全21件 (21件中 1-21件目)
1
2018年2月7日、長崎県佐世保駅から長崎に移動しました。途中の日宇(ひう)駅で途中下車して歩いていると、株式会社ジャパネットたかたの本社ビルが見えました。早岐(はいき)駅からハウステンボス駅を通過し、長崎に着きました。キハ66系、キハ200系快速「SEA SIDE LINER」の写真も撮っています。↑ JR佐世保駅。↑ 佐世保独楽と九十九島をイメージ。↑ JR佐世保駅。↑ キハ66系「SEA SIDE LINER」。JR九州817系。JR日宇(ひう)駅。佐世保市。↑ 途中下車する。↑ 日宇駅前。↑ 株式会社ジャパネットたかたの本社ビル。↑ JR早岐(はいき)駅。↑ 早岐駅。↑ キハ200系「SEA SIDE LINER」。↑ ハウステンボス。(ホテルオークラ)↑ 大村湾を南に進む。↑ 長崎サッカー場。↑ JR長崎駅。
2019.02.28
コメント(0)
佐世保駅は、JR日本最西端の駅です。駅で記念スタンプを押しました。本州最西端の駅は、JRから分離された松浦鉄道西九州線の「たびら平戸口駅」です。松浦鉄道は第三セクターとして1988年に運行開始されました。佐世保駅から乗ることができます。日本最西端の駅は、2003年に沖縄モノレールが開通したことから、「那覇空港駅」となっています。駅前周辺を少し歩いて佐世保駅に戻ると、海上自衛隊の「しまゆき」を見る事が出来ました。↑ 佐世保駅。 JR日本最西端の駅。↑ 「佐世保バーガーボーイ」。佐世保バーガーのマスコットキャラクター。やなせたかしさんのデザイン。↑ 佐世保四ヶ町アーケード。↑ ハウステンボス。↑ 三川内焼(みかわちやき)。↑ カトリック三浦町教会。↑ アルカスSASEBO。↑ 佐世保湾の海上自衛隊練習艦「しまゆき」。
2019.02.27
コメント(0)
2019年2月23日、東京国立博物館の平成館で、「顔真卿(がんしんけい)-王義之(おうぎし)を超えた名筆ー」を見ました。台湾國立故宮博物院から初来日となった顔真卿筆の「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」が目玉です。すでに見に行った娘に聞くと、とにかく待ち時間が長くて祭姪文稿はちょっとしか見られなかったと言ったので、行くのをためらったのですが、それだけ盛況ならば見た方が良いと考え、行くことにしました。中国の歴史上東晋時代(317~420年)は書聖の王義之が活躍し、唐時代(618~907年)は、唐の三人の大家が楷書の典型を完成させました。顔真卿(709~785年)は三大家の伝統を継承しながら、顔法と呼ばれる特異な筆法を完成させました。例えば、それまでは漢字を右上に上げて書くのが良しとされていましたが、顔真卿は漢字を右上ではなく平行に書くようにしました。これが「明朝体」の元になったそうです。唐の時代、顔真卿は官吏として出世していたのですが、実直すぎる性格が災いし、左遷を繰り返すことになりました。45歳の時も左遷され、平原(山東省)の大守になりました。地方に設置された節度使である安禄山(あんろくざん)、史思明(ししめい)が中央政府に反逆する動きをし始めたので、顔真卿は城の防御を固めました。755年に上記節度使の2名を中心に「安史の乱」が起こり、賊軍が各地を占領し始めましたが、顔真卿の率いる連合軍は山東省で賊軍に勝利しました。この乱は9年後に平定されたのですが、顔の一族から30人以上の犠牲者を出しました。顔真卿の「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」は、非業の死を遂げた姪の顔季明を追悼するための弔文の原稿で、悲痛と義憤が書かれた名文でした。その書は後世に大きな影響を与え、中国の皇帝がこの書を手元に置いていたそうです。博物館に入るまで50分、中に入り「祭姪文稿」を見るまでに70分掛かりました。「祭姪文稿」は顔真卿の手紙だと思って本物を見ると、その書の前後に、手紙の所有者になった人たちの感想を書いた書がつなげてありました。特に、「祭姪文稿」の前に付いていたのは、清の乾隆帝(けんりゅうてい)の書でした。乾隆帝が「祭姪文稿」を手元に置いていた事が分かります。高校の時、世界史で暗記した皇帝の名前なので、びっくりしました。会場は中国語を話す人達が大変多く、書を見ながら皆さんが一生懸命会話するのを聞いていると、大変重要な書を見ることができたという事が分かり、図録を買う事にしました。↑ 「顔真卿(がんしんけい)-王義之(おうぎし)を超えた名筆ー」東京国立博物館 平成館。↑ 平成館入口まで50分。↑ 平成館の2階に行き、「祭姪文稿」を見る列に並ぶ。70分待ち。↑ 顔真卿の「祭姪文稿」。↑ 図録を買った。↑ 会場で撮影可だった、唐の六代皇帝・玄宗筆の「紀泰山銘」の墨拓。
2019.02.24
コメント(0)
2019年2月22日7時29分、JAXAの探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」へのタッチダウンに成功しました。事前に地面に投下しておいたターゲットマーカを目印にして、500m上空から自動運転で降下し、約1時間後に着陸するとともに、弾丸を地面に発射して砂や石を回収後、すぐに上昇しました。サンプルを回収する部分はサンプラーホーンという筒ですが、筒の先が内側に折り返されており、発射トラブルがあっても、巻き上がった砂が折り返しに乗っかる設計で、必ず何かを持ち帰られるようになっていたそうです。小惑星「リュウグウ」の地形には、「子供たち向けの物語に出てくる名称」を付けることになりました。地名については、JAXAのホームページや、月刊星ナビ2019年3月号/アストロアーツ発行に紹介されています。JAXAの方はかなり詳しく紹介されており、2019年2月1日付で、地名の「トリニトス」を「トリトニス」に変更したことなども書かれていました。↑ the japan times FEBRUARY 23, 2019.「ハヤブサ2が小惑星に着陸」生命の起源と太陽系の手がかりを得る事を目的として、地球から3億キロも離れた小惑星「リュウグウ」を調査するためJAXAにより打ち上げられた探査機が、金曜日にその岩の天体に無事に着陸した。ハヤブサ2から送られてきたデータからは、探査機のスピードと方向の変化が分かり、探査機が小惑星に着陸し、地面を発破して軌道上に戻ったことが示されていた。金曜日の朝、神奈川県相模原にあるJAXAのコントロールルームで約50人の作業管理チームとその他約20人が進行状況を見守っていたが、ハヤブサ2が着陸し、弾丸を発射した事を裏付けるシグナルが届くと、歓声が沸き起こった。ガッツポーズをしたり、拍手をしたり、抱き合ったりする人もいた。↑ 2019年2月28日 はやぶさ2 精密着陸。 朝日新聞。↑ 月刊星ナビ2019年3月号/アストロアーツ発行↑ 小惑星「リュウグウ」の地名。「モモタロウ クレーター」、「キビダンゴ クレーター」「ウラシマ クレーター」、「キンタロウ クレーター」、「ブラボー クレーター」、「コロボック クレーター」「サンドリヨン(フランス語でシンデレラ)クレーター」、「オトヒメ岩塊」など、昔話にちなんだ名前が付いている。「トリニトス」は2月1日付で「トリトニス」に変更されたとのこと。(JAXAホームページより)注)地名にある「トリトニス」と「アリスの不思議の国」は、移動探査機MINERVA-II1(ミネルバ)と小型着陸機MASCOT(マスコット)の着陸地点のニックネームで、IAU(国際天文学連合)が認めたものではない。↑ 元になった物語が、リストの右側に書いてある。日本以外に、フランスの「シンデレラ」、ロシアの「コロボック」、オランダの「ブラボーと巨人」、アメリカの「ケイジャン民話」とある。オランダとアメリカの話は知らないので、今度調べてみようと思った。
2019.02.23
コメント(0)
佐世保駅近くにある「バーガーショップ ヒカリ」で、佐世保バーガーを食べました。美味しかったです。店の中は、有名人のサインが沢山飾ってありました。↑ 佐世保のハンバーガーショップ ヒカリ。↑ 佐世保バーガー。↑ 食べている途中。
2019.02.22
コメント(0)
2018年2月7日、長崎県佐世保駅に行きました。駅構内には、巨大な「佐世保喧嘩独楽」や、「貧乏が去る像」があったので紹介します。↑ 佐世保駅。↑ 佐世保の民芸品である「佐世保独楽」を巨大にした「佐世保喧嘩独楽」が展示されていた。平成9年の「佐世保くんち」の祭りで、「上京町」がこの巨大独楽を制作し、実際に「よま紐」を巻いて、回して、倒すという独楽の遊びを再現したことが書いてある。佐世保独楽で遊ぶときは、「いきなが しょうもん しょうくらべ」(お前、証文を預けても 俺と勝負するか)と言う。↑ 佐世保くんちで、上京町の方々が実際に巨大独楽を回すところが紹介されていた。↑ 佐世保喧嘩独楽。 重量200キログラム。高さ2.4m、直径1.8m。↑ 「桃太郎電鉄」で有名だったソフト会社の「ハドソン」が、2004年にJR佐世保駅に寄贈した「貧乏が去る像」。「桃太郎鉄道」の登場人物である「貧乏神」の頭に、猿(去るの意)を乗せている。この貧乏神を撫でた後、頭上の猿を撫でると、貧乏が去るとの事。私は何度も像を触った。↑ 佐世保駅周辺の地図。↑ 佐世保の広域案内図。 平戸に行ってみたい。↑ 佐世保駅。↑ 佐世保港の風景。
2019.02.21
コメント(0)
2019年2月19日、週刊ポスト 2019 Mar 3.1号に「特別付録 河合奈保子 フォトブック」と記載があったので購入しました。「近代映画 河合奈保子写真集 電子書籍化 第7弾&シリーズ完結記念」として雑誌に小冊子が付いており、早速ミシン目に沿って切り取りました。小冊子は資料用ファイルに入れて保存します。小冊子には、「河合奈保子写真集PART7『TRANS AMERICA NAOKO』/デラックス近代映画/昭和61年(1986年)1月15日発行/株式会社近代映画社」のアメリカでの写真とともに、他の6巻の写真も一緒に紹介されています。奈保子さんは米西海岸のロサンゼルスから東海岸のニューヨークまで、各地を巡りながら旅をしています。ロスではアメリカで制作した2枚目のアルバム「NINE HALF」のレコーディングを行いました。奈保子さんの歌の中で一番大好きな「トワイライトクルーズ ~ TURN IT UP」も、この時に出来た曲です。写真集を見ながら思うのは、奈保子さんの笑顔が本当に素敵だという事です。自然な笑顔で、性格の良さがそのまま表れている感じがします。近代映画の写真集7冊の中には、日本のみならず、グアム、バンコク、オーストラリア、モルディブ、アメリカでの奈保子さんが生き生きと写っています。どこも楽しそうで、旅情を誘います。コンサートツアーやTV番組出演など、スケジュールがびっしりなのに、海外の色々な場所に行けた事に感心します。別の会社の写真集を見ると、ヨーロッパ各地での奈保子さんを見ることができて、これまた楽しいです。オランダのアムステルダムを散策したり、ミニチュアの街マドローダムではしゃいだり、風車をバックにしている写真が好きです。モンブランがあるフランス・シャモニー近くのレ・プラ教会そばで、厚着をしているのに寒そうな奈保子さんが写っています。厚い雲に覆われていたので山が見えず残念ですが、晴れておれば、雄大なアルプスと奈保子さんの写真があったはずです。80年代の歌手の中で、奈保子さんは特に多くの写真集を出しており、本当に人気がありました。私の青春時代の色々な出来事と、奈保子さんの歌や写真集がリンクしており、聴いたり見たりすることで、昔のかすかな記憶を呼び起こす事ができます。そして、奈保子さんのお蔭で、海外にとても興味を持ち続ける事ができました。↑ 週刊ポスト 2019 Mar 3.1号 小冊子「河合奈保子デジタル写真集 PHOTO BOOK全集」を切り取った。↑ 2019年2月19日 週刊ポストの広告。 朝日新聞。↑ 河合奈保子写真集PART7/デラックス近代映画/昭和61年(1986年)1月15日発行/株式会社近代映画社。「TRANS AMERICA NAOKO」奈保子さんが米西海岸のロサンゼルスから東海岸のニューヨークまで、各地を巡りながら旅をしたときの写真集。↑ アメリカ・モニュメントバレー。↑ ヒューストンにあるNASAの記者会見室。↑ 笑顔が素敵な奈保子さん。↑ ニューヨーク。
2019.02.19
コメント(0)
昨日、骨髄ドナー登録をして、採血をしました。案内書類を見ていると、「満55歳の誕生日で自動的に登録が取り消しになります」と書いてありました。55歳まであまり時間がありません。知らなかったとはいえ、若いうちに登録しておけば良かったと残念に思いました。健康保険証の裏は、私も妻も「臓器提供をする」に丸を付けています。昔、私の父が目の角膜移植手術を受けたことがあり、ドナーの方に本当に感謝しました。私に何かあった時、誰かのためになればいいなと思っています。↑ 骨髄バンク ドナー登録のしおり。
2019.02.18
コメント(0)
持っていた松田聖子さんのレコードをファンの人にあげたので、手元には4つのCDだけ残っています。「風立ちぬ」、「Candy」、「Bible」、「Bible Ⅱ」です。聖子さんの曲で一番好きな歌は、「渚のバルコニー /作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂(松任谷由美)/編曲:松任谷正隆」です。本当に聴きやすく、素敵なメロディです。歌番組で聖子さんが楽しそうに歌う姿が印象的でした。聖子さんは英語でも「渚のバルコニー」を歌っていました。(dawnの発音が間違ってたような)ネッスル日本がスポンサーだったラジオ番組「夜のドラマハウス」が大好きで、毎日聴いていました。月曜から金曜日まで週単位で流行りの曲が流れ、面白いミニドラマが続きます。1982年の春に、夜のドラマハウスで「渚のバルコニー」が流れました。その時どんなドラマだったか、はっきり思い出せないのですが、星座がテーマで、プリマを目指す女性が、演出家の色事の要求に翻弄され、結局、舞台も恋人との恋愛もダメになってしまうという話があった気がします。(違っていたらすみません)「Candy」の中にある「ブルージュの鐘 /作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:大村雅朗」も大好きな歌です。ベルギーのブルージュは運河に囲まれた古都で、日本人にも人気があります。顧客や知り合いが来たら、よく車で連れて行きました。「ブルージュの鐘」の歌の景色そのままの街並みが続き、この歌を聴くとブリュージュを思い出します。北海からブリュージュまで水路が通り、船が運行できたのですが、徐々に砂が堆積して大きな船が入れなくなり、通商が大幅に減少しました。結果、中世の面影がある街が残りました。ブリュージュから北海に行くと、オステンドという海辺の街に着きます。それからフランスとの国境方向に進むと、ベルギーの有名な画家であるポール・デルヴォーの美術館があります。私はポール・デルヴォーの幻想的な絵が好きで、時々見に行きました。夜の世界に白い女性が浮き上がって見える不思議な絵です。ブリュッセルの王立美術館にも、デルヴォーの大きな絵が飾ってありました。「秘密の花園 /作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂(松任谷由美)/編曲:松任谷正隆」も好きでした。テレビでは、聖子さんが白地に金色の縁取りをした短いスカートを履いて、「秘密の花園」を歌っていました。他には、「裸足の季節」、「青い珊瑚礁」、「蒼いフォトグラフ」、「制服」、「Canary」、「風は秋色」、「チェリーブラッサム」、「夏の扉」、「白いパラソル」、「風立ちぬ」、「赤いスイトピー」、「小麦色のマーメイド」、「天国のキッス」、「ガラスの林檎」、「Rock'n Rouge」、「ピンクのモーツアルト」、「時間の国のアリス」、「天使のウイング」、「マイアミ午前5時」、「セイシェルの夕陽」、「Sweet Memories」などを聴いたりします。↑ 「風立ちぬ/松田聖子」↑ 「Candy/松田聖子」 ↑ 「Bible /松田聖子」↑ 「Bible Ⅱ/松田聖子」
2019.02.17
コメント(0)
娘からチョコをもらいました。バルセロナ・アマリエのリーフチョコで、ミュシャの「桜草」の絵が缶に描かれています。↑ ミュシャの「桜草」とリーフチョコレート。 (CHOCOLATE AMATLLER BARCELONA)
2019.02.15
コメント(0)
2019年1月23日、漫画家の高橋留美子さんが、フランス・アングレーム国際漫画祭で「功労賞/a lifetime achievement award」を受賞されました。2019年2月8日発行の the japantimes alpha によると、高橋さんは「うる星やつら」(英語版では”lum")、「めぞん一刻」(英語版では"Maison Ikkoku")を含むコメディー漫画で有名で、40年のキャリアの中で、約200巻を越える作品を生み出し、世界中で2億冊以上も売り上げています。「違う事を受け入れない(日本)社会の中で、高橋留美子さんはいつもはみ出し者や変わり者に焦点を当ててきており、作品群はとても革新的です」との主催者のコメントです。アングレーム国際漫画祭は2019年2月27日まで4日間行われました。この漫画祭は、ヨーロッパでは2番目に大きく、世界では3番目の規模だそうです。2019年2月10日、秋葉原のラジオ会館1階にある「GIFT SHOP The Akiba」で、ラムちゃんの広告が目に入り、うる星やつら金箔入り清酒(新潟県新発田市 製造者ふじの井酒造株式会社)を購入しました。今度飲んでみようと思います。うる星やつらのアニメソングの中で、個人的に好きなのは、最初のエンディングソングだった「宇宙は大ヘンだ!/作詞:伊藤アキラ、作曲・編曲小林泉美、歌:松谷祐子)で、時々無性に聴きたくなります。↑ 2019年2月8日発行 the japantimes alpha ↑ 秋葉原のラジオ会館1階にある「GIFT SHOP The Akiba」 ラムちゃんの広告。↑ 秋葉原のラジオ会館。↑「GIFT SHOP The Akiba」↑ うる星やつら、犬夜叉、めぞん一刻などのラベルがある酒が置いてある。↑ うる星やつら金箔入り清酒(新潟県新発田市 製造者ふじの井酒造株式会社)↑ ラムちゃん。
2019.02.14
コメント(0)
2019年2月10日、ベルサール秋葉原で「TOKYOアニメツーリズム2019」の開催イベントがあり、「コードギアス 反逆のルルーシュ」の紹介をしていました。会場では、NON STYLEの井上裕介さん(ルルーシュ役)、石田明さん(魔女役)、HKT48(その前はAKB48)を卒業した多田(おおた)愛佳さん、司会の天津・向清太朗さんが話を盛り上げていました。多田さんは都内のスポットを巡って、スマホに現れたキャラクターを写したりしていました。私が多田さんですぐに思い出すのは、渡り廊下走り隊7の「バレンタイン・キッス」公式映像です。「バレンタイン・キッス」といえば、国生さゆりさんとおニャン子クラブが以前歌っていましたが、渡り廊下走り隊7の歌と映像がこれまた良く出来ており、YouTubeで何度も見てしまいます。↑ コードギアス 反逆のルルーシュ↑ NON STYLEの石田明さん(魔女役)、井上裕介さん(ルルーシュ役)。↑ NON STYLE 石田明さん、井上裕介さん、多田愛佳さん、天津・向清太朗さん。↑ ベルサール秋葉原の1階会場。↑ 都庁と多田愛佳さん。↑ 多田愛佳さん。↑ JR秋葉原駅。↑ AKIBA SHOWROOM。↑ 東京タワー。 足元が見える。↑ 早稲田大学 大隈講堂。
2019.02.12
コメント(0)
2019年2月9日、女子フィギュア四大陸選手権をTVで見ました。紀平梨花選手はSP5位からフリーで逆転優勝しました。ミスが無く、本当に美しい演技でした。三原舞依選手もPS8位から総合3位になりました。いつものように安定した滑りです。坂本花織選手はフリーでミスがあり、4位になりました。得点を見て顔を覆う姿がかわいそうでした。坂本さんがいつも見せる満面の笑顔が好きで応援しており、次は頑張ってほしいと思いました。↑ The Japan News Sunday, February 10, 2019.↑ "Comeback kid Kihira captures 4 Continents gold" / 復活した若い紀平選手が四大陸選手権で金メダル。アナハイム、カリフォルニア。 前途有望なスターである紀平梨花選手が、金曜日にきらめくようなフリースケートでトリプルアクセル(3回転半)を決め、フィギアスケートの四大陸選手権女子で金メダルを獲得した、ショートプログラムの5位から、フリーで153.14ポイントを加点して順位を上げ、16歳の紀平選手はシニアの輝かしい初年度を躍進した。紀平選手は総合221.99点となり、カザフスタンのエリザベート・トゥルシンバエワ選手の総合207.12点を大幅に超えた。トゥルシンバエワ選手はショートプログラム6位から順位を上げ、銀メダルを取った。三原舞依選手は総合207.12点で、3位となった。↑ 2019年2月10日(日) 朝日新聞。 「紀平逆転V」
2019.02.11
コメント(0)
TBSの「坂上&指原のつぶれない店」という番組で、成城石井の人気商品が紹介されていました(2019年1月20日放送)2019年2月3日、池袋駅の地下道を歩いていると成城石井があったので、番組で紹介された物を買おうと思い、入店しました。番組で気になる商品が沢山あったはずなのに、何だったか全然思い出せず、商品棚を見ながらウロウロしていました。名札を見て思い出した「モーモーチャーチャー」は売り切れており、「成城石井 ミックスナッツ大袋」はありましたが、デザートが食べたかったので、今回はやめました。「北海道えびすかぼちゃのパンプキンプリン」にしようか迷いましたが、結局、家族用にプリンを4種類買いました。家族に好きなプリンを選んでもらいました。とても美味しかったと言っていました。↑ 成城石井で買ったプリン。↑ 池袋の地下道にある成城石井。
2019.02.09
コメント(0)
2019年2月3日、池袋・東京芸術劇場で、漫画家の藤田和日郎さん、島本和彦さんのバトルトークを見に行きました。「東アジア文化都市2019豊島」のイベントの一環として開催されたものです。藤田和日郎(ふじたかずひろ)さんは、「うしおととら」、「月光条例」などを描かれ、島本和彦(しまもとかずひこ)さんは、「炎の転校生」、「アオイホノオ」などの作品があります。トークショーの整理券は朝すぐに配付終了になったそうで、立ち見の方が会場からあふれており、お二人の姿は見えずとも、壁の向こうの会話を聞いて楽しんでいる方が大勢いました。トキワ荘の話になり、北海道から東京で漫画を描いているうちにトキワ荘が取り壊され、結局見に行けなかったとか、石ノ森章太郎さんと会ったとき、褒め言葉で「先生の雑な絵が好きです」と言ったり、あだち充さんから、「トキワ荘の皆さんがグランドを整備してくれたので、自分はホームランが打てた」という言葉を聞いたなど、楽しい話がいっぱいでした。↑ 藤田和日郎さん(左)、島本和彦さん(右)のトーク。
2019.02.08
コメント(0)
2019年2月3日、池袋の東京藝術劇場に行き、絹谷幸二さんの天井画《天・地・人》を見ました。色も鮮やかで美しく、長い時間ずっと眺めていました。劇場のエントランスにふさわしく、この絵を見ながら楽しい気持ちでコンサート会場に行けると思いました。↑ 池袋の東京藝術劇場。↑ 1階フロア。↑ エスカレーターで上がっていく。↑ 絹谷幸二さんの天井画《天・地・人》。
2019.02.07
コメント(0)
2019年2月6日に「週刊ポスト 2019 Feb 2.15/22 スペシャル合併特大号」を購入しました。前日の2月5日に本屋で週刊ポストの表紙を見た時、奈保子さんの名前や写真が無かったので、心配になり買わずに家に帰りました。新聞の広告を見ると、ちゃんと奈保子さんの写真が入っていたので、本日会社の帰りに、星の雑誌と一緒に週刊ポストを買いました。モルディブのランナリ島で撮影された奈保子さんの写真集PART6 デラックス近代映画が、今回電子書籍化されたので紹介されています。当初はエジプトで撮影する予定でしたが、モルディブに変更となりました。日本から香港経由でスリランカのコロンボに行きます。コロンボで1日観光しており、その時の姿は雑誌の写真に残っています。その後モルディブに行き、クルーザーでランナリ島に着きました。写真集には、現地の人々と交流したり、スキューバダイビングを楽しむ奈保子さんの姿が載っています。かなりや VOL25には、モルディブでの出来事が詳しく書いてあります。いつか別の機会に紹介したいと思います。↑ 週刊ポスト 2019 Feb 2.15/22 スペシャル合併特大号! 表紙には奈保子さん情報が無かった。↑ 2019年2月5日 週刊ポスト広告 朝日新聞。↑ 河合奈保子 in モルディブ。↑ 大反響。近代映画 河合奈保子写真集 電子書籍化 第6弾。 河合奈保子 モルディブのマーメイド。 モルディブ・ランナリ島での撮影。↑ 河合奈保子写真集PART6 デラックス近代映画 昭和60年(1985年)7月15日発行/近代映画社。↑ モルディブ・ランナリ島の奈保子さん。↑ スキューバダイビングを楽しむ奈保子さん。 楽しそう。↑ 奈保子しんぶん Vol.27 / 昭和60年(1985年)3月発行/芸映友の会/河合奈保子FC編集部。↑ 奈保子しんぶんによると、当初はモルディブではなく、エジプトで撮影をする予定であった。ピラミッド、スフインクス、ラクダと奈保子さんの写真も是非見たかった。↑ かなりや Vol.25 / 昭和60年(1985年)5月発行/芸映友の会/河合奈保子FC編集部。↑ かなりや VOL.25に、エジプトからモルディブに急遽変更した事が書いてある。↑ かなりや新聞によると、モルディブ・ランナリ島には、引き潮になると浮かぶ小さな島があり、現地の方が「NAOKOアイランド」と名付けた事が書いてある。↑ 週刊ポストの他に、天文ガイドと星ナビを購入した。
2019.02.06
コメント(0)
2019年2月4日午後の東海道新幹線の車窓です。富士山がきれいに見えました。日暮れ前の掛川城はピンボケになりましたが、そばに富士山が一緒に写っています。↑ 富士山。(新幹線の車窓)↑ 富士山と富士川。↑ 掛川城。↑ 掛川城。↑ 夕方の富士山。↑ ピンボケだが、中央に掛川城、その左が富士山。↑ 掛川城と右に富士山。
2019.02.05
コメント(0)
2019年2月3日、池袋マルイでつりビットのミニライブを見ました。2018年11月22日に、つりビットが2019年3月で解散するとの発表があったため、解散前にもう一度歌う姿を見たいと思っていました。13時から5曲、16時から5曲で合計10曲を聴きました。熱心なファンが多く、メンバーの姿は人々の間から少し見える程度でしたが、一応満足しました。1年前に偶然池袋でつりビットが歌う所を通りかからなければ、つりビットを知ることはなかったでしょう。私にとってつりビットの歌は聴きやすく、毎日聴いています。YOU TUBEで公式映像を見ることができ、ダンスも歌に合っています。私のベスト3は、「’Cause you make me happy」、「Blue Ocean Fishing Cruise」、「踊ろよ、フィッシュ」です。その他によく聴くのが、「Get ready Get a chance」、「不思議な旅は続くのさ」、「ウロコ雲とオリオン座」、「裸足のマーメイド」、「TOKYO WONDER GIRL」、「プリマステラ」です。つりビットが解散すると、聴きたい曲がまた無くなってしまい、とても残念です。つりビットの皆さんには本当に感謝しています。どうもありがとうございました。↓ 2019年2月3日 池袋マルイ つりビット ミニライブ。↓ 池袋マルイ。①「’Cause you make me happy」②「Blue Ocean Fishing Cruise」③「踊ろよ、フィッシュ」④「Get ready Get a chance」⑤「不思議な旅は続くのさ」⑥「ウロコ雲とオリオン座」⑦「裸足のマーメイド」⑧「TOKYO WONDER GIRL」⑨「プリマステラ」
2019.02.04
コメント(0)
松田聖子さんは1980年4月、河合奈保子さんは同年6月にデビューしました。二人とも笑顔が本当に素敵で、とても個性的でした。特に80年代前半は、テレビ、ラジオ、CM、本、雑誌、コンサートなどを通じて、お二人を見たり聴いたりしない日は無いほどで、本当に楽しい時代でした。定期的に発表される新曲は新鮮で、レコード屋で予約をしてポスターを貰ったりしました。テレビは、夜のヒットスタジオ、ベストテン、トップテンなどをよく見ていました。夜のヒットスタジオは、こだわりが感じられる番組でした。歌手が2番目の最後まで、歌を省略することなく歌う事があり、感動でした。ベストテン、トップテンでは、時々地方から中継で歌ったりし、その場所を旅したくなったりしました。ラジオも、新聞やFM雑誌でスケジュールをチェックし、AM、FMで聖子さん、奈保子さんの曲を録音していました。家のレコードプレーヤーとダブルカセットデッキ、マイクを使い、自分の好きなようにマイ・カセットを作っては遊んでいました。自分のこだわりのカセットを友達に聴かせるのが流行っており、カセットケースにも自分で描いた絵を付けます。私は奈保子さんの似顔絵を描いて入れていました。父親がBOSEスピーカーを買ってきたので、部屋の上に設置し、毎日良い響きを楽しみました。聖子さんの人気が上がるにつれ、学校でも「聖子ちゃんカット」をする女性がどんどん増えて行きました。大変なブームでした。私は奈保子さんの肩まで伸びる髪型が好きだったのですが、途中で奈保子さんが髪を切った時は、当分の間ショックで立ち直れなかった事を覚えています。松田聖子さんは福岡県久留米市生まれです。学校では英語が得意で、「ミス・セブンティーンコンテスト」に応募し、1978年4月7日の九州大会で4,400人の中で優勝します。校則でテレビに出られないため、決勝大会には出場できなかったものの、九州大会のビデオを見たCBSソニーディレクターなどが2年間説得し、芸能界入りとなりました。1979年9月のTVドラマ「おだいじに」に松田聖子という役名で登場しています。1980年4月に「裸足の季節」で歌手デビューしました。河合奈保子さんは大阪市浪速区で生まれました。幼稚園の頃は東京にいましたが、その後大阪市住吉区で生活します。中学ではフォークソング部に入り、家ではピアノやギターを弾きながら、最新のヒット曲を歌っていたそうです。高校ではマンドリンクラブに入り、熱心に練習する日が続きました。(TV番組で、奈保子さんがマンドリンで演奏した事がある。途中で間違えて笑いを誘っていた)1979年12月9日、「西城秀樹の弟・妹コンテスト」に応募するため、自分でピアノを弾き、杏里の「オリビアを聴きながら」を歌ったテープを送りました。全国から25,160通の応募があったそうです。(TV番組で、この時のテープが紹介された事がある。キーが高く、ものすごい高音を歌っていた)1980年2月10日、大阪地区大会が開かれ、奈保子さんは地区の100人の中から代表に選ばれました。そして1980年3月15日、東京・中野サンプラザで決勝大会があり、奈保子さんは石野真子さんの「春ラ!ラ!ラ!」を歌い優勝しました。西城秀樹さんと記念写真を撮っています。1980年3月31日に上京し、4月から歌のレッスンが始まりました。このレッスンの様子が書いてある本があるので、いつか紹介します。読むと奈保子さんはデビューに間に合うのかと、心配でドキドキしました。1980年6月1日、奈保子さんは「大きな森の小さなお家」で歌手デビューをします。↑ 聖子さん。↑ 奈保子さん。↑ 聖子さん。↑ 奈保子さん。↑ 平凡 1982年2月号。↑ 聖子さん、奈保子さん。↑ 聖子さん、奈保子さん。 水泳大会。
2019.02.03
コメント(0)
2019年2月1日明け方の様子です。夜に少し雪が降っていたのですが、明け方は快晴で、月、金星、木星が良く見えました。道端には雪が残っていました。↑ 2019年2月1日明け方。 左から月、金星、木星。↑ 月、金星、木星。↑ 明るくなり、星が見えにくくなってきた。↑ 雲に光が当たっている。↑ 日が昇ってきた。↑ 道端に残る雪。↑ 水たまりが凍っていた。
2019.02.02
コメント(0)
全21件 (21件中 1-21件目)
1