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スコットランドが誇る国民的作家はウォルター・スコット↓ 彼の代表作「アイヴァンホー」 Ivanhoe ロビンフッドも登場する痛快歴史小説・・・・・なのだそうだ(今通読中) この冒頭の部分を読んで、およよ!っとびっくり世界史派のカタなら常識なのかもしれないけど義経派の私には、すご~く新鮮な驚きだったのは英語が、どうやって誕生したかっていう行である。時は4世紀。イギリスはケルト民族の住む平和な島であったが折りしもゲルマン民族の「民族大移動」が始まりドイツやスカンジナビアからゲルマン民族の一部アングロ・サクソン人が侵入しケルト人を西へ!北へ!とおいやりイギリスに定住する。彼らがしゃべっていたアングロサクソン語は古英語と呼ばれるものところがこのイギリスに今度は北の方からバイキングが襲ってくる彼らはフランスも手中にしとうとう1066年、イギリスも征服してしまうのだこの彼らがノルマン人でその後イギリスの貴族となり逢われ、アングロサクソン人は下僕となっていくところでこの時代、上流社会のノルマン人しゃべれるのはフランス語だけそして、使えることになった庶民のアングロサクソン人はアングロサクソン語だけでも、使う身と、使われる身、やはりコミュニケーションの必要がいるそこで、この2つの言葉の共通語が生まれたこれが、現在の英語の元となったんだってへぇ~中世まで、貴族たちがフランス語を話していたのは言ってみれば彼らにとっては母国語だったわけだなーんだ!で、私は考えました(?_?)フランス語を話す人々から見ると英語は卑しい下僕とのコミュニケーションのための言葉だから、英語がしゃべれることはちっとも彼らにとってステータスではなかったはず。今でもフランス人が英語を話さない(といわれる)のはこういう歴史にあるというのはうがりすぎ?でもその後のイギリスの植民地づくりと18世紀頃からの移民政策でいざやアメリカにいざや世界にその結果英語人(うちのこどもらがコウ呼ぶ)は世界に散らばりとうとう英語が「世界共通語」の位置をつかんでしまったのはフランス人(ノルマン人)にとっては「くやじ~~~~~」ことに違いないねなんてどうこういってもああ、なんで日本語が世界の言葉にならなかったのかなあぼやきたくなる日もあるのらま、諦めて今日も英語のクラスに行くとするか
2005.11.30
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このところ珍しく気分は不調・・・('_')先週から風邪がおなかに来たのか頭痛と下痢を繰り返ししかも~寒い!ヨーロッパ大寒波だそうだ日本だって、もっと寒いところがあるんだから文句は言えないんだけどぉーピリピリ寒くて切なくなるよーそんなに寒くて不調なのに土曜はCelticの応援に行った・・・俊輔さん、先週発熱したので、初欠場!しかも、最下位のダムファームリンに負けたぁ~~~なんちゅうこっちゃまあ、現地紙に「中村がいないとダメだ!」と書いていただいたので気分を直すとするか。俊輔さん、元気になってー・・・と、こんなときお友達のyu☆さんが面白い記事をおくってくれたのだちょこっと紹介スコットランドのグレンジマウスに住む20歳のアラン・ベニー君。公園を歩いていると 見ず知らずの魚を持った男が近寄ってきて「Do you want to kiss my fish?][お前、俺の魚にキスしたいと思わないか?」あなたならどうする??アラン君は、多分あなたと同じ方法をとったのですそう、無視したわけそうしたら、この魚男(魚君は可愛いけど、魚男は気味悪い!)「俺がキスしろって頼んだら、ちゃんとキスしろよ!」と怒ってその魚でアラン君をポカリアラン君のほっぺたにはあわれ!うろこが刺さり、はれ上がったのだそうな。当然、この男は逮捕されました。世の中、変な人がいるのよねー私も前に「バスの中で、人に向かってブドウ投げる女」に遭遇したことが!なんか、スコットランドって食べ物系変質者が多くない?なんて書いているうちにふっふ楽しくなってきたよんさあ、今日も壊れたヒーターにもめげず頭痛にもめげず楽しくいきまっしょい!!!!!
2005.11.28
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だーい好きなFunFun♪さんからのお気に入りバトン♪確かに受け取りましたよー早速きのうからあれこれ あれこれ考えてみると すごくいっぱいお気に入りがありまする(困)たとえばかおっとと私の大好物はホイップクリーム!食パンにマーマレード塗ってこんもりとホイップクリームをのせるのが最近のマイブームヾ(=^▽^=)ノしたがって、スタバの生クリームつきラテは大好きなのになかなか「Whip cream」が発音できない苦労は前に書きましたとおり(>_
2005.11.22
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宿敵Rangersに大勝利~~~アンゴラ戦を勝利に導き昨日グラスゴーに凱旋してきた俊輔さん!今日はオールド・ファームと呼ばれる宿敵Rangersとの 伝統の一戦だ!グラスゴーの空港に降り立った彼は「疲れたよ」といっていたのにフィールドを走り回る彼はほんまにかっこよかったわ~3-0のスコアのうち2点にからむ大活躍\(^o^)/観客席からは「ナカ~~~!!!」と黄色い・・・いやオヤジ軍団の声援が飛び後半35分で交代するまで大活躍でしたぁ~速報!しかし、びっくりしたのは初めて直に見た オールド・ファームのすごさいつもの駐車スペースに止めようとしたときとあるおじさんに呼び止められた「ここはRangersの駐車地域だから止めない方が無難だよ車、ボコボコにされるぜ!」おじさん、ありがとよー何と、暗黙の了解で車のすみわけまでしているのだ当然、入場口は完全に分かれ彼らの入場口にはバリケードが築かれて姿も見えない異様な歓声だけが聞こえてくるのだ試合が始まればもうののしるわ歌うわ叫ぶわ歌だってただの応援歌ではないのだぞRangersの応援席を全員(ほぼね)が指差しながらケチョンケチョンにけなす歌(らしい・・・)もちろん暴れ者Rangersのファンも黙ってなんぞはおらなんだ。前回の試合の終了後は20人も逮捕された「実績」つき最初から最後まで総立ちで紙テープは投げるわ物はとばすわ面白いのはRangersの応援席にはUKの旗 ユニオンジャックCelticの応援席にはアイルランドの国旗がはためく同じ国の試合ではないのだねアイルランド系のカソリックとイングランド系のプロテスタントの代理戦争と言われる由縁はここにあるのだそんなに熱くならんでよーと思うのだけど歴史が許してはくれないのだね。でもまあこうしてサッカーで競い合っていると言うことは平和だということだちょっとはののしりあいも許してやるか
2005.11.19
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とうとう天皇家のお嬢様紀宮妃が結婚され「黒田清子」さんになられました!!!昨日NHKのニュースでしみじみ人様の幸せごとながらあったか~~い気分となりました。紀宮妃が 結婚の朝 皇居を離れられるとき美智子妃がしっかり抱きしめて「大丈夫よ!!」と何度もおっしゃったそうです。お召し物も さぞ豪華なとおもいきやドアが開いてびっくり普通の訪問着(もちろん豪華ですが)で決して十二一重でも文金高島田でもないのねーしかもこのお着物紀宮妃のたってのご希望でお母様の着物を借りられたとか式も本当に質素でお色直しもケーキカットもなくお食事もお二人で試食されて手早く食べられるからと簡単なフレンチになりましたお二人が入場された時天皇皇后両陛下の前に立たれて挨拶をされたのですがその時の美智子費のまなざしがなんとも初めて見る「母のまなざし」でしたもう、可愛くてしょうがないという「かーちゃん」の目なのです!ああいう神々しいおうちに生まれてご家族だけになることなんてめったにないだろうし親子喧嘩なんて出来ない世界なんだろうけどそれは本当につらいことかもしれませんだって、どこの世界でも親子の愛情には違いがないのだから時にはうーんと抱きしめてチュッチュッとしたいだろうし子供だってギャーギャーわめいて親を困らせたい時もあるはずそういうものを乗り越えてあのまなざしなんだろうなー本当に清子ちゃんは良い子ですねー
2005.11.16
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わたしの英語のクラス♪いろんな国からいろんな人が来ている♪スウェーデンから来た可愛い女の子、ただいま住み込みナニーで働くスウェーデンは英語教育が盛ん彼女もとても英語が上手ドイツ人のカップル日本にもいたことがある素敵な2人ドイツ領では英語は通じないってもう過去のことこちらで会うドイツ人はみんなすごく英語がうまい。スペイン人の女の子2人スペイン人はすごく多いよね。こちらで働いて、英語勉強していつかは国に帰って英語でいい仕事を見つけると言うパターン日本人にはLとRの発音の区別が難しいけど彼らには、たとえばCup とCapが区別できないんだってポーランド人のおじさんスペイン人よりもっと多い!EU加盟国間で労働ビザがいらないため、なだれるように増えているポーランドでは第2外国語はドイツ語かロシア語だから英語は1からと言う人多いけど仕事のために学ぶ姿勢は真剣!歯医者さんもポーランド人が増えているそうです日本人♪私をいれて3人。みんな主婦!!とっても素敵なお友達インドネシア人の新妻彼女は先週結婚したほやほやの幸せもの!そして今日の主役だぁ~~~マレーシア人のおばちゃま中国系マレーシア人の彼女ご主人がインバネス近くの古城ホテルを経営すると言う超お金持ち彼女がすごい何がすごいって英語も上手なんだけど(かなりの中国訛ですけど)先生が何か質問するとぜ~~~~~んぶ一人で答えちゃうクラスに何人いようと絶対ゆずらない!ゲームをすればもう命がけの真剣一本勝負だ 時には気がつくと先生を差し置いて自分で講義していたりするのだ家に帰って「もう、たまんないよ~」と愚痴をこぼした私に「英語はそうやってうまくなるのだ。」とダンナさん順番に答えて行く世界に育った私には生存競争という精神はバーゲンセールと電車の席取りにしか反応しない特に学問分野では積極的に人に譲って参ったのだでも、ガイコクでは違うらしいしゃべったもの勝ちこういうハングリー精神に欠けるから私の英語はカタツムリの駆けっこだ~
2005.11.14
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高杉晋作に始まってこのごろ幕末づくしで乱読しているのだけれど明治の新政府になってからも 陰謀と謀略が渦巻き警察組織は、まるで政治家お抱え密偵集団だったそうだ日本史が結構好きで学校でも一番好きな科目だったけど教科書には出てこない「明治の勇士」の裏の姿を改めて読んでいくと「おお、ブルータス、お前もか」その延長のような太平洋戦争が終わり私も一応戦後の世代戦争中の話は母から聞くけどあまりに悲惨で 実感がわかなかったりするそれほど、今は平和なのかといえば昨日今日のニュースだけでも どんなに危うい「平和」なのかと思う6カ国協議しかりフランスの暴動しかりそして、戦没者慰霊碑の問題無宗教の慰霊碑の建立を検討して行く議員連盟が発足同時に戦没者の遺族が国会内で集会をし「英霊を祭るのは靖国であるべき」と反対集会をしたのだとか戦没者は神道の方々ばかりではないしそれぞれの追悼のやり方も違うはずだから慰霊塔になればより多くの人々が納得すると思うのだけど「靖国であるべきだ」という思想が過去の戦争を動かしていたんじゃなかったっけロシアや中央ヨーロッパには人種差別を標榜する 坊主狩り若者集団があらわれアジア人、アフリカ人を標的に暴力行為が広がっている日本人も被害にあっているほど深刻な事態だそうだ私たちの「普通の毎日」は決して明日を保障してはくれない。人の心に、他に対する不快感がある限りいつ何時 また50年前にも100年前にも 戻ってしまうタイムマシーンが実はすごく身近に潜んでいるのだ人の世の形は変われど心はそんなに成長してはいないんだね大人は子供に「誰とでも仲良くするんですよ」と教えるくせになんで大人は隣の国とさえ仲良くすることが出来ないんだろう
2005.11.09
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よく遊びに来てくださるhunyu-hunyuさんは高杉晋作の大ファンと聞いていたのでつい読んでしまった大岡昇平の「高杉晋作」小説と言うよりも、淡々と事実を重ねていく形で幕末の英雄、高杉晋作を描いている。破天荒な風雲児、晋作の生き方も面白く読んだがその中に、すごくスコッツ心がそそられるくだりがあった晋作と同じ長州藩の伊藤俊輔(博文)、井上聞多(馨)、井上勝、遠藤謹助、山尾庸三この5人は長州5人衆と呼ばれ幕末にトーマスグラバーの手引きでイギリスに留学したのは有名な話。でも、このとき実は大変な時期に日本を発っていた外国嫌いであった天皇から勅命で攘夷の命令が下り長州は文久3年 5月8日に攘夷を決行する・・・つまり 馬関(下関)で外国船を襲ったのである5人衆が日本を離れたのは、なんとこの2日前船中、どんなにか日本の、というより我が藩長州の安否が気になったことだろうか悠々と留学気分での渡英ではなかったのだそれはそれは必死の旅であり必死の勉学であったことだろう長州にしても尊王だの攘夷だのと騒いでいたものの藩として5人を留学(視察)に送り出していうわけだから表向きは攘夷であってもその実、はるかに文明の進んだ英国に学び新しい空気を取り入れる準備を怠らなかったところが先見の明だったのかもしれない帰国直後の元治元年折りしも四国(英米仏蘭)連合の艦隊が、日本を襲うと言うとき伊藤や井上は「とても欧米にはかなわない」と説得に回り、彼らが使節となって外国船に攻撃中止をもとめていくが、残念ながら間に合わず大いに被害を受けてしまうその時に講和交渉に向かったのが高杉晋作なのだそうだ伊藤や井上を従えて見事に講和条約をむすびその後長州はせっせと英国から船や武器を買ってどんどん幕府より強くなっていくのだ実は高杉もそんな中でグラバーに留学を願い出たこともあるそうで彼が英国に行っていたら又違った歴史が日本を変えていたのかもしれないね結局高杉晋作くんは 結核で29歳の短い生涯を閉じる彼の活躍の陰で、上手く生きていたと言われる伊藤や井上が明治の中核をになっていったのだから政治とは今も昔も変わらないのかも余談ですが高杉がグラバーから買い付けた船の名前「オテントサマ号」っていうんだってこれって やっぱり日本語だよね
2005.11.05
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昨夜はハロウィンw(゚o゚)w !スコットランドも町中お化けとカボチャのオンパレード我が家に訪問者はなかったけど普通なら夜中まで家を「オープンハウス」にしてくるものは拒まず式のドンちゃん騒ぎらしい。近所でもたくさん花火が上がっていました。ハロウィンの起源は色々言われているけどスコットランドの人々は「われらが起源」と思っているスコットランドが誇る民族派の詩人ロバート・バーンズ Robert Burns彼の書いた有名な詩「タム・オー・シャンター」 Tam O'Shanterここに秘密があるのだもともとケルト民族に伝わる魔女伝説をもとに書かれたこの詩酔っ払いのシャンター牧場のタム君がある日、酔っ払って魔界に入り込みとある教会をのぞくとあらら、そこでは楽しそうに飲めや歌えの大騒ぎ思わず一緒に歌いだしたタム君一瞬のうちに教会は真っ暗にそう、そこで騒いでいたのは魔物たちあわてて逃げ出したタム君を魔女のカティー・サークが追いかけるカティー・サークとは「短いスリップ」と言う意味だそうでうん、ちょっと色っぽいかな必死に馬に乗って逃げるタム君でも馬の尻尾に追いすがったカティーサークはとうとう魔界の境である橋を渡ってしまう馬の尻尾が切れてタム君、何とか逃げおおせたもののあれまあ、魔女のカティー・サークは人の世界に残ってしまう・・そして、ハロウィンの主役となった・・・んだって。このタム・オー・シャンタ、スコットランドの子供たちは一度は学校で暗礁させられると言うほど有名な詩ですハロウィンの起源は、1000年以上前からケルト民族に伝わる習慣ともいわれるそうだからこれが確かに古い民話としてこの地方に残っていても不思議ではありませんでも本当にハロウィンの起源のひとつかどうかは別としてもそう信じたくなる おとぎ話かもだって、バーンズの生まれたAlloway アロウェイにいくと彼が覗いたと言われる古い教会Auld Kirk Allowayもタムの愛馬メグが必死になって超えた橋 Brig O'Doon も見ることが出来るのだもし短い下着姿の女の子が「Trick or Treat ?」と言って訪ねてきたらそれは カティーサークかもしれないねちなみにカティーサークはその後船の船首に守り神として再来しそして、お酒の名前にもなりました・・・とさ
2005.11.01
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