山田維史の遊卵画廊

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Tadami Yamada's monochrome cuts -#1


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■Yamada's Article(6)ムンク『叫び』の設計と無意識


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■Yamada's Article(10)狐信仰とそのイコノグラフィー


■Yamada's Article (11) 江戸の「松風」私論


■Yamada's Article (12) 伊勢物語「梓弓」について


■(13)英語訳論文「ムンクの『叫び』の設計と無意識」


■(14)英語訳論文『狐信仰とそのイコノグラフィー』


■(14-2)英語訳論文『狐信仰とそのイコノグラフィー』


■(15)英語訳論文『卵形の象徴と図像について』


■(16)英語訳論文『夢幻能の劇構造と白山信仰との関係考』(1)


■(16-2)英語訳論文『夢幻能の劇構造と白山信仰との関係考』(2)


■(17)英語訳論文『モンドリアンの自画像について』


■(18)英語訳論文『霧に対する感性の考察』(1)


■(18-2)英語訳論文『霧に対する感性の考察』(2)


■英語訳エッセー『柔らかい建築 Soft Architecture』


■(19-1)英語訳論文『エドヴァルド・ムンクの去勢不安』(1)


■(19-2)英語訳論文『エドヴァルド・ムンクの去勢不安』(2)


■(20)英語訳論文 『伊勢物語の「梓弓」について』


■(21)英語訳論文『C.G.ユングの風景画をめぐって』


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Jan 8, 2006
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 本日1月8日の朝日新聞書評欄に、『消された校舎----旭丘高校校舎建て替えてんまつ記』(旭丘高校校舎の再生を考える会編)について、社会経済学の松原隆一郎東京大学教授がコメントを書いていた。次のような書き出しである。引用してみよう。

   「アメリカは歴史の浅い国、日本は伝統の生きる国」と言われる。本当だろうか? 驚くべき数字がある。国が保護している文化財建造物の数は、アメリカが5万2千件弱、日本はなんと4997件(05年)。イギリスは、イングランドだけで44万件強(93年)だから、我々がいかに歴史を殺してきたかが分かる。「震災が多いから仕方ない」、というのが一般的な反論だ。けれども震災対策は口実で、経済効果が本音ではないのか。
   日本の「スクラップ・アンド・ビルド」体質を象徴するのが、全国で頻繁に対立が伝えられる校舎建て替えだ。----

 ここで松原氏が明らかにしているのは、言葉を替えれば、幻想的愛国論がいかに国の歴史を破壊し、国土を破壊するかということだ。私は、この幻想的愛国論もしくは曲学的愛国論をつむぎだす精神を、ひそかに亡国的ナルシシズムと呼んでいる。
 明治27年に刊行され、以後、名著として親しまれてきた志賀重昂(しげたか)著『日本風景論』という本がある。現在、岩波文庫で読むことができる。この本で志賀が情熱的に強調しているのは、日本の風土が欧米諸外国にくらべていかに優れているかということだ。折しも日清戦争に勝利し三国干渉という時期に刊行されたため、排外的愛国路線にうまく合致し、日本人の愛国的景観意識をそだてるのに大いに寄与したといわれる。
 私はたしか以前にこのブログで書いたと思うが、「日本が他のどの国よりも美しい」というような論説はまったく無意味で、景観論として成立しないのだ。砂漠の民は砂漠を、氷原の民は氷原を、「わが麗しの故郷」と胸にいだいている。風景美を云々すると、じじつ、美はいかなる所にもある。日本が美しい風土だと思ったら、次にはそれを如何にしたら美しいままに伝え残していけるかを考え、実行しなければなるまい。そうでなければ、美しい日本は幻想にすぎない。
 『日本風景論』は、時局的に、自己肥大化した愛国心の昂進にはたらきかけるものになりはした。が、よく読んでみると、じつは言葉とは裏腹な日本の現状が書かれていて愕然とさせられる。第7章「日本風景の保護」の冒頭部を読んでみよう。原文をそのまま引用しては反って理解がはかどらないので、意訳して示すことにする。

   日本の山海の美しさ、樹木の多種多様なことは、日本人の審美心を過去、現在、未来と育てる原動力だ。この原動力を害することは、日本の未来の人心や文化を害することと同じである。近年、人情は薄くなり、目の前の小さな利益を追う小賢しい計画に汲々として、遥か遠くをみつめて大事なヴィジョンをもつことを忘れてしまっている。森林を乱伐し、「名木」や「神木」を切倒し、花も竹も薪にするありさまだ。古城の壊れた石垣はすっかり破壊し、また「道祖神」さえ石材として橋作りに使い、湖は埋めたててしまう。鶴も捕獲して絶滅に瀕している。(維新後、宮城県の松島の松を切って木材としたり、東京忍が岡の桜を切って印材としたり、「物を喰らう」からと奈良の春日神社の鹿を殺戮しようとしたり、「文明開化の世のなかには無用の長物だ」といって東京芝増上寺に放火した者らは、さすがに近年、すこしは改悛したけれども)、このように日本の風景を破壊することが少なくないのである。くわえて名所旧跡の破壊は歴史観念の連合を破壊するものだ。したがって国をあげてこのような事態をつつみかくさず暴くひつようがある、と(私は)主張する。日本の社会は、日本の未来の人心と文化を啓発するために、ますます日本の風景を保護することに努力しなければならない。

 ながながと意訳したが、私が愕然とするのは、昔も現在も日本人の心性はすこしも変っていないということである。私が幻想的愛国論といってはばからないのは、こういう事実によっている。

 この日本人の心性に深く頑に根付く悪しきものについては、さまざまな領域で検証する必要がありそうだ。

 ところで冒頭に述べた旭丘高校は愛知県の学校である。私が『日本風景論』をもちだしたのは、著者の志賀重昂が同じ愛知県(当時は三河国といっていた)の岡崎康生町の出身だからでもあった。松原隆一郎氏が朝日新聞の書評を書いたとき、志賀重昂とその『日本風景論』について思いを致したかどうかは知るよしもないが、氏の冒頭を読むと、遥か明治時代の志賀の慨嘆が洩れきこえてくる。
 さらに付け加えるが、このブログの日記にしばしばコメントを寄せてくださる櫻井淳さんはご自身のブログで、愛知県の設楽近在の廃校の写真を独特のアングルで撮影して発表しておられる。私は櫻井さんの詩情豊かな写真が好きでアクセスするのだが、一方で私自身が小学校も中学校も高校さえも、校舎を失っているので、センチメンタルな感情ではない特別な思いを胸にいだきながら櫻井さんの廃校写真を見ているのである。

 ことは学校の校舎の存廃ばかりでなく、私が青春時代をすごした会津若松市も、以前書いたとおり、その歴史的街並を完全に破壊してしまった。他方で角館市のように、昔ながらの景観を保存しつつ現代的再生に意をそそぎ、どうやらそれが成功している例もある。こうなると住民の智恵の問題とも言えそうだ。が、その住民の智恵を蹂躙してまで国の行政機関が権柄づくで破壊行為をしている有明湾の例もある。行政機関に「めんつ」なんてまったく必要ない。そんなことは問題にするほうがおかしい。住民を無視して、行政もへったくれもないのだ。ここにも幻想的愛国思想がある。それは「狂気」なのだ。どうやらことは政治病理学ともいうべき問題かもしれない。





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Last updated  Jan 9, 2006 05:01:10 AM
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Re:幻想的愛国論と政治病理学(01/08)  
櫻井淳  さん
私の拙い日記を紹介してくださり、ありがとうございます。
失われつつある奥三河の暮らし・自然に向けてカメラを向けるとき、設楽ダム水没予定地区に住むご婦人の――住み慣れた土地・家から追われるのは、死ぬのと同じことです――という言葉がいつも胸をよぎります。
自分が好んで撮る廃線鉄道や古い水力発電所も、もちろん人の開発行為の賜物にちがいありません。しかしそれらは山里の住民が人間らしく‘生きる’ための仕事であったと思います(昭和に入ってはじめて電灯が点り、鉄道が通った時、人々のよろこびはどれほどのものだったでしょう)。
対して画伯仰るとおりの「めんつ」重視の箱物乱立、大企業の我田引水の片棒を担いだ開発行為に、人が生きんがための必然性を見出すことはできません。
郷土への愛は、みずからを生かすものに対する感謝・畏敬の念ではないでしょうか。郷土を守るということは、みずからを生かすものを時の流れに応じてはぐくむことではないでしょうか。みずからを生かすものをみずからの手で壊すとき、人間の――精神か肉体かを問わずの――死が待っている、そんな気がします。
そう、税金をたらふく食らった装飾過剰な建造物、周辺の植物相を無視した輸入樹木の植栽、あんなものを‘緑いっぱいのわが町のシンボル’などと喜ぶ
方々は「幻想的愛国思想」病の重症患者で、すでにもう‘生きている人’ではないのでしょうね。
今の若者を云々言うより、田舎にゴルフと土産物屋しか求めないオジサン・オバサンの世代に問題がありそうです。
画伯の今日の文章のおかげで、自分が何に怒っているのかがはっきりしてきました。 (Jan 9, 2006 06:12:17 PM)

Re[1]:櫻井淳さんへ(01/08)  
AZURE0702  さん
櫻井淳さん

いつも鋭い感性がとらえたすばらしい写真作品を楽しみにブログを拝見しています。櫻井さんの社会的問題を視野にいれた姿勢と、無頼な破壊に荒れた状景に対する怒りは十分つたわっております。
 詩心あふれる柔らかな魂をおもちのようで、そのような感受性が現代日本の荒くれた風潮のなかでひどく生きずらいだろうとは、私の勝手な忖度かもしれませんが、そんな風潮だからこそ沈黙するのではなく希望の旗を振らなければなりませんね。目をおおうのではなく、むしろ見開いて見ること。日本人がやらなければならないのは、それです。さいわいというか、櫻井さんは優れて視覚的な人間のようです。また私も、視覚が発達しているようです。見ること、見れることを天分と思ってささやかではあっても、発言してゆきましょう。
-----
(Jan 10, 2006 12:12:23 AM)

旭丘高校  
釈迦楽  さん
旭丘高校は昔の愛知一中、さらにその前身は藩立の洋学校ですね。
私は名古屋には仕事で赴任したので、地元の高校の(進学率的見地から)どこがどうなのか、なんてことはまったく知りませんでした。しかし15年もこの地にいれば、誰に聞くともなく地元の高校のランキングのようなものは分かってしまいます。そういう点から言うと、伝統的に県立の旭丘高校と私立の東海高校が、名古屋近辺の伝統的な進学校なんですね。事実、トヨタや東海銀行、名古屋鉄道、中部電力など、地元の産業界において、これらの高校人脈は相当な力を持っているようです。
また私がかかわる「英語」「文学」とのからみで言うと、坪内逍遥と二葉亭四迷が旭丘高校の前身の出身だったことが大きな意味を持っています。つまり、日本の「言文一致」運動なんていうのは、この学校がなければ大分遅れていたことになる。
そんな伝統のある学校の校舎が、建て替えの名の下に、いかにも簡単に取り壊されてしまうのは惜しいものですなぁ。またそれを惜しいと考える人が圧倒的少数派であるらしい、ということも、この国の文化の底の浅さを象徴しているようで、悲しくなります。

(Jan 10, 2006 11:30:11 AM)

Re:釈迦楽さんへ(01/08)  
AZURE0702  さん
釈迦楽さん

> そんな伝統のある学校の校舎が、建て替えの名の下に、いかにも簡単に取り壊されてしまうのは惜しいものですなぁ。またそれを惜しいと考える人が圧倒的少数派であるらしい、ということも、この国の文化の底の浅さを象徴しているようで、悲しくなります。

ほんとうに、もうここらで「伝統、伝統」という無意味な空念仏はやめにしたいものです。以前、私たちは博物館事情についても同じような感慨をいだきました。文化は物心両面の問題ですから、精神主義ではだめなんですね。それだけだととても危ういのです。文化財として物を伝えるということは、形(デザイン)ばかりではなく、素材の物質的本質をどのように理解したかという先人の智恵を、実証的に見て学ぶことを伝えることです。なににもかえられないほどの優れた教材なんです。そういう先人の智恵を土台にしてこそ乗越えられる事柄があるわけです。
 釈迦楽さんが「文化の底が浅い」とおっしゃるとき、じつは「われわれは常に一から始めなければならないじゃないか。人生たかが7,80年、なんと無駄な時間をその初歩的な学びに使わなければならないのか。これでは日本人はついに学生のままだ」と、まあ、こんな慨嘆と重なるのだと理解いたしましょう。文化財保護というのは、視点をかえますと、人生から時間の無駄使いをはぶくことでもあるんですね。学問をすることと同じ意味が内在しているのです。智恵の連続的構築がおこなわれ、それが社会の成熟をもたらすわけです。
-----
(Jan 10, 2006 10:25:23 PM)

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