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今日は2か月ぶりの大学病院受診。いつも通りに血液検査を済ませてから泌尿器科の窓口に並ぶ。前回から受付の機械が変わっていてちょっと戸惑う。血液検査激込み、持ってきた単行本を読んで待つ。血液検査が終わったら喫茶店にモーニングを食べに行く。血液検査のために朝食抜きなのでいつもこれが楽しみ。終わったら泌尿器科で順番を待つ。もちろん予約時間ちょうどになっても呼ばれない。血液検査の結果が出ない呼ばれない。待っていたら大声で泣いている子供がいた。待合の半分は眼科待合。誰が泣いているのか見てみたら1歳くらいの女の子が看護師さんに目薬を差されて大泣きしていた。そりゃ何をされているかわからず、押さえつけられて目薬では泣くのも無理はない。その横をベビーカーで通る男の子、女の子と同じくらいに見える。その子がベビーカーから身を乗り出して泣いている女の子を見ている。あまりの大声に目をまん丸くして。何とか目薬が終わって私の泌尿器科に呼ばれた。私の主治医は冗談好き。前回12月の時はクリスマスプレゼント持ってきた?(笑)とかいきなり冗談でお出迎え。今日は(私の本名)さんの名前を最近どこかで見たよ。警察の指名手配のポスターかな?(笑)自分で言って自分で笑っている。この先生。東京出身とかでせっかちでポンポン物を言うから最初はちょっとビビった。先生のペースに巻き込まれて聞きたかったことも聞けなくなる。この春で着任して丸2年かな?最近ようやく慣れてきた。最近頻尿で困っている話を相談する。先日うちの長女も頻尿で職場で困っていた。泌尿器科を受診して過活動膀胱と診断されてお薬が出た。それがよく聞いて回数が減ったという話を聞いたところ。わたしのような移植患者にはどうなのかなと思ったけど一応聞いてみた。主治医は膀胱炎の症状はないから過活動膀胱と思う。薬を出そうと言われた。良かった。尿量はそのままで回数だけ減らせる薬だという。これで悩みが一つ減った。ウオーキングに行っても旅行に行っても気になるのはトイレの事、この薬が効いたら来月の旅行も快適に行ける。そして泌尿器科受診後、腎臓内科へ。腎臓内科受付の前のソファにいた男性が急にけいれんを初めて、自分で止めようと頭をたたいたり手を振ったりしているのが目に入った。大丈夫かな?私は心配になって受付の人に教えた。あの方、けいれんしているようですがと。受付の人も確認して誰かを呼びに行った様子。何とか処置してもらえるといいね。気にはなったけど、知り合い?と聞かれて名前も知らない人だから病院職員に任せようと思ってその場を離れた。無事に収まっていたらいいけど。そして腎臓内科も無事終了。腎臓内科の先生は普通の先生で冗談一つも言わない。っていうか泌尿器科の先生が変わりすぎ?今までいろんな先生を見てきたけどあんな風に冗談を言う先生はあまりいなかった。というような今日の受診。まあいろいろありました。次回は4月。
2026.02.18
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昨日友達からラインで電話が来た。この人からラインでしかも電話は初めて。この人は中学3年生の時の同級生。中学のころはあんまり親しくはなかった。わりにおとなしい目立たない人だった。卒業後も付き合いのないまま、会うこともないまま。還暦になるときに還暦同窓会をやろうと言い出した人がいて久しぶりに会った。その時連絡が取れた人たちとライングループを作った。それから幹事の人からランチや夜のクラス会のお誘いが来るようになった。その人とも何度かあったけど、コロナでまた連絡が途絶えた。皆と会いたいなと思ったわたしは昼間女子だけの女子会を自分から声をかけるようになった。私の企画する女子会何回目だったかな?次は来月にやろうと思って今返事を待っているところ。連絡が取れる同級生が減って来て、どうしても来られない人もいるから毎回4,5人しか来られないけど、会えば一杯喋って元気をもらえる。その人Mちゃんから電話が来たのはその出欠の連絡。でもついつい長話になる。誰かと話したいと思ってメールでなく電話にしたようだ。10年以上前からおひとり様。そして子供たちも結婚したりして出て行って今は一人暮らし。去年転倒して大たい骨骨折したという。私も骨粗しょう症で何度も骨折している。うんうんと話を聞いた。長い間入院して(一人暮らしなので長めに入院していたらしい)今はよくなっているけどまた転ぶのではないかと外出が怖いという。入院で長い間働いていた職場も退職。特に雨の日は滑って転ぶと外出が怖いという。女子会、晴れならいけるけど雨ならいけないという。行きたいけどという返事なので、じゃあ晴れなら出席、雨なら欠席ということにしようと私は言った。当日の朝連絡もらえればいいから。予約の人数には一応含めておくからお店には当日来られなくなってキャンセルになったと伝える。Mちゃんはわたしのことをポジティブだというけど、私も全く悩みもなくいつも笑っているわけでないし。悩むこともあるし眠れない夜もある。普通の人間だと思っている。でも確かに移植以後積極的に人と付き合う用にはなったと思う。女子会やカラオケに自分から声をかけて企画し、連絡する。連絡を受けるほうは迷惑と思っているかもだけど、私は私がみんなに会いたいから連絡している。自分勝手な理由かもしれないけど。楽しい時間を共有したらまた明日から頑張ろうと思える。電話を切った後に彼女に元気玉を送るからぼちぼち前に進もうとメールを入れた。すると元気玉待っていますという返事。いや、私はよくこういうことを言うけど、これは比喩表現で実際に元気玉なんて持ってないし送れない。わたしは困って絵文字の中から元気玉に見えるような絵文字を探して送った。わたしが少しでも力になろうとか寄り添いたいという気持ちが伝わるように言っているだけなんだけど彼女はまじめに受け取ったんだね。別の友達には子供だましだけど、痛いの痛いの飛んでけというおまじないをメールしたらその人も大真面目にありがとうございますときたからちょっと面食らった。少しでもくすっと笑える話を送れば、笑って元気を出せるというつもりで送っていた。励ますつもりで頑張ってとか元気を出してとか言うのは相手によっては禁句だという。落ち込んでいる人には電話もメールも使う言葉に気を使う。そんなつもりではなかったのに、怒りの電話が来てそれっきりになった友達もいる。何か私に気を使うどころでない困った事態になっているのかもしれないけど、当分連絡は控えようと思ってそのまま疎遠になっている。人との付き合い方、距離の取り方、どんな言葉を掛けるのが適切かなかなか難しい。歳を重ねて病気や体調や家族の問題、いろんなことがあるけど、何とか前を向いて乗り越えていくには友達の力が必要だと思う。わたしも助けてもらいたいときがあるし、困っている友達がいたら助けたい。あとどれくらい自分の寿命があるのかわからないけど、会いたい人には会って行きたい場所には行って心残りのない余生を送りたいと思っている。
2026.02.15
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久しぶりの亡くなった姑のことを思い出した。夫は自分の母親を神様のように素晴らしい性格と絶賛していた。けれど私には全くそうは見えなかった。ある日姑が夫に私の性格?をあれではとても同居はできないと言った。わたしはずっとそれはどういう意味か考え続けてきた。一緒に住んでいるわけでもないのに私のどこを見てそう決めつけるのだろう?夫に聞いた。私のどんなところがとても同居はできないというところなのかと。夫は聞いていないという。そこを聞いてこないと中途半端にそれだけ言われてもどうしようもないと思った。そして夫は嫌われている点を改めて同居したいという。わたしは開き直った。どういう嫁を期待しているのかわからないけど、100%相手に合わせて相手の望む理想の嫁になるのは無理だと。そんな気はないと断言した。大体姑が私のことをどう言っていてもそれをそのまま嫁に伝える夫もどうかしている。そんなことを伝えてうまく行くはずがない。神様のような人と合わないのはわたしが悪いといいたいのかもしれない。とにかく姑の存命中は同居の話は出たことがないし、同居は実現しなかった。姑の亡くなった後、私は姑は結局自分の言うことをハイハイと聞くような嫁が欲しかったのだろうと思いついた。姑は別居しているのに預貯金をすべて舅も名義にするようにと言われた。舅の年齢ではマル優ということで利息がよかったらしい。義実家ではすべての預貯金は舅名義になっていたらしい。夫が独身の頃家に入れていたお金も夫は別に自分名義で貯金してくれていると言っていたけど私は違うと思っていた。いちいち別居する姑にお伺いを立てないとお金をおろせない生活なんて無理だと思ってわたしはそれを断った。嫁が姑の言うことに逆らうというのは姑の中ではありえないことだったのかもしれない。その舅の貯金から私たちの結婚費用,次姉の結婚費用、次姉家の購入の頭金、義実家のリフォーム代金などの大きな出費を支払ってきたと思われる。夫が姑に自分名義の通帳があるというので見せてもらいたいと言ったら拒否されて見せてもらえなかった。親が信用できないのかと逆切れされた。お金に対する価値観、考え方が姑とわたしはまるで違っていた。姑の勧める姑の知人がやっている保険を断ったこととかも気に入らなかったのだろうと思う。死亡時とか入院手術の時にしか払われない保険は損だ、掛け捨ての保険だという姑。貯金になって時期が来れば帰ってくる保険がいいと言っていた。わたしはいざというときに払われるのだから保険とはそもそもそういうものだと思って姑の勧める保険は断った。また家を買うときにもローンは借金だからと猛反対。大体ローンを組まないで現金で家を買う人なんて今どきいる?ローンには生命保険もついていていざというときはそれで返済する。義両親は持ち家だけど古い家を買ってお金を貯めては増改築をしてきた。ローンや借金はしたことがない。家を買うなら退職金が入ってから買えばいいといわれた。子供たちが独立して夫婦二人になったらむしろ家なんていらない。退職金で家が買えるほども多分もらえないだろうし、退職金や老後のための貯金をはたいて家を買う?そのほうが無謀だと思う。こんな風に考え方がまるで違っていた。親の言うとおりにしないからとても同居はできないということになったのだろうと今は推察している。舅なんて家は夫に譲るから家なんて買う必要はない、でも自分の建てた家をつぶして建て替えとは自分の目が黒いうちはだめだという。それなら舅が存命中は同居はできないということになる。定年するような年になれば夫もローンは組めない。非現実的な考えだった。そして舅は家は夫に譲るから今義実家に住んでいる未婚の義姉にマンションを買ってやってという。何でうちが?義姉にマンションを買うために貯金をしてきたわけではない。もちろん私はそんな風に思ったことをすべて反論してきたわけではない。おかしなことばかり言うなと思ったけど反論はしていない。義姉はマンションに出るつもりはない、ずっと義実家に住むつもりと言ったのでこの話は消えた。そんなこんなの諸事情で同居は実現しなかった。今でも思う。100%を否定してあれではなどという人とわたしも同居はできない。もし将来あの世で姑に会うことがあればどうして同居できないと言ったのかという答えを聞きたいと思っている。嫁姑関係も結局は人間関係の一つで一つでも相手のいいところを見つけて妥協する気持ちがないとうまく行かない。友人知人なら妥協や相手に合わせるのが困難なら,会わない、疎遠にするという考え方もある。姑とはよほどのことがない限り縁は切れない。同居したら逃げ場もない。嫁姑の関係は上司との関係に似ているかもしれない。上司に納得できない考えを押し付けられても、なかなか自分の意見を言えない。上司なら最悪退職という手があるけど姑の関係を完全に断ち切るには離婚しかないかもしれない。たまに実母との関係より嫁姑の方が仲がいいという人がいる。相性というのもあるだろうけど、相手のいい点を尊重してうまく合わせようという気持ちが両方にあるからというのもあるだろう。嫁がハイハイと従っていればいいという考えではどんな嫁が来ても合わないと思う。今どき何でもハイハイと姑に従うようなそんな嫁はどこを探しても多分いないと思う。姑の言っていた「あれではとても同居できない」という言葉の意味はわたしの中では永遠の宿題になっている。
2026.02.14
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昨日いわゆるすべり止めの私立を受験してきた孫ちゃん。思い出したけど、そこは昔私が同じように併願で受けた私立だった。私のころの高校受験。うちの中学は1学年10クラスもあるマンモス校。一クラス45人くらいいたかな?10クラスで450人くらいいた。当時のうちの市の県立高校は3校、2校だったのが3校目が私たちの受験の時にできた。受験は完全な輪切りで学年50番までが一番上のレベルの高校。次のレベルは100番まででその下は商業高校があったけど商業高校へ進むか後は私立。わたしは商業高校でそろばんや簿記を勉強するのが気が進まなかったので普通科に行きたいと3校目の高校に挑戦した。何とか3校目の高校に入学できた。さて月日は流れて娘たちの受験のころは総合選抜制と言って県立高校全体の募集人数を合格させて後で高校に振り分けるやり方。当時娘たちは新しくできた中学に通っていたけど2人とも勉強嫌いで塾へ行っても成績がパッとしない。それどころか学年順位は恥ずかしながら娘たちの後ろに数人しかいないほどのレベル。先生には公立と併願は無理だから私立専願にするようにと言われて何とか市外の私立に滑り込んだ。次女は長女と同じ私立にしたら入学金が免許と言われて次女も長女と同じ高校に。確かに私立は月謝が高いし交通費はいるし大変だった。しかし私が懇談会などで学校に行くとすれ違う知らない生徒がみんな私に挨拶をする。挨拶をちゃんと指導してくれる高校だった。就職率もよかった。ただし知人にはあのあほで有名な高校?と言われるほどレベルは低かった。でも自分のレベルに合った高校なので留年とかの心配もなくのびのびと通った。長女は周りがあほばっかりだからちょっと勉強したらすぐに成績が上がるというから笑った。中学では考えられないくらいの順位に簡単に上がることができる。というわけだ。でも当時は県立高校は市内に6校あり普通の成績ならどこかの公立高校に入れると言われていて、一部の受験が難しい私立もあったけど、私立に行く子は少なかったと思う。勉強が良くできたらしい実家の父にはうちの孫なのに公立に行けないなんてと言われたけどそんないい方はないだろうと内心思った。ところが孫ちゃんの高校受験は私立公立併願できるなんて嬉しく思った。孫ちゃんは勉強はコツコツやるタイプ。娘たちの時とは大違い。長女は学校の勉強も塾の勉強も大嫌い、塾の宿題のプリントを隠してやったとかなかったとかいうくらい。孫ちゃんはママと約束したゲーム時間もママがいなくてもちゃんと守るし、決めた勉強時間はちゃんとやるし。とにかく真面目。後は結果だけど、試験は運もあるしね。併願できたんだんだから後は運頼み。孫ちゃんは公立は今は二校受けられるそうなのでどちらかに合格したらいいけど。どこに決まってもお祝いを準備しないとね。(^^♪
2026.02.11
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今日は今月二回目のパソコン。先週は私は休んでいたので先週やったところのメモを3人の方からいただいた。みんな優しい。ありがとうございます(^^♪今日は先週やった引っ越し挨拶のプリントを説明してもらった。わたしは先月末の教室で先生にプリントのコピーをもらってきていたのでそれを家でやってみた。これならできると思っていたの、私の思い上がりでした。まずタイトルのグループ化で躓いた。地図の部分は何とか出来たかなと思うけど、そのほか細かいところを先生に質問しながら家でやったのを見てもらった。地図も忘れていることが多くて。先生は全員の机を回って一人ひとりわからないところを個人授業。ここの教室は教え方が丁寧。そこに行って他の人が教えてもらうのを横から見るのだけど人が多くて、なかなか良く見えない。でも先生に聞くことをまとめて先生を呼ぶ。全員を回って全員の質問に答えていたらあっという間に2時間終了。今日も先生がこんな簡単なこと覚えてないの?と絶叫する。確かにワードの基礎でできそうだけど、なんせメンバーは私以外が70代80代なので覚えていない、教えてもらってないと先生に文句を言う。先生はやっているはずと抗戦するけど、いいや聞いてないと反論するメンバー。先生によると(先生はいくつも教室を持っている)うちの教室が市内で一番手がかかって、なかなか授業が進まない教室だという。そこは長い目で見てやってください(笑)というものの古い人は10年以上。わたしはまだ3,4年だけどね。でも失礼ながらその年でパソコンを勉強しようという心意気はなかなか素敵ですよね。頭を使えば脳活にもなるしね。さあかえって明日は忘れないうちに復習しよう。年齢が上がると何度も復習しないと忘れる、復習しても忘れる(笑)これ前にやったとすぐに思い出せない。色んな困難はあるものの、みんなパソコンが好きで先生が好きで通ってきている。メンバーの一人は先生が百歳になるまでやってという。先生は今80代半ば。いよいよとなったらオンライン授業なんてどうでしょう?教える先生もいい脳活になっているかも(^_-)-☆
2026.02.10
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築40年以上になる我が家。以前水道検針の方に漏水を指摘されたことがある。市の水道料金お客様センターに連絡して水道工事の会社を紹介してもらった。紹介された業者さんが検査してくれた結果、漏水は家の外の庭の水栓だとわかった。水栓の周りのコンクリートを取り除いて修理して3万くらいかかったと思う。痛い出費だったけど、まだ家の下の台所やお風呂場の漏水だと床をはがすなどしての大ごとになってもっと高い修理になっていただろう。まだそれくらいですんでよかった。ところが今回また漏水を指摘された。夫に話してもお前が水栓をきっちり閉めないからというだけで話が進まない。現に水道料金が前回より増えている。早く処置しないといけない。台所の水栓のパッキンを変えてほしいと夫には何年も前から言っているけどやってくれない。一度替えたことがあるけど夫が換えたと思っていたけどもしかしたら前回の漏水の時に来てもらった業者さんが換えたのかもしれない。とにかく今日こそお客様センターに連絡しないと。業者さんもすぐには来ないかもしれないし、業者さんが来るときには私も経ち会いたいので私の都合のいいときに来てもらいたい。以前トイレのリフォームで夫が業者さんの説明を聞く時私も家の中にいたのに呼んでくれなくて一人で説明を聞いた。後で夫に掃除や手入れの仕方を聞いたら、ちゃんと聞いてなかった。実際にトイレ掃除をする私が聞かないと意味がない。夫に任せておくわけにはいかない。今回も水道工事の方のはなしをちゃんと私が聞いておかないと。確か前回の修理の時に後で手続きをしたら修理代が市から返金されたと思うのでその手続きも聞いておきたい。9時になったらさっそく連絡しないと。明日は祝日だから休みだろうし土日も休みだろう。今回の修理代はどれくらいかかるかな?頭が痛い。
2026.02.10
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夫の交通違反をきっかけに夫は認知種外来に通うようになり、私は今年中には免許を返上させたいと思っている。夫も次の車検を受けないで免許返上と言っていた。次の車検は今年の5月。夫は急にその車検を受けてもう2年乗ると言い出した。約束が違う。それなら車検代は出さないと夫に言った。僕が出すと夫も引かない。半年後に認知症外来で現状の診断書を書いてもらい、公安委員会に提出することになっている。公安委員会の判断によっては免許返上になるかも。でも半年後ってもう車検が終わっているから夫は車検を受けたところだからもったいないとか言ってごねそう。うちの実家の父も何度も免許返上の話をしたけど次の車検まで乗る、誕生日まで乗るとずるずると引き延ばして結局87歳で亡くなるまで免許は返上しないまま。亡くなる直前いよいよ体力が落ちて運転できなくなって2か月前にはほぼ乗れなくなったけどそれまでは乗っていた。そして夫はそれを見て僕も80まで乗ると言っている。誰が何歳まで乗っていようと、人は人、自分の体力や認知能力と相談しないと同じようにはできない。いつもは車検まで少しずつ家計の残りを貯めて車の保険代と車検代に充てるけど夫が受けないと言っているから今回は貯めていない。家計の残りは年末の換気扇とか最近電子レンジが壊れて買ったりに一部使ったり、不意の出費に備えて置いている。でも車検代には到底足りない。夫は義両親の遺産を持っているからそれで払えばいい。義両親もパチンコに使うより車検に使う方が喜ぶだろうし。5月の車検を受けてしまえば今77歳だから79歳まで乗ることになる。わたしが免許返上と言っても聞く耳を持たない。いっそ公安委員会から強制的に返上?使えなくする?してほしいくらいだ。そうでもしないとずるずると先に引き延ばしを図るだろう。頭が痛い問題だ。
2026.02.08
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朝寒かったけど9時半から読書会。読書好きな人が集まって本の話やその他世間話をする会。もちろん参加無料です。わたしも本好きなので楽しみなのですが、日曜日なので移植の会の役員会と重なったりするので行けないときもあります。毎回ほぼ同じメンバーです。終わって施設を出る時雪がちらほらしてきました。この後は衆議院の投票。うちに寄らないで会場の小学校に行きます。うちは夫も期日前投票所が小学校よりも遠いのでいつも小学校で投票します。毎回夫とは別に行きます。なぜか?夫が会場を出たらすぐに大声でだれに入れたん?何党に入れたん?と聞くので。(笑)夫はデリカシーのない人です。雪はますます激しくなってきました。でもこの後の予定は次女宅。先月の孫1ちゃんの誕生祝を持っていく。今日行かないとまた1週間先になってしまうからついでに行ってきたいと思って。次女からは風も雪もひどいからまた今度にする?とラインが来ていたけど無視して行きました。今日すると決めたことは今日終わりたいので。次女宅に着くといきなり孫2ちゃんに大泣きされる。どうした?どうした?久しぶりなのでおばあちゃんの顔を忘れたみたい。次女曰く、メモリが小さいから(笑)しばらくすると思い出したか?なれたか?わらってくれるようになった。孫1ちゃんは中3で今年受験、十日の火曜日にまず私立の受験が控えている。それなのに体調不良。鼻がぐずぐずしていて花粉症?鼻炎?薬局で買ってきた薬は効かないという。やっぱり受診しないと。明日私が通う耳鼻科に私が連れて行くことになった。診察券番号を予約電話に打ち込んでコンピュータ予約をする。孫ちゃんの診察券を預かってきた。私が予約して順番が近づいたら孫ちゃんに連絡する。わたしは13時に整骨院の予定。月曜日は耳鼻科は混んでいるだろうから、もしかしたら整骨院に行くために中座するかも。耳鼻科は予約が多いと2時や3時まで診察していて、午後診察はない。孫ちゃんの受診の時に付き添えるかわからないけど、途中まででも一緒にいたら心強いだろう。次女宅から帰ってくるときも猛吹雪。帰ってきたら今日の歩数7672歩。とにかく寒かったから午後は暖かくして家にいます。こちらでは多分積もらないと思う。積もるほど降ったのははるか昔。記憶にないほど。もちろんスキーもできないし、雪かきも経験なし。
2026.02.08
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何度も書いているけど夫は時間にルーズ。というより約束の時間に間に合わせようという気持ちが全くない。独身で私と付き合っていたころ、お見合い結婚で何度か結婚前に会ったのだけど、毎回遅刻してきた。いい加減時間にルーズだとはわかっていたけど、亡くなった実家の父があんまりお見合いを断ってばかりいたら、誰も持って来てくれなくなるからこちらからは断らないようにと言うので我慢して付き合っていた。どうしてもいやなら向こうから断らせるようにしろという。それで毎回遅刻する夫としぶしぶ付き合っていた。後で聞いたら向こうもわたしに断らせようと遅刻していたという。それなのに運命のいたずら?仲人口?結婚してしまった(笑)いまだに夫の遅刻癖は治らず。ただ一人の友達との待ち合わせも平気で遅刻。電車で出かけてある駅で待ち合わせなのに、待ち合わせ時間ぎりぎりに家を出る。最寄り駅までの移動、電車の待ち時間、待ち合わせの鋭気に着く時間を考えても間に合うはずがない。今は定年になって仕事はしていないけど不思議と仕事では無遅刻だった。送れないようにしようと思えばできるのにやらない夫。今日も義実家で月命日だけどまだ寝てる。間に合うように起きる気もない"(-""-)"毎回義姉から催促の電話がかかる。月命日と言ってももう親せきも来ないし、義姉二人と夫とだけの内内の月命日だけどだからと言って遅刻してもいいわけではない。昨夜も夫はあわてていく必要はない、ゆっくり行けばいいとか言っていてやっぱり間に合うようにいく気はない。わたしは義姉からの電話を受けてちゃんと伝えたからあとは夫の責任。夫が出かけたら義姉から入れ替わりに電話がかかる。催促の電話とわかっているから私は出ない。出て夫の代わりに謝る何て嫌だったから。以前の電話で夫は誰との約束でも時間を守る気がない、約束の時間に合わせて起きる、準備するとかができないというのは伝えてある。だから文句なら夫に直接言ってもらえばいい。しかし夫は多分聞き流すだろう。誰が何を言っても反省して改める気がない。唯一の友達もあきれたのかここ数年メールも来ない。時間を守らないと友達にも避けられると言っても動じない。会いたくなったらこちらから連絡するからいいんだという。相手の気持ちは無視ですか?人との付き合いで遅刻しないのは基本だと思うけど。今更何を言っても夫は変わらないと思うので私は何も言わないことにした。77歳まで好きなように生きてきた人を変えることなどできないというあきらめの境地。
2026.02.07
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今日の日記のタイトルは借りてきた本のタイトル、作者は垣谷美雨さん。もちろん架空の小説だ。高齢化によって国家財政の行き詰まり解消のために70歳に達した人は70歳の誕生日から30日以内に死ななければならない。皇族以外の日本国民は示された安楽死の方法の中から自分で死に方を選ぶことができるという恐ろしい法案が可決した近未来小説。少子高齢化が進んで年金制度が崩壊し、医療費はパンク寸前な状態でこれを解決するための法案だ。今日本は平均寿命が格段に延びたけど、長寿は人類に幸福をもたらしたであろうか?国家の財政を圧迫する原因となり介護する家族の人生を台無しにするような側面がある。まず姑を自宅で介護中の嫁である東洋子(とよこ)という人の立場が描かれている。姑は寝たきりだけど口は達者で昼となく夜となく嫁を呼びつけるから嫁は疲れて疲弊している。この法律によってあと2年で介護から解放されると喜ぶ。けれど自分もやがて70歳になると死ななければならない。家族は誰も介護に協力しない。娘は介護を嫌がって家を出て行った。東洋子は家に帰って仕事もやめて介護を手伝ってと頼むけど拒否される。息子は一流大学を出たものの就職先で人間関係に躓いて引きこもり中。夫はこの法律でまだ定年まで間があるのに仕事をやめて長年の夢だった長期の海外旅行に行くと言い出す。家族たちの勝手な主張に東洋子は姑の介護を放り出して家出を実行する。その波紋が家族にいろんな変化をもたらして結末は書かないけど明るい希望の持てる展開になっていてほっとしている。家事にノータッチだった夫は少しずつ家事をするようになり、引きこもりの息子はひょんなことから同級生女子の会社を手伝うようになり、娘は介護を嫌がって家を出たのに皮肉にも今は介護職。意外にも東洋子がいなくても家の中は何とか回りだす。東洋子は苦労して再就職をはたし、人生初の一人暮らしをはじめる。わたしは百まで生きるつもりだけどできるだけ足腰を鍛えて寝たきりにも認知症にもならないで周りに迷惑を掛けないように長生きしたいと思っている。もちろん気合だけでは老後は乗り切れないとは思うけど。まずは今日の午後認知症外来の家族相談に夫のことを相談しに行く。今からドキドキしている。
2026.02.02
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ようやく2月のカラオケの日が決まる。平日はなかなかみんなの都合が合わないので今回は例外で22日の日曜日に決定した。日曜日はだめだという人もいたけど仕方ない。全員が都合のいい日はなかった。そこで3月からは固定曜日にすることを提案した。第一水曜日が比較的空いている人が多いようなので固定してしまおうということで。通院がという人もいるけど3月から実施することにして各自予約を調整してもらう。わたしも大学病院の診察は水曜日なのだけど第一水曜日を外しても水曜日はあと3回あるから別の水曜日にしてもらう。主治医も都合を聞いてくれるから何とかなりそう。第一水曜日にはなるべく予定を入れないようにしてもらって、もしどうしても無理な人はごめんなさい今回はということでみなさんに納得してもらった。ようやく調整が終わって私の予定を確認したら2月22日は腎移植の会のオンライン役員会10時からとある。あちゃー今更変更はできないし、カラオケの店の会員は私なのでそちらに行くことにする。役員会の方は会長さんに、すみません欠席でと連絡を入れた。わたしは今まで休んだことがないけど、旅行や阪神の試合で休む人もいるから今回は許してもらおう。理由は言えないけど(笑)これから3月4月になると役員会のイベントが入ってくるから土日忙しくなりそう。働いている役員さんもいるからどうしても土日に集中する。まあ何とか調整していこう。(^^♪
2026.01.31
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先日認知症外来の予約をもう行かない。行く必要がないと言って私を慌てさせた夫。今日は全く違うことを言う。予約票を見ていた夫が三月に予約か、忘れないようにカレンダーに買いとこう。そう言って一月のカレンダーをめくった。3月のカレンダーの予約日には私がこの前〇〇クリニック 何時何分と書いてある。私の字だから何か言うかなと思ったら何も言わない、気づかない。あ、もう書いてあるわという。わたしは自分が書いたかどうかわからないのかな?と思ったけどまあいい。今日のところは受診を納得しているようだ。しかし毎日言うことが違う。振り回される。これが認知症なのかも。何も言わなかったけどこの前こういってたねともし私が言ったら、そんなことは言ってないというかも。このまま3月まで行くという気持ちが続けばいいけど。また行かないというかも。もしそういったらまた公安委員会から半年後の診断書を提出するようにと言ってたから出さないと、免許を停止にされるよと脅かそう。正確に言うと停止される可能性があるみたいな書き方だったから100%停止ではないようだけど、この手を使うしか私には手がない。即免許停止になるよりは受診を続けて免許返上を少しで先にできるかものほうが夫もいいだろうと思うので。とはいうものの次回提出する診断書に主治医がどう書くかにもよるんだろうけど。認知症クリニックの家族相談の後公安委員会にも電話をかけて今後の見通しについて聞いてみよう。わからないことが一杯( 一一)まず聞かなくちゃ。
2026.01.30
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わたしが声をかけてメンバーを集めた月一カラオケの会。私が通う体操から1名。パソコン同好会から3名、高齢者大学から1名。それに私の合計6名。昨日は今年初めての例会。今回は終わった後ランチを一緒にして大いに親交を深めた。皆さん一応自己紹介して年齢紹介。大体2,3歳差だったけど一人多分最年長と思われる一人の方がわたしは年齢非公開でと言われる。まあそういうなら無理に公開することもないしね。皆何回かカラオケを一緒にして顔見知りにはなったけど、カラオケの時にはあんまり話もできない。どんどん歌うのと曲を選ぶのに忙しくて(笑)でも皆さん多趣味で仕事をしている方もいて忙しい方ばかり。早速来月の会の日を決めようと都合の悪い日をメールで教えてくださいとお願いした。通っているカラオケは平日午前中はめちゃめちゃ安い。3時間歌って部屋代×3を頭割りして自分のドリンク代を足したら千円も行かない。お安く楽しめる。よそはもう少し高いらしい。2月の皆さんの予定を表に書き出してみた。平日はいつも誰かが都合が悪く一日も候補に挙げられる日がない。今回土曜日を提案してみた。今その返事待ち。日曜も祭日もあるけど今月は28日しかないからそれもあるかも。人数が多い方がいろんな曲が聞けて楽しいのだけど、予定を調整するのが大変になる。12月は皆さん忘年会?とかの予定がいっぱいでとうとうお休みにした。なるべくそういうことがないようにしたいけど、なかなかむずかしい。その前は一人の方にごめんなさい。今回はお休みでお願いしますと言ったり。皆さん楽しみにしておられるのでお休みをお願いするのは心苦しいのですが。毎回調整が大変ですが、私も楽しみにしているのであんまり苦にはなりません。
2026.01.29
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タイトル通りです。夫の認知症外来の次の診察日は3月。夫はもう行かなくていいという。認知症外来で診断書をもらってきてという公安委員会の書類通りもらってきて年末に郵送した。夫は認知症と言われてないからそれで終わりと思っている。診断書には初期の認知症と書かれていて公安委員会からの返答は半年後にまた診断書を送ってくださいという書類が来た。診断書を提出しないと免許証を停止にすると書かれているのに、夫は認知症外来にはもう行かない。行く必要がないという。わたしは半年後に診断書を提出しないと免許証を停止にされるよと夫に言った。夫はカレンダーに3月の予約日を記入した。でもまだ先だから実際に予約日になるまで何度ももう行かなくていいというだろう。頭が痛い。夫は直接先生から認知症ですと言われていないという。多分言われていたとしても忘れているのだろう。そもそも認知症なのだから聞いてなかったり聞いていても忘れたりするのだろう。夫は自分が認知症だと認めたくないから余計に自分に都合のいい解釈をするのだろう。夫は糖尿病ともいわれているけどそれも僕は言われていないと言い張る。糖尿病外来の一回目の受診の時には私も一緒に主治医から糖尿病と言われているのを聞いている。聞いても忘れるのか、糖尿病も認知症も言われていないと言い張る。夫の本音は少しでも長く車に乗りたい、免許返上を先に延ばしたいのだろう。それはわかるけど一回診断書をもらったからそれでもう受診しなくていいというわけではない。受診は継続してその後の診断書の提出を求められている。夫は多分公安委員会からの書類の内容を理解していない。また診断書の内容も理解していない。困ったものだ。多分夫以外に認知症の人はこういう風に医師や家族の言うことを否定したり信じなかったりするのかもしれない。いったん納得したかに見えてもすぐにまた僕は認知症ではないと言い出すだろう。もういっそのこと公安委員会から強制的に免許停止にしてもらった方がいいかもしれない。これからどれくらいの期間認知症外来の受診は続くのかわからない。毎回説得して行かせるのも大変だ。でも受診して必要なら認知症の進行を遅らせる薬も飲まないと、どんどん認知症が進むかもしれない。最悪免許停止になってもなってない。まだ乗れるとか言いかねないかも。とりあえず免許返上は急ぎたいけど夫は次の車検まで乗るつもり( *´艸`)あと一年4か月くらいある。認知症外来を受診して半年後に診断書をもらってそこに検査の結果前回より認知症が進んでいるとか書かれてないと、少しは免許返上が先に延びるかもしれない。でも受診を嫌がって行かないと今年中にも免許停止になるかもしれない。
2026.01.27
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暑さに強い人、寒さに強い人みんな違いますね。前にこんな話を聞いたことがあります。暑さに強い、寒さに強いは汗腺の数で決まるという。汗腺の数は生まれた土地の気候で決まり、生涯増えたり減ったりはしないそうです。寒い地方に生まれた子は寒さに耐えられるように汗腺の数が少なくて体温が逃げないようになっているらしい。逆に暑い地方に生まれた子は暑さに耐えられるよう汗腺が多くてたくさん汗をかいて体温調節できるようになっているという。昔いた会社にインドから研修?に来ていた人がいた。その人は真夏は元気だったのに秋口になって気温が30度を下回るようになると寒い寒いと言い出した。住んでいたインドは年中30度を下回ることがなくて真夏は40度とかそれ以上に気温が上がるからそれが当たり前だった。もちろん冬服も持っていない。彼のお世話をしていた社員さんが会社の人に呼び掛けた。彼のためにコートやセーターの要らないものがあれば上げてほしい。9月になると日本人はまだ残暑があるから半そでの人も多いのに、彼はもらった徳利のセーターに上着を着ていた。それくらい体感温度が違うのかと改めて思った。じゃあ真冬はどうするんだろう?コートを着てもまだ寒いと言いそうだ。逆に寒い地方の人は暑さに弱いらしい。寒いのはいくら気温が下がっても耐えられるけど暑いのは耐えられないらしい。真冬氷点下になる地方で暮らしてきた人には真夏の30度とかそれ以上の暑さには耐えられないらしい。わたしは暑がりで寒がりなのだけど、こういうのは汗腺の数はどうなっているのかな?暑いのも寒いのも苦手で春と秋がずっと続けばいいのに、最近は酷暑に厳冬。年中暑い寒いと文句を言うしかできない。暑くても寒くても文句を言わずけろっとしている人がうらやましい。ちなみにうちの夫は私が夏に暑いと文句を言うと夏やから暑いと澄まして言う。冬は冬やから寒いのは当たり前という。達観しているのか?それとも鈍感なのか?まあどっちでもいいけど(笑)
2026.01.24
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ネットのニュースより。インフルエンザ脳症で意識不明になり、助からないといわれた5歳の一人娘の臓器移植を決断したご両親の話。ご両親の決断の結果5人の子供に移植ができた。亡くなった娘さんはやさしい子でいつも人のためになりたいと言っていた娘の意思を汲んだご両親の決断に頭が下がる。もしもわたしならそんな決断ができただろうか?亡くなっても娘さんの命は5人の体で生き続ける。娘さんの生きたかった人生を5人の子が引き継いでくれている。今子供の臓器移植はなかなか進まないと聞く。ニュースで外国での移植を受けるためにご両親や周りの人たちが街頭募金で巨額の移植費用を集めて移植のために旅立った家族のニュースを見たことがある。子供の場合移植に同意してくれるご両親はなかなかいないのだろう。国内でできればそんな大金は必要ないのに。一人でも移植を必要とする子供さんが助かる世の中になってほしいと思う。
2026.01.24
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暑さに強い人、寒さに強い人みんな違いますね。前にこんな話を聞いたことがあります。暑さに強い、寒さに強いは汗腺の数で決まるという。汗腺の数は生まれた土地の気候で決まり、生涯増えたり減ったりはしないそうです。寒い地方に生まれた子は寒さに耐えられるように汗腺の数が少なくて体温が逃げないようになっているらしい。逆に暑い地方に生まれた子は暑さに耐えられるよう汗腺が多くてたくさん汗をかいて体温調節できるようになっているという。昔いた会社にインドから研修?に来ていた人がいた。その人は真夏は元気だったのに秋口になって気温が30度を下回るようになると寒い寒いと言い出した。住んでいたインドは年中30度を下回ることがなくて真夏は40度とかそれ以上に気温が上がるからそれが当たり前だった。もちろん冬服も持っていない。彼のお世話をしていた社員さんが会社の人に呼び掛けた。彼のためにコートやセーターの要らないものがあれば上げてほしい。9月になると日本人はまだ残暑があるから半そでの人も多いのに、彼はもらった徳利のセーターに上着を着ていた。それくらい体感温度が違うのかと改めて思った。じゃあ真冬はどうするんだろう?コートを着てもまだ寒いと言いそうだ。逆に寒い地方の人は暑さに弱いらしい。寒いのはいくら気温が下がっても耐えられるけど暑いのは耐えられないらしい。真冬氷点下になる地方で暮らしてきた人には真夏の30度とかそれ以上の暑さには耐えられないらしい。わたしは暑がりで寒がりなのだけど、こういうのは汗腺の数はどうなっているのかな?暑いのも寒いのも苦手で春と秋がずっと続けばいいのに、最近は酷暑に厳冬。年中暑い寒いと文句を言うしかできない。暑くても寒くても文句を言わずけろっとしている人がうらやましい。ちなみにうちの夫は暑い寒いとあまり文句は言わない。私が暑いというと夏やから暑いと澄まして言うし、冬に寒いというと冬やからという。達観している?ただの鈍感?(笑)どっちでもいいけど。
2026.01.24
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今日は腎移植の会オンライン役員会。わたしは腎移植の会の役員をしている。腎移植をしたときはまだ次女と孫ちゃんが同居していて移植の会のイベントは土日に行われることが多かったので入会した最初は欠席が多かった。次女親子と同居解消して次女も日曜日休める職場に転職してようやくイベントに参加できるようになった。ホテルでのバイキングのイベントの時にずっと連絡を取っていた役員の方と初めて会ったらいきなり役員をやってくれと言われてびっくりした。年に何回かイベントを計画して後はオンラインで役員会をしてイベントの準備をする。コロナもありそうたびたび顔を合わせる機会がなかったのもあってオンラインでの役員会がおおった。今も続いている。今日もそのオンラインでの役員会だったけどどういうわけか私の顔が写らない。他の参加メンバーの顔は写っているのにどうしても写らないからあきらめてそのまま会議が始まった。なんどもやっているのにいまだにわたしは不慣れでもたもたしている。でも役員になってオンラインの役員会や、パソコンにメールが届いてパスワード付きだったりいろんな新しい経験ができた。最初は勝手がわからずずっと聞いているばかりだったけど最近では意見を言えるようになってきた。去年の親睦会イベントは私が提案した。色々な経験をさせてもらって役員もしんどいばかりでなく楽しいこともたくさんあった。今日も役員の成り手がなかなかなくてという話になる。以前から何年も会長をされている男性はそろそろ変わりたい辞めたいと言われているけど全員沈黙。なかなか次は会長をやりますと手を挙げる人はいない。それと以前に比べて会員数が減っている問題。お茶会的な集まりをやってそれに来た人に声をかけて役員になってもらうという話がまとまった。せっかく移植の会に入会しても会費を払うだけでほとんどのイベントに参加しない?できない?人もいるのでまずは参加してもらう機会を増やすのが大事かな?また移植の会事自体を知らない人もいる。ということで1時間くらいで会議終了。最後まで私の顔が写らなかった。何が悪かったのかな?ちなみに夫は毎回オンライン役員会をするからその間は私の部屋に入らないようにと言うとえうちに集まるの?と聞く。夫はパソコンや携帯に詳しくないけど毎回それ何?状態。いい加減慣れて(笑)あなたは何もしなくていい。私の部屋を開けないでくれたらそれでいい(笑)
2026.01.18
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今日で阪神大震災から31年目。その頃私はまだ透析もしていなくて元気にパートに行ってた。幸いうちの方は大した被害がなく半壊にもならず。屋根の瓦が部分的に落ちたりして修繕工事をしたくらい。娘たちもまだ小学生で避難所で自分たちと同じくらいの小学生の子たちが同じように避難した友達とトランプをしていていいなあとか言っていた。わたしはあの子たちは地震で自分たちの家に住めなくなって避難しているから楽しくトランプをしているわけではないよと教えた。わたしは2か月前に働いていたパート先を人間関係に悩んでやめて新しい職場に通いだしたところ。でもやっと見つけた新しい職場も流れ作業で結構大変だった。私の右側でやっている人はとても手が早くて、定年になったけど会社がぜひ残ってくれと言われるほどの人。どんどん仕事が私の右側にたまってくる。私の左側の私の次の工程をやっている人は逆に手持無沙汰。流れ作業は同じようなスピードで作業しないと流れが止まってしまう。わたしはここでやっていけるのかなと思って、でもそんなに次々やめるのもと悩んでいた。そんなところに阪神大震災。家自体の被害は少なかったけど家の中はめちゃめちゃ。食器が割れて家の中にものが散乱している状態。娘たちも小学校が臨時休業になり、ちょうど前の週からインフルエンザで休んでいた。とりあえず震災の当日と翌日は会社に電話をかけて休みを取った。3日目にようやく出社した。隣のよく仕事のできる人が自分の机の下から物を出して私の机の下に入れている。何をしているんですか?と聞いてみた。もし余震が来たらわたしはこの机の下に隠れようと思って。それで自分の机の下のものを私の机の下に移動していたわけだ。では私はどこに避難したらいいの?わたしは不安な気持ちになった。それ以外にも流れ作業で今後やっていくことにも不安があった。数日不安な気持ちのまま続けたけど退職を決意してやめることにした。それからしばらく求職活動をしたけど震災直後で次の仕事がなかなか決まらなかった。JRは止まってしまい夫も通勤ができない。義実家から舅のバイクを借りてきてそれでがれきの街を何時間もかかって出社した。それでも仕事があるだけましだった。知人の旦那さんは会社に何度電話してもつながらないので歩いて見に行ってみたら会社がつぶれてなくなっていたという。いきなり失業状態。大変だったようだ。そんな震災直後の我が家の状態。でもまだ家はちゃんと住める状態だったし電気もガスも通じていた。わが家はガスはプロパンだから地震直後から使えたし、温かいお風呂にも入れた。家をなくなって着の身着のままで避難所に避難している人たちに比べればまだ恵まれていた。スーパーに行っても閉まってあいても生鮮食品は入荷しなかった。銀行に行ってもお金は下ろせなかった。でもとりあえず家族は無事だった。当時はまだ私は透析をしていなかった。透析をするようになったのは後の話。当時透析をしていた人は病院の電気や水道が止まって透析ができなくなり、遠くの病院に通院を余儀なくされた。被害の少なかった西の方の病院に主治医が紹介状を書いて交通網が寸断されている中家族の車とかで通院していた。避難所に避難はできたけど、体調を崩して亡くなる高齢者もいた。まだまだうちの被害はそういう人たちに比べたらましだった。毎年この日になるとあの頃のことを思い出す。決して忘れてはいけない。この阪神大震災で多くの命が失われたことを。わたしはそっと亡くなられた方々のご冥福を祈って手を合わせる。そんな今日という日。
2026.01.17
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夫は去年までほとんど病院に行くことはなかった。たまに行く歯科くらい。ところが特定検診で血糖値が高いから糖尿病内科を受診するように言われる。夫は私が作るご飯のほかにパチンコでとってきた景品のお菓子を夕食前にぼりぼり食べたり菓子パンをおやつだと言って食べたりしていた。やっぱりなとわたしは思った。あんなに食べていたら血糖値も上がるのも無理はない。最初の糖尿病内科の受診の時私もついて行った。先生は夫の食生活を聞いて間食をやめるように、晩酌もやめるようにと言った。夫、まったく守っていない。私が指摘したらそんなことは言われてない。僕は糖尿病じゃないと全否定。都合の悪いことは記憶に残らないらしい。そして交通違反から認知症外来に通うことになった。初期の認知症という診断書が出たのに、僕は認知症と言われていないとこれも全否定。糖尿病を否定するのも認知症のせいかもしれない。なんでも自分に都合のいい解釈で否定して認めない。じゃあそもそもどうして糖尿病外来に通っているのだ?どうして認知症外来に通っているのだ?夫の認識では行けと言われたから行っているけど糖尿病でも認知症でもないということか?まったく話にならない"(-""-)"今日もパチンコでとってきたお菓子のかごが空になっているから夫に糖尿病と言われているのにこんなに食べてと言ったら怒りだした。わたしも売り言葉に買い言葉でもう私の言うことを聞かないならどうなっても知らないと言い返した。わたしは糖尿病がないけど透析をしていたとき糖尿病で片足を切断して義足の人とかも見たことがある。目が見えなくなる人もいる。そうなってからでは遅いから言っているのに、全く夫には響かない"(-""-)"周りに糖尿病の人はいなかったし、夫の両親は長寿で病気知らずだった。最後家で義姉が見ていたけど、認知症の症状が出て息子である夫のことがわからなかったり、問題行動もあったと聞いている。最後は寝たきりになって病院にお世話になったけど、夫は義両親のように特に何もしなくても長生きできると楽観的に思っているようだ。長生きにはそれなりに気を付けることは気を付けて主治医の言うことを聞かないと好き勝手していてはいくら長寿の家系でも長生きはできないだろう。夫は私の言うことを聞き流しているからどうしようもない。後で後悔してももう遅いんだけどね、つける薬はないな( *´艸`)病院から帰ってきたらいつも次の予約日をカレンダーに書くんだけど認知症外来の次回予約日を書いていない。もう行かないでもいいだろうという。通院しない、公安委員会から半年後に診断書提出と言われているけど出さないなら免許取り消しになるかもしれない。それもわたしは何度も言ったけど覚えていないらしい。認知症でなくても昔から自分の都合の悪いことは忘れて覚えていないふりなのか、本当に忘れるのかわからないけど、覚えていないような人だった。もう一切注意や文句をやめて好きなように生きてもらおうか?それで寿命が縮んでも自分の選んだ道だ。こういう人が後に残ると娘たちが困る。迷惑が掛かる。とにかく私は夫より長生きが目標。
2026.01.15
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本当なら夫婦の間に秘密がないのが理想かもしれない。でもうちの場合は夫に言っていないことはいろいろある。というのは夫に話すとみんな義実家に筒抜けになる。わたしが話さないでと言ったことも今までずっとしゃべってきた夫。もう全く信用できない。義実家には関係のないことでもしゃべる。そして聞かなくてもいい嫌味とか言われてそれを家に帰って話す。普通なら私に話さないで止めるだろうということでも話す。夫は逆になんで私が話さないでというのかわからない様子。家族だから何でも話す意識の様だけどそもそも義実家は私にとっては親族だけど家族ではないと思っている。今も夫の留守に皮膚科に行ってきたけど夫には何も言ってない。私が今どんな病気で通院中だとかの情報を義実家には言われたくないので。次女のところの孫2ちゃんも先天的な病気があって定期的に子供病院に通っている。入院して手術もした。これも一切夫には言ってない。夫から義実家に伝われば心配するどころか失言、暴言を言われることは間違いないので言ってない。その他にも言ってないことはいろいろある。夫には当たり障りのない情報しか流さない。一番見じかにいて信用できるはずの夫が全く信用できないのは残念だけど、夫が今更変わるとも思えないので今後も私が夫に話す話題は私が言われたくないことは省いて話す。夫も含めて義姉たちはこれを言ったら相手がどう思うか全く考えないで言いたい放題いう人たちだからできるだけ関わりたくない。うちの中の日々の生活のことも何も言わないでほしい。以前夫が私がヨガを習っていること、パソコンを習っていることをしゃべったらそんなの習って何になるんやと言われたらしい。何になるって習いたいから習っているだけ。何を習おうと私の勝手だし、何も迷惑は掛かってないからほっておいてほしい。私の体重が今何キロあるかとか、私の髪がどうして薄いかというのも義姉が知る必要のないことだから聞かれたくないし。今の義実家と疎遠が私にとっては一番快適な状態。今度会うときは誰かのお葬式と思っている。それ以外のお付き合いはなしでいくつもり。
2026.01.14
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整骨院の受診の後次女宅へ。昨日行こうと思ったけどあまりの暴風で断念。次女宅近くの整骨院に行った後今日は穏やかな晴天なので寄ることにした。孫1ちゃんは中三で高校受験。去年旅行で学業成就のお守りを受けてきて渡した。あんまりプレッシャーをかけてもと思ってできることを頑張ったらあとは運だよ。あまり緊張しないでと言ってきた。しばらく孫2ちゃんと遊んで帰ってきた。孫2ちゃんは以前は私の顔を見たらよく泣いていたけど最近は泣かないし、にこにこ近づいてきて本を渡す。本を読んでほしいらしい。孫2ちゃんの大好きなアンパンマンの本。読み終わったら風船でしばらく遊ぶ。孫2ちゃんは去年の9月で2歳になった。今は2歳4か月かな?家の中を歩き回るも若干不安定。しりもちをついたり、ドアに頭をぶつけたり。見るたび成長しているのがわかる。はっきり言葉に出さないまでもいろいろアピールしてくる。次女と少し話す。次女は夫の様子を聞く。夫は糖尿病があり、食生活に注意が必要だけど、晩御飯前にお菓子をポリポリ食べたり晩酌も主治医にやめるように言われたのにやめられない。わたしの言うことなど聞く耳なし。そして年末には初期の認知症と認定された。これからのことを考えると頭が痛い。認知症で徘徊とかになる心配、糖尿病が進んで寝たきりとかになる心配。心配しても明日のことはわからないし、だけど私は夫より長生きしたい。夫が残ると娘たちに負担をかけることになる。うちは古いマイミクさんはご存じだと思うけど夫と娘たちの仲は最悪。2人とも夫を嫌っている。夫の介護や世話などする気は全くない。それは夫の自業自得、娘たちや孫に居候などと言っていたのに親は親だから介護するのが当たり前とか言う勝手な夫の理論は通用しない。多分市とか福祉の方から連絡が来ても娘たちがキーパーソンになって面倒を見ることはあり得ない。次女にもはっきり夫のキーパーソンになるつもりはないとはっきり言われた。私がその時健在ならば次女に行くことはないと思うけど先のことはわからない。わたしが先立っているとかすでに介護が必要な状態なら夫のキーパーソンにはなれない。老々介護で私と夫ができるところまで行くしかないな。老々介護の先はおひとり様になる。周りのおひとりさまの生き方を見習って家に引きこもらない、出歩くおひとりさまにならないと。考えだすと暗い気持ちになるからこの話はここまで。せっかく孫ちゃんたちに会って癒されてきたのに。結局人は最後には誰かの世話になる。身内の手を煩わせるかホームでプロの手を煩わせるかの違いだけ。やっぱり日々の運動、脳活、ウオーキングだな。その日が少しでも先になるように。
2026.01.12
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誘ってくれた友達が横浜流星のファンでぜひ見たいということで行ってきました。一人でも行きたいくらい行きたかったそうです。横浜流星と吉沢亮が歌舞伎界の御曹司と、親の亡くして引き取られた男性を演じているのだけど私は特に横浜流星のファンでないから、正直どっちがどっちかわからない。(笑)帰ってからネットで確認したら横浜流星が御曹司で引き取られた男性が吉沢亮だった。すっぴんの時は区別がつくけど白塗りしたらどっちがどっちかわからなかった。でも歌舞伎や踊りなどが素人の二人が相当な練習を積んでこの役に臨んだことは想像がついた。この映画はたぶん歌舞伎が好きな目の肥えたお客さんも大勢見に来るから、その人たちを納得させる芸をお見せするのは大変だったと思う。歌舞伎界には芸養子という制度があって才能のある子を早くから家に引き取って育てて将来の歌舞伎の担い手を育てる制度があるのは知っていた。歌舞伎の家に生まれた子も芸養子の子も切磋琢磨して芸を磨く。藤原紀香の旦那さんの愛之助もサラリーマンの家に生まれて芸養子になったという。紀香さんと愛之助さんの間に子どもがいないけど、芸養子の子を引き取って育てているという。名門の家に生まれたからと言ってそのまま後を継げるような甘い世界ではないようだ。そしてエンデイングで踊りや三味線などの人や大勢のボランテイアの人が携わっていた。実際の歌舞伎の世界も稽古の時からいろんな人がかかわり、舞台があくときは楽屋での化粧や衣装の着付け、舞台での早変わりを手伝う人などいろんな人が動いている。初めて歌舞伎の世界を見た気がした。3時間座りっぱなしで見ていたら足ががくがくで退場するのがちょっと大変だった。見ごたえのある映画でした。まだの人はぜひ見に行ってくださいと軽く宣伝(^^♪
2026.01.11
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年末最後の体操の後帰宅したら持って行ったはずのタオルが見当たらない。スヌーピーの柄のタオルと縞模様のスポーツタオル。落とし物とかは事務所に届いているはずと連絡して探してもらったけど見当たらず。そして今日は今年初めての体操の日。年末に探してくれた職員の人にとうとう家でも見つからなかったと報告していたら、横にいた体操メンバーさんが言う。タオルってスヌーピーの柄の?それなら代表さんが預かっているよというではないか?代表さんに聞きに行ったら持っていました。しま柄のタオルも。体操でスヌーピーと言えばこの人という人がいて、てっきりその人のだと代表さんは思い込んで今度体操に来たら渡そうと預かっていたという。でもルールでは忘れ物は事務所に預けることになっているのに代表さんが持っているなんて想定外。二枚ともあんたの?と代表さんに呆れたように言われた。ルール通りの事務所に預けてもらってたらもっと早く戻ってきたのに。でもそんなことは代表さんには言えないからただお礼を言って返してもらった。まあ見つかったからよかったものの、あきらめて年末新しいタオル買っちゃった。暮れの30日に長女と三宮で会ったときにスヌーピーの専門店で。結構キャラクターものは高いのね。ついでにスヌーピー好きな人への誕生日プレゼントも買ったけど。そしてもう一つ。去年の夏頃だったかな?友達が脳出血で倒れて入院したという連絡が来た。心配で何度かメールを入れたり、近所の神社で良くなるようにお願いしたりしていた。何度か入れたメールにはスタンプだけの返信が来ていた。リハビリしないと手が普通に動かなくてメールしづらいのかもしれないと思っていた。そして今日は初めてご本人からちゃんとしたメールが届いた。メールできるくらい良くなったんだ。よかった(^^♪暖かくなったらまた会えるかも。会える日を楽しみにしていますと返信した。寒い時期、血圧がトイレやお風呂で急上昇すること誰にでもありそう。気を付けないとね。
2026.01.11
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使い慣れた電子レンジが壊れた。日曜日の事、久しぶりに鮭のホイル焼きを作ろうとしてやらかした。自動調理にして出来上がったホイル焼きを取り出したら庫内の様子がおかしい。底の板?がひび割れて一部ははがれて下の部品が見えている。こりゃもう買い換えるしかないな。こうなっては使えない。月曜日早速電気店に見に行く。初売りで4万ちょいでちょうどいいのがあったので買って今日水曜日配達の手配をしてきた。そして今日は水曜日。前回のレンジは白だったけど、今回は黒にしました。年末に買った換気扇のカバーが黒、ガス台が黒なので一応統一。朝10時過ぎに訪問すると電話が事前にあったからあわてて台所を片付ける。電子レンジ周りの食品とかを片付けて作業しやすいようにした配送の人が到着してインターホンが鳴った。私が玄関を開けようとしたら玄関にあるはずの私のサンダルが見当たらない。仕方なくスリッパで降りてドアを開ける。多分夫の仕業(笑)あわてて私のサンダルをどこかへ片づけたようだ。しっかり自分のサンダルはあるからわたしのを片づけたなら自分がドアを開けたらいいのに。( *´艸`)電子レンジの箱を空ける作業の方の横でボーっと立っている夫。邪魔なだけ(笑)一人で来られたので段ボールを開けて、中の電子レンジを引っ張り出そうとするんだけどなかなか出ない様子なので夫に声を掛けた。「お父さん、段ボールを引っ張ってあげて」少し前に電子レンジの台を引き出してアース線を取り付ける。あっという間に設置完了。簡単な説明を受けて受取のサインをする。やはり件数が多いのかてきぱきと片付けて帰られた。レンジ台の後ろからゴミが出てきたので箒を探す。またもや夫が定位置から動かしている。イラっとする。台所のはさみも夫が定位置から動かしていてイラっと×2。説明書を見ながら恐る恐る試運転する。お昼に夫の好きなタコ焼きをチンする。わたしは気が付いた。この前レンジが壊れた時ホイル焼きを作っていた。ホイル焼きをじかに並べて自動調理モードにしていた。でもあれは付属の角皿に置いて調理するものだったようだ。新しいレンジの説明書にもそう書いてある。オーブン機能を使うときは角皿を使う。私は普段ほとんど角皿を使わない。お菓子とか蒸し物とかも作らないからいつも直置きしていた。だから底板が高温に耐えられなくなってひび割れたのかも。今度から気を付けないと。一年間の保証があるとはいえ使い方を間違えていたら保証はないかもだし。主婦歴長いのになんというミスだ。反省。ちなみに夫には内緒にしておこう。しばらくは説明書の料理例を見ながら慎重にやろう。
2026.01.07
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夫は買い物が好き。毎日でも出かけたい。夫と車で食料品の買い物に行くとき、夫は買うもののメモを作って楽しそう(笑)そして帰って来てから次の買い物のためのメモを作り始める。ていうか行ってきたばかりなのに買い忘れでもなければ欲しいものなんてない。そして翌日から次いつ行く?と何度も聞く。(笑)毎日のように買い物に行ったら、ついいらないものまで買ってしまって不経済。何度も行けば消費税も損。わたしは2,3日開けて週2回くらい多くても3回くらいの買い物の頻度にしたい。そして切れたものがあってもそれを使わないようにしてあわてて買い物に行きたくない。夫は一つでも足りないものがあったらすぐに行きたがる。買い物の価値観?は夫と全く合わない。わたしは買い物しながら代金を概算して多いなと思ったら今すぐいらないものをやめて代金が多くならないようにしたい。夫はついでだから、安いからと今すぐいらないものも買いたがる。そして値段は見ない(笑)家計のことは考えない。食費がかかるから節約という考えはない。本当のことを言えば夫抜きで一人で買い物に行きたい。買い物が多いと重くて持って帰れないので仕方なく夫と一緒に行っている。夫が免許返上したら買ったものを配達してくれるお店で重いもの、かさばるものを配達してもらって私一人で買い物に行きたいとひそかに思っている。夫と買い物に行くのも一種のストレス(笑)
2026.01.07
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今年のお正月は喪中なので、年賀状を出している友人知人にはあらかじめ喪中はがきを送っていた。それで私宛の年賀状は一通も来てない。パソコン同好会では以前から先生がメンバー間の年賀状はやめようと言っておられた。だから私からは先生を含めてどなたにも出さなかった。それなのに去年は何人かからメールで年賀状が届いた。届いたのでくださった方にはメール年賀状を返した。そして喪中の今年、メンバー全員にきちんと喪中を伝えず、聞かれた人だけ伝えた。先生もああいっているからさすがに今年は来ないだろうと思っていたから。ところがメンバーの2人から年賀状メールが届いた。一人は普通の文面。もう一人は新年のご挨拶を申し上げます。という文面。喪中で気を使ってくれたらしい。普通の文面の方には喪中で年賀状のお返しはできないという文面のメールを送った。すると申し訳ありません。というお詫びメールが届いた。わたしもきちんと全員に伝えるべきでした。と謝った。わたしも喪中はがきをもらっていたのに、うっかり年賀状を出してしまったことがある。相手は友達だったのでメールで謝った。年末、年賀状を出すときにその年の初めに喪中はがきをもらったら忘れていることもある。それを思い出してわたしは11月に喪中はがきを出した。こうやって一つ一つ覚えていくのかも。一方夫は嫁の喪中なんてまるで眼中にない。以前私の父が亡くなったとき、一緒に喪中はがきを印刷しようと何枚くらいいる?と聞いたらお前の喪中は僕には関係ないというのでびっくりした。義父がとか義母がとか言う喪中はがきも結構届くし、嫁の両親は義理でも親に当たるから喪中は関係ないというのはおかしいと思う。でも世の中にはそういう人考えの人も夫以外にいるかもしれない。色々世話になったのに夫には嫁親が亡くなったということは他人事なのかと悲しくなった。中には義姉のように喪中が終わっても毎月月命日にお経をあげてお墓参りをする人もいるし、亡くなられた人を思う気持ちが強い人もいる。いつまで喪中とか関係なく、いつまでも故人を忘れないでいたいと思う。
2026.01.04
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今日のウオーキングの目的は手袋探し。手袋を買いにっていう童話をご存じですか?狐の子が寒くて手がかじかむと母狐に言いました。街へ行って手袋を買いに行きなさいということで狐の子の手だけを人間の手に替えて枯葉をお金に換えました。葉っぱのお金をもって行ってお店のおじさんに人間の手を見せてお金を払ってて手袋買いに行くことになりました。狐の子は街のお店で間違えて狐の方の手を見せてしまいました。もちろんおじさんは気が付いたけど葉っぱのお金を受け取って手袋を渡しました。大体そんなお話。ウオーキングの時片方の手袋が道端に落ちていたり、塀などに掛けてあるのを見ることが増えました。わたしと同じように手袋を落とす人いるんだ(^^♪百均でいろいろ買ってしまいました。冷蔵庫にマヨネーズやケチャップを逆さに立てておけるケース。同じく冷蔵庫にショウガやワサビを立てておけるケース。帰って冷蔵庫を開けて試してみたらうちの冷蔵庫で使えず。仕方ないから別の用途に。手袋は二つ買いました。予備?初めから落とす前提?(笑)もうこの冬は落とさないようにしないと。わたしは手袋を脱いだらジャケットのポケットに入れる癖がある。確かに入れたつもりと思っていたら入ってなかった?ポケットから他のものを出すとき落としたのに気づかなかった?長女にまた手袋をなくしたというと、手袋をポケットに入れる癖を直さないとまた落とすよと言われる。おっしゃる通り。今度から脱いだらリュックにしまおう。お餅を買おうと思ったけど大きい袋を買ったらまた余ることになるから8個入り買ってきました。これでちょうどいいかな?本当は餅巾着を買おうと思ってた。餅巾着ってご存じ?揚げの中にお餅の入ったおでん種。これは大体2,3個入りなのでこれを買って餅の代わりにお雑煮に入れたらいいと思って探したけど見つからず。仕方なく8個入りを買う。私たち夫婦は普段朝食はパンなので一日の朝はお雑煮にしたけど、今朝はもういつものパン食。お正月気分が出ない(笑)おせちも紅白なます以外は買ってきたし(娘たちがいたころは煮しめとかいろいろ作ってたけど、2人になってからは買っている)それもほとんど売り切れて後はかまぼこと黒豆くらいしか残ってない。かまぼこはちらしずしに刻んで入れようと思います。残らないように食べきる。カニやカズノコなど高級食材は買わない。わが家のモットー(笑)
2026.01.02
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今日はほとんど気温が上がらず、部屋の中も外も一日中冷蔵庫にいるような寒さ。ウオーキングを兼ねて近所の神社にお参りしてきました。鳥居の外まで行列していてお参りできるまで1時間ほどたちっぱなしで疲れました。少し買い物があったので少し歩いて家から一番近いスーパーに行ってみたら元旦なのに空いていた。商品はお正月用品は去年納品された1月5日くらいまで賞味期限のものが多かった。でもパンとかは今日納品された商品もあった。商品によっては大みそかとか元旦なのに作って納品されているようだった。昔は3が日休むスーパーが多かったのに。昔私がスーパーでパートをしていた30代のころは私の働いていたスーパーだけが年中無休。お正月休みなしだった。1月1日から4日の間に2日は出勤するようにと言われていた。当時義実家で2日に恒例の親せき集まっての宴会があったので欠席というわけにはいかないから私は1日2日を休みにして3日4日を出勤にしていた。同じパート仲間で今まで年末年始はご主人の実家に帰省していた人はお正月も仕事が休みでないと言って旦那さんと子供たちだけで帰省させた。おかげで仕事が終わったら一人でのんびりお正月を過ごせた。姑の文句も聞かなくて済んだ。来年以降もこれで行こうなどと言ってた。ある意味最高の嫁正月(^_-)-☆誰も来ない。どこへも行かない正月が最高なのかもしれない。それってうちの事だ(笑)誰も来ないし自分の好きに過ごせるというのは最高の贅沢かもしれない。今年も長女は来ないからつまらないお正月と思っていたけどそうでないかも(^_-)-☆
2026.01.01
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今日は2025年最後の日。今年もいろんなことがあったな。3月に母が亡くなって。これは今年一番の衝撃的な出来事。今でも時々母と話したことや思い出を思い返す。最後に母とは一言も言葉を交わせなかった。コロナで隔離している最中に脳梗塞を起こしたから。それでもコロナも脳梗塞も軽かったから、2週間後には退院できると言われたのに急変。高齢の母にはコロナや脳梗塞のダメージが思ったより大きかったということだろう。そのあと5月に倉敷へ一人旅。去年から計画していたけど去年は私の骨折でキャンセル。2月末に母が入院したからキャンセル。そして母の死。母の49日も終わってようやく前を向こうと再度計画を立てて5月にようやく行ってきた。その後高齢者大学で知り合ったOさんと旅行に行く話が盛り上がり、金沢に出掛けたのが9月。結構暑かったな。今年の夏は異常に長かった。9月なのにまだまだ暑かった。ホテルは安かったけど冷房が入ってなかった。大浴場と書いてあったのにシャワーが2台で家庭用浴槽よりやや大きい浴槽であれはとても大浴場とは呼べないなと思った。それで文句を言いながら帰って来て本当の温泉、大浴場に入りたいと11月の伊豆旅行になった。伊豆の国市という伊豆半島の根元にある市にある畑毛温泉というところ。ここは低い温度の温泉で1時間でも入っていられる。わたしもOちゃんも温泉好きなので満足(^^♪そのあとわたしはインフルエンザに罹った。10年ぶりくらい?移植して8年たつけど、前回のインフルエンザは透析をしていたころなので移植してからは初めて。予防接種をしていたら普通の人はかからないようだけど、私は移植して免疫抑制剤を飲んでいるから普通の人がかからないような感染症でもかかってしまう。でも去年7年目の定期検査のために入院してからは一年入院はなかった。割合体調は安定していたかな?相変わらず通院はあるし免疫抑制剤は一生飲み続ける必要があるけど、できれば入院しないでこのまま自分のやりたいことをやれる毎日になるよう体調を安定させていきたいな。マイミクの皆様。今年も大変お世話になりました。つまらない愚痴にお付き合いくださり、色んなご意見、相談、たくさんのコメントありがとうございました。来年も変わらずよろしくお願いいたします。これにて今年最後の日記とします(^^♪
2025.12.31
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義両親が亡くなったときに義姉がゆくゆくは墓じまいをすると言った。義姉は独身で子供もいない。うちも女の子しかいない。もう一人の義姉のところも嫁いだ娘が2人いるだけで後を継ぐ人はいないから。そして年月が経って義姉も夫も高齢になった。夫は認知症外来に通院中。いづれ近いうちに免許返上することになるだろう。先日提出した診断書の公安委員会の回答は半年後にまた診断書を提出するようにと言うことだった。今すぐではないけど主治医の診断書を見て判断するらしい。お墓は市営墓地だけど義実家からも我が家からも車がないといけない場所にある。今は夫の運転する車でお墓詣りに行っているけどいづれはタクシーで行くようになるだろう。そこまでしてお墓参りを続けるかはわからないけど。先日お墓参りに行ったときに夫が墓じまいをどうするのかと義姉に聞いた。すると義姉は墓じまいは難しい?ややこしい?からできないという返事。出来ないってどういうこと?私が直接話したわけでないから義姉の真意はわからない。このまま放置?お墓には義父母のお骨が入っている。墓じまいするならお骨をどこかに永代供養してお墓を更地にして返却しないといけない。毎月月命日にはお墓参りもするほどの義姉が墓じまいもしないでお墓に行けなくなればそのまま放置する?どこかで墓じまいには相当なお金がかかると聞いたのかもしれない。お寺のお墓に埋葬していたらお寺から法外な離檀料を請求される場合があるらしい。でも市営墓地だからそんなにはかからないと思う。市の方に手続して墓を撤去する業者を手配してそれでもいくらかはかかるだろう。そのお金がかかるのが嫌なのか?墓じまいをするなら義姉が元気でいるうちにとわたしは思っていた。義姉ももう80歳、いつ何があるかわからない。今までお葬式も法事もすべて仕切っていた義姉が元気なうち出ないとできないと思う。わたしは義姉とは疎遠なので夫に義姉と墓じまいを相談するようにと言ってきた。夫も積極的に墓じまいをする気はない。市営墓地にはぼつぼつ墓じまいをした空地もあるけど、お墓参りもろくにしないで荒れ果てたお墓も相当あるからうちもこのままとか夫が言う。墓じまいをしないで放置したらどうなるんだろう?大体名義が舅だったけど今はどうなっているのか?管理料はどうなっているのか?夫に聞いてもわからないという。一度お墓のことで市役所に行くと言って義姉と出かけたことがある。夫はお墓に限らず相続の時も義姉の言いなりに言われた箇所にハンコを押しただけで相続の内容もよくわかっていない。大体いくら義姉を信用しているからと言ってハンコを押す書類はちゃんと目を通してどういう内容の書類にハンコを押したのか理解したうえで押さないと。相続は義父母を介護してきた義姉の言う通りでいいと夫が思っていたとしてもお墓の問題はうちの娘たちにも影響があるかもしれない。それなのに放置や丸投げでいいとは私は思わない。墓じまいについて最近やったことがある人やあるいは放置した場合どうなるのかわかる方がいたら教えてください。
2025.12.30
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今日のウオーキング、いつもは少しでも気温が高い時間ということでお昼ごろに行くんだけど、午前中買い出しに行って、お昼を食べてから出かけたからちょっと遅め。午後見たいテレビがあったのでそれを見てから3時過ぎに家を出た。今日はまず家の北側の薬局で目をつけていた裏ボアレギンスを買う。なんと799円。先日一枚買って暖かくて値段の割に良かったので追加の一枚。これ2枚と前からある裏ボアの1枚、合わせて3枚でこの冬を乗り切る。そしてその近くのコンビニによる。最近喉がすっきりしないので飴にはまっている。出かけたら飴を買うのが習慣みたいになってる。歯にくっつかないミルク風味の飴を買う。お正月の暇つぶしに久しぶりにクロスワードの本を買う。550円。実はまだ数年前に買って未完成のクロスワードの本が部屋のどこかにあるはずなんだけど続きをやる気になれない。わがままですね。(笑)それからその近くの野菜や花など売っているお店で仏壇にお供えするリンゴを買う。お菓子を買おうと思ったけど結構高いし、1個2個は買えないからリンゴに決定。お正月お菓子ばかり食べていたら体重がやばいことになるしね。今日1日のウオーキングで結構使ったな。寒いときのウオーキングは結構高くつくな(笑)毎日こんな風にちょこちょこウオーキングの度に使っていては使いすぎる。明日は何も買わないウオーキングをしよう。(^^♪今年も後4日になったな。気ぜわしい。別に何するわけでもないのに(笑)
2025.12.27
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義実家では義両親が健在だった時からお墓参りはお彼岸、お盆、それと年末にも行ってた。今は義両親はすでに亡く義姉2人と夫が行っている。昔からギリギリになってうちの都合も聞かないで一方的に決められる。秋のお彼岸は子供たちが小学校の時運動会とかぶってよくもめた。前もって運動会は何日だからそれ以外で墓参りを決めてと話してあるのに。運動会は年に一度、お彼岸は1週間ある。義姉の都合に合わせるから運動会の日だと断っていても平気でかぶせてくる。その日は都合が悪いというと姑は不機嫌になり、ちょっと抜けて行ったららいいだけなのにとか言ってもめる。義姉も都合が悪いなら自分は行かないという選択肢もあるのに自分の都合に合わさせようとする。さて今年は26日に行くという連絡があった。わたしはその日に夫が車で出かけるからガレージや外回りの掃除をしようと思っていた。年末の買い物にはまだ少し早いし、そんなに早く買っても冷蔵庫が一杯になるから27日以降2回くらいに分けて行って来ようと思ってた。所が夕べ義姉からお墓参りは28日に変更するという連絡が来た。理由は26日は寒そうだからという(笑)この時期いつにしても寒いだろう。28日に買い物に行けないとこちらが困るけど、何を言っても取り合ってもらえないからこちらで予定変更するしかない。買い物は27と29に行くかな?29日も今年最後の歯科と整骨院に行くからそのあとだと午後になるけど。30日は長女と会うことになっている。多分ランチをして夕方までかかるだろうからそんな日に別の予定は入れたくない。31日は多分買い物に行っても売り切れているもの足りないものが多そうなのであまり買い物には行きたくない。夫もいい年なのにいまだに義姉に頭が上がらないからべrつに予定がないのに、寒いからというよくわからない理由で日にちを変更されても文句も抗議もできない。一生言いなりですか?_そして義姉の何でも自分中心で物事を決める性格は多分今後も変わらないだろう。2025年最後の愚痴日記。になるかな?(笑)
2025.12.25
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メリークリスマス!わたしはクリスマスイブだとというのに朝から大学病院。朝7時過ぎに自宅を出てまず大学病院に向かう。8時過ぎに大学病院に着く。まず血液検査へ。ここは朝7時半から空いている。すでにたくさんの人が待っていたけど、まだ今日はまし。椅子はたくさんあるけど座れないほどの人が待っていることもあるから、今日は座れて割に早く終わった。私の難しい左手甲からの採血も今日は上手な人に当たって順調に終わる。泌尿器科で受付だけして血液検査のために朝食抜きなので院内の喫茶店でモーニングを食べる。その後泌尿器科、腎臓内科,下肢上肢エコー検査、総合内科と回る。各科で待つことも考えて予約時間に余裕があるので早く終わって次に行ってもやってもらえない。待ち時間に文庫本一冊読み終えて昨夜はよく眠れなかったので居眠りをする。会計を済ませて4時に大学病院を出て家に着いたのは5時過ぎ。今日はクリスマスイブ。いつもなら駅前でお弁当を買って帰るけど家にはご飯も昨夜の里芋の煮ものも残っているので今日は買うのはやめた。鶏のから揚げだけ買った。我が家は夫も私も部分入れ歯で鶏ももとか骨付きとかは食べにくいので柔らかい骨のないから揚げをチョイス。後は家にある残り物とサラダ。質素なクリスマス。なし。やっぱり夫は買ってない。年寄り二人のクリスマスはこんなもん。駅前のコンビニでバイトらしい男の子が着ぐるみを着てケーキを売っていた。昔スーパーで働いていたころケーキを売るノルマがあったな。わたしは自分の家と実家と二個しか売れなかった。事務所にはケーキの売り上げ棒グラフが貼られていて一人パートさんで断トツ50個とか売っていた人もいたな。友人知人が多いにしても義理でも買おうということは普段からのお付き合いが物を言いそう。わたしは営業は無理だなと思った。夫が買ってきたのはみかんとバナナ。そんなクリスマスあり?友達からクリスマスの動画が送られてきた。少しクリスマス気分を味わえた。マイミクの皆さんはどんなクリスマスイブですか?サンタさんは来ましたか?(^^♪
2025.12.24
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夫は今日認知症外来を受診してきた。軽度認知障害の診断書をもらってきた。わたしは夫のもらってきた予約票とか検査結果をチェックしたら診断書がついているのに気が付いた。診断書が出てるやんと夫に言ったら、え?それで今回は支払いが多かったんやという返事。もらってきた自覚ないのか"(-""-)"これを公安委員会あてに送らないといけないんやというとまだ出さなくていいという返事。いや公安委員会からの書類には送れと書いてあったよ。期限までに送らないと免許停止とかになるらしいよとわたしが夫に言ったら「どこに書いてある?」という。本当に頼りない"(-""-)"意味が分からないならちゃんと私に見せて。結局診断結果は軽度認知障害とある。引き続き当院で治療継続と書いてある。いわゆるMCIというものらしい。認知症の一歩手前。でもここから回復する人も一部にいるらしい。とりあえずこれを公安委員会に提出したらすぐには免許返上とはならないようだ。やっぱりね。少しは症状が出ているなとは気が付いていた。同じことを何度も聞くし運転中道を間違うとか行先を間違うこともあるし。認知症は徐々に進行するから夫は次の車検まで乗りたいようだけど、認知症の進み具合によっては認知症という診断が出るかもしれない。とにかく今すぐ免許返上ではないようだ。今から郵便局に診断書を出してきます。年内には届くだろう。来年はどうなるかな?認知症の進行具合によるなあ。わたしも物忘れがぼちぼちでてきてさっきしばらく診察券を捜索していた。捜索している体操のタオルはまだ見つからない。体操の施設にはトイレも含めてなかったから家の中にあるはず。段々老老介護になっていくのかと思うと気が重い。大事なことを忘れたり、大事なものをなくしたりが増えていくのかな?先のことを考えると憂鬱になるけど、心配しても始まらない。なるようにしかならないと開き直るしかないな。
2025.12.23
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弟が生まれた時家族で写真やさんで撮った写真が出てきた。珍しく母が着物を着ている。母の嫁入り道具の着物はすべて父がギャンブル資金のために質入れしてそのまま流してしまったから一枚も残ってない。そんな父にずっと連れ添った母は苦労の多い大変な一生だった。今ならそんな婿なら親は帰ってこいというだろうけど昔は離婚なんて考えられない時代だったから。母の実家は母の姉のおばが婿を取って後を継いでいて、そんなところに子どもを連れて出戻るのは肩身が狭いと思ったのかもしれない。父のギャンブルは結婚前からだったらしく、周囲は結婚したら落ち着くのではないかと期待して母と結婚させたけどギャンブル癖は治ることがなかった。母は子供たちが肩身の狭い思いをしないようにとずっと離婚しないで来た。わたしは大きくなってから何度も母に離婚を勧めたけど首を縦に振らなかった。私たちが小さいころは洋裁の内職で家計を支え、大きくなると会社勤めをしていた。母が働いたお金は生活費に消え、父は仕事はまじめにやるもののお給料をもらったら自分で使ってしまい、家はいつも貧乏だった。それでも弟が生まれた時の母は写真館で撮った写真の中で幸せそうだった。当時は祖父母と叔母2人と私たち家族4人が2間の家に住み母も気苦労が絶えなかったと思う。やがて4人で生活するようになっても父は生活態度を変えなかった。母の一生を思い出したら少しは幸せな時期もあったのかな?晩年父と母は良く旅行に出かけた。父も少しは罪滅ぼしのつもりもあったのかもしれない。それでもいよいよ体が動かなくなるまでギャンブルをしていた。ギャンブル三昧の人生だった父。そんな父の生き方に振り回され続けた母。ギャンブルする人とは結婚しないと思っていた私の結婚した夫はパチンコ好き。まだお給料全額を使ったりしないだけましだけど、やっぱり私はギャンブルする人は嫌い。夫も死ぬまで、足腰立たなくなるまで行きそうなくらいのハマり方。何がそんなに面白いのかちっとも私にはわからない。あっという間に万札も吸い込まれるようなパチンコの何が面白いのか?わたしは一生夫がパチンコにはまる気持ちはわかりそうもない( *´艸`)
2025.12.22
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今日の予定は夫とランチ。その後買い物に行く予定でしたが、昨日から鼻水とのどの痛み。これはやばいと思って今朝行きつけの耳鼻科にインターネット予約。ここ、この前のインフル?の時にも予約しようとしてできなかった。インターネット予約でその日の予約人数は決まっているらしく、その後はかけても申し訳ありませんが、本日の予約は終了しましたというアナウンスに切り替わる。今日はどうにか予約できたけどあの調子では2,30分で予約数になっていると思う。42番。その後はインターネット予約の電話で今何番を診察中かと教えてくれる。この番号だと午後になるなと予想。それまで予定通りランチに行くことに。11時半の予約だから11時過ぎに出ればいいなと思って11時過ぎたら用意をして一階に下りた。一階に夫はいない。もぬけの殻。どこに行った?朝ウオーキングに行きたいと言っていたから行ったらしい。ランチの予定は忘れた?仕方ないので鍵をかけて多分帰ってくる途中で会えると思うから構わず出かけようとした。ウオーキングのコースはわかっている。夫は携帯をいつも持ち歩かないので連絡はつかない。鍵をかけて振り向くとちょうど夫が帰ってきた。歩いてランチに行くつもりが少し遅くなったので車で行くことにして出かけた。今日のランチの店は以前私が透析をしていたときに通っていた体操のメンバーで行ったことがあるから10年ぶりくらい。最近思い出してネット検索したら、最近物価が値上がりしているにもかかわらず値段は変わってないからまた行きたいと思っていた。先月インフルになったときに行く予定だったけどインフルで行けなかった。3人で行く予定が私ともう一人も体調不良で一人になってしまったのでもう一人お願いして一緒に行ってもらった。夫は時間までに帰る予定でウオーキングに出掛けたようだけど、私に声も掛けずに行ったから私はやきもきした。夫はこういう人だった。誰かと約束しても約束に時間に間に合うことはほぼない。自分のペースで準備して出かける。時間に遅れても自分は全く気にしない。普通は間に合うように家を出るし、もし遅れたら相手に待たせてごめんと謝る。夫は謝りもしない。昔結婚前からこういう人。友達との約束もほぼ毎回遅刻。だから友達がいないのか?呆れられて匙投げられたのかもしれない。そういう人は信用がなくなるしね。夫がこういう人なので家族ぐるみの付き合いはできない。結婚して早々にあきらめた。そして遅刻癖はいまだに直らない。毎月に月参りの時に毎回遅刻して義姉が家に電話をかけてくる。わたしは電話に義姉の電話番号が表示されたら、代わりに謝りたくないから出ない。義姉も電話をかけてくるくらいならきつく注意してくれればいいのに。そして今日は2000円のランチ。前菜 サラダ、茶わん蒸し、お刺身と天ぷらとデザート付き。結構なボリューム。私は少し残しててんぷらの一部は夫に食べてもらった。これで風邪も吹っ飛ぶかな。午後から予約した耳鼻科へ行ったらやっぱり風邪でした。インフルの後で免疫力が下がって風邪をひいたらしい。耳鼻科で耳掃除をしてもらって聞こえもばっちり.鼻に吸入薬も入れてもらって風邪薬とトローチをもらって帰宅。これで退散してくれたらいいけど。ていうか年末に向かって風邪を長引かせたくない。早く寝て治そう。
2025.12.17
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11月29日にインフルエンザと診断されて、今日で半月。8割がたはよくなったと思う。熱も咳も収まり、時々鼻水が出るのとのどがイガイガするから飴を手放せないくらい。熱は薬ですぐに下がったけど関節痛と腹痛が長かった。でも徐々に回復。ウイルスはほぼいなくなったと思っているけど、一応外出時マスクは必須。1週間家で安静にして買い物は夫に行ってもらった。夫、言えば洗濯物を干してくれたし、流しの洗い物もやってくれた。まあ結婚当時のことを思えばよく動くようになった。新婚当時熱を出したとき、夫は義実家にご飯を食べに行った。わたしは姑が何か食べられそうなものを持たせてくれるか、それとも夫が何か買ってきてくれるかと期待したけど夫は手ぶらで帰宅。姑は私にお見舞いどころかご飯も作れないくらい具合が悪いのか?という冷たいお言葉のみ。それをまた正直に伝える夫。がっかりした。その時のことを思えば買い物に行ってうどんやレトルトのおかゆとかか食べられそうなものを買ってきてくれるだけでも進歩かもしれない。自分の食べたいもの、別に要らないものまで買ってくる方夫の買い物は高くつく"(-""-)"でも一人暮らしの知人からは行ってくれる旦那さんがいるだけいいと言われた。一人暮らしの人はもし体調を崩して買い物に行けない時のために冷凍のうどんやレトルトのおかゆとかを常備しているそうだ。洗濯機の回し方も知らなかった夫にしてはよく頑張ったのかも(笑)もう頼る姑もいないから仕方なくかもしれないけど。ようやく夫も大人の階段を上った?(笑)今回も夫はインフルエンザにかかることもなく前回も私のコロナもうつらなかったし。夫はコロナもインフルもスルー出来る健康体。うらやましいくらい元気。今回のインフルエンザはA型ということでまだ別の型も流行しているし、コロナも健在。今後も気を付けて残りの冬はかからないようにしたいです。1週間自宅安静ののち、ぼちぼち活動を開始して今週はパソコンや体操にも行ったし、昼間の比較的暖かい時間にウオーキングも再開した。寒いからと言ってウオーキングしないと春先の体重がどうなっているか怖いし。冬太り、お正月太りに気を付けて無理のない程度に運動は続けないと。年末年始はヨガも体操もお休みだし、運動不足になりがちなうえについ食べ過ぎる。お正月に食べるものはお餅や塩分の多いものも多いから体調を崩しやすい。元気に年末年始を乗り切りたい。(^_-)-☆
2025.12.14
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夫は先日の警察での認知症テストの結果がよくなくて、認知症専門医の診察を受けて診断書を持ってくるように言われた。行きつけの内科で認知症外来を紹介してもらって昨日行ってきた。昨日は血液検査とかMRIの検査をしてまた来週行くことになっている。検査の結果が出たら正式に医師の診断書が出る。それを公安委員会に送る。多分免許返上を促されると思う。強制ではないにしてもそのために受診したのだから。ところが夫はそういう風には思ってない。今免許返上をするつもりなら認知症外来など行かないですぐに返上している。通院して治療とかしたらもう少し免許返上を先に延ばせるのではないかと期待しているらしい。認知症外来での記憶のテストもあまりよくなかったようだし、夫が返上したくないと思っているからとまだ返上しなくて大丈夫みたいな診断書を書いてくれるなんて言うことはないと思う。そこは客観的に見て認知症の診断が下ると思うし、免許返上が望ましいみたいなことを書かれるんじゃないかなと思う。わたしも万一の事故を心配しているから早めに免許返上してほしいと思っている。夫は次の車検まで乗りたいとか言っている。今年の5月に車検を受けたばかりだからあと1年半もある。長年車のある生活をしてきて車がなくなるのは寂しいという気持ちはわからないでもないけどずるずると先伸ばしにはできない。亡くなった私の父も次の誕生日まで、次の車検までと言って私が説得してもひきのばして亡くなるまで免許返上しなかった。結局87歳で亡くなったけど、ガンが進んでいよいよ自分が運転できなくなるまで乗っていた。公安委員会の書類には適切な理由なく診断書を出さないと免許が失効すると書いてある。夫が診断書提出を渋って時間を稼ごうと思ってもそうはいかないと思う。返上しなくても失効手続きを取られたら同じことだし。何回か通院して診断書が出るのは年内か1月中くらいには出ると思う。夫が思うより早く返上することになると思う。夫を説得するのはなかなか難しい。もともと思い込みの激しい人だから。夫は年が明けたらすぐ誕生日で77歳になる。免許返上したら多少普段の買い物とか不便なこともあるけど何とかしようと思っている。テレビで高齢者の事故がよく起きている。今までは大きな事故も起こさないで来られたけどこれからはわからないし。例え免許返上という結論になっても通院は続けるべきだと思っている。亡くなった実の母も認知症で進むのが遅くなる薬をずっと飲んでいた。出来るだけ進むのを遅らせる治療は必要だと思う。でも夫はもともと病院嫌い、薬嫌い。治療継続を説得するのも大変そう。
2025.12.10
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リビングのテレビが壊れた。わたしが朝一階に下りて行ったらテレビが黒い画面になっている。真ん中にはメッセージ、エラーコードが表示されている。電気関係は私も夫も全く分からない。あちらこちら触ってみるも変わらず。取扱説明書を出してみたけど判らず。こんな時実家の父がいたらすぐに直してくれるのに。実際元気だったころは何度も直してもらった。夫は全く頼りにならない。BSも映らないと言って騒いでいるけどもともとうちはBSを契約してない(笑)。私の部屋のテレビと同じ時期に同じメーカー型名のを2台買ったけど、私の方は普通に映る。テレビ本体の故障。このテレビは地上デジタルになるときに買ったので相当古い。15年以上は経っている。買い替え時か?夫が買い替えと騒ぐから一応近所の電気屋のおじさんに見てもらおうと提案する。買うにしても万単位の買い物になる。見てもらうために出張料金は3300円なので一応見てもらおうということになった。おじさんは今日は予定があるから夕方来るという。今日はテレビがない。"(-""-)"一階のテレビが寿命なら二階の私の部屋のテレビもそろそろかもしれない。年金生活の我が家にはテレビの買い替えは痛手だな。とにかくおじさんが来るのを待とう。ということでざっとリビングを片付けた。ここに人をあげるのは抵抗があるなあ。普段からもっとまめにきれいにしておけばよかった。テレビ直るかな直るといいな。そして夫は買い物に行った。帰って来て言う。「テレビが直った!」私は半信半疑。何とかカードをいったん出して入れなおしたら写ったという。あらそんな簡単なことだった?とにかく直ったので再び電気屋さんに電話する。最初も今回も奥さん。奥さんに直ったみたいですと話すとよかったですという。そのやり方を何度やっても映らなくなれば買い替え時ですという。というわけで今回はセーフ?(笑)それでなくても年末年始は物入りなのでこの上テレビ買い替えにならなくてよかった。
2025.12.04
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さて伊豆旅行から帰ってきた翌日11月28日の朝、金曜日の事。いつものように体操に行こうと準備をして向かいました。途中足がつりだしてあれ?という感じ、少し休んで収まったかなと歩き出すとまた釣るをくりかえしてゆっくり歩いて体操の行われている施設につきましたが、こんな調子では体操は無理だと思って。代表さんにメールでこういう感じでお休みしますとメールしました。多分終わってからでないとメールは見ないと思います。連絡するにはちょっと遅かったし、もう体操は始まっていたし。午後は足がつることもなく普通に過ごしていたけどなんだか全身筋肉痛でおなかも痛くなってきて。旅行でそんなに筋肉痛になるほど歩いたわけでもなく体調が変だなと思った。鼻水や咳の風邪症状もあったので熱はないもののもしやインフルエンザではと思った。翌日29日土曜日の予定はカラオケとランチ。うーん、密室でカラオケとかやってたらもしインフルエンザなら一緒に行く人たちに移してしまうだろうなと思って一緒に行く2人に連絡をしました。悪いけど2人で行って来てと。それからよく行く耳鼻科にインターネット予約をしようとした。土曜日は7時半から予約開始、5分後に予約数終了ですと言われた。診察希望なら直接来院してくださいと言われる。待ち時間が予想がつかない状態で待つのも大変。仕方ないので別の某クリニックに電話する。インフルエンザの検査をしてほしいと話す。10時に予約して夫に車で連れて行ってもらう。インフルエンザA型の判定が出てタミフルをもらってきた。帰ってから発熱、38,5度だるくてそのまま寝る。食欲なく薬を飲んでも吐き気がして吐いてしまう。ほとんど食べられないので水分だけ少しずつとる。翌30日。熱は37度くらいに下がる、少しずつ食べられるようになる。関節痛、腹痛は続く。そんな感じだし月曜日からの予定はキャンセルしないとと思った。まずは月曜日は整骨院の予約、朝開院したころにキャンセルの電話を入れる。火曜日のパソコン、木曜日のイベント、金曜日の体操もキャンセルの電話を入れないと。会社だと5日くらいは出勤できないそうだから1週間くらいは人と会うと移すかもしれない。やっぱり普通の風邪とはまるで違う。以前にインフルエンザに罹ったのは10年以上前。まだ透析をしていたころで透析はインフルエンザでも休めない。重い体を引きずって病院に行った。病院ではカーテンで仕切ったベッドで着替え、透析を受ける。荷物もここに置いて更衣室は使わない。極力他の患者さんと接触しないようにする、スタッフさんも最小限しか出入りしない。そんな感じで透析していたな。まあとにかくゆっくり体を休めて回復を待とう。それしかない。熱が出たせいか頭がうまく回らなくてぼんやりしている、これもインフルエンザのダメージかな?何も考えずゆっくり休もう。それしかない。皆様もインフルエンザ、コロナにはお気をつけて元気にお過ごしくださいね。
2025.12.01
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2!さてお待ちかねの夕食メニュー、写メは撮れなくて(部屋で携帯充電中だったため)「秋の花紅葉会席」と題して秋満載のメニューでした。食前酒、ザクロ酒前菜 サンマ柚子〆、栗絞り、ゴマ豆腐、なめこ菊花あえ椀物 土瓶蒸し キンメダイ 松茸、エビつみれ造り 三種盛り まぐり、鰆あぶり、ヤリイカ台のもの 秋サケちゃんちゃん焼き温もの 里芋まんじゅう キノコバター餡相肴 柿と湯葉の白和え食事 キノコごはん留め椀 赤だし汁仕立て香のもの 三種盛り 甘味 プリン秋の旬のもの満載でおいしかった。食べられるかなと思ったけど結構食べられました。魚は小さい切り身、マツタケは小さな一片でしたが、限られた予算でいろいろ工夫してくれているのがわかるお料理でした。2日目は三島神社参拝、清水港クルーズでした。昼食後清水港クルーズでは雨が降って足元が悪い中での移動。船中ではカモメの餌やり、たくさんのカモメが船にむらがり、いるかも来ました。残念ながらイルカは館内放送ではここから見られますというところから見たけど姿は見られませんでした。2日目は雨が降っていたけど一日目はいいお天気で一日でもお天気が良かったからまあよかったかな?三島神社では来年高校受験の孫ちゃんにお守りを買い、お土産はエビせんべいにしました。昼食で食べたエビから揚げ入りのおそばおいしかったです。長女からは日持ちのするお土産をと言われていたので、軽くてかさばらないエビせんべいにしました。長女も今韓国旅行中で明日帰国予定です。無事に帰るか心配しています。駆け足で旅行を振り返りました。温泉と食事を楽しみ、おしゃべりを楽しみ楽しい旅行でした。(^_-)-☆今回の旅行を企画してくださった旅行者の方、添乗員の方、長時間運転頑張ってくださった運転手さんに深く感謝して日記を終わります。
2025.11.28
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今回の温泉は伊豆半島の根元あたりにある畑毛温泉というところ。本当に田舎で多分個人で行くなら自分の車かレンタカーでないと交通の便はあまりよくなさそうな場所にあります。その旅館は源泉が二個あり、ぬるい温泉を加熱してないからいつまでも入っていられる。そして調子に乗っておしゃべりに夢中になって入っていたら、上がってから大量の汗が出て脱水になったらしく、夜中足がつりました。これはまずいと思って残っていたお茶を全部飲んで何とか納めました。その後2度目はつることはなく快適に過ごせましたが、バスの中ではお茶をたくさん飲みました。今回のバスはトイレ付。バスの後部に化粧台付きのトイレがついています。けれど揺れるバスの中で用を足すのはなかなか大変。インターチェンジのトイレ休憩でもトイレに行きました。昔のバス旅行はインターチェンジのトイレは女性用は大行列でトイレ待ちの人が多かったイメージでしたが、トイレ個室がたくさんあり、ほぼ待つこともなく快適でした。バスの車内も補助席とかは今はなくてゆったりしているし。昔のバス旅行みたいにマイクが回ってきて歌うなどと言うのもなく、またビデオ鑑賞とかもない。フーン今はこういう感じなのか?長時間の移動も快適に過ごせました。しかし暖房ガガンガンに聞いていて喉やられました。エアコンは加湿機能がないからでしょうね。今朝はガラガラ声、今日は体操に行きますが、明日はカラオケとランチ。歌えるのか?今日はのど飴をなめまくり、昨日と同じく今日も寝る前に風邪薬を飲んで何とか調整できるかな?歌えなければ歌えなくても気の合う仲間なので楽しく過ごします。では旅のエピソード編に移ります。
2025.11.28
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今回の温泉は伊豆半島の根元あたりにある畑毛温泉というところ。本当に田舎で多分個人で行くなら自分の車かレンタカーでないと交通の便はあまりよくなさそうな場所にあります。その旅館は源泉が二個あり、ぬるい温泉を加熱してないからいつまでも入っていられる。そして調子に乗っておしゃべりに夢中になって入っていたら、上がってから大量の汗が出て脱水になったらしく、夜中足がつりました。これはまずいと思って残っていたお茶を全部飲んで何とか納めました。その後2度目はつることはなく快適に過ごせましたが、バスの中ではお茶をたくさん飲みました。今回のバスはトイレ付。バスの後部に化粧台付きのトイレがついています。けれど揺れるバスの中で用を足すのはなかなか大変。インターチェンジのトイレ休憩でもトイレに行きました。昔のバス旅行はインターチェンジのトイレは女性用は大行列でトイレ待ちの人が多かったイメージでしたが、トイレ個室がたくさんあり、ほぼ待つこともなく快適でした。バスの車内も補助席とかは今はなくてゆったりしているし。昔のバス旅行みたいにマイクが回ってきて歌うなどと言うのもなく、またビデオ鑑賞とかもない。フーン今はこういう感じなのか?長時間の移動も快適に過ごせました。しかし暖房ガガンガンに聞いていて喉やられました。エアコンは加湿機能がないからでしょうね。今朝はガラガラ声、今日は体操に行きますが、明日はカラオケとランチ。歌えるのか?今日はのど飴をなめまくり、昨日と同じく今日も寝る前に風邪薬を飲んで何とか調整できるかな?歌えなければ歌えなくても気の合う仲間なので楽しく過ごします。では旅のエピソード編に移ります。
2025.11.28
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ふと思いついて旅行用のおやつを買いに行ってきた。今回の旅行はバスに乗っている時間が長いから飴とかあったほうがいいだろう。一緒に行く人はよく気の付く人でカラオケにいっても飴とかチョコとか持ってきて勧めてくれる人なので私ももらうばかりでなくお返し用にと思って。バスの中で前後の席の知らない人とおやつの交換会が始まるかもしれない。おばさんと言えば飴(笑)特に関西では飴は挨拶代わり(^^♪一緒に行く人はこれまでも一人でバス旅行に申し込んで一緒に行った人と仲良く旅行したりしてきた。色々な出会いがあるかもしれない。わくわく。大体時間と多少のお金のあるのは中高年女性だと思うので同年配の人が多いと思う。子育てや介護の終わった人たちが多いと思う。おやつ袋完成!飴とチョコと塩味のせんべい、柔らかい一口カステラ。袋に入りきらない分は29日のカラオケに持っていこう。今度の旅行はバスに乗ってあまり歩かないから社内でおやつばかり食べていたら太るかも"(-""-)"前回の金沢では二日で3万ぽ歩いていく前より痩せたけど(っていうか夏太りが解消しただけ(笑))今回はおやつを持って行ったり、食事がついているので食べ過ぎるかも。それでなくてもお正月はお正月太りを警戒しているのにお正月前に体重が増えたらこまるな。なんだかんだ言って楽しみ(^^♪もう3つ寝たら旅行だ!明日は整骨院。25日は午前中ヨガ、午後は絵手紙の講座に行く。水木旅行で帰ってきたら金曜日は体操、土曜日はカラオケ。明日からも予定が一杯。風邪引かないようにしなくちゃ。
2025.11.23
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古い年賀状の束から2年前に母がホームからくれた年賀状が出てきた。わたしは母がホームに行ってからもホームの母あてに年賀状を送っていた。それを見た母が返事を書くと言ったのか?スタッフさんが書きましょうか?と言ったのかわからないけど、母からも年賀状が届いた。表書きはしっかりした文字だったので多分スタッフさんが書いたと思われる。裏にはたどたどしい文字で「あけましておめでとうございます、今年もよろしておめがとう。」という文字で〇子へ 母の名前子とあった。今年のお正月にも私は年賀状を出したけど多分母はもう各元気がなかったのだろう。母はきれいなしっかりした字を書く人だったのに認知症になってだんだん字がゆがんだり書き間違えたりするようになった。ホームで母が書く書類はすべて私が代筆していた。元気なころには母は私の字を見てもっときれいに書きなさいとか、下手だとか言ってたけど正直私より下手になった。仕方ないけど。久しぶりに見た母の字。でも一生懸命書いてくれたんだ。このはがきはこれからも取っておこう。母の思い出に。我が家に母の思い出の品が色々ある。なかなか処分できない。とりあえず保管しておく。母の子供のころからのたくさんのアルバム、白黒写真の母の子供時代、高校時代の写真から結婚後の写真。会社勤めをしていたころの旅行の写真。結構旅行には行っていたようだ。定年後父とあちらこちら行った旅行の写真。もっとたくさん話を聞いておけばよかった。聞きたかったこともたくさんあるのに。もう何も聞けない。一方的に遺影に話しかけるだけ。最後に何を言いたかったのか?突然逝ってしまった母。仕方ないね。とうとう先に逝った父が迎えに来たんだね。享年91歳、祖父母の逝った年寄りもまた父の逝った年よりも長くこの世で頑張りました。先日亡くなった父と母が夢に出てきた。あちらでどんな風に暮らしているのか?父が母のことはもう大丈夫だから心配するなと言った。いつか私が行くまで二人で仲良く見守っていてね。(^^♪
2025.11.23
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今日は体操、体操の先生は今75歳?くらい。とてもその年齢に見えないくらいお元気で体も柔らかい。その先生が言う。90歳まで自分の足で歩くためにスクワット一日10回1セットを3セットやりなさい。それとランジ(筋トレの一種)をこれも一日に10回1セットを3セットやりなさい。ため息が出る。やる前からとても無理"(-""-)"金曜日にこれをやって土曜日は筋肉痛でガタガタ。日曜か月曜くらいにようやく痛みが引いてくる。これを毎日なんてとても無理だ。90歳の自分を想像してみる。寝たきりとかで好きなところどこへも行けないのは嫌だ。そもそも自分の寿命は90歳まであるのかどうかも疑わしい。大学病院の主治医は私が免疫抑制剤を飲み忘れなければ100まで生きられるよと無責任なことを言う。わたしがもし100歳になったら主治医はもう定年になって大学病院にはいない。もしかしたら激務のせいで私より先に逝っているかもしれない。まあとりあえずの目標は90歳にするかな?問題は足腰が元気かどうかと頭が認知症にならないかということ。周囲に迷惑をかけて迄長生きはしたくないと思うし。ホームで余生を送れるほどの資産はないから夫と老々介護ののち、どちらか一人になるのかな?あまり現実的で考えたくないな( *´艸`)とりあえず一年一年積み重ねていこう。座右の銘は現状維持。今より体力気力が衰えないように。いろんなものに興味を持って楽しく毎日を送る。一年一年の積み重ねの先に80歳、90歳、100歳がある。消極的な目標だけど現状維持、これしかないね。
2025.11.21
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地域のお祭りが小学校でありました。校舎の前にトトロ発見。ちびっ子たちはにこにこして写真を撮ってました。わたしも写メを撮ってきました。一緒に撮ったらどっちがトトロかわからなくなるので(笑)やめておきました。お祭りと言ってもおみこしは出ません。テント張りのいろんな出店。プロの方でなく小学校の体育館や敷地内の施設を利用しているスポーツやダンスなど、あるいは地域の接骨院とか福祉協議会、などの方が出している出店。わたしは顔見知りの店員さんがいる店でおぜんざい100円をいただきました。そして障碍者施設の方が売っているクッキーを買ってきました。300円ですがおいしかった。後は1時半からくじ引きに行ってきます。景品、結構いいものが、地域の企業さんがたくさん寄付してくださったみたいです。お米とか当たるといいな。その時は持って帰れないから夫を呼ばなくちゃ。取らぬ狸のなんとやら(笑)ゲームソフトがもし当たったらうちには本体がないから次女のところに上げようか?お菓子も多いな箱や袋に入っていてこれも食べきれない。ということでもう少ししたら行ってきます。(^^♪最近はあまり抽選に当たることがないんだけど、今日はどうかな?
2025.11.18
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昨日のパソコンの時の話。うちのパソコンは先生が注目!と言ったら黒板に注目するけど普段はみんな好きなことをやっていて、先生に質問したり、関係ないことをしゃべっていたりと自由な雰囲気。隣の席にいたTさんに「何を見ているの?」と聞いてみた。Tさんが見ていたのは家族旅行の写真。Tさんのご主人は去年ガンで余命宣告されこの春亡くなった。去年の夏宣告後最後の家族旅行で御夫婦とと娘さんたちも一緒に出掛けた時の写真。ご主人のスマホに入っていた写真をパソコンに移したら最後の家族旅行の写真と共に生前ご主人が撮った自宅の内外の写真、入院中の病室の写真、最後はお葬式の日程を書いたカードまで写っていた。最後のお葬式の案内は多分他の家族が撮ったのだろうけど。楽しそうな最後の旅行の写真、笑っておどけているご主人。まだこのころは余命宣告はされていても写真で見る限りはお元気そう。でもご本人もご家族もこれが最後の旅行だとわかっていたのだろう。こんな風にいつも楽しく笑い合ういいご家族だったのだろう。Tさんは時に笑ったりしながら淡々と写真を見ていたけど、見ていた私は胸が詰まった。亡くなった人はこうやってだんだん思い出に変わっていくのだろう。わたしも今年母を亡くしたから時折母を思い出す。携帯の中の母の画像を見返したりする。もっと前から撮って置いたらよかったと思う。携帯の中には数枚しかない。家には母の幼いころからのアルバムもあるけどなかなか処分できない。置いていても最後には処分しないと娘たちが困るとわかっているけど。写真は処分しても心の中に母もTさんのご主人も生き続けることだろう。人は忘れられない限り誰かの心の中で生きている。
2025.11.12
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今年の3月に私の母が亡くなったので、今年は年賀状を出さないで喪中はがきを出す。私の分だけ家のプリンタで印刷しようと思っている。夫には何枚必要か聞かなかった。以前私の父が亡くなったとき喪中はがきが何枚いるか夫に聞いたら夫は僕はいつもどおり年賀状を出すからいらないという返事。夫は私の実父だから喪中は関係ないという。なんだかもやもやした。知人の喪中はがきで実父母だけでなく義父母のも受け取ったおぼえがあったから、夫の言い分はおかしいと思った。でも喪中というのは喪に服するという意味だろうけど、嫁の親の喪に服する気持ちがないならそれはそれでしかたないし、まわりから強制するものではないと思った。私の両親と仲が悪かったわけではない。父とは元気なころは毎週末のように将棋を指していたし、買い物などに行くとき、私が仕事に行くときなどはよく母には子供たちを見てもらっていた。色々お世話になっているのに関係ないという夫の気持ちは到底理解できない。夫は私の両親は自分に取って他人で喪中も関係ないと思っているようだった。今は事情で実家の仏壇も母の遺骨も我が家にある。それも面白く思っていない様子。夫は早く仏壇じまいをして母の納骨も急かせる。ゆくゆくはもちろん仏壇じまいもするし、納骨もするつもりだけどあわててしたくない。仏壇に手を合わせる時間は私にとって気持ちの安定のために今は必要だと思っている。だから1周忌が終わったら仏壇じまいをして納骨もしようと思っている。母が亡くなって夫はやはり私の両親は他人と思っていたというのを改めてわかって残念な気持ちがしている。だから今回はもう何も聞かないで私の交際関係だけの分の喪中はがきを用意しようと思っている。もともと年賀はがきは夫の親せきや知人の分は夫が自分で書いていたし、私は私の分だけ書いていたし。
2025.11.10
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