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今日の話題は、「南極と忘れ物」です。 南極は空気(酸素)が薄いせいか?はたまた、仕事が単調なせいなのか?私の頭がぼけているのか?は、わかりませんが結構忘れ物をしてしまいます。 昭和基地の中では、探し回れば見つかりますが、「あっ」こんなところにあった!となります。しかし、沿岸調査や内陸旅行では、ちょっと無いと困る物というのが結構あります。 内陸旅行で困ったのは、インスタントラーメンを積んでくるのを忘れてしまったことがありました。お湯だけでできるので大変重宝なのですが、無いとパンやご飯に頼らなくてはなりません。労力や燃料が多めに必要になります。 忘れ物ではありませんが、南極では、真冬以外は作業用のヤッケを着ます。しかし、上は名前を大きく書くので間違えることはありませんが、下の方は、長靴と共にヤッケをはきますので、時々、他人の物と間違うことがあります。私だけだったかもしれませんが…。 そして、日本へ帰国してからも南極では使わなかったバックや財布を忘れてしまったりリハビリに余念がありません。酸素の少ない内陸のドームと言うところに越冬した人は脳細胞がかなり減ったと言う方もおられます。脳細胞はあっても使わなくてはしょうがありませんけど!残念!■PEN□
Mar 29, 2007
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今日の話題は、「南極と小心者」です。 南極での活動は、日本とは違った観点で、危険と隣り合わせのところが多々あります。例えば、荷物の輸送や観測には、小型飛行機、ヘリコプター、雪上車、スノーモービルなどの乗り物を使います。落っこちたりひかれたりしないように気をつけなければなりません。 夏には建物や観測設備の建設、観測ではロケットの発射、大型気球の放球、高圧の無線局の保守等様々の危険と隣り合わせです。 また、自然も魔の手を掲げています。南極大陸のクラック(割れ目)へ落ちる、ブリザードで遭難、寒さによる凍傷、内陸の高所での障害(高山病)などがあげられます。 こういった、経験は、日本の何処にでもあるかもしれませんが、プロが仕事をしている場合、事故の確率は低いと考えられますが、南極では観測隊は、専門分野のプロであっても時には大学生であった人が建設作業をするのは当然なのです。 そういったときに、建設のプロは事故を起こさないため「気をつけるだけ」と言うだけです。私は、小心者ですので危うきに近寄らずと言う面もありますが、「気をつける」という言葉の通りなれないことは慎重にする事を心がけていました。 そそっかしいところもあるのですが、かえって石橋をたたくぐらいの小心者である方が南極などでの非日常的な作業をするには大事なことかもしれません。 観測隊は時間厳守と言うルールがあります。「集合時間の5分前には来ること」と言うルールです。私は小心者の為かそのまた5分前には、行くことにしていました。もし、時間に遅れると遭難しているのではないかということで他の隊員が探すことになります。 信頼を失って、他の隊員全員にあの人はルーズと思われてしまいます。その方が小心者の私には怖かったりします。■PEN□
Mar 28, 2007
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今日の話題は、「南極と寂しがり屋」です。 私は、世間では「おじさん」の領域になりましたが、いまだに「寂しがり屋」です。こんな人が南極に越冬しても寂しくないのかって聞かれそうですが、何とかなるものです。 時には、一人で過ごしたいときもあるのですが、ホテルなどに一人でいるときは、ちょっぴり寂しいですね。そんな時は、なるべく一緒に行った人とお酒を呑んで酔っぱらって寝てしまうパターンです。 南極でも、同じでバーに行ってお酒を飲んでは、部屋で眠るパターンでした。結局人恋しい感じで、人とお話ししないと持ちません。 南極って孤独な感じがしますが、みんな日本人なので気の合う仲間と寂しさを紛らわしているのかと思います。 家族といると妻と喧嘩したり子供を怒ったりしますが、それが寂しさを紛らわすコミュニケーションになっていたりします。元々お酒は強い方ではないので、家ではお酒をほとんど飲みません。 寂しさ=お酒の様な気もします。キッチンドランカーになる奥様は、ひょっとすると寂しがり屋さん?なのではないでしょうか…。本当にお酒が好きな人もいますが^^;■PEN□
Mar 26, 2007
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今日の話題は、「南極への思い(2)」です。 前回で「がんばれ」という言葉は、好まないと話しました。自分に対しては、少しはがんばるところがないといけません。でもがんばりすぎることは良くありません。 自分の能力の限界に達したらそれ以上は、がんばり様がありません。例えば、数学を理解するにも人によってレベルがちがいます。また、体力にも限界があります。それ以上能力を出したら体が壊れることになります。 世界一のマラソンランナーは世界一を目標に走ります。人の何倍も体に負担ががかります。しかし、壊れないように毎日少しずつ訓練して世界一になるのです。がんばり様が違います。 ましては、病人に「がんばってね」と言うのは、当人にとっては病気と戦っていますががんばりようのない病気もあります。こういったときは、励ましの言葉ですが、ケースバイケースで使わないといけません。人によりますね。 南極においては、このがんばりは、禁物です。病人にがんばれと言うのと近いものがあります。寒いところでがんばる事には限界があります。凍傷にも度合いがあって軽いものですとその場でひりひりとしますが、凍傷の度合いが進むとまったく感じません。そういったときは皮膚は死んでしまっています。寒さを我慢して放っておくと壊疽(えそ、腐って指などが落ちる)になってしまいます。 また、方向がわからなくなったら無理してがんばって歩き回らないのが原則です。遭難し人はすべてがんばりすぎてしまった結果によるものです。 そういったことで、私は「無理してがんばらない」様にしています。マイペースで毎日こつこつとやっています。 皆さんはいかが思われます?■PEN□
Mar 22, 2007
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今日の話題は、「南極への思い」です。 今振り返ってみると、南極に2回も行った事は、私の人生にとって大きな影響力を持っています。最初は、独身であったためか軽い気持ちで「行ってみたい衝動にかられ」南極越冬隊に参加しました。2回目は、「何か良い仕事ができればいいな」と言う思いがかないそうで参加しました。 そもそも、越冬隊に参加するのは就職先であった25年前の電波研究所に入所したことから始まっています。南極行かせてやるから入るかと言われて、3/24にいそいそと田舎から出てきました。 学生時代から「色々な世界を見てみたい」と言う気持ちが強かったため、一時は世界航路の船舶通信士をめざしていました。当時は、船舶業界が不況になり丸シップ(日本船籍)を減らそうとしている時代でした。 ともかく、世界とは言わず、違う人や文化・伝統にも興味がありました。南極帰りのヨーロッパ旅行やオーストラリア旅行も違う出会いがあったし、見るもの一つ一つが新鮮でした。 そういった新しい物好きでいろいろなものに関心のある私は、2度目の南極越冬は、1度目に無かったものを選びました。2度目では、南極大陸の奥地1000kmのドームFと言うところまで行くことになりました。 これは、1度目にない、しかも大きな仕事でした。私の好奇心はかき立てられました。仕事もうまくいき、その後、論文も数本書け、論文博士を頂きました。好きなことをして博士までなれた。奇跡に近いことかも知れない(ちょと大げさ?)。 人間の好奇心、夢というのは、深いものがあります。けっして夢はあきらめないで一歩一歩前進すれば、自分がしたいことはかなうものだと思います。 個人的に「がんばれ」という言葉はあまり好きではありません。普段は、私はだらしないところもあり、がんばったら疲れてしまって、長続きできない性格なのです。でも、思いついたらすぐに実行する行動力は無くしていません。また、明るく生きることが原動力になっているような気がします。(そのうち、続きを書きます)■PEN□
Mar 20, 2007
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今日の話題は、「南極とコーヒー」です。 以前にもお話ししたかも知れませんが、私はコーヒー大好きなんです。1日に5~6杯飲みます。ですから、半分はアメリカンで飲むことにしています。 さて、南極昭和基地の電離層棟は、ちょっと小高いところにあって峠の茶屋というニックネームがついています。また、仕事の関係で水が潤沢にあり、お客様(他の隊員)にお茶をサービスすることからそう言われています。 お客様がおいでの際は、とっておきの自前の豆を取り出してドリップしたコーヒーを出します。非常食の流用ですが…茶菓子も多少は用意していたりします。 そうやって、電離層観測隊員は、峠の茶屋の伝統を守っています。たまには気の合う人とお酒も入ったりもします。。。 ■PEN□
Mar 15, 2007
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今日の話題は、「南極とドラマ」です。 最近は南極昭和基地で個人でもビデオを持ち込んでいます。基本的にTV番組を見る事が出来ませんので持ってきたビデオが楽しみになるわけです。 隊員はTVのドラマや映画などを持ってきています。最近の傾向としては、個室で自分一人で見ると言うことが多いそうです。 しかし、そのうちに自分の持ってきたビデオは飽きてしまって、ドラマなどのシリーズをみんなで見たり、貸し借りをしたりします。 私が越冬したときには「東京ラブストーリー」が人気でした。何となくですが愛に飢えていたためなのでしょうかね…。■PEN□
Mar 14, 2007
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今日の話題は、「南極とお肌」です。 南極大陸の大気は、地球の遠心力で赤道付近がふくらみその影響で南北極域では層が薄くなっています。すなわち、気圧が低く酸素が少ないと言うことです。 また、大気の層が薄いと言うことは、紫外線(UV)が通りやすく、日本にるよりも夏は日焼けに少し気をつけなければなりません。UVクリームが必要かも? 気温が低いため、大気中の水分は凍ってしまって、湿度は低下してしまいます。すなわち「からから」に乾燥しています。リップクリームも必需品です。 空気が薄いので酸素は少ないし、UVは降り注ぐし、乾燥がひどいということで、南極は女性にとって、お肌が気になるところなのです。今後、女性隊員も増えることでしょうから、お肌のケアーを考えておいた方が良いかもしれません。■PEN□
Mar 13, 2007
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今日の話題は、「南極と家族」です。 昔は南極観測というと探検をイメージしていましたが、現在では基地の設備も日本国内並になってきました。今は、探検の時代は過ぎてしまって観測の時代です。 衣食住には不自由しませんし、娯楽もずいぶん増えました。インターネットもつながりメールもできますしIP電話もあります。 何も不自由なことはありません。しかし、家族とは別れ離れで約16ヶ月分かれて暮らすことになります。 1年以上離れて暮らしますと子供は成長しますし、お父さんがいない生活に家族はなれてしまっています。また、恋人と長く離れると「さよなら」してしまうこともあります。 南極に行ってお金が貯まるでしょう?などと言われる方がいますが、初期の越冬隊に対しての手当はたくさんありましたが、今は、食費や経費などであまりお金は残りません。 それよりも、家族と別れて、家族が大変な思いをする方がずっと重かったりします。恋人と別れちゃう人もいるわけですから切実です!■PEN□
Mar 12, 2007
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今日の話題は、「南極とアデリーペンギン」です。 昭和基地の近くで良く見かけるペンギンはアデリーペンギンです。 アデリーの頭は黒くて、くちばしがちょっとつきだしています。目の周りが白い色になっています。他のペンギンに比べると尾っぽが少し長いようです。体長は 約60~70 cm、体重は約5 kgです。 アデリーペンギンは10月頃に集団営巣地(ルッカリー)に来て、石を集めて巣を作ります。メスは卵を産むと餌を取るために海に行きます。その間オスが約35日間飲まず食わずで卵を暖めます。 アデリーの卵は鶏の卵より約4倍ぐらい大きい卵です。一回の産卵に1個の卵です。ヒナが生まれると、メスは子にエサを与えるために帰ってきます。ヒナは最初、灰色の毛に被われていてちょっと醜いのですが、3月には成鳥と共に海に入ります。 アデリーペンギンは南極海で豊富なオキアミなどを主食としています。■PEN□
Mar 9, 2007
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今日の話題は、「南極と農協」です。 南極昭和基地に農協?って想像もつかないでしょうか?昭和基地には趣味と実益を兼ねて野菜をつくる農協があります。 農協が始まった頃は、照明のあまりいらない、かつ、土もいらない「かいわれ大根」が主流でした。農協も本格的になってきた今日では、野菜の栽培装置を持ち込んで作っています。 野菜栽培機には、太陽光の代わりになるランプや土も準備されています。キュウリ、トマト、なす、葉ものは収穫できます。大根は土を深くしないと出来ないかと思います。 だけど、栽培機は明かりや温度の管理を自動で行うのでちょっと自然ではないですね。また、暖かい観測棟できゅうりを栽培する人もいます。■PEN□
Mar 7, 2007
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今日の話題は、「南極と静電気」です。 南極昭和基地は、水蒸気が凍結して氷となり湿度が低くなります。また、ブリザードが週に何度か来ます。ブリザードが吹くと飛んできた雪と建物との間で摩擦が起こって静電気が発生します。 乾燥とブリザードによる摩擦とで建物や観測機器などに静電気がたまります。手を近づけるとたちまち感電します。 静電気に弱い人は、ドライバーなどの金属の棒を先に握っておいて機器にさわります。そうしますとショックは無くなります。 セーターを脱ぐ前にも静電気を逃してやらないとパチパチと静電気に感電してしまいます。南極で静電気に気をつかわなくてはならないとは皆さんは想像つかないでしょうね!■PEN□
Mar 6, 2007
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今日の話題は、「南極とゴミ」です。 昨日、南極のゴミ問題がTVでとりたざされていました。南極の基地を放置したままそれがそのままゴミと化しているのはとても残念ですね。 国の責任で基地を放棄するときは、ゴミは持ち帰るべきでしょうね。日本の場合は、約13年前からゴミの分別、持ち帰りを行ってきています。例をあげると、瓶などは色別にわけクラッシュしてドラム簡易詰めます。また、缶などはアルミとスチールに分けてつぶして持ち帰ります。また、焼却はダイオキシンが出ないような焼却炉を使用し、また、焼却は最小限としています。 これにより、かなりきれいになってきました。それでも、まだ古い雪上車が残っておりこれらを持ち帰らなければなりません。持ち帰った雪上車などは博物館などにも展示できるでしょうし、活用の道があると思います。 いずれにしましても、私達の取りまく環境と同じように南極であっても環境を汚さず自然を残す努力をしなければなりませんね。■PEN□
Mar 2, 2007
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今日の話題は、「南極とごはん」です。 日本人の主食は白米(うるち米)のごはんです!日本南極観測隊にとっても一番大事な食料です。 お米は輸送時に袋が破れると大変ですので一斗缶(いっとうかん)に詰められた状態で南極に持ち込みます。 玄米ではなくて白米の状態で持ってきますので、寒いのもあいまって米虫が発生することもありません。非常用に保存しているお米も寒いところにありますので五年経っても新米並です。 調理隊員に教えてもらった米の研ぎ方は手の腹で押しながら、もみこむようにするといいと教えられました。南極で教わることって結構あるんですよ!■PEN□
Mar 1, 2007
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