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毎年大晦日に、お節を作りながら、おそばを食べながら、なんとなく見る紅白。今年はなんと言っても、アナ雪押しがすごかった。"Frozen"は娘が大好きな映画だった。パパと映画館デートに行ったのが初めてで、それからも、友達の家や学校の映画会なんかで何度も見てた。"Let it go"も私の頭から離れないくらい、よく歌っていた。そのころは私も興味がなく、迷惑しながら聞いてたけど、あれから1年、日本のテレビの影響で今度は私が歌ってしまう。紅白を見ながら息子と大合唱してたけど、娘が生きていたら、きっと3人で仲良く大合唱して年を越せただろうなあ。「今年も一年、喧嘩もしたけどいい年だったね」なんて。それにしても、あのMay J.とイデナ・メンゼルの演出の仕方はないだろう。May J.がかわいそう過ぎる。J Meloでおなじみだった彼女が、アナ雪の日本語版のエンディングを歌っていると聞いて単純にうれしかった。でも紅白では、なぜだか、同じ歌を歌うイデナメンゼルと切り離されて、しかも神田沙也加が一緒に歌ってる。歌の前後もMay J.への振りは全くない。違和感を覚えたのは私だけではないはず。
2015年01月09日
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事故の直後、キリスト教と臨済宗(般若心経・座禅)と浄土宗などを比べながら、今の状況をどのように解釈していくかを考えていた。座禅や写経はとても心が休まったので、自分の中では般若心経が一番自分にあっているのではないかと思っていた。ただ、ひろさちや著 般若心経 を読んで、3分の1くらいのところに「色即是空」の解説に「死に対して、恐怖をもっているのは自分自身だ」とあった。自分の死ではなく、愛する人の死を恐れるのは当然のこと。般若心経は、愛も執着として落とすべきとしているのか。と、絶望的になった。また、チベット仏教の僧侶の説話のビデオをみたときも、「亡くなった方の死後の世界のことなど気にするな」とおっしゃっていたのもショックだった。臨済宗も、死後の世界のことは明言していない。私は自分の「いま」よりも、娘の「死後の世界」が幸せであってほしいとの、願いが強いので、それなら、愛を大切にし、死後の世界を約束するキリスト教のほうが私にはあってるのではないか。と思ったのだ。それでも、結局、100%信じるまではできなかった。実家は浄土宗で、娘の遺灰は近くの浄土真宗のお寺にあるので、浄土宗や浄土真宗の本も読んで見る。こちらは、難しいことは言わないし、座禅も写経も滝行も必要ない。ただただ、お経を読みなさい。というもの。論理的に考えれば考えるほど雑念が湧いてくるので、だれでも集中できることで極楽浄土を約束する。ただ、私はまだまだ迷いたい。大切な娘のことだから、時間をかけて自分の納得できる結論を出したい。だから、あえて答えを出さずに迷い続けてる。般若心経では、仏までの修行を続けているものはすべて菩薩だ。とあったけど、私も菩薩なのだろうか?
2015年01月04日
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キリスト教系の学校に通う息子は、おねえちゃんは、天国で神様と楽しく暮らしていると信じて疑わない。多分、まだ大人は、すべての人生の答えを知っているとも信じているだろう。私にわからないことがあったり、まちがったりすると、驚いている。私も高校生くらいまでは、大人は間違ったことをしないと思い込んでいた。中学で父を亡くした後、母のことを責める気持ちが強くなった。なぜ仕事と育児の両立ができないのか。なぜ政治に関心がないのか。当時の私は理解ができなかった。思えば、その当時、学校にはカウンセラーもいなければ、忙しい母はセラピーを受けることもなかった。母と私の溝は深まるばかりだったと思う。高校くらいになってやっと、大人は完璧ではないと知った。そして、私が父の亡くなった歳になって、昔よりもずっとわからないことが多くなっている。キリスト教でも「迷える子羊」というし、般若心経でも、波羅蜜多は、此岸の「迷いの世界」から彼岸の「悟りの地」へ渡ること、という。ただ、こうして「悩んでいる」自分に気づいていることが出発点なんだろうと思う。
2015年01月04日
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