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ちょっと前の日記で、私は自分がまったく必要とされていないように感じる、と書いたのだったが、それが少しずつ変化してきた。まず、私の指導役にあたる、来年定年の取締役のN氏という人がいるのだが、彼が私のことをとても買ってくれて、1週間に一度ぐらい仕事の議論をするようになった。あれこれ話をするうちに、N氏と私は話の相性がいいことがわかり、お互いに話をすることを楽しみにするようになっている。(と私は思っているが、おそらくN氏もそう思っていることと思う)そのなかで、N氏の不満として、最近の若い者は(この言い方もなんだが)あまり議論をしなくなった、ということが挙げられた。実は私もその点をちょっと不満に思っていたところだったので、これからはあえて部下の社員たちに議論をもちかけて、鍛えることにしよう、ということになった。それで今日、部下4人+N氏とあるプロジェクトの打ち合わせをしたときに、あまりにも話に広がりがなくなったので、私が少し問題提起をして議論に発展させようとしたところ、N氏がそれに乗ってきた。課長の男性はそういう議論を終わらせようとするかのように、「じゃあ、次の会議ではこの点とこの点を確認して」と部下の女性に向かって言ったが、N氏も私の議論に別の2人の部下が入ってきて、あれこれ自由な意見が出るようになった。最後には思ってもみない結論に着地したが、N氏も私も「よかったよかった」と目で語り合った。N氏はあと一年で退職となる。その一年の間に、私はN氏からすべてを引き継がなければならない。N氏は「カオルさんがやりたいことを全面的にサポートする」と言ってくれているが、とても全部を引き継げるとは思えない。ちなみにN氏はトーテムポールみたいな顔をしている。体型は顔が大きくてずんぐりむっくりで、お世辞にもかっこいいタイプではない。だけど、よく見ると知的な雰囲気だし、笑顔が可愛い。好きか嫌いかといえば、好きなタイプだ。でもセックスするかしないかといえば…、しないかなあ。いや、できるかな。彼のことは、私が前の職場にいた頃、今から6年ぐらい前に仕事の関係でちょっと話したことがあったので、転職してから初めて知ったというわけではない。6年ぐらい前の初対面のとき、なんとなく波長が合いそうだと思った覚えがある。その第一印象は当たっていたことになる。
2019.01.23
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年末に母がぎっくり腰をやった、なんて言っていたのだが、近所の整形外科を受診したところ、椎体の圧迫骨折だということがわかったのが2週間前。しかし、母は腰の痛みにがまんしながら、なんとか父の面倒をみていたが、あるとき、急にすべてが不安になったようで、まるでうつ状態のようになってしまった。自分がもし倒れたら、何もできず、失語症のために話せない父はいったいどうなるのか。そんなことを考えたら、血圧が上がり、何もする気が起きず、どうしていいのかわからなくなってしまったようだった。姉と私でなんとか生活のサポートをしようと言っていたが、おそらく母の不安と痛みはそんなことではおさまりそうもなかった。そんなとき、W氏に母が圧迫骨折で…とぽろっと言ったところ、W氏の義理の息子さんが病院の院長をやっており、その病院では圧迫骨折の手術をやっているという。手術を受ければすぐに痛みは消えるらしい。それに、父も検査するしないにかかわらず、一緒に入院できるだろう、と言ってくれた。(父はひとりでは生活ができない)W氏がその病院の院長に連絡をしてくれて、翌日、私のところに直接院長から電話があった。そこでとんとんと入院の日程が決まり、父も一緒に検査入院することにした。それが先週のこと。最初は入院なんていやだとごねていた父だったが、母が「入院して手術したい」と泣いて訴え、あなたの世話をするために手術するんだから、あなたも一緒に入院してくれと頼んだところ、やっと父は理解したようで、先週の木曜日、私が朝8時に実家に迎えに行くと、両親ともまるで旅行に行くかのように準備をして待っていた。タクシーで病院まで行き、姉と合流して姉は母と、私は父とそれぞれ別の診療科で受診し、検査に入った。父は最近、血痰が出ていたり、皮膚のかゆみがひどかったり、尿の出が悪かったりという不調もあったようだったので、この際だから、めいっぱい検査してもらうことにした。するとなんと、父は軽い肺炎にかかっていた。母は入院したその日のうちにタイミングよく手術を受けることができ、翌日はさすがに腰に重いだるさが残っていたということだったが、2日目には、なんと片足で立てるようになっていた!すごい手術だ。そして父も抗生物質で治療してもらい、肺炎も皮膚もみるみるよくなっていった。それでおかげさまで、6日後の火曜日にふたりそろって退院することができた。このときは私はどうしても仕事で休みがとれなかったため、姉がひとりで退院手続きから何から何まで全部やってくれた。姉がいてくれて本当によかった。もし私がひとりだったら、いったいどうやってこの難局を乗り越えることができただろう???結局今の高齢者介護は、家族がいることが前提なのだ。ヘルパーさんにはあんな超長時間にわたる検査や手術の付添い、入退院の手続きなんてお願いできないだろう…。今回のことで、母はすっかり弱くなった。やっと私たち娘の言うことを素直にきいてくれるようになったし、私たちのサポートを受けるようになった。姉も私も、母にはこれまでずっと助けてもらってばかりだった。それで、母、そして父に対して恩返しができる機会があってよかった、としみじみ言い合った。そしてまた、これまで姉も私もそれぞれの人生で忙しく(姉は海外にずっといたこともあり)、それぞれが結婚してからはゆっくり話したり遊びに行ったりすることもなかったが、今回、こうしてまた家族が集まれるようになってよかった、こうして世代交代していくんだね、とこれまたしみじみ言い合ったのだった。
2019.01.23
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12月初めに転職してからすぐにW氏を受診した後は、忙しくて受診できず、今日、一か月ぶりにW氏を受診した。とはいっても、年末にW氏とはデートしているので顔を合わせるのはおよそ2週間ぶりぐらいだ。W氏とはこの数日、夢の話題や認知特性の話題を中心にメールでやりとりしてきたが、私の顔を見るなりW氏は「元気か?」と言った。実は、ちょっと“ホームシック”みたいに、前の職場のあの雰囲気が恋しいんですよね、と切り出したら、なんだか言葉がとまらなくなった。それをじーっとだまって私の目を見つめながら聴いていたW氏が、「カオルちゃん、ちょっと疲れてるんじゃないかと思ったんだ」。新しい職場で、誰かにいじわるをされているわけでもないし、仕事がまったく分野違いで苦しいなんてこともない。給料だってべらぼうにいい。それでも、今の職場には「仲間」がいない。雑談もできない。もちろん、軽く二言三言しゃべることはあるが、前の職場のようにわいわい笑いながら仕事する、なんてことはない。そして、前の職場のように、私は誰かから必要とされているという感覚がまったくない。これらのことは全て、転職前にわかっていたことだし、こうして書き出してみると、前の職場のよかったことばかりが思い出されるが、よくよく考えてみれば、私は日々、小さなことで、出来の悪い部下たちに対してイライラしたり、役員たちに腹を立て、役員会の帰り道などは心の中で毒づきながらロックを聴いていたものだ。それでも、毎朝、職場に行くことが楽しかった。今はといえば、別に毎朝、会社に行くのが嫌なわけではない。ただ、なんとなくまだ「何も始まっていない」ような気持ちがしているだけかもしれない。あれこれ思いつくままに感情を吐露する私を、W氏はぎゅーっと抱きしめてくれた。W氏がいてくれて本当によかった。そうでなかったら、私はものすごく孤独に感じていただろう。
2019.01.08
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