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本当のこたえ New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2026.05.07
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「あそび」という言葉があります。「遊ぶ」と動詞で使われる「遊び」ではなく、「余裕を持たせる」という意味での「あそび」です。自動車のハンドルにも「あそび」があります。それは意図的に組み込まれた緩みのことです。

仕事でも学校の授業でも、その「あそび」が組み込まれていると、自分の意思で自由に仕事をしたり、授業がしやすくなります。
その逆に、「指示通り、カリキュラム通りにきちっとやらなければいけない」という縛りがあると、自由は失われます。
先生ならばそれを子どもにも押しつけるでしょう。すると勉強が「苦しいお仕事」になってしまいます。
「あそび」があるから自由意志で感じ、考え、行動することが出来るようになり、仕事でも勉強でも楽しくなるのです。

だからといって、「全部自由にしていいよ」と丸投げされたら、逆に身動きが取れなくなってしまいます。「あそび」とか「ゆるみ」というのは「不自由の中の自由」なんです。
自動車のハンドルでも同じです。「あそび」がなかったら運転は緊張の連続になってしまいます。だからといって、全部ゆるゆるだったらハンドルが意味をなさなくなってしまいます。

「不自由」という「骨」があるから、「自由意志」という筋肉を柔らかく使って自由に動けるのです。それを可能にするのが「ゆるみ」です。
頑張ってしまうと、筋肉までが骨のように固くなってしまい「ゆるみ」が消えてしまうため、自由に動けなくなってしまうのです。


でも、「教えたとおりの解き方で解きなさい。別の解き方は認めません。」と言われたらそれは単純作業、束縛になってしまって苦しくなりますよね。でも、今の日本の公立学校ではそのような教育をやっています。だから先生も生徒も苦しくなってしまっているのです。

教育の場にも「あそび」が必要なんです。大まかな方向は決めてあげる必要がありますが、自分に合ったやり方を試してみることが出来る自由も必要なんです。

職人の世界では「見て学べ」と言われます。丁寧に教えてはくれません。武術の世界などでも同じです。それを「いじわる」と感じる人もいるかも知れませんが、それは全くの勘違いです。教えてもらっただけの人は、どんなに丁寧に教えてもらっていても、一人前になることは出来ないからです。

自由に自分の感覚で感じ、自分の頭で考え、自分の意思で判断し、自分のからだで行動することが出来ない人はどんな職業に就いても「一人前」になることは出来ないのです。そしてそのような能力が育つためには「教えてもらう学び」ではなく、「自分の意思で見て、感じ、考え、やってみる学び」が必要になるのです。
だから「教えてもらおうなんて思うな」という指導をするのです。

子ども達の「自由な遊び」にも、自分の感覚で感じ、自分の頭で考え、自分の意思で判断し、自分のからだで行動する能力を育てる働きがあります。
でも、幼いときから指示や命令に従って動いてきた子を自由に遊べる場に連れて行っても、自由に遊べません。遊んでくれる大人がいたり、遊んでくれる機械があったり、遊びやすいようにできた遊具では遊べるのですが、そういうものがない森や野原では遊べないのです。
そういう子は、大人になっても「この仕事はおまえに任せる」と言われると何も出来なくなってしまいます。

そのような人は、「自由」よりも、「自分の感覚で感じなくてもいい、自分の頭で考えなくてもいい、自分の意思で判断しなくてもいい不自由」を選んでしまうのです。
それが、お役人的な「前例通りにやる」というやり方です。新しいアイデアは「前例がないから」と否定します。
そんなことやっていても楽しくないのですが、それしか出来ないのです。





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Last updated  2026.05.07 09:34:21
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