東方見雲録

東方見雲録

2026.03.18
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カテゴリ: 土木



使用開始日      1985年4月20日
意匠図案説明     相生橋、重文・明治丸、灯籠を描く
開設場所       〒135-0046 東京都江東区牡丹1-2-1

相生橋



1892年(明治25年)に築造された月島は、工業地区として急速に発展したが、築地や深川からの架橋がなく佃の渡しと月島の渡しなどの渡し船に頼るしかなかった。特に深川側の川幅は短かったこともあり、東京市は川途中にあった中之島を挟んで長短2本の架橋計画を立てる。

それぞれ「相生大橋」(橋長147.0m)、「相生小橋」(橋長52.7m)、幅はいずれも7.2mの木橋で、16万9628円の予算で1903年(明治36年)3月に開通した。後に市電を通す目的から1919年(大正8年)8月に10.8mの幅に拡幅され1923年(大正12年)7月には月島まで市電が開通することとなった。

しかしわずか2ヵ月後の9月1日の関東大震災によって上流から流れついた炎上した船舶により延焼、焼失してしまう。3年2ヶ月にわたって再び月島は孤島と化すが、 1926年(大正15年)11月22日に震災復興事業の最初の橋として完成[1]。 鉄鋼ゲルバー橋となった。永代橋から隅田川が派川され、大型船の通航がないことから桁橋を採用し、塩害で橋が傷んでも簡単に修理ができるように大橋が7径間、小橋が5径間と橋脚が多い橋である。なお上水道の管も通っていた。

のちに1980年(昭和55年)に小橋下が埋め立てられて、中之島が地続きとなった。さらに交通量の増大に伴って老朽化が深刻になったため、1998年(平成10年)12月に現在の橋に架け替えられた。

橋下には隅田川唯一の水上公園である江東区立中の島公園がある。
引用サイト: こちら
こちら
関連日記:2026.02.11の日記 震災復興橋梁 隅田川十大橋   こちら

重文・明治丸
関連日記:2024.01.20の日記 越中島・東京海洋大学   こちら

明治丸記念館

東京海洋大学百周年記念資料館(昭和53年開館)は、東京海洋大学の前身の一つである東京商船大学が明治8年11月1日に、隅田川の永代橋下流に係留した成妙丸を校船と定めて開学してから、昭和50年で100周年となったことを記念し、その中心事業として建築されたものです。 この資料館は、一般によく見られる海事資料館とは異なり、本学100年の歴史を軸とした商船教育史と、その周辺の海事史を物語る資料を収集展示しております。
平成28年3月に竣工した明治丸記念館は、館内には展示室とセミナー室をそなえ、明治丸の多種多様な活動を発信しています。展示品の代表的なものとしては、明治丸の建造指示書、重要文化財指定書などのほか、明治丸内部で使用されていた銀製の食器類などがあります。セミナー室には視聴覚設備を完備し、海事情報啓蒙活動、小中学生対象の体験教室などの場として多目的に使用されています。

引用サイト:東京海洋大学   こちら

石造燈明台・明治31年在銘

以前は、深川不動堂境内の南東にありましたが、平成20年7月に現在地(深川公園)へ移設されました。高さは839.4cm、約370cm四方の燈明台です。

日清戦争の戦勝を記念して明治28年(1895)に起工し、31年7月に竣工しました。設計者は工部大学校(現東京大学工学部)第1期生の1人である佐立七次郎(さたてしちじろう)です。

中は煉瓦積みになっていて、本来は螺旋階段が付けられていたと思われます。周囲には建立のために寄附した人々の名前が刻まれた石板が貼られており、市川團十郎・尾上菊五郎・市川左團次といった歌舞伎役者や魚河岸の人々など幅広い人々によって信仰されていたことがわかります。
引用サイト:江東区   こちら



引用サイト: こちら






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Last updated  2026.03.18 00:00:10
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