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一昨年の10月 夫の友人のお母さんが亡くなりひとり息子は本当にひとりっきりになってしまいました。それからもうすぐ2年が経ちます。お母さんは元気だった頃うちの店にもよくいらっしゃって 自分が遺産相続で揉め兄弟とも行き来がなくなってしまった話をよくしていました。なので子供が息子一人の事も「後で財産争いをしなくていい」と言い放っていた上に近くに親戚もいません。どれほどの財産を残したのかは分かりませんが、夫の友人は最近変です。お母さんが具合の悪くなる前にリストラに合い その後3年以上仕事もしていません。色々な資格を持っている頭のいい人なのに、仕事が見付からないまま3年です。それでもお母さんの思い出話をいつまでもする以外は 仕事も探していたし普通に会話も出来ていました。お母さんが亡くなって一年を過ぎた頃、夫や友人がお酒を誘っても「家を開けたくない」と出て来る事はないし、刹那的な返事ばかりで会話も成り立ちません。「(自分は)いつ死んでもいい」「どうでもいい」「世の中がどうなろうが関係無い」・・・・一人になってしまった悲しみは彼にしか分からないでしょう。家も有り、そこそこお金も残っていると、どうしても仕事をしなければならない理由も無いでしょう。守らなければならないモノが何にも無いのです。・・・・でもその現実が辛いから刹那的な会話しか出来なくなるのでしょう。わたしも夫も 見ていて歯痒くて 腹を立てたり慰めたりしましたが“ひとり”になってしまった現実はどうやっても埋められません。寝ていてもご飯が食べられるだけのお金がまだあって、守るモノが何も無い・・・そこからは生きる意味も働く意味もなかなか見出すのは難しいのでしょう。見ていてとても辛いです。
2006.08.31
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昨日は次男坊の卓球の試合でした。普段土曜日の試合が多く わたしも行けても朝一の試合を観る程度で帰宅して仕事をしていました。朝一と言ってもその試合のみで終る事も多かったので 後は夫がただただチームの他の子が終るのを待っているばかりなのですが・・・・昨日は久し振りに日曜の試合でした。前回ベスト32の中に入った事もあって 仕事が休みの姉を誘ってビデオの充電なんかしてイソイソ出掛けて行きました。夫は朝早くから次男坊を連れ会場入り。わたしは体調があまりよくなく自分で運転する自信がなかったので 姉が一緒で助かりました。試合が始まり、一回戦はシード。2回戦は3対1でしたが、多分相手は5年生?もっと楽勝してもいい試合でしょう・・・3回戦、なかなか強い相手に接戦のセットもありで、3対1で勝ち。4回戦、対戦相手は偶然おねえの友人のお子さん。同じ6年生です。「絶対負けるなよ~~」とおねえの力がやたらと入り 神通力が通じたのか、フルセットの末勝ちました。5回戦、これを勝てばベスト8!こんな事滅多にないです!ここまで来ると相手はうちのとは雲泥の差ですねぇ・・・・3対0であっという間に終っちまいました。しかし、せっかく姉を連れて行ったので一回か二回は勝つシーンを観せたくてね。そういう意味では大満足です。クラブの親御さん達も「シン!快進撃だな~!」とか 子供達まで「すごい!シンまだ残ってる!!」と我が事のように言って下さるのが みんなの待ち焦がれた勝利のように感じられてとても嬉しくありがたかったです。おねえは「3回勝ったので!」と次男坊に3千円くれました。「シン!賞金貰ってプロ並だなぁ!」と夫に言われて次男坊も満足げな顔をしていました。ベスト8は叶わなかったけれど、ようやく戦う姿勢が身についてきた息子。疲れた様子でしたが、晴々とした表情でした。158人中のベスト16・・・あと少しで表彰台です。そこへいくと 長男です。言いたい事がたくさんありすぎて、何から書いていいのやら・・・近くで家の外壁をリフォームしているところがありガンガンうるさいのです。毎日昼近くに起きて来て「うるさくて寝てられない」んだそうです。「同じ位の年齢の子が足場に上って仕事してるじゃないか~!」それなのにこいつは毎日毎日グータラグータラ・・・起きてきたかと思えばテレビは付けっ放しでPCの前に根が生えたかのように座っているし。たま~に友人からメールがあっても見るだけで返事も返さない。(これじゃ友達出来ねえはずだわ)他にもたくさんたくさんあります。昨日夜 「肩が回っていないから・・」とか「足の運びが遅いから・・」とか 夫と次男坊は試合の検証をふたりであれこれ話しながら試合の録画したビデオが観ていました。すると長男は「自分のビデオ観てて面白い?」と言ったのです。他のテレビが観たいらしいのです。わたし、珍しく卓球の試合にビデオを持って行ったのには 次男坊の卓球している姿を長男に観せたかったからなのです。(なかなか上達しなかったけれど、あんたの居ない間にシンはこんなに頑張ってきたんだよ)と・・・感想の一言でも無いのかなぁ・・・と思いながらわたしは「自分の試合のビデオを観る事は大事なんだよ」と言うと「ふ~ん・・」と言いまたPCの前に戻って行った兄です。一事が万事この調子です。知能は低くないのにどこかネジが一本足りません。何かが欠落しているのでしょう。自分から愛情を掛けなければ人にも愛される人間にはならないのに、その事に気付く日は来るのでしょうか・・・社会に出ていくのにもう2年もありません。
2006.08.28
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わたし、病気になる前は13号という立派な体型でございました。この一年で“メニエール病寝たきりめまい2食抜きダイエット”に成功して9号サイズになりました。夫は「労せず痩せていいなぁ~」と言いますが、否応無しですから労せずと言えば労せずですが、「なら身体に合う服買うからお金くれ!」と言いたい所です。夏場は厨房が暑いせいもあって、何年も襟元のゆるいオーバーブラウス系しか着ていませんでした。今 その服を着ると肩は出るし 谷間どころかその下のお腹までべローンと見えてしまうので、とても着られません。ジーパンは多少ゆるかろうがベルトってもんがありますから、ぶかぶかでも何とかなります。ダメなのは下着と上に着る物ですね・・・下着の話はまあいいとして上着は肩幅なんかの格好がすごーく悪くて借り物を着ているみたいです。何枚か買ったけれど、言わずと知れた我が家は只今財政難。そろそろ後期の授業料もあるし、次男坊は9月に修学旅行。今月は車の保険も満期で、自分の洋服なんて経済的にはもちろんの事、時間的にも体力的にも全てにおいて後回し。ネットで探すとすぐにクランクランがやって来ます。生まれた時からブーでしたから、初めてMサイズの体型になったと言うのに 悲しいかな3枚のTシャツを代わるがわる着ている毎日です。
2006.08.24
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いい日記書いたばかりなのにこの2日間ユラユラがかなりきつく、なかなか思う様に動けません。寝たきりにはならないものの、土日を寝たり起きたりで過ごしています。まるっきり動けないとご飯も洗濯も放棄するけど、それほどでもないのよね・・・人間が普段より一人多い分(長男です)洗濯したりたたんだりも多いし洗い物の食器も多いです。いい加減ヒステリックになってきました。「自分の物くらい自分でたたんでよ!」と長男に言ったら本当に自分の物だけたたんでいました。アホか~!「具合悪いんだってば!!」とカナキリ声をあげてしまいそうです。起きているとあれこれしないと家の中はグチャグチャ。寝ていると家の中はお通夜の様でわたしが辛い。母親は動けるうちは動いて当然とでも思っているんでしょうかねぇ・・・・二日続けて朝食しか食べていないんですけど・・・普段でもバラバラにご飯を食べる事が多いので誰も気付いていないです。(悲し~ぃ・・・)「大丈夫?」と声は掛けてくれるけど、思いやりは態度で示して欲しいもんです!
2006.08.20
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7月の末からわたしの出掛ける先は病院オンリーです。自分の病院は耳鼻科と歯医者さん。3ヶ月ほど前から口が半分しか開けられなくなっていました。多分 アレです。顎関節症。夕方になると不用意に大きく口を開けると 閉じる時に「ぎゃ~」っと泣きの入る位 顎が痛かったのです。笑い話のようですが、どう口を動かすと閉じるのか分からなくなってました。これ本当です。でも朝になると痛みは何処へやらで病院に行くのを大儀にしていました。(そのうち良くなるべさ・・・)と放置していたのが運の尽き。ホタテの貝柱の干したのを食べた途端、奥歯のブリッジがポキンと折れ どうしても歯医者さんに行かなきゃならない結果になってしまいました。この際です。他も診てもらいましょう・・・・歯医者さんで口を大きく開け 先生が「はい うがいして下さい」と言う度にわたしの目からは涙がボロっと出る思いです。先生には顎が痛い事を話していたのですが、口が閉じれなくて顔を覆っていた手の指の間から「あんまり無理しないで下さいね」と言いながらも先生の必死で笑いを堪えている顔が見えました。先生は優しい先生です。わたしにとって歯医者さんはこの先生以外に有り得ない位の優しい先生です。笑ってくれてありがとう・・です。昨日はその歯医者さんの何度目かの通院日。続いて今日は小児科の日。いつもの次男坊の定期健診です。この間にも次男坊の矯正歯科の定期健診があったばかりで、わたしはめまいしている暇が無いようです。耳の調子の悪さに(明日 病院どうかなぁ・・・・)と毎日心配していても予約通り病院行けてますから凄いです。今日で3週間寝たきりのめまいナシ。嬉しい限りでございます。
2006.08.17
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昨日から我が家の男3人は夫の一家とキャンプへ。わたしは一人ぼっちの日曜日です。誰も居ない時じゃないと出来ないのでテーブルのペンキ塗りをしました。20年以上も使っているこのテーブル 何度塗装し直したでしょう・・・・生活の痕も誰かのイタズラ書きも全部塗料の下に閉じ込めます。 どんどん色が変わっていきます。本当の色はイスの色・・・ 誰がこんな事をしたのか・・・生活してきた歴史なので傷も穴も好きなのですが、デコボコになるのは許せません。元々は白木のテーブルだったのが 今じゃオークになってしまいました。常に体調が悪かった時は 何か作ろうとかテーブルのボコボコとかどうでもよかったので、一年と半年で随分楽にはなったんですね・・・夜になってから一昨日のバッグにリボンを飾って中にポケットをつけて完成しました。 こっちの方が本当の色に近いです。かわいくなったでしょ?お盆休みは今日一日なので 明日からまた仕事頑張ります。
2006.08.14
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わたし 針と糸が嫌いでして。編物はまだしもパッチワークや洋裁より、よほど大工仕事が好きです。 この画像にははっきり写っていないけど、店の中の棚は全部自分で造りました。かんなも掛けるし、ジグソーも使うし、塗装もします。扉付けても大概思い通りの物を造れますね。そこへいくと苦手なのが針と糸。今まで子供達のものもすべて母親任せにしてきました。この季節麻ひもで編んだバッグが欲しかったのです。アレコレ材料をネットで検索しているうちに(アレとコレをこう組み合わせて・・・・)と材料の届くのが待ちきれない勢いになってしました。はい。わたしは針と糸が苦手なので殆ど使いません。 ↑そうして出来上がったのがこれです。一応素材は麻ひもと革。材料費1200円。他両面テープ 飾りボタン2個古いストローバッグをほどいて土台に革テープを両面テープでグルグル撒き 上の口に当る部分の始末に困ったので ほどいたバッグの表地の麻ひもで編んだものを内側から外にかぶせただけです。そこも革に針が通りずらかったので両面テープです。制作時間2時間。針を使ったのは持ち手の部分の革を布団針みたいな針で付ける時だけで 殆ど夏休みの工作状態での完成です。この夏メッシュのバッグが欲しかったのに気に入ったのは高~い!!自作でガマンしました。
2006.08.12
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ねぶた祭りも終わり、無法者のライダーはやがて北海道へ。すぐ近くのフェリー乗り場でキャンセル待ちをするそのテントの数何百個。洗濯物を旗のようになびかせ、近所のスーパーからは 水から箸からうなぎのタレまで貰える物は何でも貰って行くスーパー泣かせのライダー達。水のみ場を提供しても長い列を待ちきれずにスーパーのトイレで洗濯やシャンプーしてるし。貧乏学生の旅行者も多そうだけど、中にはハーレーやドゥカティやトライアンフなんてのもいるし・・1000cc以上のバイクもいる。こんな立派なバイクに乗るんなら健康ランドにでも泊まればいいのに・・・・「次の世代にもきちんとマナーが引き継がれて来た結果 何年もここにテントを貼らせてもらえる状況にある」と全国ネットのニュースで言ってましたが??・・・ライダー達はそんなに立派じゃありません。祭りの後の恐ろしい実態が報道する側に届いていないのか、それとも数少ない観光事業、報道規制しているのか・・わたしがこの土地の管理者だったら絶対キャンセル待ちのライダーには貸さないわ。
2006.08.09
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わたしが高校を卒業して実家の本屋を手伝いだした頃、大学に進んだ友人が青森に帰って来る度に学生が羨ましくて仕方がありませんでした。大学に進んだ友人は 同じ大学の友人達を何人も引き連れて帰って来ていたのです。車数台にバイク数台。一度ねぶた祭りの楽しみを覚えた学生達は毎年やって来ていましたね・・・祭りの後は毎日夜中まで飲んで騒いで 翌日仕事のあるわたしには楽しくもあり、眠たくもありのねぶた祭りの期間を過ごしていました。日中うちの店に顔を出し、夜ねぶたに跳ね、祭りが終わると今度は北海道出身の学生の所へと、学生の実家を渡り歩く夏休み。ごろ寝や野宿もなんのその・・・・北海道からの帰りまた立ち寄ります。わたしは大学生はみんなこういう風になるもんだと思っていました。「大勢の人数で押し掛けられたら親は大変だ~」と 当時も思っていたので、おっかなびっくりでも覚悟はしていました。今日うちの長男が帰省しました。大学2年が過ぎ3年になってもそこはヒトそれぞれ・・・・やっぱり帰りは一人です。タオルケットが洗濯出来ないと大きなバッグにタオルケット担いで帰って来ました。息子の夏休み 学生寮のおばさんになっているはずだったわたしの予定・・・・うう~ん・・・そうじゃなくて大学生になった息子が大勢の友人に囲まれているはずだったわたしの夢。あと一回しかチャンスないです。本当に小さな夢だったんですがね・・・・この分じゃ無理っすね。
2006.08.04
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次男坊の卓球クラブのコーチが、ガス欠を起こしている様です。「スポーツを通じて地元の子供達の健全育成を目指す」のが目的で発足したらしいこのクラブ。それから10数年が経過して、40代だったコーチは50代半ばになりました。10数年間 土曜日曜は朝から晩まで、完璧にボランティアとしてコーチはクラブをまとめて来た様です。わたしはそのクラブ一筋の姿勢があまり好きではなかったので、(家族で出掛ける事も制限され、時間が延長になる日も多い)クラブに入る事に最初は賛成できませんでした。でも何度試合で負けてもクラブの練習を頑張っている息子の姿は見ていて嬉しかったです。愛ちゃんのいる卓球名門の“山田ジュニア”の対抗馬はうちのクラブしかない・・・そんな状況を10数年続けてきました。これもひとえにコーチの情熱以外には無かったのでしょう。ボランティアなので、完全無報酬です。あるのは試合の日のお弁当支給のみ。月千円の月謝じゃ、玉代にもなっていないのは決算報告書が物語っております。今年度に入り会員の子供数の減少で、ひとりふたり強い子はいるものの、残りはドングリの背比べ。チーム編成すら出来ない状況になって来ました。加えて子供達の練習に熱意が感じられないのだそうです・・・・・この夏休み コーチは自身の息切れもあるのか子供達に印籠を渡しました。「卓球を続けたい人はノートにその理由を書いて提出する」と言うものです。結果次第では「クラブ解散」もありうるとか・・・・事実休みの日も多くなって来ました。ノート提出・・・・子供達はがん首並べて頭をひねっています。卓球を続けたい理由は「わいわい 皆で絡まっているのが楽しいから・・・」。・・・それじゃコーチは納得しないでしょう。この事態に臨場感一つも無いのですね。さすが小学生です。わたしはクラブのお手伝いを一つもしていないので ただ見守るしかないのですが、やっと試合に出て一つ二つ勝てるようになって来たばかりなので、願わくばクラブの消滅は避けたいところです。これからクラブは何処へ向かうのか・・・・まだまだ次男坊は教わらなければいけない事がたくさんあるのです。先日の全国大会で神戸まで行った子はベスト16に入ったそうなので、この結果がコーチの情熱にもう一度火を点けて欲しいです。
2006.08.03
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今日から8月だと言うのに青森は寒いです。この7月 日中も25℃を越えた日はあるでしょうか?・・・・こちらでは「ねぶたが過ぎると秋」と言いますが、このねぶた前に既に朝晩の風は秋風を感じさせ この時間半そでは寒いです・・・・。きっとこの日照不足と冷夏は作物に影響が出るでしょう。ついでにうちの店も冷夏の影響大です。カキ氷もソフトクリームも出やしません・・・・普段見えるお客様も家に子供を残したまま 外で自分だけご飯ってわけにも行かないですからね・・・・ 次男坊は いつもお世話になっている家の子が卓球の全国大会の為神戸入り。ここ数日遊び相手が居なかったので、暇がってパソ相手に一人遊びです。わたしも日常的なユラユラにいつまでも付き纏われ、気分ワルワル・・・グルングルンのめまいから2週間間隔が開いたので、そろそろ危ないです。忙しいと多少のめまいがあっても「やっててよかった~」と思うのだけれど 暇だと「これじゃ休むんだったわ・・・」とヨコシマな考えがよぎります。いやいや・・・今は以前の休みを取り戻す為毎日開け続ける事が必須条件!しょっちゅう休む前の売上まではまだまだなので 今は辛抱の時期なのでしょう。
2006.08.01
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