東方見雲録

東方見雲録

2003.04.30
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カテゴリ: 2003
草取りは苦痛な作業か、はたまた快感か。

ボランティア活動で草取り作業は苦痛な作業との認識が一般的である。
私は苦痛な作業を次のような自己内処理により、楽しみに変えている。

①目的のものを育てる過程では必要な作業と成果を楽しみに今一時の苦しみを乗り越える。要するに結果がすべて過去の苦を解消してくれる、との将来投資処理。
山登りと同じ。一歩一歩前に歩を進め、山頂に着いたときの喜びと同様。

②ノルマまたは他との競争において肉体的、精神的充足感をうる。自己の目標、他者と比較によっての達成感、優越感という満足。
前項と比べて短期的満足である。ゲーム性の喜び。

③いのちあるものに善悪をつけてやっつける、勧善懲悪殺生快感。自分なりのシナリオで主人公になれる。やっつけた量やラストシーンの見事さに自己陶酔する。

④取捨選択することにより先々のドラマシーンを勝手に想定し、創作欲を満足させる映画監督気分。またあるときは、生殺与奪をもつ権力者気分。


思い描いた通りに草花は育たないことも多い。雑草の出方も違う。目の前のフィールドは実にちいさなものであるが、生き物たちの営みがあり環境が学べる立派な教室だ。思わぬ発見がある。

⑥郷愁としての自己発見。
土に草に触れ、格闘する。何か自分の中の原始的な部分での懐かしさ。

⑦掘り起こせば、他にもあろうが、区切りのいいところでまとめ。

これらが渾然一体となり、草取りという単純作業を精神・肉体・環境を同化する行為に高めることが可能と思う。その最終形は無心という心境を味わえるのではないかと思っている。

思っていると書いたのは、私自身そこまでの心境で作業したこはない。だいたいどこかの方向に片寄りながらの自己癒しという満足によって作業を終えることが多いからだ。

ギリギリの態勢で草取りをせざるを得ない現況下、願望として、心・体・知のバランスがとれればきっとそうであろうと思う昨今である。


リハビリ ステーション より拝借

​2022.05.09.イメージ画像追加​





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Last updated  2022.05.09 17:36:46
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