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昨日はやはり10日振りのめまいでずっと寝ていました。このところコンスタントに10日毎になっているわたしの大きな回転性めまい。朝からわたしは寝たきりで 次男坊は朝本読みしたりバタバタしていて 夫に叱られながらご飯を食べ登校していきました。ついこの間までは3日~5日毎のめまいだったので、毎晩次男坊の給食の箸と翌朝の着る物を用意して寝ていたのに最近は油断してました。それだけ軽くなってきた証拠でしょうね。一日中寝ていると変な夢ばかり見ます。昨日は次男坊が学校から泣いて帰って来た夢です。6年生にもなってわんわん泣いて帰ってきました。そんな夢を見たのは多分朝 夫に叱られて出て行ったからでしょう。その前は二人の子供と夫が「新しいお母さんのところに行くから」と大きな荷物を抱えて玄関から出て行くところでした。「新しいお母さんは台所もピカピカだし、掃除もいつもしてる」んだそうです。気の利かない長男は「何か欲しいものがあったら言って。貰って来るから」と夢の中でも気配りのかけらも無いセリフです。次男坊は(お兄ちゃん そんな事お母さんに言ったらかわいそうだよ)と言う顔で兄を見ていました。夢の中でもやっぱりかわいいやつです。夫はもう居なくなっていました。一番先に出て行ったのでしょうか?(こんな状態じゃしょうがないなぁ・・・)とわたしはあっさり「気をつけてね」と手を振り送り出しました。目が覚めても少しも悲しくなかったのは自分の事でいっぱいいっぱいになっているからでしょうかねぇ・・・心の何処かに 体調の悪い時は家の事も店の事も何にも気にしないでとにかく寝ていたいという気持ちがある様です。家の人間は散々わたしに気を使ってくれているのにひでぇ母親です。
2006.06.30
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久保田利伸さんがメニエール病で公演の延期や一部中止をされているとの事。そんな短期間で診断が下されるのはなぜ?芸能人だから?名医のいる病院だから?現在発病から10日だそうです。わたしは一年と2ヶ月です。HPの告知では最初の2週間の治療が大事との事。わたしは最初の2週間を含め2ヶ月個人病院だったからな~・・・・その後の総合病院では最初の治療が肝心と同じ事を言われましたけど・・・多分わたしと同じ様に2週間の点滴しながらツアー行程されているのでしょう。わたしの経験上では最初の点滴と投薬はは意外に効果でていたし。それで治ればいいですねぇ・・本格的なメニエール病になってしまったら耳は難聴と耳鳴りで音楽を生業とする人間には致命傷でしょう。めまいしていてはダンスも無理な事態だってあるでしょう。わたしは唄も踊りも生業としてなくてよかったです。当然ですか・・・・はい。本当に人は何処に落とし穴があるか分かりません。いつも順風満帆とはいきません。わたしの現在の状態は寝たきりのめまいは10日毎程度になりつつあります。日常的なフラフラもヨロヨロだったり、への河童だったり・・でも以前よりはかなり楽になったかな?耳鳴りも楽な時とそうでない時の差が激しく、「まだまだ頑張れる~~♪」と「もう嫌だ~(泣)」を行ったり来たり。明日の予定が立てられるまでにはもう少しです。あと一歩かも知れません。
2006.06.27
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ようやくW杯 日本の終息について書こうという気持ちになりました。書かないままで終わっても良かったけれど スポーツライター『金子達仁』さんのプログを読んでやっぱり今後の日本代表の動向がとても気になるからです。以下は対ブラジル戦後のブログからの引用です。勝手に引用しちゃダメなんでしょうが、良かったら読んでみて下さい。『8年前、川口能活は孤独だった。そうでなくても人づきあいが上手くなかった上に、たとえ相手が先輩であってもミスを容赦なく、それも苛烈に怒鳴りつけていたのだから、周囲が彼のことを疎んだのは仕方のないことだったのかもしれない。孤独な荒武者。あのころの川口をみて、我が輩はそんなふうに感じたことを覚えている。 8年前、中田英寿のまわりには人がいて笑顔があった。フィールド上での傍若無人にも思える振る舞いが信じられないほど、普段の彼は周囲に気を使う。日本代表の先輩たちは、ときとして生意気なティーンエイジャーにカチンとさせられることもあっただろうが、基本的には「しょうがねえなあ」と苦笑しながら見守っていたような印象がある。如才のない若殿。それがあのころの中田英寿だった。たぶん、だから村上龍さんあたりも彼に惹かれたのだ。 8年前、ジャマイカ戦にも敗れ、初のWMが3戦全敗で終わると、川口は泣きながら場内を一周した。悔しさ、情けなさ、不甲斐なさ、そしてファンに対する申し訳なさ。いろんな思いが入り交じった涙だったのだろう。たった一人でとぼとぼと歩く孤独な姿に、我が輩は胸が締めつけられるような思いを味わったものだった。 昨日、試合を終えて引き上げる川口のまわりには土肥が、楢崎がいて、笑顔があった。ちょうど、ジャマイカ戦のあとの中田がそうだったように。 中田のまわりには、誰もいなかった。ちょうど、ジャマイカ戦のあとの川口がそうだったように。 それを自業自得だとあざ笑う人もいるだろう。かつて川口能活が孤独だったのは、彼自身にも原因があったからであるように。 だが、中田英寿は本来、川口能活とは一番遠いところにいる人間だったのだ。 鬼だった川口能活は、勝つために笑顔を覚えた。 笑顔だった中田英寿は、勝つために鬼になった。 川口が仲間の信頼をえるために必死になって笑顔の浮かべ方を身につけようとしたように、中田は、勝利の可能性を高めるために必死になって鬼になろうとした。 そして、報われなかった。 彼自身の出来がよくなかったのも事実である。あれほど単純なミスを連発する中田英寿をみたのは初めてだった。ジョホールバル、ペルージャでのセリエAデビュー戦。節目となる試合では必ずといっていいほど結果を出してきた彼は、心のどこかで、絶体絶命の状況で迎えたブラジル戦も、なにかが起こることを予感していたのでは、という気がする。持って生まれた己の星に対する、理屈ではない信頼とでもいうのだろうか。それが木っ端みじんに打ち砕かれたショックは、間違いなくあったとは思う。 今回が自分にとって最後のWMであることを、彼は公言してきている。それが、あんな形で終わってしまったという悔しさもあったに違いない。 だが、一番大きかったのは、途方もない徒労感ではないか。他人への気遣いを忘れない男が、周囲から疎まれ、嫌われるのを覚悟でやってきたことが、なんの形にもならないで終わってしまったという徒労感。 あのとき、中田英寿はなにを考えたのか。周囲は、なにを考えたのか。ひょっとしたら、早い段階で中田の元に駆け寄った宮本が「いまは放っておいてやろう」と言ったがゆえの孤独だったのか。 中田英寿を軸として、核として起用してきたジーコ監督は、なぜドーハの際のハンス・オフトのように、へたりこむ大黒柱に声をかけなかったのか。去年の9月、中田英寿は「ジーコが監督じゃなかったら、もう日本代表にはいってなかったかもしれない」といっていたが、あれは彼の「片思い」だったのか。 真実が知りたい。たとえ真実はひとつでないにしても、真実のひとつぐらいは知っておきたい。』4年後の2010年 30歳を越えて成長した代表メンバーとして今と違う姿で戦う「中田 川口」を見たいです。中村俊輔を含めてみんなが不完全燃焼で終わったこのW杯。このまま引退はダメでしょう・・・。やっぱり「日本はもっとやれるはず!」です。
2006.06.26
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山登りと言うかの山下りと言うのか 生まれて初めて3時間ほど掛けて山から下りてきました。八甲田山のロープウェイで山頂まで登り 3時間掛けて下ってくるコースです。 出発前のまだ元気なわたしです。この酸ヶ湯温泉に車を置いてロープウェイの乗り場までバスで行きます。ロープウェイを降りて3時間後 この建物の後ろの山から下りて来るのです。 しばらくは緩やかな下り坂が続き「こりゃなんて事ないわ」とまだまだ元気。 雪です。途中まだたくさんの雪があり足元はグチャグチャで滑るしぬかるし 岩はゴロゴロヌルヌル・・道も分からなくなってビビリ始めました。ここでまだ3分の一くらい・・・・逆に下から登って来た人々がすれ違いざまに「どっちの方角から来たんですか?」とか「山頂まで後何時間くらいですか?」とか 標準語でアレコレ聴いて来るのですが答える余裕が無いです。皆さんしっかりリュックにピッケルの登山姿で、ハイキングの格好はわたしと夫くらいのもので 本当に日本中の各地からやって来ているんだなぁ・・・と思いました。だけどこっちは初心者なんだから(何にも聴かないでくれ!)って状態です。ここから後ろに写っている雪の阪道登りが始まりました。見たかった花は今年は寒くてまだ時期ではなかったけれど 何より足元に気を取られ花どころじゃなかったです。小川のおたまじゃくしの大群に驚き、雪解けの中にカエルの卵を発見し、滑ったのぬかったのとそりゃ~にぎやかに歩いてきました。途中 一度だけ休んでようやく車の置いた酸ヶ湯温泉に到着です。 この残り1・5kmの大変だった事・・・・足が完全に笑い出しヘロヘロで思わぬ方向に着地です。一枚目の写真の場所にやっと着いた時には疲れてしゃがみ込んでしまいました。その後蕎麦を食べ 酸ヶ湯温泉に入って来ました。気持ち良かったです。たまにはいつもと違った事をしてみるのも良いものですね。体調のあまり良くなかったこのごろ・・・気分転換が出来ました。ヘトヘトだったけど まだ頑張れる・・・そんな自信も付きました。次の目標は 同じロープウェイから下りて来る4時間のコースです。今度は紅葉の頃に行きたいです。
2006.06.24
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父の日の数日前次男坊に「毎週試合だの練習だのって卓球に乗せて行って貰っているんだから ちゃんと感謝の気持ちを示しなさいよ。」とわたしが言うと「言わないでよ!!分かってるんだから。」と次男坊はプリプリ。(お・・余計な事言ってしまった?)と後は言わない事にした。日曜日当日 珍しく卓球が休みになったので次男坊と買い物に出かけた。夫は家で留守番。デパートに行っても スーパーに行っても 一向に父の日の物を買う素振りもない・・・。スーパーの中で「ちょっと!父の日どうするの?」とわたしが聴くと「だってシンお金持って来なかったもん」と済ましている。スーパーの通路で丁度エビスのビール6缶でくじ引きをしていた。次男坊「これにする!」と言うとさっさとカゴにビールを入れ三角くじを引いた。(勝手に入れやがって・・・)「家に帰ったらお金返してね!」とわたしがムッとした顔で言うと エビスのお姉さんニッコリ笑って「すごい!!一等賞です!!」・・・・。「一等賞!?何?地デジのテレビ?海外旅行?」ムフムフとなったけれど何の事は無い商品はエビスビールのゼリーの詰め合わせ。・・・だけどこの次男坊 くじ運がある。スーパーの歳末のカランカランで一等と二等一緒に当てた事がある。しかしその時も商品は新巻鮭とハムの詰め合わせだった。くじの順番を待つ長い行列の中 次男坊の手を引き大きな箱を二つ抱えてわたしは恥ずかしかった。商品はたいした事無いけれど時々細々当る。(こいつにパラサイトしていたらそのうち何か大きな物当る?・・・)と微かな期待をしてしまう。エビスビールを貰った父親は勿体無くて飲むに飲めず ここ数日は断酒です。
2006.06.22
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ジーコの采配ミス。柳沢のシュートミス。FWの決定力の無さ。・・・それらは本当かも知れない。けど・・・日本は220何カ国の32国に入ったじゃないの。海外で初の勝ち点1を取ったじゃないの。W杯の面白さと厳しさ教えてくれたじゃないの。日本のサッカーの歴史は始まったばかり。Jリーグが始まった時から日本のサッカーを支えてきたジーコ。願わくばジーコが日本を嫌いになる事なくブラジルに帰って欲しい。その為にも ×ブラジル戦は勝ってジーコの花道を飾って欲しい。このままジーコを去らせる事だけはしないで欲しい。ジーコは一度もメンバー個人の非難はしてこなかったのだから・・・・
2006.06.20
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つい最近 長男の中学校時代の同級生が二人、学校を辞めて地元に戻りアルバイトをしている事を知りわたしはとても驚きました。一人は美容師の専門学校 もう一人は短大です。本当なら専門学校も短大も二年で卒業し、今年から働いている頃だと思っていたところに一人のお母さんがやって来て「今頃反抗期来たのかなぁ・・・」とブツクサ・・。こちらは美容師の専門学校でした。「授業料の他にも通学用に車買ったし、お金ずいぶん掛かったのに・・・」と、辞めてもう一年近く経ってもまだ悔やんでいる様子です。今はゲームセンターでバイトをしてるとの事。もう一人は焼き肉屋さんでアルバイト。・・・実家帰りたかったのかしらん?お金の問題ではないと思っても実際に自分の子に置き換えてみると「うう~ん・・・」と唸ってしまいます。夕べ 何週間か音沙汰無かった長男から夫の携帯にメールが届きました。「オラのアパートの郵便番号教えて」と・・・・。「自分宛の郵便物見ればわかるだろうが~!バカチンが~!」・・・・とは返信しなかったけれどかなり呆れました。息子も3年生 郵便番号は進路の提出物に使うそう・・・。しばらく音が無かったので わたしが「変わった事はない?」とメールを打とうとすると 横で夫が「そうやってると里心ついて青森に就職探すようになるぞ~」とピシャリ!おお~~・・そうだそうだ!!あいつはグ~タラだから 実家に戻って来られた日には一生わたしは飯付き洗濯付きの家政婦になってしまう。そんなのヤナコッタ!「おお~~そうだ!止めた!!」とわたしは携帯を閉じました。青森に帰って来たって仕事何にも無いのです。その事だけは知って欲しい・・・。何処へでも行って自分の飯代は自分で稼いでちょうだい。・・・でもその前に4年で卒業するのが先決ですが・・。
2006.06.16
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先週木曜に店を早く閉めてから この一週間は大変楽な日々でした。中途半端なユランユランが長く続いた週末を除けば その後は耳鳴りも少なく、立ち眩み程度のめまいです。昨日から次男坊が風邪を引いて寝ています。夜中に咳が止まらなくて夫が次男坊に吸入を掛けてあげていましたが、わたしは普段でもずっと耳鳴りがあるのでちょっとやそっとの音では目を覚まさなくなりました。わたしにくっ付いた隣の布団で、コンプレッサーはかなりの大きな音なのですが・・・。ゴボゴボッと吸入器の液体が無くなる最後の音で目が覚め「あら・・・吸入かけてたの?気が付かなくてごめんね・・」と 夫とも次男坊ともつかず謝りました。人間の身体は本当に不思議です。耳鳴りは「目覚まし時計よりうるさい!!」と思ったくらいうるさくて眠れない日々だったのに 今じゃ「子守唄みたいなもんよ~」と 枕に頭が付くか付かないかで眠ってしまう日も多くなりました。神経が図太くなってきているのでしょう。めまいのきつい日は布団に入って目を閉じていてもグラングランして布団つかんだりしていたのが 最近じゃ気が付くと朝になっています。寝たきりのめまいにも ネット等で「次第に身体が慣れて脳がバランスを取る様になってくる」と書いているので、そろそろこちらも図太い神経になってくれるかも知れません。後はこいつに何も言えない気の小さなところも太くなって欲しいです。
2006.06.15
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昨日のオーストラリア戦 終盤のあまりの結末に眠れませんでした。どうして?と信じられない気持ちばかりです。残り数分間の3失点は同点弾のリプレイを何度も観ている様でした。ドーハの悲劇の後 夫は「まだまだW杯日本には無理だべ・・」と言っていたけれど本当にそうかも知れないです。朝になっても 新聞読む気もワイドショー見る気も起きませんでした。世界は手強いです・・・・・。店では朝からお客様方が放心状態で、「あ~つまんない・・・」を繰り返します。あと2試合 決勝リーグははるか彼方・・・。でもまだ終ったわけではないので諦めずに応援しましょう。俊輔への度重なるチャージが今後の試合への影響が無いといいですが。今日は前回のめまいから4日目。耳もあまりうるさくなく、ユラユラも落ち着いていて久し振りに忙しい一日でした。体調良好と商売繁盛でサッカーでやる気の失せたわたしには渇!が入りました。この調子で明日も行きましょう。
2006.06.13
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次男坊は土曜日 卓球の試合団体戦がありました。団体戦は年に一回~二回程しかなく、珍しく責任のある試合です。シングルス4人とダブルス1チーム 合わせての5試合が1チームの試合数です。次男坊はシングル一試合とダブルスに出場。一試合目 最初の二人が勝ち ダブルスは負け もう一人も負け。最後にうちのペースケがシングルでの登場です。ここを勝てばチームは一勝で決勝トーナメント出場。かわいいかわいい我が家のペースケ君 2セット先取の後3セット取られて逆転で負けてしまいました。・・・・これでチームは予選敗退です。初めて試合で負けて泣く息子の姿を見ました。チームの子供達が試合に負けて泣いているペースケをそっとしてくれているのがありがたかったです。翌日曜日また朝から練習に行きました。真面目にクラブに通い、練習も一生懸命です。でも一生懸命なだけじゃなかなか思う様に試合は進めませんね。来週は予選一勝しただけで出られる県の予選会。涙がもう少しだけ成長させてくれているかも知れません。
2006.06.12
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昨日わたしは月に一度の耳鼻科検診の日でした。前日のめまいが早く終わったからか、その後も中途半端なユラユラが続き今朝方まで残っていました。ユラユラしながら聴力検査をして診察です。お医者様は4月からわたしの担当になった30代の男の先生。わたしが一通りこの一ヶ月の様子を話し「この状態はどの程度続くんでしょうか・・」と聴くと カルテをパラパラ捲りながら「個人差がありますから何とも言えませんね・・」と答え もう一度「今が一番悪い状態とかそんな事だけでもわかると大分気が楽になるんですけどね・・・」と言うと「うう~ん・・・何とも言えませんね・・・」と とてもあっさりとしたお返事でした。わたしは病院に行く度に落ち込んで帰って来ます。子供達が二人ともここの病院で診て頂いて わたしに大病院神話があるらしく病院を代えるのは難しいです。・・・多分この病院で解からないものは何処に行っても解からない・・青森だもの。でも診察を受ける度に悲しい気持ちで帰って来なければならないわたしの気持ちはどうしたらいいのでしょうね・・・。気休めにしかならない言葉を掛けて欲しいのじゃありません。他に何か言い方があるでしょう。お医者様にとってもわたしの様な一年以上も状態の変わらない患者は面白味がないのですかね・・。久し振りにお医者様に対して怒りの感情が湧きました。「先生もメニエール病になってみるといいですよ!」そんな嫌味の一言でも言いたいくらいでした。次は耳鼻科以外にも行ってみましょうかねぇ・・・・。
2006.06.10
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今日で寝たきりめまいが10日ありませんでした。過去12日という記録からは2日足りないけれど、まあまあのユラユラと戦いながらお弁当作りから一日が始まり、いつもの様に新聞チェックと普段は見ない朝のワイドショーのサッカーコーナーまでチェックです。とうとうこの3月に届けてもらったサムライブルーへのコメントもドイツへ渡りました。試合当日 日本戦のスタジアムに張り巡らされるらしいです。本当に嬉しくて 朝からウキウキで仕事をしていました。それなのに午後2時を過ぎた頃から「おお~っ?」っと身体が揺れ出し10日目にして本格的なめまいはやってきました。耳が異常にうるさかったので「そろそろ来る?・・」と 何日ももっているのが不思議なくらいだったのでお客様の切れ目にシャッターを下ろして閉店し、自宅に戻り寝る事3時間・・・。目が覚めると焦点も合うしトイレにも普通に行けサプライズが待っていました。普段はトイレに行くのが怖くて誰かが帰るまで待っておりますです・・・。耳がこーなると次はあーなって・・という予感が最近はことごとく外れ その分予想の付かない不安もありますが、それでも10数時間も動けないよりは随分と楽なめまいでした。今度こそ快方に向かうかと期待をしてもまた直ぐにヘナヘナになったりで、今日の気まぐれめまいも楽観は出来ないけれど、付き合っていくしかしょうがないですね。サムライブルーも満身創痍。 予選リーグを突破して「負けない力」をわたしに見せて欲しいです。
2006.06.08
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寝たきりのめまいがこの一週間ありませんでした。寝たきりのめまいは大概12時間ほど続くので 日中から始まると、昼も夜もご飯を食べられません。めまいがあっても身体を動かさなくてもお腹は減っていて「誰かご飯食べさせてちょうだいよ~」と思うのですが、さすがにいい年・・・それは言えません。時々次男坊に寝たままでアイスクリームやヨーグルトを食べさせてもらったりはしますが、ご飯「あ~ん」はね・・・・。無理して動くとその後が怖いので極力耐えるのみ・・・。で、この二食抜きが3~5日毎に約一年続いてきたので、結果わたしはメニエール病になって10kgほど体重が減りました。この病気で得をした事はたった一つバーゲンの服が着られるようになった事ですね・・・。しかし、最近は次のめまいがそろそろかな?と思うあたりから危機管理能力が働くのでしょう。「次の食事が出来るか?!・・・」との不安から無性に食べる事に執着し ひたすら口を動かしているわたし・・・。そうして4日 5日 6日と食べ続け 今回は今日で一週間めまいなしです。耳鳴りの状態は最悪で普通の人だったら食欲なんて起こらないし状態でしょう。ユラユラもあるので思い切って休みたい・・・なのに休むと後悔がまたストレスを生むので今日も仕事をしていますがまだグルングルンは来ていないです。こうやってまた元のブーに戻って行く?・・・。ブーでも仕事が普通に続けられればそれでいいのですが、仕事も普通に出来ないし このままではたった一つの得した事さえ、無くなってしまいます。
2006.06.06
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今日6月3日は結婚記念日でした。元々わたしは結婚記念日は興味がありません。結婚記念日に何かした事もないし まして子供を親に預けて二人で出掛け様などと思った事もありません。それでも最近は6月3日に気付く事が多く もう22年が過ぎた・・・と言うのが実感です。今日は土曜日。夫は会社の人の結婚式で先ほど泥酔状態で帰宅しました。「6月3日に結婚する人は幸せになるよ~」と言ってニヤニヤして出掛けて行ったと思ったら帰りはグデングデンです。おみやげは引き出物の袋にデロ~ンと付着した汚物・・・・。・・・・わたしは結婚記念日に汚物の片付けです。タクシー等にもおみやげを置いてきたのではないかとそっちも気になるし・・・。最近は会社の飲み会も二次会は欠席が多かったので、今日はよほど楽しかったんでしょうがわたしはかなりカッカしています。以前 次男坊はヘロヘロの父親をみて「気持ちが悪い~」と言いました。どうしてこんなになるまで飲むのでしょうね!
2006.06.03
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こいつがまた最近よく店にやって来る。本当に恐ろしい。近くにある市民センターでもよく寝ているらしい。いったいいつ仕事をしているのか・・・と思う。もう何年もうちに通ってきているので給料は貰えているらしい。そんな事はどうでもいいけれど、お客様がビビッて皆さん無口になってしまう。昨日は朝一でスポーツ新聞目掛けて大きなクシャミ連発。その前も朝一からトイレ使って出て来ない!!20分は占領していた。お客さんが誰も居なくなるとわたしは泣きたくなってしまう・・・・。
2006.06.02
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