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ここの所、立て込んでいて、調子を悪くしてしまったいっちゃんねる。熱がえらいことあって…連休に突入する前に、病院行っておいたほうがいいと思って朝からグッタリ状態のいっちゃんねるを抱え…吸引機を引っさげて病院。大荷物の上に抱っこじゃないとグズグズ言うし、でも今日はそんな余裕もなかった…久々に奮闘…(爆)病院とかで極力知り合いを作りたくない私…相手は知っていてもこちらが誰だったか思い出せない、という出会いが多いのが病院で…。否応なしに目立つ(おとなしくしていても)いっちゃんねる。今日もおせっかいな親子が人前をウロチョロ…いっちゃんねるがおでこに熱さましのシートを貼っていたもんだから、(これを貼ると、病人という意識が出てかなりおとなしくなるので…)『あ~熱でちゃったの、うちもなんですよ、』と。『あ、そうですか、』とそこで話を終わりにしたい私。でも更に、うちの子はいつから熱が何度あってね、おなかが痛いって…と続く。それは看護師さんや医者に言えば良いのに…中待合に呼ばれてまで…話し掛けてくる。『あら、おかしなのつけてるわね、○×大学病院(子ども医療)に行ってるの?』ほっとけ~~!!行ってたら何なのか。行ってなかったら何なのか。その病院に知り合いの医者が居るとか、親戚が入院してるとか、私にとってどうでもいい話を延々と聞かされると思うとため息しか出ない。正直言って、昨夜から熱を出して咳をして、吸引が多くて、おなかが痛いとうなされて眠れない我が子の側でウトウトしたような、してないような状態の時に初対面の人とそんな世間話をする余裕はないのだ。まぁ相手の人がそんなこちらの事情なんて知らなくて悪気はないのだから 世間話など聞き流せばいいのだけれど。咳をしてる子どもの向かいには絶対に座りたくないし、…わたしも余裕ないね。何も考えない日が一日ぐらいあってもいいんじゃない…?ここのところ…いろんなことがあり過ぎて親子共々疲れてるのね、弱いいっちゃんねるだけ熱出しちゃって…気休めのドリンク剤が効いてたのかな、私…。ストレスが解消できるドリンク剤が欲しい!!と思う今日この頃…GWだって気が抜けない。にちゃんねるの家庭訪問がある。急いで片付けなきゃ…掃除掃除…母たるもの…いつ休んだらいいのでしょう休むタイミングも見つからないよ… 。
April 28, 2006
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この3週間、いっちゃんねるは午前中だけ保育園で過ごしました。保育士さんたち…日々、いっちゃんねると接し、時間を共にすることで生まれてくる問題があります。いっちゃんねるの加配の保育士さんは、園で一番若い先生ですが、子どもに対する接し方がとても上手だと思います。年齢を重ねて、柔軟性を失っていくベテラン保育士よりもある程度柔軟に対応できる保育士さんで、(保育士さんは大変だろうけれど)良かったと心から思っています。さて、加配の保育士さんがどう接していいか分からないことが度々あると相談されました。1、『言ってることが分からない』ときはどうしたらいいのか。2、『友だちとの会話で、相手に伝わっていなかったら』こちらでフォローしていいのか。1、に対しては…分からないときは、「ゆっくり言って」 それでも分からなかったら「ごめんね、分からない」と正直に言う。 なんとなく言っていることがつかめたら、「相槌をうつ」「分かった所だけ繰り返して言う」 2、に対しては…間に入ってもらって、こう言ってるよ、とコミュニケーションを成立させてあげて欲しい。分からない顔をされたり、通じなかったら極力通じないままにしない、。もっともっとあるけれど、今回はコミュニケーションに限定して書きました。保育士さんといっちゃんねるの関係を見ていると、言葉で成立してるんです。保育園に入る前はコミュニケーションがうまく出来なくて、喋らなくなっちゃうんじゃないか…って心配したけれど、大体は通じている様子でしたし、第一関門はクリアになった感じです。私の考え…どうやってコミュニケーションを成立させていくか、一番悩んだ所です。だって、周りにいないでしょ。言語能力はあるのに、機能的に喋れない子って…。聞こえないから喋れない、とも違いますしね。しゃべれないことはないんですけど、不明瞭な上に早口なんですよね。会話の1語1句すべてを把握しようなんて…ムリ。分からない言葉を、分からない、ごめん、って言っていいのか。悩むけど…やっぱり解からないものは分からないし、何度同じことを繰り返されても分からないと思う。そんなやり取りするよりも、はっきり分からない、と伝えたくれたら次に自分でどうやったら伝わるかを考えるようになるだろうから…そう思って出した答えだった。この方法がいいのか悪いのか…それすら私には分からない。長く接していくうちにいっちゃんねるの言葉に慣れるか、自分で別の方法をあみ出すか。指文字使っても通じないしね…言葉に成長が見られるようになってくれると良いんだけどね。 がんばれ、いちゃんねる、何にでも意欲的にチャレンジするキミには頭が下がるよ。ハンディをハンディと思わない、キミの姿勢にどれだけママは救われてきたか!!そう、きっとキミの持っているものはハンディじゃなくそれがキミ自身でありのままのキミなんだよね。ママはそんなキミを誇りに思うよ!!ちょっとのことでめげない強い精神力と生涯に渡って分かち合える仲間を築き上げていってください。ママはキミの周りのあたたかな社会が平衡に保たれるように見守ることしか出来ないけれど…いつか生まれてきてよかったと思えるように出来る限り手助けしていくからね。生まれてきてくれてありがとう。わたしの天使ちゃん。
April 27, 2006
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いっちゃんねると同じ病気の元気君(仮)の保育園入園問題に明るい光が差しはじめたと、ママからメールをもらいました。いっちゃんねると元気君は楽しいことも、苦しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、共有し、一緒に悩んで、一緒に歩んで、ここまで成長してきた同志。すぐに後を追いかけていくよ、ってママががんばった。涙を流して、でも泣いてる暇なんかなくて涙も乾かぬうちに行動に出てた。GW明けから保育園に通えるんだ!!家から近いよ…自転車で5分…かからんと思う。今まで聞いたことないくらい、彼女の声は弾んでいた。私も自分のことのように嬉しかった。自転車で5分…地域の保育園に認めてもらえた嬉しさ。でもそこには不安もあった。どうしていったらいいんやろ…いっちゃんねるのとこは…どうしてんのかなぁ…私自身手探りで、どうしたらいいかなんてまともな答えも出来ないし、力になれることは何もないかもしれない。でも、いっちゃんねるの存在が、少しでも力になっていてくれたら嬉しい。パパが帰ってきて…どんな話よりも先に元気君の話をしたの。まだ見ぬ戦友に…エールを送っていたよ。私たちの子育て…彼女は『ちょっとスパイスの効いた子育て』って言ってたな。ハハハ…スパイス効き過ぎだけどね…って笑って言えちゃう。色んなスパイス入れすぎちゃって、味がおかしくならないように一つ一つ、確認していきましょ、ね。
April 24, 2006
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にちゃんねる(小2)が、弟、いっちゃんねる(3歳)の面倒を見ると買って出てくれたので任せた…というお話。近所にオープンした、ショッピングセンターに行ったのだけど、いっちゃんねるをカートに乗せて子どもの衣料品を見ていたら「ぼく、いっちゃんねるとあそこで遊んでるよ」とすぐ脇の乳児さんが遊ぶスペースを指して言ったので、ついつい甘えてしまったのだ。オープンしてまだ日が浅かったもんだから店内は混んでいて、レジで支払いをするのも長蛇の列だった。で、迎えに行くとにちゃんねるはよその子とカードの見せ合いをしていていっちゃんねるの姿が見えない…まさに血の気が引く状態になった。すぐさま店員をつかまえて迷子放送をお願いした。誰かが届けてくれるかもしれない…にちゃんねるに迷子放送の場所で待ってるように言い、この人波では迷子になっている子どもに気付く人もいないと思い、行きそうな場所を探して歩いた。本人がその放送を聞いているとは思えないし、自分が迷子だと言う自覚が、きっとないだろうと思った。迷子になったと気がついても、泣くタイプの子ではなく、その辺の人をつかまえて、「スイマセン、ママ、イナインデス」とか言うタイプで…衣料品売り場からぐるっと来た方向へ戻って入り口まで辿っていった。入り口の方向にゲーセンがあって、店に入るなりしばらくそこで遊んだのだ。もっと遊びたかったのかな…入り口から出なければいいけど…必死だった。ふと見ると、テナントのお店…ゲーセンよりもずっと手前…小さなお菓子やキャンディー、ゼリービーンズなどを量り売りするコーナーで一生懸命、小さなスコップですくって袋に詰めている…。ホッとしたのと、その真剣な顔つきに、怒ることが出来なかった。そっと側によって、それでおしまいにしようね、と言ったら袋に入れたお菓子を誇らしげに見せて、「ボク、おなかへっちゃったんだよ…」バラだから戻せないし…せっかく自分で詰めたんだから…と量ると200g弱。グラム4円…800円!?良く見ると何種類ものお菓子が、ちょとづつ入っていた。袋とスコップが置いてある脇のケースから順番に掬ったのかな…それとも自分の欲しいのだけを選んで入れたのかな…レジで並びながら話を聞くと、どうやら犬のかぶりものを追いかけてきたらしい。ハーメルンの笛吹き状態でついてきてしまい、犬に飽きてふと見たらそこに量り売りの店があった、ということなのか。何にしても見つかってよかった。とまあこんなことがあった訳だけれど、にちゃんねるは迷子になったことがなく自分勝手に行動しないし、迷子になるようなタイプではない。だから、迷子になる子どもの気が知れないんだと思う。好奇心の旺盛ないっちゃんねるの、突飛な行動は予測不可能だったのだろう。…にちゃんねるに任せた私も十分反省の余地があったし…。自分の子供が迷子になるという経験をしたけれど、これほど心配したことってないように思う。TDLで自閉症のお子さん(5歳)が迷子になった話を聞いたことがある。お母さんがレジでお土産を買って、お父さんとその子と下の子が待っていた、はずだったのに。いつの間にかお父さんの手を離れ、一人どこかへ行ってしまった。自閉症に限らず、小さい子どもは迷子になりやすい場所だと思うが…迷子になった、と届けてから、お母さん曰く、すぐに見つかったらしい。必死になって探している間にすでに保護されて迷子センターにいたというのだ。TDLとショッピングセンターを比較するわけじゃないけど…オープンしたててどこも手がいっぱいなのは分かるけど、放送しても誰も探してくれない。もっと社員教育しなきゃダメだぞ!やっぱり買い物は慣れた所でするのが一番だね。
April 23, 2006
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去年の8月に検査したきり8ヶ月ぶりの気管の検査でした。場所は大学の耳鼻咽喉科。音声言語科です。教授といつもカニューレ交換して下さってる先生とST(言語聴覚士)さん が同席しました。他にもう一人、大学の名票をつけた中年の、「先生」と呼ばれている方がいました。客員講師…?それとも新しく大学にいらした助教授かしら…と、いっちゃんねると私臨床実習のために多くの学生が出入りするココの耳鼻科は…いつも若い学生さんばかりなので中年の男性と言うと…ある程度の立場がある方なんでしょう、と思いました。「こんにちは」「…こんにちは」「お名前なんですか?」「…○○○○○○○」「いくつですか?」「…」「いくつですか?」「…」「何歳ですか?」「3さい」「4歳ですか?」「3さい」「保育園は楽しいですか?」「…(首を立てにうなずく)」「先生の名前は何ですか?」「●△□※せんせい」「ほぉ、ずいぶん喋れますね、どんなタイプのカニューレつけてるんですか?」「こうこうこういうタイプです」「眠る時もつけてるんですか?」「はい」「自分で痰は出せますでしょう」とまあ、こんなやり取りがあったのですが、声を出すこと、声のボリュームや、構音の正確さ(不明瞭さ)を判断するほかに、年齢を聞かれて、聞き返したときにきちんと訂正できるか。など精神面も見られたと思います。で、肝心かなめの検査…診察室のただならぬ雰囲気に…ヤダ!!を連発し。診察台で抱え込むも…大暴れ。ココで何をするか、といえば、恐怖の鼻からカメラ、しかないでしょう。もうその気持ち悪さを知っているいっちゃんねるは、これまでにない抵抗…。押さえつけるこっちも汗だく…モニターに映し出された映像を見ながら、3人の先生が、いっちゃんねるの状態を見て、相談します。今してるカニューレ、現状維持か、なんらかに発展させるべきか。教授はQOLのために、早く取ってあげたい、と仰いました。先生は風邪引いた時のために、現状維持でいいのでは、と仰いました。もう一人の「先生」と呼ばれる方は、二者択一と言う方法だけではない、と、新しい方法を提案しました。それはちょっと医療の専門的な話なのでここでは控えますが、カニューレを特注でメーカーに作ってもらって段階的に呼吸が出来るかを見ながら、徐々に外す方向にもっていく、と言うことらしいのです。朝一で病院に行って、特注のカニューレに交換して、時間ごとにサチュレーションで測って…なんて具体的な方法を説明している「先生」…いくつかの臨床例を見てきてるんだろうな…と思いました。特注のカニューレで安全が確認されたらしばらくそれで過ごして…(曖昧な表現でごめんなさい。)それで問題なく過ごせたら、外して、孔は閉じずに、ね。で、それで大丈夫だったら塞ぐ手術、かな。この段階的に外していく過程は、経過に対してなので、どれくらいで塞げるのかはっきりはいえません。後戻りすることもあるだろうし、すべてがうまくいくとも限りません。今のところ就学前を目標にしています。這えば立て立てば歩めの親心いつだったか 教授に言われた言葉です。そんなに焦らなくても この子はちゃんと成長していきますよしゃべる事だって できるようになるでしょうそうして いっちゃんねると共に歩んで下さっているQOLを考えてくださった教授に、毎日の生活をよりよいものにして下さっている先生に、いろんな人に助けられているいっちゃんねるはこの上ない幸せものだと思います。 追記耳鼻科検査で疲れちゃったかな…と思い、その後のSTをキャンセルしようかとSTさんに申し出たら、本人は、「お勉強するよぉ!!」と怒りながら言いました。勉強の部屋に行って言葉の練習。今日のテーマは、『厚い』と『薄い』。学生さんが作ったのか…スポンジのドラヤキ。1つは餡子と栗一粒が丸ごと入った和菓子屋さんで売ってるようなドラヤキで、もう1つは、餡子入ってるの??というような薄~い、スーパーのレジ横に置いてるようなもので、やり取りしたけれど、中身が気になって気になって…厚い、薄い、どころじゃなくなってしまった(汗)。これは少しレベルが高かったようで…(笑)それからしかけ絵本を使って、1日の流れの挨拶言葉と擬音の確認。最近は、文字が書いてある絵本だと拾い読みしてしまい自分で想像して話をしてくれないので、全く文字のない、まさに想像して話をさせるための絵本、だった。これも学生さんの手作りっぽかったな。で、STさんからのアドバイスとして、絵本を読むことのススメがありました。いっちゃんねるが好むのは『あかずきんちゃん』『おおかみと7ひきのこやぎ』『ぐりとぐら』『どろんこハリー』『うさぎとかめ』『おおきなかぶ』などなどこんな本です。言い換えれば、起承転結がはっきりしていて、繰り返しがあったり、時間の流れが掴みやすいお話です。『ももたろう』『しらゆきひめ』など、複雑なファンタジーの世界は、まだ理解できないようで、え??ももからでてきたの?とか、継母がおばあさんに化ける、という部分部分に疑問があるようで話が一向に進まなかったりします。先生が薦めてくれたのは『3匹のヤギのガラガラドン』です。これも起承転結があって、繰り返しがあって、時間の流れが掴みやすいお話ですよね。色んな言葉や表現を覚えて欲しいと思って毎日毎晩読み聞かせ…最近では図書館の常連です。同じ本を何度も何度も借りています。いいと思って借りた本でも見向きもしなかったりするのが悲しくもあり…GWに絵本の世界へ出かけることになりました。自然の中で絵本とどれだけマッチングできるか、楽しみです。
April 21, 2006
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毎日がめまぐるしい…今日は保育園、明日は母子通園…そうやって毎日どこかしらへ出かけている。毎日保育園に行けたらいいな、と思うけれどこれが思うように行かない。保育園に通い始めて約2週間が過ぎました。いっちゃんねるは自分の思い通りにならないことへのストレスなのか想像を超えるくらいにワガママになってしまっています。この状況を出来れば早く脱したいのだけれど、今をキチンと向き合っていかないと…と粘り合いです…。昨日、コソッとお迎えに行って、園舎や植え込みの陰から様子を覗いていました。同じクラスのおともだちと 砂遊びをして…その砂をお店屋さんに見立てて遊んでいました。一人は丸いスコップで砂を象ったアイスクリームやさん一人は平らな皿に薄く砂をのせた、せんべいやさんいっちゃんねるは、押し車に砂をのせた焼イモやさんでした。「イモくださーい」「ひゃくえんでーす」そんなやり取りを見ました。お友達同士のコミュニケーションもちゃぁんと成立してる…。自分の知らないいっちゃんねるの姿を見ました。…あんなに手を離したいと思っていたのに、こうやって離れてみるといつまでも子離れできないのは、私なんじゃないか…なぁんて思いました。今日、いっちゃんねるの加配保育士さんが、母子通園に来ました。母子通園と並行して通うお子さんの、保育士や幼稚園教諭が見学に来ることは珍しいことではありませんでしたから、そういった経過を踏むことも大切だと通園施設側も快諾してくれました。大抵の保育士さんや幼稚園教諭などは、平常保育を2時間くらい見て帰られるのですが、いっちゃんねるの保育士さんは3日間も、フルタイムで、専門指導のみを希望なさいました。色んなことをメモし、色んなことを質問し、他のお子さん、お母さんとも積極的に関わっていました。それで分かったことがあります。彼女は特殊教育を勉強する過程の途中にいるのだと。将来、そういった仕事に携わることになっていくんだろうということを。2008年問題…保育士の間にもきっとあるんでしょうね。専門性が問われる職種ですから、後継者を今のうちに育てていかないと…。丸1日、いっちゃんねるを含め通園施設の様子を見聞きしてマカトンや、手話なんかをつかっているように見受けたけれど、覚えた方がいいのか…と聞かれました。覚えて損はないが、すぐに覚える必要もない気がして、「特に必要ないかな…」って言ってしまったけれど、「待って」 と 「終わり」は、覚えて便利だし、すぐに役に立つから今度機会があったら伝えようと思う。
April 18, 2006
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とある街の、聴覚障害者協会の記念行事に参加してきました。偉い人の話は当然手話で、今日の記念行事が盛大に執り行われことについてのお祝いの言葉以外、通訳なしでは何を言ってるのか、さっぱり分かりませんでした。知っている手の動き、表現があっても、それが知らない表現と結びつくと、全く意味不明になって結局通訳に耳を傾けてしまいます。挨拶はさておき…その後のアトラクションとして、「手話落語」なるものを見ました。NHKの子供向け番組で、やなぎやかろく がやっているのを見るくらいで、落語を生で見る機会なんてそうそうありません。先月の耳の日記念行事で、手話劇を初めて見て、通訳や要約筆記などの字幕のない手話劇は、初心者の私にとって面白さすら分からない、ろう者や少なくとも読み取れる人向けのアトラクションだったので今回ももしかしたらそうなのかな…なんて思っていましたが…これがお腹を抱えて笑うほど面白かった。一度は耳にした事のある小噺や昔、似た話を絵本で読んでもらったことがある懐かしいはなし、二人羽織の後ろにろう者が入り、前に座った健聴者が通訳しながら話をすすめるという、なんとも斬新な「手話落語」でした。読み取れない私が楽しめたのはろう者が落語をしているときに、一座の健聴者の通訳がついていたからで、あれが全く通訳がなかったら、やはり楽しめなかったでしょう。 こうやって誰かの助けがあって一つの文化を障害関係なく共有できるのに、障害者自立支援法では 手話通訳に負担を求める。社会に参加するのにお金を払う必要がある。健聴者はタダで社会に参加できるのに…コミュニケーションに値段を求めるのっておかしい。そうやって自立できるものは自立せよ、と障害者が健常者に同化することを望んでいる今の日本で(異化を認めるとはとても言いがたい…異化を認めるなら福祉はすべて無料になるべきだと思う)障害児を育てているわたしは、こんな社会で我が子を障害児として育てていくべきか、考える。健聴にはなれない。かといって、将来自立できないかと言われると、自立して欲しいし、そうできる能力を身に付けさせたいと思っている。補聴器をつけている息子を見て、この子は聾か、と聞かれることがある。私はいつも、難聴だ、と答える。難聴、という言葉が理解されないことがあって戸惑うことがある。「だって耳、聞こえないんでしょう、補聴器つけたって意味ないのに!!」聾の文化には補聴器も声も必要ないという考えの人たちがいる。生まれたときからずっと聞こえない、補聴器つけても聞こえない人にとって見れば補聴器つければ聞こえるなんて嘘!としかいいようがないんだと思う。のどにチューブをつけているのを見て、「声が出るの?」最初はそう尋ねられることに、心から知りたくて聞いてるんだと思ってまともに答えてきた。聾者と接する機会が多くなり、次第に聾として育てていくべきなんじゃないの?的な意味合いが含まれているのが分かって、震えが止まらなくなった。聞こえないから…ろう 聞こえるから…聴 聞こえないけど喋れることがある…中途失聴歪んだりするけれど…聞こえる、はっきりしないかもしれないけど喋れる…ココが理解されない部分健聴でもなく、聾でもなく、難聴。私が難聴だとあえて言うのは、自分で道を切り拓いていかなければならないから。ろうの文化、手話を教え続けたい。自身も、学び続けたい。
April 16, 2006
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「障害」というのは、「障害」を抱えている本人ではなく、周りの環境やコミュニケーション、そして人の心などとの間にあるもので、それを取り払えば「障害」はなくなるのではないか、と思います。このブログに掲載されている医療的なケア、及びそれを取り巻くさまざまな環境はあくまでも私的なもので、同じ病態の患児さんであっても、状態が同じではないことをご了承ください。我が子、いっちゃんねる(3歳7ヶ月)は、医療的ケアの必要な子どもです。気管切開をしています。口から飲食し、会話も不明瞭さは残りますが、成り立つようになってきました。医療的なケア…風邪などの病気にかかった時以外、日中は安定しており、吸引の必要はほとんどありません。補聴器をつけています。Play検査で、右73.8dB、左67.5dB。補聴器によって25dB~35dBまで補われています。いっちゃんねるにとって、1対1の特殊教育よりも、地域の多くの子どもと生活を共にする場が必要だと感じて、保育園に入園の希望を出しました。いっちゃんねるに【同化】を求めていたのでしょうか。そしてこれからも…【同化】を求めていくんでしょうか…いいえ、いっちゃんねるが周りに同化するのではなく、周りが『障害』を理解し、『障害』を感じることがない世界を求めたいのです。多数者に合わせる【同化】『障害』を抱える人に、抱えていない人があわせる【異化】【異化】を認め合う社会こそ、お互いが違いを認め合うことで『障害』がなくなるのではないでしょうか…『障害』というのは、それを抱える本人ではなくて、周りの環境やコミュニケーションや人の心などの間にあるものであって、それを取り払ったら、『障害』はなくなるんじゃないでしょうか。理想論ですが。地域の保育園で【同化】していくのではなく、【異化】を認め合う、子ども社会を築いていってもらいたい。カニューレつけていることが…補聴器つけていることが…当たり前で、変な喋り方も、おかしな顔立ちも、それが いっちゃんねる だということを自然に受け入れとけ込んでいってもらいたい。成長して、いろんな場面で変な喋り方や、おかしな顔立ちを からかわれたりもするでしょう。でもきっと、助けてくれる仲間もできる、『障害』を感じない社会を…ゆっくり時間をかけて【異化】を認め合う社会を見守ってあたためていきたいのです。ここに一つの小さな社会が生まれました。その社会は、生まれることさえ認めてもらえないほど危ういものです。なぜなら、命にかかわる、医療的ケアを必要とする子どもをフォローする体勢の整っていない社会だからです。しかし、医療的ケアを必要とする子どもをフォローする法律も支援事業もありません。すべての子どもが区別されることなく、安全にしあわせに暮らしていけるシステムを望みたい。
April 14, 2006
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このブログに掲載されている医療的なケア、及びそれを取り巻くさまざまな環境はあくまでも私的なもので、同じ病態の患児さんであっても、状態が同じではないことをご了承ください。我が子、いっちゃんねる(3歳7ヶ月)は、医療的ケアの必要な子どもです。気管切開をしています。口から飲食し、会話も不明瞭さは残りますが、成り立つようになってきました。医療的なケア…風邪などの病気にかかった時以外、日中は安定しており、吸引の必要はほとんどありません。補聴器をつけています。Play検査で、右73.8dB、左67.5dB。補聴器によって25dB~35dBまで補われています。いっちゃんねるにとって、1対1の特殊教育よりも、地域の多くの子どもと生活を共にする場が必要だと感じて、保育園に入園の希望を出しました。いっちゃんねるに【同化】を求めていたのでしょうか。そしてこれからも…【同化】を求めていくんでしょうか…いいえ、いっちゃんねるが周りに同化するのではなく、周りが『障害』を理解し、『障害』を感じることがない世界を求めたいのです。多数者に合わせる【同化】『障害』を抱える人に、抱えていない人があわせる【異化】【異化】を認め合う社会こそ、お互いが違いを認め合うことで『障害』がなくなるのではないでしょうか…『障害』というのは、それを抱える本人ではなくて、周りの環境やコミュニケーションや人の心などの間にあるものであって、それを取り払ったら、『障害』はなくなるんじゃないでしょうか。理想論ですが。地域の保育園で【同化】していくのではなく、【異化】を認め合う、子ども社会を築いていってもらいたい。カニューレつけていることが…補聴器つけていることが…当たり前で、変な喋り方も、おかしな顔立ちも、それが いっちゃんねる だということを自然に受け入れとけ込んでいってもらいたい。成長して、いろんな場面で変な喋り方や、おかしな顔立ちを からかわれたりもするでしょう。でもきっと、助けてくれる仲間もできる、『障害』を感じない社会を…ゆっくり時間をかけて【異化】を認め合う社会を見守ってあたためていきたいのです。ここに一つの小さな社会が生まれました。その社会は、生まれることさえ認めてもらえないほど危ういものです。なぜなら、命にかかわる、医療的ケアを必要とする子どもをフォローする体勢の整っていない社会だからです。しかし、医療的ケアを必要とする子どもをフォローする法律も支援事業もありません。すべての子どもが区別されることなく、安全にしあわせに暮らしていけるシステムを望みたい。
April 14, 2006
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いっちゃんねるは生まれたときから病気でした。生まれてすぐに、【普通でない】ことがわかりました。そして普通でない子どもの子育てにどれだけの苦悩があったでしょう。あるとき、いっちゃんねると同じ病気の子どもたちがいることを知りました。それはもう驚きと、しかもその子どもたちをポジティブに育てるパワーのある親御さんに出会ったとき、私はなんて小さい人間だったんだと、知らされました。障害児である前に、一人の人間だよ。耳が聞こえない、話ができない、ご飯も食べられない、あれもこれも出来ないかもしれないけれど、気持ちを持ってる、笑顔で笑う、そんな可愛い子どもがいて、誰があなたを責めようと言うの。生きようって、あなたに抱かれたくて頑張ってるのに、できないことばかり見ないで、できることを見てあげましょう、この子たちの可能性は無限大よ。病気である前に、障害児である前に、一人の人間、障害児なんていう人種はどこにもいない。健常と区別するための言葉。どこで誰が線引きするのかさえ、曖昧な言葉。障害児である前に、可愛い一人の子どもじゃない?かけがえのない我が子…泣いて過ごすのも一生笑って過ごすのも一生ならば笑って過ごせるようにお母さんが笑っていなきゃ…気持ちで返してくれる…そんなことがあってから障害児として育てるのではなく、いたって普通に育ててきた。リハビリに母子通園、そんなの障害児との線引きが難しい子どもがたくさんやってくる。どこからが障害児でどこからが健常児なのかそんなこと、誰にも分からない。手帳にしたって専門家の判断一つでどっちにも転ぶ。加配がつくか否か、それは人員の関係と予算の関係と私たちには知る由もない上層部の判断に委ねられる。障害児ではない、とは言わない。障害児である前にひとりの人間です。ボクにちゃんねる合わせるの、ちょっと大変かもしれないけれど。
April 13, 2006
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いっちゃんねるの気管カニューレの扱い方を保育園の先生が病院まで勉強しに足を運んでくださった。主任保育士と、補助の保育士だけと聞いていましたが、待合室に見えたのは、5人もの保育士でした。しかも代替の保育士でなく、常勤の保育士さんばかりでしたから、その時間帯の保育園は代替の保育士さんに任せてきたのかと思うと…なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいでした。耳鼻科の先生には事前に話してありましたから、細かく、かつ解かりやすく説明をしてくれたと思います。抜けないように気をつけるべきことは何か。日常の中で抜けることはあるのか。抜けないように襷がけもしている。よほどのこと…他のお子さんが切ったり、引っ張ったりしない限り抜けるようなことは滅多にないでしょう。気をつけるのは…着替え、脱ぐ時と着る時、引っ掛けないように押さえてすることくらいですか。それから診察台に寝た状態で、5人の保育士が処置をジッと見ていました。気切孔が思ったよりも小さいと仰っていました。使用済みのカニューレを洗浄し、それを手にとって説明を始めました。バルブの取り外しや扱いも実物を手にしてなので分かりやすかったかな。いっちゃんねるの呼吸の状態、孔の状態、外れたとき、想定される呼吸状態と時間と処置の方法と。それから紐の結び方と吸引の方法も。産科からお人形を借りてきて実践さながら…?かと思いきや、たまたまそこにあったミニーちゃんのぬいぐるみが実験台になっていました(汗)どこまで保育士がやるのか。そりゃ、どこまでもできれば一番いいことだけれど、とりあえず、カニューレ入れるところだけでいい。紐を結んだり、ガーゼを当てたりなんて、後からだっていつでもできる。カニューレが不潔だったら?地面に落ちるということはよほどでない限りありえない。通常首元にぶら下がった状態になるだろう。ガーゼなど目に見える異物が着いていたら取り除き、それを入れてしまって構わない。喉元も同様、ガーゼくずなどの付着があれば取り、入れて構わない。消毒なんかも後で出来るのでしなくていい。もし入らなかったら?入れる入れない、入る入らないにかかわらず、抜けたら母に連絡。救急車よりも早く、的確だろう。母はカニューレも入れられるし、必要とあらば他の救命方法も知っている。最低限必要な医療関係の小道具も常備している。抜けた時の状態はどんなか?抜けたことはまだ分別つかない赤ちゃんだった頃、自分で引っ張って、ということが一度あるだけで、ほとんどないので、どんな状態になるか…想定の範囲ですが、自分で訴えたり、咳き込んだり、顔色が悪くなったりするでしょう。抜けて暴れた時はどんな方法を使うか?…暴れた時…嫌がって?まあそういうときは、やる側が落ち着いて、大きめのバスタオルできつめに包んでしまえば、大丈夫でしょう。大人があたふたすると敏感に感じるから、落ち着くことです。その他、細かいことの質疑が続きました。予定時間を10分ほど押して終了。保育士さんはどう思ったでしょう。何はともあれ、今日を無事に過ごしたことが始まりです。ゆくゆくは一日を通しての保育にしていく予定でいます。
April 12, 2006
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保育園初日。9時に送っていき、11時にお迎え。たった2時間の分離なのに、何も手につきませんでした。いつ電話がかかってきてもいいように、居間で携帯の電波をチェックして…今まで、他人に委ねることと言ったら入院かボランティアの看護師くらいなものだったからこちら側の心構えができていないのだと思う…情けない。お迎えに行ったら…顔を見るなり飛んでくるのではなく『帰りたくない!』と。『給食食べる!!』と。なだめすかして連れて帰るのにいっぱいでした。明日は…遊びが一段落するのを待って園に入ろうと密かに計画中。園長先生が事務室から出て見えて、医療機関のSTの先生からの報告書についてよく書かれているとおっしゃいました。A4用紙3枚に渡って、何が書かれていたかというと、一、現在の状態について(1)聞こえの状態(2)気管管理(3)発達全般ニ、対応に関しての配慮のお願い(1)補聴器~常用の習慣、反応が悪い時への対応、水遊びなどへの対応(2)気管管理~処置の必要な場合の対応(3)コミュニケーション 報告書は求められたものでも依頼したものでもなく、 医療機関のSTの先生が自主的に出してくださいました。 ニ(3)のコミュニケーションについては主に5項目、 言葉のかけ方から音楽活動まで細かく記されていました。 親ですら…実践できていないのに、少々求めすぎじゃないかって思うくらいに。 これだけのことが医療機関から文書でいくと、母親の立場としてあまり言うこともなく、補聴器のスイッチなどの画像入りのサポートブックを預けるくらいで、取り立ててこちらからお願いすることはありません。ただ一つ、何かあったら救急車を呼ばないで、私に電話を下さいと言っただけでした。 何はともあれ、始まったばかり。穏やかな船出となりました。
April 10, 2006
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桜は間に合わなかったけれど、晴れて保育園の年少組さんになりました。明日からはまた現実と葛藤やらとで、闘うのかと思うと束の間の休まる時間です。4月いっぱいは【なかよし保育】(慣らし保育)を希望し、午前中時間を過ごし、昼食前に帰宅します。まずは先生に慣れてもらうこと、本人も友だちも時間をかけて慣れていってもらいたいという私の希望に添ってもらいました。補助の先生は、臨機応変に対応できそうな先生で、ちょっと安心しました。式ではクラスの最前列にちょこんと一人で座り、起立、礼、着席、など見よう見まねでやって見せて、名前を呼ばれて元気に返事して…なんだかジ~ンとしました。在園児なのにお母さんに抱っこしたまま離れない他の子どもを見ると、あまりに素っ気ないいっちゃんねるの姿に頼もしさを感じたり…(完全な親ばかですけどね)子どもの成長のためと選んだ保育園でしたが、こうして手が離れていくと寂しい気持ちもします。お兄ちゃんの通った幼稚園とは規模も全く違うし、やはり、保育園にしてよかったかな、と思います。いよいよ、明日から、保育園生活の始まりです。母子通園の専門指導も外せないので、休みがちになるけれど…ゆっくりやっていきたい。母子通園は…自立支援法の影響で負担額が増えてしまうらしいが、いっちゃんねるのために続ける方向で契約してあります。いい所だけを選んで確実に成長してくれたら…と思います。
April 9, 2006
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私はもうそれが当たり前の状態だから、カニューレ交換はどうってことないけれど…客観的に…のどに孔が開いてるなんて…ビックリしちゃうよね…気切っ子を預かる保育園、幼稚園では、どんな対応をしてるんだろう。やっぱり看護師が常駐しているんだろうか…それとも親が付き添いをしてるのだろうか。どちらでもない、ウチみたいなケースはあるんだろうか。病院の先生は…何があっても動じないような先生がいいね、とおっしゃった。私もそう思う。ある程度知識と経験がある先生について欲しいと願う毎日。一般に、よほどのことでなければ保育所は救急車を呼ばない、と聞いたことがある。同様に抜管したら、救急車でなく、私を呼んで欲しいと思う。私のほうが確実に早く着くし、処置できる。過信かもしれないが…。救急車は何もしてくれない。小児用のサクションカテ-テルすら装備されていない。入園式の日に登園予定などを話す予定でいる。他の園児の保護者の反応が、一番心配だったりする。感情が先行しないようにしたい。最近は、バルブを付けっぱなしで寝ても関係ないみたいに、時には往復イビキをかいて眠っている。イビキは一つの目安だといわれてきた。スピーチに変えて1年半、鼻で呼吸することを覚えていった…今はまだ喉から吸って鼻から吐くけど、きっとそのうちできるようになるだろう。
April 3, 2006
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