東方見雲録

東方見雲録

2026.01.12
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カテゴリ: 建築





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2──《孵化過程》


3──「新宿計画(ジョイント・コア・システム)」


磯崎新の夢/レム・コールハースの現実 | 浅田彰
Review The Dream of Arata Isozaki/The Reality of Ren Koolhaas | Asada Asada
掲載『10+1』 No.23 (建築写真, 2001年03月発行) pp.32-35
磯崎新の実現されなかったプロジェクトばかりを集めた「アンビルト/反建築史」展が開かれ★一、それに合わせて『UNBUILT/反建築史』(TOTO出版)という二分冊からなる充実した書物(タイトルにもかかわらず現代建築史の資料としてもきわめて価値が高い)も出版された[図1]。そのインパクトは、実現された建築群に勝るとも劣らない。六〇年代の〈空中都市〉の、いかにもメタボリズム的な未来志向と、磯崎新独特の廃墟志向の重ね合わせ[図2・3]★二。七〇年代の〈電脳都市〉──とくに「コンピュータ・エイディッド・シティ」の、中央計算機を想定する点では古びてしまった、しかし巨大な被膜に覆われた空間の内部を自由に分割していくという点では今もって斬新な構想[図4]。磯崎新が都市から撤退しポストモダン建築の旗手とされた七〇年代半ば以降は後景に退いていたかに見えたそのような巨大都市の夢は、九〇年代に〈蜃楼都市〉──とくに「海市」という人工島の計画として甦ることになる[図5]。これらの図面、そしてとくに精巧な木製のモデルは、それ自体としても迫力に満ちているとともに、その時期に実際に建てられたさまざまな作品の背後にあった建築家のヴィジョンを知る上でもきわめて興味深い。だが、建築というジャンルの面白さがその不純さにあることもまた事実だろう。建築家の構想が、さまざまな社会的圧力や技術的制約のもとで変更を余儀なくされ、言わば満身創痍で建ち上がる。それでもやはり、建ち上がった巨大な空間は建築家の構想を超えた部分をもっているものだし、そこに刻まれたさまざまな闘いと譲歩の痕跡もまた建築に歴史的なリアリティを与えるものでもあるのだ。そういう意味も含めて、八〇年代の〈虚体都市〉の夢を託した傑作「東京都新都庁舎案」が実現されなかったことは、残念というほかない。落選を覚悟で超高層ビルというプログラムをのっけから無視して構想されたこのプランが実現していれば、東京は二〇世紀末を代表する建築を都庁舎として持ち得たはずだったのだ[図6]。
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磯崎新《孵化過程=ジョイント・コア・システム》

・・・・
多かれ少なかれ、一九六〇年に旗揚げされたメタボリズムは近代建築の初心であるユートピアへと先導するアヴァンギャルドの意図を反復的に保持していたから、ここで提案されるものは、空想の域にとどまらず、必ず実現できると信じようとしていた。だから六〇年代を通じて、その一〇年間の提案の数々は、一九六〇年のマニフェストが具体的な仕事によって検証されていく期間であるとも考えられ、そのテクノロジーおよび、テクノクラートに直結した方法へ再編されることによって、七〇年のEXPOユ70の会場光景を現出させえたと総括してもいい。いやビルト/アンビルトの区別などなかった。具体化できない提案は不毛であって、重要なのは、その方法が有効に作用して、新しいデザインがうまれることだから、方法は具体化できるものに限られる。メタボリズムの方法は何よりも実用化へとむけて編成された。その総括をEXPOユ70にみたのである。
いまアンビルトと呼ばれている空想的な建築ドローイングは、実現不可能であることを目的化して描かれている。いかに機が熟しても、決してこの地上に具体的には出現しない。だからこそ重要視され、賞賛される。このようなイマジナリー・モデルと私が呼ぼうとした発想はメタボリズム・グループのなかにはなかった、とはっきりいっていいだろう。周辺にいた私にも声のかかった《未来の都市と生活》展(一九六二)の準備段階において、私は瀧口修造が責任編集した『現代のイメージ』(『美術手帖』一九六二年四月増刊号)に与えられた機会に制作した《孵化過程》の廃墟と未来都市イメージの混在状態を描いたモンタージュを出品すべく持参したが、ディレクター役をしていた川添登によって、いったんは展示不許可とされた。おぞましい未来の光景を描いたりしたものを展覧会に含むと、この展覧会そのものが不真面目だと誤解されてしまうという理由だった。廃墟の部分を消して、あらたに描きなおしてこい、ともいわれた。廃墟を描くことこそが私のコンセプトなのだから、描きなおすわけにはいかない。せっかくだが降ろさせてもらいます、といって、私は残りのドローイングも全部ひきあげることにした。この一件は菊竹清訓のとりなしで落着し、私は小さい展示コーナーをもらうことができた。そして、昨年三五年ぶりに水戸芸術館で再演した《孵化過程=ジョイント・コア・システム》の観客参加パフォーマンスをやることになった。
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磯崎にとっての都市とは、予定調和的に出来上がるものではなく、常に変動のプロセスにあり、完成した姿を見せることがないもの。磯崎の建築において重要な概念となっている「プロセスプランニング」は都市のデザインを構想している中で着想されたものです。

「建築とは、不確実で決定が不可能な条件下で、デザインを進行させることであり、想像の中では、有機物のように伸縮している。それをある瞬間にぶった切らねばならない。デザインの決定とはそんなものだと考えた。するとその切断面に伸縮する全過程が露出する。」 こうした意味では、メタボリズムと時期を同じにしながらも、思想的、手法的に、磯崎の建築は異質なものとして存在することになります。
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「磯崎新『都市ソラリス』」展の会場風景より、磯崎新《孵化過程》(1962) 撮影:木奥恵三 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
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関連日記:2023.12.17の日記 すばる保育園 藤村龍至    こちら





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Last updated  2026.01.12 08:00:06
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