Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/04/02
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: カテゴリ未分類


 見慣れたマンションのリビング。その人は書き物をしていた手を止め、貌(かお)を上げた。
「迷惑?」
 向かいのソファに腰かけながら問う。その人は穏やかに微笑んだ。
「まさか」
「じゃあ、歓迎してくれる?」
「してるよ、いつも」
 歓迎の印に珈琲でも淹れようかと云って立ち上がる。ローテーブルの上に残された紙片には、子供の名前に使おうと思っているらしい漢字が、無数に書き散らしてあった。自分の名前の中の漢字を見付けて、少しだけ鼓動が早くなる。
「でも、きみにとって良いことだとは思えないから」
「何それ」
 この人は知っているのだろうか。この胸の内に渦巻く想いを。だから、遠まわしに牽制しているのだろうか。
「最近、躰(からだ)がだるかったりしない? 熱っぽいとか」
 珈琲を載せた盆を携えて、その人は気遣わしげな視線を向けてくる。その眼差しが、何よりも微熱を誘っていることを、この人は本当に知らないのだろうか。
 その人の睛(め)はいつも、全てを見透かしているようにも、何も知らないようにも見える。夢の中だからだから、自分の都合の良いように見えているのかもしれない。
「此処に来るからだって云(い)いたいわけ?」
 珈琲を受け取って訊き返す。その人は向かいの床に直に腰を下ろして、たぶんと肯(うなず)いた。
「魄(はく)がないと、器は長く保たないんだよ」
「何のこと?」
「ねぇ、こんなにしょっ中来るなんて、やっぱり何か相談事でもあるんじゃない? 相談じゃなくても、云いたいこととか」
 云いたいことはある。でも、それを云うわけにはいかない。
 この人が好きだ。
「ないよ、別に」
 視線を落とし、ぞんざいに応える。机上の紙片に書かれた無数の名前候補が眼に映る。どの文字も、生まれてくる子供への想いで溢れている。
 夢の中でさえ、この希(のぞ)みが叶うことはない。


 鰯(いわし)雲(ぐも)が、赤く染まった腹を見せつけるようにして、棚引いている。雲は天(そら)高くを流れているにも関わらず、自分の内に垂れ込めてきそうで憂鬱になる。日が暮れる前に帰路に着いたことを少しだけ後悔する。バイトに向かう時は、天など気にすることはないのだが。
「・・・・・・うん、うん。それが、まだなんだよね。昨夜はちょっと張ってたけど、今朝病院に行ったら、まだ降りてきてないって。初産は遅れるって聞くから、あまり気にしないようにはしてるんだけど」
 家に着いて硝子格子戸を引き開けると、玄関脇の部屋から姉の声が聞こえてきた。電話中なのだろう。相手の声は聞こえない。
 彼女の部屋は二階に残っているのだが、妊娠中ということで、今回の帰省では一階の部屋を使っている。
「分かった。四時頃ね。迎えに行けなくてごめん。うん。ありがとう」
 電話を切る気配とともに、硝子障子を開いて、姉が出てきた。
「珍しいね。こんなに早く帰ってくるなんて」
「そうかな」
「どっか悪い?」
「そんなことないけど」
「ならいいけど」
 姉は腹を突き出すようにして、電話の子機を持った手をふりふり、狭い廊下を歩いていく。
 本当は、躰がだるくて仕方がなかった。ここ数日、四六時中眠気が襲ってきて、気づくと居眠りをしている。しかし、いくら寝ても、一向に躰が楽になることがない。
「彼があんたのこと心配してたよ」
「義兄(にい)さんが?」
 電話の相手は、義兄であったらしい。
「うん。最近、体調が悪いんじゃないかって」
「何で?」
「さぁ。あの人、ちょっと変わってるから。でも、第六感みたいなのが働くから、侮れないんだよね」
「姉ちゃんもとうとう第六感とか云うようになったか」
 姉は至極現実的な人だった。それが、どこか非現実的な義兄と結婚し、近頃は感化されつつあるようだ。夢のお告げだの、虫の報せだのといった言葉を、しばしば口にする。
「だから躰にはくれぐれも気をつけなよ」
「その台詞、そっくりそのままそっちに返すよ。妊婦が気をつけなくて、誰が気をつけるっての」
「わたしはちゃんと気をつけてるからいいんだよ。でも、気をつけ過ぎなのかなぁ。まだ出てこない」
 そう云いつつ、姉は心配そうに腹をさする。予定日から、一週間近くが過ぎていた。


つづく






あ、リンクさせていただいてるところへの徘徊は、もうちょっとお待ちください。
G.W.中にできたらいいな~。





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Last updated  2007/05/05 12:16:41 AM
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雪村ふう @ 架月真名さんへ いつも読んで感想くださってありがとうご…
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