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今週夢中になって読んでいたのがこの2冊。『調理場という戦場 「コート・ドール」斉須政雄の仕事論』。フレンチレストランのオーナーシェフが、日本で今のレストランにいたるまでの、フランスでの修行を綴った仕事論。この本がすごく面白いのは、フランス語もままならず、下働きからツテを頼ってフランスに渡ってからの、成功物語としての(次はどうなっていくんだろうという)明るい流れがあって、その中で異文化の中で暮らすということ、仕事というもの、人間関係というもの、料理というものが語られていくので、リアリティーと説得力があるのだ。最初はタイトルに惹かれて「フランス料理はどんな戦場なんだろう?」という興味だったのだけれど、例えば仕事をしている喜びがあるとして、数字とか貢献度とか製品とか、目に見えなくて、言葉にも掬えないその喜びや躍動感みたいなものが、克明に描かれていることがなにより面白いと思う。もちろんこの人は作家ではないから自ら原稿を書いて本にしようとしたわけではないだろう。この人に、こういう事を書かせたら面白いと考えた人もまた面白いし、こういう風に引き出したことも面白いと思う。元気の出る一冊でした。そして、はまりつつある車谷長吉。まず文庫で『忌中』を読む。面白かったと夫に言ったら、本棚に『塩壺の匙』があるというので、それも読み始める。『赤目四十八瀧心中未遂』はまだこれから。ああ、寺島しのぶよりこれを先に読んでいたら・・。感触(文体)が不思議なのだ。少し関西弁がとけ込んでいるような湿度があるのだけれど、きっぱりともしていて、対象への距離感がある。なのに、だから、登場人物が独特の考え方や感じ方で異常な行為に逸脱していくのを、常識やこちらの考え方を交えずに、ただ起こっているように読んでしまう。目の前で壮絶なことが起こる、やいのやいのの揚げ足のない世界でそれを眺めさせられている感じ。そんな世界。個人的にちょっと『忌中』に園まりの「逢いたくて逢いたくて」が出てくるところは、唸りました。まだしばらくいろいろと読んでみます。
2006.10.29
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夫の風邪、まんまうつってしまいました。昨日の夜から鼻水が止まらなくて、喉は腫れ、アタマはクラクラ。「なんか最近オレ丈夫じゃない?」と調子に乗っていたところ、訃報でちょっと気持ちが弱くなっていたのかのかもしれないし、疲れがたまっていたのかもしれない。寝込まない記録17ヶ月でストップ。最後に熱を出したとき、舞台直前で、声もまったく出なくなってしまって、薬も抗生剤も飲んだら、整体の先生にひどく怒られてしまって(体質改善の最後にはこれくらいの熱が出るのだそうだ)「熱のピークは3日です。3日きちんと熱を出してしっかり休養すれば帰って自己治癒力も高まるんですよ。3日我慢すればいいだけなんです」とお説教を受けたことが身にしみて、夫もぐずぐずなのに、38度の熱をいいわけにひたすら寝る。月曜にはオーディションがあるのだ。汗をかいて、身体のリセットしております。
2006.10.28
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昨夜、友人(といってしまっていいのだろうか?)が亡くなったことを知らされた。どうして亡くなったのかは、教えてくれた友人もわからなかった。今月の始め、やはり今日のような長いシフトの日に、これまた芝居仲間でもある友人が事故でもうひと月半も入院していて、首から下が動かない状態だと聞かされたばかりだったから、衝撃は輪をかけて大きく感じられた。最後に会ったのは冬だった。偶然ばったり街で会ったのだ。普段は知っている人間を見かけても声をかけないことの多いわたしが話しかけることができたのだから、友人と言ってしまっていいのだろうと思う。その日のブログにわたしは「元気でいろよ」と書いていた。家に帰ってから寝るまで夫は何度も「バカ」とつぶやいていた。若くして亡くなる人には、そういう言葉がでるものなのだと知る。体調の悪い夫が寝入ってから、毎週楽しみにしているテレビ番組の「街歩き」を見ながら、缶ビールを飲んでしまい、いつか誰かが本棚に置いていったウィスキーをグラスに注ぎながら自分も「バカ」って言っていた。人や物や動物がなくなってしまった時、ああもすればよかった、こうもしてあげられたというような事をこねくり回したり、考えたりするのはよくない事だと自分に禁じている。今もこれからも考えまいと思う。「街歩き」ハノイの夕暮れで番組が終わる頃、ふとポルトの川沿いの景色を思い出し、同じ水辺の初めてこの番組を好きになったヴェネチアを連想したら、涙が一気に溢れてしまった。一瞬でハノイにだって、ポルトにだって、ヴェネチアにだって行ってやるという強い怒りのような気持ちが湧いてきたのと同時に、ヤツはもうハノイにもポルトにもヴェネチアにも行けないし、わたしが旅先から(昨年ロンドンからしたように)葉書を書くことももうできないのだという事実がやっとアタマに届いたみたいだった。後から、自分のしたことを正当化したり、関係を勝手にねつ造したり、ああもすればよかったと後悔や反省をする自分を言い訳にしたくない。それをもう訂正出来ない人が一方にいるのだから。でも、何も考えずにいると泣けてくるのが悲しい。ゆるい深夜番組を見るともなしに見ているとき、歯を磨いているとき、マッサージをされているとき。祖父や祖母やバイト先の上司の時とはまったく違う気持ちなのだ。村上春樹やよしもとばなな、どうしていつも死んだ友人があれだけ小説の土台になるのずっとわからなかった。小学生の時、どうして世の中に流れているのは恋愛の歌ばかりなんだろうと不思議だったのに似てる。この年になってそんな想像力もなかったなんて。あの日のブログのわたしは正直でもあった。あれがわたしのすべてだ。時間をおいてまたヤツのことをいつか書こうと思う。
2006.10.26
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今日は朝からの勤務。雨も上がり少しずつ晴れ間が広がっていく。久々に庭の飛び石を踏み、池を渡る離れのお席の担当になる。ところが途中で、引継をして別の部屋(客室)に行かされることに。その部屋のお客様は俳優の○○さまでありました。小さい頃からテレビで見慣れている人というのは、会ってみると知っている人のようで感慨が薄かったりもしますが(わたしは某大臣にうっかり廊下で、「こんにちは」と慣れ慣れしく挨拶してしまったことがありました・・)、いわゆるとても有名な方でなくても旬な人だった場合結構ドキドキしたりします。劇場で働いたり、自分も現場でお会いしたり、「恋から」でもいろいろな方にお目にかかったのですが、その俳優さんはちょっと特別な感がありました。養成所時代、彼の出演ドラマを何十回となくやらされていたから。どんな脇役でもそのドラマに出ていた人は、今でも雲の上の人のように感じるのです。上から下まで、きれいに整ってまとめられているものを身につけているというのは芸能人の特徴なのだけれど、(逆にいえば、上から下までやけに整っている人を見かけたら顔をよくみてみるべし)その高価で、お洒落なものを身につけていることを考慮にいれないでも、とても品のいい方だったのだった。末席に座り、同席者に気を配り、「ここの料理はおいしいんですよ」と説明してくださり、何を出しても「ありがとう」と言う。便宜を図ったことにはきちんと何度もお礼を言う。ゆったりとした構えと仕草。そして中国人とおぼしきゲストと中国語での会話。うーん、ちゃんとした俳優さんは、かほど品もよく、身なりもよく、外国での仕事もこなし、人柄もいいのだ・・と感慨にふけってしまう。仲間の役者の顔を思い浮かべると、誰一人として「お品」で言ったら、こういう仕事をする俳優さんにはなれないのではないかと思ってしまう。(ちなみにこの前テレビで大谷亮介さんは「演劇関係者」と紹介されていた。やっぱり「お品」が足りなかったのか?)昔から世阿弥さんも言っている人の「花」には、多分知的であることも、品のあることも含まれているのだと思う。もちろん知的でなくても、品がなくても、広い額や大きな目、端正な造作でそれを思わせる容貌で生まれてくることも才能だし、年齢を重ねて容貌の方に自分を合わせていく努力ができるのもまた俳優の生き方かもと思う。ちょっといいものを見せていただいたような気がいたしました。
2006.10.25
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未だに新聞と折り込みチラシの求人広告をチェックしている。というのは、一応はわたしには学芸員という資格があり、それをいかして長いスパンでできる仕事というのを探している。ゆくゆくは親と同居しなければならないので地元で、そして体に負担の少ない(わたしは心臓機能障害がある)、できれば大学を二つ行かせてくれた親のため文化的な(ウエイトレス的でない)というのが理想ではあった。週末ちょっとそれに近い求人を発見した。年齢もオーケー。勤務条件もよい。しかし学芸員資格とは関係なく、受付や発券や管理などの周辺の仕事だった。少し前の自分だったら飛びついていたかもしれない。美術館や博物館で働けるだけで。でも今は、これでは時給が低すぎると躊躇する。そうまでこだわる環境だろうかと思ったりもする。そう思うのは心境の変化だけではなく、体の変化でもある。わたしは最近身体がどんどん丈夫になっていくのだ。虚弱児として育ち、貧血昏倒要員で、心臓病で喘息持ち、アレルギー体質、毎年面白いようにインフルエンザに感染する、舞台が終われば必ず寝込むし、胃潰瘍。そんな自分がどうしたことか昨年の5月(ちょうど関西で脱線事故があったころ)から一度も床に伏せることもなくピンピンして、体力的にハードな今の職場で続いている。貧弱だった胸囲が年々大きくなっている。プレッシャーと体力勝負の今の職場で働き続けていることが、少し自信になってきている。そしてその職場で、「英語が喋れる」(ってただ喋ろうとするに近いけれど)ということで任される仕事が増えてきているということもまたやりがいになってきている。でもしかし、と思う。もし職場を変わらなければいけなくなったら?学芸員の資格と、サービス業の経験と、英語ちょっと喋れますというはったりだけ。そう思ったのは、その求人広告に「英語可の方はTOEIC500点以上の成績証明が必要」とあったから。せめて英語だけでも形にしておきたい。(車の免許もないけれど)携帯の電話番号じゃないけれど、今やっている仕事の内容くらい持ち運べるようにしておかなければ。そして今の仕事でも、やっていること形にして能力給が欲しいくらいだもの。で、そのTOEIC受けてみることにしました。もうすぐ喋り出すロンドンの甥っことも(非常に英語で話す確率高いと思われる)喋れなきゃいけないしね。実は就職活動なんてカケラもしたことがないので、そういった試験にも無頓着だったわたし。英検準1級の試験時間の長さに音を上げて以来、まったくご無沙汰でした。いったいわたしはどれくらい英語が「できる」んだろう。話すのは好きだったけれど、英語の成績は常に最下位だった高校時代。かなり心配な気もしますが、試験は1月、なんとか頑張ってみます。イギリスで母として生活しながら、例文カードと格闘する妹をみたせいかもしれません。
2006.10.23
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今週、ピンポーンと宅配便が届き、「え?Nくん?」と不思議そうにそれを受け取った夫がいた。Nくんとは、本多劇場グループで働いてらして、たいへんお世話になり、この夏退職・帰郷・お身を固められることになり、ウチで送別焼肉大会を開いて送り出した方である。細長い箱。お酒か?となればお祝い事があったのかな?などと話ながら、箱を開け、パッキンを解いていくと、中から現れたのはソース900mlでありました。「オレ、あの時(焼き肉大会のとき)酔ってソース送れって言ったのかな?」と夫。「ウチがソースは中濃VSウスターのソースバトルになるって話はしなかったっけ?」とわたし。たしかそんなところから「関東のヤツはソースの奥深さを知らんねん」「どろソース売ってないし」「こいつおたふくソース○○にもかけよる」みたいないつもの話になり、広島に帰郷するNくんがきっと「地元においしいソースあるので送ります」と言ったのではないかと推測される。折も折、あれ以来ご無沙汰の、オオシマさんが遊びに来るというので、本日はお好み焼き祭りとなる。ソースは「カープお好みソース」。聞いたことのない名前。創業明治2年と書いてあるけれど、まさか当時からカープって名前じゃないだろう。お好み奉行の夫の焼き上げたお好み焼きに、早速カープソースとカツブシと青ノリをかけて食す。おいしい。ソースおいしいです。おたふくみたいな、甘さもとろみもスパイス感もないの。甘さ抑えめで、すっきりして、抗いがたい旨みがあるの。何枚でもいけちゃいそうっす。3人で計4枚を完食。ほろ酔いでNくんにお礼の電話をする。こんなソースがあったとは。カープお好みソースおすすめです。
2006.10.22
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本日は朝から22時までの仕事。また「英語できます」という理由で、某国の王女さまと、こちらの国の宮様のお席担当となる。その緊張と疲労で、結構なお疲れハイで帰宅。舞台がなく、パートの日々となると、一時のように「缶ビールの応募シールを集める」こととNHKの「世界ふれあい街歩き」を見ることだけが楽しみになってしまうのだけれど、今日の楽しみは「家に帰ればポートワインが飲める」ということなのだ。月曜に買ってきたばかりだというのにもう飲み干してしまったボトル。わたしのいうことではないかもしれないけれど、日本の婦女子はスクリュードライバーだの、缶チューハイだの、梅酒なんかを飲み続けるなら、是非ポートワインを飲んでみるべきだと思う。滞在した農園のブドウで作った、ラベルもなにもない軽くてフレッシュなワイン。その同じブドウを凝縮して作った、毎日食後に少しずつ飲むポートワイン。この濃さと、ブドウの頑張っている感じ、そして香り。甘ったるさばかりが最初はきつく感じるけれど、食事をきちんと終えて、簡単に後片づけをしてのち、気持ちとお腹に余裕を持っていただく。そしていただき続けるとクセになっている。快楽に感じるようになっている。ここ数年缶コーヒーが全く飲めなくなってしまい(とにかくいつまでも残るあの香料の匂いがダメなのだ)、機能性飲料の匂いにも拒否反応を示す自分が、こんなに甘くて、濃い飲み物に、それをいっさい感じないのは奇跡のような感じさえし、それが本当に心地よく贅沢に感じる。そしてこの涼しく乾燥した季節には、やはり夏のようなビールより、室温で飲めるもう少し濃ゆい飲み物が飲みたくなって、なおさらポートワインを欲してしまうのである。帰宅して、明日健康診断の夫は早寝。待っているポートワイン、水曜の夜は週に一度のお楽しみ「世界ふれあい街歩き」の日。(夫が起きているとバカにされて見れない「オーラの泉」が思い切り見れるのもまた楽しい)心地よく疲れ切り、そして明日は休みである。これでネコさえいればこの世は天国。あ、ちょっと小市民過ぎるかも?
2006.10.18
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