Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/05/12
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: 連作短編


「雨の後の空気って気持ちいいよな」
 義弟は鼻歌交じりに坂を下っていく。自分のTシャツの裾を引っ張って、雨に洗われた空気を衣服の中に取り込む。前に引っ張られたTシャツが背に張り付き、肉付きのいい背中を露にする。
 僕は同意をしてから、肉厚な彼の背中に問いかけた。
「で、どうして此処へ来たの。何か相談でもあったんじゃない?」
「・・・・・・分かる?」
 おそるおそるといった風に、義弟が振り返る。
「分かるよ。きみのお姉さんは、おれのこと鈍感だと思ってるみたいだけど」
「鈍感じゃなくて、無頓着って云ってたよ」
「異論はあるけど、反論はできないな」
 無頓着にしているつもりはない。虚と実、幻と現。その境目が分かり始めたのは、つい最近のことだ。頓着しようにもできなかったというのが正解で、別に喜んで受け入れているわけではない。
 ただ、今は別だった。
「何? 云いたいことがあるなら云ってみてよ。おれじゃ頼りないかもしれないけどさ」
「絶対誰にも云わない?」
「云わないよ」
「姉ちゃんにも?」
「場合によっては云うかもしれないけど・・・・・・」
「じゃあ、云わない」
 彼はくるりと踵を返して、また僕に背中を向けてしまった。僕は一人っ子なので、ちょっと兄貴風を吹かしてみたかったのだが、失敗してしまったらしい。
 しかし、兄貴風云々はともかく、このままにしておくわけにもいかなかった。義弟の首筋がほんのり赤くなっているのを見て取ると、急ぎ足で横に並び、その肩に手を置く。
「好きな子でもできたの?」
( かお ) を覗き込むようにして問うてみると、これが図星だったらしい。触れている肩が一気に熱くなり、それと同時に彼の貌も真っ赤に染まった。
「そうかそうか。そうなんだ」
「ち、違う!!」
 にやにやしながら彼の肩に腕を廻そうとする僕を退けて、義弟は力いっぱい叫んだ。しかし、この場面に ( ) いて、否定が肯定を表すものであるということに気づいたのか、彼はすぐ、悔しげに 項垂 ( うなだ ) れた。
「そういうことならおねえさんにも云わないよ」
 僕の言葉に、義弟は睨むような視線を返してきた。それに応えるように、ひとつ ( うなず ) く。と、彼は僕から視線を外して、ぽつりと云った。
「結婚してるんだ、その人」
「そっか。だから誰にも云えずに、思い悩んでたんだね」
 義弟は、子供のようにこっくりと肯いた。
「その人と付き合ってるの?」
「いいや。その人はおれの気持ちも知らない。夫婦仲はすこぶる良くて、おれの入る余地なんて、何処にもないんだ」


つづく






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Last updated  2007/06/15 11:39:54 PM
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