保つにはそこまでしなきゃいけないのか?とちょっとびっくり。いたらない点は、社員に徹底的に説教。「いいわけしてるときりがないんだよ!」とか。大きな会社が管理・査察・査定なんかで大きくなっていく構図はテレビなんかでよくみるけれど、子供じゃないんだから!とわたしは思ってしまう。査察だの査定だの、厳しい上司だのを恐れる形で自分を引き締めるなんてまっぴらごめんだ。できれば、わたしのプライドのためであったり、一緒に働く尊敬出きる人の名誉の為であったり、お客さんの為であったりしたいなあ。なんか30過ぎて働く場所じゃないような、そんな気持ちになった日でした。
2004.05.19
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昨日新たに買ったお弁当箱に朝から、健康的なオカズを詰め、水筒にはジャスミンティー、箸袋と箸も購入したし、装備は完璧。お弁当なんて、人(母)に作ってもらうか、人(男)に作ってあげるかのどちらかしかしたことがなく、まあ自分の為だけにささやかなお弁当を作ることの気楽さといったら。そんな風にイソイソとバイトに出かけて行くのだけれど、本日はオーディションも控えているのだ。湯気の立つ職場でたっぷりアブラを浮かせて、目を真っ赤にしていくオーディションなんて・・。おまけに、まあ一緒になるのは週イチなんだけど、学生で優等生タイプで、人の言うことに耳を貸さない、完璧主義の気の強い女の子がいて、本当に苦手なんだ。こういうカリカリしていて、人の作業を全部自分でやり直して、「どうしてこんなことするんだろう?」なんて聞こえるような独り言言って、年上だろうがダメには容赦ない、こういう人と一緒にいると気の弱いわたしは、プレッシャーでミスを連発してしまう。彼女は客から回収してきたプラスティックの番号札を、レジのわたしに投げること投げること。何が気に入らないんだか。わたしはね、あなたが小学生の頃からずっとこの仕事してるのよ。投げんじゃねえっ!と怒鳴りたいのをぐっと押さえつつ。多分きちんとしていて、成績もいいのだろうけれど、社会に出たらきっとたいへんだろうなぁ。自分より劣っているように思えても、年上の人は立てないと。女性だったらなおさらだし、立てなきゃすごく垣根なく仲良くするかのどちらかだ。それに些細な言葉の使い方や、ちょっと粗雑な仕草がどんなに足を引っ張ることか。まだ研修中のわたしが言ってもアレだし、勇気も親切心もないけれど。そんなこんなでイライラがつのる。オーディションの前に働きたくない。いつもより30分早く上がって、社員用トイレでメイク開始。肌はベタベタ、帽子着用・油っこい職場で髪はまとまらず、コンタクトの目は真っ赤(わたしは接客中瞬きしないのだ)。時間はないし、ノリは最悪。メイクに悲壮感漂う。なんか汚いオカマの化粧みたいな気分になってくる。「いっくら化粧したってキレイになれはしないのよ!」って。ワンピースにメディキュット履いたまま、地下鉄に飛び乗る。地上に出ると雨。汗と雨のメイク崩し攻撃。マフラーをぐるぐる頭に巻いて顔を守る。オーディションでは台湾人のディレクターに(台湾の広告のオーディションなのだった)、目が赤い、顔が疲れていると心配される。理由をきかれたので、やむなくさっきまで飲食店でバイトしていたことを話す。「生活苦しいの?」だって。一番髪は黒く、多く、ボリュームもあったので好感触だったのだけれど、夜には選考漏れの連絡が。っちっきしょう!もう働くもんかっ、オーディションの前には!今の生活は主婦としての家庭生活、バイト生活の往復。舞台の稽古もないし、モデルの仕事も久しぶりだった。そんなに自分が強くないから、うまく切り替えができない。生活と仕事と、もうひとつ世界が欲しい。例えば友達と共有する時間だったり、趣味の時間だったり、なんだろう「遊び」という要素かな?聞き慣れない夫の苗字で呼ばれる職場でも、家でもない、自分にちょっと自信の持てる、表現者にジャンプできるような自分の名前の場所が欲しいんだな。きっと。
2004.05.18
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本日はレッスンの日。30分前に家を出て、障害者手帳を提示すれば100円でバスで行けるというとても条件のよい環境に感謝。本日はストレッチレッスン。「身体が変われば心も変わる」というのはかの野口三千三先生の言葉だけれど、ここも同じ方向性だ。ただ野口体操をやっていたときには、身体の弱いこと、固いこと、動かないことをそのまま大事にしてきたから、こういうストレッチのような解決のための手段をどんどん講じていくというのとはまた違った意味合いがあったような気がする。でも、もちろんここも、見た目柔らかいよりも、固くても身体に意識を持てた方がいいということで安心。芝居を続けていてこういう入門的なレッスンは何度も体験している。でも身体は固いまんまだから、知識と身体は全然比例していないわけだ。本番終わったらもうストレッチしないしね。ちょっとお恥ずかしい。でもいつも「身体が変われば心も・・・」に淡い希望を抱いてしまう。ここの先生の本を何年か前に購入して、自分でストレッチはやっていたんだけれど、全く違いました!出来たつもりでいてごめんなさい。やっぱり通信教育で空手とかヨガとかやってもダメだね。身体のことは本当に実地で教えてもらわないと。なぜそうなのかということを、解剖図を見ながら何度も説明される。バレエやダンスの時も解剖図買うように言われたなぁ、お給料が出たら買っちゃおうかな?まとめて言えば、きっともっと身体全部でいろいろなことを考えたり、イメージしたり、感じなければならないのだということは、これだけ経験を積めばわかってはいるものの、まだ目から鱗の発見がある。でも正直、もうお金を払って人から教えてもらうことに飽いてもいる。まだそれが必要なのか?とも思う。これからは実践する身体が目的よ。1年のレッスンが終わったら、フラメンコやるからね。
2004.05.17
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昨晩遅く、教育テレビで高田渡という人の歌うのをみた。体調が悪く早寝していた夫が音を聞きつけて起き出してきた。なんか妙に、心に引っかかってしまった。夫はもとより好きだったようである。早川義夫だのあがた森魚だの、ムーンライダースだの、果てには結婚パーティーのインターバルの時間に三上寛の「夢は夜ひらく」を流したくらいの人である(夫は先輩で師匠でもあるサカジリさんに「若い嫁はんのご両親もいらっしゃっているのに」とひどく怒られていた)。「自衛隊に入ろう」のCDもあるよ、と言ってくれた。例えばオートバイでいったら、わたしと同年代の80年代に10代だった人は、一つ手前の今の若者がするような浅いヘルメットにゴーグルという70年代のスタイルがどうしてもダサいものとして抵抗を持ったりする。今の人から言えば、80年代・90年代始めのコンビニ強盗の模範のようなフルフェイスのヘルメットや、前屈みでのるバイクがちょっと古く感じるように。自分のまさに子供のころ、思春期を迎える前にはやったものはひどく古びて感じるものだし、ディティールに関する手掛かりも情報もなく型ばかりが残る。夫の好む音楽は、そういうわたしの人生となんら接点をもたない音楽だったのかもしれない。夫に頼んで、高田渡CDを貸してもらう。仕事部屋に籠もる夫を後目に、キッチンで高田渡を聴きながらガス台やシンクや換気扇を磨く。わたしは音楽に対して造詣がない。もとより大きな音が嫌いだし、音が大きいことそのままは自分を脅かす恐怖でもある。もちろん普段自分自身で大きな音を立てることはない(だから舞台でどれだけ苦労するか)。多分音に身をまかすと容易に同調しすぎる自分の予測がつくのだろう。常に足元をすくわれる警戒を抱いているのだ。でもまれに警戒を解いても、一緒に揺れてもいいようなモノに出会うこともある。これがそれなのだろうか?夫に「フォークとは?」「フォークとニューミュージックの違いとは?」と質問しながらの夕食。こんなの聴き始めたら、またオヤジに話の合うわたしになってしまうではないか?30過ぎたばかりなのに、もう40・50のオヤジと一緒にシニアチームに分類される。オヤジ殺しアイテムをまた一つ身につけるってか?でも気に入った。ちょっと掘り下げてみることに決定しました。
2004.05.16
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奄美出身の親戚がいる。そのオジさんにもらってはまったのが黒糖焼酎「まんこい」。(焼酎に興味のない人の前ではちょっと口に出すのに躊躇する名前。現に何度も赤面された)たっぷり芳醇な香りと、琥珀色の液体、芋にも通じる濃ゆい存在感。ちなみにオジさんの苗字はズバリ「イサミ」である。日本橋で仕事を始め、コレド日本橋というひょっとしたら朝出勤したら夕方まで陽の光を見ずに家路につく職場環境なので、帰り道はとにかく東京駅か銀座まで歩く。その東京駅の構内にあるのが「Sho-Chu-Authority」。オジからの「まんこい」の味が忘れられない夫の頼みで覗き見る。さすが土曜日、コレドやマルビル、日本橋高島屋のリニューアル、ポケモンセンターと東京駅周辺の休日の人出が増えたこともあって、店内は盛況でした。もちろんお探しの「まんこい」の一升瓶あり。しかもラスイチ。お値段チェック。夫はしびれを切らしてインターネット販売で買おうとしてるから。個人的には、キューバかぶれのわたしは、ほんのりラムに通じる香りの黒糖焼酎が好き。それから「だばだ火振り」みたいな栗焼酎も好き。今の季節でしたっけ?「爆裂ハナタレ」も味わいたい。しかし夫と元彼の出身地、大分の麦焼酎がわたしの出発点かも。夫の友達のお母さんが「いいちこ」を命名したそう。長年の職場で唯一扱っていた焼酎も二階堂の「吉四六」だし。ちなみに我が家のメインディッシュならぬ、メインドリンクは「二階堂」です。しかし本当に水のように飲むし、缶チューハイで割ることも多いので、「大五郎」でもよしという意見が出ています。甲類に移行の兆しです。今月は倹約月間という約束なので、「まんこい」を購入してもいいか夫に再三の電話、いっこうにつながらず。手ぶらでかえると、がっかりした夫の姿が。その時間寝てたそう。まあ、お金が入ったら気持ちよく飲みましょうぜ。あと焼酎っていったら焼き肉屋で出てくるあの眞露、すごくまろやかで甘みがあって、辛いモノにあうんだけど、普通に売ってるジンロと味が違うのね。高級スーパーで眞露というボトルも売ってるけど、まだあの焼き肉屋のアレとは違うの。アレどこに言ったら買えるんでしょう?焼酎の話題に明け暮れた一日でした。
2004.05.15
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3連チャンの最終日(心臓の都合によりこれ以上この仕事では立て続けに働けないだろうと思われる)の開放感と、新富町で仕事の夫とたまの気晴らしと、月島でおちあってもんじゃの会を催すことに。ああ、もんじゃ。しょっちゅう食べたくなるけれど我慢している。そう月島の「もんじゃ坂井」で食べたいから。月島にもんじゃ焼き屋はたくさんあるけれど、もの凄く投げやりだったり、ただ店構えがオシャレなだけだったりする店もある。だけれど、「坂井」のもんじゃはおいしい。向上心というか良心というか頑張りのあるお店なのだ。そして接客がとても気持ちよく、嫌な思いをしたことは一度もない。月島で生まれ育った花火職人の男の子達と一度合コンもんじゃをやったんだけど、彼らの流儀は問答無用にとにかくソースを思い切りよくかけ、混ざって粘度が上がってきたら、ヘラなど使わず、皿にごっそり取って、箸でかき込む。「だって腹へったとき食うもんだもん」だって。でも坂井のもんじゃはダシがきいているので、ソースも醤油もいらない。そこらへんが味に安定感があるのかな。いつ行っても同じように美味しいものが食べられるっていう期待と満足の繰り返し。もちろんチープには違いないんだけど、ベビースターラーメンのチープじゃなくて、フライパンの鍋肌に残る焦げた醤油のチープ。簡単だけどそりゃおいしいという類のチープ。あと、ここは魚介類も新鮮で、鉄板焼きも本当においしい。思い切って頼んじゃっても後悔しない。だからどんなにヨソでもんじゃ焼きが食べたくなっても、結局「坂井」のおいしさを思い出しちゃうからがまんする。夫の同じらしい。ちなみにわたしは初めてもんじゃを食べたのは25歳になってから。それまでは形状がダメで食べられなかったんだけど。今では「地元の人ですか?」と言われるまでの手際である。そしてもんじゃの王様はやっぱり「めんたい」ですね。博多ラーメンより、もんじゃの方が絶対「めんたい」の居場所でしょう。月島は局地的にめんたいの消費量が絶対高いと思う。おいしいものはいっぱいあるけれど、あたしこれでいいや、と妙な快感物質がいっぱい出てくる。今日もおいしいもんじゃをありがとう。
2004.05.13
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新しい仕事を始めて一週間が過ぎた。わたし個人の銀行口座の残高はとっくにゼロ。ギャラが支払われるのは来月末、今の仕事の初給料も来月末である。だからという訳だけではないけれど、近頃毎日お弁当持参。水筒持参。(なんていうんでしたっけ、スタバでコーヒー入れてもらうヤツ。ああいう形です)始めの頃は、休憩をもらっても何も喉を通らないくらい疲れ果てていた。だから小さくて、あんまり体の害にならないものを持っていった方が結局いいのだ。(社食や売店はないので、ビル内の高級スーパーで買わなきゃいけないし)で、家事もたいへんなので、今日のメニューは前の店で定番のまかないメニューだったきんちゃく。お揚げに、鶏肉、しらたき、ゴボウや干しシイタケなんかを詰める。まあなんとなく残り物を詰める。よくしらたきの塊しか入っていないハズレなんてのもあった。それを干瓢で結んで、ダシと醤油と酒で煮る。ただそれだけ。煮ながら煮汁をすくってはかけの番をするのは新人くんの仕事だった。家では干瓢を用意するのが面倒なので、楊枝で口をふさぐ。鶏肉を卵にくぐして、しらたきと干しシイタケを詰める。あまった油揚げを細かく切って、大豆と人参、コンニャク、やっぱり干しシイタケでヒジキの五目煮も作ってみる。ああ、大豆イソフラボン!ああ、保存食!昔凄く買いたかった料理本に『作り置きのおかず』というのがあったなあ。(料理本はサイクルが早いので瞬く間に捜索不可能になった)もう作って作って作り置きにかぎる。冷蔵庫は小さいんだけど。まかないメニュー、夫にも気に入ってもらえたので、ウチでも定番として認定されました。夏のまかない(うろ覚えとも人は言う)メニューもお楽しみに。
2004.05.12
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3月の客演した芝居で、演出部に一行ごとに「声が小さい」「もっと明るく・大きく」みたいなことで、台詞を止められるのに腹を立て、その勢いのままレッスンに通うことを決意した。それが今日から。もともと映像とかメソッドとかから始めたから、発声については、敬遠してきたし、とにかく本番中に喉をやってしまうことが多いので、一番のコンプレックッスではあったのだけれど。(本番中の喉問題は、共演者の忠告で、スタジオ入り・小屋入りから徹底的にマスク着用したらあっけなく解決はしつつあるけれど)申込書に芸歴を書く欄があったりして、いったいどんな厳しい内容なんだろうと思ったら、まあ必須の基礎レッスンクラスだったこともあって、拍子抜けするような雰囲気だった。あじゃぱ。焦って選択を間違ったかしら。今まで多少ついていけなくても、浮いてしまっても、ハードなところに身を置いた方が絶対身に付くということは身にしみてわかっている。例えばダンスのワークショップ。たった3日間、バレエとコンテンポラリーを熟練者に揉まれ、半泣きでこなす。筋肉痛で本当に肉体的にも精神的にもつらい。けれどみるみる姿勢が変わっていくのを先生に指摘される。その後、カルチャースクールのバレエ入門クラスに行ったら、わたしが一番経験者みたいだったよ。入門ったって1年以上いる人がほとんどなのだ。ハッタリと愛嬌と生意気さで、外資系を渡り歩く妹(怖ろしいことに短大時代も「3単現」を知らなかった)も、英会話教室にいくとその温度差にびっくりするらしい。「お稽古ごと」。演劇初心者、演劇やってみたい者、現役離脱者、もちろん演劇以外のジャンルの人もいるけれど、なんとなくお稽古な雰囲気はなくはない。しかし初心忘れるべからずともいうし、ここでそんなことばかり言っていても始まらないのだ。でもな、全く知らないことでもなく、大学に行き、養成所に行き、師匠にもついたわたしには、やはり違和感がある。発見が少ない。そして養成所を出て1年後、何かの用事で、養成所の後輩達の授業を見学することになったんだけど、ちょっと冷静にみてしまった。中にいた時は本当に真剣に講師の一語一句にうなづいて感銘していた。斜眼帯つけてるみたいに。聞き漏らしたら他には役者になる道が無いように思っていた。いったん外に出てみたら、後輩のあまりにも素直な従順さがけっこうおかしかったりして。その男のいうことを全肯定したって役者にはなれないし、かえってそのヘンさに気づく事の方が勉強だったりして。なんかそういう雰囲気もあるの。でも一緒になっちゃったら、わたしももちろんそういう雰囲気を醸し出すんだろうな。でもお客さんにはなりたくないんだ。回を重ねれば、みな本性も出してくるでしょう。大人しいお客さんじゃなくなるかもしれない。その日を楽しみに、手を抜かず精進していきます。
2004.05.10
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実家に帰って3日目。夫とわたしの父の唯一のコミニケーション手段は酒と珍味なままである。3日も居候なので、夫と買い物に出る。出がけに「お義父さん、何か買ってくるものありますか?」の夫の問いに「何か酒のつまみ」と答える父。祖母のプレゼントを買い、母と妹とわたしの大好きな某モンブランを買い、ミッションに燃える夫は九州物産展で「からしレンコン」と、成城石井で「焼きくさや」を購入。来客に怯えっぱなしの愛猫チーさんには新しい首輪を購入。もう食卓は珍味合戦である。オイルサーディン、からしレンコン、くさや!わたしはからしレンコンにチャレンジするも、そのあまりの不健康な見てくれと無駄な辛さにギブアップ。続いてくさや。なんだろうこれは?そう牛小屋、いや動物園で干物を食べてるような感じ。舌と硬口蓋の間に牛がいる!新島でくさや工場を取材して以来のくさや好きという母と、魚介類の珍味はなんでもござれの父(←なのにこの男はマーボー豆腐が食べられないのだ!)、どっぷり飲んべえの夫は全く意に介さず。食卓に苦手なものが2品もあるなんて・・敗北感。
2004.05.09
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5月は祖母の誕生日。今年の米寿を祝う会をささやかに催すことになった。場所は地元の料亭旅館。春物で適当な服の手持ちがないので、今回は着物に決めた。前日まで働いていて、着のみきのままで実家に帰って、当日になって着物選び。昨日同じく女優である従姉妹の結婚パーティーの写真を見たけれど(彼女は着付けの資格もあり)、ちゃんとした着物をきちっと着こなしていて、自分の古着が少しおもちゃみたいにみえてしまう。とはいえ春。赤いベトナムシルクの端切れでつけた半襟をはずし、細かいドットのスカーフか黄緑のベトナムシルクの端切れにしようか迷う。料亭なら仲居さんもいることだし、丈の危うい着物はパス。消去法で紫系の更紗模様、それなら黄緑の半襟。昔とった杵柄?着付けは10分で終了。(衿を縫うのに時間をくっちゃったのだ)会場へ駆けつける。会場は以前わたしが日舞の浴衣さらいもやった場所。(あのときここの料亭の名前を告げたらタクシーの運転手に仲居だと決めつけられたのだ。)親戚と言っても、祖母の娘たちとそのご主人たち。子供の頃は何かと言えば集まっていた従姉妹たちは、結婚・出産・子育ての忙しい最中で集まれなかった。孫代表はわたしと妹とわたしの夫。このところの正月・盆やお彼岸に集まる顔触れだけれど、こじんまりと和やかにお祝いの会。料亭旅館(飲み物は各室の冷蔵庫からセルフサービス)、しかも自分は着物ということで、仲居魂に火がつきそうになる。久しぶりの和の先付けの趣向や、お椀のお出汁、ご飯ものについてくる漬け物のおざなりさに、懐かしさが刺激される。今のファーストフード・学生大いばり・マニュアル絶対店より、こういう和食屋の方が絶対自分の経験や感性を生かせるのだ。そりゃ夫婦喧嘩の最中に、なんでもいいから即働ける仕事をと決めたのは自分だけどさ。帰りに大宮氷川神社へ散歩がてらお参りに。氷川神社というのは風水的にも、スピリチュアルカウンセラー的にも、神社マニアにも、「前向きないいパワーが出ている」拠点らしい。緑がまぶしく、静かで、豊か。多分、そうとう山手通りや沿線の工事の多さとそのうるささはストレスだったんだろう。氷川神社に深呼吸、着物を着替えて夫とドライブ、上尾の街に脱力。(個人的にはあんまりなじみのない街だけれど、緑の濃さや、身の丈にあった広さ、よそ者の少なさがなんだかほっとする←あたし、オバサン?)で、餅祭り。そうウチは餅つき機を買ったのね。これからは祝い事には赤飯より餅らしい。(ちなみに母の出身は祝い事に餅を配る利根川の水郷地帯である)餅は頭数を揃えてスタンバイし、つき上がったら一気に、丸めて、柔らかい内に食さねばならないのね。(のし餅を除いて)黄粉・あたりゴマ・大根おろし・こしあん・雑煮。餅のわんこソバ状態。父の本日の珍味は豆腐窯。残った汁に普通の豆腐を漬けていた。ダメだろ父、それ。テレビを見ていたらかつての職場が「チューボーですよ」に出ていた。シューヘイさんにタクミくん。見知った顔に大爆笑。(これ以外の人はもうみんな辞めてしまった)そして丼つゆにかき揚げを入れる時のジュウッっていうあの音を久しぶりに聞いた。未だにどうして、働けなくなったのかわからない。懐かしくちょっと切ない気持ちがぶり返してきた。
2004.05.08
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仕事を終え、先日おいしかったコレド日本橋の「文琳」の杏仁豆腐とココナッツプリンを買い求め、所持金の残金160円で実家に帰る。夕食の支度で出来る頃、夫も合流する。そしてその直後、わたしの父が帰宅。もう飲むしかない。今年は仙台と名古屋で仕事をしている父の酒の肴はもっぱら牛タン、そしてホヤ。もともと珍味好きではあるのだけれど、この凝り性は祖父譲りだな。冷蔵庫から出てくる出てくる、焼きホヤにホヤの酢漬け、ホヤのキムチ漬け・・。何を隠そう、夫の嫌いなものはスイカとホヤなのだ。「ホヤなんか食べてる。くっさ!」なんて台詞を劇中で言わせるくらいだ。いくら美味しいと言う人がいても、下北半島や三陸海岸で食べるのと、埼玉で食べるのは意味が違う。しかし義父のすすめるものを無下に断れる結婚2年目、44歳のムコではない。高級瓶貯蔵の芋(ちなみに夫は芋が苦手)焼酎を注がれ、それもこれも賞味する。このリアクションの大きさが、珍味をすすめられる原因なんじゃないか?というくらいいいリアクション。へらへらそれを見ているわたし。阪神ファンの夫に巨人ファンの父(どちらも野球部)。妻の実家での夫の長い夜は続く。人見知りの愛猫チーさんは、本日家に怖がって入ってこず野宿のもよう。
2004.05.07
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今週からバイトを始めた。(主婦だからパートか)結婚してから職場を変えたのは初めて。前の職場は結婚をまたいで働いていたし、女性はほとんど(70近い人でさえ)下の名前で呼ばれていた。わたしは学生時代も下の名前でしか呼ばれたことがなかったので、夫の姓で呼びかけられることにとても慣れていない。通っていた整体で「○○さんは」と質問されても、ずっと夫のことを聞かれているのだと思っていた。毎回会話が噛み合わなかったけれど3ヶ月気付かなかった。今考えて見ると赤面するような失言多し。まあとにかく「○○さん」と夫の姓で呼ばれることは新鮮でもある。結婚して、旧姓は自動的に芸名になった。(ささやかだけれどそれなりの蓄積はあったし、だいたい夫婦で芝居やって同じ苗字がチラシに並ぶってのもカッコ悪いし)夫の姓のわたしは、今までの経歴や自我みたいなものが、すっぽり脱げた、ただここに生活しているだけの「主婦であるわたし」な名前。誕生して1年ちょっとの、何も背負っていない名前。初対面の人や職業欄にモデルだの女優だの名乗るのは、大げさ過ぎるし、勇気がいる。でもこの名前はあっさりと「無職」や「主婦」になってしまう。検索にも引っかからない。自分であるけれど自分じゃない。そんな立場の気軽さと身軽さはいつ以来だっただろうか?新しい名前を名乗れば、芝居のことも、どろどろした「分かってほしさ」もあっさり脱いでしまえるような気がする。逆に今では芸名となった元の名前には、積み重ねるわたしがいる。この名の下に、わたしはわたしを元手の仕事をしていく。「役者っていっても、ほとんどはバイトでして・・」っていう言い訳は別の人間がやってくれるような感じ。で、電車の中吊りをぼうっと眺めてたら目から鱗の発見をした。子供の頃から、「ひらがな名前の女の人ってどうなんだろう」と思っていて、まあどこか女性的過ぎるイメージもあるし、漢字としての意味を含まない心許なさ、軽薄さを心配してしまうのだが、はっと気づいたらわたしの戸籍上の名前もひらがなだった!いろいろの理由で通称漢字を一貫して使っていたので忘れていたけれど、結婚してからは戸籍どおりの夫の苗字にひらがな名前であった!ひょっとしてオイラの名前のセクシー?いや、どっちかっていうと古風「とめ」とか「さくら」のノリだな。
2004.05.06
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最近地を這うような芝居ばかり見てるような・・・。先日、小屋入りの前日に「手配していたイントレが不手際で・・イントレ貸してこれるところ知りませんか?」とウチに電話をしてきたのは麻布ディープラッツの番頭さんヨシムラさんだった。知り合って1年。(劇場の契約に行ったら、夫とヨシムラさんが古い知り合いだとわかってからだ)はめの外し方・壊れ方と普段の抑えた物腰のギャップが面白くて、来いとも言われてないのに、ひと月前から行く気まんまんだった。そして神楽坂ディープラッツ。初めての劇場。最近困ったことに、最低芝居のPTSDか?(アリスでの3時間出入り口封鎖芝居)もともとの暗所恐怖症に閉所恐怖症までが加わったような、憂鬱を感じるようになってしまった。悪寒と動悸がしてきてしまう。そして客電なし、急勾配のこの客席、そして圧迫感を煽るスモーク。おまけに苦手な大音量のノイズ系音楽。舞台は無機的で抽象的なたたずまいで、最初ダンスか舞踏かと思ったほど。でもしっかり高笑いと絶叫と血糊で構成されるアングラ芝居。気持ちよく日常やディディールを切り捨てる潔さに満足。初めてみたけれど、結構好印象。24時間以内に死に至る薬を飲まされた男達、死なない為には広大なフィールドのどこかにある解毒剤を探すか、ゴールに辿り着かなければならない。しかしフィールドはとにかく闇に包まれ。というところからスタートする芝居。これだけ聞くとつまらなそうだけど、想定される全部のドラマを盛り込んじゃおうという展開がいっさいないのがいい。ちょうど夫が保坂の『~小説入門』を読んでいて、一回だけ使える有効な終わり方として「実はみんな死んでいた」というのが出てくるんだけど(夫も『ファインディ』という芝居で一度使ってます)、今回もこれでした。この「死」への向かい方、「死」からの逆算がしっかりしていたから、面白かったんじゃないかな。お芝居の面白さってこうやって「死」を扱えることじゃないかなと思う。とにかく今ここで、ここにある体と言葉以上のものは、表現しない、つまらないなら緩い芝居の方が面白いこの頃、堂々とその真逆を行くセルフ23、もう一度みてみてもいいかと思ったのでした。
2004.05.05
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初めて出演したCMは地方CMの為、見れなかった。昨年のハセキョーの隣に控えるCMは思いがけずヘビーローテーション。そして先日撮影したエリ○ールのCM、流れているらしいのだが未だ発見できず。なのに深夜入浴中、夫がバスルームのドアを開け「見たぞ!」と。でも、わたしを確認できなかったそう。もうこの年で「ビデオください」って事務所に言いに行くのもなあ。心配する家族や、普段会えない義母に見せたいのはやまやまなんだけど。(なぜか初めて九州の夫の実家を訪れるというときに、あちらではから騒ぎの再放送が流れていた。親孝行なんだか不幸なんだか)なんか地味な仕事だなあ。
2004.05.04
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中野デート。喫煙者の夫、スタバ初体験。ディキシージャズ。夫がバンジョーやマンドリンを弾けることを知る。(さすが自由劇場系)図書館でカードを作成する。川島商店街でおつかい。夫またまた、某学校の生徒さんに遭遇挨拶される。いつもこんな気を抜きまくりの状況で。ゴーヤチャンプル、トマトのジャコサラダ、手羽焼きなどの夕食を食べ終わる頃、「どん底」の黒川さんから電話。Iさんが店に来ているそうで、お誘いである。というわけで夫と「どん底」行き。カウンターではIさんが、もう飲んでいる。もう何度か会っているのに、いつも初対面みたいな挨拶をしてしまう。黒川さんの紹介でIさんと夫が出演した映画が、カンヌ映画祭で入選したとのこと、ただし学生部門でね。夫もIさんも、テレビや映画でちゃんとキャリアがあるから、自主映画でどうのこうのというのはないんだろうけれど(43歳で夫は初めて自主制作に出た)、最近のIさんのお仕事はエレベーターの取り付けだそうだ。役者として立派なんだか、悲しいんだかわからないが、とにかく励まされる。そして留置所話を面白く拝聴する。いいなあ、最後刑事に「ごめんね。逮捕して」と言われる人生。次回公演の話なども、話題に上る。劇団じゃない難しさっていっぱいあるけれど、デメリットの一つに主宰・演出である夫が「誰かと仲良くなりすぎる(距離を詰める)と、誰かが(みんなが)ひく」というのは、心情的に絶対あるんだな。出演交渉の攻防はまだまだ始まったばかり。黒川さんから見せてもらったチラシに、ベテランの俳優さんの作った劇団の旗揚げ公演なんだけれど、謳い文句が「映画的。演劇を超えた世界」とあって一同唸る。最近凄く思うのは「映画的」と自分で謳う劇団は、ダメだと思う。何を思って舞台の上で芝居をしようと意図しているんだろう。もちろん結果「映画的」「演劇的でない」「演劇を超えたものが」と評されるいい芝居というのはたくさんあると思うけれど、自ら宣言するのは「わたし人に優しいです。これからあなたに優しく接します」って言われているみたいな恥ずかしさと歯がゆさがあると思う。何をもって映画的というのか?情報量?吸引力(集中させる力)?台詞の少なさ?まずそれを定義してから、宣言して欲しい。そして、基本的には映画も舞台も同じだけれど、役者がそこにいて、次に何をするか・どういう顔をするかの広がりというのは無限だと思う。でも、その広がりを好まない流れはあると思う。観客にも、作る側にも。知っている流れ・パターンに早く分類してしまいたいという焦りみたいなものを感じるのだ。作る側として、若い観客の「発見のなさ」みたいなデジタルな反応には本当に不安になる。その流れにはまらないと、分からない→つまらない→即却下と判断するからだ。「わからないけど、なんだろうこれは?」「腹が立つけど目が離せない」とか、驚き、反発、分析、そういうものが無くなってきている感じ。とにかく共感、芝居に求めるモノは「ああわかる」「ああこれ面白い(ツボ)」。とにかく共感できなきゃ範疇外なのだ。映画だともう少し読んでくれるし、以外な展開も許してくれるのにね。明日初出勤なのに、2時近くタクシーで途中から合流したユウサクことハシモトさんと帰宅。もしかしたら、今日はチャレンジの日だったのに、がっかりするやら、ほっとするやら。でも、夫は少しご機嫌だった。やっぱり同年代の同業者からは、いっぱいもらうモノが多いみたいだ。
2004.05.02
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夫の師匠で先輩のサカジリさんに、電話の会話で異常に反応されたのが「ヨメはん今実家帰っとります」。サカジリさんのマイブームは目下「嫁の里帰り」だそう。「いやー楽しいよね。体に悪そなもの、食卓にずらーっと並べて、酒飲んで、好きなビデオ見放題」。と夫に同意を求められる。まあ、話を聞くだけでも楽しそうなのはわかるけど。ウチのダンナもそうなのかな?っていうか、普段の生活や食事が、「親の居ぬ間の子供」の生活みたいなウチの夫婦、普段の生活が「嫁の里帰り」的生活ではある。知り合いのIさんも、どん底で飲んだくれてたのは、やっぱり「かみさんの里帰り」の夜だったし。それを思うとなんか男の人の「人目を盗んでプチ騒ぎ」は羨ましくもある。旅行の前日っていう感覚にも似てるか。ウチの夫はどうなんだろう?と思ったけれど、結婚して以来、外に働きにいくわたしと、家で働く夫。朝と昼ごはんは夫の好きなモノを買い放題・作り放題。日々「妻の居ぬ間」状態だったわけだ。「亭主元気で留守がよい」とはいうけれども。まあなんと愛すべきブーム「妻の里帰り」。里帰りを喜ばれる妻になるべきか、里帰りの時間を一緒に楽しめる女になるべきか、かなりな難問だけれども、「妻の里帰り」を喜ぶ心情を明かしてもらっただけでも、楽しいとしよう。
2004.05.01
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