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懲りもせずにダイエットをはじめて四日目。とりあえずダンベル体操は続けている。意識して動くようにも心がけていた。しかーし、買い物先でお腹が減ってしまい、誘惑に駆られてマックに行ってしまった・・・おかげでちょっと増えちゃったよ。 今晩は、豚しゃぶだったんだけど、肉は一切食べずに野菜のみにした。でも減らない。あー、誘惑に負けるんじゃなかった・・・よし、明日からはもっと気合を入れるぞーーーー。
2003.11.30
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本日は雨降りで、父も母も畑仕事に出られず、家の中でごそごそ。おかげでおいらもお掃除することに・・・そんなにたくさんやったわけではないが、台所の電気の傘を拭いたり、食器乾燥機をピカピカにしたり、お皿などを漂白し、レンジ周りを綺麗にすることが出来た。疲れたけれど、年の瀬に大慌てして掃除をしなくても良いようにと、母からのお達しだ。その母は、収穫した大豆を悪い豆を取り除く作業に精を出していた。来年の二月ごろに味噌を作るのでその準備だ。また、正月の煮豆にもなる。「黒豆も煮なくっちゃ」と夜煮ていた。明後日からは12月。段々せわしくなるねー。♪♪♪♪♪♪♪♪やっと、16000番になりました。どうもありがとうございます。
2003.11.29
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今日は午前中出勤で、早く家に帰ることが出来るため、久しぶりに自転車で出勤することにした。 途中までは風を切っていい気分だったのだが、ちょっとした弾みでハンドルがガクッと、落ちるようになってしまい、そこからは運転に慎重をきたし、だましだまし乗っていった。 仕事帰りに自転車やさんでハンドルのネジをしっかり締めてもらい後は快調に・・・しかーし、体力の低下と、体重の重さを確実に感じてしまった。行きの時点ですでに足が疲れ始め、帰りではお尻がすぐに痛くなってしまった。うーん、四月に自転車に乗ったときはこんなことなかったのに・・・ということは、仕事で楽をしているということかな? 明日は天気が悪いというけど、もしもよかったら畑仕事に精を出そうかな。
2003.11.28
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昨日久しぶりに体重計に乗った。 恐ろしいことに、増えていた。 あっもう、これはやばいということで、今日からダイエット。 とりあえずはダンベル体操20分と、 ダイエット日記を書くことにした。 いつで続けれるかわからないけど、真剣にやばいのだ。 とりあえず頑張るぞ。
2003.11.27
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昨日一昨日と旅行ネタだったので書くことがいっぱいだったけど、今日はあんまりないです。さて、「16000番」のカウプレをしていますが、何ともう十二月になりそうで、十一月の落ち葉のちりめん歳時記では、季節外れかもしれません。でも、もし踏まれた方は是非書き込みしてくださいね。明日は、合唱の練習だから、ちょっと練習しておこうかなと思います。何せ一番へたっぴいで恥ずかしいです。今日子供達と歌を歌うのにちょっと発声練習を兼ねて大声で歌いました。これも恥ずかしいけどよい練習チャンスだと思ってます。さあ、明日もガンバロー!
2003.11.26
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さて、嵯峨野路後編です。常寂光寺からは、わりとすぐの二尊院を目指してポテポテと歩きました。さすがに疲れてきました。そのころ、雨は霧雨のようになり、しかも降ったり止んだりの繰り返し。しかし皆気にすることなく傘も差さずに歩いたよ。二尊院・・・ここも山道が結構大変でした。総門という大きな門をくぐって、紅葉の参道を上をみながら歩いたので、あまり建物などに目がいってなかったよ。ここでも、藤原定家の山荘があるとの事。でも今回は紅葉を見るだけで精一杯でひたすら歩いたんだ。残念だったのは板東妻三郎さんの墓を見逃したこと。ここにあるんだって。祇王寺・・・平清盛が寵愛していた白拍子、祇王と、妹の祇女、母の刀自が尼となって住んでいたといわれるお寺。そして、祇王が仏門に入る原因となった、清盛が心変わりした仏御前もまた剃髪してともに尼となったという悲劇のお寺だそうだ。閑散とした庭園はそれでも美しいたたずまいを見せ、訪れた観光客を千年のむかしに連れて行ってくれるようで、よかったです。大覚寺・・・あー、祇王寺から大覚寺までの道のりはかなりあった。しかも、雨は霧雨状態から小雨となって、おいらたちの体を冷やしたよ。多くの人は、土産物屋さんの軒先で雨宿りをしたけど相棒はそれは嫌みたいで結局、大覚寺に着くまでは雨宿りしなかった。大覚寺はよく時代劇で、その門前とかが使われるから結構ポピュラースポットだと思うけど、人人人の人だかり。狩野派の美しい壁絵も、たくさんの人の隙間を縫って見たよ。回廊をスリッパなしで歩いたらすっかり冷えてしまい、後で、お茶屋山に入って食べた善哉が美味しかったこと。その後、大沢池をぐるっと一周しました。その時、前回ここにきたときには気がつかなかったものを発見。「名古曽の滝」前は全然気が付かなかったんだ。滝の音は 絶えて久しくなりぬれど なこそながれて なほ聞こえけれ・・・大納言公任(藤原公任)・・・その昔、嵯峨帝が離宮の庭に作った有名な滝。多くの文人歌人が集まり宮廷文化に花を咲かせたという、今は枯れてしまった滝ですが、その名声だけは今もなお聞こえてきますよ。・・・まさに、この歌の通り、滝の跡は無残なものでしたが、それでもなお、京都、特に奥嵯峨野はいにしえの歴史の息吹を感じさせられるところだと思いました。嵯峨帝・・・平安京を開いた桓武天皇の皇子・・・帰りはさすがに市バスに乗って嵯峨嵐山駅まで・・・お土産と夕食は京都駅の駅ビルで済ませたよ。嵯峨野寺を一日歩いた歩数は3万8468歩。おいらは二歩で一メートルぐらいだから、19kmと234mほど歩いたことになる。おおーっ、結構歩いたなー。今回おいらにとって、京都はとてもタイムリーだった。今おいらが読んでいる本が、歴史ファンタジーというか、オカルトネオファンタジーともいうべきものを二種類読んでいて、一つが、平安中期の藤原道長の時代、もう一つが、嵯峨帝の御世の頃のお話で、「おおっ、ここが本にでてきたあだし野か?」とか、嵯峨帝が作られた大覚寺を見て感動したりとまあ、小説の舞台にたつことが出来てとても楽しかったです。紅葉も綺麗だったし。ということで、今回は、嵯峨野で見た紅葉の写真です。見づらいとは思いますがみてください。 宝厳院です。 宝厳院獅子吼の庭の紅葉の大木です。獅子吼の庭の中では一番見事な紅葉で、獅子岩とともにパンフレットや旅行雑誌にも載ってます。 嵯峨野菊・・・常寂光寺と大覚寺で、展覧してました。 ちょこっとだけ常寂光寺の山門が見えてます。 大覚寺の大沢池で、向こう岸の二本のいちょうの黄色が見事で思わずパチリ。
2003.11.25
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今日は、土曜日に出かけた嵯峨野のことを書きます。おいらと相棒は新幹線で名古屋から京都へ・・・このとき始めて新幹線で立ったまま行きました。自由席は満席状態だったのだ。名古屋は快晴だったため、雨具は持っていかなかった。途中、山の端から虹がそそり立つ様はとても美しく一人わあわあ言って感動していたが、米原あたりから天気は悪くなり、滋賀のあたりでは結構降っていた。そして京都は晴れ間が除いていたので一安心。京都駅からは、JR山陰本線(嵯峨野線)に乗り、嵯峨嵐山駅に・・・以前はトロッコ嵐山駅からトロッコに乗って往復の風景を楽しんだが今回はその予定はなくひたすら歩きました。しかしまあ、人の多いことといったら、観光シーズンだったため人の往来が激しくて小路に入ると車が通れないありさまだった。おいらたちは、JRが売り出している四寺院お徳セットという切符を買った。宝厳院、常寂光寺、二尊院、大覚寺の四寺院の割引拝観セットだ。多くの人がこのセットをかっていたようで、皆黙々と天竜寺を目指していた。おいらたちも、天竜寺の庭と、その近くにある宝厳院を目指した。-天竜寺宝厳院-天竜寺の参道に入るとやはり紅葉の美しさに目が奪われた。駐車場や脇の道ですら緑から赤へのグラデーションを見せる紅葉。脇に入って、宝厳院の門前では、全国の様々な人たちから奉納された羅漢像が出迎えてくれた。庭の中は参道より一層鮮やかに咲き染まる紅葉が見事。中でも一番見事だったのは、獅子吼といわれる石の前に立つ紅葉の木だった。獅子吼というのは仏が説法をするという意味だそうだ。枯山水庭園を見事に彩った素晴らしい眺めだった。此処で渡月橋まで散策した。時折人力車に乗っている人たちとすれ違う。観光人力車で、嵯峨野のまちを一回りしながら詳しく案内してくれるらしい。渡月橋が発着場になっているようだ。そして渡月橋も人の往来が激しく、時には押し合いへし合うことも・・・風情どころではなかった。お昼時・・・はじめは、ドリンクチケットがあるため、ホテル嵐亭で食べようといっていたのだが、待ち時間が長かったため、別のところに・・・大堰川(保津川、桂川)沿いの料理屋さんで、おいらは湯豆腐定食、相棒はおでん定食を食べた。時折小雨が降り、風が冷たい一日だったので、暖かいお豆腐やおでんをつついてほっと出来たよ。でも、室内ではなく、川を眺めれるように外に作られた方丈の座敷だったため、やっぱり寒かったけどね。別に雑誌に取り上げられている店ではなかったけど、美味しくって大満足だったよ。それに、船で結婚式場に向かう新郎新婦も見ることが出来て得した気分だった。-竹林と野宮神社-お昼を食べてからはまた天竜寺のほうにもどり、今度は常寂光寺を目指した。ちゃんとところどころに立て札があり、観光客はそれを見ながら歩いたよ。天竜寺から常寂光寺まではとても美しい竹林の中を縫うようにして歩いた。おいらの家近所ではこんな大きな竹林を見ることはなく、一本一本の竹の太さにも感嘆した。相棒なんかは実際何度も触ってはその太さの手ごたえを感じていたようだ。さやさやとなる竹の葉ずれの音を聞きながら、「この竹達は一体どれぐらいの時代を生きてきたのだろう。この何代かまえの竹から京都の歴史を見て、子孫を残し今に至るんだなー」なーんて、感慨深かった。途中「野宮神社」によった。本によると、彩色されていない自然なままの鳥居が有名らしかったが人の多さでそれど頃ではなかった。野宮縁起によると、天皇家の未婚の皇女が斎宮となって、伊勢に下る際にこの野宮で一年間潔斎して過ごすならわしとなっていたため、本社では天照大神を祀ってあるとの事。また奥には子宝安産の神様の社もあり、当然そこでお参りしたよ。-常寂光寺-野宮から結構歩きました。道端の土産物屋に心奪われながらも相棒と一緒だとゆっくり見ることもかなわずさくさくと目的地へ、小倉山の途中にあるこの寺は、道がきつかった。長い階段をえっちらおっちら歩いて本堂までたどり着く途中、振り返ってみると、足元に見える紅葉が綺麗で、また、仰ぎ見る紅葉も綺麗でなんともいえなかった。陽光浴びて下から透かし見る紅葉が十重二十重の波を打ちホウッと、嘆息して見入ってしまったよ。-小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびのみゆきまたなむ・・・貞信公残念ながら藤原定家の山荘といわれる時雨亭はもう少し奥に行った所だったのであきらめて帰ってきた。そして恥ずかしいことに、ここが万葉の世界で有名な小倉山だと知ったのはお寺を後にしたときだった。くっすん少し長くなってしまったので、続きは明日書きます。明日は多分写真付でしょう。★★★★★★★★★★今朝、母とひと悶着を起こしてしまった。我ながら怒りっぽくなってきていると思う。何とか母とも穏やかに過ごしたいものだ。
2003.11.24
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結局疲れていて、早々と寝てしまいました。嵯峨野はとっても綺麗でした。紅葉も見ごろでした。ただ人が多かったです。詳しくは、夜書きますね。写真は火曜日にアップしまーす。
2003.11.23
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京都嵯峨野をてくてくと歩いたおかげですっかり疲れちゃいました。いっぱい書きたいことはあるんだけど、明日ゆっくり書きます。おやすみなさい。
2003.11.22
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久々のテーマによる保育園ネタです。このところ五歳児クラスに入ることが多くなった。理由は様々であるが、少し前だと、休憩時間の間だけの交代要員で一時間ぐらい入るだけだったんだけど、このところは給食後から午後のおやつを食べ終わるまで預かることもある。おいらも少し前まで正規の保育士として別の市町村で働いていたから、正職の先生達の大変さはわかるので文句とか、嫌だと思うことは全くない。ないのだが、悩むことはかなりある。一番の悩みは「喧嘩の仲裁」だ。 このことを考えると本当に胃が痛くなる。パートのおいらでさえそうなのだから担任はもっと悩んでいることだろう。もちろん顔には皆出さないけどね。 五歳児ともなると、知能も随分発達し、嗜好もはっきりし、自分で工夫することを覚え、・・・とにかく、理屈ばかりでなく屁理屈も言うようになり、そしてとても傷つきやすい。 今日、鬼ごっこをしていてRちゃんと、Tくんが喧嘩になった。TくんがRちゃんを数回殴ったのだ。Rちゃんは激しく泣き出し、ちょうどその現場を見ていなかったおいらは事情を聞くためにT君に、話をするようにといった。しかし、T君は、殴ったこは叱られることだとわかっているので、アスレチック遊具にのぼって、降りてこようとしない。彼の人となりはわかっていたので、優しくいうよりも、強い口調で降りてくるように言い、彼はRちゃんのもとにやってきた。 Rちゃんはまだ泣き止まないのでTくんにまず話を聞く。はじめは渋々ながらも経緯を話してくれた。 要約すると、鬼ごっこのルールで、Rちゃんが守らなかったため、それが許せなくて彼は殴ってしまったのだ。Rちゃんにルールを守らなかったのかと、問うと「うん」ということだった。問題は此処からだ。まず、殴るという行為だけで見ると、T君が悪い事になる。そして、彼の今までの行動からも、我慢が出来なくて手や足がすぐに出てしまうことは周囲の誰もが知っている。 一方Rちゃんは殴られたから泣いているのだが、ルールを守らなかったことに対する彼の怒りの現れだったのだ。これを「殴ったからいけないんだ」とT君に注意し 「ルールを守らなかったのがいけないんだ」とRちゃんに注意し、喧嘩したらどうすればいいのかな?問い掛けて「ごめんなさい」と双方謝らせる。・・・だけなら話は簡単だが、でも、それでは根本的なことは何も解決しないのではないか、と思うのだ。だからまず、T君の気持ちを理解し受け入れてから、まず、手足を出さずに我慢する気持ちも必要なことを聞かせ、そうすることによって、あとで自分が嫌な気持ち(後悔)することもなくなり、楽しく遊べることなどを懇々と話した。そしてRちゃんには、殴られて痛かったところをやさしくなでながら、彼女の気持ちにも理解を示しここで、Tくんに、Rちゃん痛かったんだって・・・と伝えながら、でも・・・と、Rちゃんに何故T君が怒ったのか、どうして殴られるということになったのかを出来るだけわかりやすく話して聞かせた。そして、ルールを守って遊ぶから鬼ごっこは楽しいんだ、また、ルールを守ることも大切なんだということを伝えるようにした。一応二人は納得したようで、「ごめんなさい」と謝ることが出来たが、果たしてこの仲裁がよかったのかどうかはわからない。ただ、一方的に大人の考えを押し付けるのはよくないので、問い掛けたり、時にはちょっとおどけたりしながらでも、肝心なことはきちんと注意をしたつもりだ。それでも、喧嘩の仲裁にマニュアルなんてなく、臨機応変に対応しなくてはならない。しかもおいらは担任ではないのだ。一時だけの保育士が、子供達の心にどれだけ食い込めるかわからない。とにかく、心の問題はとても難しい・・・そんなことを実感した日でした。
2003.11.21
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今、コーラスでは来月に迫った、ホテルでのミニコンサートに向けて取り組んでいる最中だ。おいらたちの団だけではなくて、他の団も一緒で全部で四十人くらいらしい。もちろん先生達が主で、おいらたちはバックコーラスだ。歌う演目は、 歌曲「椿姫」より乾杯の歌 「走れコータロー」 「北の国から」 「クリスマスソングメドレー」 ・荒野の果てに ・きよしこの夜 ・もろびとこぞりて ・ああベツレヘムよ ・もみのき ・主よ、人の望みの喜びよ ・赤鼻のトナカイ ・ママがサンタにキッスした ・サンタが町にやってくる ・ホワイトクリスマス 「世界に一つだけの花」だ。クリスマスソングはまだ良い。楽譜を見ながら歌えるのだ。でも他は暗譜。一番辛いのはなんといっても「椿姫」だ。♪アー、/リディア/モ,ファカリーチ、ピュウ、カルディヴァチカーブラァ・・・なーんて原語で歌うんだけど、もう時々何処を歌っているのかわからなくなっちゃって、おいらなんか情感をこめるどころじゃないよ。でも先生はさすが。ちょっと歌うだけでうっとりとしてしまう。とにかくおいらは言葉を覚えるのと、音をとるので必死。隣にはベテランの先輩方が座っていてたまにおいらが音をはずすと、「ん?」と気になるらしい。ごめんなさーい、頑張って練習しておきますー。先生も個人的に注意や指導をするよりも、全体的な指導が多くなってきた。もうあと一ヶ月をきったからだ。音はだいぶ取れるようになってきたので頑張らなくっちゃ。それ以外では「わだつみの木」を練習したよ。この曲も結構難しいけど、なかなかしっとりとしていい歌だと思うのでどこかで発表できるといいなー。
2003.11.20
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きのう、給与明細書のことを書いたらいろんな方がアドバイスや体験を語ってくれました。ありがとうございます。とりあえず実質の振込み額はわかっていたし、十万以下の月には所得税がかかっておらず、また、それ以上の時には何%の所得税が引き落とされているか計算し、事なきをえました。大騒ぎしてご迷惑をかけてごめんなさい。さて、今日は、というか、昨日の夜?はアランドロンの映画の続きを見るつもりだったのに、相棒がおいらよりも早く帰ってきていてその野望かないませんでした。ああ、続きが気になるよー。
2003.11.19
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相棒の会社においらの給与所得の総額を提出しなければならなくなった。でも実は、おいらそのことよくわかってなかったんだ。だって今までそんなことしたことなかったから。そして、ずぼらで、ある意味金銭に対する執着が薄いせいか、自分の給料明細書をまじまじと見たことがない。そして、本当にずぼらなのでどこかに無くしてしまった。多分ゴミ箱行きになったと思う。どうしよう。今更なくなったものは帰ってこないしー・・・実質の収入額はわかっているんだけど、所得税の分がネー・・・はー、これからはきちんと管理しなくてはいけないと固く心に誓いましたとも。ええっ
2003.11.18
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今日の午後、出勤したら、またまた五歳児クラスへとのこと。さすがに四日巻連続で行くとなれば、おいらも随分なれたもので、外遊び後の片付けや、おやつの準備などわかるようになってきたよ。そして子供達もおいらのやり方にちょっと慣れてきてくれた。 担任の先生と多少やり方が違うことは、子供達にも不安を伴うものなのでなるべく同じようにと思うのだがこれが結構難しい。結局おいら流になってしまう。それに子供達がなれるのはいいことか悪いことか・・・ しかし、長く入ることで子供との信頼関係も少しずつでてきたと思うのは嬉しい。次回はいるときには何をするか約束していて、子供達がしっかり覚えていてくれたりする。鉄棒の逆上がりの練習を手伝っていれば、違うクラスに入っていても、上手に出来た時には嬉しそうに報告してくれる。彼らに対して注意したり叱ることも数多くあるけど、うれしいこと、楽しいこと、ありがとうと思うことを彼らに対して精一杯体や言葉で表して伝えていきたいな。「君達と一緒に過ごすことがとっても嬉しくて楽しい」と。
2003.11.17
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おいらが仕事に行っていた頃の話なのだ。 おいらのクラスにちょっとした障害をもった子が入っていて、そのことで、三泊四日間の研修に参加する機会があった。愛知県下の幼稚園や保育園の保母さんたちが集まって、障害のことに詳しい先生達を囲んでグループディスカッションをしたり、発表をしたりする研修だ。普通の研修だと講義形式なのだが、この研修はあくまでも実践に基づいた意見を出し合い、障害を持った子供達や大人、家族に対してどのように取り組んだら言いか四日間かけて話し合った。いくつかのグループに分かれ、おいらは障害者(児)を専門にみているコロニーの先生のグループに入った。{此処で言うコロニーとは、愛知県にある、重度の障害を持った人たちが入っている医療設備が整った施設のことで、大人ばかりの棟、小児専用の棟など様々な人たちが長期あるいは短期で入院しているのだ。} さて、その先生の下に、園長クラスの人から、平の保母までさまざまな環境の中で保育しているものが十数人集まって色々話し合った。中でも一番問題になったのが、日常生活の中で、心や体に障害をもった人に出会ったときにどんな対応をとるかということだった。目の見えない人、足の不自由な人が道路を横断しようとしていたら・・・こんな時は正直言って、どう行動したら良いかわからないというのが大半の意見で、おいらもその一人だった。皆が自分の経験したことなどを話し合った。逆に相手を怒らせてしまったり、見て見ふりをしたことなどが一番多かった。ではどうしたらいいのか。先生はおっしゃった。「誰も人の本当の気持ちを理解することは出来ない。でも、わからないんだったら聞くのが良いのではないでしょうか。聞くことによって、怒られるかもしれません、相手を不快にさせてしまうこともあるでしょう。でも、何もせずに見てみぬ不利をするよりかはずっと良いと思います。」 おいら達ははっとした。単純なことだが実はとっても難しいことなのだ。簡単に「何かお困りのようですね、お手伝いしましょうか?」なーんて簡単に聞くことはなかなか出来ない。先にも述べたように相手に不快な気持ちを与えるのではないか、また、そのことによって、自分が不当な感情にさらされて傷つくのではないか、失敗した時に周りの人はどう思うだろうか・・・などなどかなりマイナスなイメージをしがちなのだ。でも、とおもう。話をしない限り、言葉を発さない限り意思の疎通は一層難しいのだ。声をかけたいと思うのは同情かもしれない、自分の思い上がった傲慢さからかもしれない。でも、声をかけることによって必ず何らかの反応があるはずだ。それがよいほうに働くか、悪いほうに働くかわからない。しかし、その一歩が大事なんだとおいら達は結論を出し、おいら達のグループは、「聞くことからはじめよう。」ということで四日間が終った。この四日間は、おいらにとっては全くえがたい貴重な四日間であった。多種多様な保育士達と、朝な夕な話し合うことが出来たのだ。この体験が保育に生かせれたかというとあまり生かすことが出来たとはいえないが、それでも「きく」というこの言葉は、おいらにとってとても忘れられない言葉になった。只単に聞くという意味合いだけでなく、素直に人の言葉を聞くという意味合いにも、物事をよく聞き判断するということや、聞く耳をもつということなど、自分が生きていくうえで、人と関って生活していくうえでとても大切な言葉だと思うようになった。けして他力本願ということではないのだ。自分で行動しようということなのだ。相手のことを考えて行動しようという意思の現われ。 おいらはことあるごとにおもいだす。「ますは聞いてみよう。」
2003.11.16
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今日から、ちりめん歳時記のオリジナルバージョンを制作し始めました。十二月はクリスマスリースです。一月にも使えるようにしようと思っています。とりあえず、リースの部分を作りました。黄緑色のちりめんと、赤色のちりめんを棒状にして、中に綿を入れて二本でなっていきました。黄緑色がちょっと明るいので、リースというよりお正月の注連縄のようで笑っちゃった。あとはヒイラギや、クリスマスツリー、サンタさんの顔などを作って、完成させようと思っています。しっとり落ち着いた感じではなくて、どちらかというとコケティッシュな感じになりそうです。出来たら写真をアップするつもりです。
2003.11.15
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水曜日、木曜日、金曜日の三日間連続して年長児クラスに入る。天気が良いため午後からも戸外遊びばっかりしていたよ。 おかげで、色々な遊びを思いっきりやりすっかり筋肉痛になっちゃった。一日目は二時間ほどずーーーーっと、ブランコの押す係りをやって、肩ががくがく。昨日は鬼ごっこと鉄棒。今日はビーチボールを使ったバレーボールもどき。飛んだり走ったり、と普段の運動量より結構多かった。とってもいい運動になったけど、運動不足で筋肉痛だ。でも、気持ちは爽やかだ。 遊びながら喧嘩の仲裁をしたり、良いところを目いっぱい褒めたり、叱ったりと色々あった三日間だったけど、一杯一杯笑ってすごすことが出来た。子供達も叱った後に、「先生嫌い、あっちに行って」と言われたけれども、すぐにおいらのことを気遣ってくれたり、遊びに誘ってくれたりした。そんな三日間の体の痛みは苦痛ではなく、心地よい痛みに感じられるよ。
2003.11.14
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今日はずっと五歳児クラスに入った。そこで何がショックだったかって?園庭の鉄棒で女の子達の逆上がりを手伝だっていた時のことだ。話のついでにおいらも逆上がりをすることに。失敗しても笑わないでねと子供達に念を押しいざチャレンジ・・・見事に失敗してしまった。ちょっと前まで?いや数年前まではちゃんと出来たのに。連続逆上がりも、連続前まわりも出来たのに・・・気は若くても体は年を食っていたんだね。めちゃくちゃショックだったよ。そして子供達と逆上がりが再びできるようになるようにと約束し、家に帰ってたった今、腕立てふせと腹筋をやったよ。ちょっとこれから毎日トレーニングして名誉挽回をするぞー・・・
2003.11.13
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仕事が終って、夕飯の支度を終え、相棒を待っている間にミシンがけをした。 甥っ子の上靴袋を縫ったのだ。素材はおいらが長いこと愛用していたお気に入りのトレーナー。袖の部分がちょっとかっこよかったのでそこを切り取って作った。ジャージのような素材なので切りにくく、またとても縫いにくかったため、ミシン目がいがんだり綺麗な長方形の袋にならなかった。でも、ちゃんと使えるように完成。気に入ってくれると良いな。
2003.11.12
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此処ニ、三日天気が優れず、今朝はコインランドリーに出かけて洗濯物を乾かした。その時のちょっと呆れた出来事だ。 おいらは、乾燥し終わり、片付けるためランドリー据え置きの台の上にかばんを置いて畳もうとしていた。しかし、背後には主婦以外にも男性人諸君も並んでいたため、下着を畳むのがはばかられたので、その時は畳み終わったものを入れた紙袋とかばんのみが台の上にあり、その真横でおいらは備え付けのカートの中で畳んでいた。 おいらのすぐ真横を若作りした50代ぐらいのおばちゃんが通り過ぎ、通り過ぎる間際にバッと黒いビニール袋をおいらのいる台に投げてよこした。それはおいらの腕や頭をかすり、おいらのバックの上にふさりと落ちた。その間おばちゃんは一切振り向かず、乾燥機の前に仁王立ちだ。おいらは少しむっとしたが、無言でその袋を台の隅のほうに押しやり、服などの大きいものを台の上で畳み始めた。 しばらくするとおばちゃんは大量の洗濯物をカートいっぱいにして台のほうに振り向いた。自分の袋が隅っこにあるのを見て彼女もむっとしたのだろう。彼女はなんと、おいらの台と、もう一方のあいた台の二つを使って畳み始めた。もちろんおいらだってまだ使っていたが何も言わずにだった。周りの人はそれを見てちょっと変な顔をしていた。まあ、おいらだって、おばちゃんが通り過ぎる時は、台の上にはかばんと、洗濯物を入れた紙袋があっただけなので彼女は使ってもいいと思ったのだろう。それにおいらのものは、おばちゃんに比べれば少なかったし。なのでまだこれは良かったほうなのだが、その次にもうひと波乱?あったのだ。おばちゃんが畳んでいる台のそばで、そろそろ乾燥し終わる親子がいた。おいらはその時気づかなかったけどおばちゃんは目ざとく気づいたようだ。その親子に向かってこういった。「この人のを使ったら?」と、おいらのカートを指差して・・・その時おいらの洗濯物は数枚入っているだけだった。親子はおいらに言った。「すみません、貸していただけますか?」「ちょっと待っててくださいね、後これだけ片付けちゃいますから。」 おいらは表面上はにこやかに笑いかけながら、慌てて残りをたたんで片付け、親子にカートを明渡した。 このときおいらは腹の中では、憤然やるせない気分というか、呆れてしまったというかちょっと不愉快な気分になってしまった。親子に全く罪はない。ただ、おばちゃんの態度がおいらは気に入らなかった。確かにおいらのカートには少ししか入っていなかったけど、親子に直接言う前か、言った後においらに一言あっても良いのではないかな?「もう空くようだったら貸していただけない?あの方達が使いたいようなんだけど」とかなんとか・・・ おいらだったらそう言うし、今までそうしてきた。多分おばちゃんも普段だったらそういったかもしれない。 だが、黒いビニール袋をおいらが台の隅に置いたのが彼女の気分を損ねたのだろう。そしておいらもその時一言言ったほうが良かったのかもしれない。「すみません、今使っているのでそちらのほうに置きました。」とかね。たとえすれ違いざまに投げ置いたたとしても・・・とにもかくにも、お互いに不愉快な時間をすごしたことには間違いない。今思えばおいらも反省すべき点は多々ある。しかし、なるべくなら公共の場所では相手に不快な思いをさせないようにしたいものである。
2003.11.11
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今日の仕事帰りのことだ。今夜の食事当番は母で、おいらの仕事が終った頃は、もう母達は食べ始めているころだった。 おいらは一休みしようと、通勤路の途中にあるミスド(ミスター・ドーナッツ)に寄った。 お気に入りのドーナッツを食べ終え、読みかけの小説を読んでいると、視界の隅に子供の視線が・・・顔を上げると真正面の少しはなれた通路からじーっと見ている子供がいた。まだ三歳前の子のようだ。おいらのいる机越しには、顔がちょこんと見える程度だった。・・・どこかで見たことあるような・・・向こうもそう思っていたのだろう。店の奥に向かいながらもじっと顔を覗いている。「・・・あっ、いーちゃんだ。」突然思い出した。一歳児クラスの女の子だったのだ。向こうもそれで誰かわかったのだろう。「あーっ、センセーだ。」誰だろうと悩んでいた彼女は合点が行き、にこやかに笑いかけてきた。「せんせー、せんせー、せんせー」いやその声の大きいこと。店員さんや、お客さんもびっくりしつつクスクスと笑っていた。いつも立ち寄る店で、店員さんに顔を知られているだけにちょっと恥ずかしかったよ。すぐにいーちゃんのママも来てちょっと挨拶。(いーちゃんを連れてすぐにトイレに入っていった。)いーちゃんのお兄ちゃんコウノスケくんもすぐにおいらを見つけて、彼もまたでかい声で話し掛けてきた。「あっ、せんせいだー、ねえねえ今度、俺達のクラスにはいつくるの?」 「うーん、いつだろうねーまたすぐに行くよ。」彼は、四歳児なのだ。いーちゃんのクラスにも、コウノスケ君のクラスにもよく入って、保育するので、ちゃんと覚えていてくれたんだ。特にいーちゃんはまだ一歳児なのに。いーちゃんママも、おいらの顔を知っているし、お話もするのでニコニコと話してくれた。 大きな声で話し掛けられるのはちょっと恥ずかしいけど、それでも、ちゃんとおいらのことを覚えていて、何のてらいもなく話し掛けてくれることがすごく嬉しかったよ。 おいらは、園以外で子供達やその家族にあっておしゃべりするのは大好きなんだ。親近感がとっても湧くよね。ただね大声だけは勘弁だけどね。 今日はそんな楽しいハプニングで一日を終えることが出来てとっても良かったよ。
2003.11.10
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「16000番」用のカウプレが完成しました。今回はわりと作りやすかったので嬉しいです。何とか葉が落ちきる前にカウントしてもらいたいですが、うーん、この頃おさぼり気味だったからねー、楽天さんを・・・今日から巡りますよーー。あっ、でも明日からは、十二月用の新作ちりめん歳時記を作るつもりなんだ。今度は完全オリジナルなので、出来が良いかどうかはまだわかんないんだ。上手く仕上がるように祈るしかないね。11月バージョンは、火曜日にアップするつもりです。
2003.11.09
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日曜日に書いてます。只今ちりめん歳時記を製作中。多分日曜日には出来るでしょう。写真は火曜日ぐらいにアップするねー。
2003.11.08
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今日はまたまた01歳児のクラスに入ったのだ。此処にはいると大抵おいらは作り物をするか、お掃除をするかだ。そして、ぐずる子供を負んぶするかだ。ふふん、全部やっただよ。まずは窓拭きをして、その間昼寝からはやく目を覚ましたシュンちゃんを負んぶしただよ。彼はゼロ歳児の中ではビッグベイビーなので重いこと重いこと。その彼を背負ったまま、はきだしの窓を計八間ぶん。表と裏を拭いたわさ。午後のおやつを食べたあと、乳母車に乗せて園庭を散歩。その間は、メイちゃんが泣いていたので彼女を抱っこしながら片手で籐製の乳母車に三人乗せて押して歩いたよ。三十分ぐらいそうしてから、メイちゃんを部屋に入れたら、今度はりくちゃんが・・・部屋にもどればもう一人のビッグベイビーシュンスケ君を負んぶしながら、ダイちゃんを抱っこして遊ぶ。今日はずっと負んぶに抱っこの一日だったよ。腕と肩が痛いけど、可愛いから許せちゃうのだ。
2003.11.07
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薬をのんで、睡眠を十分にとっていたせいか、もうほとんど体調は良くなりました。ただ、薬をしっかりのんでいるので飲んだとたんに眠気がしてしまうのです。今もあくびをしながら書いてます。 皆さんの書き込みが本当に嬉しくて、なかなか遊びにいけないので申し訳ない限りです。薬は後1日半分あるので、日曜日にはいっぱいまとめて遊びに行きますねー。それではおやすみなさい。
2003.11.06
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体調不良と、父母が旅行中なのとあいまって、無理しない程度に体を動かしているっス。風邪はほとんど良くなったんだけど、お薬をおいらにしては珍しくきちんと飲んでいるの。でも、それは結構眠気を催すものなので、薬をのむとすぐに眠くなってしまい、ここ二、三日夜は何にもしていないよー。楽天めぐりも、薬が終るまであんまり出来ません。でも、書き込みはしなくても、覗きには行くつもりです。お返事書き込みももうしばらくはお休みです。どうかお許しくださいね。
2003.11.05
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眠くてちょっと疲れているので今日はこれまでです。カウプレは「16000番」だよ。ちりめん歳時記と、新米一升か、柿を送ります。踏んだ方は是非書き込みしてね。では、お休みなさいませ。
2003.11.04
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皆様に色々ご心配をお掛けしましたが、ちゃんと薬をのみ、夜も早く寝ているせいか随分楽になりました。どうもお騒がせしました。今日は、名古屋市の大須にある「らんの館」に行ってきたよ。お祖母さんと、その義理の妹さんと三人でね。生憎の雨模様だったけど、ほとんどは室内で見れるので良かったです。二回ほど行きましたが、今回が一番花がたくさんあって見ごたえがありました。二人のおばあさんも喜んでくれました。昼は実家で、天ぷら定食(おばあさんズ)おいらは唐揚げ定食を食べ、夜は実家でちょっとリッチに上寿司と茶碗蒸、サラダ巻きなどを皆で食べたよ。ちなみにおいらは上寿司は食べれないので並寿司です。写真は、らんの館でとりました。一番下の写真は、向かって左が相棒のお祖母さんで、右側が、お祖母さんの義妹です。♪カトレア♪ ♪カトレア2♪♪名前みてなかったです。♪ ♪おばあさんズ♪ 写真の腕が下手くそすぎて、花の美しさを出し切れなくて残念です。
2003.11.03
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昨日の夜は、九時ごろにチャッチャと寝て、今朝はわりと気分よく目覚めることが出来た。 相棒が溜め込んだビールの空き缶を整理するため、棚を作り出した。(ビールは、旅先で購入した、地ビールや、珍しいロゴの入っているものなどだ。)組み立て式の棚?違う違う。おいらが段ボール箱を切ったり、くっつけたりして作るんだ。これが結構時間がかかり、半分作るだけで午前中いっぱいかかってしまった。 喉もと過ぎれば何とやらで根を詰めすぎたのか、午後から買い物に出かけたらすぐに、胃がしくしく痛み出した。突然にだ。それでも遊びたい一心で、スーパーをうろついていたらもう駄目。きゅーんと痛くなり、慌てて薬屋で胃腸薬を買って飲んだよ。運転して帰るのも危なかったので、車の中でしばらく休んでから帰ったよ。もちろん家に帰ってからも、うんうんうなりながら一時間ぐらい昼寝した。夕飯を作り始めた時も気分が悪くてふらふらだったけど、段々落ち着いてきて、ちゃんとご飯も食べることが出来たので良かった。薬がやっと効いてきたのだろう。今また少ししくしくするので胃腸薬をこれから飲むが、胃痛の原因は、多分風邪薬が、おいらの胃には結構強すぎるのと、昨日ちょっと食べ過ぎたのがここにきて出たのだろう。うー、自制と自省と自粛をせねばなるまい。
2003.11.02
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午前中に近くの医院に行ってきて、薬をもらいました。正式に風邪になったというわけです。薬をのみ始めてからなんとなく、体が重くなり、眠気が増してます。薬をえたことで、体が頑張ろうと必死にあがいてるんじゃないのかな。その波が終ったらあとは楽になると思う。ちょっとえらいので今日はここまでです。
2003.11.01
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