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またここは当分お休みします。でも、新たな小説もどきの連載をこちらではじめています。いつもはこんな告知もしないのですが・・・・・・。あちらは、雪村の飼い猫(?)ふーたろーのブログとなっております。本当はここに掲載しようと思っていたのですが、思うところがあり、あちらに載せることにしました。昨日まで掲載していたものとは、全く毛色の違う(ということもないかな?)話になっていますが、興味を持っていただけるようでしたら、読んでやってくださいませ。ふーたろー名義のブログ→Nonsense Story
2007/07/12
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大丈夫、これは夢なんかじゃなくて、わたし達はちゃんと実在していますよ、お姑(かあ)さん。 わたしはあの時、そう否定しようと開きかけた口を噤んだ。 わたしとて、今現在の自分が確かに存在しているという確信を持っているわけではない。わたしの旦那は少々変わっており、人の睛(め)には映らないものを普通に相手にする。彼と結婚してからというもの、その辺りの境界が曖昧になってきた。ともすれば、自分も実体なく霧消してしまう類の物体であるのかもしれないと、疑念を抱くことさえある。 それに、わたしは思ってしまったのだ。 仮にわたしが、姑(はは)の夢想の産物だったとしても、何ら問題はない。ここがどういう世界であれ、彼らと人生を共にできることは、わたしにとっては僥倖(ぎょうこう)なのだから。 一人の淋しい女性の支えの一部として存在する。そういうのも悪くない。 姑の家に帰ると、旦那は娘と一緒に仏間でぐっすり眠っていた。起きてきた彼に、土砂降りで遅くなったと弁解すると、そういえば雨音がしてたような気がすると、なんとも暢気な反応が返ってきた。 娘はまだ眠っている。色は白いが、どちらに似たのか眉毛が凛々しすぎて、ピンクのベビー服があまり似合っていない。胸の辺りに、体に対してやたらと長い耳のうさぎが刺繍されている。 わたしは娘のお腹にタオルケットを掛けると、その傍らに落ちていた哺乳瓶を拾い上げた。「今日はありがとう。おかげで楽しかった」 娘が起きないよう、そっと襖を閉めて旦那に声を掛ける。「そりゃ良かった」 台所で土産の饅頭を食べようとしていた彼は、嬉しそうに貌(かお)を綻ばせた。わたしも向かいの椅子に座る。と、椅子を引く音が大きかったのか、襖の向こうで娘がぐずり始めた。「ゆっくりしてなさい。わたしが見てくるから」 わたしの分のお茶を淹れてくれていた姑が、急須を置いていそいそと仏間へ向かう。立ち上がろうとしていたわたしは、再び椅子に腰を下ろした。「子守り、大変じゃなかった?」 開け放たれた襖から、盛大な泣き声を上げる娘が見える。わたしは不安になって訊いた。 娘は姑によく懐いていて、旦那よりも彼女があやした方が、確実に機嫌が治る。今だって、姑に抱き上げられただけで娘はすっと泣き止んだ。きゃっきゃと歓声さえ上げている。旦那ではこうはいかなかっただろう。彼は仕事柄出張で家にいない日が多い。その際、頼めば姑が手伝いに来てくれるので、娘が旦那より姑に懐くのは仕方がないのだが。 それにしても、娘に人見知りされている彼が、今日一日、どうやって凌いだのか。「いや、楽勝だったよ」 わたしの心配をよそに、旦那は涼しい貌で応えた。「優秀なベビーシッターが現れたからね」「ベビーシッター?」 眉根を寄せるわたしに意味深な微笑みを浮かべ、彼は仏間へ視線を転じる。 其処には、娘と笑いあう姑の姿があった。了読んでくださってありがとうございました!架月真名さんよりリクエストいただいた『おばあさんと孫の話』でした。とはいえ、ご期待に添えていないような気が・・・・・・すみません。実はこのシリーズ、一応自分の中で制約を作ってまして、旦那が全く関与しないところでの怪奇現象はご法度だったんです。そうしないと、無節操になって収拾がつかなくなると思って。娘自体に同じような能力を持たせても良かったのですが、それはそれでややこしくなりそうだったので、こういう形を取らせていただきました。一応、このシリーズはこれでおしまいにするつもりです。気が向いたら書くこともあるかもしれませんが、娘世代の話は多分ありません。期待していただいた方には申し訳ありません。約一年二ヶ月、お付き合いいただき、どうもありがとうございました。
2007/07/05
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「その夜にね、帰宅した主人にあの父娘のことを訊いてみたんだけど、誰とも約束なんてしていなかったと云うの」 半ば予想はしてたけどと云って、姑(はは)はストローに口をつけた。ミックスジュースが重たげに、細い管を登る。 芸術文化ホールの一角にある喫茶店で、わたしは姑の話を聞いていた。今日は母の日なので、旦那が自分と娘からだと云って、姑とわたしに観劇をプレゼントしてくれたのである。もうすぐ七ヶ月になる娘は、姑の家で旦那が看てくれている。三時間以上二人きりにするのは初めてなので少々心配なのだが、芝居が終わって外に出ようとすると物凄い土砂降りだった為、ここに入って雨が止むのを待っていたのである。「それでも、その男の云ったことを信じてらしたんですね」 わたしの問いに、姑はふふふと笑った。「ええ。あの子が産まれるまでは、あの人との約束だけが生きる支えだったから。もう一度、あの赤ちゃんに会いたくてね」 あの子というのは、わたしの旦那のことである。彼は、姑が十年以上待ち希(のぞ)んでやっとできた一粒種なのだ。「白昼夢に過ぎなかったかもしれないのに、おかしいでしょ」「そんなこと・・・・・・。それがお姑(かあ)さんの支えになって今があるんだから、ちっともおかしくなんてないですよ」 それくらい、当時の姑には縋るものが必要だったのだろう。夢でも幻でも。自分を肯定してくれる存在が。未来に希望を持てる何かが。「そう? ありがとう。でもね、今もずっと、夢を見てるのじゃないかと思うことがあるの」 彼女は少し淋しそうに、わたしから視線を外した。「今の生活は全て夢なのじゃないかって。あなたやあの子も、孫の貌(かお)が見れたことも。あの時の淋しいわたしが見続けている、幸せな白昼夢なのじゃないかしらってね」 目覚めれば、まだ自分はあの日にいるのではないか。雨音に包まれて、畳の目に視線を落としているのではないか。そういう考えが、ふとした拍子に頭を過ぎる。 姑は当時を思い出すように眼を瞑った。着物の肩が、ふいに細く、儚く見えて、わたしはにわかに不安になった。「・・・・・・お姑さん?」「ごめんなさいね。変なこと云って」 姑は眼を開けると、曖昧に微笑って窓の外を見上げた。「雨、止んだわね。そろそろ帰りましょうか」 つられるように窓外に眼を遣ると、あの土砂降りが嘘のように、清清しい青天が広がっている。植え込みの新緑が、陽を受けて瑞々しい光を放つ。 わたしは射るような光に眩暈を覚えながら、伝票を手に席を起(た)つ姑の後を追った。清算に行くと、わたし達と同じような雨宿り客が列を成している。「それで、その赤ちゃんにはやっぱり逢えなかったんですか?」 待つ間に何気なしに訊いてみると、意外な応えが返ってきた。「それがね、つい最近再会できたのよ。嘘みたいな話だけど。やっぱり今現在(ここ)も夢の中なのかしらね」つづく
2007/07/04
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「雨、止みませんね」 しばらくすると、男が立ち上がって云った。「縁側の硝子戸が開いたままのようだから、閉めてきます」 洗濯物を投げっぱなしていたことを思い出して止めようとするが、彼はすでに縁側へ続く硝子障子を引いていた。しかし、その向こうに散らかっているはずの衣類が見えない。必死に頸を伸ばして眼を凝らしてみたが、やはり黒光りする板間が続いているだけである。男は硝子戸を閉めて戻ってくると、はっとしたように、彼女の前にやって来た。屈みこまれて、思わず身を固くする。「これ・・・・・・」 そう云って身を起こした彼の手には、彼女が箪笥から出してきた着物の腰紐が握られていた。「何しようとしてたんですか。莫迦な真似は止めてください」 何も云っていないのに、男は彼女がしようとしていたこと全てを見透かしているかのようだ。苦虫を噛み潰したような貌で、彼女を凝視(みつ)める。「きついことを云うようだけど、今死んだってなんにもならない。こんなことをしても、あなたが損をするだけですよ。辛いのは判るけど、もう少し辛抱してください」 いくらも齢の違わない、ともすれば年下かと思われるような男に判ったような口をきかれて、彼女は少し頭に来た。「知ったようなこと云わないでください! あなたに何が判るのよ。子供のいる人に、ましてや男の人にこの辛さが判るわけない。もう少し、もう少しって、ずっと自分で云い聞かせてきたわ。でも、一体いつまで辛抱すればいいの!?」 もう限界なの・・・・・・。 悲痛な叫びを漏らすと、視界がぼやけた。赤ん坊を抱きしめる手の甲に、ぽたりぽたりと泪が落ちる。初対面の対手に、何を云っているのだろう。こんなのは八つ当たりだ。しかし、そうと判っていても止められなかった。「ごめんなさい」 やっとのことで謝罪の言葉を搾り出す。主人の知り合いだというのに、とんだ醜態を晒してしまった。「主人から聞いてらっしゃるかもしれないけど、もう結婚して九年にもなるのに、子供ができなくて・・・・・・。主人の知り合いのあなたにこんなこと云っちゃうなんて、嫁どころか妻としても失格ですよね」 赤ん坊の頭に、貌を埋める。柔らかい産毛が、頬に心地良い。「・・・・・・あと一年。いや、二年かな」 しばらく黙って、成す術がないといった風に佇(た)ち尽くしていた男が、ぽつりと漏らした。貌を上げ、何がと訊き返すが、男は応えない。代わりに、質問を返してきた。「その子のこと、可愛いとは思いませんか?」 腕の中の赤ん坊に眼を落とす。あれだけ大きな声を出したにも拘わらず、赤ん坊はむずがるでもなく、安心しきったように睡(ねむ)っている。先刻(さっき)会ったばかりの自分に、実の母親のように凭れかかって。あまりの無防備さに、彼女は眼を細めた。可愛くないはずがない。「また、その子に逢いたいとは思いませんか?」 男の声の中に、優しい響きが深まる。「連れて来てくれるんですか?」 彼女の問いに、男は力強く肯(うなず)いた。「いつか、必ず」 何時の間に睡ってしまったのか、気が付くと、独り仏間の硝子障子に凭れて坐(すわ)っていた。無理な体勢でいた所為で、肩の辺りが痛い。 縁側に出ると、雨は止んでいた。昏(く)れかけた天(そら)から硝子戸を通して入る陽が、投げ入れたままの洗濯物を赤く染めている。彼女はそれらを掴んで、仏間に戻った。男の姿も、赤ん坊の気配も消えている。ただ、ほんのりとした温もりだけが、腕の中に残っていた。つづく
2007/07/03
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誰がこんなところに・・・・・・。 家人では有り得ない。主人は昨夜から帰っていないし、舅と姑は、今朝から連れ立って旅行に出かけている。朝、経をあげた時には、赤ん坊など居なかった。ミシンを踏んでいる間に、誰かが勝手に家に上がり込んだのかと思うと、にわかにぞっとする。 仰向けに転がされていた赤ん坊が、いやいやをするように身を捩り、ぱたりと寝返りを打った。うつ伏せになると、泣きながらも器用に腕を使って匍匐前進する。何処へ行くのかと、腰紐を投げ捨てて、慌てて抱き上げる。すると、意外と硬くしっかりとした感触が手に伝わってきた。頸(くび)ももう坐(すわ)っている。「あなたは女の子なのね。何処から来たの?」 長すぎるのではないかというくらい耳の長い兎のイラストが描かれたピンクのベビー服を着て睫毛を震わせている赤ん坊の背中を、あやすように叩きながら、声を掛ける。弟妹を看ていたので、子守はある程度心得ている。 赤ん坊は寂しかっただけなのか、縦抱きにして胸を合わせると、泣き声は寝息に変わっていった。小さな躰が、次第に熱と重みを増してくる。 彼女は硝子障子に凭れるようにして、畳に腰を下ろした。赤ん坊の躰をずらし、自分の胸元に、頭をあてがう。この部屋を包み込むように聞こえる雨音と、胸元から立ち昇ってくる規則正しい寝息を聞いていると、全てが遠いことのように思えてくる。子ができないことも、主人が帰らないことも、何もかも。 なんだか幸福な気持ちになってきて、ぼんやりと畳の目を見ながらうつらうつらしていると、玄関脇の間へ続く襖が開いた。 そうだ。侵入者がいたはずだったんだ。 急に恐怖が戻ってきて逃げようと腰を浮かせるが、赤ん坊がへばりついていて、思うように動けない。人形のような小さな指が、割烹着の脇をきゅっと掴んでいる。立ち上がりかけた彼女から振り落とされまいと、しがみついているようだった。 今、この家を守れるのは自分しか居ない。彼女は覚悟を極(き)めて、開いた襖を振り向いた。「どなたですか?」 侵入者へきつい視線を向ける。相手は一瞬たたらを踏んで、絶句した。まだ若い男である。空巣か強盗の類かと思ったが、手に哺乳瓶を持っているのがなんとも間抜けだった。「もしかして、この子の・・・・・・」「ええ、父親です。泣き声が止んだと思ったら、抱っこしてもらってたのか」 相手が怯んだと思って話しかけたのが不可(いけ)なかったのかもしれない。男は急にくだけた調子になって、哺乳瓶を振り振り仏間に入ってきた。我が物貌(がお)なその様子に、彼女の方がまた逃げ腰になる。「あ、あの、なんなんですか、あなた。勝手に人のうちに上がり込んで」「えっと・・・・・・すみません。ちょっと約束があって」 男は明らかに言いつくろっている様子であった。しかし、強盗や空巣のようにも思われない。第一、子連れでそんなことをする泥棒がいるだろうか。しかも、侵入した先で、暢気にミルクを作るとは。「ひょっとして、主人のお知り合いの方ですか?」 主人よりも、自分に近いくらいの年齢に見えるが、新しい部下か何かかもしれない。彼女は自己防衛本能も手伝って、良い方に考えようとしていた。 もっとも、それは相手の醸し出す雰囲気の所為(せい)もあったかもしれない。彼には、どこかで会ったことがあるような、懐かしいものを感じる。「まぁ、そんなところです。昔、世話になって・・・・・・」 男は云いながら、仏壇を見上げた。「それで、ご主人は?」「まだ戻ってないんですけど、約束があるなら戻ると思います。ごめんなさい。わたし、何も聞いていなくて」「いえ、急な約束でしたから」 男は仏間に入ってくると、彼女の腕の中を見て、寝ちゃってますねと苦笑した。こちらに取りましょうと小さな胴に手をかけるが、赤ん坊はしっかりと割烹着を掴んで離さない。無理に引っ張ると、ふがふがと愚図りだし、彼は困ったように眉を下げた。「どうやら、あなたの方がいいみたいですね」「気にしないでください。わたしも、もう少し抱いていたいし。お茶もお出ししていなくて、申し訳ありませんけど」 彼女は、男に座蒲団を勧めて、赤ん坊を抱き直した。すくすくと健やかな寝息を立てる小さな生き物に、言い知れぬ幸福感が湧いてくる。この子は全身で、自分を必要としてくれている。つづく
2007/07/02
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腰高窓から降り注いでいたうららかな陽射しが、翳りを見せ始めた。遠雷の音も聞こえたような気がする。ひと雨来るかもしれない。今は自分しか家に居ないことを思い出し、洗濯物を入れるため、彼女は足踏みミシンのペダルから足を外した。 玄関で草履をつっかけ、足早に外に出る。物干し竿から衣類を外し、片端から縁側に投げ入れていると、ぽつりぽつりと水滴が落ちてくる。主人のものだけでも濡れないようにと先に取り込む。次に舅、姑、そして自分の順である。どうにか本降りになる前に取り込み終えて、沓(くつ)脱ぎで一息ついていると、急激な徒労感に襲われる。 こんなことをしていて、何になるというのだろう。わたしの役目はこんなことではないのに。知らず泪が溢れてくる。もう、駄目なのかもしれない。 ひと月ほど前、幼子を残して義姉(あね)が亡くなった。結核である。葬儀の席では、母親恋しさに泣く子供が、親族達の眼を引いた。 かわいそうに。まだ小さいのに。故人もさぞかし心残りでしょうね。 故人の若さにも哀しみを感じるが、幼子のこれからを思うと、誰もがやり切れなさに目頭を熱くする。しかし、子供を哀れむ彼らの言葉は、次第に彼女への非難に変化していった。 神様も、こんな小さな子の母親を連れて行くことはないのに。 そうだ。姉さんよりもっと他に、役に立たない人がいるだろう。 どうせなら、長男の嫁なのに、子供の一人も産めない、役立たずの誰かさんが死ねば良かったのにねぇ。 このままでは、我が家は途絶えてしまうわ。お父さん、なんとかならないの? 見合いで貰っておいて、まさか出て行けとも云えまい。おい、おまえ、外に誰かいい女でもいないのか。この際、男子が産まれれば、妾腹でも構わん。 無茶云わないでくださいよ。今、仕事が忙しくて、それどころじゃありませんよ。 まったく、とんだ外れを引かされたものね。 彼女は凝(じ)っと黙って、それらの言葉に身を竦めていた。聞き流したつもりでも、心無い言葉は躰の奥底に溜まっていく。子供の悲痛な泣き声は、彼女が生きていることを責めているようにも感じられた。 跡継ぎの嫁であるにも拘わらず、結婚して九年にもなるのに子ができない。 最初は気に病まないよう励ましてくれた姑も、三年を過ぎた辺りから態度が変わった。舅に至っては、たった半年で兆候がないことに苛つき、自分が跡継ぎを作るためだけに娶られたのだと、改めて思い知らされた。貌(かお)にこそ出さないが、主人も同じ思いだろう。仕事が忙しいと云って、家にもほとんど寄り付かない。実際は、余所(よそ)に女でも拵えているのかもしれない。 もともと好き合って一緒になったわけではない。だから、彼に妾がいたとしても、悋気(りんき)することはないだろう。けれど、子供を作られるのは別だった。それは自分の女の部分だけでなく、存在意義自体を否定されるような気がした。しかし、今の自分に、それは止めてくれと主張することができるだろうか。その資格があるのかと自問すると、否の答が返ってくる。自分はこの家に、跡継ぎが必要だから、娶られたのだ。子ができないのでは、離縁を迫られてもしようがないと思っている。しかし、自ら出て行くことはできなかった。実家にいる両親は、彼女の本当の父母ではない。彼女は養女なのである。養い親の面目を潰さないためにも、主人に三行半を突きつけるような真似はできない。 子供が欲しい。 子供ができても、舅達の態度は変わらないかもしれない。けれど子供がいれば、自分の生きがいになる。自分の子供さえいれば、主人が余所に家庭を作っても、全く平静でいられる自信がある。 彼女には、自分が早くに親元から離れなければならなかった分、自分の子供は手元に置いて、愛情いっぱいに育てたいという願望があった。たくさんの子供はいらない。一人でいい。一人を大切に育てたい。 しかし、そんな夢も、もう叶わないだろう。九年だ。八年まではと云われたこともあるが、それもあっさり過ぎてしまった。子を授かるのに良いとされることは、一通りした。自分の脚で行ける範囲なら、お参りもしている。手は尽くした。ここから先は、神の領域だ。人間である自分が、どうこうできるはずもない。 彼女は泪(なみだ)を払ってふらりと立ち上がると、洗濯物を投げ入れた縁側ではなく、西の角部屋に向かった。床をこするように肢(あし)を運び、嫁入り道具だった着物箪笥の前に正座する。そして、中から着物の腰紐を一本取り出した。 これを欄間に通して輪を作れば・・・・・・。 ぼうっとそんなことを考えていると、仏間の方から赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえてきた。気のせいだと自分に云い聞かせ、気を取り直すように頭を振る。しかし、腰紐を握ったまま部屋を出ると、声はいよいよ大きくなった。まさかと思いつつ、仏間に通ずる障子を引く。 果たしてそこには、火がついたように泣き喚く赤ん坊が、座蒲団の上に転がされてあった。つづくお久しぶりでございます。六月中にケリをつけようと思っていたはずなのに、気付けばもう七月。しかも話の中では五月だったり~(汗)かーなーり、陰鬱な始まりですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
2007/07/01
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