東方見雲録

東方見雲録

2026.05.10
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    1983年11月1日
意匠図案説明   東京近代文学博物館、駒場公園を描く
開設場所     〒153-0041 東京都目黒区駒場1-9-6
引用サイト: こちら

駒場公園
駒場公園の歴史
駒場公園は、加賀百万石(今の石川県)の当主だった旧前田家の前田利為侯爵駒場邸跡です。
前田侯爵がこの地に邸宅をかまえたのは昭和のはじめのこと。明治11年設立以来、近代農業に輝かしい業績を残した駒場農学校(後の東京帝国大学農学部)が本郷に移転した跡地を、第一高等学校(現在の東京大学教養学部)、東京農業教育専門学校(東京教育大学農学部、現在の筑波移転跡地)とともに分割使用したものです。
建物は、昭和初期の和洋両建築の粋を集めたもので、化粧レンガやタイル張りのほどこされた洋館は昭和4年、書院づくりの和館は昭和5年に完成し、自然の巨木を生かし、名石をあしらった幽すいな奥庭や、芝生の広場が設けられました。
和館は侯爵がロンドン駐在武官であったことから、外人客接待用に建てたとも言われています。


昭和32年10月に接収が解除されるまでの12年間は、連合軍司令官の官邸などとして使われました。
現在の公園は、昭和42年に東京都が公園として開園したもので、昭和50年4月から目黒区に移管されました。

洋館・和館共に平成25年に重要文化財の指定を受けております。
なお、和館は現在1階部分が一般に開放されていて、玄関からニの間、一の間(表座敷)と続く広間や、重厚な床の間、違い棚、付書院、欄間の透し彫などを備えた美しいつくりを、昔のままに見ることができます。
また、水屋、寄付、待合所を備えた茶室や和室も有料施設として利用いただけます。縁側からは、流れのある池、芝や池の配置がみごとに調和した庭園がのぞめ、落ち着いた雰囲気を味わうことができるでしょう。
そして、洋館は別記の時間帯に開館しており、和館北側には日本近代文学館が設置されて、近代文学に関する資料が閲覧できます。







引用サイト: こちら

関連サイト:歴史を訪ねて 旧前田家本邸  目黒区   こちら

東京大学駒場地区キャンパス
元来は現在の東京大学農学部の前身である駒場農学校の校地であった。1935年に農学部は向ヶ丘[注 1]の第一高等学校 (旧制)と校地を交換して移転し、代わって移転してきた旧制一高は、新制東京大学に包括されて廃止されるまで当地を校地とした。新制大学移行により、旧制一高に代わり東京大学教養学部が当キャンパスに設置された。

一高の駒場移転以前の1926年、東大校地に隣接した侯爵前田利為の邸宅(現在の東京大学「懐徳館」付近に所在)も、東京大学と敷地を交換して駒場の農学部農場跡地に移転した。この地に新しく建てられた前田邸は、1967年に東京都駒場公園として公開された。
引用サイト: こちら







こちら

東京近代文学博物館
東京都近代文学博物館(とうきょうと きんだいぶんがくはくぶつかん)とは、東京都目黒区の駒場公園内にあった文学館である。加賀藩主であった旧前田侯爵家の本邸であった洋館を利用し、1967年4月に隣接する日本近代文学館と同時開館した。

2002年3月に閉館し、資料は日本近代文学館や日本現代詩歌文学館、実践女子大学などへと移された[1]。
建物は1991年3月に「旧前田家本邸(洋館)」として東京都指定有形文化財(建造物)を経て、2013年8月に国の重要文化財に指定された。月曜日、火曜日を除く日や祝祭日には無料で見学できる[2]。
引用サイト:Wikipedia情報   こちら

日本近代文学館 こちら

駒場 地名
「駒場」は、駒込、駒沢と同様に武蔵野一帯にある「馬」にちなんだ古い地名の一つで、馬の牧場を意味する。「駒」とは馬のことであり、「場」は牧場を指す。ここで産出した良馬は、古代・中世にかけて軍馬として重用されたという。牧場だったのだから、一帯は広大な原野であったのであろう。その自然的特徴をとらえて、駒場を駒場野と称したこともある。

江戸時代に神田の名主が三代にわたって編さんした絵入り地誌「江戸名所図会」は、「駒場野、道玄坂より乾(いぬい)(西北)の方一四、五町を隔て代々木野より続きたる広原にて上目黒村に属し、ヒバリ、ウズラ、キジ、野ウサギの数多く御遊猟の地なり」と記している。享保期以後は幕府の御鷹場となり、鳥見役所が置かれ、広さ十五万坪、諸役御免の地となった。「権兵衛が種まきゃカラスがほじくる…ズンベラ」という俗謡は、同役所の餌付御用を務めるキジ捕りの名人、川井権兵衛をうたったものという。

八代将軍吉宗の時代には、薬園も設けられたが、幕末になると、軍事教練が行われ、静寂な原野に銃声が響いた。明治時代になると、駒場農学校が開校され、近代農学発祥の地となり、また騎兵連隊などの兵営地区としても栄えた。今日では、東京大学教養学部、日本近代文学館など、文化と学術研究の町となっている。

明治22年の町村制施行によって、それまでの上目黒村字駒場は、目黒村大字上目黒字駒場となった。大正11年の町制を経て、昭和7年の目黒区誕生を機に目黒区駒場町となり、43年に住居表示化され、駒場一丁目から四丁目と青葉台四丁目になっている。

駒場の多くは、国の施設で占められていた。その一つ駒場農学校の後身、教育大学農学部の筑波移転跡地の一部を区が取得し、駒場野公園として整備、昭和61年に開園した。


江戸名所図会「駒場野」
引用サイト: こちら


関連日記:2026.04.17の日記 馬の牧場「牧」   こちら
関連日記:2025.12.15の日記 駒込 地名   こちら





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Last updated  2026.05.11 21:43:10
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