Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/04/03
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: カテゴリ未分類


 休講になったなど、もちろん嘘である。躰(からだ)が動かないのだ。いくら眠っても、眠った気がしない。眠れば必ず、あの人の夢を見る。しかし、その中で交わす会話さえも、だんだんと茫漠としたものになっていく。眠っている間にも、眠気を感じるようになっていた。
 昨夜の夢では、その人はマンションでも実家でもない場処(ばしょ)に居た。六畳ほどの和室で、十四インチくらいのブラウン管型テレビと小さな卓があるだけの、簡素な室(へや)であったと思う。その人はやはり、漢字を書き出した紙片とにらめっこをしていたが、来ていることに気が付くと、しきりに躰のことを訊いてきた。とても気に掛けて呉(く)れていることが分かり、痛い程嬉しかったが、正直に話すともう来ては不可(いけ)ないと云われそうで、ほんとうのことは云えなかった。
 朝方には、見知らぬ土地を散歩していた。かさりかさりと音を立て、落ち葉の絨毯を踏みしめていく。ひんやりとした朝靄が、その人の姿を隠そうとする。白いカットソーの背中が見えなくなるたび、自分はあの人から遠ざけられているようで不安になる。近づけば近づいたで、色づいた木々の中に埋もれてしまいそうに見え、躰を捕らえてしまいたくなる。しかし、また躰のことを問われたらと思うと、声を掛けることさえ憚られた。
 その次に見た夢の中では、特急列車に乗っていた。文庫本を読んでいたかと思うと、時折思い出したように手帳を取り出して、何事か書き付ける。子供の名前候補の漢字であろうと思われるが、気づかれるのが怖くて、あまり傍には行けない。やがてその人は、細い首筋をむき出しにして頭を垂れたかと思うと、寝息を立て始める。それにつられるように、自分もまた眠りの中の眠りに墜ちていく。


 まどろっこしい思いをしながら眼を醒ますと、午(ひる)を少し廻っていた。玄関の呼び鈴が鳴ったような気がして、階下に行く。しかし、鍵を開けて外を見廻(みまわ)しても、薄荷水のような空気が頬を撫でるばかりだった。
 うつらうつらしながら、台所にあった昨夜の残り物を食べ、たいして空いてもいなかった腹を満たす。まだ誰も帰ってきてはおらず、家の中は森閑としている。台所を出るときに鳴った一時を告げる柱時計の音が、やけに大きく感じられた。
 また眠るにしても、歯ぐらい磨こうかと洗面所に向かっていると、玄関から呼ぶ者がある。半分眠ったような頭を掻きながら玄関に出て、自分が完全に眠っていることに気が付いた。
「あ、今日はうちなんだ」
 上がり端に、あの人が腰掛けていた。こんにちはと云って立ち上がる。白いカットソーに、ベージュの綿パンを穿いている。今朝から見ている夢と、同じ格好である。
「うん。早く来すぎたから、誰も居ないかと思った」
「とりあえず、上がる?」
 その人を促して、急な階段を上る。居間へ通すのが普通かとも思ったが、自分の夢なので、自室に通すのも有りなように思われた。あまりうちに来ることのない人だからか、夢の舞台がうちになることは今までになかったので、少し戸惑う。
「先刻(さっき)は、一寸(ちょっと)眼が醒めてたんだ」
「一寸ってことは、ずっと眠ってたってこと?」
 室の襖を開けて云うと、その人はいつになく険しい表情で問い詰めてきた。
「ずっとってわけじゃないよ。途中、何度か眼が醒めたし。・・・・・・疲れてたんだよ」
 何故そんなに気にするのかと思いつつも、何か悪いことをしたような気分になって俯く。すると、頭上で溜息が聞こえた。
「そりゃ、疲れて当然だよ。ねぇ、何をそんなに思い悩んでるの? 今日こそはちゃんと話してよ」
「別に悩みなんかないって」
「だったらどうしてこんなことになってるの!?」
 その人は、室の東側にあるパイプベッドを指す。
 その指先を追って、瞠目した。ベッドの上には、うつ伏せの状態で、手足を投げ出したまま横たわる、自分の姿があった。


つづく






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Last updated  2007/05/06 12:23:52 AM
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ぼっつぇ流星号α @ なるほどねぇー なんかタイムパラドックス的な感じ(?)…
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雪村ふう @ 架月真名さんへ 赤ちゃんの描写を褒めていただけて嬉しい…

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