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2025年03月27日
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福島県船引町の門沢という地区に鎮座するは七番札所の堂山王子神社。​本日は参拝するにはうってつけの日ですが、これぞ仙道三十三観音霊場の醍醐味ということで、参拝していきましょう。


仙道三十三観音霊場七番札所:堂山王子神社(龍頭山 南霊院 堂山寺)


本日の福島県中通り地方はあいにくの雪。ただこちらの雪の日と違って、それほど寒くはありませんでした。なんだかぼんわりとした感じの温かい雪、不思議な感覚です。



神社の入口には鳥居は無く、桜の大木が生えているのみです。



桜の根元辺りに歌碑が置かれていました。・・・文は判読不明です。



桜の横を過ぎると山門。もうこの時点で殆ど寺の装いです。



山門には金剛力士像が置かれています。阿形はなぜか白馬とセットです。もしかしたら以前は神馬堂があったのかもしれませんね。神馬の方は江戸時代後期、石森の彫師の手になるものです。



吽形です。
阿吽の金剛力士像は宝暦11年(1761年)の棟札が残っており、それによると願主:飛龍寺(現在の別当)中興三代裕義龍六白によって再興されたものです。



門の右手には鐘楼も有ります。仙道札所の多くには鐘楼が置かれており、参拝前に撞くと仙道札所を巡礼していると実感することができますよ。







碑文も見てみましょう。




鐘銘

奥州三春東南有霊場号堂山寺安置観音也*祢田村利仁魔鬼対治誓願創建之*。数百歳後梵鐘失乱妨天正年中比*也。風俗有変寺堂益々寂*貞享暦以来十有五歳勤於住慕古考之感涙*袂因之亦。因之鋳半鐘大果之補法器有乎。蓋畏夕之一声推折魑魅屈伏魔*三*爲。証明*天爲之**人*而**去不蒙。利益伏願一心祈*天下*平国*安全*豊穣千秋万来安全俱壁。



うーん、今回は難しいですね。由緒中の田村利仁は田村麿の事とされているので、この神社も田村麿の創建ということになるでしょうか。

鐘楼については、山門に貼られている説明書きを見てみましょう。


御詠歌にも歌われている「堂山寺の鐘」

御詠歌:暮れにきと 風こそ鎮め雲立つる 堂山寺の 鐘の響きに

堂山寺の鐘
・初代の鐘
1589年5月、古来より仙道に鳴り響いた堂山寺の鐘は、双六城の落城により、その際亡失しました。

・二代目の鐘
堂山寺も無住となり荒れ果てていた1702年、十三坊の一であった真言宗 北龍山 無量院 飛龍寺(現 龍頭山 飛龍寺)が堂山寺の別当となっており、第七十六世日範法印、自ら托鉢し多くの信者とともに梵鐘を再建し奉納された(白河領赤沼村鋳物師 遠藤善兵衛の作)。以来、再び仙道にその音が鳴り響き続けたが、時が過ぎ、昭和18年(1943年)11月、約240年鳴り続いた堂山寺の鐘は、太平洋戦争に入ると、金属類回収令により、軍事供出された。

・三代目の鐘
昭和51年(1976年)旧3月17日奉納(鋳造所 山形県山形市銅町 鈴木綱一)。参拝者の願いを込めて、つく鐘の音が、今も仙道に鳴り響いている。





鐘楼の隣には石碑が幾つか置かれています。すべて庚申塔です。



反対側にもいろいろ石碑が置かれていますね。



山門をくぐると既に社殿が見えています。屋根は雪によって白く染まり、幻想的で美しいんですが、これが本当に3月かという驚きも有ります。



参道脇には歌碑が置かれています。これは御詠歌でしょうね。



拝殿・本殿です。この神社には後方に本殿がなく、余りにも寺院の時の姿のままです。今では銅板葺きですが、かつては茅葺屋根であり、まるで宮城県の高蔵寺 阿弥陀堂のような雰囲気です。仙道札所の中でも屈指の風情ある御堂でした








堂山王子神社と坂上田村麻呂伝説

 国指定重要文化財である堂山王子神社。当神社は坂上田村麻呂の創建といわれ、次のような伝説が伝わっています。

「延暦20年(801年)、東征の途次、坂上田村麻呂は霧島嶽(大滝根山)にいた賊 大多鬼丸を討伐するため、門沢山の御堂に六観音を安置し、戦勝を祈願した。戦いは大多鬼丸の激しい抵抗にあい大苦戦。その時、光輝く観音様が現れ、賊の目をくらまし、田村麻呂はその隙をついて大多鬼丸を攻め滅ぼすことができた。そして、大同2年(807年)、田村麻呂はこの地に飛騨の匠を遣わし、戦勝の御礼にと建立したのが堂山寺観音堂である」と。

 里人たちは、この伝説とともに、修理や改修を繰り返しながら観音堂を守り続け、明治3年(1870年)に堂山王子神社と改称してからもなお、現在に至るまで大切に受け継いでいます。
船引町観光協会


マップなどで検索しても、この門沢山という山は出てきません。ただ堂山王子神社が置かれているのは田村市船引町門沢であり、ここが由緒の舞台である可能性があります。

更に別サイトの由緒も見てみましょう。
堂山王子神社

・・・。
 坂上田村麻呂は、東夷東征が完遂した大同2年(807年)に神意への感謝と戦で犠牲になった家臣や民衆、軍馬などの御霊を弔う為に御堂を造営し六観音の内の准胝観世音を本尊として祀ったと伝えられています。古くから神仏習合していましたが明治初頭に発令された神仏分離令後に龍頭山堂山寺(宗派:真言宗)を廃して王子権現を観音堂に勧請し、明治3年(1870年)に社号を「堂山王子神社」に改め神社として独立しています。

 堂山王子神社の社殿は当時のものを踏襲していて、境内には仁王門や鐘撞堂などがあり寺院形式が見られ、境内背後には龍頭山堂山寺の鎮守社だったと思われる白山比咩神社が鎮座しています。

札所本尊:准胝観音
祭神:国狭槌之命、稚産霊之命

門沢山の御堂に置かれた六観音の内、堂山王子神社には准胝観音が置かれ、それが仙道三十三観音霊場の札所本尊に選ばれています。
ちなみに、同町内に王子神社があり、もしかしたらそこから王子権現が勧請された可能性があります。もしまた行くことがあれば、そこにも立ち寄りたいところ・・・。

更に更に、境内にて購入できる”「堂山王子神社」と、人々の歴史”という冊子からも引用したいと思います。この本は年表になっており、創建から現代までの堂山王子神社(天台宗:龍頭山 南霊院 堂山寺)の歴史と共に、陸奥国にてその時代におきた事件なども列挙しています。2023年に総代の四名によって第一刷が発行されました。

「堂山王子神社」と、人々の歴史

大同2年(807年)


 3月15日、征夷大将軍となった坂上田村麻呂、戦勝に感謝するため、飛騨の匠を呼び寄せ5間4面の堂を建立し、龍頭山 堂山寺とした。こののち高野大師(弘法大師)がこの地に赴いた時、利仁がこの寺を与え多くの仏像を安置した(真言宗 南靈院 龍頭山 堂山寺)。

 水がなかった。錫杖(独鈷)を岩に立てたところ清水が湧き出た(独鈷水)。その直後、堂山寺に別当坊、杉本坊、瀧本坊(後の寄進 山瀧本不動堂)、坂本坊、本願坊、灯明坊、入野坊、西ノ坊、東ノ坊、中ノ坊、日輪坊(後の天台宗 東光坊 日輪寺)、南ノ坊、北ノ坊(後の別当、真言宗 無量院 北龍山 飛龍寺)の13坊を建立し東の高野と呼ばれたという。(堂山寺縁起)


堂山王子神社の北側すぐの所に、龍頭山 飛龍寺という寺院がありますが、これはもともと堂山寺の塔頭であった僧坊です。現在は逆に堂山王子神社の別当となっています。

次に収蔵されている文化財を見ていきましょう。



※タップで​ 田村市 / 田村市の文化財一覧 のページに飛びます。

国指定重要文化財
堂山王子神社本殿(附棟札8枚) :大正6年(1917年)4月5日指定
本殿(旧堂山寺観音堂)の建立年代は、明応7年(1498年)銘の順礼納札から室町時代まで遡ることができます。桁行5間、梁間4間、寄棟造の建物は、江戸時代よりたびたび修理され、昭和45年(1970年)の解体工事で現在の姿になりました。

福島県指定重要文化財
・​ 木製旧堂山寺観音堂順礼納札 :平成9年(1997年)3月25日指定

田村市指定有形民俗文化財
・​ 絵馬「神馬の図」 ​:平成17年(2005年)4月18日指定
100枚以上の絵馬の中で最も古いものが寛文10(1670年)銘の「神馬の図」です。

田村市指定有形文化財
門沢村縮図(佐久間庸軒関係資料) ​:令和5年(2023年)11月22日指定
最上流和算家 佐久間庸軒が関わった門沢村縮図(明治4年・1817年)には、当時の門沢村の土地情報が配色豊かに描かれています。



説明書きの写真をアップで見てみます。左下の物が東北で最も古い納札として知られています。



鰐口も相当に年季が入ってそうです。



次は境内の裏手を見ていきましょう。



手前の祠が権現堂こと五龍地神社で、五龍地権現を祀ります。もともとは五龍地権現として字寺広土190番地に鎮座していましたが、明治3年(1870年)の廃仏毀釈に際して五龍地神社に名を変え現在地に遷座しています。
もともとは本堂内に置かれていましたが、昭和45年(1970年)の本殿解体修理に伴って、社殿の外に安置されました。
向拝の右柱上の桝組に寛文10年(1670年)の墨書きがあるらしく、その頃にはもう祀られていたようです。百姓の神とされることから、水や農耕に関係する神格・仏尊が祀られていたんだと思われます。このような説明書きが境内のそれぞれの堂に貼られており、参拝する側としては非常に助かりましたありがとうございました!



権現堂の奥には円盤型の石が祀ってあります。これは鏡石と呼ばれており、もとは今よりもずっと山頂に近いところに置かれていたそうなんです。江戸時代の末期ころに麓のこの境内に落ちてしまったそうで、それを昭和45年(1970年)に石碑の形に直し、置いたようです。



鏡石の先には白山比咩神社が鎮座しています。元の堂山寺の鎮守社です。



扁額にも達筆な白山比咩神社という社名が書されています。



白山比咩神社の左手に、何やら気になる山道が伸びています。看板には奥の院。これはもう行くしかないですね



奥の院までの参道はかなりの急勾配です。おかげで体が温まり、寒さをモノともせず、ズンズン進んでいけます。少々登ったところに、休憩所と共に梵文石が置かれていました。看板には、ここまで来ると奥の院(九縁堂)まではもう少しと書かれています。



確かに表面には梵字らしきものが見えますが、何の種字かは分かりませんでした。



もう少しなのかもしれませんが、ここから更に急な坂道が続きます。体感は5分くらいでしょうか、短いながらも大変な坂です。



降雪と坂道にめげずにやっとのことで登拝。小さな宝形造の御堂が置かれていました。



奥の院(九縁堂)です。なぜ九縁堂というのかは分かりませんが、いろいろな神仏が祀られていそうですよね。由緒通りなら六観音ということになりそうですが。



堂内には古びた木幣が一つ収められていました。そこには4柱の神名が記載されています。左から彦狭知神、屋船***、八意****、手置川*神とありますが、どれも聞いた事のないものばかりです。詳細が知りたいところですね・・・。



由緒になぞらえてか、六観音の石碑も建っています。千手観音・聖観音・馬頭観音・十一面観音・准胝観音・如意輪観音とあります。これらが大多鬼丸を討つ時に祀られた六観音です。



奥の院の脇には小祠も建っています。もともとの奥の院の御堂でしょうか、不明です。



雪と汗にまみれて登る堂山?門沢山?はかなり面白いスポットでした。行はよいよい、帰りはこわい、雪が積もった下り坂は本当に危険でした。生まれたての小鹿のような足取りで、やっとこさ本堂まで帰りつくことができました・・・。



斜めから。
今回の札所は、神社と言いつつ置かれているものの殆どが寺院由来のものであるという面白いところでした。廃仏毀釈を乗り越え、本来の姿に戻ろうとしているんではないかと思う、そんな神社には、管理人の方が書いた由緒書きや説明書きがいくつも張られており、地域の愛を感じられます。
仙道札所の中でも特にお気に入りの札所です。



御詠歌
暮れにきと 風こそ鎮め雲絶つる 堂山寺の 鐘の響きに

札所本尊:准胝観音 चुन्दा

本堂の端の方には絵馬や年代記、巡礼札が置いてあります。各種500円前後なのでお財布にも優しい!↓の巡礼札の他に、同町の大鏑矢神社では堂山王子神社の御朱印がいただけるとの噂です。今回はそのことを知らず、大鏑矢神社には参拝していませんが・・・。また一つ行きたいところが増えてしまいました。



以上です。

​​





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最終更新日  2026年01月28日 21時52分21秒
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