先日購入したDVDで、テレンス・フィッシャー監督、ピーター・カッシング、クリストファー・リー主演の『恐怖のドラキュラ』“Horror of Dracula”を見た。原作は言うまでもないが、ブラム(エイブラハム)・ストーカーの『ドラキュラ』(1897)。この映画は、1958年にイギリスのハマー・フィルム・プロダクションズが制作したもので、そもそもは“Dracula”というタイトルだった。DVDの原題が“Horror of Dracula”となっているのは、じつはアメリカのユニヴァーサルがコピー権を買い取ってアメリカ国内で上映する際に付けたタイトルなのである。このことを指摘している日本の資料を私は見たことがないので、一応述べておく。 吸血鬼伝説の歴史は長く、吸血鬼文学も意外なほど厚く豊かな歴史をもっている。それについては外国の研究は枚挙にいとまがなく、Dieter Strum & Klaus Volker : Von denen Vampiren oder Menschensaugern, 1968(ディター・シュトゥルム、クラウス・フェルカー共著『吸血鬼、あるいは人喰い魔について』) の巻末に付された文献目録だけみても300件以上になる。日本におけるその研究の嚆矢ともみなせるのは、新人物往来社刊『恐怖の探究』(1970)巻末の荒俣宏氏編の「世界怪奇幻想文学関係年表」と、種村季弘氏編のアンソロジー『ドラキュラ・ドラキュラ』(薔薇十字社刊)および同氏著『吸血鬼幻想』(薔薇十字社刊、1970)であろう。 種村氏の「吸血鬼幻想」は1968年に雑誌『血と薔薇』創刊号に、また同書の中の「吸血鬼小説考」の原型となったエッセーは1969年新人物往来社刊『真紅の法悦』に発表されたが、私の書庫にはそれらすべてが所蔵されている。