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養蚕家三代、年四期の繭ひき 「白き繭の里 群馬県榛名町」NHK210704-1- 山頂の稲荷祠にヤマミチを60分。それは女性の役割。 女性が祠に納められた「陶器のキツネ面」を一体、預かりに来るところから年四季の養蚕が始まる。 「災禍=わざわいが 大きく広がりませんように」。かく願い「陶器のキツネ面」一体を家に遷し出荷終了まで奉置する。 群馬県榛名町。 榛名富士-榛名湖-「湖畔の宿」で知られる山麓で、初夏の訪れ共に「桑こき=桑の採取」が作業の幕開け。 横浜開港は、高地におおわれた群馬、山梨そして信州長野に桑の栽培、繭の育成、そして製糸の新産業を土着させた。 稲作に限界、麦・野菜の畑作栽培に林業。間作を補充する位置にあったようだ。 夫婦で桑の枝を切り取る。家では2代目配偶者、初代姑も総出で「クワコキ 桑の葉を枝から落とす」を始める。 改良型回転まぶし。 <まぶし>は「蔟」と書いて「格子状の箱」のことだ。 カイコの上に昇る習性を活かし、格子のマスごとに自分の居場所を見つけ、それぞれのマス目のなかで繭=糸をひきはじめるそうだ。 しかも「回転式まぶし」を綱で吊しておくと、上に昇る習性でマユ内を異動するため、重心が移動し「まぶし」が自動的に回転する、と。 ともかく、手数がかかる。その手を休めると、製品が劣化する。 忙しさを象徴するセンテンス。その一つは「カイコ始まると男がやさしくなる」。その二つ目は「マユが太ると女がやせる」。 女性三代、笑いながら、声をかけあいながら、家業を支える。<支える>より、<担う>が纏 マトを得て「かかあ天下」の源かも。
2022年06月30日
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再話、聞き書きのセオリー 山崎朋子<からゆきさん>著作220708 女性史の枠組みを超えた「記憶を記録に置換」。その後、「アジア女性交流史」や「女性史叢書」につなげた、文献史料体系化の営為として生涯学習講座で活用できる。 「山崎朋子 作家」で検索すると、さまざま、ヒットする。 1)https://ja.wikipedia.org>wiki>山崎朋子 山崎朋子 - Wikipedia 2)https://www.nishinippon.co.jp>西日本新聞me>九州ニュース>文化 作家の山崎朋子さんが死去 「サンダカン八番娼館」 - 西日本新聞 3)https://www.amazon.co.jp>サンダカンまで-わたしが生きた道-朝日文庫-山... サンダカンまで わたしが生きた道 (朝日文庫) | 山崎朋子 |本 | 通販 山崎朋子は1932年生まれ。 『サンダカン八番娼館―底辺女性史序章―』(1972年)、 『アジア女性交流史』(2012年)。 『日本女性史叢書』(2008年)、『日本女性史叢書(別巻)』(2012年)。本シリーズは児童文化研究家の上筌一郎と共編著で世に問うている。 次は「サンダカン八番娼館」「からゆきさん」の説明。 「戦前の日本で十歳に満たない少女たちが海外に身を売られ、南方の娼館で働かされていた」。 取材地は熊本県北部の「天草」。「底辺女性」「ボルネオ」「十歳に満たない少女」のキーワードが並ぶ。 その記載はそれぞれの書に譲る。 作者が「(当事者に)語りをさせた人間関係構築、記憶を記録に残す、公刊後の人間関係維持」には、刮目(かつもく 目を見開き注目)する点がある。 ここでは。 「再話=さいわ 伝承的な昔話や伝説を、歴史的な資料として忠実に記録するのでなく、現代的な感覚や用語で文学的に表現」 「聞書=ききーがき」と読む。「人の話を聞きながらその内容を書きとめておくこと。また、そうして書いたもの」。加えて「記録の一種。直接、または間接に人から聞いたものを書きしるした文書や記録」。 いずれも https://kotobank.jp/word/ 引用。 女性史の枠組みを超えた「記憶を記録に置換」。この営為は地域記録の手法としても、意味があると考えるのだが。
2022年06月27日
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「自然災害・自然との共生・史料保全」 2011年3月11日東日本大震災後の歴史学 「1)自然災害への重視、2)自然との共生、それに3)歴史資料の保全」があるがと、放送大学教授の近藤成一氏。 2011年3月11日に発生した東日本大震災の後、歴史学にあらたな視点が注目され、時代と史料の検証と読みなおしが取り組まれている、と言うことで。 放送大学「日本の古代中世史」の「科目案内」、その最後の時間帯に解説があった。 1)は「貞観地震」の示唆、2)は新型コロナウイルス対応で、その感を深めた。 3)は大型津波災害の被災による史料損傷や福島原発事故で避難指示の上、帰還解除が長引き地域コミュニティの崩壊につながっている。 「日本の古代中世」の講義対象は、15、16世紀までとしている。そうした古い時期を学ぶ意味を解説する。 「2011年3月11日東日本大震災後の歴史学は」と話題を転じ、「1000年前に大地震があったが」と「貞観地震」に言及。研究者の関心も、自然災害、自然との共生に広がり、ほかに「史料の保全もあるのだが」と展開した。 地域のエネルギーのダイナミズムには、長期的視野の拡充が不可欠ということであろうか。そのように受け止めた。
2022年06月26日
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とうとう、こいうことになりましネー 「恋愛はコスパの悪い、『ぜいたく品』」220707。 今日、7月7日は「星祭り」。七夕の江戸時代の旧名の季節行事の日。 今日、7月7日は「星祭り」。七夕の江戸時代の旧名の季節行事の日。 現代の夜に「七夕 たなばた」。名はかわれども、<天の河>を挟んでの恋物語は根強い。 その日を選んで、真に現実的な話。ネットでは、「恋愛はコスパの悪い『ぜいたく品』、結婚しない若者のリアル」と『中国新聞』デジタル版の記事・ その根拠に「内閣府が発表した男女共同参画白書」のなかに記載の統計データも引用してあるから、説得力がある。 https://news.yahoo.co.jp/pickup/6431782 「とうとう、そこまで来たか」。 江戸時代。江戸に持ち家住宅などなく、貸し間の大家が「親、同然」の時代に、次、三男は結婚など出来なかった。 農家の長男はともかく、家督を守り、家を存続させねばならなっかたが、他の次、三男に娘はいわば、厄介者。娘の結婚も「口減らし」の対象であった。 娘が家を出るとき、「もう家はない、皿や茶碗を割って、『戻っても。食い扶持はない』と思え」は、切実であった。 その要因は、所得の乏しさにある。増えた家族の耕作地を確保など、小作人には望むべくもなたっか。 まして「花嫁の父」など、感情はあったかも知れぬが、表に出すわけには行かなかった。 ムラで「夜這い」の是非。 それは、いろいろあろうが、男も女も「貧困」は、むしろ人間らしき習慣であったのかも。 『中国新聞』のネット記事には、ある。 「恋愛しない若者『体の関係だけの人を探す』」、と。 内閣府が発表した『男女共同参画白書』を読んだ役人、政治家は次ぎに何を申すのであろうか。 白書の読後感。 その「傾向と対策」を是非とも聴いてみたい、ものである。そうではないだろうか。
2022年06月25日
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図鑑完成までにはプロのワザ 「美の壺482 未知への扉 図鑑」220706NHKETV. 初回放送は2019年8月23日のことだそうで。「いざなう みる とどける」に図鑑の本質的意味があるや。 幼児期から親しんできている図鑑。植物、天体、動物。化石、人体。その精密さ、正確さ、質の深さにはさまざまある、のだ。 「図鑑の原点=原画公開」「ボタニカルアートの制作者」「サイエンティフィック イラストレーション」という職種もあって。 「アートのつもりはまったくなく、ただ『正確』であること」。 サイエンティフィック イラストレーターとも申すべき、木村政司(きむらまさし)さんの論ではなかったか。 この番組の特徴点たる、三点の壺。 番組をみて丁寧に記録をつくってみたら、ネットに「目次」なるモノが記載され、次のとおり。 ●一つ目のツボ: 図鑑は旅の案内人 『牧野日本植物図鑑』 ●二つ目のツボ:絵が伝える豊かな世界 ボタニカルアートの制作者=杉崎紀世彦さん 杉崎文子さん ●最後のツボ:作り手は使命を持って サイエンティフィック イラストレーター木村政司(きむらまさし)さん。 (以下、番組案内) 1800冊集めた“図鑑コレクター”イチオシの図鑑とは?! ▽図鑑の原点の原画公開!▽どこまでも細密に、どこまでも美しく。「ボタニカルアート」の制作に密着! ▽解剖学者・養老孟司さんが、少年時代夢中になったドイツの昆虫図鑑。 ▽虫の命を未来に届ける、「サイエンティフィック イラストレーション」とは?! ▽図鑑ブームの火付け役となった出版社の、図鑑開発現場に迫る!<File482>
2022年06月24日
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跡地に読めるエネルギー 北の文学ロード2022。 釧路川右岸に選ぶポイント10選。 1)釧路停車場 小説『海霧』のエンディング。 2)花咲線軌道 釧路の位置示す<千島・樺太双方向路線>。 3)巴踏切=跨線橋 旧釧路市&旧鳥取町結節の踏切。 4)留五郎邸跡 「桜木紫乃がみた風景」 釧路市2019年で選定の銭湯跡 6)栄町平和公園 釧路市戦災平和記念塔がある 7)銀の目跡 小説「海に帰る」(2003年)でヒロインが務めるキャバレーと目される。 8)泉屋 小説「ラブレス」(2011年)で女性が高校時代に食べ歩きした思い出を語る。 9)喫茶モカ跡 映画(1956年)でロケ地の喫茶店跡。 10)農業会館跡一室に建築事務所が設定されている。 そこに見えてくる「家族」模様ーそのー220714
2022年06月23日
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「(北海道)愛読書1千冊、住宅街に私設図書館 釧路」 『朝日新聞』有料記事200820 「愛読書1千冊、住宅街に私設図書館」の見出しで、ネットの『朝日新聞』有料記事版がある点を発見。 釧路支局長だった高田誠記者が、投稿の記事が全国に配信され、読まれていたのだ。 「賀根村 沖縄料理 釧路市愛国」のキーワードで検索し、ヒットした中の一件。 「釧路市愛国東3丁目の住宅街の一角に、私設図書館ができた」「釧路自主夜間中学 くるかい」の代表、賀根村伸子さん(65)が約1千冊の愛読書を自由に読んでもらおうと貸し出す」と、記載が続く。 「営んでいた約30平方メートルの沖縄料理店を『和楽な図書館』に名を変えて開放」 「小上がりやカウンターに本棚を置いた」と書いている。開館は2020年7月25日。 記載の沖縄料理店に顔を出させてもらってから、5年は経過するか。お女将さんはご不在であったが、確かに愛読書の一部が飾られていた。 https://www.asahi.com/articles/ASN816X6BN7JIIPE007.html 「マチ中を図書館に」。そうしたマチが紹介されている。 愛読書の公開。その観点ではコーチャンフォー釧路文化ホール(釧路市民文化会館)の「ギャラリーカフェ ラ・メール」さんに「米坂ヒデノリ文庫」があった(2021年9月末まで)。 釧路市中園町12番 おはなしネットぼんぼん(2020年3月までか) 釧路市緑ヶ岡1丁目22番1 ... ゆったりはらっぱには絵本がいっぱい の「えほん、かみしばい、おはなし」も貴重な存在で、底堅い愛読者が集う。 「ラ・メール」さんも、「おはなしネットぼんぼん」さんも店じまい。投稿の高田誠記者は八王子支局長に栄転された。 本市は二つの製紙会社の生産工場を有した時期がある。 図書館移転の議論が高まった折には、「製紙のマチならではの、『紙の街にふさわしい、本のマチ』で、本を創る都市に」を合い言葉に<議論のまとまり>を誘導した。 マチ中にある私製図書館。至るところに増えてほしい。 そのためには愛読者が不可欠。「(市民は)まず読みましょう、読んだら書きましょう、書くことができるほどに読みましょう」。 まず一冊。書いた紹介、書評はそれぞれのブログで紹介。ブログを読んだ読者は「いいね」を押してあげては、いかが。 釧路市愛国東3丁目 旧沖縄料理店『和楽』は私設図書館『和楽な図書館』に転じた。 「(蔵書に)自己啓発本をはじめ、子育てや心理学、宗教、随筆、詩集、児童書などが並ぶ」と。 足を運んでみましょう。「釧路市愛国東3丁目 『和楽な図書館』」に。
2022年06月22日
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「象徴性」の解像、『万葉集』秀歌詠み上げる奈良の時代・社会 阿部猛著『万葉びとの生活』 その2 文献史学者が『万葉集』に 注目した。そこには「我が国の文学史上に屹立=きつりつ する民族の歌集」(397p)とするから。そのもつ意味を「飛鳥・奈良時代の社会の様相を探ろうとするとき、欠くベからざる文献」と評価する(同)。 阿部猛著『万葉びとの生活』(東京堂書店 1995年)の「あとがき」に記載。「(『万葉集』は)重要歴史的資料」にして、「歌という形で示された人びとの意思や感情を、私どもは貴重な財産として読み取る」が、「必要」と提起する。 戦後の歴史学の世界で、文献史学者には『万葉集』に「特別な感覚を持っているかもしれない」。そう書き出している。 実際の記載は、「(著者は昭和2年生まれ)私どもの世代は・・・」と書き始めておられる。 そうなのだが、若き日に講義を承った身には、「私どもの世代= 戦後の歴史学の世界で学んだ文献史学者」と読めるのだ。 その著者が永年、「特別な感覚」を寄せたとする『万葉集』の一首。それは。 「今日よりは 顧みなくて 大君の 醜の御楯と 出で立つわれは」 火長今奉部与曾布 (きょうよりは かえりみなくて おおきみの しこのみたてと いでたつわれは)=かちょういままつりべのよそふ 『万葉集・4373』)。 著書には詠歌の示す飛鳥・奈良の時代と社会が示す貴族・官人、そして防人など無名の民。 その生きた時代と社会を反映する象徴性を、解像・可視化する試みと読める。 通常、以下に解釈されるようだ。 「今日からは家をも身をも顧みすることなく、大君の強い御楯となって、私は出立するのである」。 背景に「防人の歌、大友家持に兵役の心構えを聞かれて詠んだ」と注釈が一般的。「この歌の思想は、長くわが国の軍国主義精神、愛国心として国により推奨された」とする、詠歌の機能も示される。https://ameblo.jp/sakuramitih32/entry-12572130212.html そこに、昭和戦前期世代に<思い入れさせた>点が込められていよう。 1989年には父親の阿部萬蔵との共編による『枕詞辞典』(高階書店)を出版する。 父君の生涯学習講座に精勤した成果の一でもある。
2022年06月21日
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<かつもく=刮目>の領域に質量の成熟 上勝町・徳島220702 NHKG午前の番組は「徳島発 ご当地ビール」。クラフトビールで、その名も「上勝手ノワール」と、申すらしい。 「アメリカより技術顧問を迎え、ヨーロッパ系とアメリカ系の両方のホップを使い分け」 「仕上りを左右するスパイスなどにもこだわり、美味いビールづくりを追求」と申される。 →https://www.kamikatsu-terroir.jp/product_beer/ 22070215:57 その「仕上りを左右するスパイス」に 関係があるかどうかは詳しくないが、「柚香 ゆこう」 なる、逸品を紹介。 柚香(ゆこう)=「香酸柑橘類の一種で、ユズとダイダイの自然交配種と推定されています。 徳島県の山間部のみで栽培」。 地元の方は「昔から有名ですよー」と、平然と語る。 「葉っぱビジネス」で全国区となった徳島県上勝町。 「「エコ」でも先陣、『ごみゼロ宣言』」を、関西出身の女大学生OGが取り組んだ。 そこが、今や若者のIターンが相次ぎ・・・・・、と。 次の紹介は国立大学附属図書館のホームページで紹介。 Iターンする若者、新たなビジネス 上勝町の成功は、地域外の人々、特に若者の目には魅力的に映ったようです。 内閣府のインターンシップ研修事業がきっかけとなり、全国からたくさんの若者が上勝町へやってきました。 研修のなかで若者たちは上勝町の魅力に惹かれ、研修後も上勝町へ戻ってくる若者が続出しました。 中にはそのまま彩農家の後継者になったり、新たに起業した人もいます。 町はこの事業を継続し、行政が株式会社いろどりに事業を委託して現在では「いろどりインターンシップ」として継続されています。 「地域で取り組むまちづくり: 徳島県上勝町 九州大学附属図書館公式HP 」→https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/c.php?g=774917&p=5558791
2022年06月20日
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再話、聞き書きのセオリー 山崎朋子<からゆきさん>著作220708 女性史の枠組みを超えた「記憶を記録に置換」。その後、「アジア女性交流史」や「女性史叢書」につなげた、文献史料体系化の営為として生涯学習講座で活用できる。 「山崎朋子 作家」で検索すると、さまざま、ヒットする。 1)https://ja.wikipedia.org>wiki>山崎朋子 山崎朋子 - Wikipedia 2)https://www.nishinippon.co.jp>西日本新聞me>九州ニュース>文化 作家の山崎朋子さんが死去 「サンダカン八番娼館」 - 西日本新聞 3)https://www.amazon.co.jp>サンダカンまで-わたしが生きた道-朝日文庫-山... サンダカンまで わたしが生きた道 (朝日文庫) | 山崎朋子 |本 | 通販 山崎朋子は1932年生まれ。 『サンダカン八番娼館―底辺女性史序章―』(1972年)、 『アジア女性交流史』(2012年)。 『日本女性史叢書』(2008年)、『日本女性史叢書(別巻)』(2012年)。本シリーズは児童文化研究家の上筌一郎と共編著で世に問うている。 次は「サンダカン八番娼館」「からゆきさん」の説明。 「戦前の日本で十歳に満たない少女たちが海外に身を売られ、南方の娼館で働かされていた」。 取材地は熊本県北部の「天草」。「底辺女性」「ボルネオ」「十歳に満たない少女」のキーワードが並ぶ。 その記載はそれぞれの書に譲る。 作者が「(当事者に)語りをさせた人間関係構築、記憶を記録に残す、公刊後の人間関係維持」には、刮目(かつもく 目を見開き注目)する点がある。 ここでは。 「再話=さいわ 伝承的な昔話や伝説を、歴史的な資料として忠実に記録するのでなく、現代的な感覚や用語で文学的に表現」 「聞書=ききーがき」と読む。「人の話を聞きながらその内容を書きとめておくこと。また、そうして書いたもの」。加えて「記録の一種。直接、または間接に人から聞いたものを書きしるした文書や記録」。 いずれも https://kotobank.jp/word/ 引用。 女性史の枠組みを超えた「記憶を記録に置換」。この営為は地域記録の手法としても、意味があると考えるのだが。
2022年06月14日
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「春採湖夜景」「牡蛎ラーメン」「毛綱建築群」「啄木歌碑群」「釧路湿原・釧路川」 釧路湿原シニア大学9期生220614 1)春採湖の夜景 -どこから見ても良いが、六花亭からの眺め-2)釧路丹頂市場の牡蛎ラーメン -お値段も立派だが、満足感あふれる-3)市内随所にある毛綱毅曠建築群4)古い時代の名所に啄木歌碑とその設置ポイント -多すぎて、大いに悩むが-5)釧路湿原 -コンクリートダムのない釧路川-、 -湿原自体は泥炭地で増水時にはダムの役割を果たし洪水を防ぐ魅力的な湿原。 与えられた時間は5分。 「釧路で魅力的と思う場所は」「どこへ案内するとよいか」。 二つの「問い」に、30名近い5グループが、それぞれの思いを述べた。 時は2022年6月14日午後。 所・処(ところ)は釧路市生涯学習センター“まなぼっと幣舞”の一室。 釧路湿原シニア大学9期生二年次6月第一講座第二コマ。 JAL新千歳空港支店から派遣されている服部まゆも氏の問いかけに出席者が反応。 回答提案が瞬時に出てきた。 「春採湖夜景」「牡蛎ラーメン」「毛綱建築群」「啄木歌碑群」「釧路湿原・釧路川」。 示した項目が<既にブランド化された側面以外の新観点><示した内容の意味>を明示した<優れモノ>。 釧路シニア大学は<2年課程大学>と<2年課程大学院>で構成されている。 前期課程の<大学では地域理解=地域を語ることができる>が目標。 後期課程たる<大学院では地域貢献=周囲のヒトを孤独のなかに置き去りにしない>を<学びの柱>に据える。 突然、提案されたワーキングショップ。日頃の問題意識が反映され、対応力は相当なモノ。 1970年前後。市内随所に「観光客をあたたく迎えましょう」。市民はなにを聴かれても「サー?、そんなとこ、あるかなー」。 そんなノボリ=幟がはためき、無愛想な市民は今や変わっている。そうしたことではないだろうか。
2022年06月13日
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赤潮発生源は「ロシア領」=北海道東部「赤潮」 地元の努力で防止しがたい220614 検索欄で「赤潮 ロシア 北大」と入力すると、現在でも多数の項目がヒットする。 2021年10月20日前後のことで、元はと申すと10月18日、北海道大学広報部が発信元となり、同学水産学部の報告をオンラインしたことを承けての報道である。 主要なURLを示す。最初は情報発信源。 https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/10/post-921.html 北海道大学 2021年10月18日 3)甚大な漁業被害もたらす「赤潮」、北大が横断観測に初成功の 道東沖赤潮の横断観測にはじめて成功~漁業被害の原因となる赤潮のメカニズム解明と将来予測の可能性に期待~(水産学部附属練習船うしお丸 助教 飯田高大,水産科学研究院 准教授 芳村 毅) 大手メディアでは、『日本経済新聞』の電子版のURLがある。 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO76779190Z11C21A0L41000/ 4)ロシア海域から南下か 道東部の赤潮、北大が調査 日本経済新聞 https://www.asahi.com/articles/ASPBN6F6SPBNIIPE004.html 6)赤潮の原因プランクトン、ロシアから南下か 北海道サケ・ウニ大量死 朝日新聞電子版 中沢滋人2021年10月21日 8時00分 北大提供の衛星写真3点 地元『北海道新聞』も勿論、続く。 https://newspicks.com/news/6283521/ 北海道どうしん電子版 2021年10月18日 5)道東の赤潮、ロシア由来か 北大チームが分析:北海道新聞 どうしん電子版 北海道東部。太平洋岸でウニに対する被害が報じられたのは、21年9月のことであった。 「北海道の最高級ブランド「昆布森のウニ」が赤潮で窮地に…“ウニ一筋50年”の漁師の嘆き」という報道もある。 →4/15(金) 10:02配信「ABEMA TIMES」の報じるところ。 https://news.yahoo.co.jp/articles/446173f04dd1d2f1ea58dd81838b5cb85b0e9ca1 赤潮発生当時、厚岸町に赴くことがあった。 釧路総合振興局は釧路町、厚岸町、浜中町、釧路市などの政策総合調整担当との調整に余念がなかったようだ。 「海水温が高い」。その動静を見極め、11月末になってようやく「稚苗」の着水に踏み切った。推移を見つめているところであろうか。 厚岸町ではその昔。牡蛎の養殖が頓挫した。 「木材の切りすぎ」。そうした指摘にこたえて「魚つき林 うおつきりん」を指導によって植樹した。結果、再生をはかることができた。 赤潮発生源は「ロシア領」。 大正末に出現の木材伐採、雨水と川床土の流入、牡蛎死滅。それは地元の努力で回避できた。 赤潮、ウニ・サケの大量死。それは地球規模での発生。かつロシア領エトロフ島東南端に発生源を有する国際問題なのだ。
2022年06月12日
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大正デモクラシーの投影 映画『わが青春つきるとも-伊藤千代子の生涯-』の知識人220611 紹介をうけていた映画『わが青春つきるとも-伊藤千代子の生涯-』を観せてもらった。 二人の知識人が登場する。歌人の土谷文明と安井てつ子・東京女子大学長。 土谷文明は、千代子の生い立ちを語る場面で登場し、二度目は収監先を訪ねて千代子を翻意させる場面で紹介されていたと、記憶。 安井てつ子は記者団の質問をうける。「お宅の学校から、多数の逮捕者を出しているが?」と問われ、「たまたま多いだけで、自由な校風のもと、<学生の自主性がたいせつ>」という趣旨の談話を語る姿。 観る前に、土谷の残した詠歌、三首が記録されている点をネットで読んでいた。 「こころざしつつたふれし少女(おとめ)よ新しき光の中におきて思はむ」 「信濃なる故里の山に教え子を思い出す日は泣かまく思う」 「むかし見し高島小学校を今見れば木垂(こだ)るさくらも年古りにけり」。 安井てつ(1870~1945)について、次の記載が読める。 「東京女子大学創立の時、49歳で学監に就任、その5年後に新渡戸稲造の後を継いで第2代学長として、1940年までの17年間その任にあたりました」。 大学側が掲載している。映画は実に昭和4年当時の実話。安井にとって学長就任7-8年目の時ということか。 大正末-昭和初期の治安維持法施行下。 厳密な考証と研究過程を問うところではあるも、<大正デモクラシーをくぐり抜けたリベラリスト>の位置と存在を、見る思いがした。 実に難しい局面。政治のなかに「軍に歯止めの勢力」「軍に忖度する勢力」。人格が良識と知性を失ったとき、聴く耳をもたなくなった。実に人類に対する尊厳も見失う。 「教え子を戦場に送る、な」。それが観念ではなく、投影される思い描いたシーンであった。
2022年06月11日
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左翼-胴体-右翼 空間としての鎌倉五山&三大寺社220610 仏教の時世に「三世 さんぜ」の概念があるも。三世とは。 「前世・現世・来世(後世)、または過去世・現在世・未来世の 総称」 「過去・現在・未来の称」 「三際(さんさい)。三生(さんしょう)。三界(さんがい)」とも。 鶴岡八幡宮は初め「八幡宮寺」でった、と。 八幡宮寺-永福寺跡-勝長寿院跡をむすぶ三角形の領域。取り囲んで浄土教系寺院群。 ある意味「源氏系一族菩提」の「東方に位置して(黄色の線でむすぶ)過去世の領域」は「右翼」を担う。 八幡宮寺-高徳院大仏殿を結んだ「鎌倉の表鬼門と裏鬼門」。航空機の胴体に匹敵。 政権の安定を裏付け、頭頂部に東国政権のニラミ。広報の尾翼に外寇を睨んで国家の餡安泰を期して「現世」を体現。 対して紫の線で結節は「臨済宗系鎌倉五山(建長・円覚・寿福・浄智・浄妙寺)」が存する。 武家社会の信仰をかたじけなくして、座禅と茶道。なにを祈った、か。 「お互いの心を安らかにし、大きな力を生み出す」とまとめられる。 往時を思いめぐらすに「戦場で仏に守られて成仏するためであり、また神仏に加護を祈るためのもの」とする。 鎌倉五山。紫の線で結ばれた領域。 その五寺院は「禅宗寺院最高の寺格。鎌倉末期に北条氏により鎌倉中心の五山制度が制定」。 こちらは北条政権存続のための「西方に位置する臨済禅=来世」の家臣団紐帯のシステムということなりや。 三大寺社が源氏再興の頼朝主導ですすんだ。航空機で申すと「右翼」に相当。 中軸に鶴岡八幡宮の「表鬼門=首」が位置し、尾翼に長谷寺&高徳院の「裏鬼門=尾」が占める。北東の東国武将をニラミつつ、南西の相模湾に唐船=外寇に対処の「胴体」を推進。 金倉五山は源氏政権を継承した北条政権が制定。機体で位置づけると「左翼」を担う。 ある一つの「鎌倉観」。かくなる地域観はいかがであろうや。
2022年06月10日
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皇后の尊名、呼び捨てとなっては 京都府竹野郡間人(たいざ)村の読み220611 京都の「間人村」。 なにかで読んで、「なぜ、そう読めるの?」。そもそも、なかなか「読み」を暗記できなかった。 カニの種名に「ハシウドカニ」というのがあって、漢字では「間人蟹」と書いて、「はしうどかに」と読む例を知ることができた。 検索サイトに「間人 読み なぜ」と入力。 探してみると、 「【京丹後】聖徳太子と縁の深い地、丹後町間人」 「どうしてそうなった!? 京都府の難読地名「間人」」 「【間人】あなたは読める?難読地名の読み方と由来」。 などのタイトルが示された。同じ疑問をもつ人は多い。そういうことで。 うち、「どうしてそうなった!? 京都府の難読地名「間人」」は[ちちんぷいぷい - 毎日放送]で、2015年1月23日に放送されたらしい。その記載となっている。 「間人皇后は「はしうど」皇后と読み、聖徳太子の母君のこと」。 「間人皇后が蘇我氏と物部氏の争乱を避けて丹後に身を寄せ」ていた。 「(都に戻る時)感謝として自らの名前である「間人(はしうど)」を村に贈り」「この地に自分の名前を付けるように言った」。 しかし、村人は当惑した。 「住民は間人皇后の名前を呼び捨てにすることを畏れ多く思いためらい」 「皇后がこの地から「退座」したことにちなみ、間人を「たいざ」と読み替えた]. 退座」にちなみ「「たいざ」と読み替えた。ここがポイント。 地名を記憶するに、「貴人退座」の<物語を想起>することが重要。
2022年06月10日
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臨済宗建長寺派 寿福寺。鎌倉五山の第三位にして鎌倉市扇ガ谷一丁目17番7号に所在。亀谷山寿福金剛禅寺(きこくさん じゅふくきんごうぜんじ)と号する。 一帯は「源氏山」と呼ばれたようで、「このあたりは源頼朝の父、義朝の屋敷があったところと言われてます」(鎌倉市教委HP). 「(寿福寺は)1200年(正治2年)に北条政子が頼朝の遺志を継いで明菴栄西を招いてここに寺を建て始め」とも。 この寺院から国指定史跡国泰寺跡に第三世住職 霊雲が派遣されている。そこで、筆者は平成7年に一度、訪問した。 今回、この寿福寺で紹介するは写真にある「源氏山」碑。 碑題にあたる「篆額 てんがく」が篆書体で書かれているため、理解しにくい。しかし碑文を読むと、すぐに「源氏山」と解することができる。 同型の碑が鎌倉市内の随所でお目にかかった。その基数、70基が閲覧可能と紹介。 https://kamakura.press/cal/category/kamakura-hi/ 鎌倉 史跡碑・旧跡碑(鎌倉町青年団石碑) 碑の建立者は「鎌倉町青年団」とある。建立期は「大正時代から昭和初期」。 国指定史跡「永福寺邱𦾔蹟=旧跡」は確かに「大正」とあった。 大正デモクラシーから昭和恐慌期に至る時期の建立。一はそこに関心があった。 二に地域の古老が発意しての建立。それは理解する。しかし「青年団」=正確には「靑年團」が、発起するというのも注目点。 三に最重要の一基、ゆずって2~3基を建立とするのはいずれの地にも例がありそう。しかし、その数「鎌倉市内に80ヶ所弱、設置されていると言われていました」。 その規模は、北海道では思いつかない。 しかも結構に「偉丈夫 いじょうぶ=からだが大きくてたくましい男」と言うべき、風格のある碑。 碑に敬意を表して「三解脱門」へ向かう。表に「山門不幸」の駒方札。御堂の前には「御朱印は休みます」。 このたぎ携帯の『御朱印帖」。せめて当山で一筆。 そう思ってでかけるも「五大不調 遷化」のお方があっては。
2022年06月09日
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左翼-胴体-右翼 空間としての鎌倉五山&三大寺社220610 仏教の時世に「三世 さんぜ」の概念があるも。三世とは。 「前世・現世・来世(後世)、または過去世・現在世・未来世の 総称」 「過去・現在・未来の称」 「三際(さんさい)。三生(さんしょう)。三界(さんがい)」とも。 鶴岡八幡宮は初め「八幡宮寺」でった、と。 八幡宮寺-永福寺跡-勝長寿院跡をむすぶ三角形の領域。取り囲んで浄土教系寺院群。 ある意味「源氏系一族菩提」の「東方に位置して(黄色の線でむすぶ)過去世の領域」は「右翼」を担う。 八幡具寺-高徳院大仏殿を結んだ「鎌倉の表鬼門と裏鬼門」。航空機の胴体に匹敵。 政権の安定を裏付け、頭頂部に東国政権のニラミ。広報の尾翼に外寇を睨んで国家の餡安泰を期して「現世」を体現。 対して紫の線で結節は「臨済宗系鎌倉五山(建長・円覚・寿福・浄智・浄妙寺)」が存する。 武家社会の信仰をかたじけなくして、座禅と茶道。なにを祈った、か。 「お互いの心を安らかにし、大きな力を生み出す」とまとめられる。 往時を思いめぐらすに「戦場で仏に守られて成仏するためであり、また神仏に加護を祈るためのもの」とする。 鎌倉五山。紫の線で結ばれた領域。 その五寺院は「禅宗寺院最高の寺格。鎌倉末期に北条氏により鎌倉中心の五山制度が制定」。 こちらは北条政権存続のための「西方に位置する臨済禅=来世」の家臣団紐帯のシステムということなりや。 三大寺社が源氏再興の頼朝主導ですすんだ。航空機で申すと「右翼」に相当。 中軸に鶴岡八幡宮の「表鬼門=首」が位置し、尾翼に長谷寺&高徳院の「裏鬼門=尾」が占める。北東の東国武将をニラミつつ、南西の相模湾に唐船=外寇に対処の「胴体」を推進。 金倉五山は源氏政権を継承した北条政権が制定。機体で位置づけると「左翼」を担う。 ある一つの「鎌倉観」。かくなる地域観はいかがであろうや。
2022年06月08日
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鎌倉の裏鬼門=鎌倉大仏 国宝高徳院阿弥陀像220524 鎌倉の裏鬼門=鎌倉大仏 国宝高徳院阿弥陀像220524 「鎌倉大仏」は「こんなに階段を昇る高台にあったか」。地図で測ると標高=12.5メートル。 高徳院=鎌倉市(鎌倉市長谷4丁目2番28号)は、「清浄泉寺高徳院」と称する念仏専修の寺院。鎌倉大仏は「国宝銅造阿弥陀如来坐像」で、像高約11.3m、重量約121トン。 別に「大異山高徳院清浄泉寺(だいいざん こうとくいん しょうじょうせんじ)と号する」との記載も見られる。 造像までの過程は一筋ではない。 どうも契機は、「京都や奈良に倣った都市づくり」と「首都にふさわしい象徴的な建造物」が必要で、「その象徴が、実は大仏」とする考え方があったらしい。 1)大仏建設は1238(暦仁元)年に開始、当初は木造であったようだ。 2)「1252(建長4) 年。制作には僧浄光が勧進した浄財が当てられ(完成)」 3)『東関紀行』には、「1242(仁治3)年に木造の大仏と大仏殿が、3分の2ほど完成」の記載もあるというが、この記載の信憑性を問う見解も示されている。 本尊=国宝銅造阿弥陀如来坐像は、南南西に面して奉置されたと読める。 その先に相模湾が広がり、中心の「由比ヶ浜」の西海岸に至るライン上に位置。 「首都にふさわしい象徴」にして、外寇(がいこう)=国外から敵が攻めてくるを迎えるに対しているかの<たたずまい>。 かく拝して、高徳院を後にした。
2022年06月04日
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アジサイの観賞と由比ヶ浜の眺望 長谷観音で知られる海光山慈照院長谷寺220524鎌倉路の紀行も「裏鬼門」の位置に。江ノ電に乗って長谷駅で下車。長谷寺は十一面観世音菩薩像が本尊。木彫仏で日本最大級=高さ9.18mと尊い。足下に祈祷を請う拝礼があいつぎ営まれるも、そちらはご遠慮申しあげて。連れ合いの足は次第に痛み出しているが、あと二カ所。境内から由比ヶ浜の景観を望むことができる。「三方を山に囲まれた要害の地」は東西北。開けた南に二つの海岸線。「中国からの貿易船が入港」。実は鎌倉。伊豆国で秀逸なミナトの地点。源氏に選択させたもう一方の要件なのだ。ベンチに腰をおろして癒しながら、往時の賑わいに思いをはせる。境内のもう一つの楽しみはアジサイ。三分咲きというところか。満開ではないが確かにその片鱗。ネットを開くと「8日から有料」と。「相模湾の眺望と共に梅雨に映える40種類2500株のアジサイが織り成すその風情が、鎌倉でも有数の景勝地」。確かにそのとおり。疲労を取り除いてくれる一刻であった。
2022年06月03日
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武家社会形成の犠牲を弔う 鎌倉三大寺社「勝長寿院跡」220525. 鶴岡八幡宮(八幡宮寺)-法華寺跡(頼朝墓・北条義時墓)-国指定史跡永福寺跡とめぐり、残る一は「勝長寿寺跡 しょうちょうじゅじあと」。 所在地は「鎌倉市雪ノ下四丁目6番20号」付近ということになる(写真)。 路線バスを降りて、「田楽辻子の道」が横切る小流を過ぎたところで、道路を歩いている方に教えを乞うた。 スマホを取り出しながら、「確かにこのあたりに、なにかが在りましたですネ-」。 その方のスマホ確認で、どうも横道一本、進みすぎているらしい。小流の左岸にそった道を行くとよいのだ。 取り付け道路を340メートルほど歩いたころに、金網で囲った小さな木立があって、そこに三基の史跡跡標、源義朝と家臣の鎌田政清の墓碑が二基、確かに残っていた。 建立を発願したのは頼朝。 平家追悼が時間の問題となったという1184年、「源頼朝は、父・源義朝の菩提を弔うため、大御堂ヶ谷の地に寺院の建立計画を開始」と、説明されている。 別名は「大御堂」。またの名を「南御堂」とも称するそうで、鎌倉時代には「鶴岡八幡宮(八幡宮寺)、鎌倉・永福寺と共に、鎌倉での3大寺社のひとつと言う規模」を誇ったと、される。 1)「勝長寿院は、源氏の菩提寺に近い格式ある寺院」と言える。 2)建立後には、大姫(源頼朝の娘)が病気回復祈願で参籠。これに対し源義経の愛妾・静御前が舞を披露することも。 3)滅亡した平家の菩提を弔うために万灯会、奉納。 4)後白河法皇の49日法要を行う 5)源実朝暗殺後には勝長寿院に葬られ、母・北条政子によって法華堂(五仏堂)が建てられた、とも。 保護者が居なくなり16世紀に廃寺となったとされる。寺基の地は宅地化がすすんだ。 遺構はなくなり。木立のなかに「勝長寿院旧蹟」の石碑、ならびに供養塔が立つ。 「平家に倒された父」。その元で「滅亡した平家の菩提を弔う」。 二つの間合いには、頼朝が武家社会を形成する過程で犠牲を<やむなくした>に鑑み、、「権力が恐れた『祟り』の鎮魂」の機能もあったのであろうか。
2022年06月02日
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「映画を見るだけでなく、コミュニケーションの場」 洋画のSHINSEKAI2205604NHKBS3.「ほんまもんを探して JR大阪環状線」のNHK番組で紹介。作家 阿川佐和子氏の祖父がデザインを担当したとする演舞場。演劇・芝居・武揚のみならず、洋画の上映館としても「昭和の風情が残る界わいのレトロ映画館」。「絶対『ツブれない』の安心感を広めたい。新型コロナウイルス感染症の蔓延のもとで、映画館の入り口には一工夫。休館で上映はしていないものの、往時に上映した名作の「上映看板」。もちろん、架空。「(映画館の昔は)映画を見るだけでなく、コミュニケーションがった」。館主はふりかえって、番組では架空の上映看板を発注し、看板屋も応じる「遊び心」。沿線の【新今宮駅】からの話題。「上映のみではない、地域のコミュニケーション」に一票。番組案内に記載の柱。【桃谷】スパイス研究家の肩書を持つ歯科医師!こだわりスパイスのカレーを堪能!【玉造】鎮魂のチンドン。阪神・淡路大震災へのチンドン屋さんの思い。【天満】大坂のガラス産業発祥の地・天満で作られる切子の世界【大正】世界中の新聞紙を使ってドレスを作るアーティストが登場!【新今宮】昭和風情が残る界わいのレトロな映画館へ。
2022年06月01日
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