東方見雲録

東方見雲録

2026.05.11
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    1986年10月23日
意匠図案説明   正覚寺鬼子母神堂、三沢初子像を描く
開設場所     〒153-0051 東京都目黒区上目黒2-15-8
引用サイト: こちら

中目黒駅




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関連日記:2026.03.29の日記 目黒川 桜祭り 横断幕   こちら

関連サイト:中目黒夏まつり   こちら
例年8月初めに、東急東横線・東急メトロ日比谷線の中目黒駅そばの目黒銀座商店街通りで開催される「中目黒夏まつり」。
半世紀以上の歴史があり、目黒区の夏の風物詩となっています。

区外からも多くの団体が参加し、商店街を踊りながら練り歩きます。
熱い掛け声と共に太鼓や笛の音が鳴り響く中、優雅な舞いや激しい踊りを間近で見る迫力は必見です。






正覚寺鬼子母神堂



関連サイト:【鬼のち神様へ】子育の神様「鬼子母神様」   こちら
ちなみに鬼子母神堂に書かれている「鬼子母神」の「鬼」の字は、一画目が取れたような字となっています。
これは誤表記などではなく、先述の鬼子母神のエピソードから、角の取れた鬼=鬼から守護神になった証としてこのような字になっているんですね。
正覚寺に訪れた際はぜひ鬼子母神の字にも注目してみてください。

関連日記:2026.01.23の日記 入谷鬼子母神   こちら
入谷の真源寺・中山の正中山法華経寺(千葉県)・雑司ケ谷鬼子母神堂(東京・豊島区)は江戸三大鬼子母神

三沢初子像



わずか2歳・・・「赤ちゃん藩主」誕生!?
三沢初子が側室としてついた伊達家三代藩主の綱宗は、当時酒色に溺れる日々を過ごす絵に描いたようなダメ男で、藩政など顧みないような暗愚な藩主として有名でした。彼女も相当振り回されたのではないかとお察しします。。

もちろん、愚行を日々繰り返すボスを見て周りが黙っているわけもなく、なんとわずか2年で綱宗、そして側室の三沢初子も巻き添えになるような形で共に隠居謹慎を命じられてしまいます。


そこで名が挙げられたのが、まだわずか2歳だった綱宗と初子の息子、綱村です。

今でいうと2歳の子に「都知事をやれ!」と言っているようなものですから、あまりにも無茶苦茶な話ですよね。マニフェストどころか言葉もままならない状況です。

もちろん藩政などコントロールできるわけもなく、実権を握ったのは大叔父にあたる宗勝でした。まだ赤ん坊のボスをいいことに、身勝手な集権化を行なっていたことがかの有名な「伊達騒動」呼ばれる事件に繋がっていきます。

ここでは伊達騒動の詳細は割愛しますが、ここで何より気が気でないのが、綱村の母である三沢初子です。
ふしだらな旦那と共に隠居を命じられ、愛する2歳の息子はあれよあれよ藩主に。我が子の無事を案ずる初子は、鬼子母神像を刻んだ木像を自身のまげの中に納め、綱村の除災招福を祈願したといわれています。


なにせ当時はインターネットなど情報を得る手段がないことはもちろん、いつ責任を問いただされて息子が斬殺されてもおかしくないような時代ですから、親の気持ちを考えるといかにただならぬ心情かが伝わります。

そんな母・三沢初子の一途な想いは叶い、綱村は伊達騒動を生き延び、のちに名君と呼ばれるほどの藩主へと成長していきました。
伊達騒動が収束したときには、初子はまげの中の仏を綱村に与え「これはあなたの守り本尊だから、城外に安置しなさい」と渡したと言われています。
まさに、命がけの子守りですね。

三沢初子の帰依から始まった正覚寺鬼子母神堂
引用サイト:中目黒 実相山正覚寺   こちら





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Last updated  2026.05.11 00:00:11
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