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打ち上げあとの徹夜明け、家に帰り着いてこんこと眠る。オオシマさんは朝起きだして、トラックの運転に出かけて行って、はっしゃんは起き出せなかったものの、夫と荷下ろしをしてくれていた。(多分ミサワさんも手伝ってくれたのだろう)もう少し眠って気がつくと二人とも出かけていて、もうトラックの返却の終わったみんなとスタッフ慰労会となっているはず。一年間一度も寝込まずに来れたとはいえ、身体はなかなかに辛い。けれどもトラック代などの精算があるので、約束の吉祥寺はいせやへ。どうしてもギャラを受け取ろうとしない、受付担当のタカシマちゃんに、引っ越し祝いを兼ねたプレゼントを贈ることにする。実は好きな洋服のブランドが一緒だったりするので、安心して自分の好きな店で品物を選ぶことにする。雑貨屋の店内はもう夏で、涼を感じさせる衣料品が置かれていたり、さまざまな陶器やガラスの器が並ぶ。「いいなあ」と思いながら好ましくゆっくりモノを眺めるなんてずいぶん久しぶりのような気がする。すうっと自分の中に風が吹き込んだような感じ。いせやではお疲れ男たちが、のらりと酒を飲んでいる。公演を終え、バラシを終え、打ち上げを終え、返しモノを終え、お金の精算を終え、不眠不休の最後の時間。ここに駆けつけてくれる役者さんも時々はいるのだけれど。わたしは本当は、あまり役者という役割が好きじゃないのかもしれないなあと今回特に思った。スタッフに徹したいという気持ちはいつもある。「逃げ」なのかもしれないけれど、「芝居をする」っていうことに火がつかない。「芝居に熱中する」「自分にかまけすぎる」ことが恥ずかしくも、恐ろしくも感じていて、もし自分が何にもスタッフ仕事をしなくてよくなったら、ロクな芝居はしないだろうと思う。逆に、もう少しスタッフ的なことに注意を払ってみたらどうかと役者さんに思うことさえある。少し前までは「自分ばかりがなんでこんな苦労を」という気持ちでそう思っていた。でも今はそんなことは当たり前となり、サポートしてくれる仲間たちもいるので、そういう気持ちにはならないけれど、「もっと芝居すること全体を楽しんだらいいのに」という観点からそう思う。結局、一生懸命に芝居だけをするということは、自分の中に目標や目的や方向をつくってしまうことになりかねず、「一生懸命なこと」「技術のあること」「自分の見られたいものに見られること」「笑わせること」にいつのまにか傍目から見るとすり替わっている。いつも「このプチ新派が」とダメを出されるわたしは、そんな危険が特に高い。そんなことを考えながら、くたくたになるまでこの芝居につき合ってくれたスタッフと最後のお酒を飲みました。
2006.06.26
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乱闘シーンで転んで、転んで縺れた上に重量級のオーシマさんが乗ってしまうこともあり稽古の段階から体中が痣だらけだった。一番ひどいのは膝、そして肘と腕、両方の腰と腿(ここに蹴りが入ってしまうことも)。もちろん動きを合わせて振り付けのようにやっているのだけれど、装置が入り、舞台の縁が少し高くなっている危険を避けるためと客席を避けるため、動ける範囲が本番にちかくなるほど狭くなっていったことによる。心臓が弱いせいで、普通の人より痣になりやすい体質ではあるのだけれど。ただもう、ここへ来て膝の腫れがひどくなり、それより足の甲を伸ばすと激痛が走るようになってしまった。打ち身はクッションさえ当てておけば平気だけれども、正座ができないのは辛い。劇中で正座をしないわけにはいかないシーンもあるし、それよりなにより正座ができなければ着物の仕事に戻れないではないか。で、行きつけのプロスポーツ選手も通うという整体に助けを求める。でもすぐには診療時間がとれなくて一日待って、今日の昼公演にギリギリ間に合う時間に時間を空けてもらうことができた。結果、足首の関節は前のめりになった形に外れかけていた。だから正座をしようとすると激しく痛んだのだった。違和感は2~3週間前から少しずつあったのだけれど、その足の足首は昔から古傷でほぼ曲がらない状態だったので、前のめりに可動範囲が増えたようにも楽観的に考えていたのだった。原因は、膝への度重なる打撲と、ここ一年寝込むこともなく丈夫になったとはいいながらやはり無理はきていて、疲れると半身だけに極端に凝りが出やすいことが、もともと負荷がかかりやすい動かない足首にでてしまったのではないかという診断だった。関節をぐいぐいと入れていただき、膝と足首、それから片側の肩胛骨と背骨の間のアイシングを指示される。あちこちを打ったためにガチガチになっていた全身の力も施術後は楽になり、とにかく劇場へと急ぐ。劇場にはロックアイスのストックが山盛り。もちろん小道具として、乱闘シーンの武器に使われるのはもちろん、昨日までのわたしの打撲対策用でもある。夫の腰痛対策用(氷で腫れた臓器を冷やす療法)でもあったりして。しかし背中にアイスバックをあて、バンテージでグルグル巻かれるというのは、なんとも大げさな格好。夫いわく「せっかくの巨乳がだいなしやな」だと。「ノートルダムのせむし女」「亀みたい」などと言われつつ言われたとおりのアイシング。病で倒れることがなくなったと思ったら、怪我がついてくるなんて。次からはそいつも克服できるように鍛えておきます。
2006.06.24
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本日、ゲネプロ終わってのち本番というスケジュール。今回は仕込みもスムーズだったのだけれど、照明に時間がかかり(というのは舞台を挟んで客席が対面式だったりするわけで)、場当たりすら今日三分の二をやってからの開始。その日初めて確認したことを、本番としてやってみるのだから、なかなか緊張感がある。なんだかその緊張感と、いろいろの負けず嫌いが相まって来て、稽古場では一度も言えることのなかった長セリフが、突然言えはじめちゃったりもして。ゲネも通し稽古も、見に来てくれたモニターの方々の反応は良好。エムズクルーの台本は難しい過ぎるという見方も、それに困惑するやる方の役者の戸惑いも、すいぶん準備期間をおいてクリアできているのではないかと思う。だからわたしが、その分安心してしまって、今回ちょっとふにゃふにゃしているんですけれどね。初日には、出演者の野水さんの計らいで、楽屋に神棚もしつらえられ、皆で手を合わせました。舞台に出るときにはみなそれぞれの習慣があるようで、ドライなプロデュース公演の雰囲気になってしまうとあまり見られないんだけれど、その中にいるとああ芝居なんだなあと思うし、みんな役者だったんだなあと改めて思います。わたしは今回はいろいろなことが準備不足で、いつものブラジャーの中のお守りはなし。前回の『いつ立ち去ってもいい場所』の出演者のみなさまが揃って来てくれました。何年も会っていなかった、自営業のKくんが今日生まれて初めて芝居を見たそうで、面食らった感じて「このあとキャバクラに行く気が失せた」と言っていたのがなんだか面白かったっす。
2006.06.21
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本日劇場入り。って、9時入りのところ、サッカーと盛り上がる○○話でついつい夜更かしをし、8時15分に目が覚める。出力屋に寄るため13時入りの夫はともかく、とにかく居間で裸で寝ている演出助手のはっしゃんを起こす。はっしゃんは寝ぼけて「楽勝ですよ~」と今日も中野のスタジオだと勘違いしている。二人でタクシーに乗り込み、シモキタ10分前到着。はっしゃんは朝のタクシーでも運転手さんに絡むのであった。仕込みは順調。お昼に出力屋から上がってきたポスターが到着。劇場の方に早速貼っていただく。買い物や、お弁当の買い出し、映画館や馴染みのお店への挨拶回りと仕込みのできない制作要員のわたしが、何度となく下北沢の駅前を通るたび、できたてのポスターが目に入り嬉しくなってくると同時に本番感が盛り上がってくる。駅前と本多劇場の裏手の四つ角という公共の場所に、ずらっと公演中のポスターが貼られるところが下北沢っぽいところであって、他の劇場だったらこんな風に街の中にはいられないのだ。今日から一週間よろしくお願いいたします。
2006.06.19
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エムズクルーには来場者名簿というものが存在しない。今回はreset-Nという客演の役者さんのいる劇団の名簿のデータがパソコンごとダメになってしまったということで、アンケートにその旨を明記し、7月の公演に使ってもらうことになったのだが・・・。アンケートは一枚も回収できないことも多く、住所まで明記されたものは希。というのは一つにはプロデュース形式なことから、出演者の誰の扱いでお客さんが来るのか、受付でも出演者の側でも確認するので、わざわざアンケートに名前を記して帰る必要がないこと。(面白かったという感想を持たれた方であろうと、出演者にそのお客さんの住所をリストアップして提出してもらうのもやりすぎだろう)もう一つには、見て「ああ、面白かった」という芝居じゃないこと。複雑だし、分かりにくいところもあるし、在りものをなぞらないような作りを試みてもいるので、不意打ちにお腹いっぱいにさせられるような感もあるかもしれない。それになにより、ここでも何度も言っているけれど、分からないことに「拒絶」と「憎しみ」のような気持ちを抱く人というのは近年けっこう増え続けている。もちろんすぐには感想を整理できないものを提示してしまっているだけなのかもしれないけれど。そして実際アンケートに書かれた感想を参考にすることはあまりないけれど、(どこの劇団もそうだと思うけれど)もしできるのなら、もっと詳しく聞きたい項目もあって。小劇場にはスタッフを査定する制度がなく、いつのまにかスタッフと自称して生計を立てている人、実の伴わない人でも相場(ギャラの)という一定収入が確保されている。そういう人たちのスタッフワークとかね。裏の至らなさをお客さんに問うっていうのも本末転倒かもしれませんが、逆に素晴らしかったという意見もあればそれも反映できたらいいのになと。本当にやりたいのは、金魚鉢を出口にドーンと置いて、お気に召しましたらお名刺入れて帰ってくださいってだけなんですけどね。仕事や肩書きという個人情報の問題もあるからいつも二の足を踏むんだけど。で、本番一週間前になると、本多劇場系列の劇場なので、本多劇場のHPからチケットプレゼントの応募者名簿が送られてきました。名簿を見て愕然。ほとんど全員が前回と同じ方だったのだ。前回から本多劇場HPにチケットプレゼントを出すようになったのだけれど、初めてだったので全員に当選通知を出したのだ。それならまだしも、DMを出したハズの毎公演来場されるあの人も、よくよく考えれば一度もお金を払ったことがない。どこかしらのチケットプレゼントから毎回見に来ていたのだった。一番悲しかったのは、ワークショップに来ていて稽古も飲みも一緒に経験していて、毎公演案内を送っている人がしれっと応募してきたこと(招待券を送ったことさえあるのに)。悔しいので当選通知出した。よかれと思って、少しでも多くの人に見てもらえたらと思ってやっていたのに、ほとんど「趣味・チケプレ」のようなジャンルの方々なのですね。感想を残すこともなく、何も残さず。(しかし慣れた方は必ず肯定的な感想を残し次に当選しやすくするのです)わたしの両親は旅行業で、母は旅行専門のライターでもあったりして、無料で宿泊する機会は多かったけれども、必ず「コーヒー一杯でもルームサービスをとる」「併設のレストランで食事をする」と一方的にタダを享受しないで、少しでもお金を落とすのが大人のマナーだと実践していた人だったけれど。観劇後の感想も残さず、タダ見で去って行く人の残す薄ら寒さの、ほんとうに殺伐とした感触といったら。演劇としてではなく、経済という観点から「タダで来る人はずっとタダ」と勉強したということで。今度は間口を広げるといういことを重視した打ち出し方をしていこう、と一つ次のやり方を見つけたのでした。
2006.06.14
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先日の例のCF撮影の日。撮影スタジオはなぜだか川崎とか横浜方面の郊外に多く、生まれも育ちも埼玉のわたしには馴染みのない場所ばかり。今日ご一緒したモデルさんも、実はご近所の出身で、「どうせ都心から離れるのならせめて実家から行ける方が」と、お互いに埼玉にスタジオがないことを憂う。イメージなんですかね、これも業界の方の。(以前「さいたま芸術劇場」で企画された舞台を「埼玉」なんかでやるのはイヤと降板された有名な女優さんがいましたが)本当はすごくこういう仕事はドキドキするのですが、年齢が年齢なため、慣れた風な感じで行くのです。控室には、メインのタレントさんの友人役というだけのわたしたちにもお花が届けられており、キャリアの長いらしい同室の彼女は「こういうのバブル以来ですよ。景気が戻ってきてるんですかね」というのも、へぇーと聞いたりしてしまう。今回初めての食べ物のCF。子供の頃から食べ物・飲み物のCFはずっと不思議だったよなあ。本物を何回食べているのだろうかとか(ドリフでは高木ブーがいつもそんなコントを・・)、アレは実は本物に似せたまずいものなんじゃないかとか。舞台ではアルコール以外はたいてい本物だし、映画で初めてフードコーディネーターさんと言うものの存在を知たものの(実際に食べるシーンではとてもおいしいものを作ってくださいました)、やっぱりドキドキしながらスタジオに入ると、一角にキッチンが設けられ、いい匂いが立ちこめていてそこは一安心。タレントさんが入り、動きを確認したあと、商品であるカレーが登場。カレー、あくまでも美しく盛りつけられてます。カレー屋で働いていたわたしも納得の構図です。そしてカレーの具は、全て別に煮られていて、その場で合流。和食の職人さんがやるような六角形に皮をむくやりかたで、ジャガイモもニンジンも整えられて。やはり結構食べましたカレー。本当はカットがかかったらペッと出してもいいのですが。食べてからカレーを誉める芝居で、「実感がない」とダメが出て、今舞台の稽古中で、実際稽古場ではガンガンそのような怒号が飛んでいるのですが、こういう場所でも同じことを言われるとなんか可笑しく、しかし一生懸命食べてしまう結果になったのでした。(本当はその芝居のところはタレントさんの表情のアップになっていて、わたし映ってないんですけどね)でも、久々に映像で演技をするというのは楽しかった!台詞がもう一人の彼女の方が多いのが最初は残念だったのだけれど、喋っていない時の演技の楽しさをすぐに思い出せて。今はずっと小劇場での舞台という活動が続いていて、それも特定の作家と演出家の演出でやっているのだけれど、稽古や準備を重ねて重ねて一筆書きのように一気に書き上げる舞台ではなく、油絵のように画面を全て何かで埋めていく映像のその世界というもののことを久しぶりに思い出して、なんだか別の筋肉を使ったような感じ。ああ、わたしはこの世界が本当に好きで、この世界で女優になることを目指し、ずいぶん努力もしたものだ・・なんて体で思い出したような。そう思った途端、30歳間近からこの仕事を始めた心許なさが、すぅっと引いていくような感じがして。何かちょっと嬉しい気持ちにもなったりしたのでした。家に帰り着くと、簡単な仕事には見えるものの、やはり見知らぬ大勢の人と緊張をともにしたせいか(朝早いせいもあるんだけれど)溶けるように眠り込んでしまい、目が覚めると、まだギャラをもらったわけでもないのにダンナがなぜか「ご苦労様。稼いだ稼いだ~」とステーキ肉を買ってきてました。そういえば稽古休み、明日からまた地を這うような芝居の稽古に戻ります。
2006.06.01
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