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ようやく2月のカラオケの日が決まる。平日はなかなかみんなの都合が合わないので今回は例外で22日の日曜日に決定した。日曜日はだめだという人もいたけど仕方ない。全員が都合のいい日はなかった。そこで3月からは固定曜日にすることを提案した。第一水曜日が比較的空いている人が多いようなので固定してしまおうということで。通院がという人もいるけど3月から実施することにして各自予約を調整してもらう。わたしも大学病院の診察は水曜日なのだけど第一水曜日を外しても水曜日はあと3回あるから別の水曜日にしてもらう。主治医も都合を聞いてくれるから何とかなりそう。第一水曜日にはなるべく予定を入れないようにしてもらって、もしどうしても無理な人はごめんなさい今回はということでみなさんに納得してもらった。ようやく調整が終わって私の予定を確認したら2月22日は腎移植の会のオンライン役員会10時からとある。あちゃー今更変更はできないし、カラオケの店の会員は私なのでそちらに行くことにする。役員会の方は会長さんに、すみません欠席でと連絡を入れた。わたしは今まで休んだことがないけど、旅行や阪神の試合で休む人もいるから今回は許してもらおう。理由は言えないけど(笑)これから3月4月になると役員会のイベントが入ってくるから土日忙しくなりそう。働いている役員さんもいるからどうしても土日に集中する。まあ何とか調整していこう。(^^♪
2026.01.31
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先日認知症外来の予約をもう行かない。行く必要がないと言って私を慌てさせた夫。今日は全く違うことを言う。予約票を見ていた夫が三月に予約か、忘れないようにカレンダーに買いとこう。そう言って一月のカレンダーをめくった。3月のカレンダーの予約日には私がこの前〇〇クリニック 何時何分と書いてある。私の字だから何か言うかなと思ったら何も言わない、気づかない。あ、もう書いてあるわという。わたしは自分が書いたかどうかわからないのかな?と思ったけどまあいい。今日のところは受診を納得しているようだ。しかし毎日言うことが違う。振り回される。これが認知症なのかも。何も言わなかったけどこの前こういってたねともし私が言ったら、そんなことは言ってないというかも。このまま3月まで行くという気持ちが続けばいいけど。また行かないというかも。もしそういったらまた公安委員会から半年後の診断書を提出するようにと言ってたから出さないと、免許を停止にされるよと脅かそう。正確に言うと停止される可能性があるみたいな書き方だったから100%停止ではないようだけど、この手を使うしか私には手がない。即免許停止になるよりは受診を続けて免許返上を少しで先にできるかものほうが夫もいいだろうと思うので。とはいうものの次回提出する診断書に主治医がどう書くかにもよるんだろうけど。認知症クリニックの家族相談の後公安委員会にも電話をかけて今後の見通しについて聞いてみよう。わからないことが一杯( 一一)まず聞かなくちゃ。
2026.01.30
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わたしが声をかけてメンバーを集めた月一カラオケの会。私が通う体操から1名。パソコン同好会から3名、高齢者大学から1名。それに私の合計6名。昨日は今年初めての例会。今回は終わった後ランチを一緒にして大いに親交を深めた。皆さん一応自己紹介して年齢紹介。大体2,3歳差だったけど一人多分最年長と思われる一人の方がわたしは年齢非公開でと言われる。まあそういうなら無理に公開することもないしね。皆何回かカラオケを一緒にして顔見知りにはなったけど、カラオケの時にはあんまり話もできない。どんどん歌うのと曲を選ぶのに忙しくて(笑)でも皆さん多趣味で仕事をしている方もいて忙しい方ばかり。早速来月の会の日を決めようと都合の悪い日をメールで教えてくださいとお願いした。通っているカラオケは平日午前中はめちゃめちゃ安い。3時間歌って部屋代×3を頭割りして自分のドリンク代を足したら千円も行かない。お安く楽しめる。よそはもう少し高いらしい。2月の皆さんの予定を表に書き出してみた。平日はいつも誰かが都合が悪く一日も候補に挙げられる日がない。今回土曜日を提案してみた。今その返事待ち。日曜も祭日もあるけど今月は28日しかないからそれもあるかも。人数が多い方がいろんな曲が聞けて楽しいのだけど、予定を調整するのが大変になる。12月は皆さん忘年会?とかの予定がいっぱいでとうとうお休みにした。なるべくそういうことがないようにしたいけど、なかなかむずかしい。その前は一人の方にごめんなさい。今回はお休みでお願いしますと言ったり。皆さん楽しみにしておられるのでお休みをお願いするのは心苦しいのですが。毎回調整が大変ですが、私も楽しみにしているのであんまり苦にはなりません。
2026.01.29
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タイトル通りです。夫の認知症外来の次の診察日は3月。夫はもう行かなくていいという。認知症外来で診断書をもらってきてという公安委員会の書類通りもらってきて年末に郵送した。夫は認知症と言われてないからそれで終わりと思っている。診断書には初期の認知症と書かれていて公安委員会からの返答は半年後にまた診断書を送ってくださいという書類が来た。診断書を提出しないと免許証を停止にすると書かれているのに、夫は認知症外来にはもう行かない。行く必要がないという。わたしは半年後に診断書を提出しないと免許証を停止にされるよと夫に言った。夫はカレンダーに3月の予約日を記入した。でもまだ先だから実際に予約日になるまで何度ももう行かなくていいというだろう。頭が痛い。夫は直接先生から認知症ですと言われていないという。多分言われていたとしても忘れているのだろう。そもそも認知症なのだから聞いてなかったり聞いていても忘れたりするのだろう。夫は自分が認知症だと認めたくないから余計に自分に都合のいい解釈をするのだろう。夫は糖尿病ともいわれているけどそれも僕は言われていないと言い張る。糖尿病外来の一回目の受診の時には私も一緒に主治医から糖尿病と言われているのを聞いている。聞いても忘れるのか、糖尿病も認知症も言われていないと言い張る。夫の本音は少しでも長く車に乗りたい、免許返上を先に延ばしたいのだろう。それはわかるけど一回診断書をもらったからそれでもう受診しなくていいというわけではない。受診は継続してその後の診断書の提出を求められている。夫は多分公安委員会からの書類の内容を理解していない。また診断書の内容も理解していない。困ったものだ。多分夫以外に認知症の人はこういう風に医師や家族の言うことを否定したり信じなかったりするのかもしれない。いったん納得したかに見えてもすぐにまた僕は認知症ではないと言い出すだろう。もういっそのこと公安委員会から強制的に免許停止にしてもらった方がいいかもしれない。これからどれくらいの期間認知症外来の受診は続くのかわからない。毎回説得して行かせるのも大変だ。でも受診して必要なら認知症の進行を遅らせる薬も飲まないと、どんどん認知症が進むかもしれない。最悪免許停止になってもなってない。まだ乗れるとか言いかねないかも。とりあえず免許返上は急ぎたいけど夫は次の車検まで乗るつもり( *´艸`)あと一年4か月くらいある。認知症外来を受診して半年後に診断書をもらってそこに検査の結果前回より認知症が進んでいるとか書かれてないと、少しは免許返上が先に延びるかもしれない。でも受診を嫌がって行かないと今年中にも免許停止になるかもしれない。
2026.01.27
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暑さに強い人、寒さに強い人みんな違いますね。前にこんな話を聞いたことがあります。暑さに強い、寒さに強いは汗腺の数で決まるという。汗腺の数は生まれた土地の気候で決まり、生涯増えたり減ったりはしないそうです。寒い地方に生まれた子は寒さに耐えられるように汗腺の数が少なくて体温が逃げないようになっているらしい。逆に暑い地方に生まれた子は暑さに耐えられるよう汗腺が多くてたくさん汗をかいて体温調節できるようになっているという。昔いた会社にインドから研修?に来ていた人がいた。その人は真夏は元気だったのに秋口になって気温が30度を下回るようになると寒い寒いと言い出した。住んでいたインドは年中30度を下回ることがなくて真夏は40度とかそれ以上に気温が上がるからそれが当たり前だった。もちろん冬服も持っていない。彼のお世話をしていた社員さんが会社の人に呼び掛けた。彼のためにコートやセーターの要らないものがあれば上げてほしい。9月になると日本人はまだ残暑があるから半そでの人も多いのに、彼はもらった徳利のセーターに上着を着ていた。それくらい体感温度が違うのかと改めて思った。じゃあ真冬はどうするんだろう?コートを着てもまだ寒いと言いそうだ。逆に寒い地方の人は暑さに弱いらしい。寒いのはいくら気温が下がっても耐えられるけど暑いのは耐えられないらしい。真冬氷点下になる地方で暮らしてきた人には真夏の30度とかそれ以上の暑さには耐えられないらしい。わたしは暑がりで寒がりなのだけど、こういうのは汗腺の数はどうなっているのかな?暑いのも寒いのも苦手で春と秋がずっと続けばいいのに、最近は酷暑に厳冬。年中暑い寒いと文句を言うしかできない。暑くても寒くても文句を言わずけろっとしている人がうらやましい。ちなみにうちの夫は私が夏に暑いと文句を言うと夏やから暑いと澄まして言う。冬は冬やから寒いのは当たり前という。達観しているのか?それとも鈍感なのか?まあどっちでもいいけど(笑)
2026.01.24
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ネットのニュースより。インフルエンザ脳症で意識不明になり、助からないといわれた5歳の一人娘の臓器移植を決断したご両親の話。ご両親の決断の結果5人の子供に移植ができた。亡くなった娘さんはやさしい子でいつも人のためになりたいと言っていた娘の意思を汲んだご両親の決断に頭が下がる。もしもわたしならそんな決断ができただろうか?亡くなっても娘さんの命は5人の体で生き続ける。娘さんの生きたかった人生を5人の子が引き継いでくれている。今子供の臓器移植はなかなか進まないと聞く。ニュースで外国での移植を受けるためにご両親や周りの人たちが街頭募金で巨額の移植費用を集めて移植のために旅立った家族のニュースを見たことがある。子供の場合移植に同意してくれるご両親はなかなかいないのだろう。国内でできればそんな大金は必要ないのに。一人でも移植を必要とする子供さんが助かる世の中になってほしいと思う。
2026.01.24
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暑さに強い人、寒さに強い人みんな違いますね。前にこんな話を聞いたことがあります。暑さに強い、寒さに強いは汗腺の数で決まるという。汗腺の数は生まれた土地の気候で決まり、生涯増えたり減ったりはしないそうです。寒い地方に生まれた子は寒さに耐えられるように汗腺の数が少なくて体温が逃げないようになっているらしい。逆に暑い地方に生まれた子は暑さに耐えられるよう汗腺が多くてたくさん汗をかいて体温調節できるようになっているという。昔いた会社にインドから研修?に来ていた人がいた。その人は真夏は元気だったのに秋口になって気温が30度を下回るようになると寒い寒いと言い出した。住んでいたインドは年中30度を下回ることがなくて真夏は40度とかそれ以上に気温が上がるからそれが当たり前だった。もちろん冬服も持っていない。彼のお世話をしていた社員さんが会社の人に呼び掛けた。彼のためにコートやセーターの要らないものがあれば上げてほしい。9月になると日本人はまだ残暑があるから半そでの人も多いのに、彼はもらった徳利のセーターに上着を着ていた。それくらい体感温度が違うのかと改めて思った。じゃあ真冬はどうするんだろう?コートを着てもまだ寒いと言いそうだ。逆に寒い地方の人は暑さに弱いらしい。寒いのはいくら気温が下がっても耐えられるけど暑いのは耐えられないらしい。真冬氷点下になる地方で暮らしてきた人には真夏の30度とかそれ以上の暑さには耐えられないらしい。わたしは暑がりで寒がりなのだけど、こういうのは汗腺の数はどうなっているのかな?暑いのも寒いのも苦手で春と秋がずっと続けばいいのに、最近は酷暑に厳冬。年中暑い寒いと文句を言うしかできない。暑くても寒くても文句を言わずけろっとしている人がうらやましい。ちなみにうちの夫は暑い寒いとあまり文句は言わない。私が暑いというと夏やから暑いと澄まして言うし、冬に寒いというと冬やからという。達観している?ただの鈍感?(笑)どっちでもいいけど。
2026.01.24
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今日は腎移植の会オンライン役員会。わたしは腎移植の会の役員をしている。腎移植をしたときはまだ次女と孫ちゃんが同居していて移植の会のイベントは土日に行われることが多かったので入会した最初は欠席が多かった。次女親子と同居解消して次女も日曜日休める職場に転職してようやくイベントに参加できるようになった。ホテルでのバイキングのイベントの時にずっと連絡を取っていた役員の方と初めて会ったらいきなり役員をやってくれと言われてびっくりした。年に何回かイベントを計画して後はオンラインで役員会をしてイベントの準備をする。コロナもありそうたびたび顔を合わせる機会がなかったのもあってオンラインでの役員会がおおった。今も続いている。今日もそのオンラインでの役員会だったけどどういうわけか私の顔が写らない。他の参加メンバーの顔は写っているのにどうしても写らないからあきらめてそのまま会議が始まった。なんどもやっているのにいまだにわたしは不慣れでもたもたしている。でも役員になってオンラインの役員会や、パソコンにメールが届いてパスワード付きだったりいろんな新しい経験ができた。最初は勝手がわからずずっと聞いているばかりだったけど最近では意見を言えるようになってきた。去年の親睦会イベントは私が提案した。色々な経験をさせてもらって役員もしんどいばかりでなく楽しいこともたくさんあった。今日も役員の成り手がなかなかなくてという話になる。以前から何年も会長をされている男性はそろそろ変わりたい辞めたいと言われているけど全員沈黙。なかなか次は会長をやりますと手を挙げる人はいない。それと以前に比べて会員数が減っている問題。お茶会的な集まりをやってそれに来た人に声をかけて役員になってもらうという話がまとまった。せっかく移植の会に入会しても会費を払うだけでほとんどのイベントに参加しない?できない?人もいるのでまずは参加してもらう機会を増やすのが大事かな?また移植の会事自体を知らない人もいる。ということで1時間くらいで会議終了。最後まで私の顔が写らなかった。何が悪かったのかな?ちなみに夫は毎回オンライン役員会をするからその間は私の部屋に入らないようにと言うとえうちに集まるの?と聞く。夫はパソコンや携帯に詳しくないけど毎回それ何?状態。いい加減慣れて(笑)あなたは何もしなくていい。私の部屋を開けないでくれたらそれでいい(笑)
2026.01.18
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今日で阪神大震災から31年目。その頃私はまだ透析もしていなくて元気にパートに行ってた。幸いうちの方は大した被害がなく半壊にもならず。屋根の瓦が部分的に落ちたりして修繕工事をしたくらい。娘たちもまだ小学生で避難所で自分たちと同じくらいの小学生の子たちが同じように避難した友達とトランプをしていていいなあとか言っていた。わたしはあの子たちは地震で自分たちの家に住めなくなって避難しているから楽しくトランプをしているわけではないよと教えた。わたしは2か月前に働いていたパート先を人間関係に悩んでやめて新しい職場に通いだしたところ。でもやっと見つけた新しい職場も流れ作業で結構大変だった。私の右側でやっている人はとても手が早くて、定年になったけど会社がぜひ残ってくれと言われるほどの人。どんどん仕事が私の右側にたまってくる。私の左側の私の次の工程をやっている人は逆に手持無沙汰。流れ作業は同じようなスピードで作業しないと流れが止まってしまう。わたしはここでやっていけるのかなと思って、でもそんなに次々やめるのもと悩んでいた。そんなところに阪神大震災。家自体の被害は少なかったけど家の中はめちゃめちゃ。食器が割れて家の中にものが散乱している状態。娘たちも小学校が臨時休業になり、ちょうど前の週からインフルエンザで休んでいた。とりあえず震災の当日と翌日は会社に電話をかけて休みを取った。3日目にようやく出社した。隣のよく仕事のできる人が自分の机の下から物を出して私の机の下に入れている。何をしているんですか?と聞いてみた。もし余震が来たらわたしはこの机の下に隠れようと思って。それで自分の机の下のものを私の机の下に移動していたわけだ。では私はどこに避難したらいいの?わたしは不安な気持ちになった。それ以外にも流れ作業で今後やっていくことにも不安があった。数日不安な気持ちのまま続けたけど退職を決意してやめることにした。それからしばらく求職活動をしたけど震災直後で次の仕事がなかなか決まらなかった。JRは止まってしまい夫も通勤ができない。義実家から舅のバイクを借りてきてそれでがれきの街を何時間もかかって出社した。それでも仕事があるだけましだった。知人の旦那さんは会社に何度電話してもつながらないので歩いて見に行ってみたら会社がつぶれてなくなっていたという。いきなり失業状態。大変だったようだ。そんな震災直後の我が家の状態。でもまだ家はちゃんと住める状態だったし電気もガスも通じていた。わが家はガスはプロパンだから地震直後から使えたし、温かいお風呂にも入れた。家をなくなって着の身着のままで避難所に避難している人たちに比べればまだ恵まれていた。スーパーに行っても閉まってあいても生鮮食品は入荷しなかった。銀行に行ってもお金は下ろせなかった。でもとりあえず家族は無事だった。当時はまだ私は透析をしていなかった。透析をするようになったのは後の話。当時透析をしていた人は病院の電気や水道が止まって透析ができなくなり、遠くの病院に通院を余儀なくされた。被害の少なかった西の方の病院に主治医が紹介状を書いて交通網が寸断されている中家族の車とかで通院していた。避難所に避難はできたけど、体調を崩して亡くなる高齢者もいた。まだまだうちの被害はそういう人たちに比べたらましだった。毎年この日になるとあの頃のことを思い出す。決して忘れてはいけない。この阪神大震災で多くの命が失われたことを。わたしはそっと亡くなられた方々のご冥福を祈って手を合わせる。そんな今日という日。
2026.01.17
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夫は去年までほとんど病院に行くことはなかった。たまに行く歯科くらい。ところが特定検診で血糖値が高いから糖尿病内科を受診するように言われる。夫は私が作るご飯のほかにパチンコでとってきた景品のお菓子を夕食前にぼりぼり食べたり菓子パンをおやつだと言って食べたりしていた。やっぱりなとわたしは思った。あんなに食べていたら血糖値も上がるのも無理はない。最初の糖尿病内科の受診の時私もついて行った。先生は夫の食生活を聞いて間食をやめるように、晩酌もやめるようにと言った。夫、まったく守っていない。私が指摘したらそんなことは言われてない。僕は糖尿病じゃないと全否定。都合の悪いことは記憶に残らないらしい。そして交通違反から認知症外来に通うことになった。初期の認知症という診断書が出たのに、僕は認知症と言われていないとこれも全否定。糖尿病を否定するのも認知症のせいかもしれない。なんでも自分に都合のいい解釈で否定して認めない。じゃあそもそもどうして糖尿病外来に通っているのだ?どうして認知症外来に通っているのだ?夫の認識では行けと言われたから行っているけど糖尿病でも認知症でもないということか?まったく話にならない"(-""-)"今日もパチンコでとってきたお菓子のかごが空になっているから夫に糖尿病と言われているのにこんなに食べてと言ったら怒りだした。わたしも売り言葉に買い言葉でもう私の言うことを聞かないならどうなっても知らないと言い返した。わたしは糖尿病がないけど透析をしていたとき糖尿病で片足を切断して義足の人とかも見たことがある。目が見えなくなる人もいる。そうなってからでは遅いから言っているのに、全く夫には響かない"(-""-)"周りに糖尿病の人はいなかったし、夫の両親は長寿で病気知らずだった。最後家で義姉が見ていたけど、認知症の症状が出て息子である夫のことがわからなかったり、問題行動もあったと聞いている。最後は寝たきりになって病院にお世話になったけど、夫は義両親のように特に何もしなくても長生きできると楽観的に思っているようだ。長生きにはそれなりに気を付けることは気を付けて主治医の言うことを聞かないと好き勝手していてはいくら長寿の家系でも長生きはできないだろう。夫は私の言うことを聞き流しているからどうしようもない。後で後悔してももう遅いんだけどね、つける薬はないな( *´艸`)病院から帰ってきたらいつも次の予約日をカレンダーに書くんだけど認知症外来の次回予約日を書いていない。もう行かないでもいいだろうという。通院しない、公安委員会から半年後に診断書提出と言われているけど出さないなら免許取り消しになるかもしれない。それもわたしは何度も言ったけど覚えていないらしい。認知症でなくても昔から自分の都合の悪いことは忘れて覚えていないふりなのか、本当に忘れるのかわからないけど、覚えていないような人だった。もう一切注意や文句をやめて好きなように生きてもらおうか?それで寿命が縮んでも自分の選んだ道だ。こういう人が後に残ると娘たちが困る。迷惑が掛かる。とにかく私は夫より長生きが目標。
2026.01.15
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本当なら夫婦の間に秘密がないのが理想かもしれない。でもうちの場合は夫に言っていないことはいろいろある。というのは夫に話すとみんな義実家に筒抜けになる。わたしが話さないでと言ったことも今までずっとしゃべってきた夫。もう全く信用できない。義実家には関係のないことでもしゃべる。そして聞かなくてもいい嫌味とか言われてそれを家に帰って話す。普通なら私に話さないで止めるだろうということでも話す。夫は逆になんで私が話さないでというのかわからない様子。家族だから何でも話す意識の様だけどそもそも義実家は私にとっては親族だけど家族ではないと思っている。今も夫の留守に皮膚科に行ってきたけど夫には何も言ってない。私が今どんな病気で通院中だとかの情報を義実家には言われたくないので。次女のところの孫2ちゃんも先天的な病気があって定期的に子供病院に通っている。入院して手術もした。これも一切夫には言ってない。夫から義実家に伝われば心配するどころか失言、暴言を言われることは間違いないので言ってない。その他にも言ってないことはいろいろある。夫には当たり障りのない情報しか流さない。一番見じかにいて信用できるはずの夫が全く信用できないのは残念だけど、夫が今更変わるとも思えないので今後も私が夫に話す話題は私が言われたくないことは省いて話す。夫も含めて義姉たちはこれを言ったら相手がどう思うか全く考えないで言いたい放題いう人たちだからできるだけ関わりたくない。うちの中の日々の生活のことも何も言わないでほしい。以前夫が私がヨガを習っていること、パソコンを習っていることをしゃべったらそんなの習って何になるんやと言われたらしい。何になるって習いたいから習っているだけ。何を習おうと私の勝手だし、何も迷惑は掛かってないからほっておいてほしい。私の体重が今何キロあるかとか、私の髪がどうして薄いかというのも義姉が知る必要のないことだから聞かれたくないし。今の義実家と疎遠が私にとっては一番快適な状態。今度会うときは誰かのお葬式と思っている。それ以外のお付き合いはなしでいくつもり。
2026.01.14
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整骨院の受診の後次女宅へ。昨日行こうと思ったけどあまりの暴風で断念。次女宅近くの整骨院に行った後今日は穏やかな晴天なので寄ることにした。孫1ちゃんは中三で高校受験。去年旅行で学業成就のお守りを受けてきて渡した。あんまりプレッシャーをかけてもと思ってできることを頑張ったらあとは運だよ。あまり緊張しないでと言ってきた。しばらく孫2ちゃんと遊んで帰ってきた。孫2ちゃんは以前は私の顔を見たらよく泣いていたけど最近は泣かないし、にこにこ近づいてきて本を渡す。本を読んでほしいらしい。孫2ちゃんの大好きなアンパンマンの本。読み終わったら風船でしばらく遊ぶ。孫2ちゃんは去年の9月で2歳になった。今は2歳4か月かな?家の中を歩き回るも若干不安定。しりもちをついたり、ドアに頭をぶつけたり。見るたび成長しているのがわかる。はっきり言葉に出さないまでもいろいろアピールしてくる。次女と少し話す。次女は夫の様子を聞く。夫は糖尿病があり、食生活に注意が必要だけど、晩御飯前にお菓子をポリポリ食べたり晩酌も主治医にやめるように言われたのにやめられない。わたしの言うことなど聞く耳なし。そして年末には初期の認知症と認定された。これからのことを考えると頭が痛い。認知症で徘徊とかになる心配、糖尿病が進んで寝たきりとかになる心配。心配しても明日のことはわからないし、だけど私は夫より長生きしたい。夫が残ると娘たちに負担をかけることになる。うちは古いマイミクさんはご存じだと思うけど夫と娘たちの仲は最悪。2人とも夫を嫌っている。夫の介護や世話などする気は全くない。それは夫の自業自得、娘たちや孫に居候などと言っていたのに親は親だから介護するのが当たり前とか言う勝手な夫の理論は通用しない。多分市とか福祉の方から連絡が来ても娘たちがキーパーソンになって面倒を見ることはあり得ない。次女にもはっきり夫のキーパーソンになるつもりはないとはっきり言われた。私がその時健在ならば次女に行くことはないと思うけど先のことはわからない。わたしが先立っているとかすでに介護が必要な状態なら夫のキーパーソンにはなれない。老々介護で私と夫ができるところまで行くしかないな。老々介護の先はおひとり様になる。周りのおひとりさまの生き方を見習って家に引きこもらない、出歩くおひとりさまにならないと。考えだすと暗い気持ちになるからこの話はここまで。せっかく孫ちゃんたちに会って癒されてきたのに。結局人は最後には誰かの世話になる。身内の手を煩わせるかホームでプロの手を煩わせるかの違いだけ。やっぱり日々の運動、脳活、ウオーキングだな。その日が少しでも先になるように。
2026.01.12
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誘ってくれた友達が横浜流星のファンでぜひ見たいということで行ってきました。一人でも行きたいくらい行きたかったそうです。横浜流星と吉沢亮が歌舞伎界の御曹司と、親の亡くして引き取られた男性を演じているのだけど私は特に横浜流星のファンでないから、正直どっちがどっちかわからない。(笑)帰ってからネットで確認したら横浜流星が御曹司で引き取られた男性が吉沢亮だった。すっぴんの時は区別がつくけど白塗りしたらどっちがどっちかわからなかった。でも歌舞伎や踊りなどが素人の二人が相当な練習を積んでこの役に臨んだことは想像がついた。この映画はたぶん歌舞伎が好きな目の肥えたお客さんも大勢見に来るから、その人たちを納得させる芸をお見せするのは大変だったと思う。歌舞伎界には芸養子という制度があって才能のある子を早くから家に引き取って育てて将来の歌舞伎の担い手を育てる制度があるのは知っていた。歌舞伎の家に生まれた子も芸養子の子も切磋琢磨して芸を磨く。藤原紀香の旦那さんの愛之助もサラリーマンの家に生まれて芸養子になったという。紀香さんと愛之助さんの間に子どもがいないけど、芸養子の子を引き取って育てているという。名門の家に生まれたからと言ってそのまま後を継げるような甘い世界ではないようだ。そしてエンデイングで踊りや三味線などの人や大勢のボランテイアの人が携わっていた。実際の歌舞伎の世界も稽古の時からいろんな人がかかわり、舞台があくときは楽屋での化粧や衣装の着付け、舞台での早変わりを手伝う人などいろんな人が動いている。初めて歌舞伎の世界を見た気がした。3時間座りっぱなしで見ていたら足ががくがくで退場するのがちょっと大変だった。見ごたえのある映画でした。まだの人はぜひ見に行ってくださいと軽く宣伝(^^♪
2026.01.11
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年末最後の体操の後帰宅したら持って行ったはずのタオルが見当たらない。スヌーピーの柄のタオルと縞模様のスポーツタオル。落とし物とかは事務所に届いているはずと連絡して探してもらったけど見当たらず。そして今日は今年初めての体操の日。年末に探してくれた職員の人にとうとう家でも見つからなかったと報告していたら、横にいた体操メンバーさんが言う。タオルってスヌーピーの柄の?それなら代表さんが預かっているよというではないか?代表さんに聞きに行ったら持っていました。しま柄のタオルも。体操でスヌーピーと言えばこの人という人がいて、てっきりその人のだと代表さんは思い込んで今度体操に来たら渡そうと預かっていたという。でもルールでは忘れ物は事務所に預けることになっているのに代表さんが持っているなんて想定外。二枚ともあんたの?と代表さんに呆れたように言われた。ルール通りの事務所に預けてもらってたらもっと早く戻ってきたのに。でもそんなことは代表さんには言えないからただお礼を言って返してもらった。まあ見つかったからよかったものの、あきらめて年末新しいタオル買っちゃった。暮れの30日に長女と三宮で会ったときにスヌーピーの専門店で。結構キャラクターものは高いのね。ついでにスヌーピー好きな人への誕生日プレゼントも買ったけど。そしてもう一つ。去年の夏頃だったかな?友達が脳出血で倒れて入院したという連絡が来た。心配で何度かメールを入れたり、近所の神社で良くなるようにお願いしたりしていた。何度か入れたメールにはスタンプだけの返信が来ていた。リハビリしないと手が普通に動かなくてメールしづらいのかもしれないと思っていた。そして今日は初めてご本人からちゃんとしたメールが届いた。メールできるくらい良くなったんだ。よかった(^^♪暖かくなったらまた会えるかも。会える日を楽しみにしていますと返信した。寒い時期、血圧がトイレやお風呂で急上昇すること誰にでもありそう。気を付けないとね。
2026.01.11
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使い慣れた電子レンジが壊れた。日曜日の事、久しぶりに鮭のホイル焼きを作ろうとしてやらかした。自動調理にして出来上がったホイル焼きを取り出したら庫内の様子がおかしい。底の板?がひび割れて一部ははがれて下の部品が見えている。こりゃもう買い換えるしかないな。こうなっては使えない。月曜日早速電気店に見に行く。初売りで4万ちょいでちょうどいいのがあったので買って今日水曜日配達の手配をしてきた。そして今日は水曜日。前回のレンジは白だったけど、今回は黒にしました。年末に買った換気扇のカバーが黒、ガス台が黒なので一応統一。朝10時過ぎに訪問すると電話が事前にあったからあわてて台所を片付ける。電子レンジ周りの食品とかを片付けて作業しやすいようにした配送の人が到着してインターホンが鳴った。私が玄関を開けようとしたら玄関にあるはずの私のサンダルが見当たらない。仕方なくスリッパで降りてドアを開ける。多分夫の仕業(笑)あわてて私のサンダルをどこかへ片づけたようだ。しっかり自分のサンダルはあるからわたしのを片づけたなら自分がドアを開けたらいいのに。( *´艸`)電子レンジの箱を空ける作業の方の横でボーっと立っている夫。邪魔なだけ(笑)一人で来られたので段ボールを開けて、中の電子レンジを引っ張り出そうとするんだけどなかなか出ない様子なので夫に声を掛けた。「お父さん、段ボールを引っ張ってあげて」少し前に電子レンジの台を引き出してアース線を取り付ける。あっという間に設置完了。簡単な説明を受けて受取のサインをする。やはり件数が多いのかてきぱきと片付けて帰られた。レンジ台の後ろからゴミが出てきたので箒を探す。またもや夫が定位置から動かしている。イラっとする。台所のはさみも夫が定位置から動かしていてイラっと×2。説明書を見ながら恐る恐る試運転する。お昼に夫の好きなタコ焼きをチンする。わたしは気が付いた。この前レンジが壊れた時ホイル焼きを作っていた。ホイル焼きをじかに並べて自動調理モードにしていた。でもあれは付属の角皿に置いて調理するものだったようだ。新しいレンジの説明書にもそう書いてある。オーブン機能を使うときは角皿を使う。私は普段ほとんど角皿を使わない。お菓子とか蒸し物とかも作らないからいつも直置きしていた。だから底板が高温に耐えられなくなってひび割れたのかも。今度から気を付けないと。一年間の保証があるとはいえ使い方を間違えていたら保証はないかもだし。主婦歴長いのになんというミスだ。反省。ちなみに夫には内緒にしておこう。しばらくは説明書の料理例を見ながら慎重にやろう。
2026.01.07
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夫は買い物が好き。毎日でも出かけたい。夫と車で食料品の買い物に行くとき、夫は買うもののメモを作って楽しそう(笑)そして帰って来てから次の買い物のためのメモを作り始める。ていうか行ってきたばかりなのに買い忘れでもなければ欲しいものなんてない。そして翌日から次いつ行く?と何度も聞く。(笑)毎日のように買い物に行ったら、ついいらないものまで買ってしまって不経済。何度も行けば消費税も損。わたしは2,3日開けて週2回くらい多くても3回くらいの買い物の頻度にしたい。そして切れたものがあってもそれを使わないようにしてあわてて買い物に行きたくない。夫は一つでも足りないものがあったらすぐに行きたがる。買い物の価値観?は夫と全く合わない。わたしは買い物しながら代金を概算して多いなと思ったら今すぐいらないものをやめて代金が多くならないようにしたい。夫はついでだから、安いからと今すぐいらないものも買いたがる。そして値段は見ない(笑)家計のことは考えない。食費がかかるから節約という考えはない。本当のことを言えば夫抜きで一人で買い物に行きたい。買い物が多いと重くて持って帰れないので仕方なく夫と一緒に行っている。夫が免許返上したら買ったものを配達してくれるお店で重いもの、かさばるものを配達してもらって私一人で買い物に行きたいとひそかに思っている。夫と買い物に行くのも一種のストレス(笑)
2026.01.07
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今年のお正月は喪中なので、年賀状を出している友人知人にはあらかじめ喪中はがきを送っていた。それで私宛の年賀状は一通も来てない。パソコン同好会では以前から先生がメンバー間の年賀状はやめようと言っておられた。だから私からは先生を含めてどなたにも出さなかった。それなのに去年は何人かからメールで年賀状が届いた。届いたのでくださった方にはメール年賀状を返した。そして喪中の今年、メンバー全員にきちんと喪中を伝えず、聞かれた人だけ伝えた。先生もああいっているからさすがに今年は来ないだろうと思っていたから。ところがメンバーの2人から年賀状メールが届いた。一人は普通の文面。もう一人は新年のご挨拶を申し上げます。という文面。喪中で気を使ってくれたらしい。普通の文面の方には喪中で年賀状のお返しはできないという文面のメールを送った。すると申し訳ありません。というお詫びメールが届いた。わたしもきちんと全員に伝えるべきでした。と謝った。わたしも喪中はがきをもらっていたのに、うっかり年賀状を出してしまったことがある。相手は友達だったのでメールで謝った。年末、年賀状を出すときにその年の初めに喪中はがきをもらったら忘れていることもある。それを思い出してわたしは11月に喪中はがきを出した。こうやって一つ一つ覚えていくのかも。一方夫は嫁の喪中なんてまるで眼中にない。以前私の父が亡くなったとき、一緒に喪中はがきを印刷しようと何枚くらいいる?と聞いたらお前の喪中は僕には関係ないというのでびっくりした。義父がとか義母がとか言う喪中はがきも結構届くし、嫁の両親は義理でも親に当たるから喪中は関係ないというのはおかしいと思う。でも世の中にはそういう人考えの人も夫以外にいるかもしれない。色々世話になったのに夫には嫁親が亡くなったということは他人事なのかと悲しくなった。中には義姉のように喪中が終わっても毎月月命日にお経をあげてお墓参りをする人もいるし、亡くなられた人を思う気持ちが強い人もいる。いつまで喪中とか関係なく、いつまでも故人を忘れないでいたいと思う。
2026.01.04
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今日のウオーキングの目的は手袋探し。手袋を買いにっていう童話をご存じですか?狐の子が寒くて手がかじかむと母狐に言いました。街へ行って手袋を買いに行きなさいということで狐の子の手だけを人間の手に替えて枯葉をお金に換えました。葉っぱのお金をもって行ってお店のおじさんに人間の手を見せてお金を払ってて手袋買いに行くことになりました。狐の子は街のお店で間違えて狐の方の手を見せてしまいました。もちろんおじさんは気が付いたけど葉っぱのお金を受け取って手袋を渡しました。大体そんなお話。ウオーキングの時片方の手袋が道端に落ちていたり、塀などに掛けてあるのを見ることが増えました。わたしと同じように手袋を落とす人いるんだ(^^♪百均でいろいろ買ってしまいました。冷蔵庫にマヨネーズやケチャップを逆さに立てておけるケース。同じく冷蔵庫にショウガやワサビを立てておけるケース。帰って冷蔵庫を開けて試してみたらうちの冷蔵庫で使えず。仕方ないから別の用途に。手袋は二つ買いました。予備?初めから落とす前提?(笑)もうこの冬は落とさないようにしないと。わたしは手袋を脱いだらジャケットのポケットに入れる癖がある。確かに入れたつもりと思っていたら入ってなかった?ポケットから他のものを出すとき落としたのに気づかなかった?長女にまた手袋をなくしたというと、手袋をポケットに入れる癖を直さないとまた落とすよと言われる。おっしゃる通り。今度から脱いだらリュックにしまおう。お餅を買おうと思ったけど大きい袋を買ったらまた余ることになるから8個入り買ってきました。これでちょうどいいかな?本当は餅巾着を買おうと思ってた。餅巾着ってご存じ?揚げの中にお餅の入ったおでん種。これは大体2,3個入りなのでこれを買って餅の代わりにお雑煮に入れたらいいと思って探したけど見つからず。仕方なく8個入りを買う。私たち夫婦は普段朝食はパンなので一日の朝はお雑煮にしたけど、今朝はもういつものパン食。お正月気分が出ない(笑)おせちも紅白なます以外は買ってきたし(娘たちがいたころは煮しめとかいろいろ作ってたけど、2人になってからは買っている)それもほとんど売り切れて後はかまぼこと黒豆くらいしか残ってない。かまぼこはちらしずしに刻んで入れようと思います。残らないように食べきる。カニやカズノコなど高級食材は買わない。わが家のモットー(笑)
2026.01.02
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今日はほとんど気温が上がらず、部屋の中も外も一日中冷蔵庫にいるような寒さ。ウオーキングを兼ねて近所の神社にお参りしてきました。鳥居の外まで行列していてお参りできるまで1時間ほどたちっぱなしで疲れました。少し買い物があったので少し歩いて家から一番近いスーパーに行ってみたら元旦なのに空いていた。商品はお正月用品は去年納品された1月5日くらいまで賞味期限のものが多かった。でもパンとかは今日納品された商品もあった。商品によっては大みそかとか元旦なのに作って納品されているようだった。昔は3が日休むスーパーが多かったのに。昔私がスーパーでパートをしていた30代のころは私の働いていたスーパーだけが年中無休。お正月休みなしだった。1月1日から4日の間に2日は出勤するようにと言われていた。当時義実家で2日に恒例の親せき集まっての宴会があったので欠席というわけにはいかないから私は1日2日を休みにして3日4日を出勤にしていた。同じパート仲間で今まで年末年始はご主人の実家に帰省していた人はお正月も仕事が休みでないと言って旦那さんと子供たちだけで帰省させた。おかげで仕事が終わったら一人でのんびりお正月を過ごせた。姑の文句も聞かなくて済んだ。来年以降もこれで行こうなどと言ってた。ある意味最高の嫁正月(^_-)-☆誰も来ない。どこへも行かない正月が最高なのかもしれない。それってうちの事だ(笑)誰も来ないし自分の好きに過ごせるというのは最高の贅沢かもしれない。今年も長女は来ないからつまらないお正月と思っていたけどそうでないかも(^_-)-☆
2026.01.01
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