PR
カレンダー
キーワードサーチ
サイド自由欄
カテゴリ
コメント新着








一光山 摂取院 阿弥陀寺
浄土宗 無量山引接院正覚寺 末寺
開山・開基:正覚寺丗三世 円蓮社竜弁和尚
本尊:阿弥陀三尊
青森市栄町一丁目のバス停で降り、そばの果物屋さんで聞くと、一光山摂取院阿弥陀寺はすぐ後ろにあった。お盆のさなか、しかも間もなくお葬式があるという忙しい時だったが、二十代半ばの長尾隆道代務住職が快く迎えてくれた。
阿弥陀寺は明治19年(1886年)に、正覚寺三十三世の竜弁和尚の隠居寺として開山した”若いお寺”だ。現住職の三世聖心住職は病気療養中。その子息の聖道師が47年病没したので、お孫さんの隆道代務住職がお寺を守っている。
隆道さんは青東高から大正大学へ進み、宗教学を専攻しながら竹中信常同大教授(東京・品川、隆崇院住職)のもとで47年から50年まで小坊さんとして修行してきた。若さに似合わず落ち着いて一番忙しい時間にも、ありがたい”法話”を説いてくれた。
「仏教は死者を供養するのだけが目的でなく、先祖を弔うことで、生きている私たちの命の大切さを考えたい。後ろ(死)でなく前(命)をもっと見つめましょう」―。
檀信徒と日常的につながりを深めようと、この若い坊さんはガリ版刷りの「阿弥陀寺寺報」を定期的に配っている。四季おりおりの風物をさらりと描いたエッセーを散りばめ、法然上人ご一代記をやさしく説くなど、なかなかの名筆家でもあるようだ。
明治19年1月、正覚寺円蓮社竜弁が開基、二世聖顕、三世聖心と、歴史の浅いお寺だが、いろんな災禍があった。明治14年開山して間もなく、明治34年4月、大工町から出火した火事が堤町、栄町に延焼して類焼、翌35年に仮建築し大正11年9月再建なったが、昭和20年7月の青森空襲でまた丸裸同然となった。今の本堂は47年に建った。
「歴史は浅いし災禍に遭っているのでお見せする寺宝とてない。作者は不明だが善光寺の阿弥陀如来の分身と伝えられる、ご本尊の阿弥陀如来一体、昭和15年に本堂わきに建った高さ2m余の聖観音菩薩の石像ぐらい。これから寺宝を作っていきたい」という。
「この観音様の宵宮は6月23日で、近所の人たちで大にぎわいするのです。今度は宵宮にゆっくり遊びにおいでください」と送り出してくれた。






七十五番札所:瀧廣山 高澤寺 曹洞宗の名… 2026年07月28日
四十九番札所:金剛山 光明寺 最勝院 津… 2026年06月18日
五十三番札所:耕春山 宗徳寺 禅林街に構… 2026年05月13日