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「え?」 曲がりなりにもわたしは結婚しているのだから、振袖を着ていれば咎める者だっているだろう。しかし母は、なんでもないことのようににこにこしている。 ふいに、夢の中の彼の死に貌(がお)を思い出した。驚いているような、でも、どこか穏やかな死に貌。まさかあれは。 そんなはずはない。彼は、今晩にはここに来る筈だ。出張で今朝まで仕事が入っていた為、今現在ここに居ないに過ぎない。わたしの左手の薬指に指輪がないのも、金属アレルギーが出ているからだ。何も忘れてなどいない。夢と現(うつつ)を取り違えるなど・・・・・・。 でもそれなら、あの会話の後、わたし達はどうなった? 自分が席を立ったのは憶えている。けれど、その後のことがどうしても思い出せない。振袖の裾を踏んづけそうになりながら、急ぎ足でホテルを出たわたしは・・・・・・。 憮然としたまま玄関前に佇(た)ち尽くしていたわたしを、母が振り返った。「でも、振袖で近所を歩くのはやめて頂戴ね。出戻って来たと思われるから」 晴れて成人式を迎えた弟からは、その晩、遅くなると連絡があった。友人達と飲み歩いているらしい。「ひょっとしたら今夜は友達んとこに泊まるかも。義兄(にい)さんに、おれが帰るまで居るように云(い)っておいて。姉ちゃんは帰っていいから」 呂律(ろれつ)の回りきっていない口調で電話してきて、そんなことを云う。弟は何故か旦那を気に入っている。 風呂から上がってきた旦那にそのまま伝えてやると、彼は素直に喜んだ。「おれ一人っ子だから、そういうのすごく嬉しいんだよね。だけど、きみが振袖で出迎えてくれたのはもっと嬉しかった。初めて逢った見合いの時を思い出しちゃった」 石鹸の匂いを振り撒きながら、無邪気に微笑む。こういう時、彼は二十歳の弟よりも幼く見える。その度に、もっと大人っぽくて、頼れそうな人が理想だった筈なのにと、わたしは自分に首を傾げる。「あの時は、初めてじゃないとか云ってなかった?」「そうだけど、生身に逢ったのは初めてだったから」「人をホログラムか何かみたいに・・・・・・ま、いっか、生きてたんだし」 わたしは口を尖らせたが、今朝方の夢のことを思い出してツンケンするのはやめることにした。理想であろうとなかろうと、今のわたしには、彼らのいない人生は考えられない。「それ、きみのこと?」 不思議そうに旦那が問う。「ううん。あなたのこと。今朝方、夢を見たの。あなたが車に撥ねられて死んじゃう夢」「車道に飛び出したきみを引き戻して?」「どうして分かるの?」 わたしは驚いて旦那の貌を覗き込んだ。今なら断言できる。夢の中の見合い相手も、あの中で夢に出てきたと思っていた旦那も、全てこの貌であったと。 彼は、わたしの問いには答えず、悪戯(いたずら)っぽく微笑(わら)う。「こりゃいいや。きみの夢で一度死んだなら、おれは長生きできそうだ」了
2007/01/09
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自分の悲鳴で目が醒めた。何事かと室の襖を開けてきた弟に、なんでもないと謝罪する。「ちょっと怖い夢を見ただけ」 わたしはまだ治まり切らない動悸を整えながら答えた。 とんでもない夢だ。夢の中の会話はそのまま、今の旦那と見合いの席で交わしたものだ。その夢が、彼の死に顔で幕を閉じるとは。「夢? いい齢して、朝っぱらから悲鳴なんか上げるなよ。おれ、今日成人式なんだから」「成人式って十五日でしょう。今日はまだ七日じゃない」「姉ちゃん古いよ。今は第二日曜になってんの。おれの成人式に合わせて帰省してくれたんじゃなかったわけ?」「そんなわけないでしょ。正月に帰ったら混むから、ちょっと時期をズラしただけ。あんたの成人式に合わせて帰ったら、お祝いが要(い)るじゃない」「なんだよ、ケチ」 弟は襖を閉めると、どたどたと音を立てて階段を下りていった。モスグリーンのカーテンが、薄っすらと黄味を湛えている。わたしはベッドから起き出して、ボストンバッグを開けた。動悸は既に治まっている。弟の成人式に合わせて帰省したわけではないが、祝いは用意している。成人の日が変わろうと変わるまいと、今回の帰省で渡すと極(き)めていた。 ボストンバッグの中から、祝いの入った熨斗(のし)袋と一緒に、一本の帯締めを取り出して、ホッとする。最近、昔やっていた組み紐を再び始めた姑(はは)が呉(く)れた、手製の帯締めである。角台で組んだ四つ組みで、薄桃色と藍白(あいじろ)がグラデーションになった正絹に、金糸銀糸がそれとなく織り込まれている。高台や綾竹で編んだような細かな模様や、同じ角台でも網代(あじろ)や八つ組のような繊細さはないが、大胆な華やかさがある。組んだ者の人柄が表われているかのような、目の整ったしっかりした仕上がりだった。「昔はもっと手の込んだのもやってたんだけど、復帰第一作目ってことで、こんなので勘弁して頂戴ね。厄除けの糸があったから、急いであなたにあげたくて。ほら、あの子がどんなものを拾ってくるか分からないから」 あの子とは、彼女の息子であり、私の旦那のことである。彼は何故か、人ならぬ者を引き寄せるきらいがあった。姑は、そのことでわたしの身に良くないことが起こるのではないかと案じて組んで呉れたのだ。 その帯締めは、わたしが成人式の時に作ってもらった振袖に合いそうだった。振袖は、桃色の地に桜の花びらが舞っており、裾の方に御所車が描かれている。帯は銀を基調とした落ち着いた物と、金を基調にした華やかな物の二本を合わせていた。成人式には金の帯を、見合いの時には今朝方の夢同様、銀の帯をしたと記憶している。貰った帯締めを締めるなら、銀の帯がいいだろう。 振袖などもう着られないことは重々承知しているが、なんとなく合わせてみたくなって、わたしは遅い郷帰りに、その帯締めを持って行くことにしたのだった。 やはりあれはただの夢だ。わたしは姑の帯締めを握り締めて、安堵のため息を吐いた。 ポールスミスのスーツに身を包んだ弟と並んで、家の前で写真を撮る。着慣れないものを着てしゃっちょこばっている弟にふきだしそうになっていると、斜(はす)向かいの家から振袖を着た娘さんが二人出てきた。二人とも、栗色に染めた髪を洋髪に結ってあるのに、不思議と振袖と調和している。もともと晴れ渡っていた風景が、更に明るくなるようだ。「やっぱり女の子の方が華やかでいいわねぇ」 うちと同じように撮影会を始めた斜向かいの家族を見て、母が呟いた。「華やかな上に、着慣れないもの着ても堂々としてるよね」 わたしは固まっている弟の肘をつついてやった。弟は悪かったなと貌(かお)をしかめ、カメラを構えていた父はシャッターを押そうとしていた手を止める。「なんだかわたしも振袖が着たくなっちゃった」 あの帯締めも合わせてみたい。わたしの言葉に、母が隣で手を叩いた。「いいわねぇ。そうなさいよ。着付けてあげるから。誰が咎めるわけでなし」つづく
2007/01/08
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「は?」 思わずまじまじと貌を見る。決して男らしいとは云(い)えないが、まぁまぁ整った、穏やかな風情の男(ひと)である。強烈に印象に残るような貌でもないが、そう簡単に忘れてしまうような風貌とも思えない。彼に会った憶(おぼ)えなど、全く無いと断言できる。だが、ここではっきりそう云ってしまうのは失礼な気がして、わたしは遠まわしに憶えがないことを伝える手段に出た。「あの、何処かでお逢いしましたっけ?」 相手はにっこり微笑って応える。「ええ。夢で」「はぁ?」 この男(ひと)は、人をおちょくってでもいるのだろうか。何しろ、出張中の閑潰しに見合いをするような人である。それくらいのことはやりかねない。「あなたには、また逢えそうな気がしてたんですよね。でもまさか、今日の見合いの相手だとは思わなかったなぁ。写真も吊り書きも見てなかったから。それに、着物姿だったから、最初は分からなかったけど」 彼は人の良さそうな笑みを浮かべて、熱心に話している。初対面の女性をからかうような手合いにはとても見えないが、人は外見だけでは分からないものだ。これでは見合いというよりナンパではないか。写真や吊り書きを見ていなかったのはお互い様だが。「あれ、ひょっとして、あなたは見ていない?」 やっとわたしの仏頂面に気づいたのか、相手はしまったという貌をした。見てると思ったんだけどなぁ。少し、悲しそうに呟く。 わたしは不覚にも、昨夜の夢のことを思い出した。優しいが風変わりな旦那とその母親。夢にでてきた旦那と比べようとして、彼の貌をよく憶えていないことに気づく。穏やかな雰囲気は似ている気がするが、目鼻立ちが曖昧だ。それと等しく、姑の貌もはっきりと思い出せなかった。いくら長い間見ていたような気がするとはいえ、所詮(しょせん)は夢なのだから仕方がない。「ま、そんなもんか」 相手は意外にあっさりと、夢の話から身を引いた。諦めたように珈琲を啜って、そのまま視線を中庭に向ける。その眼がすっと細くなる。硝子の中で、彼とわたしの睛(め)が合った。「生きてらっしゃるんですね」「は?」「仲人さんがいたんだから当たり前か。でも・・・・・・参ったなぁ」 彼は硝子から眼を逸らすと、テーブルに伏して頭を掻き毟った。「何処かで逢うとは思ってたけど、実在するとは思ってなかった。あれは過去のことかと思ってたのに・・・・・・」 何を言っているのだ、この人は。どうやらまだ夢の話を引き摺っているらしいことは分かった。しかし、逢うとは思ったけど実在するとは思わなかったとはどういうことか。実在しない夢の人物にどうやって逢えると思っていたのだろう。 ちょっと変わってるけど、とてもいい子だから。 仲人さんの言葉を思い出して、わたしは眩暈(めまい)がした。見合いの席でテーブルに突っ伏す相手の、何処が『いい子』なのだだ。本気で云っているのならどうかしているとしか思えないし、からかっているのなら言語道断である。どちらにしても、共に家庭を築く相手ではない。 身内と仲人さんの云う『いい子』ほど当てにならない言葉はないと思いながら、わたしは半ば呆れて席を立った。「すみませんけど、急用が入ったので失礼します」 バッグの中から鳴ってもいない携帯電話をチラつかせて、足早にロビーを抜ける。「ちょっと待って。今は・・・・・・」 見合い相手が必死で呼び止める声がしたが、無視した。こんなに早く、しかも話の途中で席を立つなど、失礼なことは重々承知の上だ。あの仲人さんからは、二度と見合いの紹介はないだろう。それはそれで構わない。もともと乗り気でなかったのだから、清々するくらいである。 二重になっている自動ドアを抜けると、僅か三段の階段を駆け下りる。駅は目の前だ。駅側に渡るため、歩道から車道へ駆け出る。その時、後ろから左袖を引っ張られた。右腕が空を切り、身体が歩道に引き戻される。前に出ようとしていた足が絡まり、わたしは横倒しになった。走ってきた自転車が、急ブレーキを掛ける音がする。それと同時に、どんっと重い音がして、目の前の車道に銀色のバンが停まった。 車体の前には、見合い相手が転がっていた。即死だった。つづく
2007/01/07
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目覚まし時計の音で目が醒めた。時計のスイッチを押すために布団から出した右手が、あっという間に冷たくなる。モスグリーンのカーテンが、光を孕(はら)んでライトグリーンに染まっている。わたしはのろのろとベットから起き出すと、隣の部屋へと続く襖を開けた。昨夜母が用意した、わたしの振袖が衣紋(えもん)に掛けてある。裾の辺りには御所車が停まっており、濃い桃色の地に舞い散る桜の花びらが、薄暗い室の中でも華やいだ雰囲気を放っている。畳の上には、畳紙(たとうし)の中に収められたままの帯と、飾り襟や帯揚げが並んでいる。 わたしは襖を閉めると、壁に掛けた素っ気ないカレンダーに眼を向け、ため息を吐いた。一月七日。今日は、わたしの見合いの日である。 とても、長い夢を見ていたように思う。 夢の中では、わたしは疾うに見合いを済ませ、結婚までしていた。相手は、穏やかだが少々風変わりな男性である。わたしは彼の不可解な言動に戸惑いつつも、それなりに楽しい毎日を過ごしていた。舅(ちち)は既に亡く、姑(はは)とも別居の気楽な二人暮らしである。とはいえ、姑は決して煙(けむ)たい存在ではなく、わたしを大変可愛がってくれるので、わたしはよく、彼女の家を訪れていた。 朝食を摂り、髪のセットや化粧を済ませると、母に着付けをしてもらう。親を伴わない略式の見合いなので、仲人さんには軽装で良いと云われているのだが、振袖など滅多に着る機会がないからと、母に極(き)められた。たしかに、最近は友人や親戚の結婚式にも洋装で出ることがほとんどだ。このままでは減価償却できないと母が危惧するのは、当然のことであるかもしれない。わたしも機会があれば着ておきたいと思っていたので、無理に抵抗することはしなかった。 折角だからと、母が銀地の帯を畳紙から出してくる。最初にこの振袖に合わせて作った帯である。しかし、成人式直前に、これでは地味過ぎるからと、呉服屋さんが金地の帯を持って来た。向こうは交換という心算(つもり)だった様子なのだが、母がこの銀地の帯を気に入っていた為、両方購(か)うことになった次第である。 成人式の時と同じ、四つ組みの帯締めを締めてもらって完了である。薄桃色と藍白のグラデーションが、金地の帯よりもこちらの帯に良く映えると、母が喜んだ。この帯締めは、昔近所に住んでいた小母(おば)さんの手製で、厄除けの糸で組んである。 数えの十八、十九、二十は女の厄年だからね。成人式には、厄払いにこれを着けて行きなさい。「おっ、馬子にも衣装」 袋雀が完成したところで、室の前を通りかかった弟が、野次を飛ばして行く。小突いてやろうと足を踏み出したら、姿見越しに、母に睨まれた。「お見合いにはぴったりの帯締めね」 等身大の姿身に映るわたしを見て、母が満足そうに腰に手を当てる。これを着けて見合いに臨めば、厄の付いている相手には当たらないだろうと、彼女は思っているようだった。 見合いは、もともと気の進まないものだった。逢ってみるだけでもと両親に懇願され、仕方なく現在住んでいる処(ところ)から、仕事の休みを利用して帰省してきたのだ。写真や吊り書きさえ見ていない。相手もそれほど熱心なわけではないのか、こちらへの出張中の休暇を利用して出てくるということだった。相手は仕事中の閑潰しなのだと思えば、こちらも多少は気が楽になる。 指定された駅前のホテルのロビーに行くと、相手は既に到着していた。仕事中の所為(せい)か、スーツ姿である。云(い)われたとおりの軽装にしなくて良かったと、胸を撫で下ろす。 藤色の着物を着た、仲人の小母さんに手招きされて、彼らの居る壁際の席に急ぐ。硝子張りなので、彼らの向こうにホテルの中庭が見えた。防音にはなっていないのか、水の音がする。獅子威しは無いが、小さな噴水があるのだ。天使のような子供が壺を担いでおり、その壺からちょろちょろと水が流れている。 簡単にお互いを紹介してから、仲人さんは席を外した。小太りな背中が見えなくなると、わたしは急に心細くなる。初対面の相手と何を話せというのか。「いいお天気で良かったですね」 当たり障りのない天気の話でもしてお茶を濁そうとしたら、失敗した。天は冬晴れとは程遠い、曇天である。まるでわたしの心を代弁しているようだ。 俯けていた貌(かお)を上げ、恐るおそる相手を見ると、くすりと笑っていた。失礼な御仁だ。だいたいこういう時には、男の方が気を遣って先に何か話しかけてくるものではないのか。 少々腹立たしく思っていると、相手がやっと口を開いた。「また、お逢いしましたね」つづく
2007/01/06
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おみくじを結ぶ場所は、手水舎(てみずや)の横に設えてあった。細い荒縄にびっしりと結ばれたおみくじは、白い小鳥の群のようである。 わたしも多くのものと同様に、細く折って結んでいると、先刻(さっき)挨拶を交わした夫婦が結び終えたところだった。夫人の方が微笑んで、わたしの手元を指す。「何か良いことが書いてありましたか?」「出産が安しって書いてありました。でも、待ち人は来ずって。女の子が欲しいんですけど、男の子になるかも」「ふふ。いいわねぇ、これからの人は。わたしは待ち人来(きた)るだったけど、来そうにないわ」 彼女は、上品だがどこか寂しげな笑みを浮かべた。やはり、誰かを待っていたのだろうか。 そこへ、先におみくじを結び終えた旦那が、ひょっこり貌(かお)を出した。「来てましたよ」「え?」 突然の割り込みに、夫婦共々声を上げる。「お雑煮には、餡子餅を入れるおうちですよね?」「え、ええ」「年越しは蕎麦じゃなくてうどんで」「よく分かりますね」 夫婦は完全に面食らっている。「ちょっとだけだけど、訛りが残ってますから。利き手と反対でおみくじを結んでる筈だから、まだその辺りに居るんじゃないかな」「それって、さっきの?」 わたしの問いに、旦那が頷く。彼の云っているのは、凶みくじの少年のことらしい。 旦那は仕事柄出張が多く、方言に精通している方である。たしかにあの子も、何処かの方言を喋っているようだった。正月だから、おおかた親の郷(さと)帰りについてきているのだろうと思っていた。この二人の孫ででもあるのかもしれない。 しかし、その考えは違っていたようで、彼らは少し申し訳なさそうにこう云った。「ありがとうございます。でも、我々が待っているのは、会える筈のない人物なんですよ」「知っています」 胡散臭(うさんくさ)そうな貌をする夫婦に、旦那は人の良さそうな笑みを浮かべて云う。「でも、今日は年神様の来る日ですから。年神様って祖霊とみる向きもあるでしょう」「年神様って、五穀豊穣の神様じゃなかったっけ?」 二人と別れると、わたしは旦那に訊いた。足元に注意しながら、石段を降りている途中である。あの夫婦は旦那の言葉を信じたのか、もう少し神社に留まるということだった。「うん。でも、家を守ってくれる先祖の霊だとする説もあるんだ」「それが祖霊?」「そう。死んでから一定期間を過ぎて祀り上げされると、死霊は祖霊の一部になるんだって。そして、祖霊は神に昇化するって考え方もある」「へぇ」 仏壇に願い事をするのは間違っている。そう分かっているのに、仏壇に手を合わせるとつい何か願いたくなってしまうのは、先祖を神とする考えが、日本人の何処かにあるからかもしれない。「もっとも、あの人達は、まだ祖霊じゃなくて死霊だろうけど」 石段を降りきった処(ところ)で、旦那がぼそっと呟いた。 姑(はは)の家に帰ると、てっきりもう寝ていると思っていた姑が、甘酒を作って待っていた。新年の挨拶を交わし、湯呑を受け取る。「寒かったでしょう。これ呑んで温まりなさい」「ありがとうございます」 まず、湯呑を包んで手を温める。こういう時に呑む、少しだけ粕の残ったざらざらした液体は、どんな酒よりも旨味(うま)いと感じる。 旦那も帽子を取って、甘酒の入った湯呑を受け取る。姑がその帽子を手に取って、あらと呟いた。「お父さんの帽子を被って行ってたのね」 そう云って睛(め)を細めた姑は、何処か懐かしそうに見えた。了読んでくださってありがとうございましたm(_ _"m)ペコリ先日の件、疑いは晴れませんが、一応、解決にはなりました。この場で愚痴ってすみません。本人には決して逆らってはいけないと上から言われているので、いくら言っても怒りが治まらなくて・・・・・・。最初の会社でも、取引先代理店の営業マンから無茶苦茶言われながら三年耐えたけど、今回は四六時中一緒にいる人(しかもほとんど二人きり)なだけに、さすがにキツイ。あの時よりマシって自分に言い聞かせてるけど、どこまでもつか・・・・・・。周囲の目が、あの時より遥かにあったかいのが救いですが。架月さん、サトルさん、本当にありがとうございました。
2007/01/02
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近所の人と思(おぼ)しき家族連れが、石段を登っていく。ようやく坂を登ったと思ったら足場の悪い石段という仕打ちに、小さな子供が駄々をこねている。眠いのかもしれない。父親らしき男が、子供を負ぶって石段を登る。「あなたもお舅(とう)さんに負ぶってもらって、ここに参ったりしてたの?」「いいや。親父は、除夜はずっと起きてないと不可(いけ)ないから、眠りを誘うような真似はしないなんて云(い)って、絶対に負ぶって呉(く)れなかった。本当は結構な齢(とし)だったから、負ぶるのがしんどかったんだろうな」 旦那は、舅(ちち)が齢を取ってからやっと出来た一粒種だと聞く。齢がいってからの子供というのは可愛いというが、体力的にしてやれないことも多いのだろう。「親父は本当に変なところで頑固な人でね、どうでもいいようなことに拘(こだわ)るところがあったんだ。今の、除夜は起きてないと不可ないって話もそう。おふくろが欠伸をしただけで、『今寝たら白髪や皺が増える』とか云ってね」「そう云われると、今のわたしだったら起きてるかも」「でもおふくろは、寝ない方がシミや皺が増えるって云ってた」「あはは。たしかにそのとおりだわ」 ごつごつとした石段に足を取られそうになりながら登っていると、上の方がそれまでになく騒がしくなった。新年の挨拶をする声が、あちこちから上がる。年が明けたようだ。一段先を登っていた旦那が振り向く。「明けたみたいだね。おめでとう」「おめでとう。今年もよろしくお願いします」「こちらこそ、今年もお世話になります」 旦那と二人、階段の途中で頭を下げ合う。貌(かお)を上げると睛(め)が合った。へへへと笑い合う。 やっとのことで登り切ると、小さな社殿が見えないくらい人が並んでいた。手水舎(てみずや)で手を清め、わたし達も列の後ろにつく。前に並んだ人待ち貌の夫婦と睛が合う。おめでとうございますと声を掛けると、おめでとうとにこやかに返された。年越しの神社では、誰もが親しげであるように感じる。 お参りを済ませると、社殿の隣の授与所でおみくじを引いた。旦那は小吉、わたしは中吉である。寒いので、火が炊かれている傍に行って読んでいると、隣の人と肩がぶつかった。慌てて謝ると、相手は暗い表情でおみくじから貌(かお)を上げた。まだ学生風の少年である。「すいません。こんながい(・・)なん初めて引いたから、動揺してしもうて」 声もまだ、あまり低くない。「凶とか?」 旦那が面白そうに訊く。「大凶です」「ほお、そりゃすごい」「それってなかなか出ないわよ。却って良いことがあるかもよ?」 わたしは励ますように云ったが、少年は項垂れたままだ。そこへ、年配の男性がやって来た。旦那と同じようなニット帽を被っている。わたし達の話を聞いていたのだろう。少年のおみくじをちょいと摘まんで云う。「凶のおみくじはな、利き腕と反対の手で結ぶんだ。そうすれば、凶が転じて吉になると云われている」「へえ、利き手と逆(さか)しの手で結ぶことで、運も逆しになるいうことですか。やってみます」 少年は、貌に希望を浮かべて去って行った。それを見送っていた旦那が、ぽつりと呟く。「ああなっても、おみくじで一喜一憂するもんなんだな」「まだまだ子供だからだろう」 返したのは、先程少年に助言した、年配の男性である。二人は古い知り合いらしく、旦那がわたしを紹介すると、男性は嬉しそうに微笑んだ。暗くて貌はよく見えないが、目尻の皺が深くなる。「こいつは変わり者だから、苦労してませんか?」 しわがれた声は深く、親しみがこもっている。姑(はは)と同じようなことを云うなあと思い、わたしは思わず笑ってしまった。「たしかに変わってますけど、面白いことも多いですよ」「なら良かった。今後ともよろしく」「こちらこそ」 早くに父親を亡くしてしまった彼の、父親代わりのような人であるようだ。式では見なかったから、姑には秘密なのかもしれない。「今年も来てたんだ」「ああ」 旦那が云って、男性が頷いた。同じような帽子を被っているせいか、本物の親子のように見える。二人の間で、ぱちんぱちんと、炎の爆ぜる音がする。 しばらく三人で火にあたっていたが、やがて旦那がおみくじを結びに行こうと云い出した。じゃあと云って、男性と別れる。しかし彼は、いくらも歩かないうちに振り返ると、男性に向かって問うた。「あ、年越し蕎麦の謂(いわ)れってなんだったっけ?」「細く長く生きられるように」つづくもし続きを待ってくださってる方がいらっしゃったらすみません。ちといろいろありまして、更新が飛び飛びになっとります。私って、人間性に問題のあるヒトを引き寄せる力でもあるんでしょうか。そりゃ、自分自身の人間性にも問題があるとは思うけど。でもなぁ、『それでも、 それでもワタシはやってない』 ぞ!つーか、自分に一番被害が及ぶのが目に見えてるのに、やるわきゃねーだろ!! 阿呆!!!私は無辜(むこ)じゃ、こんなの冤罪じゃあーーーーっ!!!(注:痴漢行為ではございません)たまたまあの映画を観た日に疑いをかけられてたってのは、何かの運命ですか?(泣)
2007/01/01
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