全9件 (9件中 1-9件目)
1

やっぱりねえ、好きなもんは好きなんでねえ。“鹿島アントラーズ”が大阪にやってきました。アウェイのガンバ大阪戦です。万博記念陸上競技場です。席は当然「アウェイ立ち見」2000円でございます。立ち見席のあのテリトリーがはっきりしない感じ、けっこう好きです。面倒臭いけど、なんかいいよね。距離感が、自由だよね。応援、久しぶりだったなあ。大声出して、手を叩いて、喜んで、悔しがって。最後は勝って、知らない人とハイタッチして、肩組んで歌って。サッカーって、いいなあ。やっぱり僕は、これがないとダメなんです。思うに、「観戦者」は必ずしも「傍観者」ではないのです。結果の分からない、一秒先の展開も読めない緊張感の中でひいきのチームの勝利を願う。そのために歌を歌い、手を叩き、大声で選手の名前を呼ぶ。それを45分ずつ続けるのって、結構な体力と気力なんだよ。「サポーター」だって、スポーツへの一つの参加のカタチなんだって。きっと色んなところで誰かが誰かの「サポーター」でその人の人生にちょっとだけ参加してるんだなって、思います。サッカーを通すと、色んなモノの見方が生まれるんですわ。やっぱり僕は、これがあると嬉しい。No Football, No Lifeです。「これがあると自分は嬉しい」とか「これがあると自分は悲しい」とかちゃんと知っておかなくちゃなぁって、思います。「自分が何をしているときに嬉しいのか」を知ることは、自分を知るってことだよね。ちゃんと知って、ちゃんと喜ばせてあげよう、自分。
2009年05月25日
コメント(0)

こっちに越してきたときは、荷物を最小限にしてみたんです。最小限の家電、最小限の服(それでもちょっと多かった)、厳選された本・CD。生活に必要だろうなと思われるもの以外はとりあえずなくしてみて。シンプルな暮らしをぜひやってみようじゃないかと。しかしね、買っちゃいましたよ。その1 しかしね、買っちゃいましたよ。その2 この二つはもう、衝動的に。テレビは相変わらず欲しくならないけど、ギターとボールは狂おしく。ああ、やっぱり俺はサッカー少年なんだって。ああ、やっぱり俺は歌うのが好きなんだって。ああ、やっぱり俺なんだな~って、思います。荷物を少なくしたのは、自分にとって本当に必要なものが分かるかな~と思ったからで。無色透明な暮らしをしてみて、それに加えたくなる色がきっと自分の色なんだろうと。そして案の定集めてしまったものと、以外と必要なかったものと。最近思うのは、本当に必要なものは自然と集まってくるんだと。自分も自然と手が伸びるし、向こうも自然と近付いてくる。だから、手に入れることは難しいことじゃない。大切なことはきっと、手に入れたそれを大事にすることで。「大事にすること=守ること」ではないけれど、守るべき時にちゃんと守ること。ちゃんとメンテナンスして、ちゃんと磨いて。色んなものがすぐに手に入る時代だからこそ、大事にすることにフォーカスする。そんな風に、時代に密かな反逆を仕掛けたいな~と思ってます。手に入れるのはもういいんだ。大事にすることを始めよう。“大切なものはいつだって目の前に転がってる。 ふんずけないように、蹴とばさないように、歩いていけるなら” ~Mr.Children/Image~
2009年05月24日
コメント(0)
「似て非なるものたち」の間にある違いはいつも気になっているのですが、たまたまこの前先輩と焼肉を食べている時にそれが話題となったので、ついつい興奮しちゃいました。「マイペース」と「わがまま」の違いは何だろうねって。僕は血液型がA型で、先輩はB型です。一般的には相性最悪な組み合わせ。でも、全然そんなことはなくて、むしろ気持ち良い間柄だな~と。先輩はマイペースな人で、僕は割と人に合わせるタイプで。そうすると僕が振り回されそうな感じがするのですが、そういうことはないんです。もちろん先輩が気を遣ってくれてる部分もあるんでしょうが、それだけじゃない感じがして。一つの基準が、きっと「押し付けないこと」なんだって。「マイペース」な人がそのマイペースを他人に押し付ければ、それが「わがまま」になる。マイペースな先輩と一緒にいて気持ちいいのは、先輩がそれを誰にも押し付けないで颯爽とマイペースに生きてる人だからだな~と。そんなことを話していました。でもね、これを書きながら思ったんですがA型な僕だって立派に「わがまま」になる要素はあるんです。A型で人に合わせる僕が相手が望まないのに無理に相手に合わせようとしたら、それだって価値観の「押し付け」なんだから、つまりは「わがまま」なんですよ。でね、この種の「わがまま」はたちが悪いな~と。一見して、「わがまま」って分かりづらいですからね。A型で人に合わせる僕が陥りがちな思考パターンは「~のために」です。「あの人のためにこれをやろう」「この人のためにあれをやろう」……。一見すると美しい奉仕精神です。でもね、これがいつのまにやら「やってあげよう」に変わるんですよ。そしたら最悪で、「やってあげたのに喜んでくれない」とか思い始める。「親切」の顔をした「押し付け」、つまり「わがまま」になるわけです。「俺は誰かのためにいいことをしている」なんて思い始めたら、要注意なんだよなー。それがたとえどんな高尚なことであったとしても、勘違いだぞと。「誰かのために」を目的にしたらずれちゃうんだ。「自分のために」が結果的に誰かの役に立つって形が存在しているだけなんだ。さて、自分勝手に生きよう。
2009年05月22日
コメント(0)
何かが「分かる」とは、どういう状態を言うんでしょ。「知っている」じゃなくて、「分かる」ね。「理解」という言葉に置き換えることも、できます。僕だって一応23年間は生きてるんだから「昔分からなかったこと」の数パーセントくらい分かったっていい頃なのに「わかったこと」ってなんだろうな~と、首を傾げてしまうのです。そりゃね、「知ってること」は増えてるんですよ。前は、「知ること」=「分かること」だと思ってたんです。でもね、いくら知っても、いや、知れば知るほど、「分かる」の底は深いな~と。地平線にたどり着きたくて歩いてる旅人みたいな感じでね。歩けば歩くほど遠ざかるような感じでね。多分ね、ある一つのことを「知る」ことで「分からない」もう一つのことに気付くんですよ。「知ること」の副産物として「謎の発見」があるわけで。ある意味、学習の本質ってのは、「分からないこと」に気付くことなのかもしれない。何が言いたかったかというと、好きな人がいるわけですよ。でね、その人を大切にすることについて、考えていたんです。「理解」ってのは、「愛」を具体的な行動に落とし込んだ作業なんじゃないかと思って。だから、「分かる」ってことについて、考えていたんです。今のところの結論としては、「理解」は完結しないんだなあと。「分かる」「分からない」よりも、「分かりたい」が大事なんだなあと。気長に、現在進行形で、行ってみようかなあと。その人と出会って2ヶ月くらい。その人が生まれて22年くらい。約21年と10ヶ月分、僕はその人のことを知らないんだから。もっと言えば、その人の中にある色んな遺伝が伝わってきた道のりを考えると何百年、もしかしたら何千年。一人のひとを知ろうとする試みの中で、悠久の時間と出会ったりする。きっと、途方に暮れるんだろうなあ。うん、一歩ずつ歩けばいいや。“If there is understanding, there is love. If there is no understanding, there is only an endless stream of questions”(理解があれば愛がある。理解がなければ終わりのない疑問が繰り返されるだけ。) ~NYのタクシードライバーの言葉~
2009年05月20日
コメント(1)
なんでかこう、無性に泣けてしまうことってありますよね。初めて見るシーンでもないのに、むしろ何回か見たことがあったのに、今日無性に泣いてしまった。そんなことが今日あって、不思議な気持ちになっています。オフでレインな今日は家でDVD鑑賞。家にはテレビがないのですが、“鹿島アントラーズ”の試合や“プロフェッショナル”の放送だけは見たいので、実家からせっせと送ってもらってます。今日は、スカッとした気分になりたくて、宿敵レッズを破った今年の開幕戦を見直すことに。働き者ブラジル人“マルキーニョス”の突破からユース育ちの“野沢拓也”が先制点を決めたシーンも、完璧なカウンターから2点目を奪ったシーンも、チーム全体がイメージを共有して動く美しい守備も、最高。でも、その試合の中で一番心が動いたのは後半途中のある場面。昨季からの長期負傷離脱から復帰したキャプテン“小笠原満男”が交代で出場。ゴール裏のサポーターだけじゃなく、恐らくレッズサポーター以外の観客みんながしていたに違いない大きな拍手の中で、ピッチに立った小笠原の姿を見て、ふと、ほろっと、泣けてしまったのです。前に一度見たことがあって、その時は「よかったな~」て思っただけなのに。今回胸に飛び込んできたのは、間違いなく前とは違った感覚で。懸命のリハビリを経て、言わば仕事場に帰ってきたその姿が、今日は違って見えて。なんなんだろうな~、それは。きっと、今の自分に突き刺さってくるような何かが、あったんだろうな~。それが何かは、恐らく分かってるけど、ちゃんと分かるまで、とっておこう。ヒントは、色んなところに、落ちてるんだよね。
2009年05月17日
コメント(0)

休みの日の今日は、海までチャリンコトリップ。 アップビートな音楽に酔いながら、ギンギンな太陽を浴びながら。 東京にいても、大阪にいても、海の音は一緒だ。 旅は、人の心を柔らかくするな、うん。
2009年05月14日
コメント(2)
「目がよく見える」というのは、得てしていいことだと思われます。少なくとも「見えない」よりは、「見える」ほうがいい。何かが「できない」よりは「できる」ほうがいい、という価値観です。僕の視力はあんまりよくはないですが、それでも裸眼でやっていけます。昨日視力があんまりよくない人から、「いいね」と言われました。でもね、その人は「見えない方がいいときもある」って言ってました。この意見、とっても賛成なんだなあ。情報化の世の中で「知ってること・見えること」が価値になってるけど、知っていたり見えていたりすることで人生を豊かにできる情報って、どれくらいあるんでしょ。多くのものは人を必要以上に不安にしたり、悲観的にするものばかりでそれならいっそ「知らない・見えない」の方が幸せに近いんじゃないかって、思うのです。僕が新居にテレビを置かないのも同じ理由で。テレビから流れてくる情報も、人を不安にさせて、決まった行動へと誘うものばっかり。そこからプイっと離れて、人より知らないことが多くなってはいるけれどそれで困ったなあっと思うよりも、よかったなあって思うことの方が多いのです。それでも、「できない」よりは「できる」を選んでしまうのが僕らです。「できない」って何かが欠けてしまっている状態だもんね。だから不安になる。これ、生き物で考えたらちょっと見えてくるんですよ。生き物が生存に必要な能力のどれかを欠いてしまったら、それは生存の危機です。その危機を抜け出すために、生き物はきっと普段使うことのない力を使います。それが「本能」だったり「第六感」だったり。きっとね、物理的な視力が悪くなって、「見えるもの」が見えなくなった人には逆に「見えないもの」が見えるようになる、そんな気がするんです。目から入る情報は強烈だから僕らはそこで思考停止してしまうのだけれど、それが限られていれば逆に、その奥にある本質に近づける。そんな気がするのです。「できる」よりも「できない」方がいいこともある。そんな価値観をちらっと持っているだけで、ちょっとだけ自由になれる気がして。
2009年05月14日
コメント(0)
最近密かに抵抗を続けていることがあって、それは「絶対化」という概念なのです。「絶対に~」とか、「~でなくてはならない」とか。自分の外から与えられたり、内から生まれてくるこういった考えに、「でもさ~」と抵抗しているのです。「社会人1年目で仕事もちゃんとできないのに、遊んでばっかり…」みたいなさ~。そうやって、ついつい自分をいじめたくなっちゃうんだよね。でもさ~、仕事は人生の部分でしかなくて、そりゃ大事な部分だけど、絶対じゃない。最近思うのは、僕の描く良い人生の中で、社会的な成功って、ほとんど意味がない。得体の知れない広い世界でよりも、自分の手が届く世界で、ちゃんと生きていたいんだよね。会社って縦社会だから、ついつい価値観が「上へ上へ」に固まるんですよね。役職が上がるほど偉い、キャリアは積み上げていくものだ。でもね、上ばっかり見てたら、気付けないものたくさんあるぞ~と思ってしまうのです。僕はね、「上」よりも「横」に興味があるんです。メインストリートよりもわき道、最短距離よりも寄り道・道草。でね、寄り道で見つけたなんでもないような何かに、僕は価値を感じるんです。だから、僕は「横へ横へ」。社会人になって1ヶ月くらいして、思います。社会人って、大変なんだな~って。すごくよく働くんだな~って。僕ら日本人、みんな働き者ですよ。みんな、すごいがんばってる。でもさ、そのがんばりって、結果につながらないと評価されないんだよね。「結果よりも過程が大事だ」ってみんな言うけど、その態度は結果で決まるよね。そして、その結果というやつは、出たり出なかったりする。外部性があるものだから、自分だけじゃどうしようもないときがある。だからさ、仕事に全身全霊をかけちゃうのは、どうかな~と思うのです。全身全霊をかけて否定されちゃったらさ、全身全霊で落ち込むもんね。そんなんじゃ毎日続かないしさ、ちゃんと逃げ場がないと。「逃げることはよくないことだ」っていう決め付けにも「でも」。自分から逃げなければ、何から逃げたっていいんだ。さて、そろそろ行きますか。
2009年05月11日
コメント(0)
雨ですね~。連休最後ですがね。しっかりレジャーな計画を立ててた僕は若干残念に思いながら、うちで過ごしてます。外は、しとしと雨です。でもね、雨も悪くないなと思うんですよ。なんかね、ゆっくりお家で休みなさいって神様にお墨付きをもらったみたいでね。僕ね、晴れてると「どっか出かけなきゃ!」ってすぐ思っちゃうんですよ。だからね、こうやって雨でも降ってくれないと、家でゆっくり休むっていう過ごし方、できないですよね。ゆっくり起きて、ゆっくり食べて、昼寝して、また起きて。そんな休日も、いいじゃないかと、神様から言われたような、そんな今日です。考えなきゃいけないこと、しなくちゃいけないこと、全部忘れて。ただ過ごすだけの一日、それもいいじゃないか~。雨の日ならではの気付き、感謝~。
2009年05月06日
コメント(2)
全9件 (9件中 1-9件目)
1