東方見雲録

東方見雲録

2023.02.26
XML
カテゴリ: 私見
高校時代の私にとって一番の思い出、宝物といえば、何年生の時だったかはっきりしないが、京都大学の先生の特別講演を受講できたことだ。

暑い日だったと記憶するので、夏のある日、全校生が体育館に集められた。
「今、出雲に京大の著名な先生がお二方おいでになっている。高校での講演をお願いしたところ、本日に決まった。めったにない貴重な機会なので、みんなで聴講しよう」的なあいさつあり、講演は始まった。
京大の先生とは、梅棹忠夫先生と梅原猛先生であった。今では知の巨人として知らぬ人はいない偉大な方であるが、当時、田舎の普通の高校生だった私には、まったく別世界の学者先生。

梅原先生は「仏教の思想、日本のこころ」といった演題だったと思う。
出雲の神話の話を交えながら、「ふるさとには学ぶところがたくさんある、興味を持ち大切に」的な話だったように私はとらえた。
その後の「草木国土悉皆成仏」や「縄文、土着」などの先生の説にすんなり共鳴できたのも、高校での講演の新鮮な驚き、喜びが胸深く、醸成されてきたからと思う。

梅棹先生は「情報化社会」という言葉が入った演題だった。
「これから価値観が大きく変化していく。情報が主役の時代となる。社会人になるころは情報化社会になるのでこの言葉を忘れず、未来へ立ち向かってほしい」的内容だったと思う。



梅棹先生の「知的生産の技術」がベストセラーになるとカード化を真似てみたが、知的生産には縁遠かったようで長くは続かなかった。
切り抜き、スクラップ化的なことで、知的好奇心をみたすことだけは今でも続けていられる。

昨今の地球環境、コロナ、ウクライナ他紛争等をみるにつけ、「草木国土悉皆成仏」、「文明の生態史観」で示された卓越した視点は、お二人が偉大な知の巨人であったことを示すものと思った。

若いころ、貴重な経験をさせていただいた先生方に感謝いっぱいだ。


梅原猛 Wikipedia情報: こちら

『人類哲学序説』参考サイト: こちら

梅棹忠夫 『文明の生態史観』

梅棹忠夫 Wikipedia情報  こちら


知的生産の技術 参考サイト: こちら

梅棹忠夫と梅原猛、「巨人」の思考に迫る新刊

関西が誇る知の巨人、梅棹忠夫と梅原猛。かたや国立民族学博物館(みんぱく、大阪府吹田市)の初代館長、かたや国際日本文化研究センター(日文研、京都市)の初代所長を務め、いずれも文化勲章を受章した。旺盛な著述活動で大きな足跡を残した巨頭2人を巡り、相次ぎ新刊が出た。


「梅棹忠夫の『日本人の宗教』」(淡交社、5月6日初版)は、梅棹生誕100年を記念し、みんぱくで開く企画展「知的生産のフロンティア」(9月3日~10月20日)にあわせて刊行された。

梅棹は宗教という捉え方の難しい対象を、持ち前の斬新な着眼点で平たく読み解く。世界的な宗教を「精神における流行病ととらえ」てみたり。神道、仏教、キリスト教を使い分ける日本人の信仰生活を、ユーザー側からみた産業論に当てはめてみたり。あえて教義論、思想史への深入りを避けることで、宗教現象の見取り図が明快になる。

目玉は幻の著書に迫る第1章(全3章構成)だ。「梅棹さんが5部構成かつ目次立てまでほぼ固めながら、未刊に終わった構想を"凍結状態から解凍"した」。そう解説するのは、この本の編著を手掛けた中牧弘允・千里文化財団理事長(みんぱく名誉教授)。

当初の構想は淡交社が企画したそうそうたる執筆陣による「世界の宗教」全12巻の最終巻。ところが梅棹は1970年の大阪万博に続きみんぱくの創設準備に追われ、執筆を中断。

"凍結"状態だった手書き資料が、みんぱくの梅棹資料室で段ボール箱から2016年に発見された。見つかったのは名刺より一回り大きい短冊「こざね」約350枚だ。



見つかったこざねは模造紙3枚に張り合わせてあったほか、一部は束ねたまま、残りはバラバラだった。このこざねを基に解説したのが本書の第1章だ。梅棹の思考過程をのぞき込むような興趣がある。このほか宗教に関する論考や講演、1986年に行われた梅棹と中牧理事長との対談が収められている。

38研究者が文集
一方、「梅原猛先生追悼集―天翔(か)ける心」(日文研、3月20日発行)は、ゆかりのある研究者38人が、梅原の在りし日を振り返る文集。新聞や雑誌に寄稿した再録も含み、あいにく非売品だが、京都市内の図書館などで読めるという。

もじゃもじゃの髪ゆえに「『聡明(そうめい)な稚児姿の酒呑童子』を思わせ」(小松和彦)た梅原。「知の巨人、学界の風雲児、異端児、奇人・変人・天才、(中略)京都の宝、京都の妖怪、等々、さまざまに評され」(同)つつも、それさえ楽しむ懐の大きさがあった。

「ロマン精神へのやみがたい衝動とあこがれ」(山折哲雄)から、いざ集中すると「左右別の靴を履いて出かけた、デパート屋上にお子さん二人を置き忘れて帰った」(辻惟雄)といった日常での不器用さに彩られ「稀(まれ)に見るピュアー」で「邪気がない」(井波律子)研究者像が浮かぶ。

そんな梅原の真骨頂は「古今東西の思想を(中略)『編集』する能力にたけていたことだ」(山折)。その能力を「人間を編集する仕事に転用し(中略)様々な分野の研究者を発掘し編集して新しい組織をつく」(山折)っていく。こうして「それぞれに専門分野をもちながら必ずその専門分野をはみだすような研究者が内外から三〇名ほど選ばれ」(芳賀徹)日文研が誕生した。

梅原学については山折はじめ井上章一や中沢新一、中西進が論じている。
(編集委員 岡松卓也)

引用サイト:日経新聞  こちら





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2023.06.03 15:00:52
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: