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本覚寺境内にある青銅塔婆(総高3.015m、正面に「南無阿弥陀仏」、裏面に地蔵菩薩、側面と余白に貞伝上人の功績)は良船貞伝上人(享保3年:1718年、29歳で本覚寺五世に就任し多くの実績をあげた名僧)が死去すると菩提を弔う為、享保12年(1727年)に建立されたもので全国的に見ても大変珍しく技術的、意匠的にも優れている事から昭和34年(1959年)に青森県重宝に指定されています(貞伝上人が生前、鋳物師小原安兵衛を招いて制作させ自らは塔婆下の墓穴に入滅したとも)。



始覚山 還洞院 本覚寺
浄土宗 梅福山報恩院専称寺末寺
開山:安長和尚
本尊:阿弥陀如来
本覚寺について
抑々、慶安4年(1651年)羽州湯殿山大日坊別当より、法龍山延命寺吉祥院の導坊を建てたとされるのを起源とする。
承応2年(1653年)武蔵の国より浄土宗白旗の僧安長が下向しその跡を継ぎ、明暦3年(1657年)名越本山たる磐城専称寺より寺号を授かる。爾来、享保には貞傳・寛政には愍榮の中興を輩出して布教あるいは地方産業に貢献し徳望遠近に触れることとなり、今日に至る。
中興・貞傅は元禄3年(1690年)今別の生まれで當寺二世(後に弘前・誓願寺八世)の安貞上人に師事し得度、宝永元年(1704年)より磐城・専称寺での15年の修学を経て郷里へ迎えられ當寺五世となりました。その布教の様子は「貞博上人東城域念仏利益伝」上下二巻にまとめられ、念仏の功徳による数々の行徳を讃える内容がつづられています。
また、北海道との縁も深く有殊・善光寺の住持をしたとも伝えられ、仏像・書画等が地域のみならず北海道に至るまで各地に残されています。小樽市の曹洞宗・宗圓寺の本尊及び五百羅漢の作成にも関与したとされています。






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