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午前中に行ったときに腰の床ずれに貼ったパッドを入浴時にはがさないよう、前夜の泊りの介護士にも看護師にも伝えたのに、夕食の介護に行ったときにははがれてしいた。 血は止まっていたので、大事にはいたらなかったが・・どうなっているのかと思う。 そういえば、昨年秋くらいから入所者の転倒や骨折が相次いでいる。 昨年の一年でこの施設では、数人の介護士が次々やめている。翻って、新しく入ったのはパートの一人と、連接する病院からヘルプで入っていた人がこちらの専属に移っただけ。泊まりの人は,母が入所した三年半前に比べて6人減り、一人しか増えていない。泊まりがひとつきに8回とか言う人もいるらしい。無理がたたって体調が悪い人もでていて、、この一月末には、泊まりをしていた介護士さんふたりが やめるとのこと。・・・どうなるの?と不安がつのる。 仕事は心身ともにキツく、給料安く休み少なくでは、なかなか新しい人が入らない。一昨年末に施設の経営側に「今すぐ、早く泊まりのできる人を増やさないと大変なことになる」と何度か訴えたのだが・・・。人が増えないと、今いる人にまたさらに仕事のしわ寄せが行って、ますますキツくなる。ここで一人倒れたらドミノ崩しだ。はやくなんとかして欲しい。 過労が続いているせいか、最近施設の中の雰囲気がギスギスしている。介護士さんの顔から最近笑顔が消えているのも気になる。 母の事でもうひとつ気になるのは、最近おかゆが堅いこと。全然ふっくらしておらず、おかゆと言うより、ご飯の粒がはっきり残っていて、普通のご飯、まるで雑炊。前から、少しかためだと 思っていたが、先月半ばからは、ひどすぎる。スプーンでかき混ぜただけでも米の粒が堅いことが分かるほどだ。「堅い」から注意して欲しいと伝えると、今度はご飯の堅さはそのまま、水気だけをふやした、しゃばしゃばのお茶漬けのようなものが出てきた。介護士さんに見せても「いくらなんでも」と言う状態。おかゆを食べているのが、話をできず文句を言えない人がほとんどなので、手を抜いているのではと思う。三度、四度「堅い」と伝えると切れ気味に「これ以上柔らかいのは重湯になります」って?普通のおかゆが食べられる人が、なぜ重湯にしないといけないのか? これまでもたまに堅いことはあったけれど、こんなに毎食堅いことはなかった。家では、土鍋でゆっくり炊くし、冷めたら温かいものに取り換えるので、固い冷たいという文句をいわれたことは なかった。また どの病院でも施設でも、そんな手抜きは無かった。おかゆが堅いって・・・ドウしようもない。こうなれば、家で作ってくることも考えねば。施設の人材不足のサービス低下に加え、おかゆまでこんな事では。。。改善してもらえないなら今後のことも考えないといけないと覚悟していたところに、調理スタッフのチーフ、栄養士さんからお詫びがあり、少し改善されたようだ。 その後、なんとか、母が食べてくれる固さになり、ホッとする。 それにしても、新年早々、落ち着かないことばかり。 母の為になるならよりよい施設に移りたい気持ちはある。じつは今の施設から数百メートルのところに昨年新しい施設ができているのだ。病院に併設されているし、費用は少し高くなるが、部屋などの設備は最新で数段いい。各部屋にそなえつけの電話とミニ冷蔵庫もある。家具も上質だ。たぶん、食事も少しは良くなるだろう。しかし、介護士さんのレベルはどうか、あたらしい施設だけにスタッフ間の連携や意思の疎通に不安がある。医師や看護師、スタッフにまた一から母のことを説明し分かってもらわないといけないがつらい。スタッフ全員にそれなりに分かったもらうには時間がかかるし、今の施設でやっと母も慣れ、なじみのスタッフには、心もゆるせるようになってきているのに、また初めから気を遣い、何度も何度も説明をするのかと思うと、私もしんどい。わかってもらう前に無理解で母に何かあったらという不安もある。痛し痒しなのである。あと十年もつなら替わることを前向きに勧めたいが、もしそんなに長くないなら、なじみのある場所でいた方が母のためではないのか・・・ほんの少しの距離の差といえど、一日に3度4度通うとなると、私もやはりすこしでも近い方が心身ともに負担が少ないのも事実。悩ましい。
2016年01月04日
大晦日から2日昼間まで母を連れかえった。せっかくの元日は、母は寝汗の消耗と睡眠不足で機嫌も悪く目もほとんど開かない。その上、最近にはまれなことだが、異常にトイレ回数が多い。出たすぐ後でも、行きたがる。そんな気がするだけで、たまってないのだから出ない。空振りのトイレ行きを「出したいと、出るとは別だから、行ってもでないから、もう少し後で・・」と言って少し待たせて連れて行っても出ないときがある。出ればまだ、仕方ないですませられるが、徒労に終わるとさすがの私も、お正月までの疲れに睡眠不足で体力限界越え。機嫌最悪。来年はどうなるか分からないのだから、できるだけ笑顔で優しく接しようと決めていたのに、とうとう、しかりつけてしまい、せっかくのお正月が雰囲気最悪。2日の昼間でなんとか 持ちこたえるのが精一杯で、眉間にしわ寄せ、イライラしつつの介護になってしまい反省。 それでも、母の為に作った伊勢芋と白玉粉で作った粘りつかない介護モチのお雑煮を食べ、あんこものせ、お屠蘇もほんの少し、おせちは母の食べられる黒豆や梅花ニンジンや里芋、きんとん、アイートのちらしずしなどで 祝う。 年賀状が届くと、母は眼鏡をかけて一枚一枚じっくりみていた。ひとりでできないことも多くなったけれど、まだ文字も読めるし下手ながら書ける、友人の事も覚えている。まだまだちゃんと機能している部分もあることを再認識。 2日には介護タクシーで施設に帰る際に、少し足を伸ばし、近所の八幡さまに初詣。母と手を合わせる。 願いはただ一つ、母の症状が悪化せず、少しでも良い状態をになって来年につなげられますように。できれば、私の心と体がもうすこし丈夫になって、怒りや悲しみ疲労を乗り越えて,母と笑顔でいられる時間が増えますように。 神主さんにおみかんのお下がりを頂いた。以前いらした神主さんは母と同い年だったが、代替わりして、今年はその息子さんが応対していた。前の神主さんは いつもよくしてくださる方で、お参りで会う度、お話もさせていただいていたので、どうなさっているのか気になった。が、他に参拝の方もいらしたのでそのまま帰る。 私は、帰った後は、車いすが通った辺りをすべてアルコールで消毒、雑巾がけをし、着替えた下着やパジャマ、シーツなどを選択、干し終わったら、すぐに夕飯介助の時間なのでまた母のところへ。。ヘロヘロで意識朦朧寸前で、いったん帰宅して夕飯をかきこみ、また施設に行って夜食の介助まで済ませ帰宅。疲れすぎて、意識が飛びそうになったがなんとか一晩寝て持ち直し、今朝はやっと通常に戻る。 三日の今日は、おぞうにを食べ 三種の肴でお屠蘇をひっかけ、母のところには朝一番に顔だけだし、昼食の介助はお休みして、産土さまにお参りに行く。贅沢な昼食を楽しんで、やっと私もお正月気分を味わう。これが昨年から恒例とした、お正月3日の私の過ごし方。 ちなみにお昼は、年に二度ほどの大贅沢。おしゃれをして出かける一人ステーキ。市内でも屈指の高級なステーキハウスでフルコースを食べ,ワインを飲む。その後小一時間、デパートや商店街のの初売りをぶらぶら見て歩き、ちょっとした、高級なエビせんべいにチーズをはさんだヤツとか、いつもは手を出さないような贈答用の果物などを自分や母の為に散財する。 いつも母の為に、が中心で,自分をないがしろや後回しにしている気分だが、年に二度くらいは、甘やかし贅沢をして、自分にご褒美。というか、過酷な日々をがんばって乗り切ってくれた自分の心と体に、年に二度お正月とお盆明けに、お中元お歳暮をあげるようなものなのだ。心から美味しいモノを食べ、いつもは介護があるので、たまに、しかも控えめに少ししか飲まないお酒もしっかり頂き、洗い物や後片付けも時間も気にせず、美味しいモノを味わうことに専念するひととき。ほんのひととき、贅沢をして美味しいモノを食べ、楽しい時間を過ごす、これだけで、随分元気が出る。母の会ったときの笑顔が戻る。 どうしても母中心で、自分を後回しにするから、しわ寄せがなあ・・・自分を粗末にしている気がする。ときどき、しんどすぎて、倒れ込んで、このまま目が覚めないでもいいかなと思うことすらある始末。 経年で華麗ならぬ、加齢なる変化が顕著になってきた私。心身ともに傷んで来ているのかなあ。 長年の蓄積疲労がずいぶんキツくなってきたことだし、もう少し自分もいたわり、今年は、もう少しこのご褒美の時間やプチご褒美を増やしても良いかもしれないと思う今日この頃、とにかく無事の年明けに一安心。
2016年01月03日
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