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いっちゃんねるは保育園でどんなふうに過ごしているのか…4月の入園から半年以上、今ではそんなに心配することはない。本人が保育園での出来事を話してくれる。誰がどうした、誰と何をして遊んだ、ボクが誰を誘って、でも誰は入れてくれなかった、明日は入れてくれるかな、何先生が途中でいなくなって(出張)、何先生がピアノを弾いて…と、歌いながら踊りだす。話してくれることはそんなに多くはない。こちらもあえて聞き出さない。ただ、いっちゃんねるが保育園に行くことは彼の日常となっいて、日常を楽しんでいることは見て取れる。お友だちに手紙をもらったから、と言って返事を書く。広告の裏紙なんかイヤだ、と、キャラクターのメモ帳をていねいに1枚1枚はがし、何やら書いていく。知っている文字をなんとなく並べて書いただけの…読めない文だけど。今、クリスマスの発表会に向けて、ダンスを練習しているらしい。歌も練習しているらしい。年中の子に、いっちゃんねるがいるから上手に聞こえない、と言われるらしい。本人は気にしてるのか気にしないのか、全く分からないけれど(言われたからと言って泣いたりメゲたりはしないらしい。)先生は歌詞カードをくれた。お家でも練習してね、と。おかげでつき合わされている。保育園に入れて良かったのか、悪かったのか、答えは出ない。いっちゃんねるの表情が、間違いではないんだと思わせてくれる。その笑顔がずっとずっと続きますように!
November 27, 2006
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お兄ちゃんが空手を習い始めて1年半が経つ。先月の県大会に続いて、初めての大きい大会に出場した。空手、とは言っても、相手と戦う組手は上級者でないと出来ない。技を磨く、というよりは、精神を鍛える、のだ。なので出場できるのは級別の形(カタ)の部門のみ。技と技の組み合わせたものが、カタ。流派によってはスポーツ的な勝敗が重視の空手があるがそれとはちょっと違い、日々、自分と戦う空手を習っている。結果からすると、大したことはなかった。なにしろ県大会でビリの成績なのだから他の大会へ行った所でその成績が変わるとは思えなかった。しかし、県大会でビリだったのがよほど堪えたのか、毎日練習をし、多少上手くなったかと思った。同じ級の子たちは、県大会で優勝した子が3位にくい込んだだけで、アウェイ戦は想像以上に厳しかった。でも別の級の子は4連覇を獲るなど天性のものが必要なのかも。9の努力と1のセンスが必要だと今更ながら思った。お父さんは9のセンスと1の努力だ、という。センスがないから実にならない、と。あんまりだ。スポーツはオールマイティーにこなしてきたお父さんはのんびりマイペースで何をやらせても不器用なお兄ちゃんに苛立つ。そして結局、ママの子だからね~、と丸く納める。(言い返せない…)そして何がどうなってそうなったのかは分からないけれど、お兄ちゃんにセンスをつけさせるべく改造計画が…まず、ダイエット。そんなに太っているわけではないが、機敏さに欠けるため体を軽くする。ごはんは1膳。油モノは週1。肉中心を野菜中心に。そして走る。休みの日は、マラソンと適度の有酸素運動。これで体重を増やさないようにする、というのだ。なんだかボクシングみたい。空手は決して体重別の級ではないからね、勘違いしないで下さい。目指すは来年の県大会。日々鍛錬。日々精進。
November 25, 2006
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前回の話、「保育園の現実」の続きになるわけだけれど、こうやって周りを見てみると、保育園に子どもを預けていても仕事してない人もいるわけで弱いものいじめと言うか、そう言った体質があるのが何とも悔しい。「障碍児だからって特別扱いはしないのよ」の本当の意味が今ごろになって分かるなんて、私もよほどバカなのだろう。ややこしい子どもを、市が受け入れるから、現場の人間は困惑するのよ。主任保育士はそんな風にしか思っていない。保育園、入れなきゃ良かったかな…幼稚園にしておけば良かったかな…こんなにもメゲそうになっている私のそんなモヤモヤした気持ちを聞いてくれた手話サークル仲間。職業は公立小学校のことばの教室の先生。―ランドセル、何色にしようか…ママは明るい顔で!ランドセルは、明るい色で!どうやら私は魔法にかかったみたいだ。今、目先のことだけじゃないね。もうちょっと大きいスパンでモノゴトを見ていきたい。
November 24, 2006
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いっちゃんねるのマイブームを少し書き留めたいと思う。夏休みに映画、ゲド戦記を見てから、宮崎アニメにはまっていた。それもトトロのような、子供向けではなく、ナウシカや、千と千尋、もののけ姫など。歌を歌い、彼らの台詞を言うようになった。おもちゃの剣や鉄砲を欲しがるようになった。自分で新聞紙や広告紙で剣を作り、戦いごっこを台詞つきでするようになった。時代劇のテレビを見るようになった。(家では誰も見ないのに…)来る日も来る日も…紙を丸めては剣を作ることに精を出し、次第にその剣も硬くて丈夫なものになっていった。さやを作って、剣をしまったりもしていた。毎日毎日、「うりゃ~!」と言ってかかって来る。正直、うんざり。なので、たまには静かに落ち着いた遊びを…と思って付録つきの雑誌でシール遊び、おままごと、絵本の読み聞かせ…選ぶ本は、ももたろうきんたろう、そんごくう…そしてまた、手製の剣を持ち出して「うりゃ~!」そういうお年頃なんですかね…
November 23, 2006
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何やってるんだか…すべての物事がうまく行かなくて、ドツボにはまってる感じです。いっちゃんねるの保育園、これで良かったのかなぁ…と思う日々。入園前は入園することでいっぱいいっぱいで、他のことなんか考えられなかった。今考えてみると、当時ダウン症のお子さん、みーちゃん(仮名)を保育園に入れていたお母さんが、保育園の話をする時は、決まって表情が強張っていた。まだ療育所に足繁く通っていた頃…みーちゃんは就学を控えていた。ウチのお兄ちゃんと同い年…教育委員会と揉めているのをチラリと聞いていた。私もまだいっちゃんねるをどこに通わせようか漠然と思っている程度で保育園情報が少しでも集まれば、と思って聞いたことがあるけれど、明るく、楽しく通っています、という感じではなかった。かといって、保育園の悪口を言うわけでもなかった。いっちゃんねるの保育園にみーちゃんの弟がいる。遅く出かけて早く帰るいっちゃんねるとは会う機会もなかった。7月の保育参観のときに、久しぶりに顔を合わせた。みーちゃんのお母さんは、いっちゃんねるを保育園に入れたことを気の毒に思っているように思えた。先日、お迎えの時に、みーちゃんとお母さんにバッタリあった。みーちゃんは私たちのことなんかすっかり忘れているようだったけれど、定時まで預ける=仕事を持つ 計算をしたのだろう、お仕事なさってるの?と聞かれた。障碍児とは言えども、仕事を持たない者が子どもを保育園に預ける、と言うのは成り立たないと言うことが、はっきり分かった。みーちゃんのお母さんがいつもああやって控えめにしている理由が、何となく分かった気がした。みーちゃんのお母さんは、一人だけロッカーが窓際だったり、色んな疎外感に耐えて来たのだろう。もっとみーちゃんと歳が近ければ、色んな話もできただろうな…と自分の不運さを嘆いてみたり、保育園に入園が決まった=よかったネ、という方程式は必ずしも成り立たないことを今ごろになって感じている。でも、どうすればよかった、なんて答えも出せない。
November 22, 2006
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いっちゃんねるは生まれた時から病院とは切れない縁がある。病院が変わっても、いっちゃんねるは病院を嫌わないし、基本的に、処置を嫌がったり、泣いて抵抗する、ということはない。2週間に1ぺん、喉もとのカニューレと言う医療器具を新しいものに交換しに病院へ行く。自分から靴を脱いで、診察台に乗って、服を脱ぐ。処置が終わると、カルテをもらって受付に出す。背が低いので届かない。でも自分でカルテ入れに入れないと気が済まないので、カルテ入れを少し傾けてあげる。それから私にお金をもらって売店へ行き、ジュースを買う。銘柄は決まっている。それが売り切れていると、違うものを買うのだけれど、それも決まっている。金額をきちんと知っている。もちろん、売店のオバチャンとは顔見知りだ。いっちゃんねるの中では、病院にかかる時のルールが出来上がっている。ジュースを買うのは決まってお支払いの前。時間を有効に使っているんだろうか…自然と親の動きを覚えたんだろうか。空いている席でジュースを飲み、ゴミ箱に捨て、それでも会計で呼ばれないと、「まだですか?」と言いに行く。事務員さんはみんないっちゃんねるを知っている。苦笑いしながらもう少し待っててね、と言う。お兄ちゃんがアレルギーで同じ耳鼻科に通うようになった。でもお兄ちゃんがいる時は売店でジュースを買わない。買ってあげないのか、と聞かれたが、お兄ちゃんの薬は院外の薬局に行く。ドラッグストアに併設の薬局なのでそこで買い物を兼ねてジュースを買う。いつもいつも、売店でジュースを買うのが彼の中でルール化されていたのが崩れたらいいな…なんて思っていたけれど、やっぱり自分が診察する時は、ジュースは買うもの、らしい。持参したジュースがあっても、別だと主張する。ある意味、ご褒美なんだろうか。
November 21, 2006
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最近書き込みがめっきり減ってしまって。PCを開けない日がしばらく続いています。もっと厳密に言うと…時間がなくて開けられないのだ~。そろそろ年賀状の写真選びとかしたいんだけど…。今日は、仕事が空いたので愚痴をちょこっとかきます。私の仕事…内職なんだけど…今凄く忙しくて…お正月の縁起物の部品の組み立てのようなことをしているんだけれど、うんざりするわ…納期があって、数も多い…。しかも安いときちゃ~、仕事もしたくなくなるわ…。肩は凝るし、手は荒れるし…。みかんとかタイとかイセエビ(ザリガニにしか見えない?)とか、小判とかサイコロとか七福神とか、そんなのが付いた熊手とか紅白の紙がついてて、梅や松なんかもついてる、玄関や車に飾るシメナワとか。一個一個手作りなんですなぁ…知らなかったけど。お正月の縁起物って、一カ月ほどで捨てるか神社に納めるか、誰も長く使わないって思うとホント作るのやんなっちゃう。縁起物買うときは、よーく品定めした方がいいわよ、なんてったって、こーんな私が作ってるんだから、縁起が良いのか分かんないわよッ。とか言っても、たかが知れてるけどね。日本全国に出回るほどのシロモノではないかな…。袋には…心を込めて手作りしました。…とか、○×大社祈祷しました。…なんて書いてあるけど…作る人の本音…をチラリと書いて見ました。でも…工場でやる人は多少仕事の内容は違うけれど時給700円以上なわけだから、外に出て働く方がよほど稼ぎになるわけで、内職ってバカバカしいな…と、つくづく思います。ま、それもこれも、いっちゃんねるが保育園で平和に過ごせると考えれば、私の脳の老化防止と、ちょっとのお小遣いにもなるわけだし、一石二鳥以上にはなってるか?!
November 17, 2006
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市役所へちょっと用があって、正面玄関から入ってすぐの窓口にいた時、いっちゃんねるがその脇に置かれていた、水槽を見入っていました。この辺りの天然記念物だという小さな魚…たぶん稚魚だと思うのですが、一生懸命目で追っていました。すると、すぐ前の階段から、風格のある男の人が一人降りてきて、いっちゃんねるの側へ歩み寄って行きました。誘拐か?…な訳ないよね。市役所の中だもん。いっちゃんねる、どうやら、その男性と顔見知りらしい。市役所に、年配の知り合いはいないはず…誰だろう…受付を済ませてそちらへ行こうとした時、その男性はいっちゃんねるに軽く手を振って去る所でした。どこかで見たような…「いっちゃんねる、あの人、誰?」「しちょーさん。」!?「市長さん!?」オイオイ、市長さんと顔見知りなのかい?「オトモダチなの!」……お友だち…それはかなりの勘違いだろうが…どこでどうやって顔見知りになったのか、後でゆっくり聞いてみるとなるほど…そんなことがあったのか、とこちらも胸をなでおろす。いつも、どこでも見られてるんだな~いっちゃんねる。悪いことは出来ないよ…アハハハいい子だね~なんて言われなくていいから、挨拶だけは教え込まなきゃ…しちょーさんに、あの態度じゃ…。
November 13, 2006
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先日、いっちゃんねるが、療育所の、病気で見た目が違うお子さんをこわがる、ということを書きましたが、仲良くしなさい、と強制するのも違うだろうし、どうしたら怖がらなくなるか、考えていました。今日は午後から療育所で歯科検診があって、昨日の発熱のこともあったから保育園は休んで、朝から療育所に行くことにしました。歯科検診に来る予定の母子の中に、その子、きぃちゃん3才(仮)の名前もありました。療育がきぃちゃんにとっては退屈なんでしょうか。みんなが音楽にあわせて体操をする時間にしきりにおもちゃの入っている倉庫のドアを開けて、と先生の手を引いていきます。先生が開けてくれないと分かると、私のところへやってきて、私の手を引き、ドアのところまで私を誘導し、開けて、と訴えているようでした。きぃちゃんの手は、病気で、おばあちゃんの手のようにガサガサしていました。けれど小さな手は温かかった。先生や私の態度を見て、いっちゃんねるのきぃちゃんに対する恐怖心は減っていったように思います。きぃちゃんがどんな病気なのか私は知らないけれど、マッサージや蒸しタオルで温めたり、薬を塗ったり、怪我をしないように注意を払い、それは大変な仕事を毎日毎日、3年も続けてやっているお母さんに頭が下がる思いでした。昼食の時に、いっちゃんねるの補聴器について聞かれました。痛くて外したりしないのか。聞こえる、話ができる、ようになるか。…何とも言えなかったですけどね。きぃちゃんも、いっちゃんねると同型の補聴器を薦められているそうです。きぃちゃんは、耳やその周辺にも薬を塗らなければならず、どうせ補聴器をつけている時間が短いなら、つけなくてもいいかな、って思っていたらしく。でも本人の言葉が出てこないから、試してみようかな…と思っているところらしかった。見ている限り…名前を大きめの声で呼ばれれば、手を挙げて答えるし、お母さんが話し掛ける言葉を拾って呑み込んでいる節もあった。聴力を聞いてみると、6級の手帳がもらえるか否か、というギリギリの聴力でした。小耳ちゃんという印象はなかったけれど、髪に隠れて見えなかったのかな。さて、本題に戻って、人の見た目をあぁだ、こぅだ、という子どもについて、言ってしまう側(の親)も、言われた側(の親)も、いい気持ちはしない。3、4歳…というのは、思ったことを口にする、なぜ?どうして?と言う言葉のもととなる不思議な気持ちがあることを理解してあげなければならない。こわい、きたない、くさい、きもちわるい、そういった類の言葉を使い、気持ちの表現が出来ることを認めてあげよう。そして、簡単に説明してあげるといいだろう。病気でね、って。そして、一緒に遊ぼうか、と。人が言っているから真似るだけの、2,3才くらいの子供の言うことは仕方なかろう。5、6才の子どもが一番曲者かもしれない。なんで、どうして、いつなおるの?移んないの?親同士の噂話やいろいろな情報が子どもたちを翻弄させる。ママが、移るからそばに寄るなって、とか一緒に遊ぶとバカになるって、とか…そんな厳しい言葉を投げかけられたらどうだろう。罵倒されていることに深く傷つくだろう。病気は誰のせいでもないのに。いつか…そんな日が我が子にも訪れるのかと思うと、また自分を責めたり。負けない心の持ち主になってくれと願ったり。 母は逃げ道だと言われたことがある。 保育園で、頑張っているいっちゃんねるが、もし、行きたくないと言う日があったら 休ませて、話を聞いてあげたらいい、 きっとつらい時がくる、その時は、引っ張って連れて行かないで ゆっくり向き合ってあげなさい、と。 母はついつい皆と足並みを揃えたくて厳しくしてしまうけれど、 どんな親もそうだろうけれど…障碍児を育てると言うことは じっくり向き合うことなんだよ、と。これを書いていて、連日のワイドショーのいじめ問題にも繋がるのだけれど、言葉をもった人間は言葉で人をも殺すのかと思ったら言葉や道具をもたない生き物のままいればよかったのに、などとも思う。五体満足に生まれてきたのに自らの命を絶ってしまうのは許しがたい。けれど本人にとって見れば生きているほどの苦痛はなかったのかもしれない。守り抜けなかった親の無念さ。憤り。私は自分の命に代えてでも、子どもを守っていかなければと思う。
November 2, 2006
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昨夜、いっちゃんねるが私を起こした。耳が痛い、と泣いていた。ベッドに座って泣くいっちゃんねるを抱えてトイレに連れて行き、麦茶を1杯飲ませ、一息つかせ、どこが痛いのか、よくよく聞いてみる。時計は午前3時半。ここが痛い、と右の耳の穴を指し示す。風邪から蓄膿症をおこし、しばらく抗生剤を内服させていたけれど…ついに中耳炎になってしまったか、と一瞬焦る。しかし、耳からの滲出液のようなものはなく、においもない。オタフク風邪が園で流行っていると聞いていた。もしかして…?朝になったら耳鼻科へ行こうとなだめて、もう一度寝床に入る。ほどなくして私の腕の中で小さな寝息を立て始めた。今朝、いつもの耳鼻科へ連れて行った。痛いと訴える耳は、昨夜と同じ耳で、痛さも和らいだりしていなそうだった。熱は平熱。食欲は、あまりない。痛くないほうの耳を先に見せて、掻いてもらった。スゴイ塊が出てきた。年齢とともに耳穴もしっかりとしてきているらしい。問題の右耳は、先生が触れるだけで痛がった。痛くて暴れるいっちゃんねるを押さえつけ、耳の中を見る。抑える方が必死なら、痛みを我慢する方も必死…汗だくだった。結局、中耳炎ではなかったけれど、耳垢が鼓膜にくっついていて剥がれないので点耳薬と念のため、抗生物質を処方された。それから保育園に行ったが…またもお迎えの電話がかかってきた。食欲がない、37度5分の熱がある…病院へ行って、嫌な処置をされたからだろうか…疲れかストレスか、はたまた全く違う病気に罹ったか…インフルエンザの予防接種を控えていたのに、少し延びるかもしれない。今は家で眠っている。昨夜もあまり眠れなかったのだろう。
November 1, 2006
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