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2026年05月09日
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カテゴリ: 御朱印:福島県
福島県の海の玄関口いわき市。ここには7つの延喜式内社が鎮座しており、街の方でも​ 延喜式内磐城七社 ​として観光の目玉としています。延喜式成立当時は小社であった七社は、何れも今では立派な社殿を構えるまでに発展しており、長らく地域の信仰を形作ってきたものと思われます。

今回はその七社の内、住吉神社を見ていきたいと思います。県道66号のすぐ脇から参道は始まります。起点にはこの様に社号標あり。



この社号標から奥の林まで長い参道が伸びているんですね。



参道の丁度中ほどには立派な石の神明鳥居が建っています。一応高さ制限がありますので、車高3.2m以上の車で参拝される方は迂回しましょう。



2024.10.6
住吉神社


二之鳥居は赤い両部鳥居です。その奥に石橋・随神門と続き、その更に奥が根幹エリアです。



いつ頃のものかは分かりませんが、この石橋もかなり古そうです。かつてはここで下馬して神前に進んだことでしょう。



石橋の脇には手水舎。







手水舎の後ろにはひっそりと菅原神社が鎮座しています。祭神:菅原道真公。



再び参道に戻りまして、狛犬です。古めかしさはそうなんですが、何となく朗らかな表情をしています。何年ものなんでしょうかね。
狛犬:阿形!



狛犬:吽形!
長い牙が特徴か。



随神門をくぐりますと、所々に金装飾が施された豪勢な社殿が見えてきます。左右の燈籠も豪華で、垂れ幕も白く美しい。全体的に都の雅が感じられる、そんな社殿です。
因みに境内社殿の配置などは​ 公式サイト ​よりご確認ください。



ご由緒です。
住吉神社

祭神:住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)

 福島県いわき市小名浜は先史時代には海湾でした。その湾内にあった小さな岩山が海食の跡を残して現在も存在しています。古代において遠方への旅は船によることが多く、この岩山は当時船を出していた人々にとって灯台と同じような役割を果たし、帰るべきところの目印、生活を守る大切な存在でした。やがて岩山は神格化され、その麓にお社(やしろ)が祀られるようになったと言われています。

 第十二代景行天皇の御代に、時の大臣 建内宿禰が勅命を奉じて東北地方を巡視したことがありました。その時、この住吉が陸と海との要害の地であり、東北の関門にもあたるので、武内宿弥により当社は航海安全と国家鎮護のため東北総鎮守として祀られました。
 第七十代後冷泉天皇の康平7年(1064年)には、朝廷が勅使をお遣わしになって、東国の賊徒の平定を御祈願になりました。また、源頼義は源家の宝刀 鵜の丸の剣(うのまるのつるぎ)を献じて武運を祈念されたと言われています。
 当社は朝野の崇敬厚く、鎌倉幕府は数千貫の社領を寄進しています。また、豊臣秀吉の時代は70石の神領が認められ、徳川時代は20石の朱印地を所有していました。
 江戸中期には平藩の領主であった内藤家においてお家騒動などが続き、その原因が平城を睨んで建つ当社にあるとされ、社殿の向きが変えられました。その時に内藤家より幅5間長さ200間の参道が寄進されました。現在も道路として残る参道は馬場とも呼ばれ、馬の訓練に使用できる真っ直ぐなものです。この道路に沿う町を新町と言い、従来の北側の参道沿いを大町と言います。北側の参道は狭く、また少し曲がっており、成立した歴史的経緯を十分に理解できます。
 明治時代になると国家神道の隆盛に伴って当社も発展しました。しかし、住吉の地は藤原川と矢田川に囲まれたところにあり、それらの川の度重なる氾濫により経済的には恵まれませんでした。そのような状況から、明治・大正時代の当社の神職に常駐する専任者はおらず、近隣の​ 湯本に鎮座する温泉神社 ​の神職が兼務し、昭和の初期に至りました。その後、社掌として渡邊繁が着任して戦後宮司となり、昭和32年(1957年)本殿が大改修され翌年には県重要文化財に指定されるなど、現在に至る発展の基礎が確立されました。

 当社は延喜式内社であり、平安時代には既に現在の場所に社殿を有し、それから移転することなく今日まで至った神社です。全国に住吉神社は多くありますが、当社は全国住吉七社の一社に数えられています。また、 御祭神は同じですが、大阪の住吉神社から後世分社したというものではなく、独立した神社です。

もとは山岳信仰としてあり、それが後に社を伴う神道に推移していったようです。山岳と言っても神体山である磯山は境内端の標高いくばくかの岩山です。それを考えると磐座信仰と言えなくもないような気がします。
何れにせよ、港の入口にある島や岩は神格化されやすい傾向にあると思います。例を挙げると青森県八戸市の​ 川口神社 蕪嶋神社 ​・嶋大明神社、青森県深浦町の​ 弁天島弁天社 ​・オカモイ様などでしょうか。当然どれも水にまつわる神格です。

神社の創建は伝説の朝臣 武内宿禰によるものとされています。武内宿禰の東国巡視自体怪しげな感じですが、住吉神社のみならず東北に於いてもこの巡視を開創に挙げる神社は見られます。近いところですと八戸市の​ 御前神社 ​などです。
以来源頼義・豊臣秀吉・徳川家康などビッグネームからの刀剣奉納・土地寄進があったようです。


↓に境内の説明書きを載せます。

住吉神社の勅使参向式並びに摂社八幡神社の流鏑馬

 住吉神社の例大祭は現在、10月13日に近い日曜日を中心に行われ、勅使参向式は本祭の日に、流鏑馬神事は宵宮と本祭の両日に行われる。
 勅使参向式は、謡「高砂」(待謡)により勅使一行を迎え、拝殿に昇殿する。勅使祭詞奏上、宮司返し祝詞奏上の後、謡「高砂」(所は高砂・四海波・納め)の奉納を行う。
 宵宮には、小名浜港にさがり勅使安着式が行われ、帰着後に流鏑馬神事が行われる。
 流鏑馬神事は、初回は扇子を持ち手放しで走る。二回目には、その扇子を撤く。次に三度弓を射て走る。最後に扇子を撒くカラ走りをする。
 勅使参向式並びに流鏑馬などの神事は、社会変遷により、その一部に変容を余儀なくされた面はあるものの、概ね古来の姿を残してあり、いわき市内はもとより、福島県内においても数少ない貴重な神事である。

市指定無形民俗文化財 住吉神社の流鏑馬並びに勅使参向式
いわき市教育委員会



流鏑馬神事を行う神社は少なくありませんが、ここの流鏑馬はカラ走りなど独自の作法が残っている点が珍しいのではないでしょうか。

社殿の装飾には菊の紋、格式の高さが表れています。



扁額です。



ここからは境内の末社などを見ていきましょう。
社殿左手に鎮座しているのは別雷神社。祭神は別雷神でしょう。



この雷神社の脇には巌がゴロゴロと転がっています。この奥が神体山の磯山でしょうか。神社創建の源である自然崇拝の痕跡です。



そんで本殿脇辺りには諏訪神社。祭神は武御名方神でしょうか。



住吉神社本殿です。
本殿には四面に優雅な彫刻が施されています。泉城主一族の内藤氏によって寛永18年(1641年)に再建されたもので、貞享元年(1684年)に東向きに建替えられました。現在は市指定重要文化財に登録されています。



側面には四天王、後ろには仙人?が刻まれています。



神社でありながらも四天王、という事はここも元は神仏混淆の霊場であった可能性があります。



社殿を一回りして、別雷神社の方に戻って来ました。この道路側のエリアにも末社あり。右は正月様こと大年神社(祭神:大物主神)、左は久須志神社(祭神:少彦名神)です。



こんなものも。八坂神社、祭神は素戔嗚神です。



それでは磯山を挟んで南側にある摂社の八幡宮に行ってみましょう。
八幡宮まで伸びる細路地の側には湯殿山・鬼子母神・古峯神社の石碑。



道沿いの大磐座にも足尾神社という石碑が置かれています。茨城県に鎮座する足腰の神格です。



鳥居前に到着です。扁額には”摂社 住吉八幡神社”とあります。



社殿はシンプルです。入母屋の瓦屋根で、割と新しめの社殿ですね。
祭神は十五代応神天皇、十四代神功皇后、比咩神でしょう。十四代神功皇后(息長帯姫命)は三韓征伐の折、住吉大社に道中祈願をしており、その縁で摂社となっているみたいです。



拝殿に比べて本殿は古めかしい趣があります。



何よりも面白いのが本殿裏手の岩山。これがおそらく磯山でしょうね。



磯山の頂には瑞垣が張られておりました。まるで神聖な場所を守るかの如く。



瑞垣内です。おそらくここが住吉神社の根幹部かも知れません。



斜めから。
東北には住吉神社が少なく、且つ式内社ともなるとこのいわき市の住吉神社以外には存在しません。延喜式に載る住吉神社という事もあり、早くから朝廷の勢力が流入していた事がうかがえます。港町はやはり外の信仰が持ち込まれやすく、変わり種の神社も少なくありません。
当初は港の大岩を祀る信仰で、それに住吉大神が比定され、現在に続く住吉神社となります。1,000年以上の歴史を有する住吉神社は、東北総鎮守の社として崇敬を集め続けています。



今回貰った御朱印です。



公式サイトへのリンクです。
・福島県いわき市小名浜鎮座 延喜式内 東北一社 住吉神社

以上です。






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最終更新日  2026年05月09日 12時30分44秒
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