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Jan 29, 2018
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カテゴリ: カテゴリ未分類
ある書籍に今はエル=アシュムネインと呼ばれるエジプトの古代遺跡ヘルモポリスのことが書いてあって、このヘルモポリス近くの村の洞穴に手品をする人の絵が残っているとありました。

向かい合った2人の人物の絵で、ひとりはカップのようなものを伏せて何かを隠し、もうひとりが、それを不思議そうに眺めていると。

ところが画像をネットで探しても全く見つからない。
英語のサイトで同じような記述がないか探しても、これまた全く見つからない。


古代エジプトにおいて、魔術の力のことは「ヘカ」と呼ばれました。
このヘカの神格化というべき存在が、「ヘカ神」です。
ヘカは子供の姿で表されました。

エジプトの神話世界では、人間の魔術師たちは神や精霊の力を借りるのではなく、神や精霊たちと「同じ」力を用いて魔術を行っていたらしいです。
ヘルモポリスの手品師も、こうしたヘカ神の力を借りてマジックを行っていたのかも知れません。


そこいくと時代が違うとは云え、日本の「手妻」は比較的出所も明確です。
「手妻」は「和妻」とも呼びますが、日本に古来から主に口伝で受け継がれてきた伝統的な奇術です。

日本の奇術師の演じる奇術は、「手妻」「西洋奇術」「中国奇術」の3種でした。
現在は中国の伝統奇術を行うプロ奇術師はいなくなり、手妻、西洋奇術、そして和洋混成の奇術が演じられています。

ちなみに明治になると日本や欧米に大勢の中国奇術師が流れてきましたが、彼らは政府に抑圧されてたからです。
と、云うのも、清朝末期になると政府転覆を謀る連中が大勢芸人になりすまして潜伏しました。
興行で村々をまわるときに、政府転覆を扇動するためです。

それで清政府は芸人も反政府者もすべて同一とみなし、徹底的に弾圧したのです。
そうした弾圧から逃れるために海外逃亡したのですな。
和洋混成の奇術の代表が「袖卵」と「柱抜き」です。

袖卵は、中には何も入っていないことを観客に見せた布の袋から卵が次々と出てきたり、袋の中で消えてしまったりするものです。


柱抜きは、柱などにまわした両手の親指をヒモや針金などでしっかりと観客にしばってもらいます。
ところがしばった部分が柱を貫通し、柱を両手の間に入れてしまったり、逆にはずしたりするものです。
こうした和洋混成の奇術と違って、日本人が独自に完成させた奇術が手妻ですな。
代表的なものとしては、紙で作った蝶を扇子であおぐと、まるで生きているように舞い飛ぶ「胡蝶の舞」、和紙が卵になってしまう「紙卵」、何もないはずの木箱の中からさまざまな品が出てくる「蒸籠」、さまざまな場所から水が噴き出る「水芸」などがあります。
いずれの芸も奇術師の見た目の美しさが求められる点が西洋奇術とは大きく異なります。

そんな手妻の中で、いまでは文献しか残っていないスゴイ芸があります。
「呑馬術」なんと生きた馬を飲み込む奇術なんです。
江戸時代の奇術の中で、雀、鳩、魚、鶏などの小動物を使う演目としては、「玉子、雀となる」「雀の首切り」「絵、雀になる」「籠より小鳥出る」「柿栗、鳩となる」「山の芋、鰻となる」「空中より魚を釣る」「笹の葉変じてドジョウとなる」「玉子、鶏となる」「生鴨、籠より二つでる」などがあります。

牛や馬などの大型動物を使う奇術としては、1682年(天和2年)刊行の「絵本このころくさ」に「古の伝内が、緒小桶の曲という手品の中で、3本の筒から、初めは子どもの遊び人形を取り出し、その次に雁、鳩、鶉籠、行灯を取り出し、最後に牛を出現させて、舞台を3周歩かせた」と。

また1826年(文政9年)発行の「還魂紙料」には、「塩屋長次郎は放下師にて太刀かたなは更なり、牛馬をさへ呑、眼くらましに長たり」と書かれています。

この2つの奇術は、牛を使う点では同じですが、奇術的発想からみて決定的な違いがあります。
それは、前者の牛を舞台に出現させることは大幕などを使えば可能ですが、後者の生きた牛や馬を小さい口から呑みこむことは、トリックの面から考えてみても全く不可能なんです。
「信西古楽図」と云う中国唐時代の舞踊、演奏、軽業、手品などの散楽雑戯の様子を伝える絵巻物があります。
この著書に「入馬腹舞」というのが著されています。
「入馬腹舞」すなわち「馬腹術」とは、子どもが馬のお尻から体内に入って、口から出てくる術なんですな。

もちろん実際にそんなことはできないので、馬の向こう側に黒幕を張り、お尻に入ると見せて幕に隠れ、移動して口側の幕から出てくる方法だと思います。
これはブラック・アートという手法で、この場合は舞台を暗くすることと幕の後ろに子どもを補助する助手が必要なんです。

子どもが馬のお尻から入り、馬の体内を通って口から出てきたように見える。
「馬腹術」と「呑馬術」は、内容的には異なるが、雰囲気が似ていて、どちらも同じトリックではないかと思われます。
「呑馬術」を語る上で、「塩屋長次郎」の名前を抜きには語れません。
塩屋長次郎は放下師(手品師)として大坂で活動し、元禄時代に江戸に下って興行。
名声を得ました。

興行の演目は、空中から魚を釣りあげる技、からの箱からたくさんの品物を出す手品などを披露したあと刀を呑む技を見せ、そして、最後に馬を呑む術を見せたらしいです。
「ぼうのみ」「剣呑み」は、特に仕掛けはなく、90cm の鉄棒や樫の棒、太刀を口から呑みこむ技です。
顔をのけぞるようにして喉を伸ばし、食道、胃をまっすぐにすることがポイント。

太刀の場合は、出来るだけまっすぐなものを使うのと、刃のあるものは前もって鞘を呑みこんでおくことがトリックです。
ほとんどは仕掛けのない曲芸的な技ですな。

その他に、ブラック・アートの応用で、背景に黒幕を垂らしておき、飲み込むように見せて、黒幕に開けた穴に入れていくと云う手法もとられました。


さて、塩屋長次郎は「剣呑み」で観客の度肝を抜いた後に、追い打ちをかけるように「呑馬術」を見せたワケですが、「剣呑み」が効いているだけに「呑馬術」のトリックは案外容易くできたかも知れません。

舞台に光沢のない黒幕を張り、床も黒一色にし、舞台上を真っ暗にします。
舞台のかぶりつきには、何本かのロウソクの火を強く照らしておきます。

舞台上で密かに操作をする助手は、全身黒子に身を固めます。
このようにすると、観客は、ロウソクの灯りが近いために、その奥の暗がりが見えにくくなるからです。
そのため舞台上に黒子の助手が現れても観客からは全く見えないのですな。

このような手法を使い、「呑馬術」は、明るい色の衣裳を着た塩屋長次郎が白馬とともに舞台にあらわれ、次第に馬を呑みこむ演技に入っていくと云うワケです。

呑んだように見せた部分は助手が馬に黒布をかぶせて、観客から見えないようにします。
また、長次郎も馬を吸いこむように見せるために、V字形の皮か布製の仕掛けを使っていたと思われます。

江江戸時代の見世物は、今日、私たちが縁日で眼にする見世物小屋とは決定的に違います。
今よりはるかに巨大な存在であり、ショー、展覧会、サーカスという3つの要素が渾然一体となった、世界でもめずらしいものだったのです。





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Last updated  Jan 29, 2018 05:28:45 AM
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