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3月20日にある息子の小学校の卒業式まであと一週間。息子は卒業式はかなり意識してて出たいと自分でも言っていた。父の葬儀もなんとか出れたし、もしかしたら出れるかもって期待していた。でもよく考えると練習も一度も参加せず、11月から学校も一度も登校できず、ほとんどの友達にも会ってない今の状態では出れないだろうなあと思い始めてきた。おまけに最近ひどく体調が悪い。真っ青な顔。いつも辛いときは顔をしかめてる。立ってられない。座ってられない。腹痛がひどい。食欲が落ちる。倦怠感がひどい。、、、ちょっと前の私だったら、ここで一気に凹んでた。でも今回は落ちついてる。ちょっとは肝が据わってきたかな。しばらく待つとこの最悪な状態は抜けて少し楽になる。必ず楽になるときもある。それがわかっているからかな。息子の辛い症状を一杯見たので、調子がいいときにたまに見られる笑顔にすごく幸せを感じるようになった。息子が犬とじゃれて笑っているとき、病気の前と同じようにたわいもないいたずらをして笑ってるとき感謝の気持ちがわいてくる。当たり前のことが輝いて見える。人間って不思議だ。不幸、幸せって人が決めるものではないと思う。幸せって自分の心が決めるのだ。卒業証書、たぶん担任の先生が持ってきてくれるか、私が取りに行くことになるだろう。でも人それぞれ、受け取る場所はいろいろあったっていいと思う。私から心を込めて息子に卒業おめでとうって渡してあげよう。まだまだ、この先、体調の悪くて苦しいときも多いだろう。でも一日でも多く笑顔でいられるよう知恵を働かそう。楽しく過ごせる方法を考えよう。いつかきっと虹が見える。大きな大きな虹が見える。その日を夢見て毎日を暮らしていきたい。Only you can make yourself happy.自分を幸せにできるのは自分だけ。 まだ4ヶ月なのに急に大きくなってきたku-chan
March 13, 2007
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辛いことがあったとき、悲しいことがあったとき、それを乗り越えいいエネルギーに変えていくことができたら、すごいことだと思う。今から約19年前、まだ娘も息子も生まれていない時、とても悲しいことがあった。結婚して初めて妊娠した後、切迫流産になりかけて数ヶ月病院に入院した。絶対安静のため、一歩も歩いてはいけないと言われた。ベッドから降りてもいけなかった。トイレにも行くことができず、ベッドの上で看護婦さんを呼ぶ。でも赤ちゃんのためと妊娠三ヶ月から六ヶ月までがんばった。そこまでがんばったのだけど、結局死産だった。結婚してから後にも先にも夫の涙を見たのはその時だけだ。死産した後、同じ病室の知りたがり屋の女の人(子宮筋腫で入院中だった)にいろいろ聞かれて、悲しくなってトイレで泣いたこともあった。あの時もずいぶん辛かった。同じ社宅で同じ時期に妊娠した人は順調に出産を迎えようとしていた。比べるつもりはなくても比べてしまう。まだ会社勤めをしていたのだけど、後輩の女の子に胸大きくなったねといわれて傷ついたりした。死産でも母乳が出る体に女の人はなるから母乳を止める薬も飲んだ。その3,4ヶ月後、夫の転勤でアメリカへ移り住んだ。今考えるとこれがとてもよかった。日本から離れ、辛い思い出から離れての生活。家にじっとせずにアメリカの州立の短大でESLのクラスを受けた。なにかに没頭するとつらいことは忘れられる。得意ではなかったはずの英語を一生懸命勉強した。向こうの人はほめるのが上手、おだれられてどんどん勉強し、ついには優秀な成績で卒業することができた。今考えるとつらい思いをしたから、必死に勉強できたと思う。今こうして大勢の子どもたちに英語を教えられるのもその時身に付いた英語おかげだ。人生わからない。学生時代、英語なんてぜんぜん得意じゃなかったのに。今回、息子が起立性になった。学校に行けなくなった。息子の体調がよくないときはほんとにつらい。はたしてこの逆境をいいエネルギーに変えていけるだろうか。私にとって人生で一番むずかしい問題をもらった気がする。一度には解けないだろう、でも少しずつ少しずつみんなに助けてもらいながら、長い期間をかけて解いていければいいと思う。Life is a test. It is only a test. 人生はテスト。ただのテストにすぎない。 ku-chan 「遊んで、遊んで。」milk 「今日はちょっとだけ遊んであげる。」ku-chan 「\(^o^)/」
March 10, 2007
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小学6年生の息子はもうじき卒業する。先週、お友達が卒業文集の原稿を書く紙を持ってきて息子に直接説明しにきてくれた。先生が来てくれて説明してくれてもいいのだけど、友達に会わせようとの担任の計らいだ。息子は漢字は苦手だが、文集のようなものを書いたり、新聞みたいなものを書いたりするのは昔から苦手ではなかった。字はていねいではないがさっさっと書いてしまうほうだった。でもさすがにODになってからは集中力もない、文の内容を考えたり、書いたりするのもつらそうだ。それでも、一日少しずつ、修学旅行のこと、好きだった水泳のこと、中学校でがんばりたいことなど書いて1ページなんとかうめることができた。修学旅行で清水寺に行ったとき、学問、長寿、恋愛の願いが叶うという水がある中、息子は勉強が得意になりますようにと学問の水を飲んだそう。その部分の作文を書くとき、目に少しだけ涙をためながら、「長寿(健康)の水を飲んでおけばよかった。」とつぶやいていた。思わず、横で仕事をしていた私も目に涙がたまってきてしまった。そうだね、健康な子、元気な子がうらやましいよね。でもね、こんなにつらい思いをしてきたんだもん。絶対この先息子にもいいことあるよ。さっきBSでやっていた映画「グット・ウィル・ハンティング」で言ってた、、、「つらい思いをした人ほど、慈しむ心が育つ」って。病気の人のつらさがわかるし、学校に行けていない子の悲しみだってわかる。長くかかる病気だけど、思春期が終われば楽になるよ。それまで母は100パーセント味方だよ。できることだけ、マイペースで少しずつやっていこう。それで充分だよね。今日午前中、学校にできあがった息子の文集の原稿を持っていった。先生ががんばったね~って褒めてくれた。よかったなあ。It is health that is real wealth and not pieces of gold and silver. Mahatma Gandhi本当の富とは健康のことであり、金や銀のことではない。 マハトマ・ガンジー ku-chan 「遊んで遊んで♪」milk 「今はいや。」
March 6, 2007
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3月3日は娘の誕生日。17歳になりました♪17年前私たち夫婦は主人の仕事の関係でアメリカに住んでいました。だから娘はノースカロライナ州にある大きな病院で生まれました。そのころから私の両親は病気がちだったので、手伝いに来れる状態ではなく、主人と二人きり、異国でのちょっぴり不安な出産となりました。約2、5キログラムで小さく生まれた娘。大きくなるのか、ちゃんと母乳を飲んでくれるのか、いっぱい心配したなあ。でも不安いっぱいの未熟な両親を励ましてくれるようにニコニコよく笑い、すくすく大きくなりました。たった二日間の入院、生まれたてですぐうつ伏せ寝、生まれる前のベイビーシャワーパーティなどの習慣の違い。どれもこれも驚いたけど、今思うといい思い出です。うつ伏せ寝のおかげで頭の形がアメリカ人みたい。ポニーテールが良く似合う。でも身長が夫と私は高いのに娘は153センチ。「病院で他の赤ちゃんと入れ違っちゃったんじゃないのお?」と時々ぼやく。「いえいえ、あちらでは生まれたとたんから赤ちゃんはずっと母の横にいるんだからそれはありえない。それに少し天然パーマみたいな髪の毛、パパそっくりだよ。」「ふ~ん。」あれから17年、時がたつのは早いです。気持ちとしたら、あのころと変わらないような気がするけど、ふと夫の髪に白いものが混じっているのに気がついて時が過ぎたのを感じる日々この頃です。今日は娘の一番好きなレストラン○○マルクで食事。焼きたてのパンをたくさん食べました。帰りには洋服を選んで喜んでいました。やっぱり女の子だねぇ~。Happy birthday! お誕生日おめでとう! 娘が2歳の時♪
March 3, 2007
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今日は予約しておいた中学校のスクールカウンセラーに会ってきた。やさしそうな先生でいろんなことを打ち明けやすかった。ほとんど私がたくさん話をして、悩み事をたくさん聞いてもらったという形になった。中学校に行けるか、行けないか、まだわからない。でも本人がいけると言ったときの環境を整えておきたいと言った私の気持ちはよくわかってくださった印象を受けた。そのあと、教頭先生にも会った。先週、小学校での中学説明会があった時、中学生活に向けて心配ごとのある方は連絡してくださいと言われたので早々に電話したのだ。小学校からまだ息子のことを説明する前の時点だったので、最初、教頭先生は「?」って感じの印象だった。そうだよねぇ。私だって数ヶ月前はODなんてぜんぜん知らなかったもん。いい人って感じの教頭先生は最後には「ぼくが窓口になります。なんでもこれからも要望があれば、言ってきてください。」「とにかく知らない病気なので勉強させてください。」と私の持っていった起立性のことを書いたA4の紙をしっかりにぎっていた。紙を渡すとき、小学校の校長先生の時と同じく、はずかしい、やめちゃおうかって思った。でも息子のため、病気を知ってもらわなくちゃと今回も勇気をだした。まずは知ってもらわなくちゃいけないから。でもさすがに先週の週末、子ども会の役員の飲み会があったのだけど、すごく楽しく盛り上がってたくさん笑ったあとには、持っていったODのことを書いた紙は渡せなかった。まあ、しょうがないか。できることだけ、やっていこう。はぁ~疲れた。人の前に出て話すことが苦手な私がここまでがんばった。息子が大人になったらほめてもらおうっと。Easier said than done. 言うは行うより易し。 milkが小さいときより100倍も元気があるような気がする(^_^;)
February 28, 2007
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ここ数日、起立性の子どもを持つお母さんのブログをたくさん読んだ。いつも思うけど、その中にいつも私が悩んでいることの答えが潜んでいる気がする。いつも心に留めておきたいと思うものをまとめてみた。1.治療の役割分担・・・病院は体質を治す、母は子どものストレスを軽減し、父は母のストレスを軽減することが仕事これにはすごく納得。ODの敵はストレス。息子自身もODを三ヶ月やっているとストレスで調子が悪くなるのをもう知っている。私もストレスであっという間に倒れてしまった息子をこれまで何回か見た。母は一番近くにいるからストレスが溜まる。それをうまく夫が解消してくれたら母はますますがんばれるだろう。2.心の法則・・・ 心配すればするほど悪くなる心配しないでいるのはむずかしい。考えれば考えるほど心配になってくる。将来のこと、学校のこと、勉強のこと、友達のこと。でも私が心配して小言を言ったり、夫が心配してため息ばかりついていたとき、息子の体調も確かに悪くなっていた。これも当たっていると思う。難しいけど、心の持ちような気もする。なるようにしかならないんだし。3.起立性は最短4年・・・うまくストレスを解消できて4年で治るこれを聞いたときはさすがにショック。すぐに治るものではないとは思ってたけど、息子が高校生になるまで、いやなってもずっとお付き合いしていかなければならない病気なのだ。しばらくひぇ~と思ったけど、今聞けてよかったと思う。覚悟ができるから。そんなに簡単なものではないって。ブログをネットサーフィンするたびに感じる。私と同じ思いの人がたくさんいる。わかる、わかると思うと泣けてくる時もある。病院で辛い思いをした人。悪気はないのだけれど、周りで病気のことを理解してくれてない人に遭遇した人。元気いっぱいに登校する子どもたちを見て辛くなる人。みんな同じだ。たった数ヶ月前には思いもよらなかった息子の不登校。息子の病気。あと三ヶ月後には私の気持ちはどうなっているだろう。あと一年後は?五年後は?考えてみれば、こんなに大きな長期間かかる悩み事を抱えたのは初めてだ。自分の気持ちを上手に操縦しながら、今より少し大きな心の人間になっているといいなと思う。Don't worry about your child too much.こどものこと心配しすぎない。
February 27, 2007
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今日朝、息子の調子がよかったので中学校の制服を買いに行った。息子は小学校1年で買った制服を結局6年生まで着てしまった。二度そでを伸ばしたが、さすがに最近ではそでが短くてかっこ悪い。小学校の卒業式は今日買った中学の制服でもよいとのこと。よかった。まだ大きくて制服が歩いているみたいだけど、つんつるてんよりはいいだろう。まる三ヶ月学校に行っていない息子。制服を買いに行ったお店で男の子の友達に会った。私は知らない子だったけど、お互い照れくさそうに笑ってた。おとなしい男の子同士あんまり話はしてなかったけど、最後息子が帰るときに「バイバイ」って手を振ってくれてた。顔色はいまだによくないけど、結構元気そうだねって思っただろう。明日は担任の先生がPTAの回覧に載る写真を撮りたいと息子をさそってくれた。三ヶ月間ほとんど友達とも会っていない息子は学校に行けるだろうか。最初の時に比べ、かなり調子はよくなってきたがまだ頭痛がしたり下痢したりだるかったりする。でもこの一歩を踏み出してほしいな。3月20日の卒業式を目標に無理せず、学校に顔を出していけるといいと思う。大阪医大の田中先生が起立性は治るのに最短で4年かかると言っているとブログの先輩が教えてくれた。息子は小6なので最短で高1悪くすれば高3くらいになるかもしれない。覚悟を決めなくちゃね。受け入れなくちゃね。無理をすることなく、今できることを一つずつクリアして笑顔で過ごせる日が一日でも多くなること。それが今の私の夢。What's really important now? 今一番大切なことって何だろう? お昼ねku-chan
February 25, 2007
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今日、中学校の説明会があった。3月20日に卒業式があり、息子の学校の6年生77名が卒業する。77名のうち学校に行けていないのは息子だけだ。説明会のような行事があるとあらためて現実を突きつけられるような気がする。知っているお母さんが「どう?○○くん。」とかいつものように聞く。「うん、あまり調子がよくなくて。」と最近の調子を話したりする。「えらいねぇ、明るくしてて。」とか言われるとちょっと悲しくなる。ブログに来て全国的に見れば、ODのお子さんはたくさんいる。学校に行けてない子もいる。でも現実には私の周りにはいなくて、特別な、かわいそうなお母さんに見られている気がする。やだな~ひがみかな~。いつも前向き、明るい人。いい英語の先生。いい娘。いい奥さん。いい母親。365日こんな人間はいないよぉ~今日はちょっと後ろ向き。暗い人。あれ~おかしいなぁ、もうじき生理?まだちょっと早いし。いろんなことがありすぎて、忙しすぎて、自分のことは後回し。これがいけなくてこんな気分になるのかも。犬を回りで遊ばせて一日中、英語の文字を追っていていたい。英語の音を聴いていたい。ラジオ講座杉田敏先生のビジネス英語ずいぶんたまっちゃった。ここ数年で初めてだ。マイク先生のところの英会話も今は休学中。インドアテニスもあきらめた。DVDもずいぶん見ていないな。毎日病院で待ってる母がいる。話し相手のほしい息子がいる。レッスンを待ってる生徒がいる。食事を待ってる家族がいる。子ども会の会計報告もある。長い間じゃないからってがんばってきた。でも私にもそろそろ休息がほしい。楽しみがほしい。これが私の本音かな。楽しいことができたらエネルギーももっとわいてくる気がする。You don't have to be perfect. 完璧な人なんてつまらない。 milkいつも癒してくれてありがとう。
February 22, 2007
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高2の娘がテスト週間に入った。お休みになると朝から晩まで部屋で勉強。中学の時からそうだった。親がなにも言わなくても不安になってやる。時にはそれほどやらなくてもいいのにって周りが心配になる。何でも一生懸命にやらないとすまない性格だ。テニスもがんばっている。最近手首を痛めて整形で痛み止めの薬の飲んでやっている。この間は県大会レベルの試合で初めて3回戦まで行った。県で20位くらいだそう。身長152センチでよくがんばってるなあ。最後の県大会へ出場するとすると5月までのテニス生活。あと3ヶ月全力疾走したいって言ってる。でも、このスピードを私が当たり前だと思うと息子がかわいそうだと最近思う。最初のころに比べ、息子は睡眠時間も減ったし、倦怠感にも慣れてきたのか、頻繁には「だるい。」と言わなくなった。でも息子にとって宿題をやったり、進研ゼミをやったりするのにはすごい体力がいるらしい。調子が悪いときはぜんぜん勉強どころではないようだ。仕事がら娘タイプのよく勉強する子どもたちばかり相手にしている。でも息子のようにゆっくりと前に進んでいく子がいてもいいはずだと思う。決して怠けているわけではないのだから。みんな違っていいと思う。世界が狭くなっていた私にいろんなことを息子の病気は教えてくれているような気がする。私も子育てしながら育っているのだろうか。We are all very different. 私たちはそれぞれ、ちがうんだ。 ku-chanにドッグフードを食べられてかなしそうなmilk
February 21, 2007
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今日、子ども会での最後の行事である6年生お別れ会があった。午前中は中学生の吹奏楽をよんで演奏を聞き、そのあと簡単なゲームをした。お昼は6年生と世話人で焼肉を食べ、そのあと6年生はボーリング大会をやった。この一年、ほんと大変だった。行事の前には準備で毎週土曜に数回世話人で集まる。今回のお別れ会でも大道芸人を呼ぼうか、マジックを呼ぼうか、いろいろ悩んで相談する。やっぱり子どもたちに楽しんでほしい。結局、予算の関係で吹奏楽にしたが、生演奏はとってもよかった。「コナン」や「タッチ」や「たらこ」など小学生が喜ぶものをたくさん演奏してくれて200人弱の子どもたちは騒ぐことなく聞き入っていた。夏には子ども会のドッジボールの監督になってしまい、市の大会までの練習の忙しさで半泣きしたこともあったっけ。でもそれだけの回数会うことで、世話人さん同士とても仲良くなれたし、特にドッジで一緒だった子どもたちともとても親しくなれた。私の顔見ると、「またドッジしたい。」「大会ないけどやろうよ。」とか言ってくる。大きな声でしかったこともあったけど、みんな楽しんでやってた。私は私で子どもたちから息子のために情報を集めようと「今はやってるゲームって何?」とか「好きなアニメのキャラは?」とか聞いちゃう。たいへんだったけど、それに見合ういいことだってたくさんあった。まだ会計報告という大仕事が残っているけど、これで終わりと思うとうれしいけど、ちょっとだけ寂しい気もするなぁ。You'll never find rainbows if you're looking down. Charlie Chaplinもし下を向いたままならば、虹を決して見つけることはできないだろう。 チャーリー・チャップリン どこでも寝ちゃうku-chan☆
February 17, 2007
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今日ひさしぶりに学校に行った。担任の先生、養護の先生、それと今回は校長先生もいらっしゃった。起立性についてと自分の今の気持ちを数日前に書いたA4の紙に中日新聞の大阪医科大学の田中先生の記事とnakkoさんの読売新聞の関西版のコピーをそれぞれ三部持って行ったのでそれを渡した。渡す前は急に自信がなくなって、変な文かな、漢字まちがってないかな、って不安になった。でもここまで来たんだし、せっかく書いたんだからと勇気を出した。校長先生は一言、すごいね、なんか論文みたいだねっておっしゃってた。最近の息子の様子や病院のこと、学校のことなどいろいろ話した。電話でスクールカウンセリングについて聞いておいたのでそれについても情報を得ることができた。私の住んでいる市では週一回中学校にカウンセラーが来るとのこと。さっそく予約もしてくれた。そのほかに有料だがお勧めのカウンセリングの小冊子もくれた。息子には別室登校を希望するならいつでも対応してくれるとのこと。本人の選択肢の一つに入れるように私が話すことになった。今、特に下痢、倦怠感があるので無理かなって思うけど息子にゆっくり話すつもり。私も焦るつもりはない。ただ息子がいつでも動き出せるよう準備はしてあげたい。まだ息子が無理って言ったときも、がっかりせず、また仕切りなおして焦らず待つ母になることが今は目標かな。自分でも思う。母は強しって。息子のためなら何歩でも踏み出せる気がする。All the adversity I've had in my life, all my troubles and obstacles, have strengthened me... You may not realize it when it happens, but a kick in the teeth may be the best thing in the world for you.Walt Disney人生の中で出会った全ての逆境と問題と障害は、私を強くしてくれた。それが起こったときには気付かないかもしれないが、逆境はあなたにとってこの世で一番良いものかもしれない。 ウォルト・ディズニー milkのガムをゲット。人が食べてるものがほしいんだよね。ku-chan☆
February 14, 2007
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今日はバレンタインデー。私たちが子どものころのバレンタインデーとこの頃はずいぶん変わってきたと思う。昔は女の子から好きな男の子へ告白する日。義理チョコも多かったけど、とにかくもらうのは男の子だったような気がする。最近は友チョコ交換が女の子同士ですごく多くなったみたい。娘も昨日50個もの友チョコを作っていた。といっても今年はブラマンジェに挑戦してた。牛乳とコーンスターチと砂糖とブランデーだけなので今年は材料費がずいぶん安く済んだ。あの50個の中に男の子にあげるのがあるといいのだけど、今年はテニスの顧問の先生だけかな。高校生クラスの男の子が先週、オレ絶対今年はチョコもらえないな~義理チョコでもいいからほしいなって言ってた。女の子同士でチョコを渡しあう中、男の子たちはなんかかわいそうな気がする。先月亡くなった父も毎年2,3個女子生徒からもらったと満面の笑みでうれしそうだったな。さあ、バレンタインに縁のない息子に今日はチョコを買ってこよう。最近、おなかの調子が悪くて漢方も飲んでない。調子もよくなく、機嫌も悪い。チョコで元気がでてくれるといいな。あ~~~一番大事なだんな様にあげるの忘れてた。今日朝早くからまた海外出張。ごめんね~帰ってきてからあげるからね~(^.^)/~~~Happy Valentine's day! ハッピーバレンタイン! 一番のku-chanのいたずらはmilkに突進すること。とにかくかまってほしくてたまらないみたいです。いつもアウアウってなんかmilkにしゃべってる。
February 14, 2007
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昨日は子ども会の世話人の集まりがあった。6年生お別れ会の準備のためだ。息子が出れないのにこうして世話人の1人としてがんばっているのもちょっと皮肉な感じ。13人いる世話人さんの中の何人かが「息子さん、どう?」とか「学校、行けてる?」とか聞いてくる。最近の様子を話したり、どんな病気なのか、なるべく話すようにしてる。夕方、幼児から高校生までに英語を教えている中に息子と同じ小学校の6年生が11人いる。その子たちも「先生、○○どうしてる?」とか「よくなった?」とか聞いてくる。一番の暴れん坊のKくんは「○○学校休みすぎ~」とか言う。でもそのたびにわかってもらえるように話している。この間はその子が大きな声で玄関で「○○がんばれよ!」って叫んでいった。ちょっと胸が暖かくなった。私が話すことでわかってくれたんだと思う。まだまだこの病気を知らない人は多いと思う。ひとりでも多くの人に知ってもらうことは大切だと常々思っている。知らない人は簡単に「不登校」のレッテルを貼ってしまうかもしれない。でも行きたくでも体がだるく行けない、がんばりたくてもがんばれない病気があることを知ってほしい。ブログの先輩のnakkoさんが新聞に載ったりして、病気のことを広く知ってもらう活動をしていることはすばらしいと思う。私にも病気の認知のためになにかできないか、草の根の活動になってしまうけど、めんどくさがらず周りの人に話していくことが大事だと思う。こういう自分の気持ちを昨日A4の紙いっぱいに書いた。これをうちに来ている生徒さん80人と子ども会の世話人13人、そして学校に持っていって先生たちに読んでもらおうと100枚プリントアウトした。先のことはわからない。でも今この瞬間にできることを積み重ねていきたい。Tell people today what you think. あなたの思いを伝えるのは今日。どこから拾ってきたの?そのガムテープ。
February 11, 2007
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今日、今まで行っていた心療内科の予約を断って、そこでの治療を続けていかないと病院に連絡した。看護婦さんが急になぜって感じで質問してきた時、今まで溜まっていたものがわっとでてきて思わず涙声になりそうになって急いで咳払いをしてごまかした。遅く帰ってきた娘に心療内科で今まで言われたことを打ち明けた。起立性についてネットでたくさん調べて治った症例を持っていったとき、そんなのよい結果しかのせていないと言われたこととか。また小児科の先生のところにもどるわけにはいかないかと聞くと、K先生はこういう患者(息子のこと)を自分が見るのがいやでこっちにまわしたんだから、いやがるに決まってるとか。起立性の指針(大症状とか小症状とかあるやつ)なんてまともに参考にしてる医者なんて今はいないとか。本当に起立性で問題がある人なんてごくわずかでほとんどが心の問題をかかえてるとか。すべての言い方がこれまた冷たかった。「よくお母さんがまんしたね。そんな医者絶対変だよ」という娘。私自身も一番最初からいやな感じを受け、病院から帰るたびにどっと疲れて落ち込んでた。でもまったく治療をやめてしまうことが怖かったんだと思う。毎回その先生のいいところを探そう、探そうってしてた。でも行くごとにやっぱり無理だ~と思った。 最初は近所のクリニックから市民病院の小児科へ。そこから同じ市民病院の心療内科にまわされた。私自身、すぐに治してほしいとは思っていないのに。良くならないから次々にまわされて信頼できない医者のところに来てしまった。私は多くは望んでないのに。ほんのちょっとの励ましとアドバイスがほしいだけなのに。中日新聞に載っていた大阪医大の田中先生の言葉、「子どもには体のつらさを一緒に治そう。」親には「時間はかかっても必ず回復するので、焦らず子どもを信じて。」そう言ってくれてどんとかまえてくれているだけで私はきっと100倍も元気が出ると思うのにな。どうして近くにそういう医者がいないんだろう。Life goes on. (辛いこと、悲しいこといろいろあるけど) それでも人生は続く、なんとかなるさ。 ティッシュで遊ぶいたずら好きのku-chan
February 8, 2007
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息子がこの病気になっていろいろアドバイスをもらうなかにハンドパワーっていうのがある。このハンドパワーって気功と同じものなのかどうかはわからないが印象としてよく似てる。父のお葬式のとき、息子が目の下にくまを作ってがんばって参列しているのを見て、義理のおばの1人がもしよかったら、ハンドパワーをやってあげたいと言う。息子が1人で控え室で休んでいる時声をかけたが、あやしいおばさんに思われるので私と一緒にいるときに一度試してあげたいと言ってくれた。私自身は息子が楽になるならとハンドパワーでもなんでもやるとわらをもつかむ気持ち。息子はそんなんで治るわけないと言っている。その他の周りの親戚が心配する。そのハンドパワーはいつかは自分も力をつけないといけなくて、そのためには七十万もかかるのだそう。違うおばが葬儀の合間をぬってそう教えてくれて気をつけなくちゃいけないよって言う。みんな立場は違うけどそれぞれ心配をしてくれている。もう1人知り合いにハンドパワーで力をつけた人がいる。その人もこの間電話で勧めてくれた。ぜんぜん信じてないわけではないけどあやしいような気もしないでもない。やってもらうだけで自分が力をつけなくてもいいってわけにはいかないのかな。その子はそれでいいんだよって言ってるけど、今いろんな怪しい詐欺が多いから簡単には信じちゃいけないような気もする。とりあえず、整体は続けることに決めた。心療内科は先生が信頼できないからやめることにする。信頼できる小児科をまずは探すことにしよう。ハンドパワーはまだいいや。でも選択肢にあることだけは頭に入れておくことにしよう。A drowning man will catch at a straw. おぼれる者はわらをもつかむ。 日ごとにいたずら好きになるku-chan次はなにやろうかなぁ♪
February 6, 2007
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最近は家では調子がよい息子も三学期が始まった直後はなかなか起きられなくて倦怠感もひどく調子が悪かった。その様子から新学期も学校にいけそうもないことで夫がよくため息をついていることがあった。息子のことを心配しすぎて夫までも体が悪くなってしまうのではないかと心配した。うんうんうなってる息子の近くにいる夫に「あんまり近くにいるとパパの調子が悪くなっちゃうかもしれない。ちょっと違う部屋にいたほうがいいかも」と夫に言ったことがあった。その次の日、息子に泣きながら言われた。「自分の近くによると病気になるなんてこと言わないでほしい。」って。「ぼくだってなりたくてこの病気になったわけじゃない。」「自分のことをおとうさんもおかあさんもそんなに心配しないでほしい。」って。息子を傷つける気持ちはなかった。夫の体を心配するあまり、息子がいるのに言ってしまった言葉。反省してあやまった。初めて病気のことについて息子と話せた気がして泣けてきた。そうだよね。なりたくてなったわけじゃないよね。学校だって行けるものなら行きたいよね。学校へ行かなくてもいいとは言わない。でも無理せず、行ける体になるまで息子の側にたって守ってあげる。見守ってあげる。いつかは治る。絶対治る。それまで一日でも多く笑顔でいられる日があるといいな。Your smile makes me happy. 君の笑顔で幸せになれる。 最近忙しくてぜんぜん毛の手入れしてないのにいつも毛並みのいいmilk
February 4, 2007
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どうして立て続けにいろんなことが起こるんだろう。今日、夕方私の姉から電話があった。病院からだ。椎間板ヘルニアで今日の朝、今度は姉が救急車で救急病院に運ばれたそうだ。二日前、夕方母を見舞ったときに母が立ち上がるのを支えて腰を痛めたのだ。今朝になって身動きできなくなったらしい。父の49日とか、お寺のこととか、仏壇のこととか、お墓のこととかすべて姉に頼っていた。私はとにかく母の世話をと思っていたから、これからのことを考えると不安だ。どうなるのだろう。母はまったく食が通らない。今日も点滴をしていた。とにかく力が入らなくてだらだらになっている。考えてみると息子が一番ひどかったときの症状にとても似ている。医者ではないのでよくわからないが、心理的なことから来る自律神経失調症だと思う。父が亡くなった日、私と姉は大泣きしたのに、母だけは泣いていなかった。今になって泣いて泣いて目がただれてきたと言う。かわいそうで見てられない。連れ合いを亡くすってこういうことなんだ。でも私がここで倒れたら、全滅になってしまう。絶対負けない。どんな運命にも。必ず光は見えると思う。息子のことも、母のことも、姉のことも。The darkest hour is just before the dawn.もっとも暗い時間は夜明け前である。(闇から突然夜は明ける。)
February 2, 2007
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今日始めて息子を整体に連れて行った。ネット上で起立性の子達が整体に通っていると言う話を聞き前から興味はあった。近場の整体をネットで検索し、予約の電話をした。そこで息子の状態を軽く話しておいた。とてもいい感じの電話での対応だった。10時から1時間以上もていねいにマッサージとストレッチをやってもらった息子。終わったあとはほんのりほっぺたがピンクに。顔色のよい息子をひさしぶりに見てうれしかった。以下がマッサージをやってもらいながら先生に指摘してもらったこと。もちろん知っていることもあったけど、息子の体の特徴や、姿勢のことなど初めて知ることもあり勉強になった。1、血液の流れをよくするため、足に筋肉をつけること。足指体操(グーパーを繰り返す)足首体操(ぐるりと回す)立ち上がれるときはかかと上げ体操。寝ながら足上げ体操。悩んでいる成長痛も筋肉をつけることでよくなることもあるそう。2.食べ物では、塩分、鉄分、たんぱく質、水分を摂る。太ることも大切だが、脂肪をつけるより筋肉をつけて太ること。3、自律神経を活発にするために、部屋の温度を調節しすぎないこと。服などを着たりして調節する。調子のよいときに軽く運動して汗をかく事が大切。4.息子の体のこと。息子は特に体が固い。あまりに固いのも不健康の元。軽いストレッチが必要。また猫背はよくない。頭に血液がいくのを妨げる。あごをひいて頭を背骨の上にのせるようにする。顔を前に出さないほうがよい。息子の体をいろいろチェックしながら、いろいろアドバイスをしてくれた。また大きく息を吸ったりはいたりできるので今は心理的不安とか、うつ状態はみられないとのことだった。印象として息子の病気(OD)のことをとても熱心に調べてくれた感じがした。心療内科の先生の的外れなアドバイスよりとてもためになったと思う。とにかく、一歩また前に進んだ気がする。保険がきかないのでそんなに頻繁には通えないけどこれからも続けていきたいと思う。とりあえず月二回くらい行こうと思っている。Health is better than wealth. 健康は富にまさる。 息子の読んでる伝記まんが。昼寝する場所がなくて不満のmilk。
February 1, 2007
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母が心不全で救急車で運ばれ、救急病院に入院してから三週間がたった。入院したころは比較的、元気だった母も最近はめっきり元気がない。もちろん長年連れ添った夫を亡くしたこともあるし、自分の体もまだとても辛いからだと思う。救急病院は心不全が落ち着いたということで出ることになり、今は私の家から20分の病院に入院中だ。午前中、ほとんど毎日行くようにしている。体がつらく、入院しているから悪いほう悪いほうに考えてしまうんだろうか。弱音をよく吐くようになった。母の望みは自宅に帰ること。でも今のままではとても無理。姉が一緒に住んでくれるにしてもフルタイムで教師をしているから昼間は1人。でも何をするにもとても1人じゃ無理な状態だ。私の家で息子の部屋に母を連れてこようかと考えたこともある。でも階段だらけで二階にあがるのはとても無理だし、母自身も毎日何十人も生徒さんが来るところでは休まらないと言う。病院を転院したころには伝え歩きでトイレにも行けたのに、ここ数日あまり食欲がないためか手足に力が入らなくて立ち上がるのもたいへんそうになってきた。なんとか早く元気になってもらいたい。息子のように楽しいことを考えるようにしなくちゃ。最近、息子は家では調子がいい。ペットセラピーの効果絶大なようだ。犬と戯れて笑顔が多く見られる。母も好きなことがあるといいのにな。趣味があまりないからなあ。Laughter is the best medicine. 笑いは最高の薬。 たまご・・・ナメナメ☆
January 31, 2007
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この二ヶ月半、息子は何度も病院に行き、たくさんの検査をした。苦い薬、大きなカプセルの薬も飲んだし、ホルモン検査のため多量の血も採った。ふらふらしながら起立性の試験もやったし、アレルギーテストもした。頭が痛くなるような音がうるさいMRIもやったし、知能テストも受けた。漢方薬をネットで注文し、杜仲茶、チェダーチーズがいいと聞けば探して買った。血圧計も買ったし、ラジオつき目覚ましも買った。この二ヵ月半、健康な子どもが経験しないいろんなことをしてきた。息子の体を少しでも楽にしてあげたいってわらをもつかむ気持ちでいたと思う。なにがよくて、なにがいけないのかいまだによくわからない。でも息子と二人でカプセルに漢方薬をつめたり、病院の待合室でトランプをやって過ごしたり、一緒に昼ごはんを作ったり、犬の世話をしたり、病気になる前よりずいぶん私と過ごす時間がふえた。背はもう娘に追いつきそうになってきた。体重も相変わらず軽いけど、最近は順調にふえている。いいほうに向っていることはまちがえなさそう。でもまだ先は長いだろうな。卒業式にいけるかなとか、中学どうなるだろうなんて考え始めたら悩みはつきない。とにかく今できることを一つ一つこなしていこう。来週は心療内科と整体にも行ってみようと思う。今のところ、息子は嫌がる様子はない。今、この瞬間を大切にして生きていきたい。Learn to live in the present moment. いま、この瞬間を生きる。 いつも息子にだっこされてるku-chan。動くぬいぐるみ状態です。
January 28, 2007
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今、7人の高校生に英語を教えている。7人中6人はうちで習い始めて10年目。10年前は小1と小2のかわいい子たちだった。腕白坊主で困った子もいつのまにか私の背をぬき、低い声で「先生」と私を呼ぶ。時がたつのはほんと早い。7人とも進学校に行き、毎日勉強でたいへんだ。毎週金曜日、10時にレッスンは終わるのだけどみんななかなか帰らない。「先生、おれ受験だめそう。」とか「理系選んだのまちがえだったかも。」とか「なかなかクラスの友達になじめない。」とか「テスト悲惨だった。」とかいろんな悩みを打ち明けてくれる。時にはいいニュースも。「長距離でいい記録が出た。」「英語のテストよかったよ。」「好きな先輩と話せた。」などなど。どんな子にも悩みは大なり小なりある。みんなせいいっぱい生きているんだなって思う。ときにはあんまり追い詰めないで、ゆっくり休んだらなんてアドバイスしたら、「先生そんなこと言ってたらどんどん置いてかれちゃうよ。」なんて注意される。みんな精神的にも強い。そんな彼らのいい先生でいられるよう、私自身ももっともっと勉強しなくちゃって思う。いつまで彼らの先生でいられるかな。来年度から4人は大学受験生。それでも来年度もうちにきてくれるという。ありがたいな。遠くの大学にいく子もいるだろう。来年度が最後になるかもしれない。さみしいけど、出会いがあれば、いつかは別れがある。それまでせいいっぱい私の知識を彼らに伝えていこうと思う。Treasure every encounter. すべての出会いを大切にしたい。 まんまるmilk。最近は息子に「カビゴン」とか「どすこい」とか「横綱」とか呼ばれてかわいそぉ。でもku-chanと比べるとでっかく感じるの~。
January 26, 2007
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私が小学校低学年の時に書いた作文を母がとっておいてくれた。亡くなった父にその作文を送ります。急に過去形になったり、助詞がおかしかったりしますがそのまま載せます。 おとうさん わたしはよくおとうさんとじゃんけんをします。みかんをならべてじゃんけんでかったらひとつずつとっていきます。わたしはみかんがおおきいときいしょうけんめいやります。みかんがないとき十かいしょうぶをしています。おとうさんがかつときがおおいけどおとうさんはまけるとすぐに「しまった。」とでこを手でたたきます。 おとうさんががっこうへいくとき(父は教師でした)わたしは「いってらしゃい。」といいます。わたしはおとうさんがかえってくるとすぐにはしっていきます。そして「おかえりなさい。」といいます。かばんをもってあげておとうさんのへやでおきます。おとうさんがかえってくるとすぐごはんにしました。けどおとうさんはつかれているのではじめには、おちゃをのんでからごはんにしました。 ごはんがすむとおとうさんがニース(ニュース)をみるのでわたしとおねえちゃんが「けっち。」というとすぐかえてくれます。そしてわたしとおねえちゃんがおもしろそうにみているとおとうさんはしんぶんをみます。だけどわたしたちはしらんかおしているとしらんまにおとうさんがじぶんのへやにいってしまいました。かわいそうなのでいってみました。そうするとおとうさんはよろこんだようになります。わたしが「じゃんけんやるまい。」(方言 じゃんけんやろう。)といいました。そしてじゃんけんをします。先生のコメント:よくおとうさんをみていましたね。おとうさんのようすがいきいきかけています。この作文を書いたことは覚えてないけど、父とよくじゃんけんをしたり、はさみ将棋をしたり、オセロをしたりしたことは覚えています。しかられた記憶はあまりなく、遊んでもらったことばかり思い出します。今頃天国で私たちを見ていることでしょう。今はまだ入院中の母、起立性の息子のこと、優しく見守っているような気がします。I have had the good fortune to surround myself with some very relaxed,peaceful, and loving people.私は幸運にも、とても穏やかで平和的で愛情ある人たちに囲まれて生きている。 おりられないよぉ
January 24, 2007
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お通夜、葬儀が無事終わった。葬儀屋さんで行ったのだけど、主催する側がこんなにも大変だとは思わなかった。すべてが初めてのことで姉と二人でここ数日間駆けずり回っていた気がする。悲しみに浸るひまもなく。救われたのは父が穏やかな顔をしていたこと。亡くなるその日まで好きな短歌を書いていたし、好きな相撲もみたいって言ってた。もちろんひどい骨折でつらかったのだろうけど、薬が効いていたのか、つらい症状を私に見せまいとしていたのか、私には一度もつらいとは言わなかった。着替えのときはつらいって言ってたけど。体の中の酸素が少なくなり、そのまま意識不明になり、ひどく苦しむこともなく逝った父。心不全と診断された。いつもの優しい穏やかな顔で今にも話しかけてくれそうだった。お通夜の晩、姉と私と息子とそして父と葬儀屋さんにそのまま泊まった。夜中三時におなかがすいて、おすしの残りとおまんじゅうを父の隣で食べた。父に話しかけながら。不思議と父だと思うと見守ってくれている気がして少しも怖くなかった。むしろうれしかった。母は葬儀だけ、病院から外出許可をもらって参列することができた。息子もお通夜の半分とお葬式はほとんど参列することができた。姉のお通夜と葬儀の挨拶には、父の書いた日記が読まれた。私、孫4人を初め、親戚のほとんど、参列者のほとんどが泣いていたそう。みんなに好かれていた父。晩年は耳が遠くなり、寂しそうだった。もっと話し相手になってあげればよかった。もっと娘と息子を連れて頻繁に遊びに行けばよかった。ごめんね。父の娘に生まれてよかった。 おとうさん、ありがとう。
January 21, 2007
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mintさん、fateさん、Iku*さん、ひままたさん、その他ブログを読んで心配してくれた皆さん、ありがとうございます。心配かけてます。一人一人にコメントのお返事ができなくてごめんなさい。今日お通夜で明日葬儀になります。母も入院中なので姉とおばと私で走り回ってます。忙しくて泣いてるひまはないですね。まる一日中留守にしている間犬たちの世話を息子がやってくれています。主張先から夫が大急ぎで今日帰ってきます。娘もごはんのことなどやってくれてます。今日から私だけ泊まりで行きます。息子がきちんと起きて土曜日のお葬式に行けるか心配です。でも亡くなるその日まで一番小さい孫の息子のことを心配していた父。息子と二人でSLを見に旅行に行きたいってずっと言ってた父。筆まめでよく孫たちに手紙をくれた父。実家に遊びに行くと必ず碁と五目並べで息子と遊んでくれた父。おじいちゃん、待っているから、、、行けるといいと思います。
January 19, 2007
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今日、父が亡くなりました。最後まで家族、孫たちのことを気遣ってくれてた。午前中、私が面会した時はまだ大丈夫だったのに。今日の午後3時から足の手術の予定だった。その前に急に容態が悪化して私は間に合わなかった。午前11時帰り際にいつものようにおじいちゃんがかけてくれた言葉。「気をつけて帰れよ。」自分の体の方がよっぽどつらいのに、、いつも優しかった父。さようなら。He was the kindest man I've ever known.私の知る人の中で一番やさしい人だった。
January 17, 2007
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私が今の仕事を始めてからちょうど今年で10年目だ。10年前、自分が英語を学ぶのに必要なお金を生活費から出すことに気がひけてそのくらいは稼がなくてはと始めた仕事だった。近所の子供たちに夕方自宅で英語を教えること。こんなにたいへんだと思ってもみなかった。毎年どんどん生徒さんが増えて9年目を迎えた去年は90人を超えた。毎週90人の子供たちが我が家を訪れる。英検の前に時期になると120人の生徒さんが我が家へ。夫が言う。こんな普通の家に訪れる人数じゃないって。忙しい、忙しいって言いながら私は多くの生徒さんとかかわれることがうれしかったと思う。でもその代わり毎日4時から9時まで(時には10時まで)教室として使っている部屋に閉じこもりっぱなし。45分間晩御飯を食べる時間はあるけど、作りおきしたおかずや買って来たお惣菜を急いで出して食べる毎日。息子にも娘にもそして夫にもずいぶん迷惑をかけたと思う。でも来年度から新しい生徒さんはいっさい受け入れないことに決めた。一時期、私が一番凹んでいたときもう仕事もやめなくちゃならないかって考えたことがあった。そしたら生徒さんたちの顔が浮かんで涙が止まらなくなった。いたずら坊主やおしゃべり娘の生徒さんたちでもかわいくてたまらない。でも今が転機だと思う。神様が自分の家庭を大事にしなさいって言っているのだと思う。無理することなく、少しずつ生徒さんを減らしていこうと思う。でも息子とかかわる時間があまりにも多くなっても息子も監視されてるみたいでいやだろう。だからほそぼそと仕事は続けながら息子とかかわる時間を増やしていこうと思っている。今から10年後はどうなっているだろう。そのころにはしっかり病気も治り、自立した息子を見ることができるのだろうか。 普段はサークルの中でいい子で寝てるku-chanLife is a test. It is only a test. 人生はテスト。ただのテストにすぎない。
January 16, 2007
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母が三日前に入院した。心不全だ。昨日父を連れて病院に行った。そのときは比較的元気に話ができた。でもその日の朝、入院中、意識が飛んで初めて電気ショックをやったと話してくれた。苦しかったに違いない。でも母はすごい。そんなときでもユーモアを忘れない。今度の主治医はジャガー横田のだんなさんにそっくりだったと教えてくれる。あの強さは見習いたいと思う。母と父は二人暮し。母が入院したことで気落ちした父をおいて家に帰った。私の家から実家まで車で45分くらいかかる。夕方姉から電話。今度は父が自転車で転んで足を折ったという。よく聞くと反対側に足が曲がっていたぐらいひどいけがで救急車で運ばれたそう。そういうわけで今、父も母も同じ病院に入院中だ。第三者のように冷めた気持ちで日記を書いた。そうしないとつらいから。すべてがうまくいかない、大変なときって人生にはある。今日また病院に行ったとき、両親は今自分たちのことで大変なのに孫の○○(息子)のことも気にかけてる。「冬休み過ぎて学校に行けたか」って。心配させないためにどれだけ「行けたよ」って答えたかったか。でもいつかはわかってしまうから正直に「まだだよ。」と答えた。しかたないよね。病院帰りに姉と実家のかたずけをし、両隣にあいさつをして帰ってきた。家ではmilkとku-chanの世話をしてくれた夫と息子。家に帰ってきてほっとした。あしたからは夫は二週間の出張。私は自分の体を大切にしながら、仕事、病院の行き来とやっていかなくちゃね。私がいない間は息子が犬たちの世話をしてくれると思う。いつかは出口がある。それまでいろいろがんばらなくちゃ! 枕の間で寝るのはあったかくて気持ちいい。"Will this matter a year from now?" 一年たてば、すべて過去。
January 13, 2007
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昨日から三学期が始まった。冬休みは7時から9時くらいに起きてたし、一度息子のほうから「早く起きれるようになったので学校行けるかもしれない。」なんて言ってくれたので少し期待してた。でもやっぱりだめだった。そんなに簡単に行けるようになるんだったら悩む必要ないもんね。冬休み中はふらふらしながらも、宿題の算数プリント、漢字プリント、日誌、習字と少しずつ全部こなせた。前の日も私が「一応時間割もしておいたら。」というと素直にやっていた。でもね、やっぱり行けない。朝、声かけしても意識がないくらい寝てる。このODという病気、睡眠障害もある。私自身はこの二ヶ月、ネットでたくさん検索したり、同じ病気のお子さんを持つお母さんたちの経験上の意見などを知るうちに、「焦らず、子供を信じて待つ。」ことが大切なんだって少しずつ思えてきた。でも夫と娘は違う。息子に怒って意見するわけではないけど、私にはこう言う。娘「このまま休ませてて○○くん(息子)のためになるのかな。」夫「学校になんとかして一度行かせるようにしたほうがいいのじゃないか。」娘「冬休み調子がよさそうだったのに、急に悪くなるなんてやっぱり精神的なものだよ。お母さんいやだろうけど、受け止めなきゃ。」夫「家にいるだけじゃ、体力使わないでますます悪くなっちゃうんじゃないか。」わかってる、わかってるよ。そんなこと。この二ヶ月何回も私だって思った。でも私しか知らないことだってある。調子よさそうにみえるけど、病気になってからずっと下痢気味なんだよ。洗濯物一日に息子のパンツ三枚くらいあるときもあるんだよ。夜だって10時に寝に行ったって不眠で寝れないんだよ。ちょっとだけでも私が学校の話をするとくねくねになっちゃうんだよ。得意だった算数だってこの病気になった11月からやると頭痛がするときもあるんだよ。自分だって息子に小言を言うときがあるくせに、夫と娘に少し言われただけでものすご~く息子側に立っている自分に驚く。でも絶対怠けて学校に行ってないわけじゃない。それだけはわかる。だから私は夫と娘を少しずつ説得しながら、息子が動き出すのを待ちます。 息子の足を枕にして寝るku-chanOnly you can make yourself happy. 自分を幸せにできるのは自分だけ。
January 10, 2007
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今日は寒い。雪かみぞれか雨かわからないものが降ってる。部屋でファンヒーターをつけててもなんか寒い。犬とくっついてソファでじっとしてるといつのまにかうとうとしてたりして、、、。この冬休み運動しないでじっとしてるのに、しっかり食べるのもは食べちゃってる。体重計にのるのが怖い。外食も多かったしな。反省。でもお休みも今日までだ。明日から仕事が少しずつ始まる。準備もしておかなくちゃいけないのだけど、頭が完全にお休みモードになってて切り替えるのがたいへんそう。火曜日からは娘のお弁当も始まるからまた五時半起きだ。火曜日から息子の学校も始まる。行けるのか、どうなのか見当もつかない。行きたい気持ちはあるみたい。自分でも体の調子がよければって言ってる。私はまだだめだろうなあと思う反面、行けるかもって期待してる自分がいる。でもまだ行けなければ焦らず、落ち着いて待ってあげよう。今日は漢方薬を二人でカプセルにつめた。最初は大きすぎて飲めないよと言ってた息子。でも最後には飲むことができた。ついこの間まで少しでも大きい錠剤は飲めなかった息子なのに。がんばってた。本人も体がつらいのを治そうってしてる。私も息子も毎日、毎日後戻りしながらも少しずつ成長してる。 じっとお座りしたまま首をかしげるku-chan何考えてるの?Gentle,relax people can be high achievers.成功はあせらない人にやってくる。
January 7, 2007
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我が家には去年買った息子用のNINTENDO DSが一台だけあった。基本的に家族全員ゲームは好きなほうだと思う。でも娘は部活、勉強で忙しく、夫も出張が多く家にいないのでできない。私も最近はぜんぜんやっていなかった。でもこの冬休みDSを買い、家族でできるようにソフトもいくつか買った。それまでは息子のポケモンパールだけだったけど、今は「脳を鍛える大人のDSトレーニング」「もっと脳を鍛える大人のトレーニング」「大人の常識力トレーニング」「英語漬け」「英単語1900」がある。最後の二つは私が英語関連の仕事をしてるので役に立つかなと思ったけど、いまいちかな。娘の英語勉強には役に立つと思う。一番はまったのは「脳トレ」と「もっと脳トレ」。まだ数日しかやっていないけどおもしろい。自分の得意分野、苦手分野がわかる。得意なのは計算。そろばん習ってたわけじゃないんだけどね。主婦だからかな。苦手なのは記憶するもの。現役の娘にはぜんぜんかなわない。でも診断のあと「あなたの脳年齢は24歳です。」とか出るとうれしくて、うれしくて。見た目が若く見えると言われているわけではないんだけどね。今のところ毎日トレーニングしてます。そのうちあきちゃうだろうなあ。でもほんとに脳、若返るかな。息子も宿題の計算はいやなくせに脳トレはやっています(^^;?冬休みもあと三日、学校が始まると心配事もまたふえてこんなにのんきにはしてられないだろうなあ。私の仕事も来週から始まるし、、、いろいろ考えず今を楽しもう♪成犬のmilkをku-chanが追いかける姿が家族の笑いをよびます。milkをお母さんだと思っているku-chan。追いかけられるので逃げるmilk。けんかすることもなく、かわいいおにごっこが毎日見られ、早くも笑顔と幸せを運んできたku-chanです。Carpe diem! 今日を楽しもう!
January 5, 2007
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子犬が来て三日目。今日、milkとku-chanが顔を合わせた。といってもワクチンが三回すむ2月までペロペロとはさせないほうがいいようなので同じ部屋にいただけなんだけど。milk.....最初は「ウーウー」威嚇してたけどそのうちなんか小さい変な生き物がいるなって感じで横目でみるだけ。子犬が「クーンクーン」となくと「ワンワン」と同じように吠える。思ってたよりは怒ってない感じ。早く慣れてくれてku-chanのお母さんみたいになってくれるといいんだけど。ku-chan..... milkがたまに吠えてもへっちゃらって感じ。とにかく犬でも人間でもいいから相手してほしいって感じでくんくん言ってる。甘えん坊で大物って感じかな。まだ三日じゃわからないけど。犬二匹の生活が始まったばかり。幸せ倍増計画がはたしてうまくいくかどうかわからない。でも今日二匹にそれぞれのえさを与えて、食べているところを見たら、胸があったか~くなってきた。息子も同じ気持ちみたい。両方とも変わりばんこにかわいがってる。「だるい」って言葉が今日は一回もでなかった。「だるだる星人」卒業できるかな?ku-chanは息子のひざで。 milkは私のひざで。You always feel good when you are needed. 必要とされる、、、それだけで気分がいい。
January 2, 2007
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昨日は大晦日。戌年最後の日。新しい犬を迎えることになった。犬好きの私はずっと前から二匹目がほしいと家族に話していた。そのたびに夫「世話が大変だぞ。」娘「milkで十分。」息子「milkがやきもち焼いちゃう。」と反対され続けてきた。確かにmilkはトイレは完璧、私の仕事が忙しくてもそれほど困らない。でも新しい命を迎えるとしたら、それ相当の覚悟が必要だと私自身も思い、何度も考え直してきた。でも息子が調子が悪くなってから、ほんとに私と息子はmilkに救われた。もし二匹になったら、もっと救われるかも?息子が元気になるかも?早起きになるかも?話題がふえるかも?笑顔がふえるかも?起立性が少しはよくなるかも?いろんなことが私の頭の中をかけめぐった。悪いほうに展開することだってありえる。milkと仲良くならなかったら?私がストレスがたまって子供にあたっちゃったら?子犬が病気になっちゃったら?でも悪いほうばかり考えてたらきりないもんね。とにかくなんでもいいから息子の病気のためできることはなんでもやりたい。その一つが犬が大好きな息子に子犬の世話をさせること。ku-chanが来る前は絶対にmilkばっかりかわいがると言ってた息子。今は両方ともかわいいねと言って子犬も優しくだっこしている。私の直感はたして吉と出るか凶とでるか。あしたおみくじでもひいてこよ。 わたち、まだ二ヶ月。よろちく☆Cherish the small life. その小さな命を大切に。
January 1, 2007
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病院から帰ってくると毎回どっと疲れる。我が家へ帰ってきたときに真っ白なふわふわの物体が尻尾をふりふりさせながら、うれしそうに飛んできてくれる。疲れが一気に吹っ飛んでいく気分になる。息子も私もそれでずいぶん救われた。milkを見ていると、大切なのは物でもなく、お金でもなく、好きな人と一緒にいることなんだって教えてくれる。あたりまえのことなんだけどね。5年前、犬を飼うため夫を説得するのに一ヶ月かかった。一番のネックは家族旅行に行けなくなること。でも娘が中学生になり家族旅行より部活を選択するようになったので私の願いが通り、milkが我が家の一員になることができた。あんなに反対したのに今では夫もmilkにめろめろ。今日近くのホームセンターのペット売り場にクリームのちびポメラニアンがいた。かわい~ちょうど5年前milkもこんな感じだった。私の「二匹目飼いたい病」がまた始まりそう。名前ももう決まっている。「みるく」を反対から読んで、「くるみ」のくーちゃん。娘が一言。「みるく」と「くるみ」?漫才でもやらせるの?だって! やせれば、この下くぐれるかなぁ。milkが自由に動き回れる場所は一部屋(リビング、キッチン、ダイニング)のみ廊下より先は行けないのでした。Don't accept your dog's admiration as conclusive evidence that you are wonderful.飼い犬が示す敬慕の念を、自分がすばらしい人間であるかのように思わないこと。
December 30, 2006
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昨日と今日とせっかく書いた日記が消えてしまった(T_T)。昨日はmilkとドラえもんのぬいぐるみと一緒に撮った写真をupしたんだけど、ふとお風呂に入ってて著作権とかあるのかなと不安になって削除した。写真だけ削除するつもりがせっかく書いた日記まで消えてしまった。今日は日記を書いた後にカテゴリーをふやそうと思ったらいつのまにか日記まで消えていた。ほんとPC音痴で戸惑うときもたびたびある。いまだにお気に入りのブログが入れられないし、、、(^^;今日から夫はお休み。私も1月8日まで冬休みだ。娘はこの寒いのにテニスの試合。朝早くから出かけていった。雪もちらちら降っている、風邪ひかないといいけど。息子は最近調子がいい。「だるい」と訴えてくることが少なくなった。冬休みなので、学校を休んでいるという心配事がないからかな。今朝も病気になってから初めて7時に起きてきた。本人が「朝、起きられるようになったので学校行けるかも。」とうれしいことを言ってくれる。でもあんまり期待しすぎるとあとでがっかりするのはいやなので少しだけ喜んでおこう。もう今年も残り少ない。家族で楽しく平和に過ごせるといいな。 今度は何であそぼうかなぁ☆Have a nice winter vacation! 楽しい冬休みを過ごそう。
December 29, 2006
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昨日に引き続き、今日も続けて病院へ。今日はMRI検査だけしてきた。一応調べておいたほうがいいということ。特に問題がなければ今度の診察まで連絡はないとのことだった。息子はいやがることもなく、ドクターの言うことは素直に聞く。最近倦怠感の程度が軽いので病院に連れて行くにも苦労がなく行ける。よかった、よかった。息子が検査している間、小児科の看護婦さんに相談にのってもらった。このまま心療内科で治療を続けるかどうか迷っていること、小児科で再び見てもらえるかどうか、また違う病院を紹介してもらうこともできるかなど、今私が思っていることを正直に聞いてもらった。看護婦さんから小児科のK先生に少し聞いてもらえるとのこと。心療内科のS先生は月二回程度しかこないので次の検診のときに私自身が聞くということになった。この小さい町ではたして自分と息子にあったドクターがみつかるか、ODに詳しい病院があるのかちょっと不安はある。新幹線で一時間かけて東京とか大阪とかのOD専門の病院に行こうかとも思う。でもそこまでしてもすぐに治る病気ではないと思うし、、、思案の毎日です。 お姉ちゃんのジャケットの上、気持ちいい(-_-)zzzTrust your intuitive heart. 直感を信じる。
December 27, 2006
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この間の心理テストの結果を聞きに市民病院の心療内科に行った。期待しすぎちゃいけないと思いながらもそのテストから息子の深層心理がわかるかもと思っていた私。今週の調子を聞かれたあといよいよテスト結果が、、、S先生の最初の一言はS先生「漢字が苦手なようですね。」(へっ?そんなこと知ってるよ。終わったあとめんどくさいからほとんどひらがなで書いてきたって本人が言ってたもん。)その後に続く言葉を待つ、、ない、、でこちらから質問。私「先生、テスト結果は?」S先生「内容はお母さんには言えないので。」(いえいえ内容でなく診断結果を知りたいんです。)私「で、テストからわかることは何か?」S先生「なにかこだわっていることはありそうです。」結局、S先生はそれ以上テスト結果については言うこともなく、そのあとの会話で息子の様子から「うつ病」でもなく「解離性障害」でもないようだという言葉は聞けた。今度はMRIをとる事、その後は知能テスト、その他の心理テストをこれから行うとのこと。このままずっとこういうテストを受けてけばいいのか。息子に心療内科がほんとうに必要なのだろうか。今私がこうして日記を書いている最中、息子はああ疲れたといいながらもクリスマスが終わって三割引になった綿菓子をうれしそうに食べてる。心のケアが必要なようには見えない。心が病んでいる子供が母の前で笑えるだろうか。同じ病院の小児科に通っていたときにK先生に言われた言葉。「昼夜逆転になることをなるべく避けること。」「ゲームは時間を決めて一時間以内。」「ストレスをためないこと。」「血圧を上げる薬を朝晩飲むこと。」これを一生懸命守っている息子。そうすれば体が楽になると信じてる息子。前のK先生の方が私にも息子にも合ってたような気がする。ほんのちょっとのアドバイス、ほんのちょっとの励ましがほしいだけなのに、診療内科のS先生は私が悩みをこぼすと先週も今週も明らかに話を変える(T_T)今回はっきりとわかったこと。心療内科はカウンセラーではないので親の悩みは聞けない。 冬は毛布にもぐって遊ぶのがいちばん☆It's all small stuff. しょせん、すべては小さなこと。
December 26, 2006
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私と娘との関係は今とてもいい。でも思春期の娘とバトルした時期もあった。とにかく娘は一つのことに熱中すると他のことはなにも見えない性格。テニスに没頭するあまり、日常生活のことがすべておきざり。細かいことなんだけどね。「お弁当箱ださない。」「お風呂に入らない。」(朝入る)「体操服出さない。」「どこでも寝ちゃう。」悪気はないのだけど、ほんとに疲れきっていて何もしなかった。母として躾けなきゃって変に口うるさくなっていたと思う。結果、「うざい」とか言われて私が落ち込む。この繰り返しだったかな。でも息子が起立性調節障害になってから、これが一変した。お弁当箱を出さないくらい、ぜんぜんたいしたことじゃなく思えてきた。何時に寝ようが起きようが何時にお風呂に入ろうが自分が責任持てばいいこと。落ち込んでて私自身元気がなかったこともあるけど、いっさいなにも言わなくした。そしたら不思議、不思議。娘のほうから「お母さん、昨日弁当箱出さなくてごめんね。」とか言うようになった。おまけに今回のことで私が落ち込んでると夫よりも力のある言葉で勇気付けてくれる。息子が病気になって心配事ばかり増える中、娘との関係ではいいこともあったかなと最近は思う。さあ、明日は二度目の心療内科、診断結果はどうだろう。息子はちゃんと行ってくれるかなぁ。 ママ、私を白いモップとよばないで。まんまるしっぽのポメ。冬になると毛量がすごいなあ(^^;Be willing to learn from friends and family. 身近な人こそ教えてくれる。
December 25, 2006
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息子がひどい起立性になってから、約一ヵ月半。いろいろあってすごく長かったような気がする。この病気についてネットで調べたり、息子の様子を見たりして、ほんの二ヶ月前には何も知らなかったのに、(今でも難解な病気とはいえ)少しずつわかってきた。悲しいこと、苦手なこと、いやなことを言われたりするといとも簡単に症状が悪化する。逆にとてもうれしいこと、楽しいことで笑ったりできる時はどんな薬より元気になる。感情の動きが健康な人とは違ってそのまま体調に現れてくる。たぶん通常の不登校だったら体調を崩す原因はストレスだから、学校へ行かなくてすめば調子はよくなる。でも起立性の子は行かなくてよくなっても直ぐには回復しない。原因はストレスにあってもそれだけでなく、低血圧、それに自律神経失調症の症状みたいなものもあるから。これだけわかってきたのに、息子をいつも楽しい状態にはしてあげられてないな。息子自身、学校へ行けない焦り、友達と遊べない寂しさ、今はまだ体もつらい。おまけに調子のいいときは私の小言があるからなあ(^^;?小言を言わずにすむ一番いい方法は息子と距離をおくこと。でもまだ小6。甘えたかったり、わがまま言いたかったり私の前をうろうろ。それで私もストレスたまるし。なんかいい方法ないかなぁ。犬好き息子、二匹めの犬でも飼おうかなぁ~ くんくん、、おいしそうなにおい♪なめちゃおうかな。Treasure yourself. 自分を大切に。
December 24, 2006
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今日は子ども会のクリスマス会だった。今年度は世話人役にあたり、行事ごとにすることが山ほどある。世話人13人に子供の数は約200人。多すぎるんだよね。うれしくて走り回る子供たちにけががないようにと注意するすること三時間、声をからしくたくたになって帰ってきた。いつものように娘はテニスで留守。夫と息子が留守番してた。ひさしぶりに息子の体調がすごく悪そう。だるくて苦しくてうんうんうなってる。息子がいない部屋での夫婦の会話。私「なんで○○(息子)あんなに調子が悪そうなの?」夫「ただリビングでごろごろしてただけだよ。」私「じゃあ、なんであんな苦しんでるの?」夫「なにもやらせてない!」とここで普段温厚な夫がちょっときれる。私「そんな言い方しなくてもいいじゃん、ちょっと心配しただけだよ。」とちょっと泣きそうになる。いまだに息子の体調で自分の気分が変わってくる。子供が苦しそうにしてて平気な親はいないとは思うけど、いいかげん落ち着いて対処できるどっしりした母になりたいよ。息子はそれからはって自分の部屋に行き、一時間寝た。服が汗だらけって起きてきた時は元気になっていた。よかった。また最初のころのようにほとんど一日中つらくて寝てばかりになるかと思って心配したけど、そんなことはなさそうだ。milkと遊び、クリスマス会のプレゼントのビーチボールで遊び、算数をちょっと勉強して今はゲームをしてる。あ~よかった(^^) 息子にだかれて さいきんおにいちゃんよくあそんでくれるなあ♪Don't sweat the small stuff. 小さいことにくよくよしない。
December 23, 2006
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いつも悩んでばっかりじゃだめ。今日は明るい話題から♪娘が硬式テニス、シングルスで優勝!今日、学校でみんなの前で表彰されるみたい。トロフィーが初めてもらえるって喜んで行きました。ほんとはこの試合11月にあった。私が一番凹んでる時期。娘からメールが来て、「お母さん、優勝したよ♪お祝いに今日焼肉食べに行こう!」「OK!」と返事はしたものの、その日は夫は出張でいないし、息子は相変わらず調子が悪かった。息子に「行く?」って聞くと「行く。」と言う。不安に思いながら連れてったけど、思ったとおりぜんぜん食べれず、椅子でぶっ倒れてた。会話も少なく暗い夕食(T_T)あの時、娘に「ごめんね、○○(弟)もこんなで、母も元気なくて。」とあやまった。娘は「いいよ、いいよ。一番うれしいのは私自身だもん。」ってほんとにごめんね。今は母は元気だよ。今日はこのあいだの分もいっぱい喜んであげよっと。 だれ、ひとつ、より目のぬいぐるみがあるなんていったの!私です(*^_^*)Fill your life with love. 人生を愛で満たそう。
December 22, 2006
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病気になる前、息子はほとんど毎日学校から帰るとリュックをしょって少し離れた友達のところに自転車で遊びに行ってた。よく遊びに行くのはYくんちとSくんち。日の長い夏にはかなり遅くまで遊んでいた。向こうのおうちに迷惑じゃないのか心配したぐらい。Yくんちはお母さんが再婚し、小さい弟と妹がいる。Yくんは自分で選んで祖父母と暮らしてる。さみしいからぜひ来てほしいとお母さんに言われてた。Sくんちはシングルマザーでお母さんが8時過ぎに帰ってくる。これまたさみしいので友達がよく集まった。ふたりとも体は息子の倍くらいあるけどとても優しい子たち。土日の休みの日さえ、遊ぼうとよく催促の電話があった。息子は娘と違って勉強は好きじゃない。まあ、私も無理にさせなくても宿題さえやってあれば、小学校のうちはいいかなって感じでいました。友達関係で学ぶことも多いだろうし、勉強は得意でなくても人間関係を上手にくぐりぬけていける子になればって。病気になってから、友達といっさい遊んでない。本人はなにも言わないけどさみしいだろうなあ。担任の先生も養護の先生も最初は友達と話すことができればって言ってる。でも自分の体に自信がないのだろう。もしまたふらふらになって倒れたら、、、どうしようもなくだるくなったら、、、おなかをこわしたらって。しばらくはmilkが息子の友達かな。焦らず、もう少し息子の体調がよくなるのを待とう。 あっ♪きのうののこりのガムだ、、たべようかな、、Everything comes to those who wait. すべては待つ者にやってくる。
December 21, 2006
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今日は懇談会の日。10分くらいしか担任の先生と話せなかったかな。先生も三日で40人近くの保護者の方と懇談しなくちゃならないからたいへんだ。11月の初めから学校に行けてないので成績とかはつけられなかったみたい。そりゃそうだよね。今度の金曜日、先生が家にきて息子の顔がみたいとのこと、はたして息子は会ってくれるかなぁ。そのあと保健の先生(養護教諭)がぜひ来てくださいということで会ってきた。ベテランの先生で私からどんどん話を引き出していく。息子のことから自分のこと、娘のことまで話してきた。聞き上手な先生で私もいっぱい話してすっきりした。こうして話を聞いてくれたのは二度目。悩んだら、すぐ学校に来てっていってくれる先生は私のカウンセラーみたいだ。話を聞いた後で、「いい方向に進んでるね、あせることはないけどいつでも待ってるからねと○○(息子)に伝えてね。」と言ってくれた。いろいろあるけど、私の周りはいい人たちでいっぱいだ。悩んだら、また日記に書けばいいし、先生に相談してもいい。もっと悩んだら、また起立性のお子さんを持つお母さんたちのblogに書き込みに行こう。手をのばせば、そこに助けがあると思うと元気が出る。明日もまた前向きに行くぞぉ~☆ ああ、おなかすいた。ガムでもたべよっと。Tomorrow is another day. 明日に希望を持って。
December 20, 2006
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11月に起立性と診断されてからずっと小児科にかかっていたけど、今日始めて心療内科に行った。もちろん初めてで不安もあったけど、期待もあった。やさしそうな30代くらいの若い先生でちょっと頼りない感じだった。悩みも何もかも受け止めてくれそうな赤ひげ先生(?)が出てくると思ったのに。(笑)小児科の時もそうだけど、息子1人のために40分以上かけて診察してくれるのはありがたいなって思う。今日は私へは細かい質問(息子の出産、赤ちゃんの時のことから今まで)、息子には文を作る心理テストがあった。息子の診断をするのはそのテストの結果を見てから来週になるとのこと。いったいあの4ページぐらいの作文テストで息子の何がわかるのか。私の前の息子は心が病んでいるようにはみえない。私にはよく話しかけてくるし、病気の前のようにたわいもないいたずらを私にして笑ってる。体調は相変わらずだるい、ずっと立ってられない症状はあるけど。目が回るときはごろんとしてポケモンの攻略本をうれしそうにみてる。座っていられるときはカードを作ったり、ゲームを作ったり、最近はトランプでへたくそなマジックを見せてくれる。そのたびに二人で笑う。心理テストの文も一つ教えてくれた。「わたしが今わからないと思っていることは、、、」に続く文。息子の作った文は「坂本竜馬がだれに暗殺されたかです。」だそう。これにも二人で笑ってた。それなのに、今日ひさしぶりの家族4人での夕食。今日のこの坂本竜馬の話を家族でも笑おうと私が話したとたん、息子が咳き込み泣き出した。なんで。二人して笑ったじゃない。家族でも笑おうよ。私には言えることでも姉と父には言えないの。よく考えると病気になってから一ヵ月半、しっかりと話をしてるのは私だけ。息子がコミュニケーションをとってるのは私だけ。あんなに友達が多かった息子なのに。やっぱりこのままじゃいけないと思う。 ママ、そんなところで悩んでないでこっちにきてよ、、、Life is almost never as bad as it seems when you're in a low mood.人生は、落ち込んだときに感じるほど、ひどくない。
December 19, 2006
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今日は娘は学校を休んだ。娘は起立性ではない。頭痛もないしめまいもない。でも今日朝学校には行かないという。高校生になって三回目かな、病気でもないのに休んだのは。昨日娘の初めてのカラオケ。クラスの友達にさそわれて、断るわけにはいかないんだと前の日に歌を練習していた。でもやっぱり落ち込んで帰ってきた。きらいな友達がいるわけでもない。でも私が思うに話題についていけなかったんだ。はたから見ると娘はすごい。勉強も部活のテニスもばりばり。でも母は知っている。その陰でどんなに努力してるか。試験勉強前になると朝早くから夜遅くまで勉強。テニスの試合では早朝1人で練習したり、走ったり。そのがんばりでいい結果が出るときもあり出ないときも経験してる。それが精一杯でごく普通の女の子たちの好きなカラオケとか、流行の曲とかよく知らない。時々自己嫌悪なるみたい。でも勉強もできて、運動もできてそれで流行のものもすべて知ってて遠い一時間半もかかる学校に通えてる、、、そんなスーパーウーマンはどこにもいないと思う。娘なりに努力してて無理(?)に「あいのり」とか「リンカーン」とか見て話を合わせなくっちゃと言ってる。女子高生ってそんなものなのかな~。「チャングム」が好きで「ラストサムライ」に涙するありのままの娘が母は大好きなんだけどなぁ。(一生懸命の人が好きみたい。)携帯に娘からメールが来た。「お母さん、ごめんね。○○くん(弟)のことがあるのに、私まで休んで。でも自分がどうしようもなく嫌になっちゃうことがある。学校で無理して笑うのがつらいときがある。心の休息もほしい」って。ゆっくり休んで元気になってまたいろいろ話そうねぇ。起立性じゃない普通の子にだっていろんな悩みはあるんだ。でもさすがに兄弟して休まれると母の胸は痛い、、、milk今こそ出番だ、、、母を癒してくれ、、、ん? 爆睡中...zzzzz...The best advice is found on the pillow. 悩めるときの最良のアドバイスはぐっすり眠れる場所を見つけること。
December 18, 2006
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愛犬のmilkです。我が家のセラピー担当です。最近は特にお呼びがかかるときが多いかな。家族みんないろいろある時は、milkに癒されてます。真っ白のポメラニアンで息子が小1の時に生後二ヶ月で我が家の一員になりました。小さいころから、泣き虫な息子は泣くとすぐmilkのところへ行ってくっついてました。この5年間病気もせずによく食べ、よく遊び、よく寝る世話のかからない犬です。息子もmilkのようによく食べて丸くなってくれるといいんだけどなぁ~。Your pet can be a wonderful teather ----- showing you the power of love.ペットはすばらしい教師 -----愛のパワーを教えてくれる。
December 17, 2006
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私が始めてこの起立性調節障害という病名を知ったのは中日新聞でした。そのころの息子は月に一日ぐらい調子がよくなくてもしかしてこれかもって思った覚えがあります。でもそのころはそんなにひどくなかったので、そのまま忘れてしまっていました。まさか、ほんとにこんなに重度の起立性調節障害になるとは思ってもいませんでした。でもそのときの新聞記事の「怠けではない。」「周囲の理解が必要。」というところが妙に心に残っています。友達、先生、仕事仲間など息子の病気を知らない人がほとんどですが、中には新聞に載ってたよね。聞いたことあるよ。って言ってくれる人も何人かいました。こういう病気があるってことを知ってもらうこと、理解してもらうことはとても大切だと思います。風邪とか骨折とかインフルエンザとか違って治るのに時間がかかるからなかなか理解してもらえないのが実情です。でもやっぱり学校に行きたくてもだるくて眠たくてどうしようもなくていけない子がいるのを知ってほしいです。今、その記事を見つけました。記事の最後の「必ず回復」というところが好きです。>治るまでに数カ月から二、三年かかる。まず必要なのは、「身体の病気であり、根性だけで治るものではない」という本人と両親への説得という。> 田中助教授はこう話す。「子どもには『体のつらさを一緒に治そう』、親には『時間はかかっても必ず回復するので、焦らず子どもを信じて』と説明して、理解してもらうことが大事だ」Be happy where you are. 今いる場所で幸せになろう。http://www.hokuriku.chunichi.co.jp/00/ken/20060929/ftu_____ken_____000.shtml
December 15, 2006
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息子が起立性になったとき、いろんなHPを訪れて「どんな病気?」「どうしたら治る?」と探しまくりました。いまだによく答えはわからないけど、体質とストレスが一番関連のあることかなと思います。同じ病気のお母さんたちのBlogを読んでいると「うん、うん、同じ、同じ!」って思うことがほんとによくあります。うちの場合、ものすごい倦怠感、腹痛、下痢、頭痛、手足の冷え、低血圧、吐き気、めまいなどなどがあります。でも一番つらそうなのが、いつもではないんだけど足痛。夜中に痛くなることが多くてずっとさすってないといけないのでたいへんです。これは昔から月に一度くらいあって成長痛かと思ってたけど、不定愁訴のひとつなのかも。息子のストレス軽減のため、今のところ一番よさそうなのは愛犬と遊ぶことみたいです。息子が疲れてごろんと横になってもその横でくっついて寝ていたり、おなかの上にのってたり、時には足の間にぴったりとはまってたりします。ふわふわのポメラニアンなのでさわると気持ちいいですよ。あとゲームも病気になる前すごく好きだったのだけど、あまりやってないです。頭を起こしているのがつらいときもあるようで、「寝ながらやっていい?」と聞かれたときもあるけど、さすがに目が悪くなるからやめとこっと答えときました。うちの息子まだ重度の起立性みたいです。Just relax. リラックス、リラックス。
December 14, 2006
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息子が苦しくても何もしてあげられない時、朝、近所の子に今日も学校行けないからと伝えるとき、学校にお休みを連絡するとき、元気いっぱいの小学生を見たとき、いままで何回か落ち込み、そのたびに同じ病気のお子さんを持つお母さんたちに励まされ、元気をもらってきました。ほんとうに今回ほどパソコンってすごいと思ったことはありません。お母さんたちは子供さんのOD問題だけじゃなく、自分の病気や介護やその他家族の病気などプラスアルファの障害にも前向きに立ち向かっています。私だけじゃなく多くの不登校のお子さんを持つ人の大きな心の助けになっていると感じます。私は今自分と息子のことでせいいっぱい。でもいつか私も必ず乗り越えて同じ境遇になって悩んでいる人を助けていけることができればそれはそれですごいことだと思います。私を助けてくれたお母さんたちのように。Remember, if you ever need a helping hand, you'll find one at the end of your arm. As you grow older you will discover that you have two hands. One for helping yourself, the other for helping others. -----Audrey Hepburn助けが必要なら、自分の手があるわ。そして成長して人は自分に二つの手があることに気づくの。一つの手は自分を助けるため、もう一つの手は、他者を助けるために オードリー・ヘップバーン
December 12, 2006
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息子がODと診断されたのは11月6日(月曜日)でした。それより前にも朝調子が悪く、どうしても起きれないことが何回かありました。月に1,2度くらいだったのが、夏休み前には月に3回くらいになっていました。そのたびに私は息子を怒鳴ってました。「また~だれだって朝は眠いんだよ。それでも学校へ行くんだよ。さあ起きてよ~ほんとなさけないんだから。」とかいいながら。今考えると病気だから起きられなかったのに、つらかったのに。ひどい母親だったと思います。金曜日、息子の同級生が10月に行った修学旅行の集合写真を持ってきてくれました。息子が死にそうな顔をして苦しそうに写っていました。あ~この時も立っているのがつらかったんだろうな。息子に聞いてみるといつもつらかったって。学校の集会も体育も朝の会も発表会の練習も。体のつらさがものすごいストレスになったんだろうと思います。悪い母親でごめんね。ゆっくり休もうね、心も体も。もうがんばらなくてもいいんだから。Allow yourself to be bored. たまにはぼんやりしてみよう。
December 11, 2006
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約一ヶ月前に小6の息子が重度の起立性調節障害と診断されました。私自身どうしたらいいかわからなくておろおろするばかり。同じ病気のお子さんを持つお母さんたちのブログを読むうちに少しずつ前向きに考えれるようになってきました。でもまだいつも不安や焦りがいっぱい。最初のころは一日中寝てた息子。夫と二人で夜息子の部屋をのぞき、死んだように寝ているので近くまで行って寝息を確かめ、「あ~生きてる、よかった。」話したのを覚えてます。そのころに比べると一日数時間は起き上がれるようになってきました。でも今日の午後、髪の毛がのびてきたので床屋に行きたいと言うので連れて行ったのに、途中で腹痛になって帰ってきました。おふろから出た後も真っ青な顔して「だるい~目が回る~」と一言。いつになったらよくなるのか、ほんとにこの起立性調節障害(OD)っていったいどんな病気なんだろう。Don't worry. Be happy. 心配しすぎないでハッピーな気持ちで!
December 10, 2006
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