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普段は気にならない事が気になって、自分なんて誰も相手にしたくないのではないかとか、そんな気持ちに陥る。
元々事務所は、工場で働く皆と話をする時間もほとんど無いし、昼食も別の場所。
電話番や、昼に来る(迷惑な)客や荷物もあるし、従業員も昼にいろいろな申請や相談にも事務所に来るので、食堂でゆっくり他の人とおしゃべりしながら昼食をとるわけにもいきません。
まあ、13時過ぎに約束したはずの来客が、丁度その頃来たりで、途中でTVを消さなくてはならない時も多いのですが。
普段工場の人の仲間に入れてもらっているつもりでも、ふっと親しさがマルキリ違うなと感じたりして、長年勤めているのに取り残されたような気持ちになってしまったり。
会社の人間関係など、険悪でなければそれで充分だと普段は気にも留めないのにねえ・・・
多分忘年会の席順を決めてるせい。
なんか、半端に余ったところの補充員だから。
それに、なんか最近言いたくなってしまうのよね。
工場で、良く気がつくのはいいけれど、他人のアラばかりみつけて文句を言いに来る女子。
彼女は有能だし可愛いのに、常に周りに不満ばかり持って文句を言ってる。
周りにイチイチ右往左往しないで、「自分はこう生きて、それを楽しむ」とういう視点で生きた方が毎日楽しいんじゃない?ってね。
でも、先日それを言ったことで、反感を持たれたかも。
まあ、それはどうでもいいんだけど・・・
余計なお世話よね。
誰にもそんな事を言う資格は無いのかな。
でもさ・・・
誰も言わないのも、どうなのよ?
自分の考えを言う、誰かの意見は耳が痛いし不快だけど、どもかく耳に入れる・・・
そういう事が、いつかはそんな考え方もあるなっていう、厚みになってると。
自分の経験ではそう思うんだわ。
その意見がまるごと正しい訳ではなくても、何かを乗り越える時意外と励みになったり、すがるものになったり。
そういう経験が沢山あったと思う。
いわれた時は悲しかったり、ムッとしたりしても、何も言ってくれなかった人のことは忘れてしまうけど、ぐさっときた人は、意外と心に残ってる。
まあもちろん、必ず『自分の事を思って言ってくれたんだろうな』って背景が無いと、そんな風に心に残らないわけだけど。
例えば、あてつけとかやっかみとか、見下されてたりってのはいやな気持ちがずっと残るものよね。
その違いって、わからないようで、しっかり伝わるものだと思う。
そんなあれやこれが影になって、ずっしり重い。
秋が終わって冬になると、又いつものように気楽になるかしらね?
私の救いは、やはり家族と、数少ない友人だわ。
お互いダメなところもあるんだろうけど、好意を持って受け入れあって励ましあっている関係に、どれだけ支えられている事か。
いま一番親しく付き合っている友人も、わずか数年前に偶然出来た関係。
それまでは、近所では、心からうちとけられる友人と言うのが1人もできないでいた。
大学でも会社でもポリテクでの勉強中でも、本当に尊敬できる素晴らしい友人に出会えてきたのに、どういうわけか全く縁が無くなっていた二十数年だった。
それと、日本画と読書会での知人も、友人とまでは言えないかもしれないけどとても好きな人達。
一緒に話してるととても楽しい。
あれっ、そういう皆のことを思い出したら、少し元気が出てきたな。。。
もしかして。
あまり尊敬できない人と接すると、気付かないで心にダメージを受けるのかもしれない。
特別好き出ない人と、会社だからといって仲良くしようとか、考えない方がいいんだね。
多分その方が心が健やかなんだろう。
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