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1月の大学病院の診察を、12月同様にまたサボってしまった。ヘルパーさんに行って貰い、処方箋を出してもらい、クスリ取りになってしまった。ヘルパーさんが「担当医も呆れている」と帰宅してからのコメントを頂きアセッテいる。いくらM総合病院で往診受けらるようになったからって、第1主治医の診察を2ヶ月すっぽかすのはマズイと思われ、「3月は首輪をつけてでも連れて来ます」とヘルパーさんがフォローを入れてくれたらしい。ヘルパー派遣業者も、別件もあり担当者が駆けつけ「やっぱり1時間半じゃ終わらないか」と嘆いていた。患者が行かない病院介護は、区分が別で時間も最大1時間半で、ケア・マネと相談して遣り繰りするが、今後も続くようなら「自費」も覚悟して!!と言われてしまった。3月は首輪でもつけて行かなきゃダメなようである。(´・⊇・`)
2007年01月30日
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昨日、M総合病院のH先生で、MSAの訪問診療を受けた。妻は、5,10日で会社優先して立ち会え無かったが、先生と1対1でコミュニケートした。前以って、今の状態、気になること、質問等をPCのワードにおとして、それを見ながら説明と、追加質問をキーボードに打ち込んで会話した。大学病院ではできない受診で、かしこまる必要も無く、素直に質問できた。主だった質問は2つで、投与してない薬があることと,上唇のつっぱり、2点だった。血圧を下げる「レニベース」を止めてから3ヶ月目に入るが、薬は大学病院で今も出してもらっています。自分で、血圧の経過を調べていて、止めても異常は無く、逆に副作用を起こした「咳」がだいぶ治まってきていると報告すると、「中止しましょう」と言ってもらった。血圧・脈はこの冬も良好で、いい感じである。上唇のつっぱりだが、構音障害からくるもので、話すことが激減して口径の筋肉が衰えたせいだろうと言うことで、顔の筋肉も含め日常動かす努力をするように言われ、改めてリハビリの大切さを実感した。来週は大学病院の診察予約が来る。
2007年01月26日
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競馬をインターネットでやり始めて、4年目になります。もともと妻が好きで、インターネット投票会員(昔は抽選で会員登録なかなか選ばれなかった)だった妻のパット(PAT)を借りて、馬券を購入していたのですが、私も申し込んでいた投票会員に選ばれ、JRAのI-PATと南関東4競馬場のSPAT4で馬券を買うことが出来るようになりました。南関東4競馬場も冬の時期は、だいたい10:50から1R、16:20が最終レースの出走時刻なので、TBSの「冬のソナタ」を見終わった後開始する感じで、途中、入浴介助など訪問サービスで中断はありますが、16:00前後までやって、フジTVの「優しい時間」を見るのが平日の日課になっています。去年の暮れ、イーバンク銀行の口座を開設して、そちらでも競馬投票が出来るようになり、今は併用して、馬券を購入しています。日曜の万馬券を当てたのも併用効果があったからで、次回、からくりを書きます。
2007年01月22日
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もともとギャンブル狂だった私が、この病気に疾患して歩行困難になり、大好きなパチンコが出来なくなってから始めた競馬ですが、今年も元旦から欠かさず馬券を買い続けています。馬券はインターネットを使い、週末は中央競馬(JRA)で、平日は南関東4競馬場※1で、レースは衛星放送で中継して楽しんでいます。中央競馬は関東、関西、中京、九州、東北、北海道、各地で開催され、今週は東京・中山、京都、小倉の3会場で同時開催されています。1会場で1日12レース組まれていますので、ダブラ無いよう10分おきに出走させて、今日ですと、小倉9:50、中山10:00、京都10:10が第1Rで、最終は京都16:20の第12Rで終了します。結果はまたあとで報告します。※1南関東4競馬場とは、浦和競馬場、船橋競馬場、大井競馬場、川崎競馬場の1都3県の競馬場のことをいいます。4つの競馬場は南関東競馬サークルとして、同一ルールの下に競走を体系化して、競走馬、騎手の相互交流を行っています。SPAT4(南関東4競馬場電話投票)は南関東4競馬場が共同で運営しています。
2007年01月21日
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今日は、朝6時に目覚めた。何日ぶりだろう。すぐ寝入れて、連続して6時間以上熟眠できたのは。昨晩は、フジテレビで夜9時からの2時間ドラマ「壊れた脳生存する知」を見終わって、すぐ、睡眠導入剤を飲んで、トイレを済まして、膝のシップを換えてもらって就寝したが、いつもはすぐ寝付けないか、寝付いても3時間ぐらいで一度目がさめてしまう。しかたなく、睡魔が襲うまでパソコンをあけブログ廻りをする。こんな日々を新年から送ってきたが、今日は違う。頭がスッキリしてすこぶる体調が良い。今日の朝、東京は今年の最低気温をマークしているだろうが、寒さが気にならない。サァ、中央競馬(東京・中山競馬)のレース予想をしなっくっちゃ。「お~い、おかあさんスポニチ取って!」(〃^¬^〃)
2007年01月20日
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生命保険の手数料は、普通L字型支給されて1年目(初年度コミッション)が高く、2年目以降(継続コミッション)は3~6%(年間保険料)※1入ります。今は、提携代理店と折半に手数料を分けていますが、メンテナンスをやってくれますので、何もしなくても手数料は振り込まれてきますので、差し詰め、私には生命保険手数料年金と言うところですか。※1 保険会社、保険商品に異なり、支給期間も相違あります。福利厚生の一環で、全従業員にガン終身保険を掛けるプランを、法人契約で採用してくれた中小企業の契約が礎になっています。従業員の入れ替えで、新規加入もありますし、A社のガン保険は含み資産効果が高く、継続コミッションも9年間支給と長期間手数料が入ってくるので、国家公務員で無い私が共済年金にあたる「生命保険手数料年金」を構築できたことは、“第二の人生”の余裕資金になり、競馬の資金源になっている。 ▼--▼、 Zzz
2007年01月14日
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多系統萎縮症(MSA)に疾患して、7年目に入りました。車椅子生活も4年目で、イチロー、松井秀樹のMLBを午前中から衛星放送で見たり、競馬中継を見てインターネットで馬券を購入したり、パソコンでゲームをしたり、ブログを書いたり読んだり、今ひとり在宅療養していても、退屈は過ぎ去ろうとしています。今の生活スタイルで日常を楽しく過ごすのに、不自由な身体で今まで、疾患した多系統萎縮症と闘うための経済的努力は精一杯やってきました。その痕跡を数日かけて“ブログの再編成”で紹介しましたが、3人の子供の父親をやり遂げられたと思っています。末っ子も学業を終え、親としての責任を終了し、後は自分の余生を楽しく送るのに、妻の収入に手を染めなくとも、現状の年金・障害者手当が支給され、保険手数料が入ってくるなら、私の頭で描いた“第二の人生”を過ごせそうです。
2007年01月12日
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以前別のブログに編集したのですが、ブログ1本化に伴い再編成しています。障害年金の他に、障害者手当を受給していますが、都道府県、地方によって格差があり、東京都は恵まれているみたいで、東京都の障害者手当は次のようになっています。(1)大田区心身障害者福祉手当【内容】対象・手当額および支給制限年齢 障害の程度 手当月額 20歳以上65歳未満 身体障害者手帳1級から2級 17,500円 ※所得基準額を超えた場合は4,500円に減額脳性まひ・進行性筋萎縮症(注釈1) 17,500円 ※所得基準額を超えた場合は4,500円に減額特殊疾病(難病)等 12,000円 ※所得基準額を超えた場合は4,500円に減額 ※重複して受取ること出来ません(2)特別障害者手当(国制度)【内容】20歳以上で、重度の障害があるため日常生活に常時特別の介護を必要とする方で、障害の程度が次のいずれかに該当する方。1.おおむね身体障害者手帳1級、2級、愛の手帳1度、2度程度の障害が重複している方2.1と同程度の重度の障害や疾病のある方手当額 月額26,440円(平成18年4月現在)支給制限 下記に該当する場合には支給されません。1.施設に入所しているとき。2.病院、診療所に継続して3ヶ月を超えて入院しているとき。また、本人および扶養義務者の前年分の所得が基準額をこえる時には、支給が停止されます。障害者本人及び配偶者、扶養義務者いずれかの所得が限度額を超えた場合は支給停止。障害者本人が公的年金等を受給している場合、当該給付額は所得に算入されます。 (3)東京都重度心身障害者手当(都制度)【内容】心身に次のいずれかの障害がある方。1.重度の知的障害で、特に著しい問題行動などのため、介護人が常に目を離せず、特別な配慮をする必要がある方。2.重度の知的障害と重度の身体障害の重複をしている方。3.重度の肢体不自由者で、両上肢、両下肢とも機能が失われ、かつ、座っていることが困難な障害のある方。65歳以上の方は新規の申請はできません。障害の判定 障害の判定は手帳の所持とは別に東京都心身障害者福祉センターで行います。手当額 月額60,000円支給制限 下記のいずれかに該当する場合には支給されません(資格喪失)。1.施設に入所している場合。2.病院、診療所に継続して3か月を超えて入院している場合。3.本人または扶養義務者の所得が基準額を超えた場合。
2007年01月11日
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以前別のブログに編集したのですが、ブログ1本化に伴い再編成しています。年金の裁定請求重要書類に、障害程度を決定するのに用いる「身体障害者診断書・意見書」があり、担当医に書いてもらうのですが、記入される程度のさじ加減で認定の可否が決まると言っても過言で無いでしょう。そのときのコピーがありましたので参考にして下さい。 1,障害名・・・体幹機能障害2,原因となった疾患・・・多系統萎縮症3,疾病発生年月日・・・平成11年10月頃4,参考になる経過・現症・・・小書症などのパーキンソン症状が出現し増悪していた。L-dopa剤の効果も限られており独歩が不可能となってきている。2004年になり小脳症状、錐体路症状が加わり頭部MRI上、大脳、小脳、脳幹の萎縮がみられるようになった。5,総合所見・・・筋固縮、無動が前景になっているが、他に腱反射亢進、前頭葉症状、眼振、注視障害がみられる。独歩が不可能となっており、立ち上がることも困難である。身体障害者福祉法第15条第3項の意見障害程度等級についての参考意見2級相当 体幹2級肢体不自由の状況及び所見(○自立 △半介護 ×全介護又は不能)寝返りをする・・・○ 座る(支え) 足を投げ出して・・・× 正座、あぐら、横座り・・・△いすに腰掛ける・・・×座位又は臥位より立ち上がる・・・×家の中の移動・・・×二階まで階段を上がって下る・・・×屋外を移動する・・・×公共の乗り物を利用する・・・×(はしで)食事をする・・・△コップで水を飲む・・・△ シャツを着て脱ぐ・・・△ズボンをはいて脱ぐ・・・△ブラシで歯を磨く・・・右×タオルを絞る・・・△顔を洗いタオルでふく・・・△歩行能力及び起立位の状況(1)歩行能力(補装具なしで):不能(2)起立位保持(補装具なしで):不能裁定請求結果は「1級」に認定されました。2級の支給額の1.2倍です。肢体不自由の状況及び所見で、“座る(支え) 足を投げ出して・・・× ”だったことが大きかったと思います。あと、知人だった共産党区議会議員のKさんも同席してもらい、車椅子を押してもらった協力もあったような気がします。私を支えてくれる皆さんに感謝です。
2007年01月10日
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以前別のブログに編集したのですが、ブログ1本化に伴い再編成しています。私が、障害年金の受給を意識しだしたのは平成16年の春頃だった。社会保険の「傷病手当金」が満了するのに合わせて、設立した会社の役員報酬を貰いだしてからすぐの誕生日に、国民年金(障害基礎年金) ・厚生年金保険(障害厚生年金)の受給用件を調べてみた。障 害 基 礎 年 金 / 障 害 程 度 等 級 表■1級1 両眼の視力の和が0.04以下のもの2 両耳の聴力レベルが100デシベル以上のもの3 両上肢の機能に著しい障害を有するもの4 両上肢のすべての指を欠くもの5 両上肢のすべての指の機能に著しい障害を有するもの6 両下肢の機能に著しい障害を有するもの7 両下肢を足関節以上で欠くもの8 体幹の機能に座っていることができない程度又は立ち上がることができない程度の障害を有するもの9 前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活の用 を弁ずることを不能ならしめる程度のもの10 精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの11 身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場合であって、その状態が前各号と同程度以上と認められる程度のもの■2級1 両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの2 両耳の聴力レベルが90デシベル以上のもの3 平衡機能に著しい障害を有するもの4 そしゃくの機能を欠くもの5 音声又は言語機能に著しい障害を有するもの6 両上肢のおや指及び人差指又は中指を欠くもの7 両上肢のおや指及び人差指又は中指の機能に著しい障害を有するもの8 一上肢の機能に著しい障害を有するもの9 一上肢のすべての指を欠くもの10 一上肢のすべての指の機能に著しい障害を有するもの11 両下肢のすべての指を欠くもの12 一下肢の機能に著しい障害を有するもの13 一下肢を足関節以上で欠くもの14 体幹の機能に歩くことができない程度の障害を有するもの15 前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの16 精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの17 身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場合であって、その状態が前各号と同程度以上と認められる程度のものその時点で私の障害は、歩行できず車椅子だったので2級の14に該当していて、障害認定日:「初めて医師の診療を受けたときから、 1年6ヵ月経過したとき(その間に治った場合は治ったとき)に障害の状態にあるか、または65歳に達するまでの間に障害の状態となったとき」は過ぎていたが、事後請求できるので受給要件は満たしていた。厚生年金の障害年金は、初診日から1年6ヶ月経過後の障害の程度で決定しますが、その時は該当しなくても、治らなく引き続き疾患の場合は「事後重症」で裁定請求できます。私の場合、在職中に、健康保険から傷病手当金を受給していましたので、受給満了する平成16年4月以降に、また、多系統萎縮症の診断日からもちょうど1年6ヶ月経過に当たるので5月に「事後重症」で裁定請求をしました。
2007年01月09日
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以前別のブログに編集したのですが、ブログ1本化に伴い再編成しています。平成15年10月に設立した「有限会社ふるらいふ」は、保険会社に属さない中立の立場に位置できるよう代理店契約は保険会社と結ばず、「経営コンサルティング」と「資産運用」を中心に議事にして、保険会社と顧客の「中立」立場にポジションし両方に意見の言える「独立性」を色濃くしました。保険代理店2社と業務協定を結び、社員を出向させ保険募集人登録させて、取り扱い保険会社十数社の「ブローカー的代理店」を、保険料コスト落とすレンタキャプティブ・自家保険の取り組みから、キャプティブ誘致まで斡旋できる会社を目指しました。病気のほうは待ってくれませんでした。平衡機能が悪化して「起立姿勢維持」できなくなり、完全な車椅子生活に陥っていました。「貧血」も目立ち始め循環器異常を示す「不整脈」もでるようになり、顧客との交渉は社員を介護ヘルパーにみたて、商用ヘルパーも臨時に使ったりもしました。顧客も同情からか支援してくださる中小企業のオーナーが増え、保険契約高も大幅増が見込まれました。「傷病手当金」が満了したのに替わって、「役員報酬」を頂くようにしました。同時に「障害年金」の支給も決定し、多系統萎縮症とともに生きる収入を確保した“第二の人生”へ航海しました。
2007年01月08日
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以前別のブログに編集したのですが、ブログ1本化に伴い再編成しています。会社を創るときターニングポイントがあったのを思い出します。勤務先を退職したとき、離職票A、Bを発行してもらったのですが、離職日が6ヶ月早まっていて、雇用主から「出社できなくなった日に日付を合わした」と説明され、半期納付の雇用保険料をケチッタのが見え見えで、「そこまでするか」と勤務先に対して、敵対心が益々大きくなりました。結局、社会保険の退職日に合わせることが出来ましたが、離職票A、Bの訂正は「会社を創るか」、「職業安定所で就職困難者手当て申請するか」の二者選択には大きかった。普通、会社を退職すると失業認定を受けて、次の就職まで雇用保険の基本手当が受給でき、受給日数・受給額は、加入期間、年齢によって違いはあります。本人の病気やケガ、妊娠、出産・育児、親族等の看護・介護等のために退職後引き続き30日以上職業に就くことができない状態の場合、受給期間の満了日を延長することができます。これによって、本来の受給期間(1年)に職業に就くことができない状態の日数(最大3年間)を延長させることが可能となります。トラブルになった「離職票A・B」ですが、失業に使うか、起業することに使うか悩みました。1:失業認定して、受給期間の満了日を延長する2:会社設立の「最低資本金の特例」を受ける1:は、多系統萎縮症患者が再就職できるかどうかですが、答えはNOでした。思案したのは、傷病手当金受給の満了する期日まで受給延長して、その段階で身体の障害程度によって「障害者等の就職困難者基本手当」が受けられれば、45歳以上は給付日数が360日あり、引続き社会保障が受けられ生活費のベースが確保できる構想でした。2:は、その当時産業活性化の一環として、起業し易くする為、資本金を5年猶予できる特例が認められ、設立時1円以上の資本金を積めば「会社登記(登記代は別)」でき、5年の間に資本金を積み上げれば良く、簡単に会社が作ることができました。失業を捨て起業することを意味しました。そして私は2:を選びました。病気によって限られた命なら、「もう一花咲かそう」、「第二の人生やることやって後悔しない」と強く意識しました。
2007年01月07日
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以前別のブログに編集したのですが、ブログ1本化に伴い再編成しています。平成15年4月に傷病手当金を受けながら退職したので、引き続き傷病手当金は受給でき、以後の請求は被保険者請求になりました。今までは、会社が受取って被保険者(従業員)に支払って(療養手当等)いましたが、傷病手当金の第一請求人は被保険者で、受取人も原則被保険者だというのが判り、退職後も働けない期間を、自己申告で3か月分纏めて請求しました。傷病手当金支払いまで一月半ほど掛かりましたが、後は定期的に3か月毎に請求し1年6ヶ月(通算)受取ることができました。そこには担当医の「就労不適格」の証明が必要でしたが。「有限会社ふるらいふ」の最初の従業員は妻でした。後はMさんでスタートしました。多系統萎縮症とともに生きるのに、社会保障の助成だけではとても足りません。かといって共稼ぎの妻にオンブされるには情け無いので、会社退職後の傷病手当金受給残12ヶ月の間に、勤めていたころの顧客にメールを送ったり、車椅子姿で会いに行ったり1年間無償活動に精を出しました。そこには、動かなくなる身体でも収入を得られる知恵と、“限られた人生男たるもの一度は社長をやってみたい”夢があっての起業でした。
2007年01月06日
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以前別のブログに編集したのですが、ブログ1本化に伴い再編成しています。平成14年の夏を過ぎた頃、平衡機能低下、右側のこわばりから病状は進行していました。労働は当然保険営業には支障をきたし、外回りが辛くなりました。雇用主との交渉も日を追う毎に増えて、進退を賭け最終調整に入りました。1) 社会保険(傷病手当金)の適用を受ける2) 業務協定を結び、引き続き保険部門の業務を引き継ぐ3) 手数料(収入)はすべて折半、雇用費・経費は負担雇用主は「1年毎の見直し」を付け加え雇用内容を見直しました。雇用6年の間に顧客は様変わりして、僕のキャリアも磨かれ、ある意味保険部門の支配下は僕に置かれ、会社は要望を飲まざるを得なかったと思います。半年待たず、私は半分歩行困難になっていて、MSAと判った翌日(H14/10/2)に出社が出来ず長期療養に入りました。「言語障害」の症状は余り目立たず、顧客との応対は携帯電話で、情報の交流は自宅のパソコンで、あとは外商する身体があれば業務を引き継ぐことが可能でした。新しい年になり、雇用主に正式に解雇を通告され決別しました。業務協定も反故にされ「障害者」として“生き抜く”道を歩み始めました。友人の紹介でMさんを紹介してもらい、同い歳もあってか直ぐ打ち解け、パートナーになって保険代理店業務を開始しました。自宅の一室を事務所に改造して「有限会社ふるらいふ」を興しました。
2007年01月05日
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何とか掴まり立ちしても右膝が耐えられるようになってきた。たまにカクンとなることがあるが、力が入るようになって起立姿勢は保てるようになった。ひねる動作はまだのようで、股関節は鈍い痛みでトイレに座るときチョット緊張する。右膝は「青あざ」もひいてきているが、ひねり/のばしすると強い痛みがある。今日から妻も仕事で、ヘルパーさんが入浴介助で付くが、トイレはひとり行動はダメと妻に釘を刺されているので、紙パンツを濡らすしかなさそうだ。シッカリ治癒するまでガマンガマン。(*^-^*)>"
2007年01月04日
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ベッドから起き上がるとき、両足を車椅子に乗せベッドの柵に掴まり肘をテコにして起き上がるが、12/29日に、右足が車椅子に残ったまんま床についた左足がすべり床に尻餅をつき、右足が車椅子に宙吊りになる格好になり(-_~-)、強引に引き抜いたので、股関節・膝のまわりの筋を痛めた。(*。′口`。*)たまたま運悪く、家人はもぬけの殻で1時間強居間でマグロのように横たわって、救出されのを待っていた。唯、隣の部屋の壁時計のコツコツ音を聞きながら、時の流れるのを待った。( 」´O`)」大晦日、元旦は病院も休みだろうから、ロキソニンを服用して1/2日まで経過を待った。M総合病院の急患外来にケア・マネが診てもらえるよう手配し、その間、折り曲げる方はだいぶ良くなってきたが、伸ばすと膝、大腿筋に痛みがあり、立つと股関節・膝がつっぱり、力が入りにくい状態だった。1/2日、家族初詣が、病院詣でになってしまった。骨には異常が無く、膝のひねり痕が残り、シップとロキソニンをおみやげにもらった。~(×ω×)~今年1年、幸先良い? 始まった感じだ。
2007年01月02日
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