PR

×

プロフィール

おんかみ

おんかみ

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

サイド自由欄

カテゴリ

カテゴリ未分類

(19)

神社いろいろ

(3)

寺院いろいろ

(6)

食事どころ

(31)

湯どころ

(26)

山岳

(3)

史跡

(3)

伝承・伝説・民話

(6)

青森県いろいろ

(5)

岩手県いろいろ

(3)

秋田県いろいろ

(2)

宮城県いろいろ

(3)

山形県いろいろ

(2)

福島県いろいろ

(4)

茨城県いろいろ

(3)

栃木県いろいろ

(3)

群馬県いろいろ

(2)

千葉県いろいろ

(3)

埼玉県いろいろ

(2)

東京都いろいろ

(3)

神奈川県いろいろ

(2)

長野県いろいろ

(5)

山梨県いろいろ

(3)

静岡県いろいろ

(2)

富山県いろいろ

(1)

石川県いろいろ

(2)

岐阜県いろいろ

(1)

福井県いろいろ

(3)

愛知県いろいろ

(2)

滋賀県いろいろ

(2)

景勝地:青森県:津軽

(34)

景勝地:青森県:南部

(65)

景勝地:岩手県:県北・沿岸

(5)

景勝地:岩手県:県央・県南

(1)

景勝地:秋田県

(2)

景勝地:宮城県

(5)

景勝地:山形県

(0)

景勝地:福島県

(8)

景勝地:群馬県

(1)

景勝地:東京都

(2)

景勝地:長野県

(1)

景勝地:山梨県

(4)

景勝地:福井県

(1)

景勝地:愛知県

(1)

御朱印:青森県:津軽

(31)

御朱印:青森県:南部

(23)

御朱印:岩手県:県北・沿岸

(5)

御朱印:岩手県:県央・県南

(4)

御朱印:秋田県

(3)

御朱印:宮城県

(13)

御朱印:山形県

(2)

御朱印:福島県

(20)

御朱印:茨城県

(13)

御朱印:栃木県

(6)

御朱印:千葉県

(2)

御朱印:埼玉県

(1)

御朱印:東京都

(4)

御朱印:神奈川県

(8)

御朱印:長野県

(5)

御朱印:山梨県

(9)

御朱印:静岡県

(9)

御朱印:富山県

(1)

御朱印:石川県

(3)

御朱印:岐阜県

(0)

御朱印:愛知県

(5)

御朱印:滋賀県

(2)

津軽三不動尊

(4)

津軽三十三観音霊場

(40)

津軽八十八霊場

(61)

津軽弘法大師霊場

(17)

津軽七福神めぐり

(4)

津軽龍神霊場

(12)

八戸御城下三十三観音霊場

(27)

奥州南部糠部三十三観音霊場

(39)

田名部海辺三十三観音霊場

(11)

気仙三十三観音霊場

(1)

岩手三十三観音霊場

(9)

秋田三十三観音霊場

(4)

最上三十三観音霊場

(8)

仙道三十三観音霊場

(17)

会津三十三観音霊場

(8)

会津ころり三観音

(4)

三陸三十三観音霊場

(4)

奥州三十三観音霊場

(25)

東北三十六不動尊霊場

(19)

佐竹七福神めぐり

(2)

江戸三十三観音霊場

(13)

江戸六地蔵

(8)

東京十社めぐり

(4)

三浦三十三観音霊場

(1)

東国三社

(5)

坂東三十三観音霊場

(14)

信濃三十三観音霊場

(7)

甲斐国三十三観音霊場

(4)

甲斐百八霊場

(10)

甲府山の手七福神めぐり

(1)

コメント新着

カメラ小僧@ Re:二十四番札所:不退山 常念寺 下北一の阿弥陀如来坐像(09/16) 44年前恐山大祭のとき「常念寺YH」に二泊…
おんかみ @ Re:十和田市:石合堂大明神神社 禊ぎの場に建つ赤社(12/28) はじめまして、必須ビタミンさん。返信遅…
必須ビタミン@ 石合堂大明神神社 初めて知る神社で、興味深く拝読させてい…
2026年03月21日
XML
カテゴリ: 景勝地:山梨県
富士山を神体山とする信仰は浅間信仰と呼ばれ、​ 富士山本宮浅間大社 ​を中心として全国各地で祀られています。富士山のお膝元である山梨県・静岡県には多数の浅間神社があり、その崇敬の篤さが伺えます。今回紹介するのも、そんな浅間神社の1つであり、江原集落の鎮守となっています。ただこの浅間神社には、他の浅間神社には無い特別な御神体が収められているんです。

2025.12.29
江原浅間神社


かつての参道は既に舗装路に代わり、往時を物語るのはポツンと建つ鳥居のみ。かつてはもっと境内が広かったのかもしれません。こうした神社はいくつもあります。



とは言え、根幹エリアは今でも保存されており、樹叢をたっぷり茂らせた姿を見せてくれます。



境内入り口には随神門。不思議な事に山梨県の神社には、境内の規模に関わらず随神門が建っている所が非常に多いです。これは他県には見られない特徴ではないでしょうか。



境内には末社の祠が幾つも建っております。これらの多くは祭神不明です。



こんなに沢山ありますが、神社名さえ伺い知ることが出来ないというのは悲しい事です。何かしら記録に残っていればいいんですが・・・



ただ中には、こうして小祠を構えているものもあります。こちらはその1つ、末社:保食神社。








保食神社について

 江原の浅間神社は、富士吉田の浅間神社と同じように富士信仰と合わせ地域の産上の神(氏神)として信仰されてきました。そこの湧水は古くから地域やその周辺に大きな恵みをもたらし、とりわけ広く水をたたえた水田は、大きな収穫をもたらしてくれたものでした。
 保食神社は、このような事から江原の皆さんの五穀豊穣への祈願に伴い食生活を守ることを念願して、古くから祀られたものと思います。
御祭神は、食べ物を司る保食神です。 江原から良い米を収穫したい希望と感謝から建立された神社です。浅間神社に伝統的に伝わる、非常に珍しいといわれる「田植え祭り」をみてもそのことが理解できる事だと思います。
 江原の地域とその歴史を話すとき切り離すことのできない神社でしょう。
平成25年10月



鎮守は浅間大神、産土は保食神と別れているんですね。産土神を差し置いて祀られている所を見ると、浅間神社の信仰の強さが改めて感じられますが、保食神への崇敬も結構なものなんではないでしょうか。今でも祠の脇には、収穫された後の稲穂が吊るされています。
人が作物を作り、無事に収穫できたことを神に感謝するという、信仰の根源みたいな風情が感じられて非常にエモいです



そんでもう1つ立派な末社が置かれています。こちらは神明社。



説明書きです。




神明社について

 浅間神社は地域の氏神さまとして、特に江原の地域を守護してくれています。一方、三重県の伊勢神宮は、日本の氏神として全国を鎮護していただいております。
 神棚には伊勢のお札「天照皇大神宮」と地元の「氏神様のお札」をお祀りし平安や家内安全を祈願するものです。そのため、交通の不便な昔は地域の代表者(当番制)が奉賛金(お札代)を集め、皆の代表(代参)として伊勢詣でをし、帰ってきたお札を皆に配り届けたものです。地域の人達は、代参者に大変ご苦労様でしたと言ってありがたくお札を受け取ったそうです。
 そういった中、大勢の人が伊勢参拝をしたいと願う心は地域に浸透し、それならば伊勢まで行かなくても、この地に参拝できるところをつくろうと建立したのが神明社です。
平成25年10月



つまりは遥拝所的なものということでしょう。ここに限らず地域の神社なども、こうした考えのもと勧請されています。





御由緒です。
江原浅間神社

祭神:木花咲耶姫神、瓊瓊杵神、彦火火出見尊(山幸彦)

 十二代景行天皇の御宇(298~324年?)に創立され、その後文亀年中(1501~1504年)地頭 兵部少輔長勝 再建、永禄8年(1565年)下條信俊 加修、延宝2年(1674年)甲府宰相の臣 藤枝丹波守方孝 重修等の棟札あり。慶長年間(1596~1615年)徳川家より朱印状を以て社頭高六石七斗余寄附ありしが明治4年(1871年)に上知村社に列せらる。
 本殿左右に瓊々杵尊、火々出見尊を祀り又境内には若宮明神、芦鷹明神を祀る。景行天皇の御宇富士山より此の地に霊現あり因って祀なり。又寛永17年(1640年)地頭 野呂瀬主税之助奉納の三十六歌仙、延宝2年藤枝丹波守の子帯刀奉納の平鈴等あり。

創建自体はかなりの昔と伝わっています。浅間大神として知られる木花咲耶姫神と共に、その夫と子を併せ祀っています。

もう少し社殿を詳しく見てみましょう。神社の社紋は珍しく一巴。



次に懸魚の木彫。鶴2羽が瑞雲と共に飛翔し、かなり目出度い構図です。まるで南部の向鶴のようでもあります。



木鼻には迫力のある表情をした獅子。







そんで本殿も見ておきましょう。こちらの本殿は市指定文化財に登録されています。



説明書きです。




江原浅間神社本殿

昭和44年11月13日 町指定

 当社は木花之開耶姫命、瓊々杵命、日子穂手命を祀り社記の景行天皇の御宇鎮座と記されている。
 境内に豊富な水源を有し稲作の神として古来その恩恵に浴する村々此処に来拝し初穂を献じて五穀豊穣を祈願した。その地域は下流九ヶ村に及び大井の郷名も又この湧泉に起因すると云う。
 本殿は三間社流れ造り桧皮草屋根(亜鉛鉄板被覆)で桃山時代の作風を残す江戸時代前期の建築であり、本町に現存する最古の建造物である。
  • 文亀4年(1504年)地頭 下条兵部少輔入道長勝 再建
  • 永禄8年(1565年)武田信虎家臣 下条信俊 修復
  • 延宝2年(1674年)徳川綱重家臣 藤枝丹波守方孝 重修
の各棟札を有す。
 昭和56年に向拝柱虹梁上り段の修理を施工する。
平成元年3月 南アルプス市教育委員会



トタンで覆われているため分かりませんでしたが、桧皮葺なんですね!あの葺くのに相当な金額がかかるという・・・。そんで何気に町内(今は市内か?)最古の建造物でもあるみたいですね。こりゃ景行天皇の御宇鎮座と言うのも、あながち間違いではないのかも知れません。

それではいよいよ神像について見ていきましょう。まずは説明書きから。




木造浅間神像:1基 附 宮殿:2基

重要文化財(彫刻)
平成25年6月19日指定

 富士山を臨む江原浅間神社に御神体として伝来した本像は、背中合わせに三方を向く俗体の女性像と、その上方の如来の半身を一材より彫出した像で、目鼻や衣の縁をくっきりと刻みだす刀法や、胸の厚い体型などの特徴により11世紀の製作とみられる。像高4.5㎝。 富士山信仰にかかわる神像としては、現存最古級の作例であり、極めて特異な形式を示す神像として貴重である。
 当初本殿内には、木造宮殿2基が左右並列に安置され、本像は、その左方に納められていた。両宮殿の後部内壁面には、文亀4年(1504年)に宮殿を造立した次第が記され、これらが附指定となっている。
令和元年12月 南アルプス市教育委員会



富士山への信仰は上古の頃よりあったようですが、この様に神像が造られるようになったのは仏教伝来後、ひいては神仏習合思想が根付いてからでしょう。11世紀の作例ではありますが、これ程まで見事に形を保っているのは、御神体として厳重に保管されていたからでしょうね。富士山信仰にまつわる最古級の神像、とくと拝見いたしました

像をズームで見てみます。
本当に面白い形してますね。↓の三女神は何を表現しているのか・・・。各峯に祀られる女神でしょうか・・・?更にそこから飛び出る形で如来が表現されているのは何故なのか・・・?謎しかありませんね、どのような意図があったんでしょうか。



斜めから。
地名由来にもなったという古浅間社でした。やはり浅間信仰は神仏習合であったという事を実感させてくれる神像でしたね。富士山修験は現在の村山浅間神社の辺りを本拠地として発展していったと言います。後年は聖護院の影響下に置かれ、本山派修験となっていく中で、こうした独自の神像が生まれていったんではないでしょうか。
いにしへの信仰の形を映す素晴らしい神像は、現在も本殿奥に大事に収められています。



以上です。

​​





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026年03月21日 23時42分43秒
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: