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わたしのまわりにはうちのように定年になったご主人と二人暮らしの人は結構多い。最近私は高齢者大学や習い事で同世代とか少し年上の奥様達とよくでかけることがふえた。そこで見聞きするご主人のお昼ごはん問題。奥様が出かけようとすると僕のお昼ご飯は?というようなご主人は結構多いらしい。多分自分の実家では男子厨房に入らずということで食事を自分で作ったことなどない人も結構多い世代。学生時代や会社員時代の単身赴任などで多少家事の経験はあっても定年になったら何もしない人も多いようだ。御主人のお昼ご飯をちゃんと作って出てくる人。あるいは子供でないから自分で何とかしてと作らないで出てくる人。中には出かけるのにいちいちご主人の許可がいるという人もいるらしい。そういう奥様もいろんな友達と交流するうちにいちいちお伺いを立てるのはおかしいと気が付いて、ご主人に自分のお昼ご飯は作るなり買ってくるなりして自分で何とかしてと宣言する奥様もいるらしい。わたしはわたしがいえにいるときは2人分作る。私が出かけるときは自分でやってという。夫はほとんど作れるものがないから大抵スーパーのお弁当とかお寿司とかを買ってくる。夫はお寿司は好きだし自分の好きなものを食べられるから最近はむしろ楽しみにしているような感じになってきた。しめしめ(笑)夫のことを心配しなくていいならもっと羽を伸ばせる(笑)ただし夫にはお昼代は渡していない。家の冷蔵庫には食べられる残り物やご飯は大抵あるのに夫は残り物を食べたくなくて勝手に買いに行っているから私は出さない。リビングのこたつの上にお昼に買ったもののレシートがあるけど、払ってとも言われてないからそのまま捨てている。お小遣いで買ってくるのはもったいないから自分で作るとは思わないようだ。わたしは過去に入院もあったし、夫には最低限の家事はできるようになってほしいと思っている。以前娘たちがまだ家にいたころは娘たちに頼りっぱなしで娘たちがご飯を作ってくれる、洗濯もしてくれるというのでほぼ何もしないしできなかったけど、最近は少しはできるようになった。お互いいい年なのでどちらが先に逝くことになるかわからないからその時になって、困らないように、いろいろできるようになってもらうのも夫のためを思ってのこと。そして私が元気なうちにいろいろできるようになれば私も楽ができる(笑)これが本音かも。わたしもまだ元気なうちにいろいろやりたいと思って最近は出かけることが増えた。旅行も行く。夫は旅行に行きたがらないので友達と行く。夫は自分は行きたくないから友達と行けというので友達と行っても文句は出ない。正直夫と行くより友達と行く方が楽しい。一人旅も経験したけどこれも楽しい。今までやったことのないことにチャレンジするのはいい脳活にもなっていると思う。夫は私が働いていた共稼ぎ時代よりはるかにいろんなことができるようになった。料理はまだまだだけど台所の隣のリビングでテレビを見ている夫にいろいろお手伝いを頼む。瓶や缶詰を開けてもらったり、大根おろしとかを手伝ってもらったり。子供のお手伝い程度はできる。(笑)今は男子厨房に入らずという時代ではない。家事は女性だけのものではない。わが家では朝食はセルフにしている。パン食だけどそれぞれ好きなパンは違うし自分でパンや牛乳を用意して食べる。毎回ではないけど気が向けば食後の洗い物もやってくれる。朝食後自分が飲みたいから一緒にお茶を入れてくれる。大学病院に行く日は朝が早いから私は洗濯機を回さない。すると夫が回して干してくれている。夫の洗濯物を干すのは以前はなかった。ベランダで干す姿を人に見られたくないという気持ちが強かったようだ。大体うちのベランダは道路から引っ込んでいて立ち止まらないと見えない位置。干し方も誰にも教えてもらっていないだろうからおかしな干し方だけどまずは第一歩なので何も言わないでありがとうとだけ言うことにしている。少しずつ家の中を変えていきたい。今は家事は共同でする時代だと思っているし、夫が定年になれば夫だけが好きに過ごして、妻は今まで通り家事というのもなんだかな。わたしは非常勤の主婦のつもり(笑)自分のやりたいことが優先で家事は最小限。わたしは家庭も一種の共同生活と思っているので家事も当然手伝ってもらう、いやそうでなくて、担当を決めて夫にもやってもらうのが私の理想で、それがこれからの当たり前になっていくことを願っている。
2026.02.28
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義理のお姉さんたちとの外食が頻繁にあるというマイミクさんの書き込みを見て過去のことをいろいろ思い出した。うちはもともと外食はほとんどしない家庭。お墓参りとか何かで集まったときは持ち帰りのお寿司を買うことが多かった。それも安い巻きずしや稲荷が中心。量も少なめ。これだけの人数がいるのにこれだけ?というくらいで、でも姑が払っているから文句も言えない。たまにはうちが出そうとしたら私が買ったお寿司に夫が文句をつける。姑は細かい性格でもし足りなかったらそうめんとかご飯もあるという。でも嫁が勝手に用意するわけにもいかないし、姑も出してきたことはない。そして家で昼食。もともとうちは男尊女卑の家系。男性の前にはたっぷりのお寿司が置かれ女子供は末席。そこにはほんの少しの量しか置かれていない。子供たちには子供用の小さなお寿司。おもちゃとか入っていて量ははいっていない。それかもしくは大人のお寿司から巻きずし3個とか取り分けてくれるけど、子供には全然足りない。文句を言っても義姉が言う。子供はこれくらいで十分、しっかり噛んで食べたらおなか一杯になる。そして食べすぎたらお母さんみたいに豚になる。わたしは当時今よりもっと太っていたけどそこまで露骨に言わなくていいのに。やがて成長すると子供たちは義実家にいても食べさせてくれないと学習して、事前に家で一杯食べてから行く。もしくは理由をつけて行かない。夫は逆に義実家で色々食べられるから家で食べないでおなかをすかせていく。夫はそんな私たちの事には全く気が付かなくて義実家ではいつもご機嫌。お正月なども同じような感じ。一度など末席にも座らせてもらえず私と子供たちは別室で食べさせられた。わたしにとっても子供たちにとっても義実家はまったく楽しい場所ではなかった。でも数年前知人に聞いた話。知人の旦那さんは会社経営をしていて知人は経理をしている。法事の時息子さんのお嫁さんは来ないだろうと勝手に決め込んで嫁の分の料理は頼んでいなかった。お嫁さんが来たけど今から追加もできないから嫁の分は頼んでいないというとお嫁さんは怒って帰ってしまった。知人はそろそろ会社の経理をお嫁さんに任せて引退したいと思っていたのに、お嫁さんがばったり来なくなってしまって経理の引継ぎができないと嘆く。この話を聞いてわたしは全く知人に同情できないと思った。お嫁さんが来るかどうか息子さんに確認もしないで来ないと決め込んだこと。お嫁さんの分がなければ自分の分を差し出すとか何か方法はあったはず。お嫁さんのことを下に見てこれくらいでは怒らないだろうと思っていたのかもしれない。昔のお嫁さんは姑さんに何を言われても怒らなかった、口答えなんてしなかったかもしれないけど今のお嫁さんはそんな人は多分いないと思う。数年後ようやくお嫁さんが経理を勉強するために会社に来るようになった。ようやく知人は引退できると言っていたけど、そんな遠回りをしたのは自分のせい。お嫁さんが来るか来ないかわからないにしても、お金持ちなんだから一人前くらい余分に頼んでいたらよかった。それでも人にはそれくらいで怒ったお嫁さんが悪かったように言う。別の知人の話。知人には息子さんが2人いる。お正月とかに息子さん一家が来る。お嫁さんは仕事で遅れるとのことで息子さんとお孫さんが先に来て食事を始めている。お嫁さんは仕事終わりでやって来て挨拶もそこそこに「お母さん、冷蔵庫のビールをいただいていいですか?」令和のお嫁さんはしっかりしている(笑)堂々と義実家でビールを飲み食事をする。遠慮しないで。食後もお嫁さんはどっかり座っていて後片付けもしない。知人はこっそり息子を呼んで洗物がいっぱいあるから手伝ってくれない?と頼むと、息子さんは言う。家でいつも洗物は僕の担当、実家に帰ったときくらいゆっくりさせてと(笑)今はこんな家もある。共働きも増えてお嫁さんの発言もどんどんできるようになり、逆にお姑さんの方がお嫁さんに気を使う。お嫁さんに気を使えなくて古い自分の常識でお嫁さんの上に立って上から物を言っていたらお嫁さんだけでなく息子さん一家は来なくなり、お孫さんにも会えなくなる。私的にお嫁さんが笑って過ごせるような義実家が理想だけど、うちは義両親も亡くなったけど,義姉が変わることはないと思うので、ずっと疎遠にしている。わたしはこんな風に言いたいことを義実家で言ったり、理不尽なことに言い返したりは得意でないので消極的だけど疎遠にするのが私に一番合っていて自分を守る方法だと思っている。最近義実家に行かないし、義姉にもあわないから体調がいい。夜もよく眠れるし耳鳴りもしなくなった。毎度嫌なことを言われても我慢して、ストレスをためる相手は避けるのが一番。というわけで毎度おなじみの義実家の愚痴からの最近の私の近況です。
2026.02.28
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いよいよ日曜日から3月。母の1周忌のお寺さんへの連絡もした。早いもので母が亡くなってからはや一年。弟には連絡していない。弟は母に戒名も読経もいらないと言っていたから私が勝手に初七日と戒名をお願いした。49日もわたしと夫でやった。母の遺産を振り込んできた後何の連絡もない。1周忌も連絡しても嫌な思いをするだけだろうから連絡しない。次は納骨。父の時に母が納骨したお寺に納骨するつもり。大きなお寺で一度行ってみたけどどこに父のお骨があるのかわからなかった。その後仏壇に父の時の納骨承諾証と言う手帳があるのを見つけた。そこには父の納骨した日と場所が書いてあった。電話してみた。納骨には予約が必要でいつでも納骨できるわけではないそうだ。そしてお骨は小さな骨箱に入れなおし、中の骨をさらしの袋で包んで持参するらしい。だから納骨できる日を問い合わせたり、小さなお骨箱はどれくらいの大きさまで預かってもらえるのか?とか小さな骨箱とさらしの袋はどこで手に入るのか?色々調べることがたくさんある。さらしなんて昔妊娠中に姑が腹帯に一反持って来てくれたけど、あんなにたくさん買っても仕方ない。調べたら手芸店でもあるようだけど、一反もいらない。ほんの少しでいいからどこかで入手しないと。何でも最後はお骨が土に還るようにと言うことでさらしの袋に入れるらしい。わたしは何も知らなかったし、教えてもらえるような親せきも亡くなっていない。娘として最後の1仕事。そして納骨の後は仏壇じまい。今は家の和室に仏壇を置いているけど私はここに嫁に来たから夫は実家の仏壇を置いておくことにいい顔をしない。そしてもし夫が義実家の義姉に言ったらまた何か言われるだろうと思うので、1周忌を区切りに何とかしないと。また仏壇じまいをどこでだれに頼むのか調べないと。実家の宗派は真言宗。もしおなじ宗派で詳しい方がいらっしゃればいろいろ教えていただきたい。わからないことだらけ"(-""-)"
2026.02.26
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今厄介ごとが3つある。2つは金曜日に解決する。はず。一応私はどうするか決めた。どうなるかわからないけど私の方針は決まったのでそれで行く。3つ目。夫の免許返上問題。去年交通違反をきっかけに認知症テストを受けるように言われた。結果合格点ならず・公安委員会から認知症外来に行って診断書をもらっておくれと指示が出た。年末に送った。今月また公安委員会から認知症テスト?講習?を来月受けるように指示が出た。前の指示では半年後に診断書を送れと言われている。出さないと免許停止になる。今年5月に車検の予定だけど、夫は車検を受けないで免許返上すると言っていたのに今になってやっぱり受けて2年乗るという。車検代とその前に切れる保険代で大金が飛んでいく。でも受けてもあと2年間乗れるかわからない。わたしはもう一度車検を受けないで免許返上を説得するつもり。どうしても言うことを聞かないなら私は費用を出さないというつもり。夫はどうしても車検を受けたいなら、自分の貯金(義父母の遺産、今はパチンコ資金)から出すだろう。夫の通う認知症外来に家族相談にも行った。診断書は出すけど運転はやめるようにとは先生からは言えないそうだ。何とか車検を受けないように説得できればいいけど難しい。言い出したら私の言うことなんて聞かない人だから。来月認知症外来の予約日、家族相談に行ったとき次の外来に奥さんも一緒に来てほしいと言われた。夫に一緒に行くと言ったらたぶん来なくていいというだろう。夫は一緒に行きたくないから先生が一緒にと言ったことを私に伝えなかったと思う。私が先生に余計なことを言わないか心配しているのかもしれない。先生は夫の家庭での様子を私に聞きたいという。家族相談に行ったときに少し普段の様子を話した。夫と一緒に予約日に保険が効いて無料だけど、私が個別に家族相談に行くと5000円支払う。それも痛いから一緒に行ければいいけど。わたしが家族相談に行ったことは夫には言ってない。先生から電話が来て次回はぜひ一緒に来てほしいと頼まれたことにしようか?あの手この手と考えてみる。出来れば今年の車検をあきらめて免許返上してくれるといいんだけど。認知症疑いのある人は運転すべきではないと私は思う。事故を起こしてからでは遅い。夫は夜は運転しない、遠出はしない、近くの買い物だけだから大丈夫という。事故は家の近くでも昼間でも起こる。夫は車がないと不便という。それも何とかなる。買い物は近くで配達してくれる店がある。軽いものは散歩がてら歩いて買いに行けばいい。遠い店はバスもある。なんとかなる。そうは言っても50年以上車に乗ってきた夫は車のない生活は考えられないらしい。3つのうちのこれが一番難問かもしれない"(-""-)"
2026.02.25
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今日は今月3回目のカラオケ&ランチ。1人は都合で参加できなかったけど5名で予約しました。今日はカラオケの受付の機械が変わっていてドギマギした。この頃何でも新しくなって高齢者にはついて行きにくくなってきた( 一一)慣れたところで新しくなる。そして案内された部屋の機械は調子が悪く。入力した曲が入ってなかったり、全然誰も入れてない曲が入っていたりして。でも何とか3時間終了。ランチのお店に移動。今日も楽しい時間を過ごせた。今日のメンバーはデュエットを強要する人もいないし皆さん居たって常識的に気配りができる人なので。わたしを含む2人が60代。70代が2人。年齢不詳非公開が1人。みんなそれぞれいろいろな人生を送って来てそれなりにご苦労もあった様子。いろんな話が聞けて、過去話だけでなく今の情報、年金とかあるいは白内障の手術の話とか銀行の紙の通帳がなくなる話とかのためになる話もある。5人のうち3人がおひとり様。でも皆さん元気に楽しく毎日を送っていてああいう風に年を取りたいと目標にしたい人ばかりで。カラオケの後のランチ会は人生の諸先輩に老後の生き方を学ぶ会でもある。今まではいつも皆さんの都合を聞いていつにするか決めるのだけど、来月から第一水曜日に固定することにしたから、もういつにするか悩まなくていい。来れる人は来てもらう.来れない人はごめんなさいで人数だけ予約するから簡単。3月は4日で来週になるけど。今日来られなかった人も次回は来られるといいな。
2026.02.22
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今日は今月初めての体操に行ってきた。一週目は先生の都合でお休み。二週目は私の都合でお休み(カラオケ(笑))今年年末に発表会をやるそうで(体操の時間にやっている有酸素運動のダンス、結構テンポの早い曲で息が上がる)全員で出ようと代表さんが張り切っていた。でも私は出るつもりはない。以前代表さんに言とわれたことがある。みんなとレベルが違いすぎるから(私は)出ても恥をかくと。ショックだったけど、それは事実だし、体力的にも難しい。発表会やいろんなイベントに上手な人たちは出演しているけど私は万年2軍だと思っている。出る人たちは金曜日の体操が始まる前に朝練、そしていつもの体操2時間、終わった後でも練習をしている。わたしはそんなに体力がないからそんなに練習する体力もない。来週みんなに出るかどうかを聞くそうだけど私の返事は決まっている。もちろん代表さんに言われたことをそのまま言うわけにはいかないから体力がないのを理由にするつもり。代表さんは自分の言ったことを覚えているかどうか、たぶん覚えていないと思うけどわたしが断っても私が移植していることは知っているから体力が理由なら納得してくれると思う。また高齢で体調がよくなくて休んでいる人もいるから先生の希望通りに全員で出るのは難しいと思う。出ないのが私一人ではないと思っているのでそんなに強く引き留められることはないと思う。代表さんや一軍の人たちはダンスにすごく熱意を持っているけど私にはそんな熱意もパワーもない。何にしても一軍の人たちは70代中には80代の人もいるけど、そんなに体力気力があるのはうらやましい限り。それはそれで尊敬はしているけど私は同じようにはできない。わたしは発表会に出るなんてことはまるで考えていないし、自分の健康維持のためにやっている。人は人、特に体力は個人差があるから私は無理に合わせて行こうとは思っていない。わたしはわたしで別の楽しみを見つけていく。
2026.02.20
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今日は2か月ぶりの大学病院受診。いつも通りに血液検査を済ませてから泌尿器科の窓口に並ぶ。前回から受付の機械が変わっていてちょっと戸惑う。血液検査激込み、持ってきた単行本を読んで待つ。血液検査が終わったら喫茶店にモーニングを食べに行く。血液検査のために朝食抜きなのでいつもこれが楽しみ。終わったら泌尿器科で順番を待つ。もちろん予約時間ちょうどになっても呼ばれない。血液検査の結果が出ない呼ばれない。待っていたら大声で泣いている子供がいた。待合の半分は眼科待合。誰が泣いているのか見てみたら1歳くらいの女の子が看護師さんに目薬を差されて大泣きしていた。そりゃ何をされているかわからず、押さえつけられて目薬では泣くのも無理はない。その横をベビーカーで通る男の子、女の子と同じくらいに見える。その子がベビーカーから身を乗り出して泣いている女の子を見ている。あまりの大声に目をまん丸くして。何とか目薬が終わって私の泌尿器科に呼ばれた。私の主治医は冗談好き。前回12月の時はクリスマスプレゼント持ってきた?(笑)とかいきなり冗談でお出迎え。今日は(私の本名)さんの名前を最近どこかで見たよ。警察の指名手配のポスターかな?(笑)自分で言って自分で笑っている。この先生。東京出身とかでせっかちでポンポン物を言うから最初はちょっとビビった。先生のペースに巻き込まれて聞きたかったことも聞けなくなる。この春で着任して丸2年かな?最近ようやく慣れてきた。最近頻尿で困っている話を相談する。先日うちの長女も頻尿で職場で困っていた。泌尿器科を受診して過活動膀胱と診断されてお薬が出た。それがよく聞いて回数が減ったという話を聞いたところ。わたしのような移植患者にはどうなのかなと思ったけど一応聞いてみた。主治医は膀胱炎の症状はないから過活動膀胱と思う。薬を出そうと言われた。良かった。尿量はそのままで回数だけ減らせる薬だという。これで悩みが一つ減った。ウオーキングに行っても旅行に行っても気になるのはトイレの事、この薬が効いたら来月の旅行も快適に行ける。そして泌尿器科受診後、腎臓内科へ。腎臓内科受付の前のソファにいた男性が急にけいれんを初めて、自分で止めようと頭をたたいたり手を振ったりしているのが目に入った。大丈夫かな?私は心配になって受付の人に教えた。あの方、けいれんしているようですがと。受付の人も確認して誰かを呼びに行った様子。何とか処置してもらえるといいね。気にはなったけど、知り合い?と聞かれて名前も知らない人だから病院職員に任せようと思ってその場を離れた。無事に収まっていたらいいけど。そして腎臓内科も無事終了。腎臓内科の先生は普通の先生で冗談一つも言わない。っていうか泌尿器科の先生が変わりすぎ?今までいろんな先生を見てきたけどあんな風に冗談を言う先生はあまりいなかった。というような今日の受診。まあいろいろありました。次回は4月。
2026.02.18
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昨日友達からラインで電話が来た。この人からラインでしかも電話は初めて。この人は中学3年生の時の同級生。中学のころはあんまり親しくはなかった。わりにおとなしい目立たない人だった。卒業後も付き合いのないまま、会うこともないまま。還暦になるときに還暦同窓会をやろうと言い出した人がいて久しぶりに会った。その時連絡が取れた人たちとライングループを作った。それから幹事の人からランチや夜のクラス会のお誘いが来るようになった。その人とも何度かあったけど、コロナでまた連絡が途絶えた。皆と会いたいなと思ったわたしは昼間女子だけの女子会を自分から声をかけるようになった。私の企画する女子会何回目だったかな?次は来月にやろうと思って今返事を待っているところ。連絡が取れる同級生が減って来て、どうしても来られない人もいるから毎回4,5人しか来られないけど、会えば一杯喋って元気をもらえる。その人Mちゃんから電話が来たのはその出欠の連絡。でもついつい長話になる。誰かと話したいと思ってメールでなく電話にしたようだ。10年以上前からおひとり様。そして子供たちも結婚したりして出て行って今は一人暮らし。去年転倒して大たい骨骨折したという。私も骨粗しょう症で何度も骨折している。うんうんと話を聞いた。長い間入院して(一人暮らしなので長めに入院していたらしい)今はよくなっているけどまた転ぶのではないかと外出が怖いという。入院で長い間働いていた職場も退職。特に雨の日は滑って転ぶと外出が怖いという。女子会、晴れならいけるけど雨ならいけないという。行きたいけどという返事なので、じゃあ晴れなら出席、雨なら欠席ということにしようと私は言った。当日の朝連絡もらえればいいから。予約の人数には一応含めておくからお店には当日来られなくなってキャンセルになったと伝える。Mちゃんはわたしのことをポジティブだというけど、私も全く悩みもなくいつも笑っているわけでないし。悩むこともあるし眠れない夜もある。普通の人間だと思っている。でも確かに移植以後積極的に人と付き合う用にはなったと思う。女子会やカラオケに自分から声をかけて企画し、連絡する。連絡を受けるほうは迷惑と思っているかもだけど、私は私がみんなに会いたいから連絡している。自分勝手な理由かもしれないけど。楽しい時間を共有したらまた明日から頑張ろうと思える。電話を切った後に彼女に元気玉を送るからぼちぼち前に進もうとメールを入れた。すると元気玉待っていますという返事。いや、私はよくこういうことを言うけど、これは比喩表現で実際に元気玉なんて持ってないし送れない。わたしは困って絵文字の中から元気玉に見えるような絵文字を探して送った。わたしが少しでも力になろうとか寄り添いたいという気持ちが伝わるように言っているだけなんだけど彼女はまじめに受け取ったんだね。別の友達には子供だましだけど、痛いの痛いの飛んでけというおまじないをメールしたらその人も大真面目にありがとうございますときたからちょっと面食らった。少しでもくすっと笑える話を送れば、笑って元気を出せるというつもりで送っていた。励ますつもりで頑張ってとか元気を出してとか言うのは相手によっては禁句だという。落ち込んでいる人には電話もメールも使う言葉に気を使う。そんなつもりではなかったのに、怒りの電話が来てそれっきりになった友達もいる。何か私に気を使うどころでない困った事態になっているのかもしれないけど、当分連絡は控えようと思ってそのまま疎遠になっている。人との付き合い方、距離の取り方、どんな言葉を掛けるのが適切かなかなか難しい。歳を重ねて病気や体調や家族の問題、いろんなことがあるけど、何とか前を向いて乗り越えていくには友達の力が必要だと思う。わたしも助けてもらいたいときがあるし、困っている友達がいたら助けたい。あとどれくらい自分の寿命があるのかわからないけど、会いたい人には会って行きたい場所には行って心残りのない余生を送りたいと思っている。
2026.02.15
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久しぶりの亡くなった姑のことを思い出した。夫は自分の母親を神様のように素晴らしい性格と絶賛していた。けれど私には全くそうは見えなかった。ある日姑が夫に私の性格?をあれではとても同居はできないと言った。わたしはずっとそれはどういう意味か考え続けてきた。一緒に住んでいるわけでもないのに私のどこを見てそう決めつけるのだろう?夫に聞いた。私のどんなところがとても同居はできないというところなのかと。夫は聞いていないという。そこを聞いてこないと中途半端にそれだけ言われてもどうしようもないと思った。そして夫は嫌われている点を改めて同居したいという。わたしは開き直った。どういう嫁を期待しているのかわからないけど、100%相手に合わせて相手の望む理想の嫁になるのは無理だと。そんな気はないと断言した。大体姑が私のことをどう言っていてもそれをそのまま嫁に伝える夫もどうかしている。そんなことを伝えてうまく行くはずがない。神様のような人と合わないのはわたしが悪いといいたいのかもしれない。とにかく姑の存命中は同居の話は出たことがないし、同居は実現しなかった。姑の亡くなった後、私は姑は結局自分の言うことをハイハイと聞くような嫁が欲しかったのだろうと思いついた。姑は別居しているのに預貯金をすべて舅も名義にするようにと言われた。舅の年齢ではマル優ということで利息がよかったらしい。義実家ではすべての預貯金は舅名義になっていたらしい。夫が独身の頃家に入れていたお金も夫は別に自分名義で貯金してくれていると言っていたけど私は違うと思っていた。いちいち別居する姑にお伺いを立てないとお金をおろせない生活なんて無理だと思ってわたしはそれを断った。嫁が姑の言うことに逆らうというのは姑の中ではありえないことだったのかもしれない。その舅の貯金から私たちの結婚費用,次姉の結婚費用、次姉家の購入の頭金、義実家のリフォーム代金などの大きな出費を支払ってきたと思われる。夫が姑に自分名義の通帳があるというので見せてもらいたいと言ったら拒否されて見せてもらえなかった。親が信用できないのかと逆切れされた。お金に対する価値観、考え方が姑とわたしはまるで違っていた。姑の勧める姑の知人がやっている保険を断ったこととかも気に入らなかったのだろうと思う。死亡時とか入院手術の時にしか払われない保険は損だ、掛け捨ての保険だという姑。貯金になって時期が来れば帰ってくる保険がいいと言っていた。わたしはいざというときに払われるのだから保険とはそもそもそういうものだと思って姑の勧める保険は断った。また家を買うときにもローンは借金だからと猛反対。大体ローンを組まないで現金で家を買う人なんて今どきいる?ローンには生命保険もついていていざというときはそれで返済する。義両親は持ち家だけど古い家を買ってお金を貯めては増改築をしてきた。ローンや借金はしたことがない。家を買うなら退職金が入ってから買えばいいといわれた。子供たちが独立して夫婦二人になったらむしろ家なんていらない。退職金で家が買えるほども多分もらえないだろうし、退職金や老後のための貯金をはたいて家を買う?そのほうが無謀だと思う。こんな風に考え方がまるで違っていた。親の言うとおりにしないからとても同居はできないということになったのだろうと今は推察している。舅なんて家は夫に譲るから家なんて買う必要はない、でも自分の建てた家をつぶして建て替えとは自分の目が黒いうちはだめだという。それなら舅が存命中は同居はできないということになる。定年するような年になれば夫もローンは組めない。非現実的な考えだった。そして舅は家は夫に譲るから今義実家に住んでいる未婚の義姉にマンションを買ってやってという。何でうちが?義姉にマンションを買うために貯金をしてきたわけではない。もちろん私はそんな風に思ったことをすべて反論してきたわけではない。おかしなことばかり言うなと思ったけど反論はしていない。義姉はマンションに出るつもりはない、ずっと義実家に住むつもりと言ったのでこの話は消えた。そんなこんなの諸事情で同居は実現しなかった。今でも思う。100%を否定してあれではなどという人とわたしも同居はできない。もし将来あの世で姑に会うことがあればどうして同居できないと言ったのかという答えを聞きたいと思っている。嫁姑関係も結局は人間関係の一つで一つでも相手のいいところを見つけて妥協する気持ちがないとうまく行かない。友人知人なら妥協や相手に合わせるのが困難なら,会わない、疎遠にするという考え方もある。姑とはよほどのことがない限り縁は切れない。同居したら逃げ場もない。嫁姑の関係は上司との関係に似ているかもしれない。上司に納得できない考えを押し付けられても、なかなか自分の意見を言えない。上司なら最悪退職という手があるけど姑の関係を完全に断ち切るには離婚しかないかもしれない。たまに実母との関係より嫁姑の方が仲がいいという人がいる。相性というのもあるだろうけど、相手のいい点を尊重してうまく合わせようという気持ちが両方にあるからというのもあるだろう。嫁がハイハイと従っていればいいという考えではどんな嫁が来ても合わないと思う。今どき何でもハイハイと姑に従うようなそんな嫁はどこを探しても多分いないと思う。姑の言っていた「あれではとても同居できない」という言葉の意味はわたしの中では永遠の宿題になっている。
2026.02.14
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昨日いわゆるすべり止めの私立を受験してきた孫ちゃん。思い出したけど、そこは昔私が同じように併願で受けた私立だった。私のころの高校受験。うちの中学は1学年10クラスもあるマンモス校。一クラス45人くらいいたかな?10クラスで450人くらいいた。当時のうちの市の県立高校は3校、2校だったのが3校目が私たちの受験の時にできた。受験は完全な輪切りで学年50番までが一番上のレベルの高校。次のレベルは100番まででその下は商業高校があったけど商業高校へ進むか後は私立。わたしは商業高校でそろばんや簿記を勉強するのが気が進まなかったので普通科に行きたいと3校目の高校に挑戦した。何とか3校目の高校に入学できた。さて月日は流れて娘たちの受験のころは総合選抜制と言って県立高校全体の募集人数を合格させて後で高校に振り分けるやり方。当時娘たちは新しくできた中学に通っていたけど2人とも勉強嫌いで塾へ行っても成績がパッとしない。それどころか学年順位は恥ずかしながら娘たちの後ろに数人しかいないほどのレベル。先生には公立と併願は無理だから私立専願にするようにと言われて何とか市外の私立に滑り込んだ。次女は長女と同じ私立にしたら入学金が免許と言われて次女も長女と同じ高校に。確かに私立は月謝が高いし交通費はいるし大変だった。しかし私が懇談会などで学校に行くとすれ違う知らない生徒がみんな私に挨拶をする。挨拶をちゃんと指導してくれる高校だった。就職率もよかった。ただし知人にはあのあほで有名な高校?と言われるほどレベルは低かった。でも自分のレベルに合った高校なので留年とかの心配もなくのびのびと通った。長女は周りがあほばっかりだからちょっと勉強したらすぐに成績が上がるというから笑った。中学では考えられないくらいの順位に簡単に上がることができる。というわけだ。でも当時は県立高校は市内に6校あり普通の成績ならどこかの公立高校に入れると言われていて、一部の受験が難しい私立もあったけど、私立に行く子は少なかったと思う。勉強が良くできたらしい実家の父にはうちの孫なのに公立に行けないなんてと言われたけどそんないい方はないだろうと内心思った。ところが孫ちゃんの高校受験は私立公立併願できるなんて嬉しく思った。孫ちゃんは勉強はコツコツやるタイプ。娘たちの時とは大違い。長女は学校の勉強も塾の勉強も大嫌い、塾の宿題のプリントを隠してやったとかなかったとかいうくらい。孫ちゃんはママと約束したゲーム時間もママがいなくてもちゃんと守るし、決めた勉強時間はちゃんとやるし。とにかく真面目。後は結果だけど、試験は運もあるしね。併願できたんだんだから後は運頼み。孫ちゃんは公立は今は二校受けられるそうなのでどちらかに合格したらいいけど。どこに決まってもお祝いを準備しないとね。(^^♪
2026.02.11
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今日は今月二回目のパソコン。先週は私は休んでいたので先週やったところのメモを3人の方からいただいた。みんな優しい。ありがとうございます(^^♪今日は先週やった引っ越し挨拶のプリントを説明してもらった。わたしは先月末の教室で先生にプリントのコピーをもらってきていたのでそれを家でやってみた。これならできると思っていたの、私の思い上がりでした。まずタイトルのグループ化で躓いた。地図の部分は何とか出来たかなと思うけど、そのほか細かいところを先生に質問しながら家でやったのを見てもらった。地図も忘れていることが多くて。先生は全員の机を回って一人ひとりわからないところを個人授業。ここの教室は教え方が丁寧。そこに行って他の人が教えてもらうのを横から見るのだけど人が多くて、なかなか良く見えない。でも先生に聞くことをまとめて先生を呼ぶ。全員を回って全員の質問に答えていたらあっという間に2時間終了。今日も先生がこんな簡単なこと覚えてないの?と絶叫する。確かにワードの基礎でできそうだけど、なんせメンバーは私以外が70代80代なので覚えていない、教えてもらってないと先生に文句を言う。先生はやっているはずと抗戦するけど、いいや聞いてないと反論するメンバー。先生によると(先生はいくつも教室を持っている)うちの教室が市内で一番手がかかって、なかなか授業が進まない教室だという。そこは長い目で見てやってください(笑)というものの古い人は10年以上。わたしはまだ3,4年だけどね。でも失礼ながらその年でパソコンを勉強しようという心意気はなかなか素敵ですよね。頭を使えば脳活にもなるしね。さあかえって明日は忘れないうちに復習しよう。年齢が上がると何度も復習しないと忘れる、復習しても忘れる(笑)これ前にやったとすぐに思い出せない。色んな困難はあるものの、みんなパソコンが好きで先生が好きで通ってきている。メンバーの一人は先生が百歳になるまでやってという。先生は今80代半ば。いよいよとなったらオンライン授業なんてどうでしょう?教える先生もいい脳活になっているかも(^_-)-☆
2026.02.10
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築40年以上になる我が家。以前水道検針の方に漏水を指摘されたことがある。市の水道料金お客様センターに連絡して水道工事の会社を紹介してもらった。紹介された業者さんが検査してくれた結果、漏水は家の外の庭の水栓だとわかった。水栓の周りのコンクリートを取り除いて修理して3万くらいかかったと思う。痛い出費だったけど、まだ家の下の台所やお風呂場の漏水だと床をはがすなどしての大ごとになってもっと高い修理になっていただろう。まだそれくらいですんでよかった。ところが今回また漏水を指摘された。夫に話してもお前が水栓をきっちり閉めないからというだけで話が進まない。現に水道料金が前回より増えている。早く処置しないといけない。台所の水栓のパッキンを変えてほしいと夫には何年も前から言っているけどやってくれない。一度替えたことがあるけど夫が換えたと思っていたけどもしかしたら前回の漏水の時に来てもらった業者さんが換えたのかもしれない。とにかく今日こそお客様センターに連絡しないと。業者さんもすぐには来ないかもしれないし、業者さんが来るときには私も経ち会いたいので私の都合のいいときに来てもらいたい。以前トイレのリフォームで夫が業者さんの説明を聞く時私も家の中にいたのに呼んでくれなくて一人で説明を聞いた。後で夫に掃除や手入れの仕方を聞いたら、ちゃんと聞いてなかった。実際にトイレ掃除をする私が聞かないと意味がない。夫に任せておくわけにはいかない。今回も水道工事の方のはなしをちゃんと私が聞いておかないと。確か前回の修理の時に後で手続きをしたら修理代が市から返金されたと思うのでその手続きも聞いておきたい。9時になったらさっそく連絡しないと。明日は祝日だから休みだろうし土日も休みだろう。今回の修理代はどれくらいかかるかな?頭が痛い。
2026.02.10
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夫の交通違反をきっかけに夫は認知種外来に通うようになり、私は今年中には免許を返上させたいと思っている。夫も次の車検を受けないで免許返上と言っていた。次の車検は今年の5月。夫は急にその車検を受けてもう2年乗ると言い出した。約束が違う。それなら車検代は出さないと夫に言った。僕が出すと夫も引かない。半年後に認知症外来で現状の診断書を書いてもらい、公安委員会に提出することになっている。公安委員会の判断によっては免許返上になるかも。でも半年後ってもう車検が終わっているから夫は車検を受けたところだからもったいないとか言ってごねそう。うちの実家の父も何度も免許返上の話をしたけど次の車検まで乗る、誕生日まで乗るとずるずると引き延ばして結局87歳で亡くなるまで免許は返上しないまま。亡くなる直前いよいよ体力が落ちて運転できなくなって2か月前にはほぼ乗れなくなったけどそれまでは乗っていた。そして夫はそれを見て僕も80まで乗ると言っている。誰が何歳まで乗っていようと、人は人、自分の体力や認知能力と相談しないと同じようにはできない。いつもは車検まで少しずつ家計の残りを貯めて車の保険代と車検代に充てるけど夫が受けないと言っているから今回は貯めていない。家計の残りは年末の換気扇とか最近電子レンジが壊れて買ったりに一部使ったり、不意の出費に備えて置いている。でも車検代には到底足りない。夫は義両親の遺産を持っているからそれで払えばいい。義両親もパチンコに使うより車検に使う方が喜ぶだろうし。5月の車検を受けてしまえば今77歳だから79歳まで乗ることになる。わたしが免許返上と言っても聞く耳を持たない。いっそ公安委員会から強制的に返上?使えなくする?してほしいくらいだ。そうでもしないとずるずると先に引き延ばしを図るだろう。頭が痛い問題だ。
2026.02.08
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朝寒かったけど9時半から読書会。読書好きな人が集まって本の話やその他世間話をする会。もちろん参加無料です。わたしも本好きなので楽しみなのですが、日曜日なので移植の会の役員会と重なったりするので行けないときもあります。毎回ほぼ同じメンバーです。終わって施設を出る時雪がちらほらしてきました。この後は衆議院の投票。うちに寄らないで会場の小学校に行きます。うちは夫も期日前投票所が小学校よりも遠いのでいつも小学校で投票します。毎回夫とは別に行きます。なぜか?夫が会場を出たらすぐに大声でだれに入れたん?何党に入れたん?と聞くので。(笑)夫はデリカシーのない人です。雪はますます激しくなってきました。でもこの後の予定は次女宅。先月の孫1ちゃんの誕生祝を持っていく。今日行かないとまた1週間先になってしまうからついでに行ってきたいと思って。次女からは風も雪もひどいからまた今度にする?とラインが来ていたけど無視して行きました。今日すると決めたことは今日終わりたいので。次女宅に着くといきなり孫2ちゃんに大泣きされる。どうした?どうした?久しぶりなのでおばあちゃんの顔を忘れたみたい。次女曰く、メモリが小さいから(笑)しばらくすると思い出したか?なれたか?わらってくれるようになった。孫1ちゃんは中3で今年受験、十日の火曜日にまず私立の受験が控えている。それなのに体調不良。鼻がぐずぐずしていて花粉症?鼻炎?薬局で買ってきた薬は効かないという。やっぱり受診しないと。明日私が通う耳鼻科に私が連れて行くことになった。診察券番号を予約電話に打ち込んでコンピュータ予約をする。孫ちゃんの診察券を預かってきた。私が予約して順番が近づいたら孫ちゃんに連絡する。わたしは13時に整骨院の予定。月曜日は耳鼻科は混んでいるだろうから、もしかしたら整骨院に行くために中座するかも。耳鼻科は予約が多いと2時や3時まで診察していて、午後診察はない。孫ちゃんの受診の時に付き添えるかわからないけど、途中まででも一緒にいたら心強いだろう。次女宅から帰ってくるときも猛吹雪。帰ってきたら今日の歩数7672歩。とにかく寒かったから午後は暖かくして家にいます。こちらでは多分積もらないと思う。積もるほど降ったのははるか昔。記憶にないほど。もちろんスキーもできないし、雪かきも経験なし。
2026.02.08
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何度も書いているけど夫は時間にルーズ。というより約束の時間に間に合わせようという気持ちが全くない。独身で私と付き合っていたころ、お見合い結婚で何度か結婚前に会ったのだけど、毎回遅刻してきた。いい加減時間にルーズだとはわかっていたけど、亡くなった実家の父があんまりお見合いを断ってばかりいたら、誰も持って来てくれなくなるからこちらからは断らないようにと言うので我慢して付き合っていた。どうしてもいやなら向こうから断らせるようにしろという。それで毎回遅刻する夫としぶしぶ付き合っていた。後で聞いたら向こうもわたしに断らせようと遅刻していたという。それなのに運命のいたずら?仲人口?結婚してしまった(笑)いまだに夫の遅刻癖は治らず。ただ一人の友達との待ち合わせも平気で遅刻。電車で出かけてある駅で待ち合わせなのに、待ち合わせ時間ぎりぎりに家を出る。最寄り駅までの移動、電車の待ち時間、待ち合わせの鋭気に着く時間を考えても間に合うはずがない。今は定年になって仕事はしていないけど不思議と仕事では無遅刻だった。送れないようにしようと思えばできるのにやらない夫。今日も義実家で月命日だけどまだ寝てる。間に合うように起きる気もない"(-""-)"毎回義姉から催促の電話がかかる。月命日と言ってももう親せきも来ないし、義姉二人と夫とだけの内内の月命日だけどだからと言って遅刻してもいいわけではない。昨夜も夫はあわてていく必要はない、ゆっくり行けばいいとか言っていてやっぱり間に合うようにいく気はない。わたしは義姉からの電話を受けてちゃんと伝えたからあとは夫の責任。夫が出かけたら義姉から入れ替わりに電話がかかる。催促の電話とわかっているから私は出ない。出て夫の代わりに謝る何て嫌だったから。以前の電話で夫は誰との約束でも時間を守る気がない、約束の時間に合わせて起きる、準備するとかができないというのは伝えてある。だから文句なら夫に直接言ってもらえばいい。しかし夫は多分聞き流すだろう。誰が何を言っても反省して改める気がない。唯一の友達もあきれたのかここ数年メールも来ない。時間を守らないと友達にも避けられると言っても動じない。会いたくなったらこちらから連絡するからいいんだという。相手の気持ちは無視ですか?人との付き合いで遅刻しないのは基本だと思うけど。今更何を言っても夫は変わらないと思うので私は何も言わないことにした。77歳まで好きなように生きてきた人を変えることなどできないというあきらめの境地。
2026.02.07
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今日の日記のタイトルは借りてきた本のタイトル、作者は垣谷美雨さん。もちろん架空の小説だ。高齢化によって国家財政の行き詰まり解消のために70歳に達した人は70歳の誕生日から30日以内に死ななければならない。皇族以外の日本国民は示された安楽死の方法の中から自分で死に方を選ぶことができるという恐ろしい法案が可決した近未来小説。少子高齢化が進んで年金制度が崩壊し、医療費はパンク寸前な状態でこれを解決するための法案だ。今日本は平均寿命が格段に延びたけど、長寿は人類に幸福をもたらしたであろうか?国家の財政を圧迫する原因となり介護する家族の人生を台無しにするような側面がある。まず姑を自宅で介護中の嫁である東洋子(とよこ)という人の立場が描かれている。姑は寝たきりだけど口は達者で昼となく夜となく嫁を呼びつけるから嫁は疲れて疲弊している。この法律によってあと2年で介護から解放されると喜ぶ。けれど自分もやがて70歳になると死ななければならない。家族は誰も介護に協力しない。娘は介護を嫌がって家を出て行った。東洋子は家に帰って仕事もやめて介護を手伝ってと頼むけど拒否される。息子は一流大学を出たものの就職先で人間関係に躓いて引きこもり中。夫はこの法律でまだ定年まで間があるのに仕事をやめて長年の夢だった長期の海外旅行に行くと言い出す。家族たちの勝手な主張に東洋子は姑の介護を放り出して家出を実行する。その波紋が家族にいろんな変化をもたらして結末は書かないけど明るい希望の持てる展開になっていてほっとしている。家事にノータッチだった夫は少しずつ家事をするようになり、引きこもりの息子はひょんなことから同級生女子の会社を手伝うようになり、娘は介護を嫌がって家を出たのに皮肉にも今は介護職。意外にも東洋子がいなくても家の中は何とか回りだす。東洋子は苦労して再就職をはたし、人生初の一人暮らしをはじめる。わたしは百まで生きるつもりだけどできるだけ足腰を鍛えて寝たきりにも認知症にもならないで周りに迷惑を掛けないように長生きしたいと思っている。もちろん気合だけでは老後は乗り切れないとは思うけど。まずは今日の午後認知症外来の家族相談に夫のことを相談しに行く。今からドキドキしている。
2026.02.02
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