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2025年04月05日
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東京都上野には、日本一有名な公園と言って差し支えない上野公園が広がっています。大きさは何と東京ドーム11個分とも言われ、動物園や美術館、博物館なども置かれ、都内屈指の観光スポットです。この上野公園ですが、もともとは東叡山 寛永寺の境内だったそう。戊辰戦争や廃仏毀釈の影響もあり、今では数ヶ所の堂宇が残るのみです。
今回紹介する札所も、もとは堂宇の1つだったものです。


江戸三十三観音霊場六番札所:東叡山 寛永寺 清水観音堂


不忍池から公園側に歩き、信号を渡って長い石段を登ると、朱塗りの舞台と御堂が見えてきます。清水観音堂と呼ばれるその御堂は、京都の清水寺を模して建てられたものです。
手水で清めたら、早速境内に入ってみましょう。



境内の舞台では、観光客の人達が何人も写真を撮っていました。そのバックには奇妙にねじれ、円を描く松が生えています。これは”月の松”と呼ばれるもので、現在は2代目。2012年に植えられ、今はこのように立派な姿を見せてくれます。詳細は下のリンクからどうぞ。

・台東区文化探訪アーカイブ / 清水観音堂の舞台に立つ



この松の円をのぞき込むと、その先には不忍池の弁天堂がありました。景観も優れ、これだけ見栄えする松は他に無いでしょうね。歌川広重も浮世絵の題材にしたと言います。

​・台東区文化探訪アーカイブ / 清水観音堂の月の松



観音堂です。日光の諸堂や 岩木山神社 ​の様に真っ赤です。
清水観音堂を創建した天海大僧正は、さきの​ 日光山 輪王寺 の貫主でもあります。さらに岩木山神社がある津軽とも一応縁があって、津軽二代信枚の師となって津軽の真言宗布教を進めたともされています。では、御由緒も見てみましょうか。



清水観音堂の歴史

 清水観音堂は、寛永8年(1631年)に天台宗東叡山寛永寺の開山、慈眼大師天海大僧正(1536~1643年)によって建立されました。

 天海大僧正は寛永2年(1625年)に、二代将軍徳川秀忠公から寄進された上野の山に、平安京と比叡山の関係にならって「東叡山寛永寺」を開きました。これは、比叡山が京都御所の鬼門(艮=東北)を守るという思想をそのまま江戸に導入することを意味し、江戸城の鬼門の守りを意図したのです。そして比叡山や京都の有名寺院になぞらえた堂舎を次々と建立しましたが、清水観音堂は京都の清水寺(きよみずでら)を見立てたお堂です。

 清水観音堂は、京都の清水寺の義乗院春海上人から、同寺安置の千手観世音菩薩像が天海大僧正に奉納されたことにちなみ、清水寺と同じ舞台作りで、初めは上野公園内の「擂鉢(すりばち)山」に建てられました。
 しかし元禄初期、今の噴水広場の地に、寛永寺総本堂の根本中堂建設が決まると、その工事に伴って元禄7年(1694年)9月に現在地に移築されました。上野の山に現存する、創建年時の明確な最古の建造物です。

 平成2年12月から文化財保存修理が行われ、平成8年(1996年)10月に竣工、元禄移築時の面影を再現するに至る、国指定重要文化財です。

17世紀建立の御堂で、創建当時の姿を今に伝えています。
江戸時代の頃、東叡山 寛永寺は桜の名所上野公園にありながら、一般の人達は立ち入りが制限されていたようです。その中で清水観音堂だけは別で、一般の方の御参りの為に天海大僧正自ら私財を投じて建立したともされています。その親しみやすさ故か、現在でも沢山の人々に愛されているように感じました。

次に堂内の仏像群について見てみましょう。
秘仏ご本尊の縁起

 京都清水寺からご遷座された秘仏ご本尊・千手観世音菩薩は、平安時代の比叡山の高僧・恵心僧都の作と伝えられています。
 秘仏ご本尊には合掌したお手・禅定印を結ぶお手の他に小さなお手が40本あり、それぞれの小さなお手が、仏教で考えるあらゆる世界の生きとし生けるもののすべてに、慈悲の手をさしのべるお姿を表しています。

 秘仏ご本尊は『平家物語』に述べられる、主馬判官(しゅめのほうがん)平盛久(たいらのもりひさ)の伝説があります。盛久は千手観音を清水寺に奉納し、千日参詣の祈願を続けていました。しかし源平の合戦で敗れた盛久は、鎌倉由比ヶ浜で斬首されそうになります。その際に刀が折れて盛久の命が助かり、また北条政子の夢に清水寺の高僧が現れて盛久の赦免を願ったので、驚いた源頼朝は直ちに盛久を許したのです。京都に戻った盛久が清水寺に参詣すると、盛久が斬首されそうになった際に観音像が倒れたという話を聞きます。こうして観音像に護られたことに気づいた盛久は感涙にむせんだ、という物語です。
 この奇瑞が午の年・午の日・午の刻に起きたことから、ご開帳は年に1日、2月の「初午(はつうま)法楽」の日に行う縁起となっているのです。


脇尊の子育て観音さま

 右に祀られる脇尊の仏さまは「子育て観音」で、子授け・安産・子育ての観音さまとして多くの信仰を集めています。この観音さまに祈って子宝を授かった両親が、その無事な成長を願って奉納した身代り人形が、ご宝前に多数供えられています。この人形の供養が、こんにちではかわいがってきた人形に感謝する、人形供養となっています。

 人形供養は毎年9月25日14時から行われます。

本尊十一面観音についての平盛久の伝説は、おそらく観音経の中の一節をもじった創作で、史実ではないように思います。こうした伝説と結びついた謂れをもつ観音像、かなり好みですが・・・!御堂の名前からの縁なのか、実際に清水寺からもたらされたと書かれており、ここに歴史のエモさがありますよね、大好物です

子育て観音と同一か、そうじゃないのか分かりませんが、​ こちらの聖観音像 ​も収められているようです。これもかなりの古仏の様です。
木造観音菩薩立像(寛永寺)


 本像の伝来は明らかでありませんが、現在は清水堂須弥壇、向かって左方の厨子内に安置されています。

 清水観音堂の本尊である木造千手観音菩薩坐像(秘仏)は、13世紀の制作で、東叡山諸堂建立記によると京都清水寺の僧義定房某(東叡山之記は義足房某とする)が持参した像を主馬判官盛久が天海に献じたものと伝えます。清水観音堂には、寛文3年(1663)銘の義乗院春海の位牌が安置されていることから、義定房某との関連が推定されます。

 本像は、区内に現存する木造観音菩薩立像の中では、比較的古いものに属し、ことに運慶派の正統的な作風を伝えるものとして貴重です。

最後に不忍池の方から清水観音堂を眺めてみます。写真を撮ったのは確か3月、桜の開花前だったと思います。これは桜花とかなり相性がよさそうな外観です。

東京には日本各地の名所を模した”写し名所”とも言える所が非常に多いですが、ここもその一つでしたね。これを拝んだ江戸っ子も、京の都の清水の舞台に思いを馳せながら帰路に着いたんじゃないでしょうか。飛び降りる方が出る前に、僕も帰ります



御詠歌
松風や 音羽の滝は清水の むすぶ心は 涼しかるらん

本尊:千手観音 सहस्रभुज

今回貰った御朱印です。




・東叡山 寛永寺 清水観音堂

以上です。

次の記事
・七番札所:柳井堂 心城院 聖天祀る湯島の寺院






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最終更新日  2025年04月05日 22時56分13秒
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