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2012年もいよいよ残り僅かな時間となりました。最近はfacebookの方ばかりで、これまでほぼ毎日更新していた此のブログも、ややおろそかになってしまっています。しかし、何と言っても、き連ねて丸八年になりもなるこの楽天ブログは、私のSNSにおける原点。多くの縁をこのサイトに因って得ることもできましたし、多くを育てていただいた感があります。で、やはりベースとしてこれからも大切にしていきたいと思います。此処の良さは、じっくり落ち着いて書けること。大晦日・・若い頃、卸売市場に勤めていた私は、師走は大忙しで、31日はまだ配達途中のトラックの中で紅白歌合戦を聴いていました。正月休みも2日しかなく、雨の時も炎天下の時も、真冬の時も、エアコンなどついていないトラックで、毎日、朝から晩まで配達の日々でした。それから比べれば、ほとんどが事務所の中での仕事、年末年始は1週間も休みをとれている今は実に有難いことです。いろいろな経験を経てきたお陰で、今も、様々な職種において頑張っている人の気持ちが多少なりとも理解できますし、回りまわって辿り着いた現在地の有難みも分かります。特に裏方的な存在の現場につい気持ちがいきます。そんな人達へ・・めげずに頑張って欲しいな。皆さんにとって新年が、希望に満ちて明るいものでありますように。では、良い年をお迎えください。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月31日
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他人と比べて何に憂い、何を悔やみますか?幾ら物質的財を持とうと、飛切りの頭脳や容姿に恵まれようと、全てが満たされるわけではありません。不完全なところにこそ、本人が気づかない魅力は多々存在するのです。それを、自ら欠点と決めつけ潰さないことです。何をもって幸せと思うのでしょう。もし、健康体でこれまで大病なく生きてこられたのなら、それはそれで、万々歳なる幸せをひとつ手にしているとも言えるでしょう。財あっても身体弱い者によって、当人は気づかぬ対面の価値を見い出されるのです。であれば、何は無くとも健康体に産んでくれた親に、感謝のひとつも持たなければならない。足ることを知らず、有り余る満たされた中に生き続ければ、感動する対象は薄れ、心は限りなくか細くなっていきます。しかしながら、物質と精神の満杯に余地を持つことこそ、未来への希望と、大切な事への喜びと感謝の念を持ち続けることもできます。自然の美しさや営み、音楽に感動し、なけなしの金をはたいて買う一冊の活字にも、多くの気づきを得ることでしょう。身体に障害を持つ人は、同じ立場の胸の内を理解できます。介護に大変な人は、例え肉親であっても時に煩わしさを感じ、そう思う我の心を責めます。が、責めることなどありません。それが人間なのですから。我を責め、我に問う段階で、貴方の心は既に善側に立っている。小心者であれば、体験なくとも戦争の悲惨さ、恐怖を身近に感じ取ることができます。他人の心の痛みを我が事のように推し量れるようであれば、如何なる飛び抜けた才能よりも、人として、先ずは生きるに十分な人間価値を持つことになるのです。満たされ過ぎた中で、ときめきや有難さのひとつも忘れ、絶えず空虚感を持ちながら生きるのと、手を伸ばし欲すればまだある事の嬉しさ。心勝れば、欲とのバランスを取りながら、人の縁も眼前に起る事象も、はたまた四季の移ろいも、肯定的に懐深く留めることができるのです。小さくともきらめく沢山の事に気づきながら、縁は円を描いて、発する心に、まるでブーメランのように手元に還って来るでしょう。それは直ぐなのか、それとも忘れた頃に突然やって来るのか。はたまた、時を隔てて遠き彼方に再び生きる我なのかもしれません。しかしそんなことを考える必要はありません。想念と行動の延長線上に今があり、誰の所為でもなく、今の在り方によって、我は未来へと運ばれるのですから。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月25日
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早いもので、弊社は来年5月で創業二十周年を迎えます。H5年の3月8日。奇しくも私の誕生日に急遽前の会社を辞めることになり。妻に「今日辞表を出したよ」と言い。他に勤めたいような会社もなく・・やむなく一文無しで、考えもしなかった独立をすることに・・6坪程度の路地を入った狭い事務所を借りて・・「経営などしたくなかったのに・・」^^;あれから二十年。野望などとんと持たない私は、もちろん手に物など持たず所有せず、心一本で今日までやってきました。これは自負できます。このコツコツは誰もできない。まあ真似しようとも思わないでしょうが。爆人それぞれ、大儲けとは一線を画した、これが私の生き方。まあ、これからもキラリと輝き、心に残る仕事と生き様をしていきます。結局、起業は、なるようになっただけです。組織より独自路線を行く。人生上に設定されていたに過ぎない。(^^)ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月22日
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私の故郷は、人口五万程度の小さな城下町です。交通の便等々を含む地方という地域性により、戦後の高度成長時代にもおよそ無関係に、世の趨勢とは隔絶した中を辿ってきた感があります。しかし、私の中では、その変わらぬ子供時代からの風景は、まさに心象風景そのものまでを、壊さずに今日まで運んできたようです。白壁から顔を覗かせる黄色い夏みかん。静寂な日曜日の昼下がりを歩けば、何処からか流れ漏れてくるNHKのど自慢の鐘の音。時は緩やかに刻まれ、低い家並の向こうには澄んだ青空と浮かぶ白い雲。陽光に輝く軒高き寺の甍。ほぼ歩いて行き渡ることのできる小さな町。町の何処に居てもシンボル的に仰ぐことのできる小高い指月山が、まるで人影の様に寄り添いながら碁盤目状の路地を少しばかり歩けば、やがて目の前に松林、そして砂浜と海原が開けてきます。白砂に穏やかに寄せては引く波。水平線に浮かぶ島々。傍には、やはり変わらぬ姿で静かに優しく見守るように指月山が存在している。私の子供の頃、そして、遡る幕末においては、松陰先生も高杉晋作も木戸孝允(桂小五郎)達が見ただろう風景は、今もさして変わりはないのでしょう。観光名所である松陰神社も彼ら旧宅も、私が過ごした日々においては、他所と変わらぬ遊び場所であり風景の中のひとつに過ぎませんでした。私は今もって故郷を愛しています。隔絶されたかの様な町。それは幕末当時においてもそうであったのでしょう。遠く、想い描く江戸に高揚が喧騒している。情報も物も、すぐさま手に入れることのできる現代社会においては、情操は置き去りにされ、熱情も大志も、机上を超えることなどないほどの小ささになっているのではなかろうか。今の政治しかり。先人は、海の向こうに、空の彼方に想いを馳せ、人に会うために見聞を広めるために、江戸に京に長崎に、気の遠くなる距離を自らの脚で駆け抜けて行きました。想(念)いが困難を勝っていたのです。氾濫する情報と、過ぎた個人主義と充たされ過ぎた狭小世界に人間は埋没し、感動も想(念)も手放してしまったようです。溢れる利便性の中で作り上げられた、デジタル的で平面な感情と引換に、人は大切な多くを失ったことに気づかない。個人的利得の追求は際限をみません。暴風雨も、台風の目に入れば何事もないように静かです。混乱の坩堝の中を往左往し続ける人間達。穏やかなる海と広がる青い空。世の喧騒を離れれば、静かに見えてくるものがあります。想いは如何なる障壁を持たず、空間を越えていける。海や空や雲同様、心にも限度はないのです。故郷に限らず、私は、今も昔の名残りをもつ城下町が好きです。其処に佇めば、心は実に落ち着いてきて、先人と同じ様に彼方に想いを馳せることができるのです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月19日
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ご縁をいただいた皆様。今年一年有難うございました。遠隔地からもおいでいただきました。沢山のいただきものに感謝です。みんなみんな、しっかり心に留めさせていただきます。鎌倉や福井のお菓子まで・・社員共々心より御礼申し上げます。(^^)ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月18日
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昨日は、息子夫婦がやって来て「ボーナスが出たから」と、出前の寿司を振る舞ってくれ、私と妻と、姉にもプレゼントをくれました。更にお歳暮ももらいました。誕生日、中元、歳暮・・と事あるごとに家族にしてくれます。学生時代は勉強嫌いで、どうなることやらと思っていましたが、自分でチャレンジしながら、お陰様で一応安心できるところに就職もでき、二十代で家を持ち・・まあ、しっかりやってくれています。私のこの頃は、コツコツを生きながらも生活は大変でした。私とはタイプは違いますが、人生、何がいいかわかりません。そして、学歴とは違うところに人生活路や幸運が存在するのも確かです。基本として必要なのは、やはり誠実さと向上心。昨今の傾向にあるように、就職しても半年ももたないようでは、人生における大切なものを見つけることなどできるわけがありません。気がつけば、何も見つからず何も進歩しないまま、あっという間に惰性の中に人生を流していくようになりますよ。妻が言います。「貴方達が家族仲良く暮らしてくれるのが、何よりの親孝行」親に心配かけず、金銭的にも自立してくれれば上等です。何よりの幸せです。私達夫婦は、私の親の借金を払い、仕送りをし続け・・自分の生活も大変だった時に、妻はとんだ災難でしたが・・その分、天はお返しをくれたんです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月17日
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皆必死ですね。連日何度も同じ事務所からお願いのTELがかかってきたりします。今回は本当に迷いの選挙。しかし責任の一票を必ず投じましょう。棄権はいけませんよ。例え身内であろうと、一票は自由。誰に入れた?など訊くこともありません。けれども、今回は、私自身が立候補者のつもりで、どの政党、個人が云々ということでなく、此の国の在り方について、大局観に立っての考えを述べます。参考として。全員で責任を持たなければならない投票。必ず行きましょうね。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月15日
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いよいよ明後日、投票日です。観ていると、なんだか職業議員さんと、とりあえず議員になろうとしている人とで溢れている感が。中高生の学級委員を選ぶ選挙のほうが、よほどすっきり気持ちいいかも。でも、迷いと諦念のなかでも、選挙には行きましょう。如何なる時にも決して傍観者であってはいけません。生きる権利と共に、此の国の行く末を案じ、希望の明かりを灯していく役目は、国民皆にあるのです。もちろん、投票権のない子供達への責任も。演説や名ばかりのマニフェストに惑わされず、できる限り政党の本質、立候補者の資質を見極めて一票を投じましょう。若い人も、投票所に行かなくて、あれこれ不満を語る資格はありませんよ。皆で憂える此の国の今を考え、少しでも明かりを見出していきましょう。しかし、これだけ悩む選挙もかってない。^_^;ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月14日
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昨夜は、友人と忘年会。二次会は、行きつけのライブハウスへ。早めのクリスマスライブということで、ボーカルのAiさんと客席は一体となって大いに盛り上がりました。最高の夜を過ごしました。Jazzライブハウス「カサブランカ」ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月13日
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今日の朝刊に、防衛省モデルの時計の通販広告が掲載されていました。新聞広告では分かりづらいので、既に私が腕にしているのをUPします。防衛省陸上自衛隊モデルです。ステルス性を高めた仕様で、本体とともにベルトも頑丈。裏側には防衛省陸上自衛隊の刻印とシリアルナンバーが入っています。価格もリーズナブルで、なかなか気に入っています。無謀にも北がミサイルを発射。時計の中央には日の丸。愛国心を持って日本を守ろう。核の抑止力など一時のもの。武力に頼っては、永遠の平和など訪れない。如何なる時にも、人としての在り方に、誇りと毅然さを持って生きよう。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月12日
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時々利用させていただいて、全幅の信頼を寄せているギフトショップから、一足早いクリスマスプレゼントをいただきました。嬉しいな。(^^)アトリエピジョン我が家も、ささやかなにクリスマスモードです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月10日
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幾ら資金力があり事業規模が大きくても、人が集まるとは限らない。幾らトップがやり手で頭が切れようと、人材が人財とはなりえない。幾ら地位や待遇、高給をもってしても、人財を留めることはできない。例え小さな会社であろうと、優秀な人間を雇用することはできる。例えトップが未熟さ満々であろうとも、人が人財となり得る。企業規模によっては、社内運営と更なる成長の為にも、システム化は必要だ。ある面、人をひとつの駒で捉えてこそ事業拡大も又可能だろう。肩書きや物質的財産の多寡と人間的質が正比例しないと同じで、事業規模と経営姿勢が一であることもない。スキルで人心を動かすことはできない。頭脳明晰であったとして、人を観れるとは限らない。儲けのセンスがあったとして雇用のセンスがあるとは限らない。砂上の事業規模に、疑心暗鬼の裸の王様もまた多い。名が通った大企業や、事業も経営も安定した企業ならともかく、中小零細企業にとっては、人一人が大切だ。中小零細で、経営者に人を観るセンスも、自らに、人生の王道を行く志も感性もなければアウトだ。小さな会社は、心に呼応した個が活かされていなければならない。規模や金でも人財は集まらない、育たない。七度の転職。私の流転は、詰まる所、人を求めていたに過ぎない。結果、私は止む無く独立することになった。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月07日
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人生は双六(すごろく)のようなものです。スキップするように軽やかに進んだかと思えば、停滞したり、後戻りしたり。時に障害物も迷路も用意されています。まあしかし、ゲームと違い人生の双六というのは、本来其処に競争はなく、自らの意志さえあれば、命尽きるまで、駒を前に進めることができるのです。しかしながら人は、とかく人生の盤面に他所の芝生を持ち込み、競いを生じさせ、羨み、比較して我の状況を嘆き、一喜一憂し、いつしか歩を進めることもせず、滞留の中になんとなくの居心地よい安堵と諦観の自分世界を作り上げてしまいがちです。一歩でも前に向いて歩けば、時どきにおける現在の居場所は、何時だってGOALに近い立ち位置にいるってことです。平面に捉えがちな人生双六。例えば塀に塞がれた迷路も、頭を少し起こせば、青空も見え、今日も、何事もなく悠々と流れる白い雲の存在も分かります。少し高みに心を遊ばせ鳥瞰すれば、視野に入る全体のなかで、いかに小さく狭い場所に自分が右往左往していたかに気づくでしょう。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年12月04日
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