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嬬恋ライブ。つい先週のことなのに、はるか昔のよう。でも、なんだかまだ、ちゃんとは社会復帰していない。日を追って鮮やかになるのは、拓郎のこと。確かに、かぐや姫は懐かしくて、メロディも美しい。ほとんどぜんぶ一緒に歌える。こうせつのMCは最高に楽しいし、演出も、曲構成もみごとで、ちゃんと盛り上がる。「あー、こんなにいっぱい、いい曲があったんだ」と今さらながら感心することしきり。何より楽しませ方を心得てるから、すべてがソツなくまとまって、ピタッとハマって、こっちはそれに乗っかっていけばいい、ただただ満足。それにひきかえ、拓郎はねー。天邪鬼、へそ曲がり、本人が言うとおり、ことごとく人を裏切ってくれる。なにしろ曲想が似ているから、イントロだけじゃわからない。こっちも全曲覚え切れないから、聴きながら「あれかなー、これかなー」と想いをめぐらし、けっきょく「あー、違った。知らない曲だ」。そんなのの連続。また本人もそれを楽しんでるふうでもある。終盤で「あー、ではみんなが一番好きな曲を」って、じゃあ、知っててそうでもない曲やってたんか?『春だったね』『落陽』とつづけて、花火がバンバン上がって、もうこっちがうるうる涙しているのに「ほんっとに、みんなこれが好きなんだねぇ」なんて、それ見てうれしそうに感心している。でもって、次はもう新しい曲だ。うれしくて飛び上がって歌ったすぐあとに、首かしげて座り込む。もうクタクタで、拓郎そうでもない組(つまりかぐや姫ファンのほう)はブーイングだ。あれやってくれない、これもやんないのかって、休憩のたんびにブツブツ言ってる。実際、「夏休み」も「祭りのあと」もない。もちろん「旅の宿」もない。「結婚しようよ」って、誰の曲?けどね、それを繰り返すうちに、こっちはだんだんと思い出してくる。じーっと固まって、リズムもとりそびれて、耳だけを澄ませているうちに、じわじわと拓郎の世界が押し寄せてくる。ああ、これだったんだ。ずっと想い、焦がれていたのは。自分の中の、何年も見ていないコアな部分。奥の奥にしまい込んで、忘れたふりをしていた、青くてざらざらして、がさがさして痛ましい、そして、とてつもなく愛おしい、ちっぽけで愚かな自分をギュッと抱きしめる。まだまだだよね、いけるよね。全身で聴きながら、必死にそう問いかけている。だいたいね、「ハゲに白髪に、中年太り」って、よく考えればいたぶってるだけの、まとまりのないMCに、へらへら笑いながらウケている。知ってる曲に歓喜して、知らない曲にしょんぼりして、それでも、出てくるだけで顔がゆるむ。冷静にみればかなりおかしい。拓郎ファンはみんなMだな。後で聞いたら、小田和正も、イルカも、松山千春も来てたって。ゲストはかまやつさんと中島みゆきだけだったけど。拓郎は、曲を勝手に変えたがるし、本当は「ファイト」をデュエットするはずだったのに、自分一人で歌うと言い張って、瀬尾さんと大ゲンカしたんだそうで、裏方はてんやわんや、かぐや姫のスタッフ(もちろんこうせつファン)は頭にきていたそうな。エンディングに、本当は、アンコールの「神田川」を歌ったかぐや姫が呼びかけて、ついでに客席のアーティストも引き上げられて、かまやつさんはもちろんそのつもりで裏で待機していたし、そこへ拓郎が出てきて「人間なんて」を大合唱の大団円、という目論見があったらしい。道理で、せっかく残してた「神田川」は確かに浮きまくってMCも一切なかったところをみると、こうせつはカンカンだった模様。とってつけた拓郎のアンコールは、ほとんど知る人もない「聖なる場所に祝福を」で、締めるはずもなく雰囲気的には、残念な感じ?けど、もしその大団円が実現したとして、その輪の中に拓郎はいるかしらん。真っ先に逃げ出すような気がする。こっちだって、そんなもん照れくさくて直視できないかもしれない。みんなと一緒のステージで、「人間なんて」を合唱している彼を、どうにも想像できないもの。きっと、いちばん、あの場所にいたくなかったのは、拓郎なんだろうな。3万5千人の前で歌う自分を、どうにも受け入れがたくて、ここはオレの居場所じゃないって言い聞かせて、逃げ出したいのを我慢して、やり遂げたことにも、ちっとも満足できなくて、いたたまれない気持ちになっている。さんざんわがまま言って、悪態ついて、でも誰よりもそれを後悔してしょんぼりしているのも彼なんだ。きっと、おカンムリのこうせつも、ほかの人たちも、そのことはよくわかってくれると思う。あまりにも幸福な時間だったから、むしろ少し後ろめたさが残っていたりする。拓郎は、あの場所にはもういないんだよね。とっくに先へすすんじゃったか、後ずさっているのか、ともかくもうここにはいない。だから好きなんだってことを、改めて思い知らされた。今までもそうだったのに、うっかり忘れるところだった。早く自分も手放さなきゃ。でも、まだ、もうちょっとだけ味わわせて。
2006.09.30
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「せか中」再放送最終回。また見てしまった。本当によくできたドラマだな、と思う。主人公のサクとアキはもちろん、すべての登場人物たちが、みごとに各々の人生を生きていて、それぞれ真摯に彼ら二人と向き合い、自分の人生と照らし、置き換え、再び自分自身を生きようとする。役なのに役を超えて。他人事ではないくらいの入り込み方。少なくともそう思わせる。彼らは、サクとアキの人生をともに生きている。生きるとは何か、死ぬとは何か。若さとは、親族とは、生まれること、愛すること。すべてを問いかけ、答えを出さず、観客を置き去りにする。映画的にはそれも許されるけれど、そうはいかないから、ギリギリのところで鷲掴む。少なくともテレビ的には完結させないと。そういう制作側のやけくそな意図を、役者は全面的に受け止める。それもこれも、仕上がりに対する絶大な自信と、そこに至る微細なシナリオ構成があるからだ。残された者の喪失感って、それぞれすごく多様でしょう。大きさも違うし、深さも違う。それをドラマは、それぞれのかたちに則して丁寧にすくい上げる。誰かの心の空洞を埋めることで、自己を癒すことができる。己れの誠実さに驚いて、また救われる。これは再生と成長の物語だ。これほどのドラマには、なかなか巡り合えない。というか、なんでこんなドラマができるのに、つまらないドラマしかないんだろう。そういや制作は堤幸彦で、脚本に行定勲。頼むからテレビも見捨てないでね。
2006.09.15
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盗んだパンティ2500枚。しかも、畳に敷き詰め、その上に布団を敷いて寝る。う~~む。わからんなぁ、横浜市の46歳会社員。何を思って2500枚。しかもその上に布団を敷いて寝る(しつこい)。女の人に話しかけられなかったと供述しているらしいが、それが理由になるのか、2500枚の。並大抵の量じゃないぞ(しつこい)。いろいろリサーチしてみるけど、男は一様に「オレに聞くな」と言う。だって、少なくとも性別同じなんだから。女はいちおう分析を図る。「女性の所有物への憧れ」「征服感を味わいたいのでは」「単なる変態」。ま、それはそうなんだけど。それにしても、2500枚。そんだけ集める情熱あったら、別のことに注げばいいのに。無理なのか?と思っていたら、聞けば入手先がコインランドリーというじゃないの。そりゃないだろう。入れ食いか?置き網漁業か?漁夫の利ってやつ?これ邪道だろう。やるなら堂々と一本釣り。身の危険を冒しても、敢えて上る物干し台。それこそ正しい男の花道。って、正道も邪道もないか、下着泥棒に。待てよ。コインランドリーで入れ食いとなると、持ち主の素性問わずってこと?年齢とか性別(?)とか既婚未婚、使用期間の関係なしに、ただパンツならいいってか?それもすごいな。はき手知らず。邪道を超えて恥知らず。いや、もしかして、その辺のキャリアは積んでいるのかもしれない。コインランドリーからごっそり。それを瞬時にパッパッと選り分ける手腕。そのくらいの鍛錬はできているはずだ。なにせ2500枚だもの。20代の消費期限を熟知し、40代なら勝負パンツすらはじく、研ぎ澄まされた選択眼。そのへん本人に聞いてみたいものだ。何を基準に2500枚。って、何いってんだかなあ。
2006.09.03
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キンキーブーツ」期待通り。というか、いい具合の裏切られ感。実話らしい。英国ノーサンプトンの代々つづく靴工場が潰れそうになり、後を継いだ社長が一転、ドラッグクイーン御用達のブーツ生産に打って出るというお話。ただのカマ映画かと思ったら、これが深い。イギリスの映画は、出だしが重いというか、たいてい挫折から始まるという印象がある。逆境っつうほどでもないんだけど、いろんなものを最初から背負っていて、逡巡しながら、それが徐々にほぐれていく。けど、外見上、物語の表面上の進行では、あまり目立たないんだよね。また、爆発的に解決するわけでもない。気候のせいなんだろうか。雲間から一筋の光が…。これもそう。テーマは「乗り越える」かな。外面はめちゃくちゃイッてるのに、内面はスタンダード。主人公の二人(しょうがなく相続した工場長とロンドンのSOHOに君臨するドラッグクイーンのローザ)は、父親を乗り越えなきゃならない(あ、また)。ほかにもジェンダーとかゲイへの偏見とかいろいろ。ありがちなイギリス人のキャラがちょくちょく絶妙に配してあって、そのバランスがいい。力みがない。主要キャストもひっくるめて、皆チャーミング。前評判では「フルモンティー」と比較されているみたいだけど、そうかな。ずっと品がいいと思う。これはひとえにローザ役のキウェテル・イジョフォー(よく知りません)の力。バリバリのドレス姿も歌も強烈だけど、お下劣にならない。トゥーマッチどころか、水際で寸止めされている。下り切れないというところで、たぶん、そこが期待はずれにみえる。でも、そこがこの映画の魅力になっているわけ。最後のミラノでのショーとか圧巻なのに、カメラがどこまでもせせこましいんだよねー。誇り高き英国。ハリウッドにはマネできまへん。
2006.09.01
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